ブランコのおっさん

 バイトの帰りは大抵真夜中になる。バイトからの帰り道、道中に公園がある。
 メッキの剥がれた遊具やベンチが並んだ、古びた小さな公園だ。
 その公園のブランコに、いつも一人のおっさんが座っている。
 おっさんは何かに落ち込んでいるように項垂れていて、顔は見たことがない。ただいつも決まって背広を着ていた。
 私はそのブランコに座るおっさんを見かけるたび、会社で毎日辛いことがあってここに座っているのかなとか、家に居場所がないのかなとか、もしかしてリストラされていて、家族にそれを隠すために毎日夜遅くまであそこで項垂れているのかなとか、勝手な想像を膨らませていた。
 ある日、その公園のブランコが撤去されることになった。
 なんでもかなり老朽化していたせいで、鎖が外れ、遊んでいた子どもが怪我をしたらしい。しばらく公園は撤去工事をしていて、その間、あのおっさんを見ることはなかった。
 ブランコの撤去工事が終わってから、久々のバイト帰りの夜。いつもの公園に差し掛かったとき、もうここにあのブランコはないんだよなと思いながら、公園の中を見やった。
 ふと何か違和感を覚え、立ち止まった。ブランコが撤去されたはずの場所に、何か雲梯のようなものがあり、そこにサンドバックみたいなものがぶら下げられているのだ。なんだあれ。私は気になって、ついつい目を凝らし、それをはっきりと見てしまった。
 その雲梯のようなものにぶら下げられていたのは、サンドバッグではなく、人間だった。しかもそれは、あのいつもブランコに座っていたおっさんで――。私は全身の血の気が引いていくのを感じていた。それはおっさんの首吊り姿だと気づいたから。
 いつの間にか私は走りだしていた。自宅についたとき、心臓が早鐘を打つ音がなかなか治まらなかった。その晩は一睡もすることができず、ただ何か良からぬものが入ってくるのではないかと恐れて、ずっと玄関のドアを見張っていた。結局何も良からぬものが入ってくることはなかったし、近づいてくる気配もなかった。
 朝になってから、私は思い出したように警察に電話した。「××公園に首を吊ってる人がいたんです」近場の交番の警官がすぐに訪ねてきた。「××公園に首吊り死体なんてありませんでしたよ」いたずらだと思ったらしく、警官は不機嫌そうに言った。
 私は自らの目で確かめに行った。もちろん日が照っている真っ昼間の公園に、だ。結果から言うと、確かに首吊り死体なんてなかった。もっと言うと、雲梯のようなものもなかった。そこにはブランコが撤去された後の、寂しげなスペースがあるだけだった。
 しかし、私はそれ以来、バイトの帰り道を、遠回りでも公園に通りかからないルートに変えた。今でも私がバイトから帰るような時刻になると、あのおっさんがあの公園で、雲梯のようなものにぶら下がっているのかもしれないけれど、それを確かめに行く気にはなれない。

ブランコのおっさん

ブランコのおっさん

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2018-08-25

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