「綺麗な花には棘がある」とよく言うけれど、突き出ているはずの棘を見落としてわざわざ刺されるやつの方が馬鹿だと思う。よく棘のある綺麗な花に例えられるのは、高嶺の花的なポジションの美男美女だけれど、そんなやつらは自分の人生で縁を持つことなどあり得ないとすぐにわかるので、端から近づかなければいいだけの話なのだ。
 だから俺は昔から棘のないやつを見極めて付き合ってきた。梅みたいなやつ、林檎みたいなやつ、ピーマンみたいなやつ色々いたが、一番付き合いやすかったのは、杉や檜みたいなやつだ。杉や檜は根っこが浅いから、すぐにひっくり返る。それで結構何度かおいしい思いをさせてもらった。
 そんな感じで俺は今も人間を植物に例えて転々としているわけだけれど、今は竹のような女と一緒にいる。そいつは自己主張が少なくて、表面がつるつるしているのだ。だからどこを触ってみても、撫でてみても、殴ってみても痛くない。パチンコ台の金をせびるのにはちょうどいい具合の相手だった。
 竹女は最初のうちこそ喜んで金を渡してきたが、そのうち徐々に渋るようになった。鬱陶しいので殴った。顔面に数発、ボディブローも数発かましてやった。髪の毛を引っ張り上げたらわんわんと泣き出して面白かった。杉や檜は大体ここで転倒して俺の言いなりになる。竹女もしゅんとした表情になり、「すいませんでした」と謝り始めた。やはり竹は竹だ。脆いものだ。俺は泣いて頭を下げ続ける竹女の手から生えてくる金をもぎ取ると、鼻歌交じりに行きつけのパチンコ屋へと出かけた。そこからはもう竹女は俺に対して従順なものだ。殴られるのを怖がってびくびくし、俺が一瞥するだけで金を渡してくる。やはり相手を見極めて付き合えば、自分が怪我をすることはない。俺は賢い。
 だが、俺の賢さはどうにも抜け穴があることを知った。
 その日、俺はいつもよりも早くパチンコに負けまくって、正午を少し過ぎたところで竹女から奪った金がすっからかんになった。仕方ないので、また竹女に金をせびりに安アパートの自宅へと戻った。「おい、金」と言いながら、ドアを開けたとき、俺は一瞬その先に繰り広げられている光景がどういうものかわからず、呆気に取られて足を止めた。
 竹女が見知らぬ男と唇を交わし合っていた。男は背が高くて肩幅も広く、大木を思わせるような大男だった。
「なにしてんだ、お前ら」
 ついそう口にしていた。竹女が驚いた風に俺を見た。大男も俺を見たが、それは驚いているというよりも、憎き親の仇を睨んでいるような目だった。竹女が怯えて震えだし、大男の後ろに身を隠そうとする。俺はまだ何がなんだか理解するスピードが追い付いていなかったけれど、とにかく竹女を取り返さなければと思った。
 だから土足なのも気にせずに、靴を履いたまま上がり込んで、竹女の肩を掴んで揺すった。
「おい、本当になにやってんだよ、俺を裏切るのか」
「いや、別に裏切るつもりだったわけじゃ・・・・・・」
「口ごたえすんなっ」
 俺は大きく腕を振り上げた。そこで、側頭部に凄まじい衝撃があった。瞬間、目の前で火花のような閃光が散ったかと思うと、俺は勢いよく部屋のぼろい土壁に衝突していた。足の力が急になくなって、ずるずると上半身を壁にもたれかからせた状態で座り込む。殴られたのだと気づくのに、数秒の時間を要した。
 見上げると、大男が震える竹女を背に隠し、こぶしを握って息巻いていた。まるで薄汚い毒キノコでも見下ろすような目だなと思い、またブナみたいな男だなと思った。根っこが深いブナの木。
 大男と竹女は二人で手を繋ぎあい、俺を置いてけぼりにして部屋を出ていく。竹女は一度振り返って、「あんたが悪いんだから」と言った。それっきりだった。
 安アパートの一室で、俺だけが壁にもたれて取り残されていた。
 強く傷つけてささくれた竹にも棘がある、そんな当たり前のことを知った、ある日の昼下がりだった。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2018-08-27

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