僕が、命ある限り、叫ぶとき

1、

「おはよう」と花は言いました。

「こんにちは」と僕は返しました。

今何時だろう。

「くだらない問題だ」と、飼い犬のヘンデルが吠えました。

「旅に出よう」と僕が立ちました。

「そうしよう」と、かばんが落ちました。

「いってらっしゃい」と、扉が開きました。

そして、僕らは旅に出ました。


2、

最初の村に着いたとき、

僕はもう帰りたくなりました。

でも、どこへ帰るのでしょう。

最初から、居場所なんて無かった気がします。

だから、誰でもいいので、まずこちらから声をかけました。

「はじめまして」

でも、その人は、真っ黒な顔で、通りをまっすぐに歩いていきました。

「それでいいんだよ」とヘンデルが励ましました。

「それでいいんだよね」と僕は自分に言いました。

風が吹いてきました。


3、

おじいさんが道端で靴を作っていたので

僕はそっと近寄って

「その靴をください」と言ってみました。

「もちろん」と、おじいさんは店から飛び出してきました。

「わしは、この靴を作り続けて60年になる」

と、おじいさんは語り始めました。

話が長くなりそうだったので

「その人生は楽しかったですか」と聞くと、

「そんなことは、聞くもんじゃない」

と怒られました。

「おじいさん、ありがとう」と手を振ると、

「どういたしまして」と、おばあさんが一緒に見送ってくれました。

僕は新しい靴に履き替えて、ワクワクしてきたので

スキップしながら村を出ました。


4、

小川に着くと

大きな熊が魚を獲っていたので

「何をしてるんですか」と聞いてみると

「別に何もしちゃいないよ」と、うなられました。

あらかた魚を捕り終えた熊は

大きな岩に腰をかけながら、魚を食べ始めました。

僕が隣の岩に座ってにっこり笑うと、

魚を、僕とヘンデルに、分けてくれました。

「ただ生きてるだけさ」と熊がつぶやくと、

どこかで遊んでいた子熊たちが戻ってきました。

「それは、面白いことですか」と聞くと、

「人間はなんて複雑なんだ」と嘆きながら

森へ帰っていきました。

僕はちょっぴり悲しくなって

小川を下っていきました。


5、

雲行きが怪しくなってきて、雨が降り始めました。

「もう帰ろうよ」と、ヘンデルは鳴きました。

僕は少し考えてから、

「でも僕ら、まだ何もしちゃいないよ」と言いました。

「もう十分やったさ」と、

ヘンデルは僕のズボンのすそを引っ張りました。

僕はまた少し考えてから、

「でも、まだ何か、まだ何か、できる気がするよ」

と、前を見つめました。

「一緒に走ろう」とヘンデルに言いました。

「うん、走ろう」と、ヘンデルも僕を見上げました。

1、2、3 !

