ANOTHER WORLD THUNDER SWORD (Season1: Roots) Beta
引っ込み思案でおどおどした性格の凛は女子高校生。学校では味方になってくれる友達は幾人かいるものの、クラスメートからのいじめに悩んでいた。ある夜、凛は些細なきっかけで『ANOTHER WORLD』という別のファンタジー世界にいる少女フィーネと精神がリンクする。それは学校の幼馴染の男友達が言うには古くから他の世界の人物との精神の同調というもので文献などによると稀にあることだという。しかしなんとシンクした相手のフィーネは悪のモンスター勢力と戦う大剣使いだった! 凛に精神が入れ替わっている間はフィーネの剣技の能力は使えない。フィーネのパーティーであるガイとランドの二人からつけられる特訓とともに、凛はフィーネとしてモンスターとの戦いに挑む。凛は自分の弱さと言う限界を超えられるか? 『怖がらないで』シンクの強度が増すたび、フィーネと凛の精神は強く干渉しあう。互いの意識が重なりあった時、互いに触れ合う二人の心。フィーネは幼い頃に父親を失っていた。現実の世界でのトラブルに直面するたび、フィーネから強さを教えられる凛。凛が自分を見つめなおした時、凛は仲間を救えず気落ちするフィーネに勇気を教えてもらったと告げる。そして二人の思いが重なりあった時、少女の剣に力が宿る。果たしてこの戦いの行方は、フィーネたちは無事モンスターを撃退することが出来るだろうか?
Prologue
──大剣使いの少女は旅に出る
まだ人を斬ったことのない少女は今夜剣を血で汚す
何を守りたかったのか、その意味を探しながら──
この話は、奪われた侵蝕された世界で生きる命と特殊な能力を持った人達の物語。
Start
チャイムとともに教室は生徒達の喧騒に包まれた。ここは日本の中部にある県立桜真高校1年5組の教室だ。数学の授業の終了とともに、生徒達はガタガタと席を立ってめいめいに教室から引き上げ始めた。その教室の中ほどの席で、高校一年の風峰 凛〈かざみね・りん〉は困ったような顔をしながら教室前の黒板を見ていた。黒板には先ほどのベクトルに関する講義内容が書き残されていた。
「凛。どうしたの?困ったような顔して」
凛が顔を曇らせていると、横から守が声をかけてきた。守は同じクラスメートの友人の柊野 守〈ひらぎの・まもり〉。「あ、ごめん」守の問いかけに気付いた凛は、慌てたようにかばんの中に教科書を詰め込み始めた。
「なんか最近凛元気ないよ。」守がつっけんどんに問いかけると、凛はごまかすように笑った。「うん、最近勉強に全然ついて行けなくて。帰ったら復習しないと」凛がそういって筆箱をバッグにしまうと、守のほうは挨拶をして先に教室から出ていった。そう、ついていけてないのは勉強だけじゃない──。全然私、日常をこなせてない──。
凛は一人呆然と教室の前を眺めていた。
Grand
この世界〈ANOTHER WORLD〉のある商業都市グランツ。そこに一台の荷馬車が着こうとしていた。乾いた空気の中で車輪で土煙を上げながら、二頭の馬に引かれた荷馬車は広大な平野に繋がれた幹線道を進んでいた。その荷馬車には一人の少女と一人の青年が乗っている。そしてその一人の少女こそ、この物語のもう一人の主人公のフィーネことフィーネ・フェルディナントである。
「久しぶりだな、この街に来るのは。街に入ったらまず何から探そうか。売れる絹布をいろいろ持ってきたんだが。」
荷馬車に乗った二人の少女と少年のうち少し長髪で金色の髪をした青年──名はガイ──が遠くの町並みを見ながら少女に声をかける。──荷馬車の前方には霞んだ空の下、広大な都市の街並みが見えていた。しかし少女から返事はない。少年が振り返ってみると、
「──やれやれ、やっぱりか。」
横にいる少女は寝息を立てて荷馬車の座席で寝ていた。「お前が起きてないと商品の算段とかつかないんだが。まあ、無理して起こさなくてもいいか。昨日からずっと走り詰めで、疲れているしな。」ガイが手綱を引くと、荷馬車はもっと加速した。
「うわー、すごーい!うわ、懐かしいなあ。そうか。またやってきたんだ、グランツに」
今しがた昼寝から起きた少女は大きな声で叫んだ。
「うん、あれ、驚かないの?」
とぼけた口調の少女が振り返った所、ガイは相変わらずやれやれといった表情をした。
「とりあえず街についたら喰処でも探して空腹満たさなきゃな。宿屋も探さなきゃいけないし。まあ、これだけ大きな街なら探せばすぐ見つかるだろ。」
「この街は変わらないね」フィーネはそうつぶやいたが、ガイはその時ハッと不安感を感じた。
(え?今の感覚はなんだ?)ガイにはその理由がわからなかった。(ただの空耳か。)
荷馬車はごとごと音を立てながら街に近づいていく。
ここで登場人物を紹介しておこう。この物語の主人公のフィーネとガイは最近になって二人で故郷の村を出て一緒に旅をしている、フィーネは大剣使いでガイは魔術使いだ。最近になって村を出てこの国の様々な土地に行って見聞を広げる目的で旅をしているが、今は国のちょうど地図でいう右上に位置する商業都市グランツに来ている。グランツはこのクォツの国の中の街の一つで、商人の座が統治をしている巨大な商業都市だ。フィーネ、ガイともに歳は17才。フィーネはあっけらかんとした性格の少女で、大剣使いということでいつも背中に大剣を背負っている。くせっ毛の金髪に碧眼が特徴的。一方のガイは魔術使いの少年だ。ガイのほうは魔術使いとしてはかなり優秀で、この歳で中等職能者レベルの魔術を使うことが出来る。特に得意なのは水系統を使った魔術だ。ガイも金髪だが瞳も金色であった。フィーネはまだ大剣使いとしては初心者で、旅の目的はその技能を上げるためとも言えた。
──この物語は現実の世界の少し内気な性格の女子高生・風峰凛ともう一つの世界〈ANOTHER WORLD〉で生きる少女、フィーネの勇気を描いた物語である。
ReWrite
地理についてもいくらか説明しよう。グランツはクォツの北東部に位置する商業都市だが、そのグランツに隣接する砂漠を隔てた西国のラミナは隣国であり、ラミナとはずっと交戦状態が続いている。この戦争は既に十数年に及んで続いているものであり、今も国境沿いではそれぞれの軍隊による小競り合いが起きている。ちなみにラミナがどんな国なのかはあまり知られていないが、西国からの知識・文化が影響を与えていると言うオリエンタルな雰囲気の国だと言われている。クォツは三日月型の国土を持った国であり、現実の世界で言うイスラム教圏のような乾燥地帯が広がっている国である。夏の気温はかなり高いが湿度は高くないため蒸し暑いことはなく、木陰などに入れば結構涼しい。乾燥地帯でありながら、冬には雪がふることも多く、雪が降り積もることもある。ラミナとの国境には砂漠が広がり、ラミナと交戦していた頃はその砂漠を越えるか迂回する形でラミナ軍はクォツに攻め入っていた。
World
この世界で生きていると、どうしようもない不安に襲われることがある。隣国のラミナはいつこの国に攻め込んでくるかわからない。社会は腐敗化し、政治は混迷し、いつ国が滅びるともわからない。街を歩いていても人々がピリピリしているのを肌で感じるのだ。もしどこか別の世界にいけたなら、とそういう時に思う。一切の現実をリセットしてしまって、そこには夢と勇気と希望があって、学び舎があって、気の許せる仲間と一緒に皆が楽しく暮らしている。──私は幼い頃からこの剣を背に抱えて生きてきたから──そんな世界に行きたいと、そう願わずにはいられない。でも、どうしたって行く方法が見当たらない。見つからないのだ。逃げ出すだけの勇気もない。いったい私はどうすればいいのだろう。こんな時ランドだったらどう思うのだろうか──。
Horizon
次の日の朝、フィーネは夢を視た。父親が家の玄関から出ていく場面だ。それは父親が故郷の村を出て戦争に行くときの情景だった。その時のフィーネはまだ幼かった。父親が別れ際頭を撫でてくれた時のことをフィーネは覚えている。そしてそれ以来フィーネは一度も父親の顔を視たことはない。今朝の夢は浅かった。しばらくまどろんでいると、自然と目が覚めてきた。
外では地平線がうっすらと微光を伴って縁を光らせていた。窓の外では鳥がさえずっている。しばらくぼうっと窓から流れこむ風を頬に感じながら、風になびくカーテンと射しこむ朝の陽の光を視ていたが、じき外からドアをノックする音が聞こえた。フィーネがベッドから身を起こすと、ドアを開けて入ってきたのはガイだった。
「フィーネ。朝食できたぞ。起きてこいよ。今日の依頼はちょっと時間帯が早かったからな。飯食いっぱぐれると体力が持たないぞ」
「着替えたら、すぐ行くから。」フィーネがそう答えると、ガイは扉を閉めて食堂に戻っていった。
「父さんの夢か。時々見るよな。いつか、辿り着くんだろうか、あの山の向こうまで」
Cooling on〜制動
凛がその日自分のノートに絵の落書きを書いていると、クラスメートの田所という女子学生が声をかけてきた。田所はいつも凛をいじめているいじめっこグループの一人で、凛は苦手にしていた。
「風峰〜、ちょっとサインペン貸してくんない?わたしまだ課題が残っててさ。家にペン置き忘れちゃったから困ってんだけど、風峰なら持っているかな〜と思ってさ。」
凛は田所を恐れていたが、平常の態度で声をかけてきた田所に警戒心は持たず、平静に答えた。
「え?じゃあ、私の貸そうか。でもちゃんと返してよね。3時限目の授業で使うし」
「じゃ〜借りさせてもらうぜ。」
しかし田所は自分からペンを返しに来る気配がなかった。不安になった凛は、田所に問いかけた。
「そろそろペン返して欲しいんだけど。」
「ペン、あれなら笹山に貸したよ。笹山に聞きな」凛が笹山に聞くと
「悪い、風峰、ペン壊しちゃった。糸ノコで技術の課題やってたんだけどさ。まーお前のペンならいくら壊してもいいけど」「そんな──。」
凛は責任の所在を考えあぐねて、田所に詰め寄った。
「又貸しするなんて聞いてない。私のサインペン直してよ!」
「それは笹山に言いな。私が壊したわけじゃないだろ」
「でもサインペンを貸したのは田所でしょ。笹山に弁償してもらうように言って欲しいんだけど」
「そんなこと知ったことじゃね〜。弁償してもらいたいなら自分で言いな」
「あれ私のお気に入りのペンだったんだから。絶対弁償してよ!」取り乱した凛は田所の肩に掴みかかった。
「うるせーな。バカが偉そうに正義感ぶってんじゃねえ!」
田所は凛の肩をどつくと凛のすねを靴で蹴った。痛みに倒れこむ凛。そして痛みに耐えかねている凛を見ながら田所は凛の机の横にかけていたバッグに手をかけた。田所はそのバッグのファスナーを開くと、バッグをひっくり返して中の物を全部バラ撒いたのだ。
