名前のない田舎町
今日やりたいことのすべてをこなすために、昨日と明日を犠牲にしている。左腕の大けがは、バイクにのっていて作ってしまったものだ。僕は入院患者で、病室のベッドから、唯一の救いである外の景色を眺めている。同じ部屋に同世代はいない、それどころかおじいさんおばあさんばかり、それはもう、この時代の、特に田舎では、別段珍しい光景ではなくなっている、退屈だ、退屈と思う事が退屈だ。
僕はあのとき交差点で、確かにあの人を見たんだ、あの人は、ぶつかってきたトラックとは別のものだった、あの人は僕を助けようとしたのか、死の世界へとつれて、誘おうとしていたのか、そんな事はわからない。ただあの人は―—ミイラのような黒いからだの、干からびた体の骨と皮膚だけの猫背の、とうに100歳を超えた老いた老人は―—疲れ果てたようにそこに立っていた。あの人はいつも、人が危ないときにそれを僕に教える。一度は海水浴にでかけた高校生のとき、僕は溺れている少女を助けた、それを知らせたのが彼だった。一度は、祖母がのどにものを詰まらせていたとき、虫の知らせで彼の幻影が、自室の窓の外、浮いていたのを見た。
初めに僕の前に現れた時を覚えている。彼はまだ子供の姿をしていた。彼は初め、僕を救ったのだ——今は老いているが、彼はそのときまだ子供で、僕の前に現れるまで、僕と同じ動きをして、僕と同じ影をもっていた、あれは僕なのか?いいや、空想の僕だ、全ての人間の幸福を望んでいた空想の僕だ。——初めに僕を救ったのは兄だった、だけど兄はもう遠く、異国へ移り住んでしまった。この街に暮らすのは、あの日の残骸だけだ。
名前のない田舎町