僕らは川沿いを、

全力で走り始めました。


6、

土手を上がって、バス停に出ると

水玉模様の傘を持った女の子が、本を読んでいたので

「愛って何ですか」と声をかけてみると、

「全然わからないわ」と、本を川に投げつけました。

きまりが悪くなったので、もう一度

「愛って何ですか」と誘ってみると、

「失礼しちゃうわね」と、手をつないでくれました。

「それでいいんですか」と、踊りながら言うと

「それでいいのよ」と、彼女は目を閉じました。

少しヘンテコな踊りを踊っていると

いつの間にか雨があがり、

雲の隙間から太陽が顔を出しました。

「おーい」

と彼女が手を振るので、見てみると

バスが停まっていました。


7、

「あ、顔のないおじさんだ」

と彼女が窓の外を指差すので、見てみると

大ぜいの顔のないおじさんが、ぼーっと歩いていました。

彼女が「顔のないおじさん」と、窓から体を出して手を振るので、

僕はいたたまれなくなって

「そんなにおかしいかな」と、ヘンデルにつぶやくと

「わたしは、顔のないおじさんは嫌いなの」と、窓をバタンと閉めました。

それから勢いよく立って、手を上げて、

「別れってありますか」

と運転手さんに大声で叫んだあと、僕を思い切り引っぱたいて、

バスを降りていきました。

僕がヘンデルをだきしめながら

「孤独って罪ですか」と、反対側の窓を開けて泣き喚いていると

帰り道にいた顔のないおじさんが

「ウー」と低い声でうなりました。


8、

最終のバス停で降りて、少し歩いて行くと、

非常に高度に発達した文明がありました。

空を飛ぶ機械が猛烈なスピードで走り回り

顔のないおじさん達が、キビキビと働いていました。

「あなたたちは、どこへ向かって何をしているんですか」と叫ぶと、

「知らないよ」と皆に怒鳴られました。

一人のおじさんが路地裏で、顔がうっすら浮かび上がっていたので

僕が喜んで近寄ると

顔のないおじさん達が「そいつはもうだめだ」と言って

銃で殺してしまいました。

僕は頭が痛くなって、「助けて」と、街中に響き渡るほどの声で叫びました。

すると「おまえも仲間か」と頭ごなしに押さえつけられ、連行されて

牢屋に叩き込まれてしまいました。

牢屋の中は真っ暗で何も無くて、

ただ時間が過ぎていくだけでした。


9、

隣の牢でガタゴト音がするので、耳を澄ましてみると

「よう、若いの。俺はムンク。30年はここにいるぜ。」

と、急に自己紹介が始まりました。

「今日、俺は死ぬ。だけど後悔はしちゃいねぇ。

 俺は俺の生きる道を生き、全力を尽くしたぜ。」

小さな穴から覗いてみると、かっこいい風ていの男が

タバコの最後の一本を吸っていました。

「ひとつ、頼みがある。こいつをエリーゼという女に渡してくれ。」

とムンクさんが言うと、壁の下の隙間から手紙が出てきました。

しばらくすると、看守が部屋に入ってきて、

ムンクさんを連れて行きました。

ムンクさんは、うつむきながら、なんとも幸せそうな顔をしていました。

「こっちだよ」と声がするので振り返ると、

ヘンデルが窓から顔を出していました。助けに来てくれたのです。

「こんな街、早く抜け出そう」

僕らは夜の街を、裏道から脱出しました。


10、

草むらをかき分けて行くと、海の音が聞こえてきました。

ぱっと辺りが開け、夜の星空と満月で妖しく光った海面が姿を表しました。

その傍らの流木に座りながら、ずっと海を見つめる人がいました。

「あなたはエリーゼですか」

彼女はただ泣いたまま、言葉を発しませんでした。

僕は彼女がエリーゼだとわかったので、手紙を渡しました。

彼女が手紙を開くと、それは何羽もの鳥になって夜空に飛び立っていきました。

「愛って何ですか」

彼女は、僕に向かって怒ったように叫びました。

「この世は愛です」

僕は、海に向かって両手を広げて叫びました。

「人間って、希望って、未来って、幸せって、運命って、喜びって、生きるって」

エリーゼさんは僕の手を取り、真剣な眼差しで見つめ

「何ですか」

と、月明かりに光る涙を落としながら、問いかけました。


11、

真夜中のキャンプファイアーをしながら

僕とエリーゼさんが不気味な踊りを踊っていると、

動物達が集まって来ました。

皆、様々な楽器を持ち寄り、思い思いに奏でました。

それぞれが違う旋律を奏でるのに、それは見事に調和して、ひとつの音楽になりました。

僕とエリーゼさんは、夜明けまで歌って踊りました。

「光と!」「闇よ!」

「喜びと!」「悲しみよ!」

「楽しさと!」「苦しみよ!」

「あなたと!」「わたし!」

「君!」と、エリーゼさんは立ち止まりました。

「夜が明けるわ」と、地平線を眺めました。

「ありがとう」辺りがじわっと明るくなります。

「さぁ、僕らも、もう帰らなくっちゃ」

ヘンデルが、嬉しそうに尻尾をふりました。


12、

「おかえり」と花が揺れました。

「ごきげんよう」と、僕は荷物を置きました。

その日の夕暮れまで、ずっと冒険の話をして

僕はそれを書き留めようと思って、書斎へ戻って

紙の前でじっとしていると

なんだかとてつもない虚しさが押し寄せてきて

いつの間にか泣いていて、涙が止まらなくなりました。

僕も含めてみんな、その涙の意味がわからなかったのですが、

「きっと、まだ、見つかってないんだよ」と、ヘンデルが膝の上に乗りました。

「じゃあ、毎日旅に出ようよ」と、本棚が名案を出しました。

「そりゃいい、明日も、その次の日も、ずっとずっと続けよう」

と言いながら、僕が旅の支度を始めたので、

フクロウの親子が慌てて

「明日からでいいよ! 今日はゆっくり休もうよ!」

と、しきりに木の上から呼びかけるので、

僕は妙に納得してしまい、

そのままベッドに横になって、

朝までこんこんと眠りました。


<おわり>

僕が、命ある限り、叫ぶとき

僕が、命ある限り、叫ぶとき

  • 自由詩
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-24

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