ひげ博士のミニチュア
博士は書斎にいた。ひげ博士は部屋の中に壁銃にメモ用紙をはりつけて、その上に呪文のような形の図形や、意味不明な数列をかきちらして、長い口髭をたくわえて、瞳の半分ほどしかない奇妙なマルメガネをつけて、はまきをすって、いつもどおり恒例の奇妙な実験をしている。
「母親はこういう形をしていたはずだ」
彼はミニチュアの中の一つの人形を人差し指と親指でつまんだ、彼が母と呼んだものの、確かにミニチュアの老婆は、ベッドに腰をおろし、テレビを見ている。そのとき、部屋の後ろでひどい機械音がした。
「ああ、エンジンの調子が」
プスプスと蒸気のようなものを吐き出しているエンジン、それは彼の机と椅子のすぐ背後にあり、彼の胴体ほどの大きさはある。それが白いパイプ脚の机の上にのせられていて、脚をつたって部屋全体を揺らしている。博士は白衣をみにまとい、そのエンジンの様子をみていた、机の上には何かの観測メーターがおかれてあり、机が揺れるたびにメーターの針も揺れていた。
「この振動数はだめだ、もう少し調整をしなければ」
そのころはるか昔の世界では、ミニチュアと全く同じ家の中で家族たちが一家団欒の食事をしていた。
「今夜はシチューよ」
そういって若い女性が食事を運んでくる、二人の兄妹がそれを手伝っていた。
「おにいちゃんお肉をわけてよ」
「いやだ」
カチャカチャと食器をならして食事前に喧嘩をする兄妹、それをみるように、さっきのミニチュアの老婆によくにた、本物の老婆がにこにことして黙っていた。そこに博士の顔はなかった、しかし父らしきものの姿もなかった、ただ博士と似た顔のスーツをきた男性の写真が、リビングの正面にあるガラス棚の戸の中に飾られていただけだった。
博士はその何年も先の未来で、その様子を再現している、なぜ再現しているかはわからない。彼はひたすらつぶやいた。
「死後の世界が存在することを知らせなくてはいけない、みんなが私のように苦労をしないように」
彼の背後には、何か白い生物がいて、ただそれは、白く透明な布のようなものをかぶっていた、中身はまるで宇宙人のような真黒く大きな目をしていて、鼻は骸骨のようにとってつけたようなものだった、その宇宙人がふいに口をあけた、布のようなものがシワをつくった。
「変わるがわる、訪れるのです、あなたの生も死も、あなたはもうすぐ、貴方の形を失うでしょう」
「いやだ!!」
部屋の中に博士の大声が響いた。
「もう一度あの時代をやり直す事ができるはずだ」
心なしか、背後の生物は、口元を動かし溜息のようなものを吐いた感じがした。
「あなたの家族は、もう何度も生と死を繰り返しているというのに、あなたはもう、ずっとここにとどまっているだけなのです、こんな魂は初めてです」
善も悪もなく、進歩も退歩もなく、その部屋には博士の魂と、かかり続けるしくみのよくわからないエンジンがうなり続けるだけだった。
ひげ博士のミニチュア