滞在書

 私は大学に入学するとともに一人暮らしを始めた。大学生が一人暮らしを始めるというのは一見普通だが、私は違った。私は大学に入学するまで父との二人暮らし。父は結婚当初から酒に入り浸り、母はよく暴行をうけていた。しかし、母はそんな夫でも溺愛しており、離婚を考えていなかった。それから一年後、ついに愛想が尽きたのか暴力から逃れたかったのか、私を産むと同時に出て行ってしまった。というのもあり、私は父からの虐待から耐えながら高校にも通い、自ら一人暮らしを始めた。

 ある日、バイトも大学もなかったのであまり外出もしない私は暇つぶしに外へ出かけた。すると、いたって普通なファミリーレストランを見かけたので、
「たまには…」
ということで入ってみることにした。「たまには…」といったが、私は初めてのファミリーレストラン。というのは過去のこともあり、外出はほとんどせずにバイトや家では勉強ばかりしていたためである。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか。」
店員が出入口から入ってくる私に向かって言い、それに対し私は頷いた。
「おタバコはお吸いになられますか。」
「はい。」
そう答えると、さぁさぁこちらと言うかのように店員は私を喫煙席に招いた。確かに私は20歳になってから喫煙するようになったが、その時は吸う気もなかったし、初めてのファミリーレストランということもあり、そのままの意味を受け取りつい頷いてしまった。
「まあ、座れればどこでもいいか。」
と案内された席に座り私は日替わりランチとドリンクバー注文した。すぐに頼んだ注文が机に置かれ、一口食べると
「外食もなかなかうまいものだな。」
と感心しながら食を進めた。
 食べ終わると、なくなっていたドリンクをつぎに行き、そのドリンクを飲みながらよく持ち歩いている小説を読んでいた。
入店から30分後、小説の世界に入って時間を全く気にしていなかったころ、そのわれの世界に入ってくるかのように突然店員から声をかけられた。
「あの…すみません」
「…あっ、なんでしょう。」
「誠に申し訳ないんですが、入店から30分が経ちました。ですから、そろそろ…」
「えっ…!?なぜ出なければならないんだ?2時間いるならまだしも、まだ30分しか経っていないぞ!?」
 確かに私はファミリーレストランに初めて入ったが、決して知識がないわけではない。友人がよくここのファミリーレストランを利用して数時間勉強しているのを聞いたことがある。
「小説を読んでいたわけで、特に店に迷惑をかけていない。お金だってちゃんと払う。ましてや私が入る前からいる客だっているじゃないか。」
「確かにおっしゃる通りです。」
「ではなぜ?」
「お客様、大変失礼なんですが『ファミリーレストラン滞在書』はお持ちでしょうか?」
「ファミリーレストラン滞在書…?」
「はい。国の決まりでそのような滞在書を提示していただけなければ30分以内に退出する決まりになっているのです。」
今まで外出もしなかったため、そのようなものはもちろん持っていなかった。むしろ、聞いたこともなかった。
「申し訳ございません。お持ちでないのでしたら、退出をお願いいたします。」
私は何も文句を言えず、注文した分だけレジにお金を払い、店員の
「またお越しくださいませ。」
と同時に店を出た。

「ファミリーレストランに滞在書などいるのか?」
と疑問とイライラを抱えながら一服しようとコンビニへ立ち寄った。コンビニには灰皿が置いてあり、横にはベンチがあったため座りながら吸おうと考えた。胸ポケットからタバコを取り出し、一本口にくわえライターで火をつけようとすると火事でもあったかのように中にいた店員が飛び出してきた。
「お客様!」
私はその声とともに火をつけ損ね、まるで万引きをしたかのように店員は呼び止めた。
「そのタバコ…。」
「えっ?タバコ?私が朝買ったもので万引きなどしていませんよ。むしろこの店にも入ってませんから。」
「いいえ、違います。お客様、おタバコをお吸いになるため座っているのですか?」
「ああ…確かにそうですが。あ、このベンチで座りながらの喫煙はだめですか。」
「いえいえ、違います。そのベンチで吸うのは構いません。ただ…。」
「ただ…?」
「『コンビニ喫煙滞在書』はお持ちですか?」
また初めて聞く言葉だ。しかもさっきの言葉に似ている。また、そんなものがないとダメなのか。
「そのようなものがなければ、申し訳ありません、お客様…。」
「ちょっとすみません。」
「はい?」
「そういった滞在書…?はどこで手に入るのですか?」
「はぁ…それでしたらお近くの役所などで申請すれば手に入りますが。」
 その言葉を聞くと、私は店員に会釈し、そそくさと近くの役所へ駆け込んだ。 しかし、役所は昼休みの時間とでもいうのか、長蛇の列ができていた。それを見た私はため息をつき、最後尾に並んだ。また、役所の職員は効率が悪いのか30分並んでもまだ先頭へつかない。すると一人の職員が
「あの…申し訳ありません。」
この言葉を聞いたのは今日で何回目だろう、という欝気な想いにまさかと思いながら小声で言った。
「なんですか…。」
「申し訳ありません。『役所整列滞在書』はお持ちでしょうか。」
私はいろいろ文句を言いたかったが、国がどうのこうのというのだろうとあえて何も言わずに列から抜け、
「あっ…」
と職員が呼び止めようと声をかけるのも反応せずにまた最後尾へ並んだ。
 昼休みが終わったのか、10分後、さきほどとは違ってやっとのこと受付のとろこまでたどり着いた。私はすぐ
「滞在書をお願いしたいんですが。」
というと職員は私に色々な書類とボールペンを渡し、その書類に記入事項を記入している間、職員は何かしらの作業をしていた。すると職員から告げられた。
「あの…すみません。」
もう、何かの呪文か?
「大変失礼なんですが、『日本滞在書』はお持ちでしょうか。普通は本人様が出生後、親御様または保護者様が2週間以内に申請するお決まりなのですが。なければ3ヶ月以内に本国から出なければなりません。国の決まりなので…。」
 親も日本も私の味方ではないらしい。

滞在書

ファミレスで本を読んでいたところ、こんなものがあったらおもしろいなとふと思い書いてみました。

滞在書

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-26

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