異世界にて、我、最強を目指す。ー魔法W杯 Gリーグ予選編ー
魔法W杯 Gリーグ予選編 第1章
魔法W杯全日本高校選手権は神奈川県横浜市において13日間の熱戦が繰り広げられ、1年こそ優勝を逃したものの、優秀な成績で紅薔薇高校が総合優勝の栄誉に輝いた。
それが6月半ば。
総合優勝した紅薔薇高校は、7月に行われる魔法W杯Gリーグ予選への出場が大会事務局により正式決定したとの一報が入ったらしい。
昨年はGリーグ予選で予選敗退したので、今年こそは予選突破!と2,3年の先輩たちは目の色を変え、皆、鼻息も荒いときている。
1年はまだしも、2,3年にとっては去年の雪辱を晴らすための大一番である。1年にとっても、世界を見るいい機会になると先輩方は言う。
でもさー、俺のような人間観察大好き第3Gからすると、外国人の体格と比較対象として紅薔薇の全日本スタメンラインナップをみても、アシストボールやプラチナチェイスは、か・な・り、分が悪いと思うわけ。
先輩たちの意気込みはとても素晴らしいことだと思うけど、あの日本サッカーですらGリーグ予選を勝ち抜いて本選Tに出場できる機会はそうそうない。
ましてや、Gリーグ予選や決勝Tで実施される競技は、背が高く体幹のしっかりした欧米人に断然有利と思われるアシストボールやプラチナチェイス、外国人でも日本人でも特段の違いは出ないマジックガンショットとラナウェイ。
競技の半分で相手に好都合と思われる体格面での径庭があるわけだから、どう頑張っても勝てるわけがない。
沢渡会長あたりは、“そんなときこそモチベーションを高く持ち、常に維持していくのだ”とかいいそうだけど。
ロストラビリンスがあれば、俺も出場してイイ線いけるかもしれないのに、ロストラビリンスは種目にない。なぜかといえば、迷路を作るのが面倒だからと聞く。
そうだよなあ、あんな迷路たくさん作って取り壊して、コストパフォーマンスが非常によろしくない。というわけで、Gリーグ予選に関しては、俺は出る幕無しだと思う。
今回の出場選手エントリーは、まだ俺たち下々の者には知らされていない。
俺はもうお役御免でリアル世界に戻されそうな気がしてるんだけど、まだこっちの世界にいられるのなら、応援くらいはしたいよね。
逍遥は必ず選手にエントリーされると思うし。
そうそう。
魔法W杯は、Gリーグ予選と本選Tを含め、1年・2年・3年が分れて競技に臨むと思ってたんだけど、どうやら俺の勘違いだったようで、1~3年を混成して臨むらしい。
そりゃそうだよね、100を超える国々がリーグ形式により予選を戦うわけだから、学年をミックスしないと7月中に終わらない。
というわけで、なおさら俺は高みの見物ができるというものだ。
リアル世界に戻されない限りは。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
2日後、スターティングメンバーとサブメンバーが正式にエントリーされたとの情報が譲司経由で俺の耳に入った。逍遥の耳にも入ったことだろう。
マジックガンショットは、3年上杉憲伸、1年四月一日逍遥、1年南園遥が出場。
アシストボールは、2年光里陽太FW、1年四月一日逍遥DF、2年六月一日健翔MF、3年沢渡剛GKという、俺にして見れば紅薔薇高、超豪華メンバー。
ラナウェイは、3年勅使河原晋、3年八月十五日梓、3年定禅寺亮。
プラチナチェイスは、先陣3年沢渡剛、後陣2年光里陽太、チェイサー四月一日逍遥、遊撃2年設楽聖都、3年斎田工。
サブメンバー
3年 九十九翠、2年光流弦慈、2年羽生翔真、2年三枝美優1年八朔海斗、1年五月七日紗羅、1年魔法技術科栗花落譲司、1年魔法技術科八雲駿皇。
計、23名。
サポーター
1年八神絢人、1年山桜亜里沙、1年長谷部明、2年広瀬翔英、2年宮城聖人、3年若林正宗、3年千代桜。
計、7名。
全日本の時は自分のことで頭がいっぱいで気付かなかったのだが、どうして1年だけサポーターが3名なのか不思議だった。
1年はまだ経験が浅いので3名なのだろうと当たりをつけた。
亜里沙と明だもんな、魔法とは縁もゆかりもない2人。たぶん、2人で一人前なんだろう。
ていうか、なんでまた、俺の名前がサブで入っているんだろう。俺の入る余地なんてなさそうなのに。
アシストボールは天地がひっくり返っても出場機会はないはずだし。
マジックガンショットも出場するスタメンは9~10分台で上限100個のレギュラー魔法陣を消し去る。俺は頑張っても上限13分がやっと。俺が入ったりしたらその時点で勝ちは無くなると思って間違いはない。
ラナウェイはマルチミラーが無くとも魔法で隠れている敵味方を見つけられるようになったけど、今度は世界が相手だよ?単純な力比べじゃ俺が勝てっこないのは、みんな知っていると思うんだが。
プラチナチェイスは、逍遥の言葉を借りれば、俺は遊撃しかやれない。
いや、逍遥に怒っているわけじゃない。
ぱっと考えてもじっくり考えても、答えはそこにしかないということだ。飛行魔法を加えればスタミナはなんとかなるかもしれないが、あのボールにぶつかった時の痛みといったら、言葉では言い尽くせないほど、痛い。
というわけで、余程のアクシデントが起こらない限り、俺がW杯Gリーグ予選に出場することはない。
岩泉くんは、サブとしてのエントリーが消えた。
沢渡会長の温情というか、ペナルティというか。
でも、フラットなところから始めるべきなんだと思う、岩泉くんは。
そこから魔法で這い上がってのし上がってくるべきなんだ。
彼なら必ずサブやメインにエントリーされるようになると思う。それだけの能力があるんだから。
いつになるかわからないけど、岩泉くんがエントリーされる側に戻ってきたら、彼とはうまくやっていけそうな気がする。
俺たちは互いに人間の弱さを知っているから。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
魔法W杯Gリーグ予選まであと1週間。7月に入るとすぐに国内外の50近い会場で競技が開催される。
アジアエリアでは、運よく横浜国際陸上競技場メインスタジアムとサブグラウンドがアシストボールとプラチナチェイス、マジックガンショット、ラナウェイのアジア方面予選A組のメイン会場となることがW杯事務局から発表された。
予選を1位通過すると、本選決勝Tへの出場切符が手に入る。本選に出場できるのは、16チーム。予選で各国が競技を戦い、その合計ポイントで16チームが選ばれ決勝Tにいくことができるわけだが、100ヶ国余りの参加国から16チームに入るのは並大抵のことではない。
決勝Tに進むためには、世界を5エリアに区分して行われるGリーグ予選を勝ち抜く必要がある。
日本はアジアエリアに属することになっているそうだ。他にも、世界中を見渡すと北南米、欧州、中東、アフリカという各エリアがある。
エリア内で実施される国々は、A組からC組に分かれ実施される総当たり戦で勝ち点を争う。
同率の場合は少しややこしくなる。各組とも、同率で1位に2チームが並んだ場合は、得失点差でベスト16への出場国が決まる。もしも得失点差でも同率の場合は、アシストボールのPK合戦を行い、順位を決める。
最後の1チームは、全エリアの敗者復活枠となり、北南米、欧州、中東、アフリカ、アジアの各エリアで2位となったチームのうち、一番勝ち点の多かった国が出場機会を得ることになる。そこでも同率の場合が出てきたときは、あらためてアシストボールのPK合戦が組まれるのだそうだ。
先輩たちの目標は、まず、Gリーグ予選を突破し決勝Tに進むこと。
今までの長い歴史の中、全日本高校チャンピオンが決勝Tに進んだ例はないという。
講堂に集まって発表を聞いた連中から湧きあがる歓声は、俺の耳を劈くほどだった。
俺の素直な感想。
えー、海外行けないのかあ。
いや、サブでも遠征のチャンスはあるはずだが、今年は国内、それも横浜開催だから遠くに行けないだけ。俺のような神経質人間は海外に行ったらいったで水がマズイだのなんのかんのと文句ばかり言うに決まってる。
海外行くべき人間じゃないんだよ、俺は。
応援組はみんな海外なんて行けるはずないし、これでよかったのかな。
日本はGリーグ予選A組に入ったから、横浜市内での対戦となる。横浜市内なら、岩泉くんや瀬戸さんも応援に来てくれるだろう。国分くんも調子が戻ればどこかで見ていてくれるかもしれない。
でも俺は、このときとても嫌な予感がしていた。
何をどう、とはっきりした言葉で言い表すことができなかったが、なんか頭がクリアでないような気がする。
どうぞ、何事も起こりませんように・・・。
翌日から、予選を突破すべく各競技の練習が始まった。
各種目とも、薔薇大(薔薇大学。薔薇6から進学できる大学のこと)から稽古をつけてくれる大学生が何名か来て、容赦のない練習が繰り広げられている。
