空き家から見えた。花火の色は何色ですか?

空き家から見えた。花火の色は何色ですか?

 商店街の路地裏を過ぎて狭い道路を進み、竹林が見えた所に石畳みが積まれている。その石畳みを上がって行くと木造二階建ての空き家があった。その空き家の周りは雑草が生い茂っており、もう何年も人が訪れて手入れをしてはいない事わかる。私は視線を上に移す、屋根に乗っている釉薬瓦の重みの所為で軒先がススキのように垂れ下がっていて、今にも瓦が落ちそうになっている。外壁の漆喰は所々剥がれ細い竹が見えた。私はど言う訳かこの空き家に興味を持った。特に意味はないが、街の外れにあって、竹林の奥に誰も住んではいないが空き家があるのだ。相当な人嫌いか偏屈者が建てたのだろう。そう考えて一度は立ち去ったのだが、どうにもこの空き家に対して不思議な思いがふつふつと湧いてくる。次の休み再びこの空き家に行こうと思った。

 仕事が終わり帰宅する準備をしている時であった。私の背後から「瀬長さん」と私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると違う部署の上坂であった。あまり会話をした事のない女性職員が声をかけてくるので少し疑問に思った。それで普段よりも丁寧な口調で「何ですか?」と答えた。
 私の丁寧な口調とは裏腹に上坂は笑いながら「瀬長さんは確か〇〇街の方に住んでいましたよね!」と言った。
「そうですよ」
 上坂は首を縦にゆっくりと振りながら「丁度良かった。来週辺りにそこら辺の方にお偉いさん方とまわる事になってるのよ。それで昼飯とか、夕飯とか、居酒屋とか丁度よろしく思える場所があったら教えてくれないかしら?」
「マクトナルトしか知らんぞ、私は」
 上坂は小さい声を「はっ?」と漏らした後に「冗談で言ってるの? お偉いさんを色々と案内した後にマクトナルトでハッピーセットを注文して食べろって言うわけ? そんな事したらアタシの将来がアンハッピーエンドでバイバイよ」
 私は髪をぽりぽりと掻きながら「確かに冗談に聞こえるかもしれんがな。私は朝も昼も夜もハンバーガーとフライドポテトを食べているんだ。日本米やタイ米なんてものは中学校の給食以来、口の中に一度たりとも含んだ事はない」
「瀬長さん……。来年の夏辺りに生活習慣病で病院送りになるんじゃないですか?」
 上坂は引いたトーンで言った。
「大丈夫。今年の健康診断では至って正常だった」
「担当の医者を変えた方がいいかもしれないわね。来年からは」上坂はため息を吐いた後に「仕方ないわね」と言って私の腕を引っ張った。そうして「今から下見に行くわよ。何、露骨に嫌そうな顔をしているのよ。瀬長さんの為にも地元くらいは開拓した方がいいと思うわ」
 私は上坂に言うがままに着いて行く事にした。だが正直に言うと電車を降りた後は真っ直ぐにマクトナルトに寄って自分のアパートに帰りたい気分であった。

