葛飾応為の煩悶

FGOの二次創作です。
葛飾北斎ちゃんが、苦悩しながら絵を描き、自分と向き合い、やがて解き放たれる様を描けたら良いなと思います。
北斎ちゃんに幸あれ。

<1>

筆を()る事が、時々、(こわ)いと思う。
この線は間違っていないか。この色は間違ってはいないか。この絵は間違っていないか。自分は間違っていないか。
自分に対する(あら)ゆる疑義と、(すべ)ての自己否定を潜り抜け、乗り越えた先にしか、到達点は無い。そう頭では分かっていながら、本能が怯える。
私の絵は、正しく物事を捉えているか。
私は、間違っていないか。
とと様。私は。

「…はぁ」
執った筆を()く。
結局、今日も完成はしなかった。いや、出来なかった。
筆を手にして、どれほどの時間、こうして絵の前に座っていたのだろう。
ただの一本の線も、一つの色も、加えられなかった。
「これで完成、なのかぁ?」
ふよふよと、筆を足に絡ませたととさまが、めちゃくちゃな筆遣いで絵を描いている。描き殴っている、と言って良いかもしれない。
あの姿になってからと言うもの、とと様は、憑き物が落ちた様だ。
ただ、絵を描く事を楽しんでいる。出来上がった絵は、とても上手とは言えない。こないだ描いた「ふぉう」の絵なんざ、犬だか猫だか、はたまた狸だか分からない、何とも言いかねる白い毛玉の絵だった。だったのだが。
「とと様は、本当に楽しそうに描くなぁ」
あの「ふぉう」の絵も、今描いている絵も、えも言われぬ喜びに満ちている。絵を描く事が、その行為そのものが、楽しくて楽しくて仕方がないと言った、そんな喜びに。
かたや、私の絵はどうだろう---。
「まぁ、心が浮き立つ様な感じはねぇやなぁ」
心を平らかにして、改めて自分の絵を見る。
悪くはない、と思う。悪くはない、はずだ。主題、構図、色彩。そのどれもが上出来で、しかしそのいずれもが不出来だ。
どこかが、間違っているのだろうか。
傍目(はた)には分からぬ様な、些細な事なのだろうか。
「だぁめだ。てんで分からねぇや」
ああもう、駄目だ。何もかもさっぱりだ。
「こんな時は寝るに限るや」
そうだそうだ。寝ちまおう。果報は寝て待て、なんて。
「とと様ぁ、ほどほどにしときなよ」
寝台に横たわる。畳が恋しいが、この「べっど」とやらの寝心地は悪くない。
目を瞑ると、あっという間に眠りに落ちた。
寝息を立てる応為のかたわら、ひと段落した北斎(たこ)が、愛娘を愛でる様に、その寝顔を眺めていた。

とと様の、背中が在った。
いつもいつも、苦しそうに絵を描いていた。
なぜそんなに苦しそうなんだろうと、こんなに楽しい事なのにと、そう思った。
「みてみて、とと様!上手にかけたかなぁ!」
(つたな)い絵だ。これは何を描いたのだろう。犬だろうか、猫だろうか。
「おう、こりゃあすげえや。俺なんざより、はるかに上手ぇや」
とと様は、私の絵を見ると、いつだって顔をくしゃくしゃにして褒めてくれた。その後、険しい顔をして続きを描き始めた。
「…ちくしょうめ」
とと様は、いつも苦しそうだった。まるで、今の私のように。
いつのまにか、逆になってしまった。
いつのまにか---。

