名前のない人

今年で23歳、体はまだ、10代のままの美しさを保っている、これもこの時代に生まれた人間の特権、だけど私は、とても寂しい。私は発狂する。私は機械的な顔面を手に入れた。22世紀の世界では、整形など必要ない、名前や個人IDが同じでも、昨日とまったく違う顔の人間がいる。私も同じだ。日によって違う顔をつけ、ひによって違う男性からの好意を買う。だから退屈はしない、だが先日、お金持ちの男性からデートにさそわれ、高級料理店にいったのだが、作法が窮屈で食べ物の味はしなかった。ブランドバックを買ったが、それも荷が重い、人から憧れる事に慣れない人は無理をしないほうがいい、いらいらしてきて、大声を出してしまう事がある。それが自宅でなかったら、私は完全に社会的に悪い立場になっていただろう。

私は発狂した。22世紀の世界では、性別さえ昨日とは違うものを選ぶ事もできる。私は女性のほうがすきなので、初めて男性の体を手に入れることができた21歳のとき、とても嬉しかった。その体はたくましく、それでいて痩せていた。好きだった同性をものにした。だが、男性の感じる幸福感とは、それが満たされたときに、なんとももの悲しい感覚に陥るのだと気がついた。つまり男性は何も求めていない生物なのだ、だから彼女を本当に幸せにすることはできなかった。そしてふと、女性だったころの感覚を思い出し、まるでずっと夢を見ているようなその感覚のほうが幸福だと気がついた。私と彼女は親友にもどった。それすら、学生という身分でなければ不可能な芸当だっただろう。彼女の前で“飽きた”と口にした自分がいまでも憎い。

私は 私は発狂した。10代の頃、完成された美しさにあこがれた、老いないからだを手に入れた。私は私の体臭をまったく消しさってしまった、それどころかすべての醜い穴という穴をカモフラージュしてしまった、おかげでのっぺりとした肌の質感と、味気のない美しさだけがのこってしまった、欠点のない世界とは、満ち足りていて、満ち足りているが故に空虚なのだとしった。周りが美しい人間ばかりになると張り合いもないし、まるでロボットの軍団のようだ。
 私は発狂している、常に何かが物足りず、それでいて、物足りているように演じる人に嫉妬している。彼等もまた、自分が満ち足りていると感じているにすぎない、私も、満ち足りていないと感じているにすぎない。つまり私は発狂などしていない。発狂しているが、発狂していない。満たされているが、満たされていない。人間とは初めからそういう、おかしな生物だったのだと気がついた、とてもいい時代のお話だ。

名前のない人

名前のない人

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-28

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