三重ドライダイビング

 路上に転がる死体であるかれは、目をつぶったり開いたりして、その二重の意識の中で、偽物の苦しみの中で、たしかに鈍い痛みを、作られた痛みを感じた。彼は言い訳がましく、記憶の中へ一人現実逃避の旅にでる。それは高校生の頃、バイクのツーリングでなくした大親友の記憶、一緒に、創作をしていた友人の記憶、なぜ、自分が生き残ったのか

「俺はいつまでたっても、あいつの才能は超えられない、周りの人間は、天才だからああなったといった、だが、あれは神秘的な出来事なんかじゃない。何の教訓もない、まぎれもない事故だ、まぎれもない不幸だ」

通行人のスーツの男性は、飛び降りた彼の一連の様子をみて、溜息をついた、そして落ちた死体をみていった。
 「また自殺者か、目立ちたがり屋め」

 それもそのはず、その世界ではそういうたぐいの光景は日常茶飯事の出来事だからだ。自殺した彼はそのとき22歳、路上に転がる死体から、血はこぼれださなかった、ただどさっと鈍い音は、確かに周りに聞こえたはずなのだ、だが周りは、日常を続けている。高い雑居ビルの屋上から、公道にそった路上に、人通りのそれなりにある昼間に飛び降りた、若者。彼はひごろからダイビング水中カメラで撮った映像を動画サイトにアップロードする趣味があった、だからこそ、こんな自殺方法を選んだのだろうか、すぐに人が駆け付けてきて、心肺蘇生法を心みた。
 「そのうち目を覚ますぜ、仮病だ」
 「そんなにこの世界にいたくないのならば、つながらなければいい」
 周りから心無い言葉がとぶ。そんな中彼は、死んだふりをして水中の中にいた、彼はそれを“瞑想”と例える、近頃はやりの自殺、そんな事でこの世界に、あるいは別世界に、居場所をもとめても、彼いわく、親友にあいたいのだという、なんでもできそうな世界だとはいえ、もちろんそんな事は、たとえこの世界でも難しい。

 彼の親友、それは彼が死にかけて初めて、彼に微笑む。
 趣味のダイビングの最中に、彼は親友の姿を2、3度だけ見かける事があった、それは酸素ボンベの残量をきにせず、もぐりかけた自殺的行いの末に見たのだった。彼は浜辺にうちあげられるようにはいあがり、その呼吸を整えるうちに幻想とも現実ともつかない映像がみえ、その時、現実の彼は、親友の葬儀にて、責任のない言葉をかける大人たちの声を繰り返し思い出していた。
“彼の分まで” “彼が残してくれたものを大事に” “彼は、あなたを信じていたの”
たしかに自分の体はそこにあるのに、映像だけが皮膚の感触とは別の働きをしてるのを、体全体で感じていた。

 神秘的な花畑の世界の向うに、件の川の彼岸にたたずむきれいな笑顔の彼をみたのだ。彼は自分より漫画を描くのがうまかった、いや、それ以上に彼は、一度、高校生の頃にデビューをした、周りからも将来を期待されていた新人だった、ならばなぜ、彼が褒める事があるだけだった自分が生き残ったのか、そう思う。だから“彼”でなく“彼”が生き延びたのか。

 死体は溜息をついて、瞬きをして起き上がる、電脳世界ですら、労働を求められ、きちんとした習慣が求められる、彼は神経を接続した状態で、たしかに体全体に死ぬほどの痛みを感じながら、蘇生法をためしてくれた人に感謝し、群衆の罵倒や、励ましの声に半分耳をかし、半分只聞き流すようにして、おじぎをしてその場をさった。
 

三重ドライダイビング

三重ドライダイビング

一応残酷な描写のあるものです、青年むけに指定しました。

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
更新日
登録日
2018-09-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted