無重力瞑想
火星に地球が移住しはじめてから、はや300年。人々は自由に宇宙を行き来して、火星では母星である地球とのコンタクトや行き来も未来の乗り物や化学装置などによって難なくこなした。超高速で飛ぶ宇宙船や、民間企業による宇宙の宿泊施設、デパート、旅行プラン、そんなものも当たり前にあったので、宇宙の火星の周辺空間ではときに、遭難者が出る事もあった。
ただ、遭難者の中には、救難信号をだし、何不自由なく生活する人もいた。それは、宇宙船に備え付けの、最新型で球体の避難ボートがとても優れたものだったからだ。食料も問題なくあり、機械類もそう簡単に壊れたりしない。
ただ一つ問題なのは、例として、例えば事故が起きた場合、地球や火星から、漆黒の真空の効果によって、少し離れた箇所に事故などによっておきた勢いをつけたまま、慣性の法則によって延々と進み続けることだった。その時間は、救助を待っている、非難ボートの中にいる人間にとっては苦痛でしかなく、果てしない真空を、救助船が本当に来るかもわからないのに機械に囲まれながら退屈のまま、待つ、という事しかできないのだ。
中には、幻覚をみたり、幻聴を聴いたり、精神を壊してしまう人間もいた。だからその避難ボートは、生き残ったとしても、精神が安全だとはいえず、その発明と功績とは別の悪いレッテルを張られていた、それは球体の形をしているので“死の球体”と呼ばれる事があったのだ。
そんな中、そのイメージを書き換える遭難者が一人現れた。それは火星宗教“アルファ教”の宗教者で、彼はその幹部だった。ある日、地球へその宗教を布教するべく、大型宇宙船に乗り込んでいたのだが、運悪く民間宇宙船とぶつかり、大型船の乗客たちは、そのとき皆うまく非難ボートにのりこみ逃れたのだったが、彼は最後にのりこみ、爆風に巻き込まれそのままはるか遠くにとばされていったのだった、彼はとても長い間……365日、それと一か月も宇宙空間を慣性によって延々と進み続けるだけだったが、彼は一人、地球にいた時と何もかわらず瞑想し、瞑想の中で過去の雑念と戦い続けていた。そのため空想や、幻聴などとは、すでに友人のような関係だった。女性の声が聞こえることもあるし、筋肉と筋肉の軋み、ぶつかる音や、鉄のような匂いの血の味を感じることもあった、かれは昔、ヤンキーだったのだ、来る日も来る日もあれた日々と、力くらべ、女性関係の問題に明け暮れていた。そんな日々の自分がふいに、瞑想の中、眼前に立ちすくんでいる事がある、それはあの頃と少しも変らぬ自分の化身だった。修行の間も、毎日の読経の間も、そんな日々の中にいた自分が、今の自分に向って話しかけ続けるのだと、彼はのちのインタビューに語った。彼曰く、その苦痛に比べれば、宇宙空間にいる間、食うにも、飲むにも困らず、娯楽や、女性といったものも存在しないのでまるで天国のようだった、と語った。
彼は地球に帰還したとき、何の不自由もなく地上を歩き、健康状態も健全そのものだったので、彼とその宗教は一躍注目のまととなり、世間をにぎわせた。宗教というものも、火星ではあまり普及していなかったのだが、もしものときのため、あるいは精神の修行のためといって、その後宇宙空間によって、その救難ボートに乗って瞑想をする輩がふえたのだが、念のため、本物の遭難にそなえて、だいたいが人工衛星と、避難ボートを命綱を結わえてくくりつけそうした行いをするのだが、命綱に火星衛星軌道をまわりづつけづ宇宙ゴミの破片によって“命綱”が破損する事があり、その流行によって、多くのあらたな遭難者がうまれたのはいうまでもない事だった。
無重力瞑想