私がクズと言われた話。

麻原 なつき

  1. 父親
  2. イジメ

父親

自分の事をクズと言われた事がありますか?
私はあります。
その話を短い話の中で語らせてください。

私は優しい母とクソ親父との間にできた初めての子でした。
私が生まれた時、父は初めにこう言ったそうです。
「女の子供なんて要らなかった」と。
これは私の祖母に聞きました。
祖母は父の事が大嫌いだったので、本当にそう言ったのかどうかは分かりませんが、きっとあの人なら言ったのでしょう。
父は言葉の暴力を私達家族にふるいました。
些細な暴力もふるいました。
眠れないと殴られました。
髪の毛を引っ張られました。
父親の口癖は死ねでした。
私は毎日その言葉を何回も何回も聞いていました。
それでも私はそれが当たり前だと思っていたし、そんな私に母は何も言いません。
だから私は幸せな家庭はココにあると思っていました。

私には弟がいます。父は私より少し弟を愛していました。
私のように打ったりしませんでした。
暗闇に置き去りにしませんでした。
広いところに置いて帰りはしませんでした。
とても幼い頃はそれが羨ましくてたまりませんでしたが、小学生になって父親に愛されるなど反吐が出る程嫌になり想像すら吐き気がしました。
歳を重ねるに連れて母と父は喧嘩をするようになりました。
怒鳴り合いは夜中ずっと響いていて、ドアの隙間からこっそりと伺っていました。
父は土日休みではなく、不規則な生活をしていました。父が帰って来ないと連絡が来た時は家族みんなでガッツポーズをしていたのを覚えています。
父は帰ってきたらご飯を食べて私達に当たり散らして部屋に帰ってはゲームをします。
眠れないと殴りに来ます。
次の日が休みならお昼はずっと寝ています。
そんな日々が続いていました。

私が小学四年生になった頃、急に両親は離婚をしました。
その頃ちょうど母の家出も多くなっていたので、そろそろじゃないかと思っていましたが、驚いたフリをしました。
心の底は喜びで溢れていました。
毎日が絶望だった、最悪だったこの家から脱出出来ると思いました。

ですが、父親と別れる最後の瞬間、私は泣いてしまったのです。
最後にハグをされました。
あの日の気持ちを今は思い出したくもありません。
少しでも悲しみがあったとしたらあの日の自分を殺したいと思います。

イジメ

父親から離れて私は幸せという言葉を知りました。母、弟、私の家庭は幸せに満ちていました。
寝れなくて殴る人はいません。
タバコを押し付けてくる人も酒を飲ませてくる人もいません。
嬉しくてたまりませんでした。
が、私は1つの感情に染められていきます。
「復讐したい」
幸せな家庭を知らなかった私は自分の10年間を潰した父親に復讐がしたいと思うようになりました。あわよくば殺したいと思いました。
もちろん、殺すだけではありません。
私自身も死んでいいと思いました。
あいつに10年も死んでくれと頼まれていたのだから、一緒に逝ってあげようと思いました。
父親の血が入ってるだけでも、自分が気持ち悪いと思いました。憎いと思いました。
だから私は父親への復讐の為に生きようと決めたのです。

何ヶ月か経って、父親は私達に近づこうとしてきました。
裁判を起こして、お金は要らないから近付かないでくれといい、なんとか命令を出しました。

小学四年生の冬、私は名前が変わったことでイジメを受けました。
目が合うとクスクスと笑われ、すれ違いざまに悪口を言われました。
ですが、毎日実の父親に死ねと言われていた私にはなんの傷にもなりませんでした。

そんな中で、小1の頃から仲の良かった男子が私に言ったのです。
やり返しても良いんだよ。と。
私はやり返しました。
イジメの主犯だった、男子に歯向かいました。
今となってはどんな事をしたかなんて覚えてはいませんが、最後にその男子が泣きながら「お前なんか死ね、死んじゃえ」と殴ってきたのは覚えています。そして、先生から私が怒られたのも覚えています。

そして、小学生5年生の時、幸せと絶望と憎しみの真ん中にいた私にとある出会いがありました。

私がクズと言われた話。

私がクズと言われた話。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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