のうぜんかずらの午睡

42度しか許容できない身体を引きずって、サルスベリの群れのあいだを歩いていった。うっかり溢してしまいそうな水筒の中の麦茶は、あの童話のように頼りない道しるべにすらなれない。すれ違った人の頬が乾いていたのをアスファルトのようだと詰る表情を無視した。無言を貫く桃色の花は、どこまでもその言葉を否定していた。
見えなくなったのは雪の降り積もる日だったというのに、また夏のあちこちで思い出す。立ち寄った店の匂いや植え込みに絡まりついたアサガオに感傷的になるだなんて一体どうかしているとしか思えない。
だからやけに厚みのあるマグカップもくたびれて馴染んだサンダルももう使えない。使いたくないんだ。
いつまでもとらわれている。雨の日にゆうゆうと伸びたつるのような、自分が作り出した鎖状の思い出は、この記憶を埋め尽くそうと、いつだって試みている。楽しいこと嬉しいこと、はてはどうでもいいことで上書きしようとする頭の中を縛り続けて、身動きがとれなくなってしまえばいいと誘いをかける。脅迫のように、忘れてしまうことは許さないと囁いたのは誰だったか。分かっている答えを知らないと言い続ければ、代わりに痛みさえ肩代わりしてくれる人がいるのだと思っている、わけもないのに。
だから歩く。サルスベリの道を、巡礼のように。
いつか気付ける日が来るのだろうか、夏空へ焼き焦がされた記憶の残りを集めてできた花を咲かせる、あの嘘に。いくら待っても語られることのない事実は枯れてしまったのだと、思い知ることはできるだろうか。
それにしても、空気中に溶けてしまいそうなその指先を今の形のまま留めて、離れずに壊さずにいることは。呼吸と同じ程度には難しいのだと、ようやく分かったのだから。
夢を見る。相変わらず歩き続けている夢だ。
今ではあなたが隣にいる、そんな夢だ。

のうぜんかずらの午睡

のうぜんかずらの午睡

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-04

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