静かなバーで、私が

静かなバーで、私が

そこは静かなバーだった

そこは静かなバーだった
店は少し薄暗く、電球色で照らさらている
カウンターの上に置かれた有名メーカーのスピーカー
そこからは絶えず音楽が流れている
そしてその日、その店に店長の姿は見えなかった

ひとりで静かに泣いている女がいた
彼女の名前は花枝
これからデートのつもりだった
だからいつもより可愛いワンピースを着て
いつもより華やかなメイクをしていた
だから一層、彼女の静かな泣き声と涙は目立っていた
何が彼女をそうさせたのかはわからない
しかし誰も彼女に涙の訳を聞くような野暮なことをしないのは
それがここでのルールだからだ
ただ花枝は気が立っていた
だから考えていた、もし誰か見知らぬ男がナンパでもしてきたら、思い切りビンタをしてやろうと

その隣に一人の紳士がいた
彼の名前は千葉と言う
スーツと帽子の似合う少し年配の男だった
彼は足が悪くいつもステッキを持っていた
このバーはいつも静かで、彼の好む70年代の音楽が流れている
だから、彼は毎晩ここで亡くなった妻を思い出しながら、ゆっくりとお酒を口にするのが日課だった
彼は隣の席のワンピースの女性が見えていた
彼の目に、泣いてる彼女の姿はいかにもか弱い可憐な少女に見えた
もし悪い男が、彼女に近づいたのならば
助けてあげようと考えていた
妻と出会ったあの日のようにと

その紳士の隣には二人の若い男が座っていた
1人は背が低く、もう1人はガリガリに痩せていた
彼らは大の親友であり、そして喧嘩友達で絶えず笑い合っていた
彼らが好きなのは賭け事だった
次に店に入ってくるのはどんなヤツか
注文するのはどんな酒か
賭けるものはなんでも良かった
ただ、その日はある男は勝ち続けもう一方は負け続けていた為、ゲームの終わりが近いてきていることをお互いに悟っていた
次は無いが、負けたくも無い
賭け事に変わる興奮を探していた

そんなことを知らず
新たな客が2人、大きな足音を立てながら店に入ってきた、そしてさも当然のようにズカズカと窓際の席に座った

その客の一人が言った
「やろうぜ」
髭だらけの口から発せられた言葉は何とも頭が悪く思われた

もう一人の客が答える
「もう少し待て、焦るな」
黒のサングラスに派手なバンダナが目立つ

彼らは二人組で、服装から見てバイク乗りに思えた、皮でできた黒のジャケットに黒のズボン、そしてその黒いジャケットの背中には派手なドクロがデカデカと描いてあった。

店内は静かだった
そう静かだったのだ
過去形なのはその新たな客
2人の声が煩いからだ

サングラスをした男が、キョロキョロと店内を見渡す
そして、何かを確信したのか、口髭の男に合図を送った

その合図を見て口髭はナイフを出した
鋭く刃の長いタイプだ

それと同時にサングラスが大きなカバンを取り出した、いわゆる ずだ袋というヤツだ

2人はそれを私に突き出しこう言った
「金を出せ」

私には、彼らが何を言っているのかわからない
だってそれもそのはずだ
私はただのバイト、それもブータンからの留学生である
日本語なんてまだわからない
そもそも私の仕事は美味しい料理を作ることである
なぜ店長がいない日にこんなことになってしまったのか
そして更に言えば私にはレジの使い方すらわからない
正しくは一度は店長に教えてもらったことはあるものの
あまりよくわからず、あいまいな返事を続けていたら
理解したと勘違いされ、そして今に至るのである

お金が目的の2人の客は、私に向かってお金を出せと大きな身振り手振りでジェスチャーをするが、その意味がわかったところでどうすることもできない

私が出すそぶりをしないことに腹を立てたのか髭の男はナイフを女性にいる方向に向けた
そう、さっきまで泣いていたあのワンピースの女性にだ、それは金を出さなければ女を刺す、そう言ってる様だった

するとそれを察知したのか勢いよく振りかぶるものがあった、そしてそれはそれがそうなるまで誰にも分からなかった

一瞬の隙を突き紳士がステッキでナイフを持つ手を叩いたのだ、うめき声が聞こえ、ナイフが床に勢いよく転がり、男は腕を抱えたまま床に倒れた

それを見て、サングラスの男が紳士に向かっていった、紳士の男は足が弱い、転がるナイフに目を奪われ、即座に身体は動かすことが出来なかった

私は若者二人に視線を移す
彼らが何かしてくれないものか
そんな微かな期待をしていたが・・・

ひとりは言った「俺は紳士にかける」
もうひとりは言った「なら俺はそれ以外だ」

これはもうダメだと思った
私には手が追えない
店長と連絡を取らなければ

そうこうしている間に何かが弾ける音が響いた
それは大きなビンタがサングラスの男の頬にクリティカルヒットした時の音だった。
ワンピースを着た女性からだった

弾かれて、宙にサングラスが舞い
またひとり、男は倒れた

若者のひとりは大きな歓声をあげた
どうやらずっと負け続けていた男が最後の賭けに勝ったらしい

うめき声をあげながら
二人の男が店の中で倒れている
ここはいつもは静かな店だったはずなのに

そして私は、倒れた男
そのサングラスの外れた男の顔を見て

店長を見つけた

静かなバーで、私が

静かなバーで、私が

  • 小説
  • 掌編
  • アクション
  • サスペンス
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-17

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