*星空文庫

ブロザムビッチは新入社員

湯田 夏 作

「おい、聞いたか?」

「あっ、聞いた。新入社員のことだろ」

「ああ、珍しいよな。5月の連休明けのこんな時期に」

とある会社の喫煙所で男性の社員が会話していると、黒縁メガネの女性がやって来た。

「おはよう、中崎さん」

「ちょうどよかった、中崎さん。確か人事課だったよね」

短く、おはようとだけ言った中崎と呼ばれた彼女は構わずタバコに火をつけた。
ふう、と煙りを吐くと中崎は、「何?」とだけ聞き返した。

「今日から新入社員が入って来るって話」

「人事課ならどんな人が採用されたのか、教えてよ」

中崎は男性社員らを見たあと今度は、はあ、と煙りを吐き出した。

「私も知らないのよ。ただ新入社員が来るって連絡だけよ」

さらに中崎は、朝からみんな同じ事ばかり聞いて、と雑にタバコを消して戻っていった。

「俺たちも部署に戻るか」

「そうだな、お前、新人研修の担当だからな。新入社員のお世話頑張れよ」

そして喫煙所は誰もいなくなった。



ガラス張りで日差しが明るいフロアの一室に社員たちが集まっていた。何やら先程の彼らが小声で言っている。

「おいおい、聞いてないって」

「それはこっちのセリフだよ、TVの撮影なんて。何?48時間密着企業最前線って、そんな番組聞いたことないよ」

それでは撮影始めます、とのかけ声でカメラが向けられるなか、入口のドアが開き、部長と課長に続いてもう1人男性が入ってきた。立ち止まった部長が社員たちと向き合うとすぐに、

「おはよう」

と丸メガネをかけた男性に前へ出るようにうながした。
TVカメラがあるからなのか、緊張しながら前に出た男性は垂れた前髪を直してからお辞儀する。

「おはようございます!この度採用されまして、今日から、皆さんと一緒に働きますブロザムビッチ健太です。よろしくお願いします」

パチパチと拍手に紛れて、「ブロザムビッチ?」とどう見ても日本人の外見の男性に不思議がる声がささやかれた。

「ブロザムビッチさん、新人のあなたはそこの彼と一緒に行動してください」

そう言うと部長は新人研修担当の社員を指し示した。他の社員の注目が集まるなか、ブロザムビッチは「よろしくお願いします」と元気に挨拶した。

「・・・・・・ブロザムビッチって」と呟いた新人研修担当の社員が一歩前に出ると彼を指差して言った。

「何やってですか、社長?カツラなんか被って、メガネもかけて」

「カッーート!」

ディレクターらしき男が勢いよく割り込んできてきた。

「だから言ったでしょ、古澤社長。ブロザムビッチなんて偽名、正体バレますよって」

「いや、そこか!」

新人研修担当の社員が叫んだ。そうして、白けた空気の中、『潜入!社長は新入社員です』の撮影が進められたのだった。

『ブロザムビッチは新入社員』

『ブロザムビッチは新入社員』 湯田 夏 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-09-15
Copyrighted

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