アシストボールではファウルスレスレの行為は日常。さすがの沢渡会長でもボールをキャッチできないほど、前に出てきて顔面アタックしていく。
ぎょっとする俺に練習後逍遥が教えてくれた。
予選で外国と戦うということは、如何に自分が怪我をしないようにプレーすることなのだと。だから自分に対する自己修復魔法が許されているのだと合点がいった。
プラチナチェイスも同様に、当たりが強い。
遊撃の選手など、簡単に吹き飛ばされている。高校レベルでは決して弱くないはずなのだが、やはり、まだまだ高校生は身体的能力がベストな状態には仕上がっていないのだろうと身につまされる。
身体がピークを迎えるのは20~25歳だというから。
それでも、沢渡会長や光里先輩、逍遥は相手の動きを見切って素早く逃げたり、一度ボールを自陣に入れたら間髪入れずにラケットに押し込む逍遥の動きは、大学生をもってしても抑えられない程、素早く手強かった。
ラナウェイはどちらかと言えば工夫をした鬼ごっこだと思っていたのだが、英知のピークも20歳過ぎなのだという。高校生のお遊びでは、到底大学生には敵わないということか。
向こうの策戦は巧妙で、出るふりをして足だけが動くのでこちらが出てみると、こっちの足下を撃ってまた隠れたり、動きも俊敏であと少しのところで逃げられたり、いいとこなしの練習風景だった。
俺が使った魔法ができれば、足下にマルチミラーを使うだけなので戦術も立て易いが、皆が皆、あの魔法を使えるわけではなかったようだ。
もし俺がメンバーチェンジできるとしたら、ラナウェイくらいですかね。
なんせ、元々“運動神経マイナスの男”ですから。
余り俺に期待しないでください。
それに比べて、マジックガンショットに出場する上限9分台の上杉先輩と10分台の逍遥や南園さんは、黙々と自分たちのペースで調整を進めていた。
でも俺は気付いた。
逍遥は、本気になればもう少し速く撃てるのではないかと。逍遥に聞いてもはぐらかされるだけなので聞いていないが。
前に対人魔法と言ったことがある逍遥。今の状態でいえば、たぶん、マジックガンショットが一番対人魔法に近い。撃つか撃たれるかの戦場になれば、速く確実に撃った方が勝つ。
だから逍遥のマジックガンショットは正確無比だし、速さもそれなりに撃っているのだ。本気を出せば、上杉先輩をも抜き去る速度で撃てるに違いない。
四月一日逍遥、君は一体何者なんだ。
魔法W杯 Gリーグ予選編 第2章
その頃の俺の日常はといえば、ラナウェイのメンバーチェンジを仮定して、走り込みと透視魔法の練習だけ。
九十九先輩のいうとおり、Gリーグ予選では各出場校の情報合戦も頻繁になっているようで、特に魔法については他の国に漏れないよう、室内で行ったりしている。
俺の透視魔法もその一つ。
特定魔法だと逍遥は言うんだが、何が特定で何が通常なのか、その線引きは俺にはわからない。
今の俺に使えるのは、透視魔法と飛行魔法だけ。一番最初、南園さんに教わった射撃魔法も加えると3つだけだ。ああ、離話もできるから、4つか。
それだけでも凄いと譲司も舌を巻いている。
まあ、こっちにきてまだ1ケ月くらいだということを踏まえれば、通常よりも覚えるペースは早いかもしれない。
この魔法が様々な面で使いこなせれば、の話だが。
練習には譲司や八雲、五月七日さんも参加しているわけだが、予選においては、俺たちサブ1年の出場機会はないと思う。
2年の|光流弦慈《ひかりげんじ)先輩や、同じく2年の羽生翔真先輩がいる。2人の先輩方は全日本では目立った活躍こそなかったものの、来年に向けた策戦の見直しにより、サブメンバーとしてエントリーされているようだ。
事実、プラチナチェイスやアシストボールの練習風景では、センスの良いところを見せている。
タックル時の切り込みだったり、飛行魔法の遊撃としての動きだったり。遊撃選手は上下左右に前後、その上宙返りも必要だ。
運動って、センスが必要だよね。俺にはセンスというものがないと腹の底から豪語したい。
まあ、なんだね、俺が運動神経マイナスの男だなんて・・・そんなことはどうでもいい。
俺、全日本が終わってからというものの、何となく呆けている。
別に練習をさぼりたいわけでもないんだが、何かが頭の奥の方で俺を呼んでる気がする。
ああ、そうだ。国分くんのことだ。
忘れてんじゃねえっ!!
俺は、早く犯人見つけて国分くんに報告したかったんだ。
結構な確率で犯人と目されるのは、今のところ二人。
八雲と五月七日さん。
瀬戸さんは絶対に八雲だ、五月七日さんであるわけがない、100%五月七日さんは有り得ないと俺に向かって吠える。
瀬戸さんが吠えると、それはそれで怖い。
だって、俺より背高いし。
姐さんみたいなとこあるし。
しかし、五月七日さんは今のところ重要参考人から外すわけにはいかない。
ただ、今まで俺たちはサブにエントリーされている1年の人間ばかりピックアップしてきたわけだが、もしかしたら、推理があさっての方向を向いている可能性が無いでもない。
前に言ったよね?
俺や国分くんがスタメンに入ったせいで、(俺は特に第3Gだ)魔法科の誰かがスタメンはおろかサブからも外された可能性がある。
その人間も、学校にいたときは同じ食堂を使っていたはずで、俺たちのカレーに薬物を入れるという非道的な真似を行うことができたはずなんだ。
でもそうなると、宿舎で譲司が大会事務局に連れて行かれた理由がわからない。あのときだって、誰かが事務局にリークしていなければ譲司に嫌疑がかかるわけがない。
夜中の食堂にいたという目撃情報なんて信用ならないけど、事務局ではそれをもとに譲司に疑いをかけ、結局譲司自身の身体からは、薬物はこれっぽちも見つからなかった。
譲司が他の誰かに薬物を摂取させるために食堂にいたのなら未だしも、あのとき食堂には食物の類いは置いていなかった。飲み物だって、普通の人間なら自分で用意した物しか飲まないから、万が一譲司が食堂に飲料水を置いてきたとしても、それを拾っていく人は99,9%いない。
今回エントリーされている人ならば、基本中の基本として実行していることだ。
総合的に勘案すると、俺の疑問に合致する人間、それが八雲と五月七日さんなのだ。
逍遥は練習に忙殺されていたが、国分事件を相談できるのは逍遥しかいない。
譲司には相談できない。
だって、それこそ99%白なのはわかって入るけど、残り1%の確率で重要参考人にならないとは言い切れないから。
疑っているわけではないけれど、今、絶対的に信用為る人間は逍遥だけだった。
俺は夕方の練習が終わり、逍遥が寮に帰ってくるのを見計らい、彼の部屋のドアを軽くノックした。
寮で他の生徒の部屋に入るのは初めてかもしれない。俺の記憶が正しければ。
「はい、どうぞ」
逍遥の声は疲れている様子も見受けられない。やっぱり、手を抜いているに相違あるまい。
まあ、いいや。その方が俺としては話がしやすい。練習で疲れ切った相手に国分事件を語るのは気の毒だから。
「俺、海斗。入っていい?」
「いいよ、学校でシャワー浴びてきたし」
「お疲れ、今日は何の練習してたんだ?」
「プラチナチェイスとアシストボール両方。人使い荒いよね、入ったばかりの1年相手に」
「3年と同等の力あるってバレてるんじゃないの」
「おや、僕はそんな力を持っていないよ」
「嘘つけ」
「言ったじゃないか、僕は嘘が嫌いなんだ。身体的な能力は3年や大学生には届かない」
「逍遥の場合、身体的というより、何て言ったらいいのかな、全ての能力が3年と同等か大学生並なんだよね、いや、大学生をも凌駕しているように思える」
逍遥は、俺の目をじっと見つめ、ふっと軽い溜息を吐いた。
「褒め言葉として頂いておくよ。それで海斗、今日は例の件で来たのかい?」
「わかった?ごめんよ、疲れてるときに」
「大丈夫。人使い荒い中でもうまく手を抜いてるから」
「君らしいな。さて、早速本題に入るとするか。俺さ、今回の重要参考人は八雲か五月七日さんしかいないと思ってるんだ」
「譲司には疑いかけないの」
「俺の勘では、99%、白だと思ってる」
「なぜ?」
「だってさ、逍遥。夜中に宿舎の食堂にいたという目撃情報が信用ならないことと、譲司にとってあの段階で国分事件を起こすメリットがどこにあったのかということ、なんだ」
「でも、譲司はスタメンになったよ」
「それは譲司が望んだことではないよね、元々魔法科を蹴って魔法技術科に入学したんだし」
「それはそうだね」
逍遥の腹の中がうまく読み切れない。ここは素直に聞くしかない。
「逍遥、君はどう考えてる?」
「僕も八雲か五月七日さんが重要参考人だとみてる」
「譲司のことは」
「僕はね、事実を積み上げて考えるタイプなんだ。その時々の感情で事実に蓋をしてはいけない。その僕が考えるに、譲司に有利なことが無いんだ、国分事件は」
