マブシンのアゼル(その5~10)

第二話 誇り高き女



「……ツトム」

「……水谷ツトム」

「これって」

「これは一体」

「どーゆうことよ!」

「どーゆうことか説明せんか!」

二人の少女が俺の家の居間で睨み合っている。
時間は夜の11時を少し過ぎたところだ。
一人は隣に住んでいる幼馴染で同級生の島村サエコで、もう一人は今日俺のクラスに転校してきた魔界の武装親衛隊少尉アゼル・フォン・シュタイナーだ。
二人は既に臨戦態勢。
いつ武力衝突に発展してもおかしくない状況だ。
いや、この様子じゃそんなもんじゃ済まないだろう。
第三次世界大戦レベルの危機だ。

「ちょっと、ツトム、黙ってちゃ分からないでしょ!」

事態を静観してた俺に我慢できず、先に戦端を切ったのはサエコだった。

「何で転校生のアゼルさんがあんたの家に居るのよ!しかもこんな時間に!」

うっ、痛い所を突いてきやがって、さすがは剣道部。

「え~とだな、これには深い事情があって」

俺はしどろもどろに答えた。

「どんな事情があれば、今日外国から転校してきたばかりの女の子が、こんな時間に……しかも……し、下着姿で、あんたの家に居るってーのよ!ふざけんじゃないわよ!」
 
サエコのヤツ、マジに切れかかってやがる。
う~ん、確かにこの状況はまずいよな。
今、俺とアゼルは下着姿なんだよな。
いや、別にエッチなことしてたわけじゃねーぞ。

「夜になっても帰ってこないから、心配になって来てみれば、下着姿のアゼルさんの腕を掴んで押し倒そうとしてたくせに」

二階の俺の部屋とサエコの部屋は手を伸ばせば届くくらい近いもんで、子供のころからお互い窓から出入りしてるんだが、さすがに今日はマズかった。
まさかアイツがこんな時間にやってくるとは想定外だったよ。
二階の俺の部屋から入ってきたサエコは、ちょうど居間で言い争ってる俺たちと鉢合わせしちまった。

「だから誤解だって!俺たちはただシャワーを浴びる順番のことでちょっとモメてただけで、決してお前が考えてるような不埒な行為に及んでたワケじゃ」
 
「シャワー!ツトム、あんたシャワー浴びるようなことしてたの?!」
 
ああ~、なんだか泥沼の様相を呈してきたよ。
そんなこんな、俺が何とか平和的に問題を解決しようと努力してたら。

「さっきから、ギャーギャーうるさい小娘だな。キサマ、確か島村サエコとかいったな。これは我々二人の問題だ。部外者は黙っていてもらおうか」

と、アゼルが見事な援護射撃をしてくれました。

「ギャーギャーうるさい小娘?アゼルさん、あなた……」

もう、修羅場確定っす。
俺は自分の急速に鼓動が早くなるのを感じた。
やばい、このままポックリ逝きそうだぜ。

「だいたい、水谷ツトム、こいつは何なんだ?こんな夜更けに若い男の家に恥じらいもなく忍び込んでくるような破廉恥な尻軽女なんかと付き合っているのか?こいつはキサマの何なんだ?納得のいくよう説明してもらおうか」

「だから~、こいつは、俺の幼馴染のお隣さんで……」

「誰が尻軽女よ!私はツトムの保護者よ!ブラジルに行ってるおじ様とおば様にツトムのこと頼まれているんだから!あなたこそ、何なの?!」

保護者って……俺より三ヶ月早く生まれただけだろ。
事態は急速に悪化の一途を辿っている。
ああ、もう、いいかげんにしろってーの!
などと考えていたら。

「私か?私とこいつは他人ではない」

と、アゼルのやつ、いきなり爆弾発言をかましやがった。
しかもメガトン級だよ、こりゃ。

「他人じゃないって、まさか?」

「そうだ、この男、水谷ツトムと私は運命で結ばれた、いわば一心同体ともいってよい間柄だ」

そりゃ、俺たち親子ですからね。
でも、まあ、まともな人間はそんなこと思いもしないだろう。
当然、サエコのヤツの思考は、もっと思春期の青少年にありがちな不健全な想像に至った。

「やっぱりエッチしたんじゃない!このドすけべ!変態!歩く公然わいせつ罪!」

「ちょっと待てー!いくらなんでもいい過ぎだろ!何だよ、歩く公然わいせつ罪って?それにアゼル、おまえも誤解を招くような言い方すんな!」

「何だ、事実を言っただけだろう。私とキサマは他人ではないんだからな」

だからもう、頼むから黙っててちょーだい!!
俺が必死に火消しに奔走してる傍から、ガソリンぶちまけるような真似しやがって。

「だ・か・ら!その言い方がマズイんだってば!」

もう、ほとんど泣きそうだよ、俺。
なのにサエコのヤツ、まるで人生堕ちるとこまで堕ちた残念人間のチャンピョンでも見るかのように。

「やっぱりそうなのね……ツトム、あんた遂に超えてはならない一線を越えちゃったんだ。オタクで、ギャルゲーばっかやってる、どうしようもないヤツだとは思ってたけど、とうとう仮想世界じゃ満足できず、リアルの女の子に手をつけちゃったのね」

と、冷え切った眼差しを向け、ポツリと呟きやがった。
ホント!今すぐどこか遠くの場末の港町にでも逃げてしまいたい!
だが、そんな俺の気持ちなんか、二人ともこれっぽっちも考えちゃくれないんだよな。
今度はアゼルのヤツがまるで警察の取調べ官のように(一応断っておくが、俺は生まれてこのかた一度たりとも悪いことして警察のご厄介になるようなことしてねーからな!)俺を問い詰めてきた。

「おい、水谷ツトム、ギャルゲーとは何だ?」

そんなこと今はどーでもいいだろーが!
ギャルゲーはギャルゲーだよ!
カップ麺と並んで、独身男の必需品だよ!

……何て、とても言えた雰囲気じゃない。
とりあえず、ここは当たり触りのない返事しとくか。

「え、いや、その~、そう!ギャルゲーというのは女の子との人間関係を円満に対処する方法をレクチャーしてくれる指南書みたいなもんで……」

これで、まあ、この場はひと安心かと思いきや。

「嘘ばっかり!アタシ知ってるんだからね。あんたのやってるギャルゲーのジャンル、そんな可愛いもんじゃないでしょ!女の子を××××したり、×××とか、××××とか、果ては××しちゃったり、そんなゲームばっかじゃない!」

と、またもサエコのヤツがとんでもないこと言ってくれました。
こいつらマジで俺を社会的に葬る気じゃないのか?
とにかく、なんとかしないと。

「何で知ってんだよー!って、い、いや、俺はそんな×××なギャルゲー持ってねーよ!神に誓って!」
 
「じゃあ、押入れの屋根裏にあるアレは何なのよ!、他にもアソコとか、アソコとか、シラを切っても無駄!アタシ、あんたのお宝の隠し場所全部把握してるんだからね」

サエコさん!プライバシー保護って言葉知ってますか?!
いくら幼馴染とはいえ、やって良いことと悪いことがあるだろーが!!

「オマエ、そんなとこまで調べてるのかよ!俺の人格権を踏みにじるにもほどがあるだろ!」

「おい、水谷ツトム、あとで色々と聞かなくちゃならないことがありそうだな」

ああ~、とうとうアゼルまで俺のことを残念人間のチャンピョンみたいな目で見始めたよ。

「だから~、アレはヒデアキが無理やり俺に押し付けたもんで、別に俺が買ったワケじゃ……あっ!」

「ふ、どうやら馬脚を現したわね。ツトム、幼馴染のアタシを謀れると思って!」

そんなー!違う、違うんだ!
ホントに持ってただけで、プレイしてないんだ!
俺の好みはあくまでピュアで甘酸っぱい女の子との青春の1ページなんだ!
みんなは信じてくれるよな?
俺が××××したり、×××とか、××××なギャルゲーなんかしないってこと!
何だよ、何なんだその目は?!
やめろー!俺をそんな目で見ないでくれー!

ってな具合で、俺が心の中で色々と葛藤してる間にも二人の少女の戦いは続いていた。

「どう、アゼルさん、アタシとこいつの関係理解してもらえたかしら?アタシとこいつは子供の頃からの腐れ縁で、こいつのことなら何だって知ってるんだから」

完全に自分の勝利を確信しているサエコ。
だが、そんな彼女にアゼルは事も無げに言い切った。

「それが何だというんだ。私とこの男とは生まれた時からの腐れ縁だぞ!」

「なっ?!う、生まれた時!」

戦況は逆転。
一転してサエコのヤツ、窮地に追い込まれた。

「そうだ、しかもついさっき我々はお互いの運命を受け入れ、共に歩んでいくと誓い合ったばかりだ」

さらにトドメの一撃。
サエコはオロオロするばかりで、完全に戦意を喪失している。

「まさか、そ、そんな、嘘よ!そんなこと」

「嘘ではない、何ならコイツに聞いてみろ!」

「ツトム!」

俺に向かって必死に叫ぶサエコ。
心なしか目が潤んでいるように見えた。
アゼルのヤツ、こりゃ確信犯だな。
まあ、頭に血が上ったサエコのヤツも悪いけど、ここまで完膚なきまで叩き潰すとは……魔界武装親衛隊のアゼル、恐ろしい娘!(ここは月〇千〇先生のイメージで)
なーんて、バカなこと言ってる場合じゃない。

「いや、だから、そうじゃないんだよ、確かに俺とアゼルの間には、他人には理解し難い複雑な事情があるのは事実だけど」

「……」

サエコの耳には俺の声は届いてないみたいだ。

「サエコ?」

「……そうなんだ」

やれやれ、やっと反応したか。
俺がそう思った次の瞬間。

「バカー!」

と、大声で叫んだ後、サエコのヤツ、居間の食器棚の上の花瓶を俺の頭におもいっきり投げつけてきやがった。

「バカ、バカ、バカ、ツトムのバカ!もう知らない!」

そして、泣きながら俺の家から飛び出して行った。
あとに残されたのは、割れた花瓶と無残に横たわる死体……ではなく下着姿の俺と、そんな俺を冷ややかな目で見つめるアゼルの姿だった。

「何だ、あの女?台風みたいなヤツだな。それじゃ、シャワーは私が先に使わせてもらうからな。ああ、そうだ、私が出てくるまでに、ここをちゃんと片付けておけよ」

そう言うと、居間でダウンしてる俺を残し、シャワーを浴びるため、一人風呂場へと去って行くアゼルであった。



神様……どうして俺の周りにいる女の子は、デンジャラスで、ゴーイング マイ ウェイなヤツらばかりなんですか?


