自由になるとき。

自由になるとき。

香りってずっと覚えていられないのに、突然現れるとすべて思い出してしまう。

自由になるとき。



先輩は、咥えていたタバコをコンビニのチョコバナナクレープに突き刺した。細く白い煙を吐きながら、はいおめでとう、と指で押して私の前にやる。私はハタチをむかえた。が、実際のところ、彼は私の誕生日など知らない。知ろうともしない。これはなんの気まぐれか、祝福の意なのか、飲み食いせずにここに私がいる背徳感からなのか。私の嫌いなチョコバナナとタバコをドッキングしたそれは、もはや憎むべき代物だった。いらない、そう言って私はバースデープレゼントから目を背けた。暗い部屋にはオレンジの光と、Macbookから放たれる青白い光が交差している。Macbookから流れる曲はどれも知らないものばかりで、ワンフレーズしか頭に残らない。外の店から聞こえる洋楽ばかりが気になって、窓の方を向いて寝転んだ。

2人の苦しい息遣いは、誠実な関係というにはあまりにも辻褄が合わない。二酸化炭素濃度が徐々に上昇して行く。私は煙と二酸化炭素の淀んだ閉塞感にまみれた部屋から、微かながらムスクの香りを嗅ぎ取った。彼の香りが好きだった。髪や服、部屋から漂う強烈なムスクの香りが好きだった。香りが好きなのか彼が好きだから香りまでも愛おしいのか、もはや区別がつかなかった。人懐っこく、自身の欲望に忠実な彼は、芯の部分があまりにも冷たい。見送りもせずに、タバコを吸いながらサヨナラを告げる作り物の笑顔は、不誠実だ。泣きながら乗る6時24分の電車は、憎たらしいほどに誠実なムスクが私についてくる。何度も、嫌いだ、と言いながら忘れたくない香りを探し続けた。

また連絡するねと言われた日から、たまに思い出す彼のことを、嫌いだ、嫌いだと何度も口に出して言った。彼が気に入っていた私の顔も、好きという言葉も、都合の良さも認めたくなかった。勝手に好きになったんでしょと突き放された言葉も、全部記憶の底に沈めてしまいたかった。顔も声も忘れてしまっても尚、記憶に残る言葉と匂い。もう鈍感になってしまった傷口の痛み。
したたかに香る甘いムスクはもう、私の匂いになってしまった。

自由になるとき。

何をいい思い出とするか、それは人それぞれだけれど、素直になれなかった記憶はいつまでも纏わりつく。

イメージカラーはオレンジ色。

自由になるとき。

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-14

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