「何か、電車の中、もの凄く混んでいるわね。あまり人が乘らないイメージがあったんだけど」上坂は何故か腕組みをしながら言う。
 僕は奥に視線を向けて答えた。「奥を見てみろ着物とか浴衣とかそんなお洒落をしている若者とかカップルが居るだろ? つまりだ。私が住んでいる街には一本の大きな川が流れていてな、秋に入るギリギリのラインで毎年、花火を打ち上げてパンパカとやるんだよ。それも無駄に大きな花火でな、散った火が周りの山の林に燃え移るんじゃないかと思うくらいにデカイ。それを何故、毎年、こんな微妙な街で開催しているのかが不思議なもんさ」
「微妙程度の大きさが良いんでしょう? 大き過ぎたら上げにくいし、小さな地域だと人が集まりにくいし、ね」
「なるほど」私は簡潔に答えた。
「でも、花火かぁ。アタシ。考えてみれば今年はまだ見ていないなぁ。学生の頃は結構見に行ったんだけど。いちいち遠出してね」
「そうかい。私は人が多い所が嫌いなんで、学生の頃は一人、エアコンが効いた部屋でネットサーフィンかハンバーガーとポテトフライを食べながらソーシャルゲームをしていたけどな」
「時間を置いた後の、しけたポテトフライみたいな学生時代ね」
「うるさい」私が即答すると同時に電車は目的地へと到着した。プラットホームに行くと分かったが浴衣姿か着物姿の色とりどりの人たちは私が見ていた以上に大勢いた。それは一つの季節が終わりの知らせを伝える風物にも見えて一瞬だけ感傷的な気持ちになる。
「へえ。結構、花火を観に来た人たちって多いのね。アタシ、この雰囲気、好きだなぁ。夕暮れと共にオレンジ色の暖色を照らすプラットフォームの証明と紺色の着物姿たちの人たち。何だかワクワクしてくるよね」上坂はウンウンと頷き、私に同調を求めて来た。
「しない」私は即答した。
「しないって何も感じないって事かしら?」上坂の疑問の声に私は「しないったら、全然しないし、そういうの。それよりも良くそんな言葉、思っている事を堂々と言えるな」と私は質問的な意見を言った。
 上坂は私の発言に困った表情をしながら考え始めた。大体、5分くらい時間が経過した後に「ゴメンなさい。瀬長さんが言った事、良く分からないけど。つまり、瀬長さんはこの光景を見てワクワクしないって事かしら?」と言った。
 私は少し気まずくなってしまい「そういう意味ではないんだけど……」と、曖昧な返事をした。
 すると急に上坂はハッとした表情になり「瀬長さん! 早く行きましょう。他の人たちはもう行ったみたいです。プラットフォームに残っているのはアタシたちだけになってます」
 私は周囲を見渡した。上坂が言う通りにもう誰もいなかった。

「へぇ、映画館もあるんですね」
 上坂は道路の大通りにある大きなポスターに細い指を伸ばして言った。大きなポスターには綺麗な外人の女性とそこそこカッコイイ外人の男性がロマンチックな格好で船に乗っていて、それなりにカッコイイ、ポーズをとっていた。そして筆記体のアルファベットで映画タイトルが書かれていたが私には読めなかった。
「そうなのか? 全然気づかなかった」私は男友だちが何時、爪を切ったかくらいにどうでも良い返事で言った。
 上坂は「瀬長さんって歩くときに景色を見ないで歩いているんですか?」と不思議そうな声で言った。
「上坂さんは自動販売機で買った缶コーヒーの賞味期限を毎回、確認しながら飲んでいるんですか?」
「いいですか? その例え、一ミリたりともアタシの質問とリンクしてませんからね」
「うるさいなぁ。今、映画館が此処にあった事を知った。それで良いじゃないか」
 上坂はニヤリと笑い「ちなみに瀬長さんはどんな映画のジャンルが好きなんですか?」
 私は少し考えならがら「そうだな、最初から最後まで、それもその途中や間も、モブキャラや主人公が昼飯を食べるレストランの従業員も皆んながハッピーであり、そしてハッピーエンで終わるジャンルだな」と言った。
 上坂は唖然として「そんなジャンルあるわけがありません。だって、最初から最後までハッピーだなんて作品になりませんよ。多分、見ていると人たち全員が開始後数分間であくびをして寝ていると思います」
私は答えた「確かに」
 そうして上坂は私が質問をしてもいないのに言った。「えっと、アタシはクジラとシャチとラッコが踊る映画が好きです」
 私は言った。「それはまた現実を装ったファンタジーなジャンルがお好きなんですね。私はとても良いと思います」
「何だかバカにしてるような言い草ね」
「とんでもないです。私も水の上に浮かんでいるラッコを見て暇そうで良いなぁ……。とか思ったり、思っていなかったり」
 上坂は笑って話題を変えて来た「それじゃあ、花火を行う会場へと案内をよろしくお願いします」と言った。
「え、イヤだよ」私は言った。
「ど、どうしてですか? これは確信的に綺麗な花火が観れますよ。それなのに瀬長さんは行きなくないと言うんですか?」
「さっき、電車の中でも言ったけど、私は人が多い所が苦手なんだ。集合体が嫌いなの。観たければ、君一人りで行きたまえ。私は行きつけのマクトナルトで待っとくから」
 上坂はその私の言葉を聞いて「つまんない人ですね」と言った。
 私は答えた「4日に1回は言われるよ」と言った。
 上坂は諦めた口調で「わかりました。とりあえず場所を変えましょう」そう言うと私の袖を掴んで歩き始めた。