申し訳ないが、ここでちょっと時間をさかのぼらせてもらう。

時間は今から約二時間ほど前の夜の9時すぎ。
場所は俺が通う私立特光大学園高等部の校舎の屋上。

突如、アゼルの口からトンデモない言葉が飛び出してきた。

「それは!キサマが!将来私の母上と結婚して、私の父親になる男だからだ!!」

数分、いや数十分だったかもしれない。
俺が我に返るのにかかった時間は。

「……はい?」

俺の頭の中は真っ白で、彼女の言うことをなかなか理解できないでいる。
それでもどうにか、俺は言葉を続けた。

「え~と、父親って、誰が?」

「だから、キサマだと言っておるだろーが!」

「誰の?」

「私のだ!何度も言わすな!」

「……」

どうやら、冗談ではなさそうだ。
あの猛烈にプライドの高いアゼルが、冗談でも、俺のことを父親であるなどと言うはずがない。

でもな~あ、やっぱ信じられないよ。
いきなり自分と同じ年頃の女の子が娘だって言われても。

「どうした、何で黙っている?」

「う~ん、そうか、そうなのか」

「やれやれ、ようやく理解できたようだな」

「え~と、父親って、パパってことだよな」

「え、いや、確かにそう呼ぶ者もおるかもしれないが……おい、水谷ツトム、勘違いしてもらっちゃ困る。私はそんな風には呼んだことは一度も……」

「でも困るんだよな、そういうの」

「え!」

「俺ってこう見えてもプラトニック派でさ、そんな若い娘を愛人にして、パパとか呼ばせてる政治家やIT成金のオヤジどもと一緒にされるのは」


バキッ!

アゼルの肘鉄が俺の顔面にクリティカルヒット!


「いててて、冗談だよ!冗談!雰囲気を和ませようとしただけだろ」

「ふざけるな!状況をわきまえんか!」

あちゃ~マジで怒ってるよ。

「悪かったよ。う~ん、じゃあ、ホントなわけ?俺が、その、オマエの父親だって話?」

「ああ、認めたくないがな……本当に……本・当・に!認めるのが悔しくて、悔しくて堪らないが、偽らざる真実だ」

……何もそこまで嫌がらなくてもいいじゃん。

ん?、でも、それって。

「じゃあ、アゼル。オマエが来た魔界って、今現在の魔界じゃなくて」

「そうだ、今から20年後、未来の魔界からやってきたのだ。禁断の魔術を使ってな」



アゼルの話によればこういうことだ。

今から3年後、19歳の俺(大学生になれたかどうかは怖くて聞けなかった)は、魔界からこの世界、人間界にやっきたアゼルの母親、イルザ・フォン・シュタイナー武装SS大尉と出会う。
彼女も魔界の武装親衛隊の隊員で、特別な任務で人間界にやってきたのだが、運悪く、敵である天界近衛騎兵連隊の偵察隊と遭遇し、戦闘で傷を負ってしまう。
そして、その彼女を匿い、介抱したのが俺なのだそうだ。

「人間界と魔界を含めて、世界って全部でいくつあるんだ?」

「まず天使どもの住む天界。次に我ら魔族の住む魔界。あとは冥王の治める冥界と精霊王の治める精霊界。そして最後にキサマらの住むこの人間界。全部で五つの世界が存在する」

アゼルの説明によれば、天界っていうのは俺たちが考えてる天国とは違う世界で、俺たち人間が死んだからって行ける場所じゃないそうだ。
また冥界も同じで、どこの世界の人間もそこで生まれ、そして死んでいく。

「じゃあ、死んだら、どうなるんだ?」

「知るか、そんなこと死んだヤツに聞け!」

……身も蓋もない答えでした。

とにかく、その天界を治めているのが天帝と呼ばれる人物で、魔界皇帝と同じように自分の軍隊、天界聖十字軍を持ち、その中でも近衛騎兵連隊は精鋭中の精鋭なのだとか。
そんで、天界と魔界は人間界の覇権を争い、もう何千年も前から戦い続けているそうだ。
もちろん俺たち人間の知らないところでだ。

人間界を奪いあう理由は?とアゼルのヤツに聞いたら。

「知らん。いや、知る必要などない!」

と、即答した。

「え、だって命がけで戦ってんだろ?普通理由くらい知りたくならねえ?」

俺は基本的に平和主義者だが、どうしても戦わなければならないという時には、やはり武器を取って戦うだろう。
でも、それには少なくとも俺自身が納得できるだけの理由が必要だ。
お偉いさんの勝手な都合や、連中の気まぐれで戦うのは御免こうむる。

でも、アゼルのヤツは。

「軍人は命令に従うだけだ!」

と、何の迷いもなく言ってのけた。
 
「忠誠こそ我が名誉!これこそ魔界軍人の誉れだ!」

まったく、こういうヤツばかりだと支配する方は楽でいいよな。
いちいち有権者のご機嫌とるために金とか利権ばらまかなくてもいいんだから。
どっかの国の政治家みたいに。

「キサマも私の特訓を受ければ、すぐに魔界軍人精神が身につくはずだ」

……全力で御免こうむる。

ちなみに精霊界は天界、冥界は魔界とそれぞれ同盟関係にあり、支援はするが、直接戦闘には参加しないそうだ。
  
アゼルに言わせれば。

「まったく、連中は日和見主義者の腰抜けどもだ」

だそうだ。

日和見というより、そっちの方が賢くねーか?
理由も分からず、戦い続けてるよりさ。



で、話の続きだが。

イルザを看病するうちに、俺と彼女は互いに惹かれあい、彼女が全快する頃には二人は愛し合うようになっていた。
まあ、よくある話だ。
そして傷も癒え、魔界に戻らねばならなくなった時、イルザは人間界に留まり、俺と一緒になることを望んだ。
なぜなら、魔界の、しかも13大貴族の内でも名門中の名門といわれるシュタイナー家の娘が、人間と結ばれることなど決して認められることではなく、もし彼女が魔界に戻れば二人は二度と会うことができなくなるだろう。

イルザは魔界貴族としての地位も名誉も全て捨てて俺を選んだのだ。

「すげーいい話!映画にでもしたら『100万人が泣いた!』とか言われそうだよ」
 
「ふん、そういう映画に限って駄作が多いんだ」
 
ひ、ひでー、仮にも自分の両親のラブストーリーだろうが。

でも、まあ、世の中そんなに甘くはないわけで、当然イルザの父親、シュタイナー家の当主にして、魔界陸軍参謀総長のゲオルグ・フォン・シュタイナー上級大将は娘を取り戻すべく、部下の中から腕利きを選び出し、人間界に追っ手を差し向けた。
 
「おお、いよいよ盛り上がってきたな。で、どんなスペクタルなストーリーが展開するわけ?」
 
「母上が絶縁状を送りつけたら、おじい様が、二人の仲を認めるから、親子の縁だけは切らんでくれと泣いて懇願したそうだ」

「……何それ?全然盛り上がらねーじゃん!」

「ふん、事実だからな……母上は若い頃から頑固で、『魔界の鬼将軍』と呼ばれたおじい様も母上だけには敵わなかったそうだ」

「魔界の鬼将軍の名が泣くだろーが!」

まったく、どこの世界にも親バカってヤツはいるんだな。
それはともかく、まあ、そういうわけで幾多の困難(?)を克服して俺とイルザはめでたく結ばれたというわけだ。

「いやー、めでたし、めでたし。久々にいい話をきかせてもらったよ。で、この話の何が問題なわけ?」

「全然めでたくない!問題なのはこのあとだ!」

「え、なに、この『100万人が泣いた!』話に続編があるの?」

「ああ、聞くも涙、語るも涙の悲劇としかいいようがない話がな」

アゼルが憎悪に満ちた眼差しで俺を睨む。

ごくり。

生唾を飲み込むと同時に俺の頬から冷や汗が滴り落ちる。
何だか、いや~な予感がするなあ。

「母上と結婚して、シュタイナー家の当主になったキサマは、しばらくの間は大人しくしてたが、すぐにその品性下劣な本性を表し始めたのだ」

……品性下劣って、そこまでひどいかな、俺って。

「高価な宝石や調度品を買い漁るなどの贅沢三昧は言うに及ばず、。夜毎狂乱の宴を模様するは、屋敷の無駄な増改築をするは、果ては美人メイド100人隊などという、とんでもないものまで作りおって、とうとう我がシュタイナー家を破産してしまったのだぞ!」

俺はどこかの国の指導者か!
でも、完全に否定できないところが悲しい。
やりかねないかも、いきなりそんなスゲー金持ちになったら。
特に美人メイド100人隊はかなりそそるものがあるよな。

「領地も屋敷もすべて借金のカタに差し押さえられ、魔界13大貴族の筆頭であった我が家が、今では築300年、八畳一間、風呂なし、日当たり最悪の安アパート住まいだ!おじい様は心労のあまり、すっかり老け込み、今は知り合いの屋敷にご厄介になっていて……それもこれも全部キサマのせいだ!キサマが、愚かで、怠惰、非常識で、名誉とか誇りという高貴な精神を一欠片も持ちあせててない最低の人間だから、こうなってしまったのだぞ!」

まだやってもいないことで、ここまで非難される俺って。
でも、ちょっと待てよ。

「おい、借りに今の話しが事実だとして、オマエの母親、イルザさんは何やってたんだ?俺の暴挙を止めなかったのか」

「母上は純粋で心優しい方なのだ。全財産を失ったというのに、キサマが喜んでくれているならと、まったく気にかけていない。それどころか『アパート住まいの方が、愛する人のすぐ側にいられて嬉しいわ!』などと仰る方なのだぞ!」

いやー、そこまで愛されるのって悪い気はしないな。
これも俺の人徳ってやつ?

「まあ、本人たちがいいんなら、別に構わないんじゃない」

と、俺が素直な感想を述べたら。

「ふざけるな!!魔界軍創設以来の逸材と言われ、次期参謀本部次長の椅子が確実だった母上が、今では安アパートで造花の内職をしているのだぞ!これを悲劇と呼ばず何だというのだ!それもこれも、全部キサマのせいだ!それなのに何だ!さっきから人事みたいに。少しは反省せんか!」

と、猛反撃されてしまいました。
やばい、このへんで少し話題でも変えるか。

「反省って言われてもなー。それより、その~、俺の将来の嫁さんになるイルザさんの写真って、いま持ってる?」

「う、なぜだ?」

「そりゃあ、将来の嫁さんがどんな人か気にならない男はいないよ」

これは、まあホントの話。
というか、一番気にかかるところだよな。
だが、アゼルはあからさまに不機嫌そうな顔をして。

「持ってはいるが、キサマに見せたくない」

と、いいやがった。
でも、見せたくないと言われて引き下がる俺じゃない。

「え、なんで、いいじゃんケチケチするなよ」

尚もしつこく食い下がると。

「キサマに見せると母上が汚れる!」

なんて信じられないこと仰いましたよ!この女!

「傷ついた!傷ついたよ!いくらなんでも実の親にそれはないだろ!俺、レインボーブリッジからバンジージャンプしちゃうからな!命綱なしで!」

「分かった、分かったから、落ち着け。ええい、くそ、しかたがない、ほらこれが母上の写真だ」

俺の心の痛みが通じたのかどうか分からないが、アゼルのヤツ、しぶしぶ胸元からペンダントを取り出し、中の写真を見せてくれた。
そこにはアゼルによく似た20代前半の美しい女の人と、カメラに向かって愛らしい笑顔を向ける3歳ぐらいの女の子が写っていた。

「おお、これがイルザさんか。スゲー美人だな。で、この女の子がオマエか?」

恥ずかしそうに顔を背けるアゼル。
なんだコイツ、結構可愛いとこあるじゃないか。
う~ん、でも、なんかさっきから気になるんだよな、この写真。

「もう、いいだろう。あまりジロジロ見るな!」

写真の左上の部分が切り取られてて、そこには三人目の人物の顔が写ってたと思われるんだけど。
で、その人物は多分間違いなく……。

「あのさ、ここの切り取られた部分って」

「ああ、そこには極めて不愉快なものが写っていたから削除した」

……ああ、やっぱり俺ですか。
  


アゼルの話を聞いているうちに二時間くらい経過していた。
まあ、もう少し色々な話があったんだが、重要なことはだいたいこんなところだ。
一通り話が済むとアゼルが。

「とまあ、そういうわけだ。どうだ、水谷ツトム。これで私がこの世界にやってきた理由が分かっただろう」

てな具合に、まるで小学校低学年の生徒に話しかける先生かよ、コイツの態度。
でも、コイツの話はだいたい理解できた。
最初会った時、「人類最高の肉体と頭脳」だとか、「至高の存在」だとか、色々御大層こと言ってたけど、結局……。

「えーと、つまり、色々なんだか言ってたけど」

「うんうん」

「お前……ファザコン?」

て、ことだよな。

「違ーう!!一体どういう頭の構造しているんだ!」

「え、だって若かりし日の大好きなお父様に会うために来たんじゃないの?」

だってそうだろ。
絶対こいつファザコンだよ。
俺に対する傍若無人な態度は、どう見たって愛情の裏返しだ。

「私が来たのは、キサマをシュタイナー家の当主に相応しい器の男にするために来たんだ!そして、我が一族に降りかかるであろう恐ろしい未来を必ず回避させてみせる!」

ちぇ、何だ違うのか。
でも、やっぱりファザコン疑惑は消えないよな。
それに。

「でもさ、ヤバイんじゃないの?過去に干渉するのって」

ほら、よく漫画や映画であるじゃん。
過去に戻って、色々すると未来が変わることって。

「大丈夫だ。多少の干渉なら未来は大きくは変わらない。それに仮に失敗したとしても、あれ以上悲惨な未来は考えられないからな」

「……」

もういいです。
何を言っても無駄みたいですから。
どうやらこいつ本気みたいだし。
それに少なからず未来の俺には、コイツの家の不幸の責任があるみたいだし。

「何だ、まさか文句があるとでもいうのか?言っておくが、貴様には拒否権はないぞ!私が徹底的に鍛え上げて、母上と出会うまでに貴様を立派な真人間に更生させてみせる!」

俺は刑務所の服役囚か。

でも、やっぱり気乗りせんな~。



「どうやら、キサマの身体の再生も終わったみたいだな」

そう言われれば、いつの間にか首から下の感覚が元に戻っている。
身体を起こし、恐る恐る身体を見てみると傷一つない。
まあ、制服はボロボロになっちまったが。
そんな俺を横目に、アゼルはいきなり立ち上がったかと思ったら。

「それじゃあ、行くとするか!」

と、まるで選手宣誓する高校球児のように、ハツラツと言い放った。

「行くって、どこに?」

俺の至極まともな質問に対して、アゼルのヤツ。 

「キサマの家に決まっているだろうが。今日から一年365日、一日24時間、キサマを心身ともに鍛え直してやるからな、覚悟しろ!」

などと、ほざきやがるんですよ、この女。
それにしても何でコイツ、こんなにやる気満々なのかね。
まあ、無駄なのは分かっているけど、一応ささやかな反抗を試みる俺でありました。

「おい、ちょっと待てよ、俺は嫌だからな。今日みたいなことはもう懲り懲りだ!」

「さっき、拒否権はないと言っただろうが。ほら、いくぞ!」

そういうとアゼルのヤツ、俺の腕を掴み、学校の屋上のフェンスを飛び越え、夜空に浮かぶ満月に向かって、高々とジャンプした。


そして俺は生まれてから16年の短い人生で二度目の体験、つまり、またもや失神したのでありました


「ああ……ここが天国が。想像してたより、ショボイところだな」
 
今、俺の目の前には光の輪が浮かんでいる。
これがいわゆるエンジェル・ハイロウってやつか。
そんなことをぼんやり考えていたら、だんだん視界がはっきりしてきた。

「なんだ!ここ俺んちじゃねーか!」

よく見ると光の輪はただの蛍光灯で、その後ろには見慣れた我が家の薄汚れた天井が広がっていた。

俺は部屋の中をあらためて見回した。
この間買い換えたばかりの大型のハイビジョンTV、お袋のお気に入りの食器棚、そして所狭しと置かれた親父の悪趣味な海外土産の置物。
間違いなく、ここは俺の、水谷家の居間だ。

校舎の屋上からジャンプした後、俺は意識を失ってしまい、多分アゼルのヤツがここまで連れてきたのだろう。

だが、アゼルの姿はどこにも見えない。

「ったく、アゼルのヤツ、どこ行きやがったんだ?」

時計を見ると、もう夜の11時過ぎだ。
よろよろと立ち上がる俺。
身体の節々が悲鳴をあげている。

「くそー、汗ビッショりだよ。シャワーでも浴びてサッパリするか」

ボロボロの制服を脱いで、パンツいっちょの姿(因みに俺はトランクス派だ)で風呂場に向かう。
威勢良く脱衣所のガラス戸を開けると。

「!」

「……アゼル?」

そこには下着姿(スポーツブラと定番の縞パン)のアゼルがいた。
目と目が合う二人。
一瞬の静寂の後。

「死ねー!このド変態!」

鬼のような形相で洗面台を壁から引き剥がし、投げつけてくるアゼル。
間一髪で避ける俺。
脱衣所のガラス戸がこなごなに砕け散る。

「バカヤロー!投げるならシャンプーとか洗面器にしろ!覗かれた時のマナーも知らんのか!」

「うるさい!そんなマナーがあるか!」

俺は慌てて居間に逃げた。
下着姿のまま追いかけてきて、部屋の隅に俺を追い詰めるアゼル。
コイツ、マジで俺を殺す気かよ!

「落ち着け!とにかく俺の話を聞け!」

なんとか落ち着かせようとするが、アゼルのヤツ、まるで聞き耳を持たない。

「黙れ!一度ならず、二度までも自分の娘の下着姿を覗き見るとは!一瞬でもキサマのことを信じた私がバカだった!」

「まさかオマエが風呂場にいるなんて知らなかったんだよ。第一ここは俺んちだろーが!シャワーを使うなら、一言え!」

「しかたなかろう!気絶などしてるキサマが悪い!」

このアマー!
一体誰のせいで気絶したと思うんだ!
コイツら魔族とっちゃ、空を飛ぶことなんて歩いてコンビ二に行くようなもんかもしれないが、俺にとっちゃ、まさにミラクル初体験。
遊園地の絶叫マシーンでさえ苦手な俺にはほとんど拷問だよ。
ホント失禁しなかったのが奇跡だ。

