鳴海都丘

「モノに意識を移せる技術ができるなんて随分と画期的なものができたと思ったものだけどね」
 死の間際、腕時計になった彼は自嘲気味に言った。
「まさかこの姿になっても痛覚があるなんて考えてもみなかった。長年身に着けていたものだから、意識を移すときはこれにしようと決めていたんだけどなぁ」
 どうして誰も教えてくれなかったんだろう。古くなった部分が痛くて痛くてたまらなかった。やっぱり古い物はダメだね。
 矢継ぎ早に喋る彼は平静を装おってはいるもののどこか覇気がない。とは言え、覇気も何も、見た目はただの腕時計なのだから顔色などは分かるはずもなく、現在は唯一の交流手段となったスピーカーから発せられた彼の音声の調子から私が勝手に人間だった頃の彼の表情を想像し感傷的になっているだけに過ぎないのだが。
「今は大丈夫なんですか」
「メンテナンスで外してもらったからね。それでようやく痛みが取れたよ」
 彼は長針を文字盤のⅥの部分に合わせる。たぶん、これは指の代わり。
「ベルトの部分が痛かったの? 上の方のベルトはこのままでいいんですか?」
「感覚があるのは文字盤の部分だけなんだ。ベルトは言ってみれば髪の毛みたいなもので、頭皮までダメージ食らってるわけじゃなければ大丈夫、みたいな感じだよ」
 その説明は分かりやすいようで分からない。だって私はまだ人間で、これから先だって人間以外のものに魂を移す予定はないのだから。
「元の体には戻りたくはないのですか?」
 意識の移動は一回きり。彼はそれを分かっていて腕時計を最期の器に選んだのだ。今更、肉体の回復を伝えたところで、それはあまりにも酷というものだろう。けれど、私はそれを聞かずにはいられなかった。
 彼はなくなった首の代わりに秒針を振って否定の意を示す。
「狭い場所に入って焼かれたりするのは嫌だから。どちらにしても動けないなら持ち運びが簡単なこの姿のほうがいい」
 時刻は十時十二分を指し示している。それで笑っているつもりなのだろうか。
「これでも意外と満足しているつもりだよ」
 全く笑い返すことのできない私の手のひらの上で、短針と長針は微笑むように緩やかなカーブを描き、一秒ごとに刻まれる秒針の音は鼓動のように響いていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-10

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