老人星人
「私は死んでもあの人をかばい続けます」
人通りの少ない街路、たしつくし、両手を広げる女の子、夕闇に街燈のスポットライトがともる、少女の頭には羊の角がはえている、衣装はコルセットのようなもの、その模様が続いて、背中に模様がのび、その末端では、境界もあいまいになり触手のようなものが生えている。
やがて少女がうつむくと、同時に触手は少女が見あげる月とはまるで別の左方向をみて顔をもたげ、ひとりでにするすると伸び始めた。
「たとえ地球に住んでいる多くの宇宙人の立場が悪くなったとしても……」
少女は目をつむり思い出す、記録媒体は少女の手に残っていないが、今もその肉声は脳裏に残って、ある特別な説得力をもって伝わり、反響し続けている。
ある老人がいた。それは少女の師匠だった。人間とともに生きて、人間とともに死んでいった。しかし彼は、あまりに人間と親しくなったために寿命を縮め、あるいは人間にうとまれ、仲間を危険にさらし、細々と暮らしていかざるをえなかった。
少女の触手、野生のカラスに手をかけた、触手の先端が、法則を無視したように巨大化し、巨大な人の頭蓋骨の形になり、その綺麗に生えそろった歯がむしゃむしゃとがむしゃらにカラスをむさぼり食った、それはカラスの死骸だった、だがそれさえ―—宇宙人の規則に逆らう事だ——宇宙人の規則、宇宙政府の決定。人間から地球を取り戻し、地球人をせん滅する事、本来ならば彼女もーー人間の捕食をしなければいけなかった。—―
かつて宇宙人は、人間に期待し、人間にこの星を託した、けれど人間は結局のところ、できあがったのは、付け焼刃の社会システム。人間は常に、他者や惑星の脆い部分を破壊していった。彼等は、自分の中の欲求を抑えられない、時代における秩序によって欲求の対象をその都度変え続けているだけだ。彼等の中の誰も、その時代の欲求をコントロールする事はできない。
その統率力のなさにおそれをなした宇宙政府とその下部組織、恒星評議会は、地球人のせん滅を決めた、しかしある老人だけは逆らった、何十年、何百年も一人で戦った、それは何億光年も離れた星の長老だった、彼もまた母星を傷つけた種の末裔だった、だが星と共に死ぬことを選ばなかった、その人間は老人となり、恒星評議会のメンバーとなり、その権限を持ち拒否権を利用し、只一人星の破壊に反抗し、この星とともに死ぬ事を選び、そして、この星の人々が、星と共に滅びるまで、宇宙人は人間に手を加えるべきではない、と訴え続けていたのだった。
少女は触手の先でカラスをむさぼり食いながら、そして、地球式の挨拶をした。
「ごちそうさまでした」
彼女の背後には、彼女の暗殺をたくらむ宇宙人がいた、彼は頭から拳銃をはやしていた、少女は木陰に隠れる彼に気づいていたが、敢えて逃げなかった、運命とともに死ぬ、老人の生き様に感動していた。それは彼女が、宇宙人の老人の中に見出したものがあるからだ、少女はただ長く生きるだけではない、宇宙人の中で、老人と同じく、生命の美意識を見出したのだ。
老人星人