まがさすとき。

「私である必要がない」
 中学生のそのころ、頭の中を駆け巡っていたのは、常に自分に対しての不満、ぐるぐる回ってまた同じところへ、逃げ場を持たない私は、何人もの男性に恋をした。友人に相談したけれど、例のあれを試してみてといわれてしまった。私はオカルト本を自分で作るほどそういうものを愛しているし、いえ、確かに興味はあったのだけど、まず、彼に、私の好きな人にそれを一緒に経験してもらうより、先に私が試さなくてはいけないとは思ってた。それが、魔が差した私の、良心だったのかもしれない。

 そこは街で一番大きな映画館の、交差点を隔てた先の筋向こうにある雑居ビルの3回だった。近頃私のような中学生や、10代、20代といったくらいの若い人々の中で噂なのが、その“変わった占い店”だ。占いと銘打っているものの、しかし、その店には裏メニューとも呼ぶべきものが存在していた。それこそが、私の目的であり、私の友人とその彼氏が試したことのある“魂交換”という呪術を体験できるものだった。裏メニューということだけあって、それはその占い店の常連になり、頃合いをみはからって、ある合言葉を発言しなければならないらしかった。

 “彼”は名前をリドルといった。リドルは見るからに外国人で、しっかりとした骨格と、大人びた輪郭を持った誠実そうな人だった。青い部屋に、さらにカーテンに仕切られた右角の一角があって、電話ボックスほどのだが彼は、ふいに目線をさげたときなどに、ぞっとするような、凛とした中に存在する、深い過去の苦しみを連想させるような悲しい目をするくせがあった。私は通い始めて、すぐそのことに気がついた。通い始めたのは、例の件、私がどうしても隣のクラスのシダ君、好きな人に、告白する勇気がないからだった。合言葉はそのころすでに、例の件の後押しをしてくれていた友人から教えてもらっていた、合言葉は変なもので、私はそれを胸に抱えたまま何日も耐える事になった。

 “ヨナミノミナ”

 通い始めて2週間、その日はいつもより緊張した学校生活を送った、掃除も、昼食も、授業中も、どこか浮足立ったような様子があった。自分でも感じられるほど、貧乏ゆすりもしていたし、よほどひどかったんだろう、いつも学校がおわったあと、塾などない日を見計らって占い店に向っていた、その前に二度ほど、例の合言葉を告げようと思った事があったが、大人の男性のもつ威圧感に気がめいって私の口はその言葉を吐く事ができなかった。

 占いが終わると、私は今が頃合いだ、と思って、緊張しながら占いが終わったあと、彼の憂いのある瞳と目を合わせるべく、入口のカーテンから、ふりかえり、彼を見下ろした、彼は手元の資料に目を移していて、私がいつもの小さめの丸いテーブルをへだてて、店にきた客用の、背もたれのないパイプ椅子にすわりなおし、謎の合言葉を言った瞬間、彼は硬直したようになった。

 “ヨナミノミナ”

まだ黙り込んでいたが、彼は少し間をおいて、目を伏せたときのような、病んだ闇を瞳の奥深くに宿して、その瞳で私をみて、ニヤリ、とわらった。

「自分も好きな人と魂を交換してみたい」
「相手に合意は?」
「とりつけてあります、それにここでは確認するのでしょう?」
「でも、それでもたまに、罰ゲームでってそんな程度の合意で試そうとする人もいるのですよ、若さとは恐ろしいです」

 それから占い師のリドルは、値段の事や、両親との相談のこと、悪い噂を立てない事などを条件に、いずれ準備が整ったらもう一度ここへくるようにと言い聞かせてくれた。私は、部屋を出る時に寸前で彼が言い残した事を想いだした、呼び止められて振り返る、彼はニコニコ顔でこういった。初めこそ彼は硬直したが、私の要件がわかると、すぐに私に親切に接してくれた、なので私も、彼を信用していた。

