人生終わらせ屋
深い暗闇、傍らに小さなコンクリート塀を持った豪邸、その豪邸の庭に、赤色のハイビスカスの花が咲いていた。街燈に伸びる影、仮面をしたスーツの男、ところどころ鈍く光りを帯びる黄色い身体。深夜の街角、活気の失われた商店街の突っきったさきに、その男は現れた、マジシャンのような黒い、高級そうな布地のシルクハットを頭にかぶり、顔はマスクをつけている。動きはどこかひょうきんで、足腰の軽さはとても、深夜の人間とは思えなかった。彼はその名が細い身体と軽快な動きにぴったりの、連想される範囲の高い声でこちらに話しかけた。こちらは、会社員、余りに長い残業でくたくたになった、スーツ姿のやつれた男の姿があった。
「人生を終わらせたいと思いませんか?」
「あなたは?」
スーツの会社員は、あまりの疲れと、眠気により朦朧とした頭、常識とはかけ離れた労働時間からくる神秘のトランス状態によって、非常識的で非日常的なものさえも、すっかり受け入れて、まるでそれが日常の延長線にふとした瞬間に存在していても、それが当たり前にそこに、以前からそこにあったかのような、弱く、鈍い対応をとった。
「おやおや、近頃はやりの“人生終わらせ屋”をご存知ない?ないとはいわせません、あなたが一度、街のカッフェでそのことについて女の♪ご友人とお話をされているところを、2、3度、あたしはたしかにお見掛けしましたよ」
「そうですか、アレ、そうでしたっけ?そうだったような気もしますが、それでどんな用ですか?」
彼はふらふらとその得たいの知れない男に続き、歓楽街へと消えていった。
それから二日後、彼は死体として発見された、しかし血は流れなかったし。涙も流れなかった、かれは機械の肉体をもっていて、御年、150歳、十分に生きた、という心地で、笑顔のまま、死体は横たわっていたらしい、彼はいったい、どうしてそんな死に姿をみせていたのか、“終わらせ屋”とは一体何か、その秘密は、一か月前のその町の噂話へと遡る。
「終わらせ屋、SNSでさ、流行ってんのよ」
「へえー、そうなんだ」
初め聴いたとき、彼は話半分で、心ここにあらずといった様子で、聞き流すようにして女性の友人の話を聞いていた。彼女いわく、その終わらせ屋、近頃インターネットを介して有名になった都市伝説というか。噂話なのだが、近頃の日本の人々は皆機械化によって、20歳を迎えると、自動的に機械化手術をうけていた、それによって人々は長生きする権利を持ち、そして平均的な“能力”を与えられた、だがそのせいで、抜きんでるものもおらず、不出来なものも生まれなくなってしまったので、彼女いわく、平等すぎる退屈な世界が生まれてしまった。
その退屈を解決し、自然なる、納得のいく死へ導くものが、終わらせ屋。彼は別名、終わらせの魔術師と呼ばれていて、SNSでは似顔絵も出回っているらしい。彼女いわく、彼を英雄視するものも、世の中にいるというが、それは、機械化技術によって、皆なんとなく幸福に毎日生きてはいるが、この不平等のない世界に退屈を感じてもいる、“終わらせ屋”のする魔術は、機械化した人々を満足させ、その“生きる意志”を挫き、自然な、幸福な死へと導くもの、らしい。
「この前の話、詳しくきかせてくれ」
件のカフェにて、二度目のうわさ話を、件の女友達としているとき、思わず噂話に関する質問が彼の方から口をついてでた。それは彼自身、死というものに対するあこがれがあったからだ。死、それは現代ではとても遠い存在になっている、本当の死を望んで、本人が望まなければ、死は与えられない。地獄のような、天国の暮らし。そうでない世界へ旅立つこと、“死ぬこと”。彼女いわく、そのころ、彼は、確かにそのこと自体に興味を示していたのだった。
そして一か月後彼は死んだ、彼が体感した事はなんだったか?あの日、奇妙な男と出会った時間までさかのぼると、歓楽街へつれていかれ、半分意識のぼやけたまま、歓楽街の入口にあるマンホールの下、地下へとくるようにに誘われた。初めは戸惑ったが、拒否する理由さえぼやけてきて、彼は男のあとについて、その先へ行って見る事にした。奇妙な男はその先に、自身の住み家があるといった。彼は何をみたのか、マンホールを外した先に、下へ続くはしごのような階段をがあり、それをおり、下へいくと、うすぐらい生臭い空間があった、しばらくいくと、つきあたりをみつけ、カーペットやいすや机、空気清浄機やらエアコンやらがあるアパートの一室程の小さな空間にでた、彼がぼーっとしていると、例の男は一人、腰の低い椅子に腰かけ、彼を対面の、手前の椅子に座るようにジェスチャーで促し、マスクをぬいだ、そして思わず、声をあげた。
「産毛がある……人間の肉体だ」
「俺は、とある理由で、この国の義務の、20歳の機械化の儀式を生き延びた、おれはある大物政治家の双子の息子なのだ」
そういう彼は、例の噂話について詳しく話した、彼が男のくせに、とても濃い口紅をしていること以外は、特段変わった様子はなかったが、彼の話はとても奇妙だった。しかしその不思議な魅力によって、彼は、奇妙な男のいう“死”が体験してみたくなった。それは、化粧の彼いわく、こういう話だった。
「俺は、俺のような、人間のままの人間や、半分だけ肉体を改造した闇社会の人間をしっている、そういう人間は“死”を求める、おじいさん、あえておじいさんと呼ぶね、そういう人間の“記憶”を持っているんだ。それはデータだから、君にコピーする事ができる、すると君は、“死”へのあこがれを身をもって体感するだろう。そこにはね、あなたが亡くした“死”へのあこがれの気持ちが入っているんだ、屈辱、不満、ルサンチマン、皆平等に生きている時代だと思うだろうが、不平等は、貴方の知らないところに確かに存在している、あなたが見なかっただけでね」
そうして男は死んだ、だがそれが本当に納得いくものだったのかは、死んだ彼にしかわからない、あるいは彼にすら、わからないのかもしれない。
人生終わらせ屋