「此処ならパンパンと花火が上がってもちょうど良く観えますね」と上坂は言った。
 私は「その通りかも知れないが、このレストラン。思っていたよりも人が多いぞ」と言った。
 上坂はアルコール飲料を口に流し込みながら「だってそうでしょう、花火を観ながら呑める場所、普通に考えると人が集まって来ます」
 私は言った「ダマしたなぁ」
 上坂は何だか愉快そうに「アハハハ」と笑った。
 私は冷えたグラスを持って胃に注いだ。理科の実験で使われるフラスコに液体が侵入して来たかのように波を打った。
 上坂は「瀬長さんは食べ物を食べながら呑まない人なの?」と質問した。
「そうだ」と私は即答した。
 上坂は「それって多分だけど身体にとっては悪い事じゃないかしら? カラッカラッの砂漠に突然、大雨が降ってもすぐに流れじゃない? そうすると」
「そうすると、砂漠の砂は綺麗さっぱりに垂れ流されて綺麗な土が現れる。何処からか飛んで来た鳥が糞をして、その糞から種がこぼれ落ちて芽が出る、そして何時の間にか大木になって大きな森が形成される」
「そんな上手く行くわけないでしょ?」
「私はハッピーエンドの話が好きなんだ」
「アタシの例え話はこうよ。砂漠に大雨が降る。砂が全て洗い流されて大きな穴ができる」
「要するに私の胃に穴ができるとでも?」
「要するにそう言う事よ」
「オーケー。君が食べている、その焼き鳥、2本ほど頂こう」私はそう言って上坂の方にある皿から串を3本取った。
「あっ、アタシの分の焼き鳥がなくなったじゃない」
「仕方がない。1本、返そう」私はそう言って1本返した。
 上坂はアルコール飲料が入ったグラスを美味そうに飲んだ後に「ねぇ、瀬長さんは休みの日は何をしているの?」
 私は至って普通に答えた「別に、そこら辺の上京し、悲しい事に大学に馴染めなかった学生のようにエアコンが効いた部屋でネットサーフィンしたり、またはソーシャルゲームをしていたり、もしくは二度寝をして目が醒めるともう夕飯の時間になっていたりするタイムトラベル的な活動しかしていないが? 何、その目? 何か文句でもあるんですか?」
 上坂は呆れた顔で「瀬長さんは学生じゃなないでしょ?」と言った。
「うるさいなぁ。気持ちは何時までも若々しいままって事だろ」
 上坂は私に返答する前にグラスに入った飲み物をグイッと呑んで「そろそろ、花火が上がる時間じゃない?」と言った。
 私はその言葉を聞いて上坂の顔を見た後に横に嵌められているガラスの向こう側を見た。無駄に大きな川の周囲には人だかりが出来ている。突如である。真っ直ぐに線を引くことに慣れた画家がフリーハンドで描いたような光る線が夜の空へと打ち上げられた。きっと素敵な何かを意図して製作された、その為のふさわしい名前のある火薬の玉たちが弾けた。そうして果てしない、そして儚い、色と光に変色して行く。地上から照らす空はほんの一瞬だけ明るくなり、風と共に聞き覚えのある音が遅れてやってくる。そこからはガラス越しから聞こえない筈の歓声が聞こえてくるのだ。砕かれた鉱石はパラパラと落ちて来て、第二弾の線が再び昇って行く。私は上坂の顔をチラリと見たが上坂の視線はその花火へと注がれていた。だが、その瞳には、どうも花火の光も届かない、夜の海の底の様に重く静かだった。
 思わず、私は上坂の肩に手を置いて「此処からは良く観えないか?」と聞いてしまう。
 上坂は驚いた様子で「どうして?」と聞いた。
「うーん。私が予想していた。と言うか、君が言うほどに嬉しそうじゃないから」と言った。
「そうね。ただ、花火ってアタシが思っていたよりも明るくないモノだっけって、思っていただけ。それだけよ」
「この店の照明が明るい所為かもしれん」
 しかし、上坂はこの事に対して返答はせずに、私の顔をジーと見つめて「ねぇ、休みの日には他にしている事はないの?」
 私は言った「なんだ。またその質問か?」
 上坂は沈黙して私を見ている。それで私は適当に頭の中を捻って考えて「そうだな。最近、少し辺ぴな場所にある空き家を見つけたんだ。それで今度の休みにその空き家に行ってみようと思っていて。特段、意味のある事ではないんだけど」と言った。
 私の言葉を聞いた上坂は細くて長い爪先を眺めながら、私の顔を見ずに言った。
「ねぇ。その空き家。今から行って見ない?」
 私はギョッとして言った「今の時間から? もう暗いから辞めといた方が良いと思うよ」
 けれでも上坂は引かずに「そもそも、それって本当に空き家なの? 行って見たら明かりが灯されている一般的な民家の可能性もあると思うの」と言った。
「確かにそうかもしれないが」
「なら今から行って見ましょう」
 上坂は少し強引に私の袖を掴んで個室から出た。そして店から出てすぐに上坂の方から小さな声が聞こえた。

