つける嘘の領域
ひとりの女性が語りをやります。少し変わった女性というイメージで書かせていただいております。彼女は何を抱えているのでしょう。物語は全てフィクションです。気楽にお読みください。
嘘は得意でしょうか。
嘘が上手いということが、何かを壊すことが有り得ましょう。
しかし、何かを作ることもできますよね。
そして嘘は悪いのでしょうか。悪くないのでしょうか。
おそらく、一概には言うことのできない深いものではないのでしょうか。
小娘の私が語るなんて無粋なことにお思いでしょう。
でも、少しくらいお暇なら一緒に考えてくれても良いではないですか。
・・・嘘ってなんなんでしょうね。
私が道を歩いていますと小さな男の子が走ってきました。
私のすぐそばで、大きく転んでしまったんです。
大丈夫ですか、と声をかけますと、
大丈夫・・・。と痛みをこらえた顔で頷きました。
これは、嘘ですよね。きっと、そう。
この子は本当は痛いのに、大丈夫だと言い張るのですからこれは嘘でしょう?
人間はときに、強がった発言をするんだと思います。
それを証拠に、反対側の歩道を歩いている中学生の女の子たち。
どうやら恋のお話をなされているのでしょうか。
やめてよ、違うよ。別に好きじゃない。
きっと、恋のお話でしょうね。否定的な彼女の声は、反対側の私にまで聞こえます。
でも彼女のお顔は真っ赤です。まるでりんごのようですね。
その言葉は、本当の言葉ですか。嘘でしょう?
きっと恥ずかしい気持ちの方が前面に出てしまうのでしょうね。
彼女は嘘の否定的な言葉しか言えなかったのでしょう。
けれど、彼女の嘘は悪いものですか?
男の子の嘘は悪いものでしょうか?
何を言ってるんでしょうね。当たり前のことを私は。
良い悪いだなんて、決められるはずはありませんものね。
どうして嘘について話し出すのかって?
あなたが思う嘘を少し広げてみたいというのもあります。
あとは、今からお話する嘘を許してほしいという私の勝手な詭弁でしょうか。
ただ、罪を軽くしたいという勝手なお喋りにすぎません。
それでも、聞いていただけますか。
私が彼と出会ったのはそう6年ほど前のことです。
花屋で働いていた私が迎えたお客様、それが彼でした。
彼はお見舞いに花束を作って欲しいと言って来ました。
私はもちろんその時花屋としての仕事をこなします。
そして彼はありがとうと言って店を出るのです。
これが1年続きました。
その一年の間は少しずつ会話を交わすものの特別な感情を抱いていたわけではありません。
彼も、私のことをきっと店員として見ていたことでしょう。
そして1年経ったある日、彼が浮かない顔で花屋に足を運んだのです。
もう花束はいらなくなるかもしれない・・・と。
彼は有名な企業の跡取りだったのです。
そして、祖父の命が後少しだというのです。
感情的に沈んでいる彼をどうにか慰めたいと思いました。
「きっと、貴方を待っておられます。」
そう言って、いつものように花を包みました。
そしていつものように花束を渡すときでした。
私の手をとって彼は涙したのです。
「ありがとう。この一年貴女の笑顔に救われました。」
その時、はじめて私はこの人を愛おしいと思ったのでしょう。
心が苦しくなりました。
とても息苦しくなりました。
笑顔で返すしかできなかった・・・これは今でも少し後悔しています。
彼は穏やかに微笑んで花屋をあとにしました。
私は、恋に落ちました。
彼は花束が要らなくなってからも花屋へ訪れました。
たわいもない会話、距離感の掴めない送られる帰り道、二人で財布を出しあう夕食。
私たちは互いに惹かれあっていました。
でもそれが長く続くわけはないのです。
私は小さな花屋の一店員、彼は大企業の跡取り。
生きる世界が違いすぎたのでしょうか。
彼の身内の方だったと思います。
お金の入った封筒を手渡し、彼をふってほしいと頼まれたのです。
私は混乱したと思います。当時若かったですし。
でも混乱しながらも、封筒はお返ししました。
「お金が必要なわけではありません。彼との時間が大切なのです。」
その彼の時間を割いていいのは君じゃない。
そう、言われました。
結婚を考えたときの彼の一番よい相手は貴女に勤まりますか。
私は本当に若かった。だから、彼にとって一番の方法を取らなければと思ったのです。
貴方よりも大切なものが出来てしまいました。お別れしましょう。
私は存外落ち着いていました。
彼のため、彼の生きる時間のため、そう考えると自然と言えました。
嘘。最初で最後の彼への嘘。
彼は首を横にふりました。
私の手を握りました。震えていました。
でも、私は嘘を突き通しました。
「貴方は幸せになって。」
それだけは伝えたくて彼に言いました。
彼は泣いていたようでした。私は、涙が出ませんでした。
私はそれから花屋をやめて、地元を離れていました。
何度か花屋のオーナーから、彼が来たよと伝えられました。
でも、私は彼に会うことはありませんでした。
そして、今、地元の町を歩いている最中です。
6年が経ちました。
帰ってきた理由は、花屋のオーナーから伝えられた彼の結婚のはなしでした。
ようやく、彼は幸せになる時間を手にいれた。
もう、地元を離れる理由がありません。
もうすぐ働いていた花屋です。
オーナーに挨拶にいかないといけません。
見えてきたのは花屋の前に立つ、一人の男性です。
「どうして…」
言葉を失い、それでも冷静でいようと装います。
結婚おめでとう…と言わなければ、その気持ちさえ嘘だと悟られないように。
「嘘です。」
何も言う前に彼が口を開きました。
彼はそっと近づき、私の目の前に立ちます。
「結婚なんて嘘です。」
私の冷静は一瞬にして消え去りました。
彼は私の頬に触れ、流れる涙をぬぐってくれて。
「これでおあいこですね。」
彼は穏やかに、それでいて優しく言います。
すべて、すべてばれていました。
私の嘘、私の思いまで。
「幸せになってほしい、あの時の言葉が嘘でないのならお願いを聞いていただけますか。」
私は泣きながら頷く。
「貴女の傍にいることが幸せなのですが、いかがですか。」
私はあの時の嘘を許されるとは思っていません。
それでも嘘は必要だったのかもしれません。
彼の言葉に強く頷くきっかけをくれたのですから。
つける嘘の領域
長年終わらなかったこの話がようやく終われました。
終わりは最初から決まっていたのに、書くのを忘れていたのが本音です。
放置しすぎましたかね。とりあえず、二人は困難を乗り越え幸せになるようです。
この話の続きを待ち望んで下さった人お待たせしました(いないと思うが)。
完結です!