「あー、大事な荷物がバラバラだ。風峰、これの責任はお前にある。自分で片付けろよ。」
しかしキッと怒りの表情を露わにした凛は、田所のバッグのファスナーを開けてひっくり返すと、田所がやったようにバッグの荷物を床にバラ撒いた。そして凛は泣き喚きながら空になったバッグを田所に投げつけた。田所はキレて凛に掴みかかると、凛の襟袖を鷲掴みにして凛をねじ伏せた。
凛「なんでこんなことするの!いつも私ばかり狙って嫌がらせして。」息が苦しい中で必死に声を絞り出す凛。
「あとで、謝れよな。風峰凛!」
田所が手を離すと、凛はもんどり打って立ち上がると憤って教室の鉢植えを手に掴んだ。
「ちょ、風峰、鉢植えはやめろ!そんなもの投げられたら、危ないだろ!」
だが凛は怒りに任せて教室の鉢植えを田所に投げつけた。
田所の体に凛が投げた鉢植えが当たる。鉢植えは下に落ちると土を散乱させながら割れた。
◆ ◆ ◆
その後しばらくの間、凛は机に突っ伏して脱力していた。田所は保健室に行き、取り巻きをやっていたクラスメイトたちは別の授業に特別教室に行っていた。その時様子を見に来た凛の友人の守が凛に声をかけた。
「凛、危惧に陥っている時ほど、冷静にならないとダメだよ。戦うっていうのはただ闇雲に怒りをぶつけるのとは違う。強くならないとダメだよ。」
「そんなこと言ったって、こんな苦痛な日常、耐えられるわけ無い!」凛は涙ながらに喚いた。
「私から言えることは少ないけど、諦めちゃダメだよ。これだけは言っとくよ。悪いけど、私は授業に戻るからね。」
凛は頭のなかでやり場のない憤りと思索と後悔を繰り返した。頭のなかがグチャグチャになりそうだった。服を掃除もせず、凛はしばらく机に突っ伏したままだった。でもそうして怒りに身を沸き立たせているうちに、凛は少しずつ澄んだ感覚が精神に湧き出てくるのを感じていた。
(なんか、怒りがすうっと消えていくような気がする。頭が冴えてきた。)
見えるのは教室の黒板、外から陽の光が差し込んでくる窓、もたれかかっている机。そういった景色を見ているうちに精神が冷静さを取り戻していくのを凛は感じていた。そして凛は思った。──投げ出すより復帰する方法を考えないとダメだ。
(このままじゃダメだ。この失態をどうやって回復するか。どうすればいいんだろう。いつの授業からなら復帰できるだろうか)
凛はヘアゴムを取り出すと後ろ髪をまとめた。(よし……。)
(まずは着替えないと、体育着がロッカーにあったよな。手も洗いに行かないと。服が汚れているから着替えると周りのものが汚れそうだけど、今は気にしている余裕はない。あとで先生たちに謝っておこう。)
凛が女子更衣室で泥がついた私服から体育着に着替え終わって外に出ると、教師が凛のところに怒鳴りこんできた。
教師「風峰!またお前か!お前は何回言ったらわかるんだ!お前がそういう自分勝手な行動をとるから周りが迷惑を受けるんだ!田所は怪我してたみたいだから保健室に行ったぞ。いま田所の親御さんが来て事情を聞いている。お前も後で謝りに行きなさい。風峰、お前は放課後残ってお前がバラ撒いた鉢植えの土の掃除をしなさい。」
「凛ちゃんファイトー。私も片付け手伝うよー。」凛が教室の割れた鉢植えを取り敢えず元の場所に戻しておくと、同じクラスの彩こと鷹見 彩〈たかみ・さい〉も凛を手伝った。「彩ちゃん、ありがとう。」彩が手伝ってくれたおかげで鉢植えと若干の土は片付いた。
教室の男子「彩ってあいつなんでいじめられないんだ。」
掃除の時間になって校舎前のホウキ払い掃除に向かった凛は、靴箱の靴が汚されていることに気がついた。
(靴が泥だらけだ。これ掃除して元に戻るかな。ダメなら次善策でお父さんに新しい靴買ってもらわないと。)凛は手箒を掃除用具ロッカーから取り出すと、靴箱を掃除した。
◆ ◆ ◆
凛はいくつかの授業をすっぽかしたが、6時限目の授業には間に合った。
「というわけで今日の課題は篆刻の制作だ。各自班になって制作を始めてくれ」
凛は美術室に着くと、ドアを開いて思い切り頭を下げた。
「スミマセン、遅れました!」
美術科教員「お、風峰、ぎりぎり間に合ったな。彩、風峰に今日の課題について俺が言ったことを伝えてくれ」
美術科の教員がそう言うと、凛は自分にいつも割り当てられている席に座った。
「凛ちゃん、これ先生から皆んなへの指示なんだけど、篆刻は適当に作れば良いから、ほとんどまじめに作る必要ないって──。なんでも篆刻は平等じゃないって。篆刻を押してなくても作品に真心がこもっていればそれで良いって。」
その時クラスメイトの君疾 颯太〈きみはや・そうた〉が凛に話しかけてきた。
「凛、自分を殺すのが冷静さではないよ。自分の心の負の部分を殺して、正の部分を活かすんだ。これはポジティブ・シンキングをしろとかいう偽善の意味じゃない。憎しみや憤懣、焦燥、不安、嫉妬、恐怖、荒廃、狂気、滅却、不信、迷い、絶望、そういったものを打ち消して、愛情や痛み、希望、美しさ、反抗心、息吹、深遠、憧れ、超越、冷徹な思考、信念、切なさ、暖かみ、情熱、勇気、そういったものを感じていこうっていう意味なんだ。君は本当は強いから、きっと乗り越えられるはずだ。」
「え、今のどういう意味?私が強い?そんなわけないでしょ。」
「おれはここまでいじめられても諦めてない君は強いと思うよ。それは本当の強さだと思う。まあ、今の凛には難しい話か。」
凛は不審がったが、君疾は微笑すると自分の席に戻っていった。
放課後には委員会活動があった。
(委員会は、……ここだ図書準備室。)凛は図書準備室のドアを開ける。
「スミマセン、遅れました!」
教師「風峰、もう議題始まってるぞ。早く席につけ。」
周りの図書委員たちは白い目で凛を見たが、凛はいつも座っている席を見つけると、そこに座って活動に参加した。(部活は今日は休もう……。)
◆ ◆ ◆
委員会が終わって教室に戻った凛は、ひとり机の椅子に座って佇んでいた。その時守が教室に入って来て凛に呼び掛ける。
「凛、体調とか大丈夫?怪我とかしてない?」
「私は大丈夫。でも、疲れた。しばらく机に倒れて休んでおこうかな」そして凛は言った。
「私は、情熱っていうものは捨てたくない。たとえこれから先どれだけの泥沼の中を進むとしても」
守「凛、それで良いんだよ。まー道は長い」
凛は教師に言いつけられたことを守り、放課後居残って教室の掃除をしていた。モップの片付けをしている時、額の汗を拭った凛は、一人呟いた。
「いつか辿り着くんだろうか。本当の自分と出会える場所まで。」
凛は一人教室を見回した。そして窓の外の太陽の日差しはとても眩しく見えた。凛の瞳は窓の外遠くの鮮やかな景色を捉えていた──。
Believe
ある日風呂あがりでパジャマ姿の凛がリビングに行くと、凛の父親はビール缶をテーブルの上に置きながらテレビでサッカー中継を見ていた。
「凛、明日は学校の行事の朝練があるんだろ?早く寝なさい」
父親がそう諭すと、
「ふぁ〜。はーい」凛は眠い目をこすって2階の自分の部屋まで向かった。
目覚まし時計をセットして電気を消し布団をかぶって潜り込んだ凛は、窓の外に月が出ているのを見つけた。月は青く輝いていた。(今日はどんな夢を見るのだろう。)凛は大抵寝る前には夢を見ていた。しばらく考え事をしてまんじりともしないまま、しかしじき凛は眠りに落ちた。
凛は夢を見る。海の中に沈んで、そのまま渦に巻き込まれていくようなそんな夢だった。
凛の耳にはただ轟々と海鳴りのような音がなるばかりだった。そしてその音から、かすかに言葉のようなものが聞き取れるような気がした。
「何!?、何言ってるかわからないよ!」凛が叫ぶ声すら海鳴りの音の中にかすれて消えていく。その時凛の耳に囁くように、でもはっきりと声が聞こえた。
「心の声を信じて」
その時、凛は取り憑かれたように急に気を落ち着かせてはっきりと言った──「私は、信じる。」その刹那、凛の体は光の中に飛び込んだ。
凛が気づくと、凛はベッドの上に寝ていた。凛が起き上がると、凛は自分の髪が短いことに気がついた。(またあの現象か。)
「ここはどこだろう。」凛が周りを見渡すと、窓から陽光が差し込んできていた。凛は陽光が心地よいことに気づき、どうするでもなくしばらくまどろんでいた。しばらく布団をかぶって寝ていると、ドアの外から呼び声が聞こえた。
「フィーネ?いつまで寝てるんだ?早く起きてこないと依頼に遅れるぞ。」
凛は布団から起き上がると、なんともなしに髪の毛に触った。金色の髪だ。凛は近くにあった鏡を覗き込むと、鏡に写った自分の姿に驚いた。その鏡には金髪の青い瞳の少女が映っていた。
Ability
「フィーネ?、フィーネ?」
布団から起き上がった凛は呼び声を認めると、寝間着のまま部屋の扉をそろそろと開けて、部屋の外の廊下を見渡した。廊下は階段につながっていて階下に繋がる階段あたりから呼び声がするようだった。「フィーネ?起きてるか?」急に近いところで声がした。凛は驚いてドアを少し閉じかけたが、その隙間から少し長髪で金髪の青年が階段あたりに立って呼びかけてきているのに気づいた。読者の皆さんはもう知っていると思うがその青年はガイである。
「ランド、フィーネの様子がおかしい。なんか記憶喪失みたいだ。変な魔法をかけられたのかもしれない。ちょっと医術師を呼んできてくれないか? これ昨日の依頼でトラブったせいかな。」
ガイが階下に下りながらランドに呼びかける。凛は部屋の中から跳び出すと、渾身の勇気で言った。「あ、これは記憶喪失とか病気じゃなく、私の特殊能力です。精神が乗り移る特殊能力なんです。」
階段のガイは凛の言葉に一瞬固まっていたが、気づくと言った。
「え?じゃあ君はフィーネじゃないんだ。それは精神系の魔法か。」
その後慌てて部屋においてあるフィーネの服のうち問題なく着れそうな服を選んでから着替えた凛は階下の食堂でガイとランドに事情を説明した。周りの他の客は好奇の目で凛を見る。誰もオリエンタルな様相に身を包んでいたが、明らかおかしかった。なぜなら誰も皆刀や剣を身につけていたからである。中には鎌を持っている人もいた。それはガイもランドも同じだった。凛はおどおどしながらも、勇気を振り絞って説明した。
「わたしはフィーネ、さんではありません。私は精神が乗り移る現象が時々起こるんです」
「じゃあ。君は風峰凛っていう名前なんだ。精神が乗り移ってるのか。フィーネじゃないのか。」ガイは納得したようなふうで頷いた。
「『風峰 凛』聞いたことのない言語の名前だな。君はどこの国の人なの?」ランドは凛の顔を覗き込んで聞いた。
「私は『日本』って国に住んでいる日本人です。英語で言ったら『Japan』か。でも、ここはどう考えても現実の世界じゃない?オリエンタル、いやそれも違う。ここはファンタジーの世界ですよね。いままで現実以外の世界に飛んだことはないんだけど。」
ランド「日本って国は聞いたこと無いな。俺が知ってる限りそんな国の名前は聞いたこと無い。Japanってどこの国の言語なの?世界共通語なの?そんな読みをする言語も聞いたこと無いんだけど。君はギリシャ語は知ってる?」
質問の意図が凛にはわからなかったが、凛はそのままに答えた。
凛「ギリシャ語は存在自体は知ってます。ただ習得はしていません。」
ランド「やはりその世界にもギリシャ語はあるか。」ランドは指先でテーブルをトントンと叩いた。
「──じゃあ、君の乗り移る能力って能動的なものじゃないのか。勝手に乗り移ってしまうのか。」
ガイ「確認のために聞きたいんだが、君はなにか人にできない、自分にしかできないことってあるかな?──」
そして凛はガイとランドの前で絵を描くことになった。食堂の備品を借りて、絵を鉛筆で描き起こした。消しゴムはパンだ。
ガイ「うーん、これは別人だ」ランド「あり得ない。あのフィーネの指先から生まれる絵だと思えない。だってフィーネの絵ってあんなんだし」
「わたしは人に見せられるようなものじゃないですけど絵を描くのが得意なんです。絵は好きだから結構昔から学んでて。でも解説書とかそんなに良いのは見つから無いから、独学だったんですけど。いろいろな絵を見てどう描くのかななんて考えたりして──。」
結局のところ凛フィーネはその乗り移りが終わるまでその宿屋に二人と同じパーティーとして一緒に泊まることになった。依頼は凛フィーネにはこなす能力がないので謹慎、凛は医術師の診察を受けたりしながら、部屋でランドが借りてきた画集を読んだり絵を描いたりして時間を潰した。乗り移りは一晩で終わったり数日続くことがあることを凛はわかっていたので、乗り移りが終わるのを待った。
GAI
ここでガイについていくらかカミングアウトしてみよう。金色の肩まで伸ばした髪に、端正な顔つきのガイはいわゆるかなりの美男子だった。だが元来の性格もあって道中を共にしているフィーネはそのことは全く気にしていない。ガイは結構時々明晰なことを言う性格だったが、底の抜けたような飄々な態度で捌けた明るい性格なので、非常に軽いノリで周りとも付き合っていた。フィーネとは幼馴染で同じ村の出身で村にいた頃は近所に住んでいた。
以前にもたまたま道中で一緒になったフィーネたちのようにアヴェンチューラで旅をしているパーティーの、少女グループと話をしたことがあったのだが、ガイがいなくなったのを見計らってその道中の友人たちは口々にいった。
「ねぇ、フィーネとガイって付き合ってるの?」
「はぁ?」フィーネは間の抜けた返事をする。
「だってガイってかっこいいじゃない。ずっと二人で故郷から旅してるんでしょ。もしかして恋人同士、とか」
「あーあり得ないあり得ない。ぜんっぜんあり得ない。」
「えー、だってこうやってパーティー組んで一緒にいるわけじゃない」
「あたしは別に一人でも良かったのよ。ガイが最初にアヴェンチューラで行く事に決まっている街で人狼が出るなんて話があったから、怖がって一緒に来てくれないかって言われたのよ。その成り行きで今まで旅してきただけ。全くあいつ泣いて頼んできたんだから、怪物の一つや二つで怖がるなんて子供よ。そう言えば小さい頃なんてガイって私が手伝ってないと何も出来ない子だったんだから。包丁で指を少し切っただけで泣き喚くし、夜中にトイレに行けないし(ガイの母親談)、池で泳げずに溺れるし」
今のガイは美少年だがフィーネはそのことを意識していない。
「それが今では中級職能者レベルの魔法が使えるんだからね。まだ17才なのに。全く不思議なものだよ、人間の成長ってのは」
「え、えぇ〜」
フィーネはさっき道端で見つけたミツネ草を指で遊ぶと驚くパーティーメンバーをおいてそそくさと先に進んでいった。
Erosion Magic
ある晩フィーネは明日の朝食のスープに入れる野菜を買いに一人商店街まで来ていた。夕日が沈んでからだいぶ経っていて、あたりはもう暗く、月の光だけが空に白く浮かんでいる。(そう言えば今日は朝から雑務ばかりだったな)などと考えつつ、フィーネはファーとアクビをした。そのアクビの後フィーネはパン屋の前で幼い少女がパンを買っているのを見つけた。
「6ヴァリューだよ。」
「ありがと、おじさん。また明後日も買いに来るからね」
少女はパン屋の店員からパンを受け取ると、フィーネの方を振り返った。声を掛けるフィーネ。
「まだ小さいのに家族のための買い物に来てるの?えらいねー。」
そのあと宿屋に戻るフィーネと家に戻るその少女は一緒に並んで歩きながら話をした。
フィーネ「一人で買い物に来てるの?誰かと一緒にはきてないの?」
アニー「お母さんは病気で寝てるの。お父さんはずっと昔に死んじゃった。弟がいるから、ご飯は私が作るの。私料理得意なんだよ。特にエンドウ豆のスープが得意なの。エンドウ豆は安いから、お金が高くかからないし。」
「へー」フィーネは自分の父親のことを思い出す。フィーネの父親もこの旅に出るずっと前に亡くなっていた。
「あ、おねえちゃんのそのブレスレットかわいいー。私もそういうの欲しいなー。」
しばらくフィーネが父親のことを思い出しながら歩いているとアニーがフィーネの首に下げられたブレスレットを指さして言った。「お姉ちゃんそのブレスレットすごい似あってるね」
フィーネ「え?ああ、これ? ふふーん、そうでしょ。やっぱセンスがある人にはわかるのね〜。あんな野郎どもにこの美しさがわかるわけがない!」
アニー「私もお飾り欲しいけど私の小遣いじゃ足りないの」
その言葉を聞いてしばらくアニーの顔を視ていたフィーネだったが、思いつくと言った。
フィーネ「じゃあ、このブレスレットはアニーにあげるね。」
アニー「え、いいの?」アニーは驚く。
「でもおねえちゃんのでしょ?もらっちゃったら悪いよ」でもフィーネは首からブレスレットを外すと言った。「大丈夫だよ、私は他にも代わりがあるし。だから、あげる」
そしてフィーネはブレスレットをアニーの首にかけた。「え、ありがとう」アニーは喜んだ。──しかしフィーネは暗黒蝶がすぐ近くでフィーネたちを追うように舞っているのに気が付かなかった。
二人が宿屋と家までの月明かりの道のりを歩いていると、いきなり目の前に道を塞ぐように男が現れた。その男は以前フィーネたちが襲われて追い払った暴漢グループの男だった。この暗い路地で待ち伏せしていたのだ。
暴漢A「ヘヘ、久しぶりじゃねえか姉ちゃん。今日は茶髪と金髪頭は一緒にいねえのか?」
その言葉には答えずにすぐさまアニーの手をとって後ろに駆け出すフィーネ。しかしその後ろの道にも暴漢グループの別の男が現れた。そして続々と暴漢達が現れる。焦るフィーネ。しかも暴漢だけでなくモンスターたちまで現れてフィーネたちの前に立ち塞がった。
「コンク、良い食料があるぜ。お前も腹すかしてるだろうからなぁ。今日の晩餐はうまそうだぜ?」暴漢が竜のモンスターに呼び掛ける。そのモンスターの横には髭面の老人のモンスターもいた。「私の魔法が役立つ時ですかな。」「カヌダロフ、とどめを刺すのはお前の役目だ」
立ちすくむフィーネ。手が汗ばんで、鼓動が早くなってくるのがわかる。すぐ側の小さなアニーは恐怖で固まっていた。
フィーネ「アンタ達、私になんか恨みでもあるわけ?」毅然とした態度で問いただすフィーネ。
暴漢B「そりゃ俺なんかはあの兄ちゃんに大切なこの歯を折られたんだからな。仕返しはしっかりやっとかないと」
フィーネ(くそ、こんな時にガイやランドが居てくれれば助かったのに)
暴漢「さあ、身ぐるみ剥いで血祭りにあげてやる!野郎ども、やっちまえ!」
暴漢達がめいめい刀や鎌などの得物を構える。モンスターたちも戦闘態勢に入った。フィーネは鼓動が波打つのを感じていた。フィーネは背中の鞘から大剣を引きぬいた。繋いだ手からアニーが震えているのが伝わってくる。そしてフィーネの手もまた、震えていた。冷や汗が額から滑り落ちる。フィーネはアニーに言った。「お姉ちゃんに離れずについてきて!」
「うぁー!!!」暴漢達が一斉に切りかかってくる。「伏せて!」フィーネは大剣を横に振りぬきつつ体を一回転に跳んだ。暴漢の幾らかは大剣の剣圧でたじろいだが、その中の一人がまたもやフィーネに切りかかってくる。フィーネは大剣を構えてその刀を受け止めた。剣から火花を散らし、しのぎを削りながら押し合っていたが、少女一人の力で男の刀を受け止めるのには力不足だった。ジリジリと後退するフィーネ。と思うと後ろからも別の敵が斬りかかってくる。フィーネは先程の敵の刀を横に振り切ると、後ろから下りてきた刀をかわしてその攻撃を避けた。しかし変わらず暴漢達が周りを取り囲んでいて、逃げる隙を見つけようにも逃げられない。
暴漢「どうやらここいらが運の尽きってもんのようだな」
フィーネは鋭い目付きで暴漢達を威嚇しつつ、剣を構えたまま敵の出方を伺っていたが、暴漢達の取り囲む輪はジリジリと狭まってきて、──ついに暴漢のうちの一人が大上段に刀を構え切りかかってきた。
フィーネが息を呑んだ瞬間、──アニーは暴漢の刀を背中に受け、負傷した。
「くそっ!」
フィーネは暴漢の一人を浅く大剣で斬る、滴る血。それを見たフィーネが剣先をためらうと、隙を突いてまた暴漢の一人がアニーに切りかかってくる。「トゥルトゥルトゥル!」だがその時アニーの下げていたブレスレットが音を立てると、防御魔法が働いて暴漢は突き飛ばされた。難を逃れるアニー。しかしアニーの背中からは先ほどの剣傷で鮮血が流れ出していた。そして依然周りは暴漢で取り囲まれている。
もうダメか、とフィーネが思った一瞬。目の前の男が呻き声を上げて崩れ去った。背中からは血を流している。男の立ち崩れた先の視界にはランドとガイの姿があった──。
そして後には呆然と佇むフィーネがいた。
◆ ◆ ◆
ランドとガイが暴漢グループをメッタ打ちにしたあと、3人は火を炊いてそこでキャンプを張った。戦いのあと、怪我をしたアニーは街の病院に運ばれた。焚き火を眺めながら虚ろな目をするフィーネにガイは声をかける。
「アニーが怪我をしたのはお前のせいじゃないよ」だがフィーネはそれに答えずに言った。
「わたし、斬れるところだったのに、ためらった。斬らなかったんだ。だから、アニーが斬られた。どうして、守らなきゃいけなかったのに──。」
「私、強くなりたい。強くなって、周りの人を守れるくらい強くなりたいよ。どうすれば強くなれるの? このままの自分じゃ嫌なんだ」フィーネは泣きながら振り絞った声で言った。ガイ「おまえはもう十分強いよ。」
フィーネはまだ人を斬った経験がほとんどなく、人を傷つける行為に対してはまだ慣れていなかった。
その晩のキャンプで、焚き火の近くでガイが凛フィーネに話しかけた。
ガイ「フィーネは父親を前の戦争で失ってな。ま、正確には行方不明なんだが、戦死扱いってことで遺骨もなかった。あの大剣は親父さんから譲り受けたものだそうだ。いつも大切に持ち歩いているが、でもあいつはほとんど人を斬ったことがなかったんだよ」
「──子供の頃村に税金の徴収員が来て、村人を斬ったんだ。フィーネはいつも揚々としてるけど、あいつそれから数日の間も家から出てこなかった。相当ショックだったんだろうな──」
『ははっ、税金も払わずに飯食ってんのか?お前らは社会の中で認められない。金になりそうなものは全部徴収しな!』
『やめてください。私の家にはもう生きるために必要な物しか残されていないんです。』
『お上に逆らうなら処刑するぞ。俺らはその権限も持ってるんだ!』
『父さん、助けなきゃ。じゃないとあの人家に住めなくなっちゃうよ。父さんは勇者でしょ?』
『フィーネ、私には、どうにもならないんだ。これは、掟なんだ。決まりなんだ。』
家人が追いすがって徴収員の腕に噛みつくと「この女!」兵士が家人の背中に斬りかかった。
家人の背中から迸る血。フィーネはその血しぶきを目を見開いて視ていた。フィーネの父親は為す術もなく呆然とその光景を視ていた。怪我を負った家人は他の村人によって医術師のところに搬送され、魔法による治癒処置を受けた。幸い傷は残らなかった。
後日、宿屋に泊まっているフィーネたちのパーティーにまた依頼が入った。その依頼はフィーネ一人がこなす依頼だった。外は晴れていたが、入道雲が沸き立っていた。
出かけ際、フィーネが淡々と言う。「行ってくる」
「お、おう。なあランド、フィーネのやつアニーが斬られたことに負い目感じてるんじゃないか?」ガイがランドに呼びかける。扉の締め方もぞんざいなまま外に出るとそそくさと先を急ぐフィーネ。
「フィーネ、どうしたの?元気ないよ。いつものフィーネみたいな笑顔を見せてよ。」
凛が心配そうに呼びかけるとフィーネは重い声で言った。
「凛、しばらく黙っててくれる? 今は何も聞きたくないの、話したくないの。」
そしてフィーネは数メートル進んだところで、足を折り跪くと剣を地面に突き立てて泣きじゃくるように号泣した。
「なんで、また……守りきれなかった」
フィーネが泣いていると雷鳴がして、銃弾のようなスコールが降り始めた。フィーネの涙はその雨の中に混じり、消えていった。
「ほんとは人が守れるもんなんて拳の大きさほどもねえんじゃねえのかな」
後のキャンプで凛がランドと焚き火を囲んでいた時、ランドはぼそっと呟いた。
「初めて人を斬った時のことを覚えている。俺たちはそう育てられてきたから、罪悪感なんてものはなかったけど、それでも斬った後は身体が震えたよ。腕に生ぬるい感触が残って、でも、それも回を重ねるごとに慣れちまったけどな──」そしてランドは凛の方を振り返ると言った。
「生きるためには、戦うためには、守るためには、人でも誰でも斬らなきゃいけない。それが現実だよ。わかるかい。凛ちゃん、君も同じなんだぜ?」
凛は無言のまま頷いた。
Sympathy
フィーネにシンクの能力で時々乗り移る凛と、アヴェンチューラの行程でフィーネたち一行は旅をしている間は宿屋に泊まったり、荒野でキャンプを張ったりして夜を越えていた。ある日のキャンプで、凛フィーネとランドは焚き火の炎を囲みながらフィーネの話をしていた。その日はガイは昼間のうちの依頼で既に疲れていて、テントの中で先に寝て休んでいた。凛フィーネはランドからホットミルクの入ったマグカップを受け取って、ランドの話を聞いていた。
「ランドさんはフィーネさんとどう出会ったの?」まず凛が質問する。
「まあ、俺はラミナからこのクォツのあたりまで旅をしていてさ。放浪の旅なんだけど、その途中でグランツに着いたあたりで空腹に耐えられなくなってさ、持ち金が全然なかったんだよ。そのせいで食料すら買えなくて、そんでもうダメだろって思って行き倒れてたんだけど。そこをフィーネたちに拾われて、今は一緒に旅してるんだ。」
凛フィーネとランドの話はランドとフィーネの関わりの話へと進む。
「フィーネってあいつは良いヤツだからな。気の置けないパーティーメンバーだよ。あいつと一緒に旅していると全くと言っていいほど退屈しない。ガイってあいつもフィーネに対しては同意見だろ。」
そしてランドは腕を上げて背伸びすると、「あいつと出会えてよかったなーと本当に思うよ。」と言った。
「そっか。ランドはフィーネさんの事好きなんだね」
凛がなんともなしにつぶやくと、
「えっ、うわ、わかる? フィーネには内緒にしてくれよな。」
ランドは焚き火に調達した薪を突っ込んだ。薪がぱちぱち爆ぜる音が、凛の心に響いた。
「必ずしも完全じゃないけど特殊な能力がある人っていうのは、直感で相手の心情が分かることがあるんだ。凛ちゃんも、その一人なんだぜ?」
「特殊な能力?確かにシンクの能力はあるけど。──でも私は一般人です。」凛は手の中でマグカップを回した。
「わかってないなあ。まあ、でも大人になればわかるよ。」
「実は俺もその特殊な能力ってのを持ってて、まあ、俺のは特殊っていっても普通のなんだけど、凛ちゃん、今、風が寒いなって思ったよね?」
「え?なんで分かるの?」凛は思考を当てられて驚いた。
──まーね。まーね。とランドははぐらかした。
話はフィーネの過去の話に移る。
「フィーネもずっと前は弱虫だったんだ。相手を斬るのを怖がってて、暴漢と戦っても苦戦するくらい弱かったんだぜ。まあ、俺は子供んころからラミナで武芸を教えられてたから、元々超強かったんだけどな。」
「ランドさんはフィーネさんたちと会うまでどういう生活を送ってきたんですか?」
ランドはその質問に驚いたような顔をした。
「そうだなあ、人に自慢できるような人生じゃなかったな。」
凛が飲み終わったマグカップを置くと、今度はランドはマグカップにハチミツティーを注ぎ入れて、凛フィーネに渡す。
そしてランドは急に真面目な顔になって、遠くを見るような目をして凛に語った。
「フィーネと出会ったとき、いつもは無い予感があったんだ。そしてこれは絶対に逃しちゃいけないチャンスだと思った。運命ってものを感じたよ。」ランドの話に凛はマグカップをギュッと握った。
「それは私も同じです。フィーネとシンクして、このシンクにはいつもと違う、何か重要な意味があるって思った」
「え?凛ちゃんもそう思ったの?」
「だって、ランドさんたちから聞くフィーネってそういう人じゃないですか。グイグイ手を引いて新しい世界を見せてくれる。そういう気がしていたんです。」
「おれはさ、こいつは、──フィーネは俺にはない何かを持ってる。俺が望んでいる何かを持ってる。そう思った。──きっとそれが俺が忘れていたものだから。──」
そして豪胆な顔をすると、
「だいたいフィーネはガサツなくせに美少女だからな〜。巨乳だったよかったんだけど、まあ、胸は普通くらい?」
凛はランドの唐突な言葉にちょっと狼狽してハチミツティーを飲み込んだ。
「んじゃ、俺はもう寝るから。ここの焚き火は水かけて消しといてよ。明日はもう別のところに行くし。さー、次の依頼は何になるかな。」
ランドはアクビをしながら近くのテントに戻って中に入っていった。一人になった凛は頬を切る寒さに少し震えた。凛はその後もしばらく外に残って星を視ていた。その日は取り立てて星が出ていたわけではなかったが、もともと現実世界より光害が少ないAWで星は美しく輝いていた。──凛は誰に話すとでもなく呟いた。
「きれいな星空だな。何か、私を導いてくれそうな、そんな感じがする。子供の頃からずっと見ているような、世界を視ているようなそんな感じがする。」
凛はホウと一息つくと「よし、私ももう寝なきゃ」焚き火に鉄バケツの水をかけて火を消すと、フィーネ用のテントに入っていった。
Shooting Star's Think and Flow
砂漠越えの途中、涼しくて澄み切った夕暮れの夜にテントを張り、フィーネと凛はテントの近くで夜空を見上げて会話していた。
ガイがランドの居るテントの天幕の中に入った後、フィーネは近くの焚き火の明かりに照らされながら、一人夜空を見上げていた。今日は雲一つなくずっと上まで秋の天高い空が続いている。空には様々な大きさの、様々な色の星が輝いていた。そしてその空を横切るように、天の川も宙に帯を引いていた。その夕明りの夜空に星が光る中フィーネは一人考えていた。
フィーネは寝転んで夜空を見上げる。横にはうっすらと凛の姿が見える。
凛「あ、流れ星、キレイ!」
フィーネ「あんまり喜んじゃいけないよ。流れ星っていうのは人や命が死んだ時に流れるって言われてる。まあ、これは喩えなんだけど、だからあの星も、誰かがどこかで亡くなったっていう形象なんだ。」
凛「ああ、そうだよね。気付かなかった。確かに話では聞いたことはあるけれど」
フィーネ「流れ星に願いをかけるって習慣、凛の世界にもあるかな。まあただのジンクスだろうけどね。言っておくけど流れ星が流れる間に三回も頭の中で願い事を唱えるなんて普通の人には無理だよ。だからさ、一瞬でいいんだ。流れる瞬間にイメージする。きっと人が死ぬ瞬間っていうのが一番強い感覚だろうから、だからあの人達にはそれを叶える力があるんじゃないかな」
「あ、また流れ星」
二人が無言で空を見上げていると、どんどん流れ星が増えていき、流星群が極大化する。
フィーネ「今日のような日に、どこかで争い事が起きて、人や命がたくさん死んでるんだな。きっと、いつか、わたしも……」
流れる流星群を瞳を逸らさずに見つめ続ける二人。二人は心を無にしてそのまましばらく夜空に流れる流星たちを視続けていた。
School Way
ある日凛は授業中に窓の外の雲の浮かぶ空を見上げて、ぼーっとした顔を見せていた。それを講義をしていた教師が見つけると咎めた。
教師「風峰。ちゃんと授業に集中しろよ。ボケーっとしてたら重要な講義聞き逃すぞ。学校教育だって生きていくためには必要なんだからな。もし落第でもしたら親御さんを困らせるぞ。あと当たり前のことを言っとくがちゃんと連絡事項はこぼさず聞くんだぞ。誰も二度は説明してくれないぞ。」
凛「ごめん、彩ちゃん。私、どうしても空想癖があって。後で聞き逃したところ、ざっくりでいいから教えて。」
彩「いいよー。」
別の授業。
教師「ノートを取るのは講義している学習内容を頭のなかでまとめて理解を深めるためです。ノートは学期終わりに提出してもらって評価の参考にします。」
生徒「わかりきってるところまで聞きたくないじゃん。教師がわかりきったことを話している間は別の課題でもこなしておこうか。ただ話の流れは追わないと重要なこと聞き逃すかも。教師によっては怒られるかもしれないけど」
