お猫さま 第一話ー猫幽霊

お猫さま 第一話ー猫幽霊

草片文庫(くさびらぶんこ)

猫の人情小噺です。笑ってください。PDF縦書きでお読みください。

 小咄と申しますと、長屋の八さん、熊さんと決まっておりますが、このお話も、八五郎と熊八が主人公でございます。
 八五郎と熊八のご両人、なかなか腕のたつ大工でございまして、二人ともいい棟梁のもとで働いております。稼ぎも悪くはなく、この近所ではなかなか見られない立派なつくりの長屋に住まいしております。
 ところが、二人とも、なぜかご婦人に縁がないようで、三十路に手が届こうとするのに独り身、顔を合わせればご婦人の話になるのは致し方がないといったところでございます。
 
 「おい八、あの辻向かいの家に越してきた後家さん、いい女だね」
 「ああ、いい女だ。顔はぽっちゃり色白で、こう胸が突き出して」
 「いやあ、なんてったって、後姿がいいね、いい振り方をしてるよ」
 「なんだい、しっぽかい」
 「しっぽがあるわきゃないだろう、お尻さまだい」
 「ところで、熊、あの後家さん、三味線のお師匠さんだそうだ」
 「そうだが、それがどうした」
 「しっぽをつかんだ」
 「なんだ、しっぽってえのは」
 「家から猫が出てきた、真っ黒な猫だ」
 「馬鹿いっちゃいけないよ、猫がいたからって三味線のお師匠さんたあ限らんだろう、もしそうなら、となりの留公のとこだって、ど汚いどら猫がいるよ、あいつのかみさんは三味線どころか、太鼓もたたけねえ、かなきり声をあげるぐれえだ、どうして猫がいたら三味線のお師匠さんなんだ」
 「三味線は猫の皮で作るんだ」
 「それなら三味線作りじゃねえか。三味線のお師匠さんとは違うだろう」
 「いや三味線作りのお師匠さんかもしれねえ」
 「馬鹿いってら、それによ、あそこの猫は黒じゃなくて、真っ白だぜ」
 「違うよ、真っ黒だったんだ」
 「いや、俺が見たのは真っ白で尾っぽの長い猫だ」
 それなら、確かめようじゃないかと、二人して女の家の前で猫が出てくるのをじーっと見張っております。
 しばらくしますと、玄関がするりと開いて、白ポチャの女性が、浴衣姿で出てまいりました。それがまた、都合よくいくもので、猫を連れております。
 お師匠さんの胸に抱かれている真っ黒い顔の猫がこちらを向いています。
 「ほら真っ黒だ」
 八五郎が指差すと、猫がひょいとお師匠さんの肩の上に飛び乗り、後ろを向きました。
 猫の真っ白なお尻が突き出されて、長い尾がお師匠さんの胸元で揺れています。
 「ほら真っ白だ」と熊八が指を差します。
 なんてことはない前半分が真っ黒で、後ろ半分が真っ白な白黒猫だったとうことで、胸より上ばかり見ている八五郎と、腰より下ばかり見ている熊八の目の付け所の違いが猫にも現れたというところでございます。
 これが白黒の決着をつけるということでございますな。おっと、まあ、それもあやしいかぎりでございます。
 そのようなことがあってから、八五郎と熊八は遠回りしてでも、仕事の行き帰りにお師匠さんの家の前を通るようになりました。あわよくば顔を拝みたい、という、男の切ない望みを抱いてのことでして、決して今でいうストーカのようなものではございません。
 ある時、八五郎が師匠の家の前を通りますと、庭の隅から、真っ黒な子猫と真っ白い子猫が出てまいりました。子猫達は玄関脇に、ちょこんと座りまして、みゃあみゃあと鳴きながら、八五郎を見上げております。
 お師匠さんのところの白黒猫の子どものようです。どうも腹がへっているようでございます。親猫はどこにいるのでしょう。そういえば、ここのところお師匠さんも見かけておりません。
 八五郎は「こんちわー」と玄関の前で声をあげました。
 しかし、誰も出てくる気配はありません。留守のようです。
 黒白の子猫たちは、みゃあみゃあと鳴き続けます。
 「腹へってるのか」
 猫ってえのは飼ったことはないが、悪さするったって、餓鬼ほどでもないし、飯だって犬ほど食わないし、とりあえずうちに連れてって、餌でもやろう。との思いで、八五郎が、おいでおいでをすると、黒いのが一匹足元に寄ってまいりした。白いのも寄ってまいります。
 お師匠さんが帰ってきたら返そう、という気軽な気持で八五郎は二匹とも拾い上げると、袂に入れて長屋に戻りました。
二匹の子猫を土間に放すと、昨日の飯の残りに、これも残った味噌汁をかけてやる。子猫たちはしばらく食べていなかったとみえまして、がつがつと食べております。
 そこに熊八が顔を出しました。
 「なんだい、八が猫好きだったとは知らなかったな」
 「お師匠さんとこの子猫なんだ」
 八五郎は熊八に事の次第を話したわけです。そうなると、熊八も男気があります。
 「二匹じゃ八も大変だろう、一匹面倒を見ようじゃないか」
 そう言って、熊八は真っ白い子猫を自分の家につれて帰りました。
 こうして、気の良い八五郎と熊八は猫たちを「黒や、白や」とかわいがるようになったのでございます。
 
