浮遊霊になって数日が経つが、はっきりいって退屈である。
 半透明に透けた手足をぶらんとさせて下界を見下ろしてみれば、そこには見知らぬ街の風景が広がっているのだけれど、なぜだか何の新鮮味も感じない。日本の街なんてどこも同じような景色だ。新鮮味を感じろという方が無理な話だ。
 しかし、このあまり変わり映えしない街並みに嫌気が差しても、僕はどうにもそこから離れることはできないようだった。動かせるのは半透明の手足を少しと首だけで、イメージの中の浮遊霊みたいにどこでもぴゅーっと飛んでいくような真似はできなかった。なんというか、雲みたいだ。風に流されるままに、自分の意志ではどこにも行けない雲。
 まあ地縛霊よりはマシだったのはないかと思う。ずっとそこに縛り付けられているよりは、宙を浮かんであてもなく漂っている方が、少しは飽きも来ないだろう。しかし、それも二日か三日程度で、数日もしてみれば地縛霊ともあまり変わらないのではないかという感覚になる。むしろ地縛霊の方が、その土地の中を自由に動き回れそうだ。
 何でこんな浮遊霊なんかになってしまった。考えてみてもわからない。自分が死んだことは確かにしても、それ以外のことがはっきりしない。いつ霊体になったのかとか、そういうこと。如何せん暇と時間だけは持て余しているものだから、ひたすらそのことについて考えているのだけれど、別にこれといったオカルト的な知識や体験談があるわけでもないので、答えなんぞ出るはずもなかった。答えなんて出なくてもぐるぐると思考を巡らせることで、退屈を潰すことが精いっぱいだった。まあそれでも退屈なのだけれど。
 飛行機が頭上を通り過ぎて、カラスが下を横切っていく。何とも微妙な位置を浮遊しているもので、何かと出くわしたりもしない。出くわしたところで自分が見えるのかどうかは知らないが、少なくとも霊同士だったらわかるかもしれない。そうだ、自分以外にも浮遊霊がいるはずだ。なのだが、今のところそいつらには出会っていない。自分とは違う方向を浮遊しているのだろうか。浮遊霊とは、同じ極の磁石みたいな機能でもあるのか。いつか出会えることを期待しながらも、延々と続く空にうんざりしてため息をつくのだった。
 そんな最中だった。
「あの、私と同じ浮遊霊ですか?」
 少し幼い響きの女性の声だった。思わず顔を上げると、目の前に自分と同じような半透明の身体を宙に浮かせる女性と目が合った。年は自分と同い年くらいに見えた。
「はい、そうです、浮遊霊です」
 浮遊霊になってから人に声をかけられたのは初めてなので、つい上擦ったものが出た。
「良かった、やっぱり私だけじゃなかったんですね」
 女性はほっとした顔をしていた。
「ぼ、僕も浮遊霊は自分だけなのかって、ちょっと怖くなってたんですよ」
 声は上擦ったまま。
「そうですか、それじゃ一緒に行きませんか?」
「はい? 一緒に?」
「そう、一緒に」
 女性は手を垂直に上げるように指示した。そうすると、女性もそのような体制になってだんだんと近づいてきた。そして、僕と女性の手のひらがぴたっと重なった。と思った瞬間、手のひらと手のひらの間が輝きだし、眩い光を放ち始めた。真っ昼間の太陽の下でもわかるほど、黄金に煌めく光だった。
「これで浮遊霊は真の自由を手に入れます」
 女性がそう言う頃には光が消えていて、僕は自分の霊体の異変に気付いた。自由に身体を動かせるようになっているのだ。試しにぐるぐると飛行してみる。どこへでも飛べる。それこそぴゅーっと効果音がつきそうな感じで。雲から一気に鳥になった気分だった。
「さあ、行きましょう。どこへでも」
 女性に笑顔で誘われるまま、僕は飛びだす。青い空の向こうへ――。
 
 そこではっと目が覚めた。
 きょろきょろと視線を見渡してみても、下は相変わらず何の新鮮味もない街並み、上は嫌になるほど青いだけの空。僕の身体は半透明で、そして自由には動かなかった。
 どうやら霊も夢を見るらしい。
 アホらしい、と僕は少し自虐的に笑った。
 街並みも空も延々と続く。延々と、そう延々と――。
 僕は自由のない浮遊霊だ。昨日も今日も明日も自由のない浮遊霊だ。いつ成仏するかは知らない。
 退屈な晴天の中だ。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-29

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