鏡の私

すごろく 作

 「鏡はこちらとあちらの境界の一つだ」と、民俗学だか文学だかをやっている誰かが言っていた。こちらとあちらというのはつまり、自分がいるところとそうでないところだ。そこの境界というのは、その自分がいるところとそうでないところが最も接近する地点、ということだろう。
 ところで鏡には色んな逸話がある。やれ鏡の中の世界に引きずり込まれるだとか、やれ鏡の中の自分と入れ替わっただとか、やれ鏡に現実では見えるはずのないものが映り込んだとか、そういったオカルトじみた話だ。人はそういうのを「不思議な体験」というのだけれど、私もそういう鏡にまつわる「不思議な体験」をしたことがある。
 ここではその話をしたいのだけれど、その前に、私は鏡が嫌いだということを言っておく。「こちらとあちらの境界」とか、そんなことは関係なく、私は鏡が嫌いだ。その嫌悪感は生理的なものといっても良い。物心ついたときから私は鏡が気に食わない。正確には、鏡に映り込む自分が、だ。鏡に映る自分は、自分の姿であって自分ではない。それに私は途轍もない嫌悪感を抱く。よく人間の形にそっくりなロボットを人間が嫌うことを「不気味の谷」などと呼ぶが、私のそれはその感覚に近いのかもしれない。同族嫌悪とも呼べるか。いや、それは少し違うか。申し訳ない、脱線した。とにかく私は鏡及び鏡に映る自分がどうしても好かない。手を洗う際など鏡に向き合わないといけない瞬間というのはあるが、そういうときはいつも目を伏せて、なるべく鏡を見ないように、もっと正確にいえば鏡に映る自分を見ないようにして、今日まで生きてきたのだ。
 さて、ここからようやく本題である。
 先述の通り、私は鏡に並々ならぬ嫌悪を持っているので、自宅には洗面台の鏡以外にはどこにも鏡を設置せず、手鏡を持ち合わせていなかった。そんな私のもとに、ある日一つの姿見が送られてきた。それはつい最近亡くなった祖母の遺品だった。
 自慢ではないが、私は祖母にはかなり可愛がられていたと自負している。私は祖母にとって唯一の孫だったようだし、祖母の夫である祖父は私が生まれる前に亡くなっていたので、祖母は毎日のように遊びにくる私が相当可愛かったのだと思う。いつも甘いお菓子屋やお小遣いをくれて、子どものくだらない話に何時間でも付き合ってくれて、色んな古い遊びを教えてくれた。幼い私はそんな祖母の優しさに甘えて、いつも祖母の家に入り浸っていたのを憶えている。
 そんな祖母が亡くなったときは、悲しかった。しかし人間には生きている限り順序というものがあり、その順序の最後の段階が死だ。祖母は順序通りに進み、死を迎えたのだ。だから私は悲しかったことは悲しかったけれど、しっかり祖母は人生をまっとうしたのだと穏やかな気持ちでもあった。
 葬儀の後、祖母の遺品整理が行われたときだ。私も手伝っていたのだが、祖母が書き残したと思われる便箋を、母が発見した。それはどうやら遺言状のようなもので、そこには軽い別れの挨拶とともに、「遺産や遺品は好きに分配して良いが、姿見だけは孫に渡すように」と記されていた。理由は書かれていなかった。
 初めのうち、私は嫌がった。姿見とは全身を映すような大きな鏡だ。鏡嫌いの私にとって、そんなものが自宅にあるのを想像するだけで身の毛がよだった。しかし母は祖母の遺言なのだからと引き下がらなかった。私も祖母に大事にしてもらった身としては、その願いを聞いてあげたい気持ちはあったし、やはり嫌々ではあったけれど、姿見をもらい受けることにした。そして自宅に姿見が届いたというわけである。
 さて、その頃、私は一人暮らしをしており、恋人やルームシェアするような友達などもいなかった。それにほとんどバイトを渡り歩いて食いつなぐようなろくでもないかつかつの生活だったため、住んでいたのは風呂なしで四畳くらいしかない狭い安アパートの一室だった。
 そんな部屋なので、姿見を置くのには苦労した。ただでさえ必要品だけを詰め込んでもぎゅうぎゅうの部屋なのに、姿見ほど大きな鏡を置くスペースなどなかなか作れなかった。結果的に、パズルの要領で家具と家具の間に無理やり姿見をはめ込むような形で落ち着いた。
 姿見をどうにか置いて一息ついてみれば、そこには自分の姿が映っている。途端に私は自分の鏡嫌いを思い出して、それに不快感を覚えた。姿見をこのままにしていては普通の生活もままならない。私は手ごろな風呂敷のような大きな布を近所のホームセンターから買ってきて、それを姿見に被せ、自分の姿が映らないようにした。これで少しは気にせずに生活できるだろうと思った。
 しばらくのうちは映らないようにしているとはいえ、自分の部屋に大きな鏡があることに違和感があったが、そのうち慣れてきて、いつも見る風景の一部と捉えるようになった。結局祖母が私に姿見を託した意図はわからないけれど、どうにかその願いには答えていけそうだと思った、その矢先に、異変があった。
 その日、私はバイトで帰りが夜遅かった。疲れてため息をつきながらドアを開けたとき、私はすぐにその変化に気づいた。
 ――姿見にかけていた布が、外れていた。
 そのときは、まあ何かの拍子に落ちたのだろうと思って、すぐに布をかけ直して眠った。
 しかし翌日も夜遅く帰ってみれば、布が鏡から外れている。さすがに気味が悪かったが、どうせ偶然が重なっただけだと自分に言い聞かせてまた姿見に布を被せた。
