茗荷の舌 第14話ー野葡萄

茗荷の舌 第14話ー野葡萄

子狸の摩訶不思議なお話。PDF縦書きでお読みください


 庭の紫式部は枝がしなわんばかりにたくさんの紫色の実をつけ、勝手に生えてきた石見川は塀に絡んで群青色の実をここかしこにつけている。塀に絡んだ野葡萄の実も今年は色づきがよく、薄緑、薄青、薄赤紫、薄黄、白、あらゆる色の実が日の光に輝いている。野葡萄はつる性の木で葡萄の仲間ではあるが、食べられるわけではなく、むしろ毒がある。
 夕方、友人の家から帰ると、塀の一番日当たりのいいところについていた野葡萄の実がなくなっている。最もきれいだったのに。なにかが突いたのだろうか。
 秋の陽は長くない。
 家の中でなにやらしていると、外はもう真っ暗という状態になる。
 しかし、今日は月夜。
 部屋の窓を開けると枇杷の枝の間から月がのぞいている。
 金色の月がまぶしい。月を見ながら夕ご飯にしよう。
 ちゃぶ台に茶漬けの用意をした。
 枸杞(くこ)の葉の佃煮で茶漬けだ。
 なかなか美味しい。
 枸杞の葉は高血圧に良いとされているので、庭の枸杞の葉を佃煮作りの得意な子木子堪能に送って佃煮にしてもらっている。枸杞には中絶の作用のある物質が含まれているとも言われているようだ。
 窓を見ると、月の兎がゆらゆら揺れている。
 もう一杯食べよう。枸杞茶漬けを作った。
 そうだ、枸杞酒もあった、ちょっと飲もう。
 去年少しばかりだが淺川の土手に生えていた枸杞の実を採って、ウヰスキーに漬けてみた。枸杞の実は真っ赤できれいだ。
 枸杞の茶漬けの後は枸杞ウヰスキーというのも面白い。
 ショットグラスでくっと飲んだ。
 そのとたん、窓の外で輝いている月がふにゃっと曲がったかと思うと、月の兎が逆立ちをした。
 こんなに早く酔うわけはない。眼をこすった。
 と、見る間に月が窓一杯に広がってきた。
 部屋が月明かりで黄金色に光り出した。
 こりゃ狸のいたずらだろう。
 と思っていたら、二匹の守宮が月明かりを背にして窓の縁からこちらを覗いていた。いつも窓の外にへばりついて、虫を食べているやつらだ。
 僕と目が合うと、ちょろりと二匹して中に入ってきた。
 夫婦のようだ。
 ちゃぶ台の脇に来ると、一匹の太った赤ら顔の守宮がヒトの言葉をしゃべった。
 「枸杞ウヰスキーをちとくれんか」
 子狸が化けたのだろうか。
 僕がいぶかしげに見ていたのだろう、もう一匹のほっそりとした白い顔の守宮が、
 「狸なんかじゃないの」
 と言った。
 「生粋の守宮だ」
 ともう一匹の赤ら顔が言った。
 守宮はどうやってウヰスキーを飲むのだろう。皿に入れてやればよいのだろうか。
 「ショットグラスがいい」
 赤ら顔の守宮が言った。
 贅沢なやつだ。親父が愛用していたカットの入ったショットグラスに枸杞ウイスキーをいれた。
 赤ら顔の守宮が二本足で立ち、ショットグラスを両手で抱えると、くいっと枸杞ウヰスキーを口の中に流し込んだ。
 「酒が好きなのか」
 と聞くと、
 「血圧が高いんだ」と言った。
 白い顔の守宮が空になったショットグラスを見ている。
 そうか、気がつかなくて悪かったと思い、
 「もう一つショットグラスを持ってくるから」と、取りに行こうとすると、
 「これでいいの」
 と、白い守宮は赤ら顔の守宮からショットグラスを受けとった。
 枸杞ウヰスキーをついでやると、白顔守宮も同じようにショットグラスを抱えて飲んだ。
 「美容にいいの」とも言った。
 「中絶作用があるというが大丈夫か」と聞くと、
 「大丈夫よ」と僕を見た。
 「夫婦なのか」
 と聞くと、赤ら顔が「そうだ」と答え、「うまかった、ありがとさん」と、お礼の言葉とともに窓の外にちょろりと消えていたった。
 月も元の大きさになった。眠くなってきた。