 猫を拾ってちょうど半月、お師匠さんが家に戻った様子はありません。
 黒い猫は八五郎の家で、白い猫は熊八の家で、すくすくと大きく育ちました。
 そんなある日の真夜中、八五郎が寝ておりますと、隣の部屋からなにやらことことと音がいたします。
 また黒が腹をすかせて、餌をあさっているのかと、はじめは気にもかけませんでしたが、そのうち、トッテンシャンと三味線の音(ね)が聞こえてまいりました。
 こんな夜更けにと思いながらも、その日はそのまま寝てしまいましたが、次の日も次の日も子の刻、今で言う夜中の十二時になりますと、三味線の音が聞こえてまいります。
 どこから聞こえてくるのか不思議に思った八五郎は、布団から這い出し、障子をそーっと開け、隣の部屋を覗きました。
 夏にもかかわらず、ひんやりとした空気が八五郎の顔に当たります。
 暗い部屋の中で、座布団の上で何かがぼんやりと光っています。
 目を凝らしますと、お師匠さんの上半身がふわーっと暗闇に浮かんで、真っ黒い三味線をもって、トッテンシャンと弾いているではありませんか。
 「ひゃー、出たー」とばかり、八五郎は障子を閉めて、布団の中にもぐりこみ、朝までがたがたと震えておりました。
 明け六つ、朝日が家の中に差してくると、ようやく、八五郎は布団から這い出してまいります。八五郎はまだ震える手で、障子をそうっと開けました。
 なんてことはない、黒が目の前で、にゃあーと餌をほしがり、見上げております。
 なんだ、夢だったのかと納得した八五郎は、朝の支度をして、仕事にでかけました。
 しかし、次の晩も三味線の音が聞こえ、隣の部屋を覗くと、お師匠さんの上半身が、座布団より少し上に浮かんで、黒い三味線を静かに鳴らしております。
 やな夢ばっかり見る、と八五郎は布団に戻ります。
 それが、三日目にもなると、八五郎も慣れてまいりました。まともにお師匠さんの顔を見ることができました。
 座布団の上のお師匠さんはうつむいて、悲しげな顔をしております。
 これは何かあっに違いねえ。そう思わないほうが不思議でございます。
 