「腹の中で魔法科に嫉妬してるとか、ないかな」
「そりゃないだろう。君の言うとおり、やりたいことがあって自ら魔法技術科に行ったわけだし、魔法技術科での評判も頗るいい。生徒達からも、教員からも。今まで満足の日々だったと思う」
「そうなると、やはり2人に絞られるのかな」
逍遥はうーんと唸りながら右手をこめかみに当て、口元を上げた。
「岩泉くんも白だと証明しておかないとね」
「彼は難しいんじゃないか。カレー事件の時はフリーだったはずだ」
「うん。ただ、岩泉くんはドリンクやサプリに軽い薬物を入れてただけだから。アンフェタミンを入手しうるルートもない」
「そういえばそうだな、こっちではインターネットとかないから海外からの個人輸入とかできないよな」
「インターネット?」
「パソコンやスマートフォンっていう機械や電話機で色々な情報を知ることができるんだ。例えば、“アンフェタミン 入手”で検索かければ、色々な入手方法があることがわかる、ってな感じで」
「君の元いた世界は、ハード的な部分ではこちらより進化してるね。魔法みたいなソフト的要素になるとこっちの圧勝だけど」
「まさか魔法の使える世界があるなんて夢にも思わないさ。リアル世界では」
「互いにないものを補い合ってる感じだねえ。さて、本題に戻ろうか」
「俺、どうしたら犯人を捕まえられるか考えてるんだけど、いい案が浮かばなくて」
逍遥はさっきよりも口元を上げた。もう、完全に笑っている。
「ごめんごめん、馬鹿にしたわけじゃないんだ。あのときにプレイバックすればいいじゃないか」
「プレイバック?」
「そう、皆で毎日カレーを頼む」
「待ちなよ、途中でアンフェタミン入れられたら身も蓋もないだろ」
「犯人はいつもアンフェタミンを持っていると見て間違いないよ、あの時だって、見事なまでの素早さかつ冷静さだった」
「今スタメンにいるのは君と南園さんか」
「うん、二人で話してたんだ。そのうちカレー頼もうかって」
「というと、またスタメンに上がりたいという不埒な思いを犯人が抱えていると」
「そう、君の推理どおりだよ、またスタメンに上がる腹積もりなのさ。実力のない人はお断りなんだけどなあ」
逍遥は考えるのが面倒だと言わんばかりに大きく背伸びをした。
俺はまだ心配だった。
「でも、こっちにとっても危ない橋だよ」
「食べずに検査に回せばいい」
「なるほど。で、現行犯で捕まえると」
「僕たちだけが動いても証拠にならない可能性もあるから、一番証拠能力があるモノを使う」
「なんだ、それ」
「内緒。秘密」
「教えてくれ」
「海斗はすぐ顔に出るからアウト」
魔法W杯 Gリーグ予選編 第3章
俺はこっちに来てから、ある種リアル世界では自慢としていたポーカーフェイスができなくなってしまったらしい。
お蔭で、今回のミッションからも外されるようだ。残念だが、致し方ない。
「じゃ、捕まえたらすぐに声かけろよ」
「了解」
逍遥の部屋を出て、自分の部屋に戻った俺。
やはり寮の部屋と俺の部屋は格段に違っていた。逍遥の部屋が整理整頓されていて綺麗なのも違いの一端ではあるのだが、寮の部屋は机やベッドの配置がとても効率的で収納スペースもたくさんある。
俺の部屋は収納スペースがクローゼット一棹しかないので、どうしても周囲に散らかってしまい、窓際に洋服を掛ける癖がついてしまった。
それにしても、またカレーを頼んだくらいで犯人が捕まえられるだろうか。幸い国分事件は学内には広まっていないと推察されるが。
なぜ推察されるかって?
噂は噂を呼ぶ。
もし学内に広まっていれば、俺や逍遥、瀬戸さんに南園さんの誰かの耳に噂が入るだろう。譲司の耳にだって入るかもしれない。譲司は実際にサブからスタメンに上がったわけだし。
でも譲司の口から、そんな噂話は聞こえてこない。
逍遥のことだから、Gリーグの予選が始まる前に事を起こしてしまう可能性は大いにあると思っている。
リーグ戦が始まってしまったらそれどころではなくなるのだから。
となれば、明日以降の2,3日の間に国分事件は瞬く間に解決を見るかもしれない。
不謹慎極まりないのだが、俺はちょっとワクワクしてしまった。
犯人を間近に見て、現行犯で捕まえられる。私人逮捕っていうやつか?
ちょっとした快感。
その場面を想像すると、カレーにアンフェタミンを入れる犯人の後ろ姿が見えるはずなのに、それが男子か女子か、影だけでもいいから知りたいのに、俺の目に影は現れなかった。
もどかしい気持ちが募る。
果たして、犯人は新たな動きをみせるのか。
翌日昼時間。
逍遥は朝、俺を叩き起こし俺にウインクしたので何事かと思っていたら、なんと今日、事を起こしてしまった。
真昼間の食堂で、南園さんと並び、カレーを注文したのだ。
逍遥の隣には体格のいい男子がいたのだが、真っ黒いジャージにマスクとサングラスを付けていて、頭はパーカのフードで覆っていた。
・・・怪しさ満載。誰だ?譲司か?
今回、俺はサブでエントリーされているだけなので、カレー策戦には参加していない。
カレーが皿に乗せられてカウンターに並ぶ。そして逍遥たちがカウンターに背を向けたその時だった。
ある人物がカウンターに近づき、悍ましい行動を起こした。
スパイスの缶と思しき小さな容器を持ち、逍遥と南園さんが頼んだカレーに知らないふりをして近づき、粉状の何かを片方の皿にだけ入れたのである。
たぶん、入れたのはアンフェタミン。国分くんのカレーに入れた禁止薬物だ。
行動を起こしたのは、国分くんに薬物を摂取させた犯人と同一人物だろうと推考された。
よもや犯人は気付いていなかったのだろうが、俺と瀬戸さんはカウンター横に設置されているジュースの自動販売機の陰から2つのカレー皿を凝視していた。
俺たち2人は、目だけは犯人から逸らさないようにしていたが咄嗟に手を握り合い、犯人がわかったことを互いに知らせ合った。
待ちきれず、犯人を取り押さえようと瀬戸さんは自身が隠れていた自販機から前に出ようとした、その時だった。
カウンター脇にいたはずの南園さんが自販機脇からこちらに現れ、俺と瀬戸さんを止めた。
「もう少し待ってください」
南園さんの強い口調に抗えず、俺たちはそこで待つことになった。
尚も俺たち3人は、自販機の影から犯人の動向を見つめる。南園さんがいなくなっても大丈夫なのか?もう入れてしまったから犯人的にはどっちでもよかったとしても、早く捕まえないと犯人が逃げてしまう。
ほら!逍遥!早く!
すると、俺の声が聞こえたのかどうか、逍遥がカウンターの方を向いた。そしてすぐに犯人の隣に移動し、薬物入りと思われるカレー皿を持って、犯人の肩を掴んだ。
「君。このカレー食べてくれないか」
「・・・今、お腹こわしてて」
「大丈夫。胃薬もあるし下痢止めも持ってる」
「カレーは好きじゃないから」
その時だった。
逍遥の隣にいたあの怪しげな人物の怒号が学校の食堂内に響いた。
「この、不届き者めが!!」
その声の主は、なんと沢渡会長だった。
会長が変装して現場を見に来るとは。俺は微塵も考えてもいなかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
沢渡会長から一喝を受けたのは、残念なことに、1年魔法科、五月七日紗羅さんだった。
会長はマスクもサングラスも外して五月七日さんを睨んでいる。
「お前はこれから俺と一緒に生徒会室に行く。向こうで取調べを行う。わかったか」
五月七日さんは黙ったまま俯き、会長の前に立っていた。
逍遥がどうだといわんばかりに会長の方を見る。
「僕や南園さんはどうしましょうか」
「いや、他の役員を呼ぶ。四月一日、お前たちは昼食を食べて午後からの練習に励め」
そういうと、会長自ら五月七日さんの腕を引っ張り、食堂を出ていった。
普段食堂に顔を見せない生徒会長がいて、一般の生徒に喝をいれるという滅多にない場面に遭遇した生徒たちの間に喧騒が広がったが、徐々にその喧騒は止んでいった。
国分事件に関わった俺や逍遥は、犯人が八雲だと思っていたし、沢渡会長や瀬戸さんは薬物提供疑惑の噂があった岩泉くんだと思っていただろう。南園さんはどう思っていたのか考えを聞いたことがない。
だから、俺にとっては、これはまさかの展開だった。
逍遥はお茶目に項垂れる。
「昼飯、といっても、もう残り10分しかないよ。食べれないよねえ」
瀬戸さんが悔しそうに逍遥の目を見て呟いた。
「あの子。誰でもいいから追い落とそうとしたんでしょう、それも2回もよ?卑劣極まりない。あんな子を今まで信じてたなんて、がっかり」
南園さんは、いつもどおり優しい口調で五月七日さんを表する。
「ショックですね、こうして犯人がわかってしまうと」
ああ、南園さん、君は優しすぎる。もっと激オコにならないと。狙われていたのは、君なんだよ?