「誰だって気絶するさ!あんな目に遭えばな!」

俺がマジで怒ってるのに察したのか、慌てて話題を変えるアゼル。

「ええい!とにかく私はシャワーを浴びたいんだ。さっさとそこをどけ!」

甘いぜ!ここは一つビシッと言ってやらないとな。
俺は、こほん!と咳ばらいしてから。

「待ちなさい!父親を差し置いて、それでいいと思ってるのか?オマエには親孝行する気持ちはないのか!どうなんだ?ちゃんと答えなさいアゼル!」

と、まるで昭和の頑固親父のような口ぶりでアゼルに説教する俺。
だが、アゼルのヤツ。

「うるさい!キサマなど父親と呼べるか!」

と、反抗期真っ盛りの中学生のような口答えをしやがった。
こうなると、もう俺の昭和の頑固親父魂についた炎は燃え盛るのみ!
二人の口論は激化の一途を辿っていく。

「アゼル!ワシはお前をそんな娘に育てた覚えはないぞ!」

「まだ育ててないだろーが!第一未来のキサマにも育ててもらった覚えはない!」

興奮のあまり、アゼルの腕を掴み、俺はそのまま説教を続けた。

「まったくああいえばこういう。情けないぞ!オマエはワシが腹を痛めて生んだ大事な一人娘だというのに!」

「ふざけるな!腹を痛めたのは、母上だろーが!!」

そんなこんな、二人で楽しく(?)親子漫才をしていたら。

「……何してるのツトム?」

と、背後からよく知った人物の声が聞こえてきた。
慌てて居間の入り口に目をやると、そこには二階から降りてきたサエコの姿があった。



以上、回想終了。



「で、どうするつもりだ?」

アゼルの使った後、俺もシャワーを浴びてから、私服に着替え、居間でよく冷えた麦茶を飲みならアゼルに尋ねた。

「何がだ?」

片手で麦茶の入ったグラスを持ち、テレビでやってる今日のニュースを横目に、そう答えるアゼル。
因みにシャワーから出た後、学校の制服以外用意してないというので、しかたなく今は俺のTシャツと短パンを身に着けている。
一応お袋の服ならあるのだが、、両親の部屋に入るのは個人的には勘弁してもらいたかったので、アゼルのヤツ、かなり不服そうだったが、まあ、我慢してもらうことにした。

「何がって、サエコのヤツに見られたんだぞ!明日学校で大騒ぎになるだろーが!」

アゼルはグラスに残ってた麦茶をグイっと飲み干してから。

「心配いらん。あの女には記憶改ざんの魔術をかけておいた。私とキサマは遠い親戚で、今日からキサマの家で同居させてもらっている、と今頃記憶が書き直されてるハズだ」
  
と、余裕タップリに答えた。
記憶改ざんね~。
あまりいいことじゃね~よな。
けどこの際、やむを得ないか。
あんな修羅場は二度とごめんだし。

「でも、先生やクラスの連中は?」

と、俺が再び尋ねたら。

「さっき学校から帰る際、校内に入った人間は全員、同様に記憶が書き直されるようにしておいた。だから心配はいらん」

これまた自信タップリに答えた。
まあ、俺のことを更正させるためにワザワザ魔界から来ただけのことはあるか。

「やるねー。さすがは魔界のエリート軍人さん、抜かりはないてっか」

「ふん、あたりまえだ。私はキサマとは違うのだからな」

珍しく感心したので、褒めたらこうだよ!
ホント、可愛くねーな。
せっかくの美少女がもったいなさすぎる。

「くそー、半分は俺のDNAで出来てるくせに」

「何か言ったか?」

ちょっと嫌味をいったら、おもいっきり睨みつけてきやがった。

「いいえ、何でもないです」

俺も残ってた麦茶を一気に飲み干した。



で、12時も過ぎ、いいかげん寝ることになったワケだが。
  
「じゃあ、寝るとするか。十分な睡眠は体調管理の基本中の基本だからな」

てな具合に、涼しい顔で、この部屋の主である俺のベッドを堂々と不法占拠しやがるんですよ!アゼルのヤツ。
しかも着替えを持ってきてないくせに、愛用の枕(ピンクの可愛らしい豹のイラストの書いてある)は、なぜか持参してるし。

「おい待てよ、何でオマエが俺のベッドで寝てるんだ?」

俺がそう言うと。

「まさかレディに床で寝ろと言うつもりなのか?なんて恥知らずな男だ!」

なんていいやがっるんですよ!
あのな~、そもそもレディは男の部屋で寝たりしないだろーが。

「そうじゃねーよ。親父とお袋の部屋のベッドが空いてるだろ。あっちで寝ればいいじゃないか」

「ふざけるな!あんな恥ずかしい部屋で寝られるか!キサマがあっちの部屋で寝ろ!」

どうやらアゼルのヤツ、俺が気絶してる間に一通り我が家の探索は済ませたようだ。

いや、確かに親父たちの部屋は、息子の俺から見てもかなり恥ずかしいんだよな。
部屋中、お袋の手作りの乙女ちっくな品(お袋は手芸が趣味なのだ)で溢れかえり、その上、親父とのツーショットのラブラブ写真で壁中埋尽くされているので、とてもじゃないが常人には5分と耐えられない。

「そんな恐ろしいこと言うなよ!あの部屋で寝るくらいなら居間でザコ寝するほうがマシだ!」

ん?そういえば、コイツの乙女趣味ってやっぱお袋の遺伝か?
なんて考えてたら。

「じゃあ、そうすればいいだろう」

と、アゼルの会心の一撃でゲームセット。

ひ、ひどい!
コイツには血も涙もないのか?
悪魔かコイツは!

……まあ、魔族だしな。

てな具合で、俺はこの世で唯一の安息の場である自分の部屋まで娘に取り上げられてしまいました。



「くそー、今日は酷い一日だったな」

真っ暗な居間で横になっていると、つい愚痴の一つもこぼしたくなる。
結局、あれから一睡もできない。
まあ、しかたないか。
昨日一日で全人生(それ以上?)のバッドイベントが一度に発生したようなもんだ。

「あ~あ、明日からどうなることやら」

ホント、明日をも知れない我が身とはこのことだよ。



ん?

誰かが階段を下りてくる足音が聞こえる。

まさかサエコのヤツが報復に?

慌てて狸寝りする俺。
でも、よく考えたら、その可能性はないか。
アゼルがアイツの記憶を改ざんしたんだからな。
じゃあ、誰が?
まさかアゼルのヤツか?
でも今頃なんの用で?
そんなことを考えていたら、足音が俺のすぐ傍で止まり。

「……」

狸寝りしているのも気づかず、アゼルは無言で俺の身体にタオルケットをかける。

そして去り際に一言、ポツリと。

「まったく……世話のやける男だ」
 
すごく優しい声で、そう呟くのが聞こえた。

そして彼女の足音は再び、暗闇の中に遠ざかっていった。



翌日。

二人仲良く(?)並んで登校する俺とアゼル。
結局、あれから一睡もできなかった。
あ~、気が重い。
このまま学校フケてしまいたのが今の本音だ。
だが、そんな俺の心の中の怠惰な気持ちを察知したのか、アゼルのやつ、いきなり厳しい口調で話しかけてきた。

「おい、ちゃんと我々の関係は覚えたんだろうな?」

「ええっと……オマエは俺の親父の従兄弟の親戚の兄弟の旦那の兄貴の娘だっけ?」

今朝覚えたばかりの設定だけど、あまりにも無理があるよな。

「違う!兄弟ではなく、姉妹だ!」

「そんなのどっちでもいいだろ!」

ホント、どっちでもいいよ。
アゼルが昨日言ったことが本当ならみんなの記憶は改ざんされてるわけだし、まあ多少無理があっても問題あるまい。
でも、そこで満足できないのがコイツなんだよな。

「何事も正確無比。準備万端怠らないのが、勝利の秘訣だ」

これ以上言い争いしてもしょうがない。
大人の俺が折れるか。

「はいはい分かりましたよ」

「『はい』は一回だ」

「……」

もう、どうせいっちゅーんだ!!



校内に入ると、さっそくアゼルの言葉が正しかったことが分かった。
正門の所で、俺たちは担任の土井先生に出会ったのだが。

「おはよう!海外から転校してきたばかりの親戚の女の子をエスコートして登校とは感心感心!」

やっぱり、アゼルが言ったとうり、俺たちのことを親戚だと記憶が書き直されているようだ。

「アゼルさんは凄い美人なんだから、悪い虫がつかないように、あなたが注意してあげなさいよ」

そう言って、土井先生は職員室へと去っていった。
アゼルは俺の方にチラッと目をやり。

「それじゃあ、私たちも教室に行きましょう」

と、気持ち悪いくらいの満面の笑顔で俺に微笑んできた。



教室の前の廊下を歩いていると、今度はヒデアキが俺たちに話しかけてきた。

「よー、ツトム、さっそく同伴登校かよ。いいねー、こんな美人の親戚と同じ屋根の下で生活できるなんて」

コイツも、やはり記憶が書き直されているようだ。
俺のことはそっちのけで、アゼルの気を一生懸命引こうとしている。
我が親友ながら能天気なやつだよな。
アゼルの本当の正体を教えたら、どんな反応するか興味あるけど、もう一度三途の川の手前まで行くのは勘弁したいところだ。
そんな我が親友に、大手ハンバーガーチェーンなみの0円営業スマイルで対応するアゼル。

「おはようございます。ヒデアキさん」

「おはよーアゼルちゃん!夕べ、コイツにヘンなことされなかった?」

バカヤロー!主にヘンなことをされたのは俺の方なんだぞ!
けど、まさかホントのことが言えるわけないし。

「アホか。そんなことするわけないだろ」

面度くさそうに、そう答えるのが俺にできるささやかな抵抗だ。

「そうですよ。ツトム君は紳士ですから」

と、アゼルのやつ、嫌味たっぷりに答えやがった。

「紳士ねー。今は猫被ってるだけかもしんないよ。もしヘンなことされそになったら、いつでも俺に相談してね」

「ええ、その時はお願いしますね」

チラリと俺の方を向き、背筋の凍るような笑みを浮かべるアゼル。

……多分、その時には間違いなく俺はこの世からランナウエイするみたいです。


--------------------------------------------------------------------------------

あと5分で予鈴が鳴るというのに、サエコのヤツ、まだ教室に現れない。
昨日あんなことがあったとはいえ、記憶は書き直されてるハズなんだから、欠席ってことはないよな。
そんなことを考えていたら、教室の前方のドアからサエコが入ってきた。
緊張のあまり、飲み込む唾も出ない。
もし、あいつが昨日のことを覚えていて、みんなにアゼルのことを話したら。
しかし、そんな俺の杞憂はすぐに払拭された。
サエコは俺とアゼルを見て、ニコリと微笑んで近づいてくる。