 夕方、八五郎は熊八の家にいって、この数日間の出来事を話しました。
 ところが、「俺もなんだ」と熊八が話し始めました。
 「寝てるとな、隣の部屋で、なにやらことことと音がしたんだ、また、白のやつが腹をすかせて、餌をあさっているのだろうと、気にもとめなかったが、小さな音で、トッテンシャンと三味音が聞こえてきやがった。
 その日はそのまま寝ちまったが、次の日も次の日も子の刻になるとに三味線の音が聞こえやがってな、音のする隣の部屋を覗いたんだ。
 そしたらな、女の下半身が座布団の上で正座をしてたんだ。
 あ、こりゃあ、お師匠さんだとすぐわかったな、それで、真っ白い三味線が宙に浮いて、トッテンシャンと鳴ってやがんでえ、びっくりしたな。出たーと、布団の中にもぐりこんじまった。朝までがたがたと震えてたんだ。
 お天当さんの光がすーっと入ってきたときにゃ、ほっとしたよ、布団から這い出て、障子を開けると、白のやつが、にゃあーと見上げていやがった。
 夢だったと思って、仕事にでかけたんだが、次の晩も、同じだ、夜中に、お師匠さんの下半身が正座をして、宙に浮かんだ白い三味線が鳴っているんだ。
 そのうち慣れきてまともに見ることができるようになった。よく見ると、お師匠さんの下半身が寂しげに震えているじゃねえか、これは何かあったのかと思ってな、今日あたり熊に話そうと思ってたところでえ」
 「全く同じじゃねえか、熊のところにも出たとなると、こりゃ、お師匠さんの身に何かあったに違いねえ」
 そこで、もし今晩もお師匠さんが出るようだったら、声をかけてみようと約束して八五郎は自分の家にもどりました。
 八五郎の家では、子の刻になると、いつものように、お師匠さんの上半身が、座布団の上に浮かんでいます。熊八の家では下半身が、座布団の上に座っております。
 「いってえ、どうしたんで、お師匠さん」
 八五郎が声をかけますと、黒い三味線とともに、お師匠さんの上半身が宙を動いて、出口に向かいます。
 熊八の家でも座布団に正座していたお師匠さんの下半身が宙に浮いて、白い三味線とともに出口に向かいます。
 音もなく戸が開き、お師匠さんの上と下は外の闇に浮かびました。
 八五郎も熊八も外に出て後を追います。
 宙に浮いたお師匠さんの上半身と下半身は、ゆっくりと、道の真ん中を進んでいきます。やがて、辻向かいの自宅にくると、玄関を通り抜けて自分の家の中に入ってまいります。
 八五郎と熊八は、恐る恐る玄関を開けました。
 中を見ますと、宙に浮かんでいたお師匠さんの手がおいでおいでをしております。
 二人があとについてまいりますと、お師匠さんの上と下は寝所に入っていきます。
 八五郎と熊八が部屋に入ると、お師匠さんの上がスーッと天井まで上り、下はすーっと畳の上に下りますと、下の上に上がスーッと降りてきて、ぴったりとはまったのでございます。ややこしい話ではございません、上半身と下半身がいっしょになって、お師匠さんが畳の上で正座をいたしました。
 白い三味線と黒い三味線も合わさって白黒の三味線になって師匠の手の中に収まります。
 こちらを向いたお師匠さんは、悲しげに八五郎と熊八を見ると、三味線を一回、しゃんと打ち鳴らしました。
 そうして、ゆっくりと、お師匠さんは床下へと沈んでまいりました。やがて、お師匠さんの顔も床に消えようとするときに、お師匠さんの唇が動きました。
 「八五郎さん、熊八さんありがとうございます」
 「この中だ、この床下だ」
 熊八が言うと八五郎も頷きました。
 「どうしよう」
 「朝になったら番屋に行こう」
 「そうしよう」
 熊八と八五郎は長屋にもどりました。
 八五郎が家の戸を開けると、熊八の白猫も八五郎の家に来ていたとみえまして、黒猫と仲良くならんで待っておりました。
 「うちの猫がいなくなった」
 熊八が八五郎の家にやってきました。
 「きてるぜ、眠れねえな、酒飲むか」
 「ほれ、もってきた」
  熊八が酒を抱えてきました。二人して酒を呑み始めましたが、一向に酔いが回ってきません、そうこうしているうちに、お天当様が顔を出し、そのまま二人は番屋に駆けつけ、ことの次第を話しました。
 お役人は、あいわかったと、お師匠さんの家を調べたのでございます。
 その結果、床下から無残にも切り殺されたお師匠さんと、これも切り殺されたお師匠さんの白黒猫がみつかったのでございます。
 お師匠さんの幽霊が持っていた三味線は死んだ猫が化けたものでした。
 しかし、なかなか犯人の目星がつきません。
 季節が過ぎ、秋風が吹くころになりますと、お屋敷町に夜な夜な白と黒の皮を張った三味線が宙を舞うという噂がたちました。
 そんな噂を聞いた八五郎はある晩、
 「どうだ、三味線をを見に行かないか。きっとお師匠さんの猫だ」
 と、熊八をさそってお屋敷町にやって参りました。
 人っ子一人通らない丑三つ時、八五郎と熊八が屋敷町の角にくると、生臭い風が渦巻き、目の前に白と黒の三味線が現れました。宙に浮いたままゆるゆると動いていきます。
 「ほら、やっぱりお師匠さんの三味線じゃねえか」
 二人して三味線の後についていきますと、一軒の立派なお武家様の屋敷の前にやってまいります。八五郎と熊八がどなたの家なのか見ておりますと、三味線はお屋敷の中ににすーっと消えていってしまいました。
 あくる日、二人はその屋敷のことを番屋に話しに参りました。
 しばらくいたしますと、お役人はその屋敷の息子をお縄にいたしました。
 お師匠さんに懸想したそのお武家の息子が、相手にされぬ腹いせにお師匠さんを殺めたことが明らかとなったそうでございます。その上、お師匠さんを守ろうと飛びかかった猫も切り殺されたことが、詳(つまび)らかになったのでございます。
 