逍遥は皆の肩をポンポンと2回ずつ叩きながら、なおも昼飯の話をしている。
ホント、ドライなヤツ。
「仕方ない。サンドイッチかおむすび握ってもらって、練習前に食べるとするか」
俺は何気なく逍遥を止めた。
「逍遥、食べてすぐ身体動かすと胃が痛くなる。止めとけ」
南園さんは物分りが良い。
「そうですね、それより、練習を早く切り上げて国分さんのところに行きませんか」
逍遥はなんだかよくわからないが、首を回して体操している。
「国分くんの家への訪問は、生徒会の聴取が終わったらにしよう。詳細が知りたい。動機とか」
俺もそう思った。
なぜ彼女、五月七日さんは2回も薬物を使ったのか、その理由が知りたかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
その日は、午後の授業がとても長く感じられた。
ようやく終業のチャイムが鳴る。ああ、授業が終了した。
俺はその日の授業を何一つ覚えていないくらいだ、すごく興奮していたのだと思う。
逍遥は、教室の中でまたくるくると円を描いている。あ、こいつ、生徒会室透視してんな。
もう、さすがの俺にもお見通しだ。
目を瞑りしばらく黙っていた逍遥が、目を開けたかと思うと南園さんを呼んだ。南園さんも天井に向けて1回だけ円を描き、目を閉じる。
生徒会室で何かが起こっているのは確かだが、俺は沢渡会長に見つかりたくなかったので透視しなかったし、瀬戸さんは透視が苦手中の苦手だから、逍遥たちと同じ行動は起こさなかった。
そして南園さんは俺たちへの挨拶もそこそこに、足早に教室を出ていった。たぶん行き先は生徒会だろう。もしかしたら、沢渡会長からヘルプ要請があったのかもしれない。
俺と瀬戸さんは魔法科の教室の中で、国分くんへの言葉を探していた。
“犯人見つかったよ、おめでとう”じゃ変だし、退学したからには、もう一緒に授業を受ける機会も奪われたのだから、“おかえり”とも言えない。
薔薇校ネットワークか、確か沢渡会長が言ってた。
もし、もしも国分くんに今後も魔法を習得する気があるのなら、薔薇5校のどれかに中途入学できるかも知れない。
「海斗、海斗!」
誰だ?右肩を掴まれた俺は、反射的に右側を向いた。
逍遥だ、透視は終わったのか。
「どうだった?」
「話せば長くなる。かいつまんで言えば、南園さんへの嫉妬心とスタメンに上がるために起こした犯行だった」
俺の頭の中に、?マークが並ぶ。
「嫉妬?なんで南園さんにヤキモチ焼くんだ?」
「女子の心は僕らにはわからないよ。ただ、入試の成績からして南園さんが勝っているから生徒会に入ったはずなんだけどね・・・」
「自分より勝ってる女子は気に入らんというわけか?」
「簡単に言えばね。スタメンの方は、どうやら君も絡んでるらしい」
「ああ、使い物にならない第3Gってことね」
「僕はそこまではっきり言ってないよ」
「もう慣れたってか、うん、まあ」
「これなら国分くんの家にいけるかも。明日以降は練習で日程取れそうにないし」
「じゃあ、これから行こうか。ね、瀬戸さんも行く?」
瀬戸さんは深い溜息を洩らした。
「あの子、信じてたんだけどな。南園さんの前でも全然楽しそうだったし」
「プライドじゃない、最後の」
逍遥、はっきり言い過ぎ。
「あたしまで行ったら国分くん哀しくならないかな」
「女子のことは僕たちには語れないから。南園さんは生徒会に行ったから無理としても、君は行かないか」
「わかった。南園さんは国分くんに会いたいと思うかなあ。あたしなら遠慮しちゃうかも。直ぐ行く?」
「なるべくなら直ぐに行きたい」
俺は犯人発覚後何も話そうとしない南園さんを可哀想に思いながらも何も言えなかった。南園さんは俺たちに心の内を明かす前に生徒会室にいったから、彼女がどのように今回の事件を考えているのかは、正直わからなかった。
俺たちは南園さん抜きで国分くんの家を目指すことにした。瀬戸さんのいうとおり、自分がターゲットにされていたとするならば、国分くんに会わせる顔がないように思う。
逍遥が瀬戸さんを説得する形で、俺と逍遥、瀬戸さんが国分くんの家まで行くことになった。
先日のように飛行魔法を使うのかと思ったら、今日は電車で行くらしい。
俺が“飛行魔法使わないの”的に空を指さし不思議そうな顔をすると、逍遥は俺に目くばせして“この間のことは秘密に”といわんばかり。
俺たちは駅への道を急いだ。
逍遥も瀬戸さんも足が速い。
ジョギングでもあるまいに、どうしてこんなにスピードが出せるのか。
ああ、逍遥も焦っているし、瀬戸さんも同様に早く国分くんに事件のあらましを聞かせたいのだろう。もちろん、国分くんが傷つかないようある程度オブラートに包んで話すのだろうが。
こんな時、俺のボキャブラリでは適切な言葉が見つからない。何といえばいいんだ?南園さんへの嫉妬と第3Gを追い落とすために・・・。そうだよね、それしかない。それだけ第3Gは元々の魔法科生にとって邪魔な存在なのだろう。
その第3Gが俺なのだから、ちょっと国分くんの前では肩身が狭く感じてしまうかもしれない。
でも。それが真実なのなら、俺は黙って受け入れるしかない。
そんな俺から国分くんに話す・・・できない・・・。
話すのは逍遥に任せておけばいいだろうと、ある種の依存心が生まれたことに間違いはなかった。
国分くんの家は、電車で30分の駅そばにあった。
「やあ、全日本優勝おめでとう」
出迎えてくれた国分くんは、先日より心なしか痩せてはいたけれど、瀬戸さんを連れて行ったからだろうか、取り乱すことはなかった。
俺たちは国分くんの部屋にお邪魔し、現在の治療の状況を聞いていた。
「もうだいぶ薬効は抜けて来てるみたい。少しめまいがするだけ」
逍遥がほっとしたように一息つく。
「そうか、それなら安心だ。実はね、今日は事の顛末と沢渡会長からのメッセージを預かってきたんだ」
「顛末?メッセージ?」
「そう。この事件の犯人が見つかったんだ。五月七日さんという女子が、南園さんへの嫉妬から犯行を思いついてね、南園さんを狙うつもりが君に当たってしまったんだそうだ」
おいおい、俺たちが聞いた内容とは若干違うぞ。第3Gの俺をターゲットにしてスタメンに入りたかった話はどうなった。
どっちが本当なんだ?
逍遥は、何も話すなといった面持ちで俺と瀬戸さんを交互に見つめた。
「そうだったの。でも、南園さんに当たらなくてよかった・・・」
「そんなことはない。君だって大変な目に遭ったんだ。それでだ、会長からのメッセージというのが、『薔薇校ネットワークに載せて、他の薔薇校に中途転学してはどうか』というものなんだ。一旦退学を取り消して、夏休み後に転校という形になる。遠いところなら寮を用意してくれるそうだ」
「そんなこと可能なの?僕は退学してるのに」
「学校側も君には済まないと思ってるようでね、紅薔薇魔法科では色々大変なこともあるけど、他校なら君の事故を知る人間もいないから」
「ありがとう。魔法をこのまま続けることはないと思っていたけど、他校に移ってやれるかどうか、父や母とも相談してみるよ」
「是非。良い答えを期待してるって、これは会長からのメッセージ。僕たちも君と薔薇6や全日本で当たれる日を楽しみにしてる」
国分くんは治療の為に今は魔法を封印しているらしく、魔法力が落ちていると自分では言っていた。自身や固形物を別の場所に瞬時に移すことができる移動魔法が国分くんの得意魔法らしいのだが、今はまったく試していないという。テレポーテーションってやつか?すごい魔法じゃないか。
それでも、これからはリハビリのために少しずつ魔法を使った勉強をしていきたい、という前向きな発言を聞き、俺たちはほっと胸を撫で下ろした。
それから1時間ほど、魔法談義に花を咲かせて国分くんの様子を見る。
来た時よりも笑顔が増えた国分くん。
もう、大丈夫だろうか。あとは薬物治療を終わらせ、薔薇校ネットワークに載せるだけだ。
玄関先まで国分くんは見送ってくれた。
気持ちが楽になったのだと思う。不慮の事故、いや、事件で魔法さえ使えなくなるのかと思っていただろう彼を、紅薔薇で救った形になったのは確かだった。
それにしても、なぜ逍遥は嘘をついた?
帰路の電車の中で、俺は逍遥に尋ねた。
「逍遥、国分くんに言ったのが本当か嘘か、俺わかんないんだけど」
「会長とも話してね、あれが一番彼の心を傷つけないだろうということで落ち着いたのさ。相手を慮る嘘は必要悪だよ」
瀬戸さんもゆっくりと頷く。
「まあねえ、誰でもよかったんです、何て言ったら、どうして僕が?になっちゃうよねえ。まして第3G狙ったんですなんて言えるわけもない」
瀬戸さんは俺を馬鹿にしてるのか、これが素なのかわからないが、第3Gは魔法科生徒にとってあまり歓迎されていないのは前から知っていたことだ。いまさら驚きもしない。
ただね、こうもはっきり言われると、傷つくよね、いくらなんでも。
はあ・・・今はこちらに残ると自分で決めたんだから、なぜなぜ時間に突入するのはまだ早い。
ファイトだ、俺!
