携帯と少女

携帯を覗きこむ。
受信ボックスは、空だ。
そのまま、歩みを進める。
また、携帯の様子を確かめる。
やはり、受信ボックスは、空だ。
そうやって、いつもいつも、携帯の様子を確かめて、
まるで私は、携帯という生き物を飼っているようだ。
そういえば、今日は、弟の試合だった。
高校生で、サッカーをやっている。
もうだいぶ長い間、彼とは口を利いていない。
携帯とは戯れているのに。
同じ家の中に棲んでいるというのに、
この薄ら寒さは何だろう。
お父さんはきっと、今日もまた
夕飯までには帰ってこないのだろう。
私は、仄暗い足元のアスファルトを見た。
時間はもう、既に夕方の6時過ぎ。
季節は冬だから、道端の電柱に灯る蛍光灯の光が、
私の足元を支えている。
じゃあなぜ、私は生きているのだろう。
私は、携帯の液晶画面を覗きこみながら、言った。
右上には、現在の時間帯が表示されている。
何故、私は生きているのだろう。
昨日、幼なじみであり6年間ずっと
片時も離れなかった彼氏と別れた。
後悔は、ない。
いや、元を辿れば、私が別れようと言いだしたのだから。
理由は、彼氏の浮気だった。
他校に、とても可愛らしい女の子を見付けたのだそうだ。
私は偶然、彼氏とその可愛らしい女の子が、歩く現場を
目撃してしまった。
息が、詰まった。
いや、飽きられているんだろうなとは思っていた。
・・・少しずつ。けれど、でも。
何故、私に何も言ってくれなかったのだろう、と。
それだけが、頭の中を駆け巡った。
何故、何故。何故。
足を一歩地面に踏み出す度に、地面から聞こえる。
湧き出してくる。
何故、と。
何時からズレ出したのだろう、私の世界は。
いつから、ついて行けなくなったのだろう。
自分自身の事柄に、背負わされているものに。問題に。
最初から、自分が何を背負って生きているのかなんて、
知らなかった。ただ、平凡に、流されるまま生きてきた。
それで、生きてこられた。
でも。これからは、1人でやっていかなければならない。
唐突に、地面に裂け目ができて、崩壊していく様子が、
目の前にまざまざと描き出された。
私は、どうしよう。
地面の上に、足を崩して座り込んだ。
まるで呆然自失といった有様で、
もう何も考えられそうもなかった。
私は、どうすればいい。


そうすると。遠く向こうの電柱に、
蛍光灯の光に浮かび上がっている
1人の男の子の様子が浮かび上がった。
少年は、ただそこに座り込み、
まるで今の私と同じ行動をとっているようだった。


少年と私は目があった。そしてー

携帯と少女

世界が崩れそうな時、その場で偶然見かけたものに、救われた。
目を開けた時、自分の使命が見つかった。
もがき苦しんで、もがき苦しんで、でもそれでも、
その先に道が用意されていた。それならば、きっと、
私はどんなところでも、生きていけるはず。
死んでしまったならば、それこそ世の中は
秩序が崩れて、ばらばらになって行くのだろうから。

携帯と少女

日常の寄る辺を失った、少女のお話です。 ありがちな風景ですが、読んで頂ければ嬉しいです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-28

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