 これでお師匠さんもうかばれる。
 八五郎と、熊八はお師匠さんが葬られている寺におまいりに行きました。猫も一緒に葬られています。二人はその猫の子どもである黒と白も連れてまいりました。
 「お師匠さん、犯人がつかまりました。どうぞ安心して成仏を」
 手を合わせ、さて、二人が墓を出ようとしますと。そばにいたはずの猫たちがいません。どこに行ったのだろうと見回しますと、右手から八五郎の黒い猫を抱いた娘が、左手から熊八の白い猫を抱いた娘がやってまいりました。
 「あ、黒、白」
 八五郎と熊八が声をかけますと、娘たちは、
 「おや、飼い猫だったの」
  と猫を下におろします。
 八五郎と熊八は顔を見合わすと言ったのです。
 「いや、飼っていただけるとありがてえくらいで、あっしらはかまわないんで」
 一人はとび職の頭領の娘、もう一人は左官屋の頭領の娘でございました。二人とも、墓参りにきたところでございます。
 それが縁となりまして、八五郎と熊八はその娘たちと祝言を挙げることにあいなります。
 これも、お師匠さんと母猫がとりもってくれた縁と、二人はお師匠さんの墓の脇に、小さいながら、白と黒の親猫のための墓をつくり、手を合わせたそうでございます。
 
 祝言も一緒にやろうじゃないかと、お寺の本堂で夫婦の式が行われたのでございます。
 三々九度も無事にすみ、宴にうつります。皆が陽気になってまいりますと、新郎たちの脇に黒猫と白猫がやってまいりました。
 「おう、おめえらも飲むかい」
 と八五郎が杯をさしだしますと、黒猫は酒をぴちゃぴちゃなめたのでございます。おなじように、熊八がさしだした杯に白猫も舌を出します。
 おや猫も酒を飲むのかと、見ておりますと、黒猫の毛がじわじわと白くなり、やがて真っ白になりました。白猫はといいますと、白い毛がじわじわと赤茶色になりました。茶色の猫はいうなれば赤猫でございます。
 酔った紅白の猫は二匹で舞を披露いたします。
 それを見た一同、やんややんやの拍手で、目出度くお開きになったのでございます。
 白黒が紅白になるおめでたいお話でございます。



猫小咄集「お猫さま」所収 2017年 55部限定 自費出版(一粒書房)
 2017年度(第20回)日本自費出版文化賞、小説部門賞受賞

お猫さま 第一話ー猫幽霊

お猫さま 第一話ー猫幽霊

長屋の三匹の白猫が、江の島に遊びに行きます。さて、どうなるのやら

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-14

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