「おはようツトム。それにアゼルさん」

「ああ、おはようサエコ」

「おはようございます。サエコさん」

いつもと同じように挨拶を交わす俺たち。
良かった、ちゃんと昨日のことは忘れているみたいだな。

だが、安心したのもつかの間、サエコは俺たちの横を通り過ぎる際。

「夕べのことちゃんと覚えてるからね、私」

と、他の人には聞こえないくらいの小声で囁いたのだ。

「!」

そして、呆然とする俺たちをよそに、サエコは自分の席に無言で座り、その直後教室に予鈴が鳴り響いた。


昼休み。

人気のない校舎裏で、俺とアゼルはさっきのサエコの発言について話し合っていた。

「どうゆーことだよ!何でサエコのヤツ、夕べのこと覚えてるんだ?」

「確かにあの女にも魔術をかけておいたのだ。それが証拠に他の人間は全員ちゃんと記憶が書き直されているだろうが」

確かに担任の土井先生やヒデアキだけでなく、他のクラスメートも全員、アゼルと俺が親戚だと思っている。

「でも、ハッキリと夕べのこと覚えてるって」

サエコがそう言ったのは確かだ。
だが、サエコのヤツ、午前中はあれ以降一度も話しかけてこなかった。

「分からん。何故あの女だけ、私の魔術が通じないんだ」

腕を組み、険しい表情で考え込むアゼル。
う~ん、コイツ、もしかして自分で思ってるほど優秀じゃないんじゃないか。

「たんにオマエがヘマしただけじゃないのか」

と、俺がポツリと呟くと、

「誰がヘマをしたって?」

電光石火!アゼルのヤツ、俺に逆エビ固めをかけてきやがった。

ぎゃー!背骨が折れる!

「ギブー!冗談!冗談ですからー!」

「ふん!」

ようやく逆エビ固めから解放される俺。

「はあ、はあ、はあ、せ、背骨が折れるかと思った」

ホント、冗談の一つも言えやしないよ。
立ち上がり、服の乱れを正してから、俺に話しかけるアゼル。

「大げさなヤツだ……おい、水谷ツトム。あの島村サエコとは、どんな女なのだ」

「どんな女って、俺のお隣さんの幼馴染で」

幼稚園の時、アイツの一家が引っ越してきてからの付き合いだから、かれこれもう10年以上の付き合いになるのか。

「だからそうではなく、どういう血筋の者かと聞いておるのだ」

「血筋って?」

「あの女の両親はどんなヤツらだ?」

俺にはアゼルが何を言いたいのか良く分からない。
おじさんもおばさんも普通の人間だよ。
少なくとも魔界から来た誰かさんよりは。

「おじさんは米国生まれの日系のハーフで、空手と合気道の達人で、元CIAの特殊部隊の隊員で、今は駅前の雑居ビルの1Fで「パール・ハーバー」っていう名前のレストランのオーナーシェフをやってる、ごく普通の一般市民だよ」

おじさんは長身で筋骨隆々、髪型はオールバック、お店で仕事する時以外はいつも黒づくめの服装で、格闘技経験者特有のオーラをいつも全身から放っている。
 
「全然普通じゃないだろ!!元CIAの特殊部隊上がりのシェフなんて怪しすぎるだろーが!」

と、すかさず、俺に突っ込みを入れるアゼル。

「え、そうかな~?」

う~ん、子供の頃からの付き合いだから、今まで疑問を持たなかったけど、言われてみれば確かに怪しいかも。

「でも、料理の腕は最高だよ」

そう、実はおじさんの店は地元では知る人ぞ知る名店で、いつ行ってもお客さんでごった返してる。
サエコの話では、よくテレビや雑誌の取材の申し込みがあるそうだが、「騒がしいのは好まん!」とのことで、いつも断ってるそうだ。

「まあいい。父親の方はこの件には無関係のようだ。で、母親は?」

おじさんの方の嫌疑は晴れたのか、次はおばさんのことを聞いてきた。

「おばさんの実家は、確か信州かどこかの神社で、おじさんと結婚するまでそこで巫女さんやってたらしいけど」
  
おばさんのほうは、いかにも大和撫子といった風情の日本美人で、物静かで、心の優しい女の人だ(ここだけの話、実は俺の初恋の女性なのだ)。

「ほー、巫女か」

アゼルの瞳がキラリと輝くのを、俺は見逃さなかった。
こいつ、何考えてやがる?
俺はそのまま話を続けた。

「なんでも何百年も前から続く由緒ある神社で、ご先祖様が妖怪退治した話とか、よく子供のころ話してくれたよ」

まあ、田舎にはよくある話だよな。
ご先祖様が河童や猫又みたいな物の怪を退治したたぐいの話は。
今考えれば他愛の名御伽噺なんだけど、子供のころは結構ワクワクして聞いてたよ。

ところがアゼルのヤツ。

「そうか。これで納得できた。あの女はその母親の血、退魔師の血を受け継でおるから、魔族である私の力が効かなかったのだ」

と、信じられないようなことを言い出した。



「え?でも、妖怪退治なんて御伽噺だろ?」

俺は思わず反論する。
だってそうだろ?アイツが、サエコのヤツのご先祖様が退魔師だったなんて、にわかには信じられない。

「いいや、現実に魔界や冥界から、時たまこの世界に流れ込んでくる輩、まあ、大抵は犯罪者や、良からぬ流れ者の類なのだが、そういう手合いを駆逐する能力を持つ人間はおるのだ。あの女は退魔師の血を引く者なのだろう」

イマイチ納得できないが、他にサエコだけ魔術が効かない理由を合理的に説明できない。

「あのサエコがねー。う~ん、まだ信じられないな」

「あの女に最初会った時に感じた殺気は、そのためだったのか」

……いや、多分殺気の方は父親譲りだろう。

「それでサエコにオマエの術が効かない理由は分かったけど、これからどうするんだ?」

と、俺が尋ねると、

「どうもしない。あの女の出方を待つ」

アゼルはサラッとそう答えた。
おいおい、そんなことで大丈夫なのかよ?

「でも、マズくないか。オマエのこと言いふらされでもしたら、面倒だろ?」

実際、昨日のご乱心ぶりを考えるとかなり心配である。
だが、アゼルは慎重に言葉を選びながら、

「あの女はバカではない。自分以外の人間の記憶が操作されてることから、既に私が普通の人間ではないことに気づいているだろう。下手にこちらから動くのは得策とは言えない」

と、クールに答えた。

確かに皆の記憶が改ざんされているのが分かっているのに、大騒ぎすれば、アイツの方がおかしい目で見られることになるのは必然。それが分からないほど馬鹿じゃない。

「そうか……向こうの出方を待つしかないか」



そうこうしている内に、昼休みの終わりのチャイムが鳴るのが聞こえてきた。

「一旦、教室に戻るか」
 
そういうと、アゼルのヤツ、踵を返してすたすたと歩き始めた。
俺も彼女を追うようにしてその場を後にする。

「なあ、アイツにオマエの魔術が効かないとしたら、どうするつもり……」

俺が言い終わらない内に、いきなりアゼルが立ち止まった。
彼女の目線を追うと、校舎の通用口の前に立つサエコの姿があった。

「サエコ、こんなところで何やってんだ?」

思わず、俺はサエコにそう問い詰めた。

「……」

だが、サエコは何も答えないまま、俺たちの方に歩いて来て、

「アゼルさん、ちょっと二人だけで話しがしたいんだけど」

と、真っ直ぐにアゼルの方を向き、そう話しかけてきた。

なんだ、コイツ?

無視された俺は、ちょっと腹を立て、再びサエコを問い詰めた。

「おい、無視すんなよ。アゼルに何か話があるのか?」

だが、サエコのヤツ、そのままアゼルを凝視して、

「手間は取らせないから」

と、まるで俺のことが見えてないかのように話続けた。

こんな真剣な眼差しのサエコを、俺は今まで一度も見たことがない。
アゼルは一瞬考えこむかのように、瞳を閉じてから、

「水谷ツトム、先に戻ってろ。私はこの女の話を聞いてから戻る」

と、俺に言い聞かせるように言った。

こりゃ~絶対ヤバイよな。
アゼルのヤツ、完全に素に戻ってる。
ここで二人だけにするのはあまりに危険だ。

「でも……」

なおも食い下がるが、今度はサエコが俺を説得するかように話しかけてきた。

「お願いツトム、二人だけにして」

……これ以上ネバっても無駄か。

「じゃあ、さきに教室に戻ってるから」

そういって、二人を残し、俺は独り教室へと戻っていった。


時間はもうすぐ夜の12時になろうとしていた。

ここは私立特光大学園高等部の体育館。
先月の台風で老朽化していた天井の一部が破損し、今は修理中のため関係者以外の立ち入りは禁止されている。

深夜だというのに人の気配がする。

次の隙間、風で天井の修理用のシートがはためき、月の光が僅かに館内に差しこみ、体育館の中央に立つ人間の姿がおぼろげに映し出される。

島村サエコだ。

サエコは剣道の胴着姿で、手には竹刀ではなく、布で覆われた細長い筒のようなもの持っている。

どうやら誰かを待っているようだ。

彼女は暗闇の中、微動だにせず、全身から異様な殺気をみなぎらせている。
その姿はまるで果し合い前の剣士のようだ。

しばらくして、入り口の鉄製のドアがゆっくりと開き、ドアを開けた時の鉄の軋む音が体育館内に大きく響き渡る。

誰かが入ってきた。

その人物は体育館を支配する夜の闇と同じ漆黒の制服を身にまとい、輝くような黄金色の髪をなびかせながら、ゆっくりと歩いてくる。

「待たせたか?」

魔界武装親衛隊少尉アゼル・フォン・シュタイナーだ。

「いえ、私もつい今しがた来たばかりです」

アゼルの声を聞いた瞬間、サエコの身体が一瞬強張ったように見えた。

「それが、あなたの本当の姿なのね」

「そうだ。これが私の真の姿だ」

サエコに向かって歩きながら、そう答えるアゼル。
サエコは手に持っていた布を解き、中から日本刀を取り出す。

「やはり、キサマは退魔師の末裔であったか」

「ええ、この刀はお母さんの実家の神社に奉納されていた由緒正しき家宝」

サエコの正面から3メートルほど手前で足を止めるアゼル。

「お母さんが結婚する時に我が家に送られました」

ゆっくり鞘から刀を抜くサエコ。

「この刀の名は『鬼斬り丸』。ご先祖様から受け継がれたあらゆる魔を断つ剣です」

正面のアゼルに全神経を集中させ、サエコは刀を中腰で構える。

「アゼルさん、あなたは一体何者なの?」

「……」

「昨日ツトムの家から帰った後、結局一睡もできなかった。それでも朝練は休めないから、今朝いつもの時間に登校したら、クラスの皆の様子が変じゃない」

「……」

「クラスメートの誰と話しても、あなたとツトムが親戚だっていう。昨日の朝のホームルームで初めて会ったはずなのに」

「……」

「最初、私、自分の頭がどうにかなっちゃったのかと思った。でも何度考え直しても、やっぱりおかしいのは皆の方よ。私には確信があった、自分の記憶が正しいって。そして皆に邪悪な力が働いていて、その邪悪な力の源があなたであることも」