国分くんの家からお暇して30分後、俺と逍遥は寮に戻っていた。瀬戸さんは自宅組なので、駅で軽い挨拶をして別れていた。
逍遥が俺に肘をつかみ、そのまま談話室に引きずって行く。
俺だって傷つくんだ、南園さんも同じだよな。
「なあ、南園さんは傷ついてないのか」
「彼女は初めから自分が狙われるのは知ってたみたいだよ。でも、国分事件については確信が持てなかったそうだ」
「えっ!そうだったの?」
「ほら、話してると目が語るじゃない。五月七日さん、猫みたいな目で可愛かったけど、南園さんの前では化け猫だったらしい」
「化け猫・・・」
女子は怖いなあ。
南園さん、夢で化け猫出てきたのかな。
俺は化け猫さんとほとんど話をしなかったから、いやいや、全日本の懇親会のときに、なんか変な事いってたような・・・。
“見合う人がいたら出なかったのか”
それって、もしかしたら、自分は見合っているのになぜお前が出る(お前=俺のことね)という意味であり、意志表示だったのでは。
あのときは緊張してて分らなかったけど、とどのつまりはそういうことだよね。
俺って、結構人見る目ないんだ。人間ウォッチャーとかいいながら。
あー、恥ずかしい。
とにもかくにも、これで五月七日さんは、退学決定だろう。自主退学か強制退学かは知らないけど。
そういえば、譲司の件をリークしたのも彼女なんだろうか。
「な、逍遥。譲司の件、やっぱり彼女がリークしたのか?」
「いや、それに関しては頑なに否定しているそうだ」
「じゃあ、誰がリークしたんだ?」
「今度こそ八雲かもね」
八雲か。同じ魔法技術科の譲司が気に入らない、というのはアリな話だ。
俺は逍遥と別れ、自分の部屋に入るとそのままベッドに転がり込んだ。
で、夜中、化け猫の夢を見てベッドから転げ落ちた・・・。
魔法W杯 Gリーグ予選編 第4章
翌朝。
腰が痛い。
練習の為せる技かと思ったりしてみたが、どうやら昨夜の化け猫騒動でベッドから転げ落ちたところが痛むらしい。
あー、カッコ悪いったらありゃしない。
洗面所で逍遥に会った。
クイクイと親指を立てて、自分の部屋を指し示す逍遥。
この期に及んで秘密の話でもあるんだろうか。
「1年のサブ選手が1人減っただろう?岩泉くんをサブに推薦してみようと思うんだ。まだ彼には内緒にしてくれよ。会長がOKするとは限らないから」
そうだった。岩泉くん、元気にしているんだろうか。いるのはわかっているのだが、学校の授業も別メニューなんだよね、エントリーされてる人とされてない人では。
「いいんじゃないか。岩泉くんは魔法力が鈍ったわけでもないからね。八雲に出られるより余程マシだろ」
「余程マシだは、聞かなかったことにしておく」
あ。すみません、暴言でした・・・。
「ごめん、言い過ぎた」
「僕は本人じゃないからいいよ。今日の放課後生徒会に行こうと思うんだけど、付き合ってくれない?」
「いいよ。特に練習らしい練習ないし。君こそ忙しいんじゃないの」
「別に構わないさ。いくら練習したところで、勝てっこないからね」
「問題発言だな」
「お互いさまということで」
あははと乾いた笑いをかます俺たち。
未だに畏怖が消えたわけじゃないけど、沢渡会長が岩泉くんの更生にOKを出したことで、俺は会長の懐の広さを見たような気がした。
その日の授業は、何故か長く感じた。早く生徒会室に行って岩泉くんを推薦してあげたいという気持ちが強かったのだろうか。
試合やそういったものとはまた別で、なぜか心が急いていた。
鉛筆を転がしたり、少し寝てみたり。
教員から見ても、今日の俺は特段に変な生徒だっただろう。
先生、ろくでもない生徒で、ごめんなさい。
やっと、終業のチャイムが鳴った。
俺はすぐにバタバタと音をさせて教科書をカバンに仕舞う。
周囲の生徒が比較的ゆっくりと行動していたので俺のドタバタは非常に目立ったと思う。
先生を見ると、もう呆れ果てたような顔をして、俺と目をあわせようともしない。
先生、本当にゴメン。
放課後。
カバンを魔法科の教室に置いたまま、逍遥と2人で生徒会室を目指した。
今だからいうけど、もう慣れたからだけど、最初通った頃は迷ってばかりで泣きそうになったもんだ。
誰にも言わなかったけどな。
今は1人でも大丈夫。
でも、会長と2人だけであの部屋にいるのはどうしても避けたい。
逍遥は道に迷うということがないのか、速い速い。
俺が小走りになるときすらある。
決して俺の歩幅が狭いわけじゃないと思うんだが。逍遥が速すぎるんだ。
逍遥だってやはり急いているんだろう。
他にサブを見つけられたら嫌だし。
俺は必死になって逍遥の後を追いかけた。
あっという間に生徒会室の前に着いた。
逍遥がいつもより大きい声で叫びながらドアをノックする。
「失礼します、1年魔法科四月一日です」
会長にもその大きな声は一発で聞こえていたようで、すぐに返事をもらった。
「四月一日か、入れ」
ゆっくりと生徒会室に入る俺たち。
中には、沢渡会長と六月一日副会長、三枝副会長、弥皇企画広報部長が揃い踏みだった。
沢渡会長は手元の資料を読みながら俺たちを見ることなく、逍遥に言葉を返す。
「用件を手短に頼む。今、策戦会議中だ」
「今回のGリーグ戦サブエントリー選手に、我々1年として、1年の岩泉聡くんを推薦したく伺いました」
「その件か」
「はい。今回の国分事件でサブが1人いなくなります、是非岩泉くんを入れてください」
「その件、今回は動くことができない。本人に通達してからまだ2週間。せめて1か月は様子を見ることになるだろう。薔薇6からなら構わないが」
「では、今後もしメンバー変更がある場合、八朔くんと栗花落くんを入れて頂きたいのですが」
「八雲もいるではないか」
「彼は役に立ちません」
「どうしてそんなにあいつを嫌う」
「前にも申し上げました、実力がないからです。岩泉くんがどうしてもだめなら、瀬戸さんを推薦します」
今まで俺たちに背中を向けていた六月一日副会長が痺れを切らしたように逍遥の方に向き直る。
「推薦は生徒会の案件であり、お前の出る幕ではない。エントリーを外されたいのか」
「八雲を出場させるのであれば、僕はエントリーから外していただいて結構です」
ここで空気の流れが一気に変わった。
おいおい逍遥。
ほんとにエントリー外されたらどうすんだよ、3種目もスタメンで入ってるのに。
「生意気な。それでは、お前のエントリーを外す。学年とフルネームを言え」
「僕は1年魔法科の四月一日逍遥です」
逍遥は俺をも引きずりこむ意向らしい。右肘で俺の身体を突く。
仕方ない。
別に出たいわけでもないし。
ここは逍遥に同調しよう。
「同じく1年魔法科第3Gの八朔海斗です」
弥皇部長が俺たちと六月一日副会長の間に入ってきた。
「六月一日。確かに推薦は生徒会案件であり、誰も僕たちの決定に意義を唱えることはできない。しかし、この2人は沢渡会長が直々にエントリーしている。まして第3Gのことにお前は口を出してはいけない。いいか。お前も胆に銘じておけ。会長のお考え如何では、お前の副会長職も取り消せるのだぞ」
そういって六月一日副会長を叱りつけたあと、弥皇部長は俺と逍遥を交互に見た。
「四月一日に八朔。ここは引け。八雲を出したくない気持ちはわからないでもない。でもそれはやはり会長が決めることだ」
「上級生に逆らったらエントリーを外すと3年生の先輩に教わりました。それでしたら、僕と八朔くんのエントリーを外して八雲をスタメンにしてください。彼の実力が分るはずです」
六月一日副会長は怒ってシャープペンを逍遥に向かって投げつける。
第3Gの俺に向かって口出しできないから、魔法科生の逍遥に当たったのだろう。
ここで、真打ち登場。
「お前たち、いい加減にしないか」
俺から見てると、会長はこっちを怒っているのか、先輩たちを怒っているのかわからない。
でも、ここまできちゃったし、後戻りできない。ね、逍遥。
「沢渡会長ともあろうお方がなぜ八雲に騙されるのか、僕には理解ができません」
おーっと、それをいったらお終いだよ、逍遥。交渉決裂どころか停学や退学もあり得るぞ。俺はリアル世界に帰るだけだからいいけど、逍遥、最悪退学の憂き目にあったらどうする。
沢渡会長もさすがにカチンときたらしい。
「そうか。では、今回はお前たちのエントリーを外して八雲をスタメンにエントリーしてみよう。それで八雲が結果を出せたなら、四月一日、お前は普通科に転科させるし、八朔は元の世界に戻ってもらう。これでどうだ」
「承知いたしました。僕としては異論ございません」
俺は母さんとのバトルに思いを馳せていたので少し反応が遅れた。
「どうだ、八朔」
「あ、すみません。僕も異論ありません」
沢渡会長は立ち上がり俺たちの方に寄ってきた。
「それから、南園も体調を崩しているのでGリーグ予選でのエントリーを外す」
逍遥は前を見ていて、会長とは目を合わせようともしなかった。
「南園さんは僕らとは一切関係ありません」
「気にならないのか、誰が出るか」
「上杉先輩並の力を持った先輩が大勢いるでしょうから。マジックガンショットは」
「これはまた。ブラックジョークか」
「僕たちはこれで失礼します。お忙しいところ申し訳ございませんでした」
逍遥が先に生徒会室を出る。俺は慌てて生徒会役員に挨拶しながら逍遥の背中を追った。
来る時とは違い、ゆっくりとした足取りで廊下を歩く逍遥。魔法科の教室に戻ると、逍遥はさっさと帰り支度を始めた。俺はもう帰り支度を済ませてあるのでカバンを手に取っただけ。
支度をする間、一言も口にしようとしない逍遥。
うーん。まだ怒っているのか。
そうだよな、自分のエントリー外されて八雲がスタメンなんて、脳内ストーリーには無かった展開だろう。
なぜそこまで逍遥が八雲を嫌うのかはなんとなくわかるけど。お前呼ばわりするやつだし。みじめ発言するほんっとに嫌な奴だし。それでいて、実力ないし。
俺が不思議なのは、なんで沢渡会長が八雲を認めているかなんだよね。媚びへつらっていますってんのわかんないものなのかな。あの会長さんが。
ああ、あれくらいの権力持つとそういう媚びへつらいとか、方々からあるんだろうな。で、感覚がマヒしていく。
一度マヒした感覚を正常に取り戻すのは、並大抵の心理じゃできないだろう。
惜しいよねえ、そこさえなきゃ立派な生徒会長なのに。
って、第3Gとして可愛がられている俺が言っても何の役にも立たない。
ふと我に返り逍遥の様子を見る。
逍遥は机の中やロッカーまで整理している。
おいおい、このまま学校からいなくなる気か?
