人間になりたい
そこに無限の宇宙の数多の優美な方程式が人間化しようとしていた。その数の調和した方程式は完全なる美を備えた女神を創造しようとしている。この高貴で流麗な方程式は、天使の羽を纏い天空を無限に飛翔し、神の造物主として地球上に啓示した。
ふっと存在は四次元の時空へと飛んでいった、奇跡の生命確率の媒体は物質的に微かな弱い生命反応を発する。
生命反応は弱々しいのが良ろしかろうと、仙人は答えを提示する。大教会の奥の誰も知らない神のみぞ知る時空に、素粒子は生死に変幻自在する驚異の過程。
司祭は素粒子の不可解性に何もしないでただじっと座って見つめていた。
生命の豊穣なる大海を泳ぐ人魚の遣伝子構造に、地球上の素粒子は憧れた。
あなたを神の手からそっと免れさせた。神の手にそっと絶唱的なシンメトリーの生命体を授けようと、ひそやかに宇宙の深部に宿る大密教を伝授しようと、私の手は神の手に遷移していく。
私の手が長くしなやかで可憐な神の手に飛翔していく。宇宙の朧気な胎道を通る胎児の心境は、この人間の願いの成就に、確信的な未来への大いなる憧れを抱いた。
私の内なる宇宙は生まれてきた胎児の地球への嬉しいときめきなのです。地球上の森の精霊が祈り未知なる遣伝情報を海から陸に上陸させる。
遺伝情報は陸に憧れるのか。もしくは海という遥かなる母体回帰に憧れるのか。
未妙なる神智は健気で素直に、人生の道を正しき歩む習性は、自然のごくありふれたあるがままの行為なのだとしたら、私はその生命を大好きになるのでしょう。
全ては大海と大空の無の存在のなすがままに委ねる。
何でも教えてくれる宇宙の泰然とした大らかな構造の中にただいるだけでいいのです。仏様の御道のその遠く先の菩提樹の麓にゴータマが座禅していた。
そして御釈迦様こそが、天空に輝く星々は、この世界に猿人から本物の人類の誕生を準備させたと確信していた。
私の心の準備は整い、未知なる人生の順序はきちんと整理された美麗な人類構造へと転生を起こす。人義が成せる広大な展覧夜行列車が走っている。人類の動物界の信教は大いなる未知のサガであった。
そうして、ついに明けの明星に人類は猿人を超えたのです。
人類は猿人を超えるためには、一体何をすればいいのかあなただけは知っている。
これは人類の天上絵を盛大に描いた革命家の傲慢ぶりだというのか。人類が描いたナスカの、世にも美しき地上絵の鳥の図形が、天空の天体移動と見事に調和する。
これは生命進化の科学と深層心理学との融合実験というものなのか。
この猿人を超えた人類の頭脳のまだまだいけてやがるアウトロー宇宙は、ついに天体を創造し動かした。天体を動かして自分の中の猿人を克服していくその可能性は、宇宙による全人類的な宗教の進化となった。
人類は何を創造し宇宙を動かすというのでしょう。さあ、ただその類い稀なる創造性だけで人類は全てを許せるのです。人類に残された許すための、生命進化の頂点への有限な時間。神の手による優雅な方程式の遺伝情報の創造によって、やがて猿人は人類へと華麗に転生したのです。
私を待たせてはなりません。これでも待ちぼうけなの。やはりこれからも人間は進化していき、人間らしくならなくてはならない。そんな神からの当たり前の啓示のありがたさ。
さあ、創造する人類こそ、ついに猿人を超えた。そこに神の手による流麗な進化の方程式は、ついに進化の頂点を迎えて人間となったのです。
そして、あなたは天空に行きなさい。これで天上界のマリアに初めて人間として認められなだめられるのです。
進化の頂点へと人生が正しかった事を生命誕生の最初の単細胞生物に啓示させたのです。そう、あたかも何かしら神の創造性の不可思議な事象により。
何だかなあ、サンドバッグを叩きすぎたというのか。サンドバッグを叩かせろ。進化論の頂点へ人間らしくなるために。
人間になりたい