ブレスレット
どこからか私を呼ぶ声が聞こえて、新聞紙を読むおじさんの肩が私の頭を何度も打つのを首が不愉快に思っているが、私の右腕から声がすることが見えてきたので、摑めやしない吊革に腕を伸ばす振りをして腕を挙げた。友人から貰ったお土産の貝を削って繋げたブレスレットが腕を締め付ける。白白白、パーツ、黒黒黒、パーツ、シルバーのチャーム、パーツ、黒黒黒、とひとつずつ声の主を探して腕を回す。汗でシャツが背中に張り付いているおじさんの匂いを感じて口を噤んでいるようだった。いや、私の勘違いだったのかもしれない。
「あ」
腕をおろした瞬間にブレスレットの糸が切れて貝は人々の足元へ散らばっていった。小さく丸く輝くように加工されているから、貝が私の右腕から飛んでいく姿は夜空に牛乳を流したと誰かが表現したそれは、私はそれを見たことがないけれど、きっとこんな感じだったのだろうと分かってしまった。それだけに惜しいとも残念とも思わず、空中に解き放たれた貝を見ていた。スマートフォンを見ているおばさんの古いストッキングを履いた足にぶつかった。通学中の小学生のランドセルの曲線を滑り台にして遊ぶ。でも、一番の人気は私の真横に居たサラリーマンの体であった。どうしてか貝たちは彼の左手の甲にぴしぴしと体当たりする。私以上にサラリーマンが驚いている。左手は私のお尻の真後ろにあった。
「おまたせ、ごめん、この間貰ったブレスレット千切れちゃった」
「ううん、私も今来たところだから。何かにひっかけたの?」
「いや、電車乗ってて腕をおろしたら千切れた」
「なんだろうね。あれは悪いことから身を守ってくれる貝だから何か邪気を追い払ったのかもね」
ブレスレット