放っておいてください

子供のころ住んでいた家の裏手には立派な林があって、わたしはそこでよくクワガタを捕まえた。ひんやりと冷たく、黒光りしている彼ら(彼女ら)の胴体を、右手の親指と人差し指でこわごわ触れて、持ち上げた。6本の脚をごちゃ混ぜにバタつかせる彼ら(彼女ら)はかわいい。きっと、このまま圧を加え続ければ、この小さな彼ら(彼女ら)は体液を噴き出しながら粉々になってしまうだろう。わたしの親指と人差し指はそれをしなかったが、それをするのはわたしで、わたしの人差し指と親指である。彼ら(彼女ら)のちいさな枯枝のような脚(手?)では、わたしにはなんの感触も与えることはできない。わたしは彼ら(彼女ら)を解放した。

わたしは、生ハム用のスライスナイフを、右手の親指と人差し指で持って、自分の部屋のベッドに座っている。コットンイエローのスカートから生えている太腿の内側に、スライスナイフを当てる。このまま力を加えればわたしの太腿もきれいに切れるだろうか。スライスナイフはひんやりと冷たく、蛍光灯の光を反射して青白く光っている。どちらでもいい。きれいに切れなくても、どちらでもいい。わたしは親指と人差し指の力を少しだけ強くした。みしっとわたしの中だけで音がして、スライスナイフの先から赤黒い血が滲んできた。わたしは泣いていたが、ここで笑ってもかまわない。痛みはあっという間に身体中をかけ巡り、わたしは呼吸を一瞬だけ止めた。スライスナイフを持ったまま、ベッドに倒れ込みながら目を閉じた。深く、眠ってしまいたかった。太腿からシーツに血が垂れているのを感じる。外は雨が降っている。冷たい秋の雨だ。わたしは秋が好きで、秋はわたしが嫌いだった。たぶん。そんな気がする。

放っておいてください

放っておいてください

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-11

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