「ひとつ言ってなかったことがあります、重要な事です、この“魂交換”を行った人には、注意事項として、はじめに、全てのお客さまに伝えるようにしてあることです、いずれ話す事もあるでしょうが、それにはまだ……時間を要するでしょう」

 彼は腕をくみ、机にそれをのせてくだけた姿勢で私にそういった、店を出ると、すぐ向いのコンビニに向い、アイスコーヒーをかって、どのくらいの期間を必要とするか、自分のメモ帳のスケジュールを見ながらいくつか推測を立てながら家に帰った。

 私はそれから数週間の間も彼の占い店に通っていた。何よりもまず、好きな人に相談するまでには、彼の、占い師リドルの秘密にしている事を読み解く必要がある、と考えたのだった、彼はオカルト本が好きらしく、私のおすすめを古本屋で買いあさりもっていくと、私の悩みがなんだったのか、というくらいに簡単にその秘密を打ち明けてくれた。

「魂とは、何だと思いますか?」
「魂?その人の、個性ではないですか」
「いいえ」

彼は即答して、私のと彼を隔てたつくえの上に右ひじだけをおいて人差し指でチッチッチとメトロノームのするような動きを示した。

「いいですか、人間は自分を神秘的なものだと考えています、ですが違うんです、これは私がいくつもの呪術を知っているからこそいえるのですが、“トリップ”して人と人の魂をいれかえる、ここまではあなたは、合意の上ですね、しかし、魂とはプログラムに過ぎないのです。プログラムとはある所定の動作をし続けるもの、という意味合いで使います」

「そういうものなんだ、それの何が問題ですか?」

 私は、やせ我慢気味に彼の言葉を遮るように急き立てた。それを見透かしたように、彼の深い闇をはらんだ瞳は、私の奥の、さらに奥の私の魂さえもみすかしているように、不気味に、にやりとわらった。

「魂を入れ替える、その時間はいくつかのコースで選べます、ですが、これは個体差によりますが、ある限度のようなものが存在しているんです」 
「限度?」

 私は首をかしげた、そして、推察した通りの言葉が口をついてでた。

「それは、自分の魂がなくなるという、こ……」
「いいえ、もっと不思議な事です、たとえばあなたが交換したい、その人の魂とあなたの魂が境界を忘れて混じり合う事があるんです」
「え?それって、どういう」
「魂は、“自我”なんてものを詳しく認知していない、魂はただ、昨日と同じ時間を繰り返しているだけなのです、人の体の細胞だって、物質的には
入れ替わっていっているでしょう、魂はもっと、生物にとって普遍的で、代替能なものなのです、だからこそ、“魂交換”の呪術が行える、ですがデメリットもあります、“呪術”とは常にデメリットを必要とします、ですからあなたの好きな人と魂を交換して、遊ぶ、それもいいでしょう」

ですが、ときってひきつった笑顔で深刻に、彼は長い話しを続けた。

「近頃流行のこの“魂交換”ですが、デメリットを明確に話す占い師はそれほどいないでしょう、私は、貴方を信用してこれを話します。たとえば今の例ならば、好きな人と魂の一部が入れ替わる、そういう事もあるという話でした。それならまだ、いいという人もいるでしょう、でもたまにいるんです、あまりにやりすぎて、動物や、得体の知れない何かの魂を自分の魂の一部と混じり合わせてしまうような人が、だって、死んだ者の魂は、毎日そこら中をうようよ歩き回っているのですよ、あなた方だって信じているではありませんか、そういった物の存在を」

 私は、その日からめげて、占い店に通うのをやめた、結局その時好きだった彼に告白することもできず、中学生活を終えたが、オカルトとのかかわり方、距離感、そして自分の痛い部分と向き合うために起こった出来事だと言い聞かせるようにして、それから私は少しずつ常識人としての道を歩み始めたのだった。

まがさすとき。

まがさすとき。

都市伝説、“魂交換”という、ある占い店、特定の占い店で流行っている“呪術”の力をかりて、 自分の想いを好きな人に伝えようとした少女の物語。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-02

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