授業が終わった後の二人の会話。
守「凛、学校教育なんて本来は要らないような気がするかも知れないけど、実際は現実を知るための前提知識とか会話の中からの断片とかからいろいろ有用なことが知れるからね。どんなにいじめられていても学校にはちゃんと通ったほうが良いよ。」
凛「家にこもっているのは嫌だから、学校には通ってるけど、いじめられてるから楽じゃないな。うちはお父さんが味方になってくれるからまだ良いしむしろ学校のほうがキツイけど、家まで嫌な家族ばかりの人がこの話をするんだったら、どう思うんだろ。」
守「進学するならちゃんと学校説明会とか文化祭行って校風が良い学校かどうか調べるんだよ。険悪な学校に行ったら助からないよ。」
放課後の生徒の会話。
生徒A「教師連中とかムカつくじゃん。俺たち高校生に向かって教師だからって指導する立場だからって偉そうな態度取りやがって。」
生徒B「井上ってあの美術講師は大丈夫だな。あいつは信頼できる。」
生徒C「田下ってあの物理講師はダメだろ。あいつは偽善者だよ。」
生徒D「教師の中には本当に腐ってる連中も多いよな。ロリコンだとか変態だとか。子供の頃は信頼できる大人のような感じがしてたけど、大人になってみれば社会の中の大人と同じで底が知れてるっていうか。時々はまともな志のある奴もいるけどな。」
生徒E「体罰教師とか刑務所行けばいいだろ」
次の日の学校内の会話。
生徒「うちの高校がスローガンに掲げてる『生きる力を育てる教育』って誰が立てたスローガンなわけ?良い線行ってるじゃん。」
教師「オメーら、行事や部活や委員会活動だって現実を生きるためには必要な教育内容なんだぞ。遊びだと思って舐めてたらダメだぞ。この高校は普通科だけど総合高校とかはもっと良いな。」
教師「芸術ってもんは実は学校教育よりももっと重要なんだぜ。これは教員連中の視線が怖いから表立っては言えないけど、芸術ほど人にとって役立つものはない。芸術からしか学べないことがたくさんあるんだ。あと芸術は優れた芸術と俗悪な芸術がある。峻別する能力が必要だよ。」
休み時間の会話。
生徒「おれは早く就職して一人暮らしして独立したいから専門学校に行こうと思ってるんだけど。どこが良いのかな。」
生徒F「おまえ専門学校に行こうとしてんの? 専門学校は仕事のやり方を教えてもらえるだけだ。教養科目を学んで大人になりたいなら大学に行けよ。」
生徒G「あー、大学はやっぱ一般教養科目でギリシャ語の講座があるな。これは外せない。」
昼食時の会話。
生徒「うちの高校は学食があるからな。弁当だけじゃないし。弁当自分で作るならいいかもしれんけど、親が作ると親の都合で作られちまうだろ。買い出しに行く方法もあるけど、店を選ばないとな。学食も安心して食えるなら良いかもしれないな。コンビニ弁当も良いかもな。」
Fireworks Value
フィーネ戦士団の4人は再びグランツを訪れることになる。遠景に眺めていたグランツの街並みがはっきり見えてくるようになると、じきに4人を載せた荷馬車はグランツの物売り屋の店で賑やかな街並みの通りの中に入る。
街の入り口に設けられた駐車場に荷馬車を繋いで、フィーネがエアリスの頭を撫でると、三人は商店街に入った。商業都市グランツは出店や商店が並ぶマーケットのような街だ。どの店もこの国のあらゆるところから運ばれてきた物資で溢れかえっていて、その賑やかさと言ったら4人が今まで回ってきた数ある道中の街でも指折りだった。このグランツと言う街は砂漠を挟んで2つの隣国と接しているが、そのうち片方の交易が盛んな隣国との物資の移動が密に行われる街でもある。だからこの街では国外から来ためずらしい物品もたくさん見られる。
「グランツの名物、東国のイリュージョンを今日やるよ!さあ、集まった。集まった!」
フィーネたちはしばらくの間街のあちこちを見てくるためにグランツにとどまる予定だったが、そんなある日に街の噂で花火大会が催されることを耳に挟んだ。この大会はグランツを統治する商人たちの座が主催者となって催される大会で、毎年夏に一回だけ催されるものだという。クォツでは花火というものは一般には広まっておらず、それを知るものもあまり多くない。珍しい大会ということで、旅の一興として4人もその大会を見に行くことにした。
昼間の喧騒が一通り収まり夜の静けさが街を包むと、街の中心部に会場が設けられた。──そして東国の風物詩である打ち上げ花火が披露される。会場には様々な場所から集まった人々でごった返していた。空にはうっすらと白雲がたなびき、一面に星が輝く──。遠くで花火師が筒に詰め用意した花火が空へ打ち上がり始める。売店で買ったかき氷を食べながら空に弾ける花火を眺めるフィーネとランドとガイとインフィ。
ガイ「すごいなこの空気感は!」
フィーネ「色とりどりの火花が弾けてる。これは美しい!」
ランド「おれは子供の頃ちょっと見たことあるぜ。結構違う鮮やかさだけどさ」
インフィ「力強い輝きね。」
漆黒の夜空に弾ける花火は色とりどりの美しさだった。遥か上空までの空気感、花火の火花が持っている熱、花火師の服の装い、鼓膜を打つ音、見物客の雑踏。
4人はしばらく呆然と花火の空気感を心の底から響かせていた。ランドとガイがつぶやく。
「……世界には自分たちの知らない美しいものがまだまだあるんだな」
空に弾ける色とりどりの花火。
「この花火をいつも見られたら良いのにな。」
するとランドが売店のメニューを持ってきた。
「向こうの売店で手持ち花火とか言うものも売ってるぜ。なんでかしらんがミニ望遠鏡と抱き合わせ商法だな。本屋でも瀬せらぎの花火とかいうものも売ってたぜ。向こうでは映像の記録魔法の販売もしてるな。ガイ、お前はそういう魔法使えねえの?」
ガイ「少しなら出来るぜ。まあ、ちょっと映像を整理するのが難しいけどさ。」
フィーネ「これはー、無視できない行事だな。」
4人は花火大会の終わりまで魅了されて花火に見入っていた。漆黒の夜空に明るく弾ける花火は、これからの4人の旅を暗示しているようにさえ思えた。
Violet Snow
凛のシンクが始まってから5ヶ月後、学校の昼食の時間に凛の友人の守が弁当を広げようとしていると、田所がちょっかいを出してきた。
「柊野、てめぇなんで弁当あっちで食えって言ってんのにここで食ってんだ。」
「だってあっちは陽の光が当たるじゃん。眩しいし暑いからこっちで食ってんだけど。もうこれから夏なんだからあんな席じゃ食えないよ」
「私らが先に確保した席じゃんか。お前はあっち行って食えよ。」
「あんたらにそれを決める権限があるわけじゃないでしょ。」
「柊野、てめぇはわかってないなぁ。お前みたいな現実知ってるようなすました奴はムカつくんだよ。凛みたいな奴と違って小賢しいしさ。今のうちにシメとこうか」
「私はわたしがありのままに生きられる生活領域が欲しいだけだよ。お前らみたいなムカつく連中には従わずにさ。私は向こう行って食べてくるから、もうかかわらないで欲しい。」
そう行って守はバッグから弁当のホットサンドを引っ張りだすとその場を離れて食べに行こうとした。しかし田所は守の襟首を後ろからを掴むと守を倒すように引っ張った。後ろ向きに倒れる守。守が怒って田所に掴みかかると田所が守の頬を拳で殴った。勢いで倒れて机にぶつかって倒れこむ守。
しかしその時凛がキッとした表情で席を立つと、田所のところまで来て言った。「なんで守に暴力を振るうの!」
凛は田所に対して毅然とした態度をとる。頬をさすりながら少し驚く守。
「風峰、てめぇは人の問題に口出ししてんじゃねぇ!」
「言っておくけど守の問題は私の問題。守は私の友達だから。大切な友達だから。」
「ふざけたことぬかすとブッ殺すぞ!」しかし田所がほうった拳を凛は逸らすように避けると田所の顔を思い切り殴った。鼻から血を垂らす田所。
「凛風情がぁ!!」憤った田所が凛に再び殴りかかろうとするが、凛は目を逸らさずに田所が放ってきた拳を見切ると腕を掴んで関節を逆に固めた。
「いじめるなら私をいじめて。守には手を出さないで。これでもまだ満足しない?」
いじめっ子グループの仲間が手を出そうとするが、凛が視線で威嚇する。少し怖気づくいじめっこグループたち。凛はランドとガイたちとの修練の成果が少しづつ身についてきていた。
いじめっこグループたち「行こうぜ。」
田所は屈辱感をにじませながら、凛から手を引いて次の特別教室へ向かうためにかばんを引っ掴むと去っていった。
守「凛……」机に倒れこんでいた守が呟いた。
凛「きっとああいう人たちも心の中に寂しさを抱えてるんだ」
守「──いや、そうかも知れないけどさ。凛が本当は強くなれるってわかってたけどさ。見ない間に本当に強くなってきたな。きっと私なんていつか追い越せるよ。それは凛自身の力だから──。」守は少し泣いていた。
凛「さ、行こう。」凛が守の手を取って守が起き上がると、守は服のホコリをはたいて二人は次の教室へと向かった。
Summer Vacation
夏休み前の仲間たち。
授業が終わった後の放課後の校舎の近くの木陰の雑草の芝生の上で、凛と仲間たちは休んでいた。樹の葉は青々として、木漏れ日は優しく凛たちの頬を撫でた。
守「何?そんな嬉しそうな顔して。なんかいいこと在った?」守が凛に話しかける。
凛「うん、なんか今は守たちが一緒にいてくれるから、それが嬉しくて。新見くんも話聞いてくれるし、最近は君疾君とも一緒に話したりするし、そういうことを考えたら、なんか楽しいなって思うの。もし一人ぼっちだったら、すごい寂しいだろうなって」
すると凛たちを見つけた仙太郎が話しかけてくる。
仙太郎「お、守まで一緒にいる。俺ら変わり者の集まりか?」
守「そうねーってあたしが変わり者なわけ無いでしょ。ア・タ・シはまともです。」
初夏の風が揚々と校舎の前を吹きこんでいた。夏の太陽が照りつけていたが、その日の湿度は低く、木陰に入ると少し涼しかった。校舎には緑化のための植物のツタが絡みつき、校舎のガラス張りの壁を覆っていた。雲は遠く入道雲が湧いて、風に流され形を変えていった。校庭では生徒たちがサッカーなどの競技に興じている。遠くでは水栓で水を飲んでいる生徒も居た。
10人はビニールシートを引いて木陰に座って思い思いのことをしていた。守は携帯音楽プレーヤーで音楽を聞き、彩は手で顔をかざしながらぼんやりと空を見上げていた。美紗は木陰に寝っ転がり、凛はスケッチブックを片手に写生にいそしむ。麿利は校庭の景色を眺めては遊んでいる生徒たちを観察していた。悟は本を読んでいた。君疾はやはり昼間の空を見上げる。知平は汗をタオルで拭い、仙太郎は隣の知平にちょっかいを出していた。趣真はサッカーボールを手でもてあそんでいた。
「夏休みどこに遊びに行くー?」美紗が声を掛けると、
仙太郎「ホントは海に行きたいけどまずはプールレジャーランドにでも行こうぜ。最近開業したところがあるしさ。」
守「あんた金槌じゃなかったっけ?溺れないように注意した方がいいわよ。」
凛「私は泳ぎ方覚えたいからプールでいいよ。」
麿利「わたし、まだ泳げないんだ。」麿利は心配そうに言った。
新見「僕が教えようか。僕これでもプール監視員のアルバイトとかやったことあるんだけど。」
仙太郎「雨が降り始めたら困るけど、しばらく雨が降っていたら晴れてる時に遊びに行こうぜ。」
美紗「よし決定。今年の夏休みはプールレジャーランドに集合!それじゃ後の日程とかは電話して詰めていくから。私用事あるから帰るね。では解散!」
チャイムの音と同時に放課後の終業が告げられると、友人たちはみな家に帰っていった。友人たちが帰っていく中、凛は最後に青空の下にそびえる校舎を見上げると帰路につき、夏の陽炎の湧き上がるコンクリートの道の上を家に帰っていった。
──夏休みがはじまる前の仲間同士での一時であった。
Fool and Power
ある日フィーネたちは市場に買い物に行っていた。そこで売店の主人と値段の交渉をしていたが、そこで二人の子供が一緒に横の路地で話しているのを聞いていた。フィーネたちはリンゴの値引き交渉をしていて、その店は青りんごを売っている店だった。
シュン「うん?クリスト、どうした?」するとクリストは道端にしゃがみこんだ。
クリスト「足つった。イテテ、ちょっと休ませて」
シュン「足つったってオマエ馬鹿だな〜」シュンは笑いこける
クリスト「バカってことはないだろ、多分足を踏み誤ったのが原因だな。」
シュン「へぇー、お前そのくらいのことも知らないのか。これは完全なバカだ。」
するとクリストはちょっと怒って言った。
クリスト「友達に向かってバカっていうのはちょっと失礼じゃないの?そりゃ僕は頭は良くないけど。」
シュン「言っとくがこれからは俺がお前より上級者だ。オレに従えよ。」シュンはあっけらかんとした態度で言った。
すると別の買い物に行っていたシュンの母親がシュンに呼びかけた。
シュンの母親「シュン、市場での買い物を忘れてるわよ。早く行きなさい」
シュン「ああ、忘れてた。えーとメニュー表はこれだな。じゃあ、これからはオレがお前の大将だからな。買い物行ってくる。」
するとクリストはシュンを嗜めた。
クリスト「また忘れてたの?忘れないように注意したほうが良いよ」
シュン「やっぱこいつはバカだ」シュンはクリストを軽く笑う
クリスト「忘れてるお前がバカだろ。あとボクは友達づきあいとして付き合ってるだけだよ。どっちが上とか無いんだから」
シュン「言っとくがオレが格上だ。じゃ~買い物行ってくる。」シュンは手を払うしぐさでクリストと別れると、市場へ買い物へ行った。
──しかし買い物が終わった後にシュンは母親に呼び止められた。
母親「ちょっとシュン、たとえ現実が階級社会でも、友達のことをそんなふうに言うんじゃないでしょ。確かにあなたのほうが大人で頭が良いけど。」
しかしシュンは気に召さないというような態度だった。
シュン「だってあいつバカなんだもん」
母親「バカな人だって好きでそう生まれるわけじゃないのよ。あなただってそうでしょ? だからクリスト君に謝って来なさい」
シュン「えー、やだよ、あいつバカだし」シュンは母親の諭しにふてくされた。
母親「ダメ!ご飯抜きにするわよ」
シュン「はーい。ちぇ、あんな奴に謝りたくなんてないのに。」母親の叱責にしぶしぶクリストのところへ行くシュン。
それを聞いていたフィーネが呟いた。
フィーネ「私もバカだったからな。ああいう会話聞いているとちょっと寂しい気分になるな」
【数日後】
数日後はシュンとクリストは布を探しにまた市場に来ていた。またもやフィーネたちは居合わせた。
シュン「お前この調度のデザインどう思う?」シュンは売店で売られていた調度を指差して言った。
クリスト「そうだね、少し明るいけど、落ち着いた感じで、色とりどりなのが鮮やかかな。青色が寒色系の色として冴えてる感じだ、布地で出来ているのが落ち着いている。」
シュン「えー、ちょっと待てよ。」そう言ってシュンは荷物袋から額縁を二枚取り出した。
シュン「この絵を見比べてみてくれ。どっちの絵が良い。」
シュン「えーっと、これは左は人物の背中の奥の空間が広すぎる、右のほうが正しい。なんでそんな当たり前のことを聞くわけ?」
シュン「オレは赤色のほうが好きなんだけどな。お前は芸術の表現をどこで習った?ちゃんと答えろ」シュンは命令するように言った。
クリスト「だからその応対失礼だって。習ったって僕はまだ子供だぜ。ただ単にそういう感覚がするから答えただけだろ。」
するとシュンは一瞬固まっていたが、いきなりクリストの腕を掴むと、せがんだ。
シュン「お前超能力者だろ!私を美少女に変身させてくれ」
クリスト「超能力って何?〜、そんなの僕には無いよ。それから何「私」って、お前男だろ。」
シュン「言っとくけど私はゲイ、私は女。いいから大人になって超能力が使えるようになったら、能力貸してくれよ〜」
クリスト「急に何言ってんの。腕引っ張んなってー。」クリストは訳もわからないままシュンに腕を引っ張られながら逃げようとした。
それをまたそばで聞いていたフィーネたち。
ランド「超能力者ってバカの人が多いのさ。善人の魂の場合バカである分能力を持ってる。でもそれだけ過酷な坂道を登らなければいけない。ハイリスク・ハイリターンだな。本当に長い時間と血の滲むような努力が必要になる。人生全体ですら報われないこともある。それだけの運命を受け入れる覚悟がないとそんな人生は送れないよ。」ランドは売店で見つけた天球儀を手の上で回しながら言った。
フィーネ「子供が大人になるって子供の頃思ってたよりはるかに過酷だよ。子供の頃は大人は単に厭世的にそう言ってるだけだと思ってたけど、冗談じゃなく子供の頃はこんな現実だと思ってなかった。世界観自体がごっそり変わるし。」
するとガイが呟いた。
ガイ「親が味方じゃないと現実に適応することですら自分自身で切り開かなきゃいけないからな。」
フィーネたちはシュンに引きずられながら逃げようとするクリストの様子を傍から見ていた──。
Flow and Think
その頃、グランツの都市中枢部に位置する軍司令部の一室ではシグムが仕事のための書類を読んでいた。季節がもう秋が近づいているためか、窓の外はもう日が落ちて暗い。部屋の中には小さなランプが一つ、机の近くで光っていた。
シグムはグランツを管轄する軍の司令官。冷静かつ明晰な判断のできる軍人であり、最近街で起きているある事件の調査を進めている。グランツは商人の座が統治する都市であるが、国から派遣された軍がその座の承認のもとで実際の統治を行なっていた。
エガル「シグム司令。そろそろ休まれたらいかがですか。あまり遅くまで起きているとお体に障りますよ」
「いや、今日中にこの案件について対策を考えておこうかと思ったんだが、どうにも解せない面があってね。もう一度洗いなおしてみようかと思ったんだが、──駄目だ、今日はもうやめにしよう。」
そう言って手元の書類を片付けるとシグムはランプの灯を消した。
シグムが軍司令部を出て帰宅の途につくと、もう外は夜暗に包まれていた。月明かりに照らされてわずかに道の先が視える。
すると、路地裏から喚き声が聞こえてきた。シグムは歩を急いでその路地裏に向かう。するとその路地裏には軍の制服を着た兵士が倒れていた。
シグム「どうした!?大丈夫か!」
兵士「男に……マントを着た男がいきなり斬りかかってきて…。怪我はしてません。突き飛ばされただけです。それより、早くあの男を追わないと……」
シグムは路地の向こう側を視た。月明かりに照らされてマントを着た影がフッと奥の通りに消える。
「待てっ!」
シグムは男を追って走りはじめた。相手も劣らずの俊足だったが、シグムの足は軍の体力測定でもトップレベルの足だった。前の男との距離をグイグイ縮めるとシグムは腰の剣を引きぬいた。男に斬りかかろうとするシグムだが相手も腰に下げた三日月刀を抜くと、斬りかかった二人の刀身は火花を散らした。
シグム「何者だ!何が目的だ!」
しかし男はそれには答えずにもう一つの刀を引きぬいた。前の刀の影からシグムに突き刺そうとするが、それを見切ったシグムは後ろに飛び退いた。しかし足元の小石に躓いて、シグムは少しバランスを崩してしまった。その隙を見計らうと、男は再び逃走した。
シグム「待てっ!」
シグムは後を追いかけたが、男は夜の商いで賑わう通りの人ごみの中に逃げ込んだ。男の身体がぶつかって驚く市民たち。そしてシグムは男を人ごみの中で見失ってしまった。
◆ ◆ ◆
そんなある日、ランドは街角のある路地に来ていた。表通りは変わらずに人が多かったが、路地は影になっていて人目につかなかった。その日はフィーネもガイもランドとは一緒ではなくランドは一人行動をしているようだった。ランドはさりげなく周りを警戒しつつしばらく待っているようだったが、じき網笠をかぶった怪しげな男が近づいてきた。「つけられてはいないか」男は頷く。そしてランドが頷き返すと、男は服の影から紙切れのようなものを取り出し、ランドに渡した。周りから見られていないことを確認するとランドは何くわぬ顔で街中の人ごみの中に戻った──。
◆ ◆ ◆
その日フィーネたちはパンの配送を行っている会社からの依頼の内容を聞きにその社屋まで行っていた。その業者は近隣の住民に注文に応じて、必要なときや定期でパンを配送するサービスを行っていた。だが最近になって配送員が正体不明のマント姿の男に襲われる事件が若干起こっていた。依頼の内容を聞いたフィーネとガイはいつもとは違う政治的な依頼内容に戸惑った。
「え?じゃあラミナの尖兵が近くで潜んでいるということなんですね」
「最近になっていろいろとその男の噂があってな。ラミナとはもう長いこと戦争をやってるからな。工作員を送り込んで、内部からもクォツを崩そうとしているらしい」
ガイ「ラミナか。いろいろと悪い話が広まってるけどな。奴隷制度を作ってるとか、住民を政府が虐殺したりとか、戦争を起こして侵略活動をしているとか。まあ、クォツにいる限りはその実態は市民の耳には入ってこないが。」
パン屋の主人「男の人相書きなんだが、いまいちはっきりしないようだ。ただ最近になってうちの小間使いから報告があって、最近になってこのグランツでいろいろと工作活動をやっているらしい。下のものを使っていろいろと調べてみたが、今はこの廃屋を拠点にして潜伏しているらしい。これをあぶり出すために戦力が必要と思い、君たち戦士団に依頼を送ることになったというわけだ。」
そしてパン配送屋の主人はキセルに火をつけると、
「パンの配送も最近みたいに治安が悪いと、いささか危なくてな。特にこの案件が心配だから、君たちに頼みたいんだ。」
依頼の内容を聞き終わって休憩室のベンチに腰掛けたフィーネは窓の外の湖を視ていた。
フィーネ「なんか、わたし、胸騒ぎがする。この件には関わってはいけないような。でも調べないといけないような」
ガイ「え?そうなのか?フィーネの今の直感がどこまで当てになるかは分からないが。でも俺達は依頼を選んでいるような余裕はないんだぜ? そりゃ悪のための依頼なら断るけどよ。この仕事結構ギャラが多いし、受けるしか無いんじゃないのかな。」
フィーネは湖で釣り船が一艘漁をやっているのを眺めていた。
フィーネ「ランドは今何をしてるの?」
ガイ「あいつは昼食食いに行きたいって外食に行ったよ。数時間後には帰ってくるって言ってたけどな」
「ランド……」フィーネは無意識のうちに呟いた。
「ガイ、予感が正しいかどうかはわからないけど、今回のこの仕事をこなしたら何か父さんの手がかりが得られるような気がするんだ。だからこの仕事は引き受けることで決めて欲しい。」
◆ ◆ ◆
フィーネたちが目的の廃墟地についたのはもう日が落ちていた頃だった。外は暗がりで周りはあまり見えない。その廃墟はもう放棄された昔の居住区であり、人の気配はなく、すすけた建物が廃墟地の奥まで並び、あたりは生え盛った植物で鬱蒼としていた。
その時、フィーネたちの遠くの視界の奥で、マントを羽織った人影がさっと動くのが見えた。
ガイ「ちょ、お前、待て!止まれ!」
しかし人影は止まることなく建物の影に隠れてしまった。もう足音もしない。
目的の建物の前まで来たフィーネたちは、建物の中に踏み込むことにした。中からは人の気配はしない。秋の虫が近くの草原では鳴いている。月の光は青く、建物の前のフィーネたちを照らしていた。
フィーネ「ガイは魔法を使って策敵して、私はその辺りの物陰を調べてみる。」
ガイ「暗がりは不得手だから注意しろよ。いつ敵が襲いかかってくるかわからない。」
フィーネは周りを警戒しながら、ツトツトと建物の中に踏み込む。すると奥から何かチョークで地面をこするような音が聞こえてきた。フィーネが冷や汗をかきながらも少しずつ歩を進めると、ガイもフィーネの後ろからフィーネの後をたどっている。──二人は物陰から奥を見越した。そしてその人影は、地面に血で魔法陣を書いていた。
フィーネ「なんで……なんでランドがここに居るの?」
ランドの刀から血が滴り落ちる。
ランドが作っていたのはラミナから兵士を送り込むためのテレポート用の魔法陣だった。
フィーネ「ねえ、なんでここでこんなことをしてるの。答えてよランド。」
ランドは無言で答えない。
フィーネたちが押し黙っているうちに、後ろから沢山の人の気配がした後、ランド、そしてガイとフィーネたちは駆けつけた軍隊の兵士に取り囲まれていた。四方八方を取り囲まれて、ランドが逃げることは困難だった。そして兵士の集団の影から、あのシグムが姿を表した。
シグム「貴様がランドだな。今ここで貴様を国家転覆策謀罪で逮捕する!」
兵士たちは槍を構えるとランドの周りを取り囲み、その槍をランドに向ける。さすがのランドも逃げられないことが分かったのか、手に持っていた三日月刀を二本とも地面に落とした。
フィーネ「ちょ、ちょっと……待って、ランドは仲間なのよ!国家転覆罪なんて何かの間違いよ!ねぇ、なんとか言ってよランド。」フィーネが槍の前に立つ。
しかしランドは脇を見つめたまま何も言わなかった。
シグム「邪魔だ!そこをどけ」
フィーネ「どかない!何かの間違いだって!」
シグムはフィーネの元に歩み寄ると、頬を一発平手打ちした。
フィーネが頬を押さえて立ち崩れる。そのフィーネには目もくれずシグムは言い放った。
シグム「この男を連れて行け!」
そして身動きしないランドは兵士たちに取り押さえられ拘束具をつけられると軍隊の兵士たちに腕を掴まれて連行されていった。
◆ ◆ ◆
シグム「それで、容疑者の青年はまだ口を割らないのか」
兵士「ええ、思った以上に口が固く、黙秘を続けています。」
シグム「うーむ、わかった。引き続き容疑者を尋問しろ。」
シグムは手元の報告書を読んでいた。それは今回の事件の背景を記したもので、ラミナが今まで仕組んできた今回の侵略計画についての情報が書かれていた。ここのところグランツで起こっていた多数の謎を含んだ事件にランドが関わっており、ランドがラミナの尖兵であり度々本国から司令を受け取っていたこと、あの夜にシグムと斬り合いになったのもそのランドであり、今回の事件はラミナから国家転覆のための兵士を送り込むために斥候としてランドがあの廃墟でテレポート用の魔法陣を作るための移動魔法を実行していたことが記されていた。今回の拘束でランドからもっと自白を引き出せれば捜査は進展するはずだったが、そのランドは口が固く、これといった情報は手に入らなかった。
エガル「シグム司令。先ほど例の国家転覆罪で拘束した容疑者が留置所を脱走したとの報告がありました。」
シグム「なんだと、脱走だと?わかった。すぐ行く」
シグムが留置所につくと、ランドが監置されていた独房に案内された。壁に大きな穴が開いており、その穴から外に逃げ出したらしい。
兵士「容疑者には魔法の利用を妨害する手錠をかけていましたが、手を使わないで詠唱だけで魔法を使ったようです。音で騒ぎになった時には既に容疑者は外に逃げていました。」
シグム(あのくらいの青年で口頭詠唱だけで魔法を発動だと?かなりの手練だな……。)
シグム「ただちに市中に捜査線を張り容疑者を拘束しろ。アリの小一匹逃すな!」
兵士「指令だ──検問を張れ!グランツ南検問所とグランツ西検問所に連絡!、容疑者の人相書きを検問所に送れ!」
兵士が伝言を告げると、その場にいた通信士によって魔法を使って命令が送信された。しかしその時シグムの近くに別の兵士が近寄って、シグムに話しかけた。
兵士「……あの司令、今門の前で会いたいと言っているものが居るのですが、どういたしましょうか。」
シグム「会いたいだと?何者だ?何の用だ?」
兵士「それが、……グランツの一角に住んでいると名乗る子供連れの家族で……」
シグム「子供連れの家族だと?!──」
夜になったグランツの街の一角でフィーネとガイはキャンプを貼っていた。フィーネは完全に塞ぎこんで、虚ろな目でキャンプの焚き火を視ていた。
ガイ「ラミナがどうこうって悪い話をよく聞くが、結局俺らが知っていることなんて子供に教えられていることだけなのかもしれない。大人はそういうところを明らかにしないからな。現実なんて子供の目からは意外と視えない。新聞を書いてるような連中もホントの事なんて何も書かないだろ。本当の悪っていうのは、もっと身近なところにあるもんなんだろうな。」
薪を火に放り込むと、ガイは言葉を継いだ。
「──俺はあいつが悪い奴には思えない。ラミナのことはよく知らんが、きっと世間で言われるような悪いイメージだけが誰にでも正しいわけじゃないんだろ。まあ、この国とあの国がやっているのは戦争だからな。いろいろと割りきらなきゃいけない面もあるんだろうが。」
ガイがテントの天幕の中に入ると、フィーネは近くの焚き火の明かりに照らされながら、一人夜空を見上げていた。今日は雲一つなくずっと上まで秋の天高い空が続いている。空には様々な大きさの、様々な色の星が輝いていた。そしてその空を横切るように、天の川も宙に帯を引いていた。その漆黒の夜空に星が光る中フィーネは一人考えていた。
シンクでフィーネの心のなかで寄り添っていた凛はフィーネに言った。「こういったことになるのには、きっと理由があるんだと思う。私達が日常で暮らしていて思うより、もっと難しい事情があるのかもしれない。」
◆ ◆ ◆
数日後、フィーネが朝目を覚ますと、外は晴れ空が広がっていた。鳥の鳴き声があたりから盛んに聞こえる。フィーネは痛みを伴った心持ちで、重い体を起こすと、上体を立ち上がらせるのもやっとのような感じだった。
しばらくぼうっと窓から流れこむ風、なびくカーテン、射しこむ朝の陽の光を視ていたが、じき外からドアをノックする音が聞こえた。フィーネがベッドから身を起こすと、ドアを開けて入ってきたのはガイだった。
「今ポスタ・ピジェン(郵便はと)で知らせが届いた。ランドはグランツ在住の家族を暴漢から助けたということでシグム司令の独断で敵ではないと判断され、恩赦されたらしい。いま留置所近くのロアに滞在中。フィーネ、迎えにいってやれよ。」
その言葉を聞いたフィーネは慌てて眠い目をこすると、寝床から起きだした。
「──ガイ、ランドの居場所を教えて」
フィーネはガイからランドの居場所を書いた地図を受け取ると、外にとびだしてエアリスの背の鞍に乗った。
フィーネ「飛んで!エアリス、ランドの居るところまで!」
エアリスの翼が大きく羽ばたくと、あたりには激しい土煙が舞った。エアリスの大きな体が宙に浮かび上がる。そしてフィーネはエアリスの背の鞍に乗って、朝焼けに染まり始めた澄んだ空に舞い上がった。エアリスは灰色の雲を切って空高くまで登っていく。そしてランドの居るところまで遠く、日が昇る前の暗い地面の上を飛んでいった。
そのころランドは一人で地面に座り込んで朝焼けを眺めていた。
突然風の切れる音とともに暴風があたりを土煙に巻き込むと、ランドの視界をおおった。一瞬何が起こったのかわからなかったランドだったが、土煙が消えて行くと、その奥からエアリスの背に乗ったフィーネの姿が見えた。軽いタイミングでフィーネはエアリスの背から降りると、フィーネはランドのもとに歩み寄った。ランドはフィーネに語りかけた。
「フィーネ、これは話さなきゃいけないことだから話すが、おれはこの手で沢山の人を斬ってきた。俺の手が汚れていることは俺自身が一番わかってる。任務のためにはきっと善人も悪人も斬ってきただろう。でもお前と出会ってわかったんだ。幸せってものがちゃんとこの世界にあって、努力すればもしかしたらつかめるかもしれないって。」
ランドがそう言うと、フィーネは涙ながらに言った。
「ほんっとにバカ。私たちに黙って秘密工作員なんてやってたなんて。でもね、私はランドからたくさんのことを教わったよ。だから私はあなたを信じる。もしランドの気持ちが同じじゃなくても良いんだ。」
「すまない、今まで隠してきて。でも俺も決心がついたよ。フィーネ、ガイ、俺はお前たちと生きる。もうラミナの工作員なんてやらない。もし俺が刺客に狙われて口封じのために殺されることになっても、俺はお前たちと一緒に生きて、この世界を旅していきたい。」
