The happy end of the world

N村Kタロウ 作

世界がもうすぐ終わろうとしていたころの、ある日の出来事。

いままで「門の掌編集」としてひとまとめにして掲載していましたが、分かりにくいので別々の作品として掲載し直すことにしました。

 ちょっとした決意をして、同じ大学の朋子に電話をかける。珍しく一発でつながった。
「もしもし、朋子ちゃん? 久しぶり」
「はあい」、力の抜けた声で、朋子が返事をした。「その声、高村くん?」
「あのさ、今からそっち行ってもいいかい」
「いいけど。なんで?」
「会いたいから。うん。会いたくなったんだ、こんなときだけど。その、実は、好きだから、君が」
ぼくはしばらく黙って答えを待った。いくつになっても、世界がこんなことになっても、やっぱり緊張する。おかしな話だ。
「それはなに?」と朋子は言った。「つまり、あたしとセックスしに来るわけ」
「朋子ちゃん? そんな言い方・・・」
「ふう」朋子は溜息をついた。「あたしはおとなしい子? こんなこと言わない子? もういいよ、そういうの。どうでもいいじゃない」
「分かるけど」
「別に、来ても良いわよ。セックス、悪くないわね。どうでもいいけど」
 電話が切れた。ぼくは出かける準備をする。セーターを着て、マフラーをぐるぐると巻いて、重いダッフル・コートを着て、毛糸の帽子をかぶる。そして革製のホルダーに出刃包丁を差した。護身用の武器は絶対に必要だ。
 玄関を出たら、雪はもう降り止んでいた。家々の屋根に薄く積もった雪は、真っ赤な空の色を映して暗いピンクに染まっていた。地球最後の夏休み。中天にかかった八月の真昼の太陽はもう、去年までとはまるで違う。輝きは弱く頼りなく、ぶよぶよと二倍近くにふくらみ、ほおづきみたいに赤かった。老人班みたいな無数の黒点が、はっきりと見えた。
 太陽は年老いた。一年後には死を迎える。
 国際天文学会がそう発表してから三ヶ月。太陽は素人目にもはっきりとその相貌を変えた。九ヶ月先には、核融合反応の燃え滓がその重さに耐えかねて太陽の中心に落ち込むだろう。そして、そのとき発生した衝撃波が表面のガス層を吹き飛ばし、太陽系を焼き尽くす。六十億人への死の宣告。だから、もう、なんだってどうでもいいんだ。
 駅まで、商店街を歩く。誰も歩いていない。シャッターの降りた店、シャッターの壊れた店。細々と営業を続けているコンビニの店先に、なぜかポリバケツが山積みで売られている。デタラメな流通でも、まだ機能しているのが不思議だ。
 電車は、実直な鉄道マンや熱心な鉄道ファンのお陰でかろうじて細々と動いている。駅の自動券売機はすべて止まっていて、改札には鉄道ファンらしい中学生くらいの少年がいた。
「電車乗るの?」、少年は首を傾げてちょっと考えた。「切符は買わなくていいよ、別に。社員の人も、もうどうでもいいみたいだもん。ホームで待ってて。もうすぐ来ると思うよ」
「ありがとう」
 十五分ほどで、一両だけの電車が来た。乗客はぼくひとり。座席はほとんどが外れ、衣服や食器が床に散らばっていた。
 車窓の景色を見ていると、走る車や歩く人を時々見かけた。火事なのか、炊事の火か、赤く照らされた雪の街のところどころから煙が立ちのぼっていた。
 運転手に頼んで朋子の家の近くで電車を止めてもらい、開いたドアから砂利の上に飛び降りた。
 朋子の街には人が多かった。どこからか東京音頭のメロディーが聞こえ、浴衣にコートを羽織った女をちらほらと見かけた。そうか、お盆だったんだ。
 朋子は大きすぎるダウンジャケットを着てニット帽をかぶり、アパートの外の階段に座って下を向いていた。ジーンズの膝の間には、武器の金属バット。彼女の細い身体で、こんな物が振れるんだろうか?
 ぼくが来ているのに気付いていないのか、朋子はそのままじっとしていた。ぼくは何分間かその姿を眺めてから声をかけた。
「朋子ちゃん、元気だった?」
「高村くん、ごめんね」やつれた顔を上げて、朋子は言った。「ごめんね、高村くん」
「隣、座っていいか?」
「うん」
 金属バットを膝の間にはさんで、朋子は階段の片方に寄った。
 隣に座ると、かすれた声で朋子は言った。
「ごめんね。高村くんと、そういうこと、わたしできないの」
「うん」ぼくは微笑んだ。
「好きな人、いるから」
「いいじゃん。いいよ。まだそういう気持ち持てるのって。そういう朋子ちゃんだから好きなんだ」
「ありがとう」
 朋子は遠くを見ていた。どんなまなざしも届かないほどの遠くを見ていた。
「ねえ朋子ちゃん、その人って・・・」
「いいの、もう」、朋子は白い息を吐いて鼻をすすった。「もういいの、私は。ごめんなさい」
 ぼくには分かった。彼女の世界はもう終わっていたのだ。そしてぼくにももう時間は必要じゃなかった。
 朋子の頭がゆっくりとぼくの肩に倒れてきた。かじかんだぼくの耳に長い髪が触れた。
 さあ早く、今この瞬間に。
 今この瞬間に、世界が終わればいいのに。
 瞬間、太陽が輝きを増したような気がした。

The happy end of the world

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The happy end of the world

世界がもうすぐ終わろうとしていたころの、ある日の出来事。掌編小説です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-08-26

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