 あくる朝、友人から電話がかかってきて、来てほしいという。新潟の胎内市に住んでいる宝石研磨家、長井大長である。大長君はどんなものでも研磨して、宝石のように輝かせてしまう。自分ではジュエリストならぬ、ジュエキストだとわけのわからないことを言っている。樹液を固めて磨いて宝石以上の宝石を作っていたからだ。樹液ストだ。
 行くことにするか、だが、胎内市まで新幹線を利用し新潟に出て、そこから特急「いなほ」で四十分ほどはかかるので、南平から五時間は見ておかねばならない。
 何の用なのだろうか。ときとして面白いものができると人に見せたくなって僕が呼ばれることがある。彼が新潟で獲れた蛍烏賊の目玉を乾燥させ、磨きをかけて、さらにブリリアンカットにして顔料を使っていろいろな色に染め、猫とイヌのピアスを作り上げたときには真っ先に呼ばれた。
 彼と食事をしたとき、僕が魚茶漬けの赤魚の目玉をなめて電灯にかざしているのを見て思いついたものだそうだ。動物用のピアスは大流行になり、そのおかげで彼は好きなものを作って生活ができる身分だ。こういう連中が僕の周りには大勢いる。
 今度は何をつくったのだろう。
 南平から京王線で分倍河原に出て、府中本町から武蔵野線で武蔵浦和に行き、埼京線で大宮に出た。大宮から新幹線で新潟についたのは三時を過ぎていた。中条駅に着きバスで胎内市の奥に入る。奥胎内である。
 山の中に彼の工房がある。ガウディーのデザインのような彫刻をあしらった建物である。しかも子宮の形をしている。沖縄のお墓の形に似てなくもない。
 呼び鈴を押すと、彼の飼っている黒猫がでてきた。僕を見上げている。「土産はなんだ」と言っているようだ。そういえば何も持ってこなかった。
 黒猫は耳に白いピアスをしている。彼が作ったやつだ。
 彼が白衣姿で出てきた。もともと生物学者だったので白衣が手放せないのだ。
 「遠いところすまんな、またできたよ」
 と言いながら、部屋に来いと手招きをした。アトリエに行くと、水のない水槽の中に青大将が七匹トグロをまいていた。
 
