妖怪の使い手。

 妖怪は死んだか?こんな時代に、妖怪が生きているはずがない、大部分の人間はそう考えるだろう。人の住む場所には常に明かりがともり、映像や写真なら、いくらでも、どんな人にでも簡単に修正ができる、それが今の時代だから……。
それでも、どこかには、そんな時代でも妖怪はいるに違いない、そんな風に考える子供もいるだろう。
 夜まで明るく、電燈やコンピューター、人工知能が働き続ける街、ロアという国の、ニアという都市、その大都市の、スローフという劇場の近い、ある南の一角で、夕方ごろ、ある日大雨の中、二人は出会った、妖怪の使い手メアと、純粋な一般人の少年レド。

 メアは夕方にしか現れなかった、レドが外に出るのはまれだった、生まれつき体が弱く、小学生でありながらパソコンいじりや、パソコンの勉強、プログラムの勉強ばかりしていた。
「きっと役にたつだろうから」
母はうちでにたようなプログラミングの仕事をしながら、いつもレドの面倒をみていた、確かに母はやさしい、だが四六時中ずっといるのは、親と子供というものは、概して適当な距離感を必要とするものだから、特に嫌いなわけでもないが、心配症の母に声をかけられたり、あれこれ押し付けられることが、いやになる事もある、だから時に、レドはそんな毎日に息苦しさを覚えることもあった。

 メアは自由だった、近所に住んでいるという話だったが、それ以外は詳しくしらなかった。メアは妖怪を操る妖怪の使い手なのだといった。レドはそのころ、あまり外にはでず、世間知らずの生活をしていたものだから、そんな彼の奇妙な言葉や、奇妙な仕事について、あまり違和感を覚えなかった。
メアは夕方とともに現れて、レドの住む集合団地のそばでうろうろとしている、初めに違和感をもったのは、友達になって三日目の事だった。近所の子供とは、それなりに仲良くしていたし、名前の知らない人間も、あいまいな人間も、子どもの事だから、それなりに仲良くするものだった、おまけに集合団地といえば、ただのマンションとは違った距離感を持ち、独特の文化体形や、噂話、コミュニケーションの性質を保有しているものなのだ。それは建物の外見に似て、どこか古臭く、おせっかいで、泥臭いものもある、好奇心の集まりだった。

 メアとレドが出会ったのは、レドの住むマンションのエントランスホールのすぐ前だった。夕方、コンビニによってくるといって家をでた、その日一日体調がよかったので、忙しそうな母を後目に、一人でお散歩がてら、コンビニにアイスを買いにでかけたのだ、きっと母も喜ぶはずだ。
 エレベーターはつかわないので、外側の階段をつかい、エントランスホールへおりると、カッパをきた同年代ほどの少年が、中身のないトリカゴを手に、入口のはしらにもたれかかったままスマートフォンに目を落とし、何かしらのアプリを使って遊んでいるようだった。彼は陰気に左側の口角をもちあげて、一人でたのしそうに、片手でスマホをいじっていた。
「やー君、ねえ、トリはいないの?トリは、今度くるの?」
「ん……?君は?」
「僕?僕はレド」
「ああ、俺、俺はね、メアっていうんだ、それからこいつは、ヤーだよ」
こいつ、といって、スマホを掌で隠したまま人差し指と親指で籠の中を隠した。その顔は、やはり陰気にわらっていたが、目が青い少年で、それでいて特段外国人といった様子のない顔立ちで、奇妙に思えたのだった。

 初めてレドが、メアに違和感を持ったのは、彼が言う通りの不思議な事がおこったからだった、それは一つ目は、彼のペットが見えたことだった。
彼が籠の中に飼っていたもの、それが彼の眼に見えたとき、彼は悲鳴をあげた、それはネットの世界や、家にある奇妙なオカルト本の中でしか見たことのないような代物だったからだ。
 「ヴィオニッチの転写本」
 本というだけあって見た目はその通りだが、ただ一つおかしいところは、表だか裏だかはわからないがその顔の表面にどう考えても生身の、生きた人間の顔が、表情の動きをともなっているものがその前面の部分だけしっかりと固定されて引っ付いている事だった。そして彼は、平気でしゃべり、自己紹介をした。

 「こんにちは!!ヤェーイ」

 「は?なんで、は???」
 
 メアはその籠を常に持ち歩いていたが、レドは三日目にして初めてその中に得たいの知れない怪物がはいっていたのをみたのだ。
  「あれ?おかしい、さっきまで何も籠の中になかったのに」

 それに気がついたのは、夕方ごろ、休日という事もあって昼間から遊んでいた二人は、やがて団地近くの公園に腰をおちつけて、べらべらしゃべったりサッカーをしたりしていた、それもつかれて二人でスマホで動画をさがしてたりしていたが。丁度奥の滑り台の滑り終わる箇所にメアがいて、上る箇所にレドがいた、外にだれもいなかったので、その格好のまま、スマートフォンゲームを一緒に遊んでいて、籠は二人の間にあった。ペットと思わしきその本は一人でにしゃべったが、メアは籠の中のペットの、それにきがついたような顔の動きと、しかるようなそぶりを見せたあと、レドがそれに気がついたと悟ってメアは、顔をかくして、口角をあげた。その様子をみて、レドはたまらず声をあげた。