 だがまたその翌日も、さらに翌日も、布は鏡から外れていた。それだけではない。どうも部屋にあるものが、何者かに少しいじられている気がするのだ。本棚の本の順番が入れ替わっていたり、決まった位置に置いてあるリモコンが移動していたり、棚が少しずれている気がしたり。どれも些細なものではあったけれど、着実に自分の中で違和感として積もっていった。そして徐々にその原因が、この姿見自体にあるのではないかと思い始めた。
 そこで私はその真偽を確かめるべく、ある手に打ってみることにした。それは単純な話で、部屋に監視カメラを仕掛けるというものだ。その頃の私は本当に貧乏で、本当にあるかもわからないことを確かめるために監視カメラを買うことは痛い出費だったけれど、このままよくわかりもしない違和感と付き合っていくのも嫌で、思い切って安価なものを購入し、部屋の天井の隅に仕掛けた。これで本当に何かが捉えられるのかも不安だったが、この違和感を解消するためにも、それに賭けるしかなかった。
 その翌日、また夜遅く帰ってきた。やはり布は外れており、部屋の様々なものが少しだけ動いていたり変わっていたりする気がした。監視カメラを外し、録画されている内容を確認する。誰もいない薄暗い部屋の映像が延々と流れていて、やはり何も出てこないのかと落胆した気持ちが沸き上がってきたとき、そいつは動き始めた。
 がさっと唐突に鏡の布が外れた。どきっとする間もなく、鏡の中から何か黒い影のようなものがにゅるっと顔を出した。そいつは顔だけではなく、全身もぬるぬると鏡の中から出てきて、そして最終的には完全に人間の形として、部屋の中に立っていた。安価なものなので画質が悪く、おまけに薄暗いので見えにくかったが、どうやらそいつは私のようだった。鏡から出てきた私は部屋を歩き回り、がさごそと棚の中を覗き込んだり、本棚の裏に首を突っ込んだりしている。その姿はなんだか、何かを必死に探しているようだった。そして何も見つからなかったのか、そいつが落ち込んだように肩を落とし、鏡の中へと戻っていった。それから五分と経たないうちに、私が帰ってきた。
 私は姿見を見た。初めて姿見の前に立ち、姿見に映る自分と向き合った。
「あなたは何を探してるんですが?」
 私は、鏡の私に訊ねた。鏡の私は、私の口と同期して口を動かした。しかし、返事をすることはなかった。
 私は、鏡の私が何を探しているのかを考えた。こういうのは大抵そのものにまつわる人の何かにヒントがあったりする。この姿見の場合、間違いなく関係しているとすれば祖母のことだろう。私は祖母との記憶を手繰り寄せ、何かしら忘れているものはないかと記憶のあちらこちら中を裏側まで覗き込んだ。しかし、何かそれっぽいものは見つけることができなかった。姿見の怪異のことは隠して、母にこっそり電話で祖母とのあれこれを話してみたりもしたけれど、やはりヒントも得られなかった。霊媒師のような人に依頼することも考えたのが、正直あんなのは大抵が詐欺師だし、そんな連中に払えるような無駄金を持ち合わせていなかった。だから自力で解決するしかなかったわけだけれど、どうしても無理そうなので、私はある一つの苦肉の策を実行した。
 私は姿見の布を外し、鏡の私と対面し、そして口を開いた。
「申し訳ありません。あなたが探しているものが何なのかどうしてもわかりません」
 鏡の私は答えない。
「あなたが答えてくれないのなら、私はあなたが探しているものを探せません」
 やはり答えない。
「答えてくれませんか。それでは仕方ありません。はっきり言わせてもらいます。あなたはずいぶんとこの部屋を探し回ったようですが、見ての通り、この部屋はこんなに狭い部屋です。そんな部屋を連日探しても見つからないんです。あなたが探しているものが、本当にここにあると思いますか?」
 鏡の私は、私と同じく仏頂面。
「もう諦めてください。気持ち悪いんですよ。あなたが出てくるのは。だからもう出てこないでください。あなたが探しているものはここにありません。どこにもありません」
 そう言った瞬間、鏡の私の仏頂面が崩れて、一瞬なんだか泣きそうな顔になった気がした。それは鏡の私だけがそういう顔をしたのか、私がそういう顔をしたのか、よくわからなかった。だけれども、それっきり鏡の私に変化があることはなかった。しばらく睨めっこしていたけれど、鏡の私も、私をただずっと睨みつけているだけだった。
 こんなことで大丈夫だろうかとやはり不安になったが、翌日から、布が鏡から外れていることはなくなった。それだけではなく、何かが動いているような気も変わっているような気もなくなり、違和感自体が嘘のように消え失せていた。監視カメラをもう一度仕掛けてみたけれど、一か月ぐらい放置していても、鏡の私は鏡から出てこなかった。
 そうして私の「不思議な体験」は終わった。
 結局、祖母が遺言で私に姿見を託した意味も、鏡の私が何を探していたのかも、何もわからずじまいだ。しかし、私は何ももやもやしていないし、後悔もしていない。
 その後、私はちゃんとした定職に就いて真面目に働き、良き伴侶を得ることに成功した。そして子どもを設け、ローンを組んで家を建て、楽ではないけれど、それなりに充実した生活を送っている。
 あの姿見は、今でも私の部屋にある。いつもは布を被せているが、たまにその布を外し、そこに映る鏡の私と向かい合う。今は以前ほど鏡が嫌いではない。しかし、鏡の私を見るたびにやはり思うのだ。鏡に映っているのは私の姿であるけれど、決して私ではないのだと。

鏡の私

鏡の私

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-09-11

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