爆発音。
「な、なんだぁ!?」
思わず飛び起きた。何だ今の轟音は。
「と、とと様、無事かい!?」
慌てて、とと様を探す。
「…」
眠る前と全く同じ状態で、全く同じめちゃくちゃな筆遣いで、相も変わらず絵を描いている。
「ははっ。何が起きても、動じねぇってか。さすがはとと様だ」
聞いているのかいないのか、筆遣いは変わらない。
その時、慌てたマスターが部屋に飛び込んできた。
「北斎ちゃん!」
「うぇ!?」
「アビちゃんが!アビちゃんが!」
「あびげいるがどうした!?危ないのか!?」
「突然、絵の具をぶちまけ始めて!」
「うえぇ!?」
「このままだとカルデア中がやたらカラフルになっちゃう!」
「…そいつはいけねぇや。顔料は高ぇからな!無駄遣い許すまじ!よし行くぞますたぁ!」
何が何やら分からねぇが、「とらぶる」と言うやつらしい。おなじ「ふぉうりなぁ」のよしみだ。ひとつ鎮めてやろう。
「とと様!…は、相変わらずか」
この騒ぎもどこ吹く風と、絵に没頭している。
「じゃあ、ちょっと行ってくらぁ!とと様、ほどほどにな!」
「北斎ちゃん!早くっ」
おう!と声をあげて部屋を飛び出した。
ま、たまにはこんなのも、悪くないだろう。気分転換にはならぁな。
ますたぁを追いかけて走る。
体を動かすのは、久しぶりな気がした。

<2>

「あははははははは!楽しいわ」
管制室。悪い子モードのアビゲイルが、絵の具をぶちまけながら高笑いしていた。
「うわああああシバに絵の具が!?」
「ぐわっ!?ぺっぺっ!顔に絵の具!?と、取れない!!見えないぃぃ」
「ああ!計器が!データがぁああ!?」
混乱する管制室の中、マシュが必死に騒ぎを鎮めようとしている。
「みなさん!落ち着いてください!どうか落ち着いて!機材は、絵の具で壊れる様には出来ていません!大丈夫です!大丈夫ですから、今は避難を!」
「マシュ!お待たせ!」
「先輩!」
赤に黄色に紫に---極彩色に染められ混沌と化した管制室で、必死に事態を収拾しようとしていた健気な少女は、地獄で仏を見たかの様に、絵の具で汚れた顔をぱあっと輝かせた。
「おれもいるぜぇ、ましゅ」
「北斎さん、いえ、お栄さん!すみません、私では力及ばず」
「いいって事よ、気にしなさんな。ま、たまには体を動かさねぇとな」
言いながら、マシュの頭をくしゃくしゃと撫でる。右手には、身の丈ほどもあろうかという絵筆が握られていた。
(この筆もすっかり持ち慣れちまったなぁ)
戦いなれる事が、いい事なのかどうかは分からない。だが、この力を(ふる)えるうちは、カルデアにいられる。カルデアにいられるうちは、絵を描いていられる。それが、いい事なのかどうかは、分からない。
「おうい、あびぃ!あびげいる!」
「あら?北斎さん?」
「お前さん、一体全体どうしちまったってんだい?突然絵の具なんか持ち出して、誰彼構わずぶちまけやがって!絵の具だってただじゃあねぇんだぞ、もったいねぇ!」
「うふふ、どうした、ですって?そんなの、決まっているわ」
アビゲイルが、そこら中に絵の具を塗りたくる触手の動きを止めた。人差し指を下唇に当てて、わずかに首をかしげる。
「楽しいからよ」
そう言って、アビゲイルは、にっこりと笑った。
「今日、インフェルノさんのお部屋で、テレビゲームというものを遊んだの。とてもとても楽しかったわ。イカさんに似た人たちが、お部屋をこんな風に絵の具で塗り上げるの!綺麗で、可愛くて、とてもとても面白くて素敵だったわ。だから私、それを皆さんにも教えてあげたくて!えぇ、ええ!」
アビゲイルの言葉に従って、徐々に触手の動きが激しくなっていく。
「うふふふふ、あはははは!楽しいわ!さぁ、みんなも楽しみましょう?」
「ったく、言っても聞かねぇってか。仕方ねぇ」
筆を構える。少し灸を据えてやらねばなるまい。
「知ってるかい?落書きをした子は、そりゃあ痛いゲンコツをもらうのサ!たんこぶが出来てから、泣くんじゃあないよ、あびげいる!」
滑る様に(はし)った。真っ直ぐにアビゲイルを狙う。
「あははは!」
アビゲイルの哄笑。触手が来た。正面。筆を揮って弾いた。
踏み込み、右に跳んだ。直前まで応為がいた場所に、触手が叩きつけられる。飛沫(しぶき)の様に、絵の具がはねた。
また触手が来た。左右。同時だった。跳躍。跳んだ先にも触手がいた。(かわ)せない。
「北斎ちゃん!」
「いっててて…大丈夫だ、ますたぁ」
咄嗟の防御が間に合った。管制室の壁に思い切り叩きつけられたが、ダメージは少ない。
「あびげいるめ、こりゃあ、ゲンコツ追加だな」
それにしても、なんだか体がうまく動かない。疲れているのだろうか。そりゃあ絵を描くことは疲れるが、それとこれとは別問題のはずだ。魔力は十分に供給されている。
「あら?」
アビゲイルがこちらを見ている。
「そういえば、テレビゲームでは、タコさんが敵だったわ。素敵!これでもっと楽しくなりそうね」
「あぁ?何を言っていやがる」
応為の言葉とほぼ同時に、いつに変わらぬ、ふよふよとした様子で、北斎が現れた。
「うえぇ!?とと様、いつのまに!?」
驚くが早いか、北斎が応為の頭に取り付こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってとと様、今はそんな場合じゃ」
必死に北斎をひっぺがそうとするが、北斎の方が上手だ。足が伸びる。絡まる。
「ああっ」
墨を吐いて怯ませた一瞬の隙をついて、北斎が応為の頭に取り付いた。
その瞬間、管制室が光に満ちた。
閃光の後、異形とも言える装束に身を包んだ応為---北斎が、そこに立っていた。
「おうおうおう、大した感性じゃあねぇか、嬢ちゃん!大したもんだ!」
「---あら、北斎さん…?お父様の方ね、ごきげんよう。あなたも一緒にどうかしら、とっても楽しいわよ?」
「そりゃあありがたい誘いだがね、嬢ちゃん。このやり方はいけねぇや。いいかい、絵ってのはな、こう描くんでぇ!」
筆を振りかぶる。鮮やかな色。
「目ん玉かっぽじって、よぉく見ときな!」
軌跡が虹の弧を描く。筆が舞う。色が舞う。
「富嶽三十六景!神奈川、異界裏荒び!」

<3>

お栄が筆を執る。
線。円。塗りつぶす。
赤、青、黄色、黒。
「おいおい、顔料も安くはねぇんだ。あんまり無駄遣いするなよ」
「だいじょうぶさ、ととさま!おれの絵は、そりゃあもう高値で売れるからさ!」
「ったく、ばかやろう、そんな訳はねえだろ!これだから俺の娘は!」
「えへへー!」
楽しい。その思いが、溢れている。
筆の感触が、顔料の匂いが、鮮やかな色が。
その一つ一つが、楽しくて楽しくてたまらないと言った風情だ。
ころころと、お栄が笑う。
羨ましいと思う。楽しいと最後に思ったのは、いつの頃だったろう。
くしゃくしゃとお栄の頭を撫でて、自分の絵の前に戻る。
大きな、ため息をつく。
「楽しい、で食えりゃあ、苦労はねぇのさ」
そう言い聞かせて、何かが足りない絵を描き続けた。
何かが違う、足りないと、そう思いながら、描いて、描いて。求められるがまま、書き続けて。
やがて、すっかり分からなくなった。
江戸で一番の浮世絵画家ともてはやされようが、何百枚とひっきりなしに註文を受けようが、どこか空虚で、ただ惰性で、作業の様に絵を描いた。
そんな時、お栄が、自分の絵を真似て、一枚の絵を描いた。
それは、自分より明らかに拙い、荒削りな絵だった。
だがそれは、自分の絵よりも遥かに魅力的で---。
何より、「足りない」と思っていた何かに、満ち溢れていた。
「…お栄、お前、どうしてこの絵を描いた」
思った時には、声に出ていた。()かずにはいられなかった。
「なんでって、そりゃあ」
少し困った様な表情で、束の間思案して、
「描きたかったからに決まってらァ!」
と、満面の笑みで答えた。

「すごいわ、すごいわ!すごいわ北斎さん!」
アビゲイルが興奮している。宝具の直撃を受けて、そのあまりの華美に感動したらしい。
「あれが、芸術、というものなのね。私も、そんなふうにかける様になるかしら?」
「おう、なれるさ、俺よりもすごい絵描きにな!な、アゴ?」
言うや否や、とと様が体から離れた。元の和装に戻る。
「その呼び方はやめやがれって…。まぁ、そうだな、誰だって、練習すりゃあ上達するさ」
どうやら、とと様に乗っ取られている間に、決着したらしい。
「…けど、大事なのは、上達じゃあないんだ。大事なのは」
その間に見た、あの記憶。幼い自分が絵を描く様子。そして、見よう見まねで書いたとと様の絵。それを見る誰か。あの記憶は。
「…大事なのは、自分が何を描きたいかって事サ。自分をぶっつける事サ。それで生まれた絵ってのは、本当に描きたい絵ってのには、技術を超えて、想いが宿る。分かるかい、あびげいる?」
「うぅん…難しいわ。難しいけれど、私、描きたいものならあるの!」
「おう、そりゃあ良い。よし、じゃあ、おれが教えてやる!なに、こう見えても、家庭教師はお手の物でね」
「はぁい!よろしくお願いするわ、北斎さん」
心底嬉しそうに、アビゲイルが笑った。
「…だが、その前に」
目から星が出そうな、にぶい音。アビゲイルが頭を押さえてうずくまる。
「いたぁい」
「かるであの皆さまに謝って、掃除するのが筋ってもんだ」
ごめんなさいと、アビゲイルが頭を下げた。それを見ながら、応為は、意外なほどの、右手の痛みを感じていた。ゲンコツというものは、これほどまでに痛いものだったのかと、応為は思った。

アビゲイルが描きたい絵、とは、カルデアの友達の絵だった。
友達と一緒に、遊んでいる絵。
ぐるぐるの太陽、棒の様な手足、かろうじて個人を認識できる程度の顔。
そのどれもが拙くて、そのいずれもが輝いている。
「すごいわ、アビー!」
絵のモデルとなった、ジャックとナーサリー、バニヤンが、完成披露と称して招かれていた。
「え、えへへ…そう、かな」
はにかみながら、けれど嬉しさを押さえきれない様子で、アビゲイルが応為を見た。
くしゃくしゃと、頭を撫でてやる。
「うん、上出来だ」
褒められた事が余程うれしかったのか、ここが難しかっただのうまく描けただの、しばらくワイワイと騒ぐと、アビゲイルはジャック達と一緒に遊びに行ってしまった。
とと様とそれを見送ると、応為は自分の絵の前に腰掛けた。
「…まったく、偉そうにご高説を垂れて、言いながら耳が痛いったらなかったぜ」
すっかり、教えられてしまったな、と思う。アビゲイルにも、とと様にも。
「そうか、そうだったなぁ」
筆を執る。怕い。けれど。
線、円、塗りつぶす。
赤、青、黄色、黒に白。
「…へへっ」
たのしいなぁ。
「どうだ?ととさま、おれの絵もなかなかのもんだろ?」
うなずくかの様に、北斎がくるくると応為の頭上を回った。

-了-

葛飾応為の煩悶

葛飾応為の煩悶

FGOの二次創作です。 葛飾北斎ちゃんが、苦悩しながら絵を描き、自分と向き合い、やがて解き放たれる様を描けたら良いなと思います。 北斎ちゃんに幸あれ。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
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