第5話ー3

 アンナは金で彩られた剣を持ちつつも、どこか敵意の結び目を緩めた感じで倒れている前世の姉を見おろした。ふと横に土で作られた椅子を見つけると、ゆっくりとそれに近づき、腰を落ち着ける。
 今にも息絶えそうなホウ・ゴウ人。
 それを見つめ、アンナは静かに唇を開いた。
「お互い、ずいぶんと姿が変わったわね。姉上がそんな種族に生まれ変わるなんて、思ってもみなかったし、こうしてお互いに殺しあう羽目になるなんて、あの時は想像もしてなかった」
 突然、アンナは静かに語りだした。最後に自分がどんな状況でどんな気持ちなのかを前世の姉に知ってもらいたかったという気持ちからである。それがどういった心境なのかアンナ自身にもわからない。ただ語りたくなったのだ。
「生まれ変わる環境を選ぶことができたのなら、どんなに良かったか。でもきっと選べたのよね。アストラルソウルの状態からだと高次元から物理世界を選ぶことができる。どこの時代、どこの世界、どこの次元。でもあたしは前世であんなことをしたから、自分に過酷な運命を求めたのかもしれない。だからあたしの産まれた世界は、闇に支配されていた」
 アンナは自らの頭の中で追憶した。この肉体になってからのことを。
「あたしが産まれた宇宙では、男が優遇されていた。文化的には発展していたのに、男が政治、経済、文化を支配し、民主主義とは口にするけれど、女なんて政治を口にした途端に、引っぱたかれた。分る、それがどんな世界なのか?」
 皮肉にアンナの顔は笑った。
「あたしが産まれたのは金持ちの家だった。経済格差も大きい惑星で、下層階級はまさしく地下に住んでた。上流階級は高くそびえたつビルの最上階に街を作ってそこに住んで、働かなくても投資で常にお金に困ったことはなかった。でも下に住んでいる人たちは違う。ロボットに仕事を奪われて、その日を生きるのに必死だった。強盗、強姦、殺人は当たり前。法律はあったけど、ほとんど無法地帯だった。それを放っておいたからあんなことになったのよ――」
 アンナは苦い顔になった。
「暴動。一部の上流階級だけが金を独占する世界についに怒りが爆発した。本当に驚くほどに見事な暴動だったわよ。あたしの産まれた惑星の人口は100億人。その8割が貧困にあえいでいた。各国のその8割、つまり全世界の80億人が一世に各国で暴力に訴えた。それはもうロボット、アンドロイドの力、武器の力に頼っても無理だった。貧困に耐え切れなくなった人の力はすごい。人の殺すなんてなんとも思わないもの。あたしの家にも暴動の人たちが入ってきた。セキュリティで万全にガードされた家に、最初に侵入した群衆が死んだその上を踏みつけて。そして父と母は殺された。あっけなく頭を撃ち抜かれて。
母はあたしをかばって、娘だけは助けてって叫んでた。いっそあの時にあたしも殺されていれば、そのあとに生きることが死ぬより辛いと感じることもなかったのに」
 剣を握る手に怒りの力が入る。
「女に人権のない世界でまだ小さかった女の子がどんなめにあうか理解できる? 奴隷市よ。力で富を手にした男たちが次にするのは、女の選別。自分の好みの女を金で買うのよ。あたしもそうだった。そして処女を失ったのは8歳の時だった。それから男におもちゃにされて、すぐに子供ができたわ。でも、子宮自体を奪われて、さらにおもちゃにされ続けた。
死ぬより辛いってこういうことなんだって思った。不思議よね、人間って。辛い目にあってると自分じゃなくてこれは他人が受けてることなんだって勝手に思うの。そして一切の感情をなくすの。あたしは本当に生きているのか死んでいるのか、何をしているのかも分らなかった。
でもある時、不思議なことが起きた。あたしはまったく知らない場所にいたのよ。そうイデトゥデーションの要塞の中で目が覚めたの。それまでの記憶はなかったけど、どうやらデヴィルにあたしのいた宇宙は破壊されたらしいわ。本当に生き残ったのはあたしだけ。
今思うと『咎人の果実』としての運命だったのよね。こうして姉上とまた会う時のための運命」
 そういうとゆっくりと立ち上がったアンナは荒い息をするホウ・ゴウの顔の上に切っ先を突き付けた。
「長話はここまでにして、もう終わりにしましょう。姉上」
 そういって逆手に持った剣を突き立てようとしたその時、彼女の身体に凄まじい冷気が走り、身動きがとれなくなった。まさしく金縛りである。
 どうしたことか、と当惑するアンナの横眼に、ホウ・ゴウがもう1人現れた。
 そしてそれまで床に横たわっていたホウ・ゴウは立ち上がると、まるで皮膚が水のようにドロリと溶けると、瞬く間にアンナの姿へと変貌した。
「やられたわね」
 当惑から納得した様子になるアンナは、自らの長話を皮肉に思い笑った。
「今度は、こちらが話しをする時ね」
 と、ホウ・ゴウは今にも倒れそうに土壁に身体をもたげ、嘴を動かすのであった。

ENDLESS MYTH第5話ー4へ続く

第5話ー3

第5話ー3

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-25

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