冷ややかな面持ちで、口元には僅かながらの笑みを浮かべるアゼル。

「ほう、その理由は?」

「理由は」
 
サエコは懐から青白く光る首飾りの石を取り出し、それを高く掲げる。

「これです。この石は邪悪な気を察知すると、こんなふうに青白く光るの。私が生まれた時、祖父がお守りとして私にくれたものよ。でも、こんなに強く光を発するのは初めて。もう一度尋ねるわ、アゼルさん、あなたは何者なの?」

一瞬間を置いて、アゼルはゆっくりと口を開いた。
 
「私は魔界武装親衛隊少尉アゼル・フォン・シュタイナー。私はこの世界の人間ではない。キサマの考えてるとうり魔界からきた者だ」

予想してたとはいえ、アゼルの突拍子のない言葉にサエコは一瞬当惑の表情を浮かべたものの、すぐにアゼルの言葉が嘘や冗談ではないと察した。

「魔界からきた者……魔界武装親衛隊って軍隊みたいなものなの?」

真剣な面持ちで、そう尋ねるサエコ。

「そうだ、栄えある魔界皇帝陛下に仕える偉大な軍隊だ!」

「その魔界の軍隊の……アゼル・フォン・シュタイナーがツトムに何の用?」

刀の柄を握る手に力が入る。

「それはキサマには関係ないことだ。夕べも云ったはずだ」

大声で怒鳴るサエコ。

「ふざけないで!まさかツトムの魂とかが目的なの?」

アゼルは腕を組み、少々呆れた様子で、

「バカなことをいうな。魔族が魂をほしがるなんて、貴様ら人間どもが作りだした戯言だ」

だが、サエコは納得できず、しつこく問いただす。

「じゃあ、目的は何なの?!」

「くどい!キサマに云う必要はない!」

両者の緊張は、もう耐えられないところまできている。

「しかたないですね。それじゃあ、力ずくでも話してもらいます!」

意を決して、刀を上段に構えるサエコ。

「ふん、面白い。人間風情がこの私と一戦交える気か」

アゼルもまた、覚悟を決めたかのように、ホルスターから愛用の大型拳銃、モーゼルミリタリーを取り出し、サエコに向けて構える。

「安心しろ殺しはせん。ただ通常の魔術はキサマには効かないので、もっと強力な術を施すまでだ。しかし、その前に邪魔なその首飾りと刀を取上げんとな」
 
銃口をサエコの肩に向けるアゼル。

「少しばかり痛い思いをするが。まあ、傷は跡形もなく消しといてやるから心配するな」
 
引き金を引くアゼル。
凄まじい銃声が、夜の体育館に響き渡る。
だが、銃口の先のサエコは立ったままで、身体に傷一つない。

「バ、バカな」

弾は全て床に叩き落されている。

「これで終りですか?じゃあ、今度はこっちの番ですね」

アゼルに向かって猛ダッシュするサエコ。
再びモーゼルを発砲するアゼル。
サエコは飛んで来る弾を避け、アゼルの懐に飛込み、彼女の首すじに刃を当てる。

「く!」

意外な展開に、思わず声を漏らすアゼル。

「見た目は鉄で作られた拳銃や弾丸でも、実体は魔力で創り出された邪悪なもの。この鬼斬り丸は邪悪な存在の動きに自然に反応してくれるの。私はただこの刀の動きに身体を合わせればいいだけ」

「……そうか、少しばかりキサマのことを甘くみていたようだ」

一瞬のスキをつき、サエコの刃先から逃れるように後ろにジャンプするアゼル。

「今度は手加減なしだ。本気でいかせてもらう」

アゼルの瞳に獰猛な捕食者の光が宿る。

もはや、この体育館から生きて出られるのは、二人のうち、ただ一人!


--------------------------------------------------------------------------------

なんてこと、あっていいわけねーだろ!!


--------------------------------------------------------------------------------


「ちょっと待ったー!」

俺は隠れていた体育用具室から飛び出した。

「ツトム!」

「水谷ツトム、何でキサマがここに?」

予期せぬ人間の登場に二人は一斉に俺の方を見る。

「おまえらのことが気になって、あの後、教室に戻るふりして、隠れて立ち聞きしてたんだよ」

建物の影に隠れたところで、俺は窓から校舎に入り、二人の会話の聞こえる廊下まで戻って、そこで立ち聞きしてたんだけど……まさかホントに決闘するとはな。
まったく、盗み聞きしといて正解だったよ。

「いくら夜の体育館だからって、こんなところでドンパチやっていいわけないだろーが」

今時決闘なんて、こいつらの頭の中はアナログすぎるよ。
ここは一つ、思慮分別のある大人の俺が少し説教してやらんとな。
なんて、考えてたら。

「ツトム」

「ん?」

「あんた、女の子の話を盗み聞きしてたの?………信じられない!サイテー!女の子の敵!」

と、急に普通の女子高生みたいなこといいやがるんですよ!サエコのヤツ!
 
何いってんだよ、おまえ!
そんなこといってる場合じゃないだろ!
ついさっきまで、日本刀振り回して、殺し合いしてたくせに!

ところが、アゼルのヤツも、

「おい、水谷ツトム、この女の敵め!いっぺん死ぬか?」

と、まるでサエコの小学校時代からの親友みたいなフォロー入れてきやがって!
くそー、このままじゃ、まるで俺が悪者みたいじゃないか。
とにかく話を戻さないと。

「そうじゃねーだろ!話を逸らすな!」

「じゃあ、ツトム、あんたが説明してくれるの?」

「……それは」

チラッとアゼルの方に目をやると、アイツの目は「断固拒否しろ!」と俺に訴えていた。

「やっぱり、あの女から直接聞かなきゃならないみたいね」

「ふん、やれるものならやってみろ。出でよ!」

アゼルが使い魔の召還のポーズをとる。

マズイ!

とっさに俺はアゼルの腕を掴んで召還を止める。

「落ち着け!サエコ相手にマジになるな。素人相手に使い魔の戦車とか出すなよ!」

拳銃の次に戦車なんて、もうちょっと決闘のTPOをわきまえろ。

ところが、意外なことにアゼルは、

「心配するな、普通の人間相手にヤークト・パンサーなど使わない。パンサーの88ミリ砲で撃ったら、あの女、跡形も残らんからな。そんな非道なことするわけないだろう」

なんて仰るわけです。

何だコイツ、思ってたよりは常識があるんだな。
 
「良かった、じゃあ、もうこんな物騒なことは」

「私の第二の使い魔、ヴィルベルヴィントのオットーの20ミリ四連装対空機関砲で、軽くお仕置きするだけだ」

と、俺の希望的観測を粉々にするくらいの非常識っぷりを披露してくれました。

「全然軽くねーだろーが!サエコがミンチになるわ!」

ヴィルベルヴィントっていうのは、四号戦車の車体に対空用の20ミリ機関砲を四つも搭載した「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」方式の非常に凶悪な代物である。

20ミリ機関砲弾がかすっただけで、人間の胴体なんて軽く真っ二つになっちまう。
 
少しでもコイツの常識に期待した俺がバカでした。


--------------------------------------------------------------------------------


「ええい、放せ!このバカものが!」

アゼルともみ合い、必死に召還を阻止する俺に、

「何いちゃついてるのよ!離れなさい!この変態色欲魔!」

と、信じられないような冤罪で俺を罵倒しやがって、サエコのヤツ。

「アホか!その腐れ目ん玉、かっほじってよくみろ!」

だが、サエコに一瞬注意を向けたスキにアゼルは俺を振りほどき使い魔を召還してしまう。

「出でよ!我が下僕、ヴィルベルヴィント!」

屋上の時と同じように目の前に閃光が走り、次の瞬間、俺たちの目の前にヴィルベルヴィントが現れる。

「我が第二の使い魔の力、その身体で味わうがいい!」

ヴィルベルヴィントは四つの機関砲の銃口をサエコに向ける。

「邪悪な存在でこの鬼斬り丸に切れないものはないわ!あなたの使い魔、ナマスにしてあげる」

いくら虚勢を張っても、サエコのヤツがびびってるのは明らかだ。
それなのに、コイツは再び刀を構えなし、圧倒的に力の差がある相手に戦いを挑もうとしている。

「ほざくな!撃てー!」

火を吹く20ミリ機関砲。
サエコの立っていた後ろの壁に穴が開き、壁が土壁のように崩れ落ちる。

「サエコー!」

思わずを乗り出して叫ぶ俺。
だが、サエコの立っていたところにアイツの姿はない。

「どこを狙ってるんですか?あなたご自慢の使い魔は!」

サエコは目にも止まらぬ速さで、弾幕をかわし、アゼルに肉薄する。

「これで終わりです!」

大きくジャンプし、アゼルに切りかかるサエコ。

「ふん、甘いな!二度も同じ手は食わぬ!」

サエコの太刀をかわすアゼル。

「そんな!」

空を切った刀を構え直した瞬間、正面からヴィルベルヴィントが突っ込んでくる。
アゼルのヤツ、最初からこれを狙ってたのか。

バランスを崩し、床に倒れるサエコ。

「きゃー!」

くそ、このままじゃ、サエコが!

「ちくしょー、どーにでもなれ!」

俺はサエコの前に飛び出し、両手を広げ、ヴィルベルヴィントを突進を身体で阻止する。

「!」

「ツトム!」

ヴィルベルヴィントの車体が俺の目と鼻の先で止まる。

「そこをどけ!勝負の邪魔だ!」

俺に向かって叫ぶアゼル。
悪いが、ここは引くワケにはいかないんだよ。

「いいかげんにしろ!もう勝負はついているだろうが」

俺がそう云うと、サエコは床にしゃがみ込んだまま、

「私、まだ戦えるわ!」

と、ミエミエの強がりを言いやがった。

「ふざけるな。腰ぬかしてる奴が何いってんだ!」

「そ、そんなこと……」

「黙れ!これ以上コイツとやり合ったら怪我ぐらいじゃすまないんだぞ!」

そうだ、これ以上やりあったら、ホントに死人が出ちまう。

「……」

俺の言葉に黙って、うな垂れるサエコ。
良かった……ようやく冷静さを取り戻したか。

ところが、アゼルのヤツ、

「だが、この女をこのままにしておくわけにはいかない。私の秘密を知った以上、口封じの術はかけておかないとな」

なんて、余計なこといいやがって!

「いやよ!誰がそんなことさせるもんですか!」

バカが!せっかく収まりかけてたのに。
ホント、世話のかかるお嬢さん達だよ。

「しかたない。やはり力ずくで」

俺はサエコに近づこうとしたアゼルの腕を掴み、

「いいかげんにしろ!二人とも少しは頭を冷やせ」

と、大声で怒鳴った。

くそー、仕方ない。

この場を収めるには、もうあの方法に賭けるしかないか!

「いいから二人とも俺の話を聞け!平和的にこの問題を解決するいい方法がある」

俺の言葉に二人は目を丸くして、

「なんだと?」

「それって?」

と、ほぼ同時に質問してきた。

俺は自分自身を落ち着かせるため軽く深呼吸してから、こう云った。

「古来より日本に伝わる、大岡裁きと並ぶ、日本独自の諸問題解決のための秘策……それは」

真剣な眼差しで、俺の話に耳を傾けるアゼルとサエコ。

「それは……カレー対決だー!!」


「なんで私の家の台所で勝負しなきゃならないのよ!」

結局あれから俺は二人をなんとか説得して、あの場を収め、今はサエコの家の台所にいる。

「しかたがないだろ!じゃあ、俺んちの台所を使うか?」

サエコの両親が二人とも不在で助かった。

サエコのおじさんが経営してるレストラン「パール・ハーバー」は今は臨時休業中。
おじさんは年に何回か、「昔の知り合いの頼まれ事」とかで、一週間ぐらい休み、海外に出かけることがある。
で、おばさんは今は高校時代の友達と温泉に二泊三日の旅行中だそうだ。

「冗談じゃないわ!あそこに入るくらいなら、気密服着ずに、バイオハザードの汚染地区で野外キャンプしたほうがマシよ!」

「大げさな、たががゴキブリが一匹出たくらいで」

以前、サエコのヤツ、頼みもしないのに掃除に押しかけてきて、アレと遭遇しちまったのだが、女ってヤツはホント、ゴキが苦手だよな。

「きゃー!その名前を口にするな!七代先まで呪ってやるからね!」

「おい、バカ話はその辺にして、さっさと本題に入らんか!」

俺とサエコの三文芝居に我慢できなくなったのか、アゼルが横槍を入れてきた。

さっさと話を進めたほうがよさそうだ。

「それじゃあ、さっきも言ったけど、アゼル、サエコ、これからお前ら二人にここでカレーを作ってもらう。で、俺が食って美味いと思った方を勝者とし、負けた方は勝った相手のいうことを無条件で受けいること。それがこの料理対決のルールだ。分かったな?」

俺は二人にルールを簡潔に説明した。

「ルールは分かったけど、どうして決闘の方法がカレー作りなのよ?」

ふ、甘いなサエコ、オマエがそう質問してくるのは想定内だよ。

「バカ野郎ー!いいか、今やカレーは日本人にとってなくてはならい、まさに国民食といっても過言ではないものだ。そして食こそがその国のシンボル、魂なんだ!魂と魂の激突こそ、己が全てを賭けるに値する決闘方法に相応しいものはない!サエコ、お前にはそれが分からんのかー!」

と、俺はサエコに反論の機会を与えないくらいの迫力で自論を押し通した。

俺の迫力に負けて

「分かった、分かったから」

と、サエコは不承不承受け入れてた。

「分かればそれでいい。それじゃあ、両者用意はいいか?」

台所の机の上には、カレーの具材と調理器具が二人分用意されている。

「私が勝ったら、アゼルさん、貴方には魔界に帰ってもらうからね」

「ふん、ほざいてろ。その代わり私が勝ったら、大人しく私の云うことをきいてもらうからな」

着替える時間がなかったので、二人とも胴着と軍服の上にエプロンを付けていて、傍から見るとかなり異様な光景だ。
でも、まあ、結構二人ともカワイイといえなくもないか。

「ええ、いいわよ。でも、絶対そんなことにならないから」

「ほぉ、大した自信だな。後でほえづらかいても知らんぞ」

二人とも、既に十分ヒートアップしている。

俺は、こほん、と咳払いをしてから軽く右手を上げて、

「それじゃあ、両者位置についてー、よーい、スタート!」

と、高らかに戦闘開始の合図を宣言した。

--------------------------------------------------------------------------------


「おい、水谷ツトム。何で料理勝負などと言い出したんだ?」

料理対決が始まる20分ほど前、俺とアゼルは足りない食材と調理器具を俺の家の台所まで取りに来ていた。
実際夜中の1時に開いてる店といえば、この辺じゃコンビにくらいだが、さすがに生野菜なんかは置いてないからな。

「完璧超人のアイツにとって、料理が唯一のアキレス腱だからさ」

俺は冷蔵庫にあるはずのニンジンと玉ねぎを探しながら、そう答えた。

「とにかくアイツの負けん気は生半可じゃない。中途半端な戦いじゃ駄目なんだ。サエコを完膚なきまでに叩きのめさないと、また同じことを繰り返すことになる」

アゼルはお袋が俺の自炊ために買っておいた「今日の料理超ビギナーズ」の「誰でも名シェフ、家で本格カレーの簡単奥義」のページを読みながら、話を続けた。

「で、料理対決というわけか」

「ああ、アイツの料理の駄目さ加減は半端じゃねー。俺は身をもって体験してるからな」

そう、かつて俺はアイツのカレーを食って、二週間ほど再起不能になったことがあるのだ。

「ところで、アゼル、オマエは大丈夫なんだろうな。料理の方は」

「バカにするな!私の料理の腕はプロ級だ」

アゼルは本を閉じると、むきになって言い返してきた。

「へー、意外だな。なんかそういうのとは無縁な感じだけど」

「ふん、まあ、自慢ではないが三ツ星レストランでも十分通用するといってもいいだろう」

と、アゼルのヤツ、やたら自信たっぷりにそう答えた。

「まあ、いいけど」

あのサエコより、料理が下手な人類は多分存在しないだろうし。

--------------------------------------------------------------------------------


で、料理対決開始から5分が経ったわけだが。

「料理はサエコのアキレス腱っていったのは俺だけど、まさかこれほどとは」

酷い!

酷すぎる!

料理開始から、5分でサエコの周りは既に夢の島状態。
食材というよりは、もはやどう見ても生ごみの山だ。
一体どうすれば、僅かな時間でここまでの惨状を作り出せるんだ!
俺が呆然と眺めていたら、

「痛っ!」

あ~あ、やっぱりやったか。
サエコのヤツ、包丁で指を切っちまった。
意外と手先は器用なくせに、料理だけは駄目なんだよな。ホント謎だよ。

「おい、大丈夫か?」

俺は救急箱の中から絆創膏を取り出し、サエコの指に巻いてやった。

「平気よ、このくらい何でも、痛っ!」

まったく、言ってる傍からこれだよ。

この辺が潮時か。

「もういいだろ、ギブアップしろよ。これ以上こんなことで怪我したってつまらないぞ」

まあ、誰だって自分の記憶をいじられるのは気持ちのいいことじゃないよな。

「いやよ!私、絶対に諦めない。ブラジルのおじ様とおば様に頼まれたんだから、ツトムのこと」

「オマエがアゼルのこと口外しないって約束してくれれば、別に魔術なんてかけなくったっていいしさ」

そう、別に魔術なんかかけなくても、コイツは一度約束したことは絶対破らない。
とにかく、気持ちに整理をつけさせるための勝負のつもりだったのだが、

「そういうことじゃないの!」

サエコのヤツ、俺のドクターストップを聞き入れない。

「ああ~もう、頑固なヤツだな。自分でも分かってるんだろ。料理じゃ勝てないってこと」

「そんなの最後までやってみなければ分からないでしょ!絶対に、絶対に諦めないんだから!ツトムをあんな化け物みたいな女の手に渡さない。ツトムは私が守る!」

「……サエコ」

「覚えてる?子供のころ、私よく男の子たちにいじめられたよね。背が高かったから「電信柱女」とかいわれてさ。そんな時、ツトム、いつも私のこと庇ってくれた。弱いのに喧嘩までしちゃってさ……でもあの時は嬉しかった。本当に嬉しかった」

コイツ、そんな昔のこといつまでも覚えてやがって。
ったく、情けないよな。いつも俺の方がボコボコにされちゃってさ。

「だからあの時に思ったの。私も強くなろうって。強くなって、いつかツトムがピンチのとき、私が助けるんだって。そう心の中で誓ったの」

守ってやったつもりの女の子に、逆にこんなふうに思われてたなんて情けない話だ。

「今がその時なのよ。だから私、絶対にどんなことがあっても諦めないわ!」

オマエの気持ちは分かったよ。
もう止めやしない。

「分かった。最後までやってみろ。オマエの渾身のカレー楽しみにしてるからな」

まあ、本音を言えばかなり不安は残るのだけど。

「うん!まかせなさい!」

サエコは絆創膏だらけの手で包丁を握り締め、嬉しそうにそう言った。

「やれやれ、ホント、今時珍しい熱血馬鹿だよな」

そういえば、アゼルの方はどうなってるのかな?
チラっと、アゼルの方に目をやると、俺たちの会話なんか耳に入ってないかのように、黙々とカレー作りに勤しんでいた。

どうやらアイツなりに気を使ってるようだ。

--------------------------------------------------------------------------------


で、いよいよ期待と恐怖に彩られた試食会が始まることとなった。

「じゃあ、最初にアゼルのカレーを食べるとしようか」

決してサエコのカレーを食ったら、味覚が完全に破壊されて、味見などできなくなるからではないからな。
あくまで異世界から来たチャレンジャーに敬意を表してだ。

ごくり!