「帰るのか?」
俺の問いが全然聞こえていないかのようだ。
こりゃすっかり頭に血が上ってるなと解釈した。
「おい、逍遥。寮に戻るのか」
「寮ですら直ぐに出て行きたい気分だ」
「そこまで怒らなくても・・・」
逍遥はひとつだけ心残りがあるという。
「君を道連れにして済まなかった」
頭を下げられた俺は、心配性の性格が表に出た。
「俺は元の世界に戻るだけだから別にいいけど、逍遥は退学になったら困らないのか」
「行くとこあるからいいんだ」
「家に帰るってこと?」
「違うよ」
「じゃ、転校?」
「ま、そんなところ」
「逍遥ってば、怒るとおっかねーもんな」
「おっかねーって、何?」
「怖い、ってこと。元の世界の方言さ」
「いいね、それ。別に僕は紅薔薇なんておっかねくないし」
「そこ、おっかなくない」
「そうなの?方言って難しいんだな」
笑いまではせずとも、ようやく逍遥の怒りが収まってきた。
あとは寮の中でまた怒りをぶちまければいい。
俺、いつまでこっちに居られるかわかんないけど。
あー。逍遥のことだから、リーグ戦の応援にも行かないな。でも、俺だって逍遥や南園さんが行くから応援行きたいだけで。譲司はどうするんだろう。スタメンにあげるのかな。でも、さっき会長は逍遥の代わりに八雲を入れると言った。
それなら譲司のスタメン入りはないだろう。
ま、人間万事塞翁が馬。
人生何事も結果オーライ。なんとかなる。
というわけで、授業が終わると俺たちは寮に真っ直ぐ帰ってあーでもないこーでもないと、どうでもいいような話題で盛り上がる日々を過ごすことになった。
これって、高校生活そのものだよなあ、部活に入れば一昨日までと同じように練習三昧の日々になるのかもしれないけど、たまにはのんびりするのもいいじゃない。
譲司はサブとしての練習が待ち構えているらしく、俺たちと会う機会がめっきり減っていた。
もう、俺は腹を括っていた。
リアル世界に戻ることも厭わない。
亜里沙や明にも生徒会から連絡が行くだろう。
俺が問題起こすと亜里沙は吹っ飛んでくるはずなのに、今回は姿を見せようともしない。
もしかしたら、亜里沙や明は、普段リアル世界に戻っているのかもしれない。
桜ヶ丘は楽しそうだもんなあ。
俺はまだ考えあぐねていた。
泉沢学院は退学することは既定路線。問題はその後。
嘉桜高校を受験し直すか、最初から桜ヶ丘1本で行くか。それとも高校自体行くのを止めて大学入試にスライドするか。
なんか、今の生活送ってると何でもできそうな錯覚に捉われる。
魔法についても考える。
主体的に俺が動かしてるのか、それとも魔法に動かされてるのか、それすらもわからないが、俺は徐々に魔法を自分のモノにしつつある。このペースでいけば、かなりの魔法を習得できるのではないだろうか。
というところまで、逍遥と語り合ったわけです。
逍遥は俺のこと全然知らなかったから。
そういう逍遥は、自分のことを話すことは話すけど、大事な部分は隠してる。
でもね、いいの。穿り返されたくない生活だってあるだろうし。
俺が必要なら、必要だと言ってくれるし。
俺にとっては、今が一番幸せなのかもしれない。
やっぱり親友が欲しかったのかな、泉沢学院で。
でももう、あそこに行くのは嫌だし親友を作ることも諦めた。
神様。
リアル世界において、泉沢学院のような大勢の中に居て、ひとりでも生きていける本当の強さを俺にください。
魔法W杯 Gリーグ予選編 第5章
逍遥はあの騒ぎのあと、絶対にグラウンドに行こうとはしなかった。その代り、現地の様子は譲司が知らせてくれた。
大体が八雲の様子だったが。
アシストボールでは、DFのくせにMFの役目を果たそうとしてみたりFWの邪魔をしてみたり、守備には全然参加しなかったり、要は目立つことが非常に好きらしい。
GKなんてカッコ悪いとそこかしこで言いふらして歩いてるのだとか。
あー、沢渡会長、どう思うのかね、それ聞いて。
俺たちには関係のないことだけど。
プラチナチェイスでは念願のチェイサーになったようだが、まるっきりボールを拾えず自陣に入れてから30分経ってもまだ飛び続けているという。
挙句の果てに、陣形がおかしいのだと責任転嫁する始末。
マジックガンショットでは、上限100個を30分経過しても撃ち落とせず、ってか、イレギュラー魔法陣の洗礼に遭っているらしい。
これも、レギュラー魔法陣が全然現れないからだと周囲に吹聴しているというのが言い訳らしいんだが、腹の底から笑える。上限100個は必ず現れるの。数を数えることもできないのか?
結果、残りの日数ではどうにもならないと先輩たちも気付いたらしく、会長に申し入れを行ったようだが、会長はどうしても首を縦に振らなかったという。
意地、なんですかね。
それとも、最初からGリーグ予選突破など念頭にないのか。
逍遥の『ボロ負けするよ』予言もあるし。
八雲が出場して世界中から笑われるのは紅薔薇高校であり、生徒会長と生徒会であり。
先輩たちが心配して逍遥のところに来るらしいのだが、逍遥も今回だけは譲れないと頑なに拒んでいるのだとか。
ところで、八雲が役に立ったなら、俺たちはお払い箱になるわけだが、もしも八雲が役に立たなかったらどうするのか。会長を始め生徒会役員は俺たちに土下座でもして謝るんだろうか。
このぶんでは、土下座でもしない限り、逍遥は生徒会が関わる今後一切の競技、試合に出場しないだろう。
彼の言い分によれば、こんな甘っちょろい試合など腕試しにもならないという。
なぜ試合に出場するかと言えば、自らの力の還元なのだそうだ。
何を還元しているんだ?
自らがそうあったように、魔法を術として体系化していく。そして比類なき能力を秘めた1人の人間に、全てを伝承する。そのためにだけ、試合に出て自分の魔法を見てもらう。
ただ、それだけ。
俺にはわかりづらい説明だったが、それ以上聞いても逍遥は話をしないはずだ。話さないことがわかっているので、俺はそれ以上何も聞かなかった。
さて。
困った困った。
何も俺が困ることもないんだけど。
最悪、強制終了でリアル世界に戻されるだけのこと。
いつも言ってるが、もう腹は括っている。
あとは残された亜里沙や明が心配なだけだ。
リーグ戦があるからだろう。前にも増して亜里沙たちに会う頻度が少ない。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
こんな時ほど、時間の流れは速い。
1週間が瞬く間に過ぎていく。
季節は夏、7月に入った。
2日後にはGリーグ予選の試合が始まる。
相変わらず、逍遥は学校と寮を往復する生活が続いている。俺も別に用がないので、同じく寮生活組。
今じゃもう、逍遥の部屋にまで先輩たちの土下座参りがあるらしい。
会長を説得するから試合に出てくれ、と。
それに対し、逍遥の答えは決まっている。
頭を上げてください。エントリーを外された自分が出るのはおかしいのでエントリー内で会長と相談してください、と。
そういった経緯もあり、今年は2,3年の先輩たちと生徒会連中との不仲にまで発展したまま、Gリーグ予選を迎えることになった。
別に、僕が悪いわけじゃないし、言い出したのは向こうだから、と逍遥はつれない。
本当に逍遥はどこまでもドライだ。
性格は無慈悲。非常に冷たい。
俺なら先輩に土下座された時点で戻るような気もするけど、逍遥にしたって大凡退学の危機なわけだから、ただやみくもに先輩に向け邪険な態度を取っているわけではないと思う。
どちらに軍配が上がるかは、試合が始まる前から分りきっているんだけどね・・・。
紅薔薇高校は高校生日本代表としてGリーグ予選アジアエリアA組を戦う。
A組で戦う相手は、オーストラリア代表、インドネシア代表、台湾代表。どこも決して弱くはないが、強くもない。イメージとしては、オーストラリアが突出している感じだ。欧州の血を受け継いだ戦術を取っているからだろう。
昨年も紅薔薇はGリーグ予選で敗退したはずだが、今年はどんな戦いを見せるのやら。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
Gリーグ予選に出場する紅薔薇の選手団は市内のホテルを宿舎にし、そちらに移った。
寮から選手団に加わった先輩も多い。
逍遥は最後まで自分を貫いた。もちろん、逍遥の態度に文句を言う先輩もいた。でも逍遥は気にしていなかった。
彼にとっては、沢渡会長との約束が一番大事だったのだ。
俺たちが勝てば、いや、勝ち負けという表現はおかしいかもしれないが、俺たちの言うことを事実認定してもらえれば、八雲に実力がないのに然もあるかのような振舞いを止めてもらい、魔法技術科に戻して二度と競技には出場させないことを約束してほしいと願い出るだろう。
で、6月に俺が録ったあの場面を再生する。これであいつの本性がわかるはずだ。
逍遥はそこまで計算して悪者の名を背負い込んでいた。
まったく。俺に言わせれば器用そうでいて本当は不器用なやつだ。四月一日逍遥という男子は。
Gリーグ予選では各国1日1種目の試合を行うということで、全12日の予定を組んでいた。
ようやく逍遥も試合内容に興味を持ったのか、はたまた八雲の働きぶりをチェックするためか、俺と一緒にPV会場に足を運ぶことにした。
まず、オーストラリアとの対戦。
1日目はマジックガンショット。
誰もが予想した通り、時間内に八雲がレギュラー魔法陣を消し去ることができず、また南園さんも競技に参加しなかったことから、3人平均の時間は上限100個に対し、20分台と大幅に出遅れた。急遽エントリー外から出場した3年女子も20分台。八雲が上限を仕留めることができずに終わったため、マジックガンショットでは負けなしの紅薔薇高校が、ポイント0という紅薔薇史上最悪の結果をもって終わってしまった。
上杉先輩も、自分は10分台を死守したというのに他の2人が足を引っ張ったお蔭で、かなり凹んでいた。4日後の試合、8日後の試合で盛り返せばいい、という応援団の慰めもあったようだが、先輩自身、逍遥に土下座参りをしていたひとりで、もう、八雲には話しかけようともしていない。
チームの雰囲気が最悪なのを俺だって感じたのに、八雲は謝るどころか、また自分だけレギュラー魔法陣が出なかったと沢渡会長に泣きついていた。
2日目はアシストボール。
八雲のオウンゴール3発による得点を含め、0-7という大差でオーストラリアに完敗を喫した。主に、八雲がDFとしての仕事をしなかったからだが、沢渡会長の目にはどう映ったのか。
ポイント0。
この数字が齎(もたら)す意味は大きい。
3日目、ラナウェイ。
ここは八雲が出ない唯一の種目。
先輩方もこの種目だけは落とせない、という意地もあったのか、早々に相手を攻略し、3人の先輩方は勝鬨(かちどき)を上げた。
3-0。ここでやっと3ポイント。
先輩方はやっとオーストラリアに勝利し安堵の表情を見せた。
4日目。プラチナチェイス。
今日でオーストラリアとの試合が終わる。
やはり、といっていいものかどうか。
陣形を組むことは容易にできたが、八雲がチェイサーの役目を果たせずボールは陣形を離れていく。
Gリーグ予選と決勝Tのプラチナチェイスにおいては、陣形に5分以上ボールが居続けても捕まえられない場合、陣形はリセットされ相手方にボールが渡るのだそうだ。
俺は練習にも参加していなかったので全日本とルールが変わることに気が付かなかった。
なんで陣形がリセットされるのだろうと不思議に思っていたら、PV会場で試合を観ていた逍遥が隣で大笑いしている。
逍遥、君なら5分もかからずボールを手中に収めているからね・・・。
結局ボールはオーストラリアが奪ってしまい、またもやポイントは0。
いくら相手が格上のオーストラリアとはいえ、散々な滑り出しだった。
4日目からはインドネシアが対戦相手となった。
オーストラリアよりも与しやすいとの前評判を早々に裏切り、インドネシアは善戦した。
紅薔薇の成績は、マジックガンショットはまたも20分台、アシストボールは0-3、ラナウェイは0-0、プラチナチェイスも0-1。
ラナウェイでポイントを稼げなかったのが痛かった。
八雲というやつは、反省するということが頭の片隅にも無いのだろう。
オーストラリア戦とまったく変わりがなく、特にアシストボールではMFやFWの先輩に邪魔者扱いされて相手ゴール近くで同じチーム同士がタックルをかけるという珍事が見受けられた。
先輩方は沢渡会長からお叱りを受けたらしいが、先輩方としても、どうやら堪忍袋の緒が切れる状態までに至ったようだ。光里先輩が何やら八雲に向かって叫んでいるのがPVに映ったが、どうやら「もう出るな!」と怒鳴ったように見えた。
そりゃそうだ。
反省の色も無く、それでいて実力もない。ともに戦う先輩方としては、頭が沸騰しかけてるのではないか。
みなさん、熱中症にご用心。
結局、インドネシア戦はこれまたラナウェイで稼いだポイント1に終わり、生徒会連中がバタバタと情報収集に明け暮れる時間を作ったという噂だ。
8日目からの台湾戦。
台湾は一番日本とプレースタイルが似ているということでPV会場にも楽観的な空気が充満していたが、1日目のマジックガンショットからして、それは毒ガスへと変貌した。
台湾の選手3名が放ったマジックガンショットは、上限100個を平均15分台で撃ち抜いたのである。
それに比べ、こちら日本は上杉先輩が他の2人への不満や怒りをセーブできず調子を崩し、3人平均が25分と今までで一番遅い結果となってしまった。
アシストボールは0-1、ラナウェイは1-1、プラチナチェイスは0-1。
ここでも八雲が邪魔になり、アシストボールなどは特に荒れた。
DFの八雲がどうして自陣ではなく敵陣のゴール前に張り付いているのか、不思議に思っていた観客も多かったと見え、日本チームは失笑を買い、八雲自身はブーイングを浴びた。
プラチナチェイスでは最後までボールをラケットに押し込むことができず、これまた観客席はブーイングの嵐と成り果てたのだ。
それでも自身のプレーを変えようとしない八雲は、ある意味図太い神経を持っている。心臓に毛が生えているに違いない。
競技の全日程を終え、わが日本の結果は、わずか5ポイント。
日本チームは無様な形でアジアエリアA組の最下位に沈んだ。
昨年度をも上回る大惨敗だった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
紅薔薇の大惨敗には、国内のW杯全日本参加校からもクレームがついたらしく、大会事務局日本支部はおろか、紅薔薇高校の事務方にもクレーム電話が鳴りやまないらしい。
宿舎から学校に戻った生徒会役員らは、その後始末に忙殺されていた。それ以上に、一般の生徒からも激しいクレームの嵐で、校内でデモ運動が展開された。
そう。生徒会役員一掃を叫ぶ生徒が続出したのだ。
そんなある日のこと。俺と逍遥に対し、生徒会に来るよう命令が下った。
「何を今更」
逍遥はにべもない。
ただ、上意下達の高校生活、命令には従うということで、俺たち2人は生徒会室に向かった。
乱暴にドアをノックする逍遥。
「あれ、持ってるね」
「持ってる」
俺がポケットから出したのは、あの時のレコーダーだった。
「入れ」
沢渡会長の声がする。
入ると、俺たちがエントリーを外されたあの日に戻ったのかと思うように、皆が寸分たがわぬ同じ席について俺たちを待っていた。
沢渡会長が机に肘をつきながら口を開いた。
「お前のいうとおりになったな、四月一日」
「僕は結果を知りませんので」
言うに事欠いて、逍遥はずらっと嘘八百を並べ立てる。
おい、嘘きらいなんじゃないのか。
それとも、これも必要悪ということか?
「そうか。結果を知らない、か」
「今日はどういったお話でしょうか」
「Gリーグ予選は、お前の言った通りの結果になった」
「僕は何も。エントリーを外していただいただけです」
「八雲の件も知らないと?」
「今の僕には関係のない話です。八雲の正体については証拠がありますが」
そういうと、逍遥は俺の手から乱暴にレコーダーを奪って再生ボタンを押した。
“みじめ”“お前”といったNGワードが並ぶ音声データ。
聴いている沢渡会長の眉間の間が段々狭くなってくる。
「これをどこで」
「全日本の懇親会のときに八朔くんに預けていました」
「なぜレコーダーを?」
「国分事件について情報が得られるかもしれないと思ったからです」
「そうか。あの時こんなことを・・・」
逍遥はまだ怒っている。
誰かに何も聞かれないから、逍遥も俺も何も言わない。
そうやって5分ほどが過ぎただろうか。
「済まなかったな、お前の言い分を聞くことすらしないで」
沢渡会長が、徐に立ち上がって俺たちの方に向かい頭を下げた。
他の役員が会長を止める。それは六月一日副会長だった。
「会長、こんな1年に頭を下げる必要はありません」
ん?こんな1年?
なにすや。
「お前たちも頭を下げろ。最後に四月一日と話した時、我々は何と言った?」
「それにしたって、頭を下げるべきではありません」
「謝れない者は生徒会に必要ない。我々はもう、生徒会の体を成していないことに気が付かないのか」
「それは・・・」
今度は弥皇部長が沢渡会長を止める。
「3年はもうすぐ生徒会を去りますから、何度頭を下げても構いません。しかし2年は来年度があります。ここで上意下達の慣習を破ってはなりません」
沢渡会長は、弥皇部長の左肩に自分の右手を載せた。その手は少しだけ、震えていた。
「だからこそ、全員を変える必要があるのだ」
「全員?」
「そうだ。六月一日。お前は入間川に代わってよくやってくれたと思う。しかし、俺の間違いを正しもしないで下級生を責めた。この生徒会に必要なのはそういう人材ではない。正しいことを正しいと言える四月一日のような人材が必要だ。弥皇、お前も同じだ。我々はもう卒業するからと上意下達を簡単に目下の者に任せるのではなく、正しいことを正しいと言える下級生を探さなくてはならない」
逍遥は、自分に関係のないことをいつまで話し続け、俺たちを拘束するのかと思っているに違いない。
「では、僕たちはこれで失礼します。次回以降、八雲は絶対に試合に出さないでください。魔法技術科に戻していただいて結構です」
六月一日副会長は逍遥に対し良いイメージが無かっただろう。自分も生徒会を追われることになった事実を内心承服しかねていたのか、また逍遥を相手に怒りだした。
「こいつ、まだそんなことを」
「僕なら、エントリーを全部外していただいて結構ですから」
「生意気な奴だ。お前など普通科に転科させてやる」
「どうぞ、なんなりと」
「止めろ!!」
途轍もなく低い声。怒った。沢渡会長が・・・怖い。
「六月一日、お前はもうここに必要ない。生意気とかそういう問題ではない。我々は間違いを冒し日本中から責め立てられているんだぞ」
「しかし会長」
「それなら、お前が普通科に行くか」
途端に六月一日副会長は怯えた目をして床に座り込み、会長の左腕にすがりついた。
「お許しください。普通科への転科だけは、お許しください」
沢渡会長の目つきが変わり、こめかみがヒクヒクと動いている。
いつも落ち着いた目をしている会長の目に、炎が見え隠れする。これは・・・怒り頂点に発したのだろう。声も1オクターブ下がっていた。
「貴様、今同じ言葉を四月一日に言ったではないか。なんというやつだ。貴様は地位さえあれば何でもできると思っていたのだな。これが貴様の本性か。見たくもない、出て行け」
反対に六月一日副会長は震えだし、身体が一回り小さく見えた、
「お許しください。何でもしますから」
「ダメだ。もう本性を見切ったからには、ここには置いておけない。教職員に相談し転科もやむなしとする」
沢渡会長は、六月一日先輩の腕を取って立ち上がらせると、生徒会室のドアを開け、そのまま追い出してしまった。
あっちゃー。
内部抗争激化。
逍遥はといえば、俺たちを早く解放しろよとばかりに頭を振り、足を踏み鳴らしている。
おいおい、逍遥。落ち着け。
俺だって入間川先輩のときにこういった場面に出くわしたんだ。これが生徒会長の力というやつなんだよ。
「弥皇。お前も今日は出て行ってくれ。俺はこいつらに対して謝らなければならないんだ」
「会長・・・。わかりました。自分は会長の言葉を信じますし、今回の問題に対するせめてもの償いとして、出来る限りのクレームに対応します」
「そうか、では教員室に向かってくれ」
「承知しました」
「三枝、お前も教員室へ」
「かしこまりました」
カシコマリマシタ、って。
1年しか学年変わらないのにその言葉遣いってどうよ?
紅薔薇の生徒会って、すごくない?高校の生徒会ってみんなこんなもんなの?
沢渡会長は他の役員を外に出すと、もう一度俺たちに頭を下げた。
「済まなかった、俺も人を見る目が落ちたな」
逍遥の声は相変わらず冷たい。生徒会長に対しての言葉とは思えない。
「いえ、会長でなくても、六月一日先輩は評判が良かったと聞いていますから」
「四月一日、そろそろ矛を収めてくれ。八雲は金輪際競技会には出場させない。魔法技術科に戻そう。岩泉の件も、薔薇6からサブで起用しよう。お前と八朔もエントリーするから薔薇6に出場してくれ」
逍遥はまだ何か言いたげだったが、もうこの辺で一段落させよう。
俺は逍遥を押しのけて前に出た。
「ありがとうございます。八雲の件は、これからもそのように願います」
「あれだけのプレーだったからな、クレームも物凄い数だと聞いた」
「ところで会長、のちの会長はどなたを指名されるおつもりですか」
「会長には光里を考えている。副会長は人選を任せる。光里も八雲起用に反対していてな。六月一日と試合中にも関わらず対立していたんだ。そんなことも手伝って、今回のような失態を冒してしまった」
「そうでしたか」
「本当に試合を観ていなかったのか」
「はい。こうなることはわかりきっていましたので」
俺もいけしゃあしゃあと嘘をつく。
「わかりきっていた、か。お前は懇親会のこともあっただろうに、よく、あの時我慢したな」
「腹が立ったのは本当ですが、僕を怒らせるのが彼の真の目的だったと思っていましたから。僕は高校に通わなかったので上意下達が全高校で行われているのかわかりませんが、やはり正しいものは正しいと言える学校生活でありたいと願っています」
「光里にはその辺もきっちりと引継ぎしておく」
「ありがとうございます」
俺は渋る逍遥にギリギリ頭を下げさせ、生徒会室からやっとの思いで抜け出ることができた。なんで俺、いつも権力争いの中にいるんだろう。
生徒会室を出た逍遥は、いつもの切れ者逍遥に戻っていた。
「逍遥、相当怒ってたな?」
「別に~。でもお家騒動は僕らのいないところでやってほしいよね」
「確かに。俺、前も副会長追い出した時生徒会室にいたんだよなあ、さっき思い出したよ」
「紅薔薇の生徒会長は力がありすぎる。他校ではこんなに力を持っていないんだ。教員をも上回る力は危険だよね」
「そうだな。教員の言うなりも困るけど、六月一日先輩みたいな人が会長になったらと思うと寒気がする」
俺たちは学校を出て寮へと向かい歩き出す。
次期会長候補の光里先輩の腹積もりも知らずに・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日のこと。
Gリーグ予選で紅薔薇が負けたことにより、沢渡会長名義で、7月後半は薔薇6の準備に、9月はGPSの準備に充てることが発表された。
薔薇6はGリーグ予選と同じ種目で争うため、誰がエントリーされるのか、皆の興味の集まる所だった。ただしエントリーが発表されるのは8月1日だ。
夏休み前の昼間の食堂は、生徒たちが集まりその話題に花を咲かせる。
俺や逍遥、譲司も何の気なくその話題には触れている。
そんなある日の事。
またもや俺は昼の食堂であの刺さるような視線を感じた。
後ろを振り向くが、俺に対し嫌な顔をしている生徒はいない。
もしや八雲では?と思っていたのでちょっと意外だった。
逍遥や譲司は何も感じないと言うから、俺に向けた視線なのだろう。
いったい誰が俺を見ているんだ?
そんなことを俺が考えているところに、光里先輩が顔を出した。
「よう、四月一日。元気そうだな」
逍遥は光里先輩がどういう人だか知っているらしい。
俺なんぞ、2年と言えば入間川先輩や六月一日先輩のような、先輩風を吹かせる人しか知らないので、少し身構えた。
「なんだ四月一日、俺の事周りに話してないのか」
逍遥は相手が先輩なのにいつものように冷たくあしらっている。
「ええ、まあ」
光里先輩は腰に手を当てて、笑いながら逍遥の顔に自分の顔を近づけた。
「お前、今度の生徒会、副会長やらないか」
どーん。
俺、八朔海斗にしてみれば、なんという爆弾発言。
逍遥が副会長ねえ、生徒会がぶっ壊れそうだ。
それをアテにしてのことのなのかどうかわからないが、光里先輩は逍遥に知らん顔されても、何度もアプローチを繰り返す。
「なあ、頼むよ」
「僕は生徒会を壊しそうですから」
「だからいいんだよ」
「僕より、栗花落はどうでしょう」
「栗花落?」
「こちらにいるのが栗花落、栗花落譲司です」
「見たこと無いな」
光里先輩も、物事をはっきり言うタイプとお見受けする。
「栗花落は請われて、全日本以降魔法技術科から選手に選ばれているんです。魔法科だけが生徒会じゃないと僕は思っています」
「それもそうだな」
譲司が顔を赤らめて手を顔の前で右手を振る。
「そんな大役、僕には務まりません」
「そうなのか?」
また光里先輩は俺たちの方を向く。
俺と逍遥は、ニヤリと笑って譲司を指差した。
逍遥が続ける。
「光里先輩、こいつは魔法科に入れる技術があるのに、わざわざ魔法技術科を選んだ変わり者ですが、とても真面目です。でも、これでいて、言いなりにはならないタイプなんですよ」
「へー、興味湧くな」
まだ譲司は右手を振っている。
「僕など副会長は無理です」
光里先輩が、譲司の右手を止めた。
「お前デカいなあ。力には自信あるか?」
「力?ええ、まあ」
「じゃ、お前、生徒会に入ってくれよ。力仕事が多いんだ、生徒会は」
「力仕事?」
「ああ。俺を助けると思ってさ、手伝ってくれよ」
「力仕事で済むのでしたら」
「じゃ、決まりな。8月1日の生徒総会で発表するから」
口笛を吹きながら光里先輩は俺たちの元を離れていった。
先輩もお上手だこと。
俺の知る限り、生徒会に力仕事は無い。
それとともに、逍遥がもし生徒会役員に選ばれていたらどうなっただろうと考える。
んー。
想像がつかない。
逍遥は一般の生徒でいるからこそ、輝いているのかもしれない。
こうして、俺にとって初めてのGリーグ予選は、思いもかけない方向で、あっけなく幕切れした。
異世界にて、我、最強を目指す。ー魔法W杯 Gリーグ予選編ー