 「おかしい、さっきまでここに何も入っていなかったよ」

 そのときだった、二人の間に影がさしこみ、
 「メア」
と声がした、はっとして顔をあげたとき、そこにいたのはきれいな顔をしたスーツ姿の女性だった、髪は顔の半分を隠すほど額にかかり、憂いをもったような瞳が、困ったようにレドの親友を見下ろしていた。
 「イア、あ、母さん、今帰ろうと思ってたところだから、ごめんね、レド、帰るよ」
そういって彼は、母と呼んだ女性の手をにぎった、
 「ごめんなさい」
あせったようにおじぎをして、母もまたレドと同じようなことをいってさっていった。自己紹介をした人面本は、いやに、まるでロックスターのようなテンションをもっていた、もう一度あの声が聴きたい、そう思った。

 それからしばらくメアは、しばらく籠をもってはこなかった。2、3日顔を見ないな、とおもったら、次に現れたときには、なんだかいつもより明るい様子で、ゲーセンにいこう、とさそってきた。その日はじめて、レドはゲーセンという場所にいった、もし母がその場所にいたなら、強烈な罰を受けた事だろう。また仲良くなったときには、籠は再び彼のお供をするようになった、もちろんその中のペットも、そしてペットとレドも、仲を深めていくのだった。


 
 二つ目の異常は、今でも何だかわからない。それはある意味で二人の仲を引き裂いたし、あるいはむしろ絆を深くしたともいう。ある日、彼は電車の路線の通る高架下を通りかかった。それは家からコンビニにいくときに必ず通りかかる道で、彼はいつものように散歩に出かけたが、途中で体の調子がおかしくなり、コンビニまで行かずに戻ってきたのだった、そこで彼は、横たわるセーラー服の人間をみた、そのそばに、親友のメアが呆然と立ち尽くしていた。
彼は電車の線路が渡る高架下にて、彼のペットの、トリカゴをあけ、ペットに人間の死体を食わせていた。初め、レドは呆然として立ち尽くし、その様子を眺めていた。なぜなら、法律や社会規範、それにもまして、そこには違和感のある“非常識”が存在していたからだ。

 確かにメアは、悪いことをしていたのかもしれない、だが、横たわる人間は、どう考えても、人間のものではなかった。両肩から長い角が生えている。しかしもっとおかしいことがあった。レドが籠の横向きについている蓋をあけていたようで、ペットは籠から顔だけをのりだして、その人間の、よくみると、死骸らしきもの、口を赤くして、それをくっていた。

 レドが彼と彼のペットいつかの“ヴィオニッチ転写本”の様子をみていた間にも、幾人もの大人が、通行人が、そのそばをとおりすぎていった。が、誰もそちらをみず、あるいはまったく見えていないようだったからだ。
  (あれは人間ではない、なら、なんであんなことをしているのか?どうして?彼は何をしているのだろう)
 とにもかくにも、レドの心臓は、早まる事をやめなかった。そしてレドは、メアとペットの存在について仮説をたてた。ペットは、あるいは彼も含め、妖怪だった。レドの記憶にはは、ある裏付けのなりえる説得力をもって出来事があった。
 (いつか僕が籠の中の正体について、初めて気がついたとき、近所の友達にレドの籠の中を見るようにいったが、誰一人としてその籠の中をみて、人面本がそこにある、と見えたものも、信じたものも、納得したものもいなかった)
 誰に指をさしてここに何があるかわかる?と聞いても無駄だった、ということは、レドとメアにしか、それは見えていなかった、それに反してメアにはそれを不思議に思う様子も、自慢をする様子もなかった、なぜ、そのことをしつこく問いただす事をしなかったか。それは、レドはきっと、メアがそれについて語りたがらないことに理由があって、子どもながらに、そのことについてレドは“友人同士の約束”のようなもので、深く聞く事は親友としての関係を蝕む恐れがある、と考えたからだった。
「 あれはこの世ならざるものなのだ 」
 思い切って声をかけたとき、親友のメアは、ジュースをおごるといってコンビニに案内してくれた、そして、この世ならざるもの、として示したのは、高架下に横たわる、あの死体の事だった。死体は、レドが電柱の影にかくれて目を覆っていた内に既に姿をけしていて、今度はかわって電柱のそばにメアがたって、レドを見下ろしていた、その目は、威圧感がまじっていた。
「 幽霊? 」
そう聞くと、メアは答えた。
「 似たようなものかな、あれは、人間ではないんだよ、気にするな 」

レドは、いつか、初めて自分が籠の中の存在にきがついたとき、二人だけの秘密では悲しかったので、籠の中の存在について近所の友達に聞いて回ったとき、
「かごなんてないよ」
とか
「だれもいないよ」
とか言った子供がいたのを思い出した。そうだ、あのとき、メアの存在に誰もきづかなかった、そして今も、見下ろすと、メアには影が存在しなかった。だがその日も、彼は何もかわらず、親友からジュースをおごってもらったのだった。

妖怪の使い手。

妖怪の使い手。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-01

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