そこには肉があった。
 それは地べたに落ちていた。両手に収まるくらいの大きさだ。焼かれても煮られても蒸されてもいない、何の調理も施されていない紫がかった色の悪い肉だった。何の動物の肉かはわからない。ただ肉だということはわかる姿かたちをしていた。
 少女はその肉の前に跪いた。途端、彼女の腹の虫がぐぎゅるるると泣き出した。
 少女はもういてもたってもいられないという具合に、その肉を引っ掴んだ。肉はぐにゃりと肌に貼りつく嫌な感触があって、同時にぬめっとしていた。鼻に近づけると、甘いような酸っぱいような奇妙な匂いがした。常人ならこんなものは食べもしないし、そもそも近づきもしないのだけれど、少女の精神状態は常人のそれではなかったから、彼女は一切の躊躇なく、その肉にかぶりついた。
 歯と歯を押し付け合って噛み切ろうとすると、ぐにっと弾力のある粘土みたいに口の中で跳ね返って、なかなか噛み切れない。顎の力の全力を使ってどうにか噛み切る。瞬間、肉の断面から変な汁があふれ出してきて、舌の上に垂れる。苦いような辛いような味がする汁だった。それがひっきりなしに喉をするすると流れていく。少女は汁のことは気にせずに、口に含んだ肉を噛む。固い。噛む。固い。いくら噛んでも、肉の欠片は食道に落下していくほど柔らかくならない。もう少女はじれったくて、無理やり飲み込む。詰まりかけたけれど、舌で押し込むように、力業で胃の中へと押し込んだ。そしてまた肉を――。
 そうやっているうちに、肉はいつの間にか少女の手の内から消えていた。少女の手は肉からあふれ出していた汁でべとべどに濡れていた。少女はその手も舐める。
 これでもう大丈夫だと少女はホッとした。しかしそれもつかの間、少女は自分の腹が異様にうねっていることに気づいた。なんだと警戒する間もなく、少女は自分の喉元からせり上がってくるものを我慢できなかった。
 少女は嘔吐した。自身の口から噴きだす苦酸っぱい味の液体を、地面へと向かって放出した。胃に内包されていたものをすべて出し切ったとき、少女は蹲った。少女が吐き出した緑交じりの黄色の液体には、食べたはずの肉の欠片の一片もなかった。
 少女の腹はまたぐぎゅるるると唸るように鳴く。
 少女はふらふらと立ち上がり、自身の胃液を越えて、暗い道を歩き出す。
 しばらく覚束ない足取りで歩いた先に、何か赤色のものが転がっている。
 そこには肉があった。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2018-08-23

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