パレード
狂気じみた熱を孕んだ喧騒は深夜遅くまで続いていた。
商店街に面した大通りを練り歩く人々たちと、その道の中央をゆっくりと走行する貨物車。荷台には白塗りの顔のこどもたちが乗せられ運ばれて行く。こどもたちは一様に楽しげな笑顔を見せているが、私にはそれがどこか不自然なことのように思えた。
――おかしな街に来てしまった。
それがこの街を訪れた私の最初の印象だった。もっとも、来るのが日中であれば、そうでなくとも今日以外の別の日であったのならば、その印象もまた違ったものになっていたのかもしれないが。
得体の知れぬ恐怖の中で宿場に戻るか否かを決めあぐねていると図々しくも男の一人が私に向かって話しかけてきた。
「写真は撮らないのかい?」
「はぁ」
「ここでは写真を撮るんだよ。なるべく多く。記憶にも記録にも残しておけるように」
男が何か言葉を発するたびに、ねっとりとした酒臭い息が周囲に充満し、体中にまとわりついてくるかのような錯覚を覚える。やはり今すぐにでもこの場から立ち去りたいと思い、私は頃合いを見てこの場を離れることを決めた。
「なぁ、撮ってやってくれよ。あの子たちの最後の姿なんだよ。俺たちのカメラじゃダメなんだよ」
「えっ、それってどういうことですか」
この場を離れると決心したそばから男に話題を振ってしまう自分の堪え症の無さに嫌気がさす。
けれど、酒気を帯びた男の目に薄っすらと浮かぶ涙と言葉の意味がどうしても気になってしまったのだ。そして一度気になってしまえば後は自分の納得がいくまで答えを追求しなくては満足ができないのが私の悪い癖である。しかし、悪い癖ではあれど、それによって仕事を得ている部分を加味すれば悪ではあるが嫌いではない、と言い直すこともできる。
それはさておき、一度落ち着いて周囲を見渡すと男と同じように笑みの中に悲しみを隠した大人が一定の割合で存在することに気付く。
「最後、ってどういうことですか?」
私は再び男に質問を投げかけてみた。
「こどもたちは今日、かみさまのところに行く。もう帰ってこない」
言葉は端的でこれだけでは疑問は解消されない。
「かみさまって何ですか? 何故、こどもたちはそこへ行かなくてはならないのですか?」
私が矢継ぎ早に質問をしたことが気に入らなかったのか男は赤くした目で一度こちらを睨みつけ、それから「写真は撮ってくれるのか」と聞いてきた。
「わかりました。写真が重要なのですね」
いつの間にか思考も声のトーンも仕事モードの自分に切り換わっていた。この男に対する嫌悪感も、この街に対する得体の知れない恐怖心もすでになくなっている。
「お嬢さんのカメラで前から三番目の貨物車の荷台を撮ってくれ。なるべく多く、このパレードが続く限り。そしてその写真をこの街の外まで持ってってくれ」
「わかりました。前から三番目ですね」
私はカメラを望遠レンズに付け換え、男の言う前から三番目の貨物車にファインダーを向けた。
それから男は、この街の成り立ちや自分たちの役割を滔々と語り出した。時に自虐的になりながらも男は真剣にこの街のことを伝えようとしていた。
「俺たちはあの子たちの本当の親を知らない。役所の方針で生みの親のことは《かみさま》って呼ぶように言われてるけど、神なら自分の子を捨てていいのかよって今まで何度も思ったね。……まぁ、捨てたのかどうかも定かじゃねぇけどな」
「ご両親の元に帰したこどもがここへ戻ってきたことは一度もないのですか?」
男が首を振る。
「ない。俺も今まで何度もこどもを見送ってきたけど誰一人として手紙も電話も寄越してきたことがない。それどころか、こっちから探そうとしても全然探せないんだ。いつも見送った次の日には名前さえ覚えていなくて」
「それはどういう……」
どういう意味か、と問おうとするが人の波に圧されて男との距離が離れてしまった。一度流れに飲まれれば立ち止まることさえも難しい。すでに男の姿は視界から消え、名前を呼ぼうにも私は男の名を知らず彼を呼ぶ術が分からない。
こんなことならばはじめに男の写真を撮影しておくべきだった。この人の多さの中で男と再び出会える確率はほとんどゼロに近いだろう。
「まぁ、いいか」
この街に対する好奇心は完全には満たしきれてはいないが、男から得た情報によって取っ掛かりはできた。
「まずはこの街の外に写真と記憶を持っていく」
私は再度カメラを構えると男に頼まれた通り前から三番目の貨物車の荷台にピントを合わせ、ファインダーの中で笑う白い顔のこどもたちのひとりひとりにシャッターを切った。
「ありがとう」
シャッター音と喧騒の中で感謝を述べる男の声が微かに聞こえた気がした。
「どういたしまして」
パレード