「去年の方が綺麗だったな」

 石畳みを上がって竹林の林を抜けて行くと、あの空き家があった。思わず私は「あっ」と声を発した。空き家からは黄色い光が漏れていた。
「空き家じゃなかったのか」
「そう見たいですね」と上坂は言った。
「それじゃあ、飲みなおしに行きましょうよ。瀬長さん」と上坂は言った。
「あ、うん」私は言った。
 石畳みを降りて竹林を抜けた後も私は何だかモヤモヤとした気分であった。どうも気が晴れないのである。何か、気になる。それで私は上坂に「悪い、少しだけ待っといてくれたまえ」と言って再び石畳みに上がろうとした。すると、上坂が私の袖を掴み「辞めてください。戻って行って、どうするんでんすか? あすこは空き家じゃないんですよ。誰かが住んでいる家なんです」と言ったが私はその彼女の手を振りほどいて石畳をかけ上がって行った。空き家からは確かに光が漏れていた。しかし、どうも人が住んでいる為の光のようには思えなかった。まるで家を照らす為の飾りの電灯を内から当てているようだ。私は意を決して引き違いの戸を開いて中に入った。天井には照明がついているが鼻の奥にツーンとくるカビ臭い匂いが、明らかに住人のいない印だと教えくれた。廊下には埃と何年も前の新聞紙と雑誌、空き瓶、空き缶、や家電が置いてある。私は廊下を歩いて一番光の放っている居間へと進んで行った。私だけの影が動いているのが何とも気持ちが悪かった。戸を押して中に入ると、私は「あっ」と声を出した。
 壁中に写真がびっしりと貼られていた。そして、それは私が写った写真だった。押しピンやセロハンテープで留められていた。いや、私だけではない。私と写っている女性が居た。全ての写真には私と女性が写っているではないか。勿論、その女性には見覚えがあった。
「どうして、見つけたんですか?」
 私の背後から上坂の声がした。振り返ると何とも静かな瞳をした上坂がこっちを見ていた。
 居間の真ん中にテーブルがあって、そこには一枚の写真が置いてあった。花火を背景に映る上坂と私だった。さっき打ちあがっていた花火はもうとっくの昔に終わっているだろう。上坂はテーブルに近づき、その写真をゆっくりと撫でた。
「アタシ、花火の事は嫌いになりましたけど、カナくんの事はずっと好きですよ」

空き家から見えた。花火の色は何色ですか?

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更新日
登録日
2018-09-16

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