カレーの食欲を誘う、あの香ばしい匂いに生唾が自然と湧き出る。
見た目も悪くない。
野菜や肉も形が崩れておらず、それでいて十分に煮込んであるのよく分かる。
俺はスプーンでカレーをすくい、口へと運んだ。

「ん!これは!」

カレー特有の舌を刺すような辛味の後、ほんのりとした甘みと酸味が口の中に広がった。

「おい、アゼル、オマエ隠し味にリンゴと蜂蜜を使ったな?」

俺の言葉を肯定するかのように、口元に笑みを浮かべるアゼル。
日本人を子供のころからカレー好きにしてしまう、某メーカーの魔法のレシピを生まれて初めて作ったカレーで再現するとは。

アゼル・フォン・シュタイナー、侮りがたし!

--------------------------------------------------------------------------------


さて、いよいよサエコのカレーの番だが。

「これ、ホントに食わなきゃ駄目か?」

俺の目の前にある謎の物体Xは、もはやカレーと呼べる代物ではなく、敢えて例えるなら、某怪獣映画シリーズの中でも一番人気のない、ヘドロから生まれた〇〇〇とでもいうべき物だった。

「見かけは悪いけど味は折り紙つきなんだからね!」

その自信どこから沸いてくるんだよ。

「オマエ絶対味見してねーだろ!」

しかし、さっき言った言葉を取り消すわけにはいかないよな。

「じ、じゃあ、食うぞ、食うからな!」

俺は意を決してスプーンを握り締める。

「と、止めるなら、今のうちだぞ!後で後悔しても遅いからな!」

「いいから、さっさと食べなさいよ!」

業を煮やし、怒鳴るサエコ。
俺は目をつむり、一気にカレーを口に放り込む。

「!」

だ、駄目だ。
俺、一瞬意識が遠のいちまった。
とてもじゃないが、これ全部食ったら命に関わる。

もう、いいよな。
俺十分頑張ったじゃん。
もうリタイアしたって恥じゃないよ。

俺は自分にそう言い聞かせスプーンを置こうとした。
だが、その時サエコと目が合っちまった。

「サエコ、オマエ……」

決して人前では涙なんかみせないアイツの目に、確かに光るものが見えた。

「くそー!もうどうにでもなれ!」

俺は皿を掴むと、そのままカレーを口の中に放り込んだ。
そして、サエコのカレーを残さず自分の胃の中に送り込んだ。

「うっむえー!ごんにゃうみゃいぐあれー、ぐっだごとね~よ!(美味い!こんな美味いカレー食ったことねーよ!訳・戸〇奈〇子)」

もはや言語能力まで破壊された俺は、

「ごぬぉしゃうぶ、ひぎわけ~!(この勝負、引き分けー!訳・戸〇奈〇子)」

と、最後の力を振り絞り絶叫した後、その場で意識を失った。

--------------------------------------------------------------------------------


数時間後、俺は自分のベッドで目を覚ました。

「よかったー!心配したんだからね!」

サエコが俺に抱きついてくる。
泣きはらしたのか目が真っ赤だ。
ったく、オマエの料理に殺されかけたんだぜ。

ベッドサイドの時計を見ると、もう朝の7時すぎだ。

そういえば、アゼルのヤツはどこいったんだ?

「だから言っただろ。この男はそんなに簡単に死ぬはずがないと」

嫌味を言いながら、アゼルは部屋に入ってきた。
慌てて俺から離れるサエコ。
どうやらまたもや気をつかって席を外していたようだ。

「心配いらんが、一応回復の魔術をかけておいてやったからな」

そうか、今回は二週間も寝込まなくて済みそうだ。

そういえば、あれから勝負はどうなったんだろう?

ちょうど二人が揃ったので、俺は話を切り出した。

「それより、お前らは夕べのことだけど」

俺の話を遮り、サエコが、

「ツトム、あの後、アゼルさんから全て聞いたわ」

と、思いもかけないことを口にした。

「え、全て聞いたって?!」

動揺する俺を横目に、

「ああ、全てこの女に話してやった」

と、アゼルはクールに言い切った。

「じゃあ、俺とコイツのことは」

「ええ、最初聞かされた時はショックだったけど」

と、鎮痛な面持ちで答えるサエコ。
そうか、知っちまったか。
アゼルが俺の娘だってことを。

「……サエコ、俺は」

どういえばいいのか、俺が考えあぐねていると、

「でも、まさか……ツトムが世界を滅ぼす魔王になるなんてね」

え、今なんて言った?

「それを阻止するために、アゼルさんが未来の魔界から派遣されたんでしょ」

ちょっと待て、こいつ何いってやがるんだ?

俺はアゼルを問い詰めた。

「おい、アゼル!」

「うむ、さっきも説明したが、3年後、宇宙の彼方から巨大な力を秘めた、え~と、その、なんだ、そうそう、邪神アンゴロモンスがこの地球にやってきて、この人間界だけでなく、私の住む魔界も破滅の危機にさらされる。そしてそのアンゴロモンスの憑代となるのが、この男、水谷ツトムなのだ」

アゼルのヤツ~!

そりゃ、サエコとの勝負をうやむやにし、尚且つ、一番の問題を解決する方法を探すのに苦労したのは分かるけど……。

「アンゴロモンスは心の弱い者を好む。すなわち人類で最もスケベで、意思薄弱で、どうしようもない怠惰なこの男にとり憑くのだが、私の任務はそれまでにこの男の心身ともに鍛え直し、アンゴロモンスの憑代になるのを防ぐことにある」

いくらなんでも、その設定はないだろう!

「大丈夫よ、ツトム、まだ3年もあるんだから。アゼルさん、さっきも言ったけど、私にも協力させてちょうだい。私もツトムの腐って、歪んだ性格がいつかとんでもないことを引き起こすんじゃないかって心配してたの。ああ、それからもちろん、アゼルさんの正体と任務は私たちだけの秘密ということも承知してるわ」

サエコのヤツ、言いたい放題言いやがって!

「ちょっと待て!オマエらな~」

ついに我慢できず、俺は二人の話に割って入る。

「ああ、いいだろう。是非とも協力してくれ。島村サエコ、正義を愛し、強く真っ直ぐな心の持ち主であるキサマのような誇り高き女が協力してくれれば、こんなに心強いことはない」

だが、俺を無視して、二人は勝手に盛り上がり続ける。

「こちらこそ、よろしく。二人でツトムと世界を守りましょ!」

「ああ、我々二人が協力すればきっと大丈夫だ!」

ガッチリと握手する二人。
何が協力して世界を守りましょうだ!
お前らがタッグを組んだら、それこそ悪夢としかいいようがない。
昭和の日本プロレス界を震撼させた黒い呪術師とインドの狂虎なみのタッグチームだよ!

「おい!二人とも」

ところが話はさらにトンデモない方向へと突き進んで行く。

「じゃあ、まず手始めにツトムが多量に隠匿している不健全なお宝の処分から始めましょうか」

「うむ、その提案には賛成だ。健全な精神は健全な肉体に宿るのが基本中の基本だからな」

おい、なんで、そうなるんだよ!
俺のお宝のせいで世界が滅ぶわけないだろーが!

「二人とも俺の話を聞けー!」

俺の必死の訴えも、二人の耳には届かない。

「えーと、まず、あそこと、あそこと、あそこに隠してある……」

ついに俺は、男の最終奥義、「恥も外聞もない泣きつき」戦術にうって出た!

「お願いだから、お嬢様方、俺の話を聞いて下さいよ~!」

無力感を味わうとはこういうことをいうのだろうか。
二人は完全に俺の存在を無視して、大粛清計画をちゃくちゃくと進行させ続けた。

「島村サエコ、この間言ってた×××なギャルゲーとかいうものを、まっさきに処分すべきじゃないのか?」

「ええ、そうね。そうしましょう。じゃあ、アゼルさんには……」

それだけは、それだけは、どうか平にご勘弁を!

「いや~~~!や~め~て~!!」

--------------------------------------------------------------------------------


その日、明るい爽やかな朝日が降り注ぐ住宅街に、一人の少年の絶望に満ちた悲痛な叫びがいつまでも木霊したそうだ。

マブシンのアゼル(その5~10)

マブシンのアゼル(その5~10)

俺の名前は水谷ツトム。どこにでもいるごく普通の高校生だ。ある日俺のクラスに超絶金髪美少女が転校してきた。彼女の名前はアゼル・シュタイナー。放課後彼女は俺を屋上に呼び出してこう言った。「私は魔界武装親衛隊少尉アゼル・シュタイナー!水谷ツトム、私はオマエを人類最強の男にするためにやってきたのだ!」かくして俺の平和で平凡な日常は終わりを告げ、血と硝煙のデンジャラスな日々が幕を開けた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted