呪いの掟

 暗い廊下に響き渡る足音、奥へいくと、左は突き当り、正面にはドアがある。右側から大男が現れた、近づくとドアは軋んだ、その軋み具合と見た目から、鉄製のドアらしい。彼の足は前のめりになっている、押し込んでいるのだ、男がさらに力をこめると、ゆっくりとひらかれていき、そこは大きな蔵になっていた。その闇の中、男の声で、何事かつぶやくのが聞えた。
“ここにある品々すべて呪術のための品です、保存に適した環境で、部屋全体に施してある術によって、呪いのエネルギーは術によって反発しながらも、均衡を保ち、呪いの力を放出せず、蓄え続けます。ですから、ここに置いてある限り呪術や呪術のための道具、呪いはほぼそのエネルギーを消耗しません”
「へえ……」 
 女性の声がした、女性の姿がある。男の姿はトレンチコートに中折れ帽、彼の姿は蔵の中に消えた。その背後に女性がいた。女性は質素な襟のないコートに、上衣は二ットに、下はスカート。長い髪は後ろでたばねて歩き方は落ち着いたイメージ、足音からヒールのある靴らしい。男が先導して蔵の中へ女性をうながすと、ゆっくり閉じていく重そうな鉄扉をさけるように女性は中へと急いだ、男が手招きしながら中を案内する。広く長い部屋がドアの正面からまっすぐ続き、天上に届きそうなほどあり、それがいくつもあり、密着し奥までつづいていた。女性は感心しながら中をみていた。蔵の中の最奥には電灯がついていて、その光があたり二人の顔をてらすと、男も女性も驚くほど目の下に黒く深いクマがあった。
「あっ」
女性はふと右側の何かをゆびさした、それは女性では届かないほどの高さの段にあったひとつの壺だった。男は口角をあげ、不気味な笑みをうかべる、屈強な筋肉、こわばった顔の形、頬肉、眉を動かす筋肉さえ発達して、肩幅がひろく、コートの上からでも様子がわかる、体も肉付きがよさそうだった。
「すみません、大きな声をだしてしまいました」
「いいですよオ、地下ですから」
男はまだ意味深な笑みをうかべている、女性はマスクをしていた。目だけみると、ごく普通の女性だった。
「これ、ほしいわ、すごく欲しい」
「それは……3万ですね、つかいかたはわかりますか?」
「わかるわ、見たことがあるの、あの術と模様、○○をいれるのよね」
「そうです○○です!!」
まるで男は同じ趣味を持っているという友達を新しくみつけたときのように、女性の手を取って喜んだ。女性はそれを購入すると、すぐにその場を後にした。
「またご利用ください」
女性はマンホールの下へ挨拶を返した。
「ありがとう、きっとまたくるわ」
すぐに家への道を急いだ。アパートの3階、時刻は午前2時、彼女はさっそく買ってきた壺を、キッチンの前の足の高いダイニングテーブルの上において、それを眺めた、女性は溜息をついて、しばらくの間うっとりし、つぼの中をみた。
「……」
彼女はさっそく塩と水をその中にいれた。自分の顔が見える。しかし水面は女性が運んだ時に生まれた波紋をまだのこしていて静まる気配はないほどつよく揺れていた、むしろ段々とつよくなっていき、突然、ポチャリという音とともにそれが収まった。
「うわあ!!」
そこに映ったのは、別人の顔だった、性別さえ別だった。
「こんなもの!!」
女性は考えた。
「なんでさっきの男が映っているの!!これは詐欺だわ!!明日文句をいいにいってやる、ネットで調べて、やっと運命の人を見つける方法を探し当てたのに、こんなの詐欺じゃない!!」
女性は疲れ切っていた、そして迷っていた。あの男は、古くからこの都市の地下で、何代も、何代も“呪い屋”の稼業を続けて来た男だ、そんな男が自分の運命の相手なわけがない、女性はそう信じる事にした、そして近頃、知り合い、友人、近親者が不幸な目にあって、眠る事が出来ず、疲れている事が、こんなことをした原因なのだと思った。女性が顔をあげ、外を見ると、都市はあちこちに爛々とした輝きをたもち、いまにも崩れ落ちそうな鉄骨まるだしの建物の群れは、女性の心の疲れを、そっくりそのまま表しているみたいだった。
「私は、あんな不気味な男、好きになるわけがないわ」

 不気味と言われた男は、マンホールの中で、こんなことを口にしていた。
「よくもまあ、こんなものを買っていく人間がいるものだ、これはすべて、厄介払いで放っておいても、全国各地から勝手に、しかもただで集まってくるようなものばかり、へんなところに需要と供給の関係がある」
男は体をゆらし、けたけたと笑った。
 そうなのだ、ここはよく、オカルト業界界隈では呪いの専門店と噂されているのだが、実はここにある品々のほとんどは、素人がただ黒魔術や呪術をかじって、失敗して、どうにもならず送り付けて来たような粗悪品ばかり、この男はそれに術をかけなおして売り物にしている、それが粗悪品でないかどうかは、オカルト界隈の事なので、彼自身意外、誰も確かめようがないのだ。

呪いの掟

呪いの掟

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-28

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