 青大将がピカピカと光っている。
 「蛇用のピアスをつくったんだ。爬虫類のペットばやりだからね」
 蛇にピアス、なんだか直木賞的アイデアだ。
 「何でできているんだい」
 「ガラス、プラチナ、金の粉と豚肉をミンチにして、蛇に食べさせて、その糞を丸めて干して硬くして、何度も研磨して一年かけて作った宝石だよ。それよりも金具が難しかったんだ。蛇の鱗に穴を開けうまく止めるようにしなければならないからね」
 「自分から光るんじゃないんだ」
 「そうなんだ、自分から光るのは蛍にしろみんな酵素反応だ。そのような化学反応の光りは柔らかい。光の屈折と反射によって光らなきゃキラキラしない」
 彼は学者だったのでどうしても硬い説明になる。
 きれいだが蛇たちはどう思っているのだろう。
 「自分のウンチで着飾ってるんだなこの蛇たちは」
 「まあそういうことになる」
 ともかく、七匹の蛇の頭がちかちかと光っているのは面白いし、きれいでもある。
 「体中につければもっと面白い」。
 「やったのがあるよ、今寝てるんだ、起こすか」
 彼は八匹目をとりだした。そいつはあまり動かないのに、体中がピカピカ光っていた。確かにきれいだ。
 「この宝石を一匹に施すにはどのくらいかかるのだい」
 「出来上がったものがあれば一週間だが、食べさせて糞をとるのに半年、磨いて一年といったところだろうな」
 大変なものだ。
 「それでこれは売れるのかい」心配になっておせっかいにも聞いてみた。
 「この八匹はもう予約済みだよ、注文は二十件をこしている。渡すまで数年かかるのじゃないかな」
 もの好きがいるものである。
 「僕を呼んだ理由はなんだい」
 「覚えていないのかい。前にここに来た時に、フランス料理屋で君が蛙の茶漬けを食べたいと無理難題を言ったら、シェフが蛙の皮をむき筋肉だけにして醤油につけて焼くと、白いご飯にのせて、お茶をかけてもってきてくれただろう。そのときに、骨までしゃぶって、これ光らないかなと言ってたじゃないか」
 そう言えば、光る動物の話から、光る骨があると面白いと思ったような気がした。骨が自分で光るとレントゲンのように骨が浮いて見えないかと思ったまでである。
 しかし、蛇のピアスとはだいぶ発想が違う。彼は、僕の言ったことを蛙が光らないかと捕えたらしい。それならそれでいいだろう。
 「ということで、今日はタイ料理でもご馳走しようかと思っていたのだよ」
 それはうれしい。彼はいろいろな国の食べ物をご馳走してくれる。今日はタイだ。僕は最後は必ずお茶漬けを頼む。今日はどんな茶漬けになるだろう。
 ということで、蛇のピアスを楽しんだ後、タイ料理を楽しんだ。もちろんお茶漬けを頼んだのだが、ナンプラーにつけた魚介類を、タイ米ごはんにのせ、お茶をかけたものが出てきた。それにハーブ類、香草をかけたものだ。不思議な味であったがおいしかった。
 彼のアトリエに一泊し家に帰った。彼はみやげに、彼の作った蛇用のピアスをくれた。ガーネット色のきれいなものだ。誰にあげようか。
 
 夕方家に戻った。居間に入ると、ちゃぶ台の上にだしっぱなしにしておいた枸杞ウヰスキーが減っている。しまっておいたはずのショットグラスが脇にある。しかも使った形跡がある。
 そうか狸の子だ。
 ままよと、ショットグラスを濯ぎ、もとに戻した。
 夜になり、茶漬けの支度を終えて食べ始めたところに、閉っている戸の隙間から、例の守宮が二匹するりと抜けて入って来た。器用なものである。
 「枸杞の酒をもらえないか」と、赤ら顔の守宮が言った。
 「八日間毎日飲まないと効果が出ないんだ」
 それに、こう言った、
 「昨日の夜も来たんだ、留守だったんで、悪いが飲ませてもらった。ちょっと深酒しちまった」
 赤ら顔の守宮は頭を下げた。
 そうか、狸の子じゃなかったんだ。
 「八日間飲ませてほしいの」
 と、もう一匹の白顔守宮も言った
 「もちろんいいよ」と、頷くと、二匹の守宮は喜んだ。
 「茶漬けを作ろうか」と聞くと、いらないとぽちぽちした指の先を広げて横に振った。
 僕が茶漬けを食べている間に、二匹の守宮は一つのグラスで枸杞ウヰスキーを回し飲みした。その後、二匹そろって、居間の隅の柱にかじりつくと、お尻から丸い白っぽい糞をぽとりと落とした。
 おやおやと思っていると、二匹の守宮は自分の糞をくわえて、ひょいと口の中に入れ口をもごもごさせた。何回か口を動かすと玉を畳の上に吐き出した。赤ら顔の守宮が吐き出した珠は薄紫色のきれいなものである。もう一匹が吐き出したの薄緑色の玉だ。二つとも野葡萄の実に少し似ているが、もっと透明感があり、まさに宝石のように輝いている。守宮は珠をそろえて僕に差し出した。
 「お礼はこれしかないけど」
 と言った。
 「野葡萄の実をとってきたのかい」
と言って、珠を手にとるとひんやりと硬い宝石のようであり、野葡萄の実ではない。硬い石である。
 とてもきれいなものである。
 「ありがとう。石を削ったものなのかい」
 僕の問いかけに、守宮は首を振り、やはり野葡萄だという。
 守宮たちの話では、野葡萄の最もきれいな実をいくつか選び、丸呑みにして、半日後に糞として出すと、その中の一つは磨かれた石のように硬く光ったものになるそうだ。ただ、すべての実がそうなるわけではなく、すべての守宮ができるわけではないとのことであった。この二匹は、代々それができるからだを持っているということである。蛇も守宮も爬虫類だ。彼らにそんな特技があるとは知らなかった。
 
 そのようなことで、夕飯は守宮たちと一緒にとることになった。それから毎日、二つずつ野葡萄の宝石が増えて行った。シャンパングラスに入れてあるが、光が当たるととてもきれいに輝く。大長が蛇に作らせている宝石に勝るとも劣らない綺麗さだ。
 守宮たちが来て八日目の夕方、枸杞ウヰスキーも一杯分しかなくなった。ショットグラスに入れ、やってきた二匹の守宮の前におくと、かわりばんこにおいしそうに飲み干した。赤ら顔の守宮は少しほっそりし、本人が言うには体調がよくなったそうだ。白い顔の守宮は肌がすべすべになったと喜んだ。
 守宮の夫婦は今日も野葡萄の宝石を作りだした。いろいろな色の玉はとてもきれいだ。これをネックレスにでもすると素敵だが、と見ていると、守宮たちは玉に口をつけるとチュッとすって、糸の通る穴を開けてくれた。
 野葡萄の宝石はダイヤモンド並みに硬くて穴を開けるのは難しいのだそうだ。この守宮たちの口の中にはこの宝石を溶かす成分を出す細胞があり、原液をちょっとつけると穴が開くということらしい。
 素敵なネックレスができそうだ。大長に見せると驚くだろう。
 そうだ、友人にもらった蛇のピアスがあった、それを雌の守宮にプレゼントしよう。
 柘榴石の色をした爬虫類用のピアスを守宮に見せた。
 「友達が作ったんだ、これを記念にあげよう」
 「わーきれい」雌の守宮が声を上げた。
 雌の守宮は頭の上につけて欲しいと首を出した。友達に教わった通りにつけてみると、白っぽい守宮には良く似合った。
 とてもいいと言うと、雌の守宮は嬉しそうに頷いた。赤ら顔の守宮も笑顔である。
 「やはり、女の子にはこのようなピアスが似合うね」
 僕がそう言うと、二匹の守宮は二本足で立って、首を横に振った。
 赤ら顔の守宮は、
 ピアスをつけた色白の守宮を指差すと、
 「こいつは男でさ」
 と言った。
 「わっちも男でね、そういった夫婦でさ」
 とも言った。
 雄同士の夫婦なんだ。
 まずいことを言ってしまった。
 しかし、「いやいや、驚かせて申し訳ありませんな」
 そう言って二匹の守宮が笑ってくれたので、ちょっと安心した。
 「また遊びに来てほしい」と言うと、彼らは頷いて窓の隙間からちょろりと出て行った。明日から一人で夕食を食べるのかと思ったら、なんだか寂しくなったのだ。
 来年も枸杞ウヰスキーを作っておこう。
 枇杷の木の枝の間から少し欠けた月が部屋を照らしている。

「茗荷の舌」所収、自費出版33部 2016年 一粒書房

茗荷の舌 第14話ー野葡萄

茗荷の舌 第14話ー野葡萄

毎夕おとずれるヤモリの夫婦と、クコの酒をくみかわす。ヤモリの夫婦がお礼にくれるのは、野葡萄の宝石

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-24

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