「大丈夫だよ。ランドは私が守るからね」フィーネは涙を拭うと、フッと笑ってみせた。
「まあ、俺に守られないように、せいぜい頑張れよ。頼りにしてるからな」ランドはいつものノリに戻ると、豪胆に笑ってみせた──。
Drug Trap
ある時フィーネ戦士団の一行は軍の駐屯所に行って用事を済ませていた。用事を済ませたフィーネたちはシグムのところまで行き、別れの挨拶をしに行った。
フィーネ「シグムさん、私たちはこれで失礼させてもらいます。」
シグム「ああ、そうだ。フィーネ、君に見てもらいたい仕事がある。どうしても外せないような用事がないのなら、同伴して見に来て欲しい」
シェーリナ「見て欲しい仕事って何かな」フィーネたちは駐屯所の仮部屋で予定を待っていたが、夜が来てシグムたち軍の部隊に連れられて街の一角にある大きな広場へ行った。広場には罪人が十数人、縄で縛られて膝をついていた。周りには野次馬がたくさん集まっていた。
「今より、麻薬の焼却処理を実行する!麻薬商人及び売人ども、そして犯罪に手を染めた軍関係者、しかと自らの罪の重さと罰の重さを思い知れ!」
ここでシグムたち軍は麻薬焼却作戦を決行する。広場に集められていたのは麻薬の売買に関わった麻薬商人および売人および軍関係者であり拘束されたまま麻薬の積み上がったヤグラの前に膝を突き立たされていた。
麻薬商人1「軍人様、麻薬は高い金を掛けて買った資産です。資産は法律で守られているはずです。没収して燃やすなんて非道です!どうか私たちにその財産を返してください。」
麻薬商人2「この麻薬は外国の貧しい農民が豊かな生活を手に入れるために苦労して育てたリパスの花から取られた麻薬です。農民を見殺しにするつもりですか!」
側近「ええい、うるさい!この麻薬のせいで一体どれだけの国民が身を破滅させると思う!お前らの嘘で塗り固めた欲望を我々軍は認めはしない!よし、麻薬に火をかけろ!」
シグムは麻薬商人の前で麻薬を焼き払った。燃え盛る炎の中、麻薬がどんどん灰になっていく。
麻薬商人たち「ああ、金が!カネが〜!」
麻薬が灰になっていく炎の近くで、シグムは聴衆に対して宣言した。
シグム「神が作ったこの世界に労せずして快楽を得られる方法など一つとしてない。麻薬を飲めば一時の快楽は得られるかもしれないが、いずれその身を滅ぼすことになるぞ!」
聴衆の反応は二通りだった。麻薬売人と結託していた軍関係者に罵声を浴びせるものもいれば、聴衆の中には麻薬を焼却する部隊に石を投げつけるものも居た。遠くの幹線では騎馬警察官が通り過ぎる音がしていたが、麻薬焼却作戦には参加しないようだった。
シグム「公安の連中はまじめに麻薬を取り締まる気がないようだな」
側近「あいつらはとりあえず治安を保ててればいいだけだと思ってるからでしょ。別に人が破滅しようがあいつらには関係ない。薬物常習者が周りに危害を加えるからでしょ。いつかこの国が破滅しかければ、あいつらも腰を上げるのかもしれない。」
麻薬を焼却する広場で、二人の一般人がその様子を眺めていた。一人は杖を突きフェルトのベールをかぶった魔道士、もう一人は貫頭衣を着たナイフを腰に刺した年端もいかない子供だった。
魔道士「麻薬は精神に快感を与えるが、薬が切れると反動で気分が陰鬱になる。そしてどんどん耐性がついて効かなくなっていく。脳は毒物を盛られても馴れることによって安全策とするようになっているからだが、依存という意味ではかえって逆効果でかえって薬に耐性がつくようになっている。いずれはどんどん薬に依存していって、どんどんうつ症状が激しくなっていって、最後は自殺することになる。もともとそういう社会の中の罠なんだ。」
少年「オジさんはどこでそんな話を知ったの? うちの親はそこまで詳しい話は知らなかったけど。僕は麻薬なんてものには頼るつもりはないな。そういう奴らは見識が無いか善を信じていないかのどちらかだろ」
魔道士「結局生活が厳しすぎて辛いことばかりだからだろう。だから逃げたくもなる。──でも現実世界に逃げる方法なんてものはなにもないよ。もし天国に行けるならそこは逃げ場所になりうるだろう。でもそんなところに行った人の話は聞いたことがない。結局生活を立てるだけでも努力しないとダメなんだ。つらくても戦うことがいずれ幸せをつかむために必要なことなんだよ。」
少年「現実は厳しいってよく言われるし、そうだと思う。オレも時々現実から逃げたいってそう思ったことはある。でも逃げられないからって誤魔化すために麻薬を使うなんて奴は普通は死ねばいい。」
その会話を聞いていたランドがボソッと言った。
ランド「ほんとうに美しいって思えるものや面白いって思えるものを探すんだろ。そういうものと出会えれば後は愉しみとか生き甲斐っていうのは得られると思う」
ガイ「でもそういうものって簡単には見つからないからな〜。」
フィーネ「でも心っていうものは薬物に支配させていいものじゃないでしょ。平常を保つことが一番じゃない」
アェル「私は音楽があれば麻薬なんて要らないな。」
凛「この世界にも麻薬があるんだね。私も学校でちょっと薬物教育って受けたことあるけど。麻薬ってイメージからして怖いけど、本当に危ないんだ。」
フィーネ「へぇー、学校っていう機関で教わるんだ。学校ってどういうところなんだろう。」
シェーリナ「合法的に認められている薬の中にも薬物のような効果を出す薬もあるからね。そういう薬は飲まないに限るな。」
喧騒のする夜闇の町の中で麻薬の灰は、空高く渦を巻きながら虚空に消えていった。焼却作戦の終わった後、シグム率いる軍の部隊は重荷を下ろしたような身軽さを感じながら、別の任務へと移っていった。
後日フィーネたちは団員の中で不眠を訴えるものが居たため薬局を尋ねた。フィーネ戦士団も仕事が積み重なり、団員の中に疲労と心労が溜まっていたのだ。しかし町医者は言った。
町医者「私の調べた限り睡眠導入剤も危ないんだ。必ず耐性がついて依存するからね。薬を飲めば飲むほど眠れなくなるみたいだ。薬が切れると禁断症状で神経過敏になるしね。昼間でも神経過敏を抑えるために薬を少しだけ飲んだほうがいいことさえある。食料と飲み水を確保して寝て耐久をやって少しずつ離脱するしか無いよ。ほんとうに依存になったら廃人になりかねない。」
フィーネ「えー、じゃあどうすればいいんだろう」
ランド「コーヒーを昼間に飲めば夜眠くなるんじゃない?んなわけないか」
町医者「言っとくけどそれが正解。あと野菜は食べること。野菜には体の調子を整える効果があるから、睡眠導入の効果もあるんだ。果物ジュースでも良いかな」
ガイ「薬が危ないなら眠れる魔法を使ったほうが良いけどな。でも普通の人には使えないだろうか。──」
シェーリナ「睡眠を妨害する毒で薬屋とかで売られているのがあるからね。旅先の寝床で寝る場合は注意しないとな。」
ランド「昼間はちゃんと起きて時間十分に起き続けて陽の光を浴びたほうが良いよな。そうすれば寝るときにはそれなりに寝れる。」
フィーネたちは心労が溜まらないよう本当に疲れているときは仕事を入れないようにすることにした。
Bios
「この依頼は今日中に、あの依頼は明日中に、よし、ちょっと疲れてきたな〜。休憩したいけど。買い物を終えないと」
ある時フィーネが街角を歩いていると、フィーネは街角に貼ってあった見慣れないポスターを見つけた。
(なになに、美しい湖がある近くのホテルで休暇でもいかがですか?って。これは気分転換には良さそうだな〜。)
「いやー、先日の砂嵐はひどかったですな。街中砂だらけで」
近くではおじさんたちがタバコをふかしながら談笑している。
広告はビオス湖という湖の近くに建てられたホテルの紹介広告で、格安の宿を提供していた。(よし……。)フィーネはその広告の情報をメモすると、宿屋まで帰ってフィーネ戦士団の仲間たちを誘って一緒に短期休暇を取り遊びに行くことにした。
ビオス湖は淡水湖で、魚も住んではいるものの透明度が高く、調べてみるとレジャー客からは人気のスポットだった。フィーネはフィーネ戦士団の仲間たちだけでなく凛も誘おうと決めた。凛がシンクの能力でAWの世界に来ている間に凛にも予定を話しフィーネから話を聞いた凛も学校のプール用の水着なども流用して水着の用意などして、シンクの能力を使ってAWに跳んでフィーネたちと一緒に湖水浴に行くことになった。
ガイ「だがフィーネ、ビオス湖って小さな竜が出るって噂だぜ」
ランド「このホテルは特殊で、許可を得たものしか泊まれないというホテルらしい。」
インフィ「わたしは用事があるから行けるかどうかわからないな。予定が合うと良いけど。」
そして楽しみにしていた休暇旅行の日。フィーネたちが乗った馬車が湖に近づくと、まず白く外壁が塗りたくられた若干高さの高いホテルが森林の間から姿を現した。フィーネたちはまずホテルにチェックインし、部屋の準備を終えると、早速湖に出かけることにした。
ホテルと契約して働いている船頭の人に頼んで、フィーネたちは湖の中にまで一旦船で乗り込む。そして湖の真ん中まで来たところでフィーネたち一行は船の上から湖の透明な水の中に勢い良く飛び込んだ。
湖は太陽の光を浴びてうっすらと青色に水色に輝き、水着に着替えたフィーネたちは湖の中を泳ぎまわった。(ガイは岸辺近くで水泳の教練)凛が持ち込んだゴーグルと水着のおかげでフィーネたちは水の中を自由に泳ぐ、時折魚の群れともすれ違ったが、遠くまで見える水の中でフィーネたちは清涼な湖水浴を楽しんだ。水底は白い砂でうめつくされていて、太陽の光を反射して湖は明るく輝いていた。
凛「フィーネ、あの島の建物は何?」
フィーネたちは時間を忘れて湖水浴をしているうちに、湖の真ん中に島があることを発見する。島は遺跡を内包しており、遺跡の入口には鍵の掛かった扉があった。
ランド「なんかの遺跡みたいだな。いつ頃のものだろう?本当に古いな」
フィーネ「扉は開くかな?」フィーネが扉を押すと、扉の魔法が発動して扉の錠が浮かび上がった。
ランド「鍵がかかってるな。これが鍵穴か。どこかで鍵を手に入れれば、この扉は開くかな?」
後ろ髪引かれながらも結局フィーネたちは扉の正体がわからなかったため、不思議がりながらもそのまま湖水浴を続行した。
ちなみにビオス湖は上流は氷河につながっており、下流は下流域に流れる耕作地帯の水源となっている川が出ている。下流に繋がるところには橋があり、橋の下を流れる水路が川とつながっていた。耕作地帯では定期的にわざと川を氾濫させ、耕作地帯の土の養分を増やしたり障害を除去する作業が行われていた。
湖水浴を存分に楽しんだフィーネたちはホテルでの休暇も終わり、帰り際、馬車に乗って帰途につこうとした。
フィーネ「うーん、本当に清々しい休暇だったな。湖の水のなんと美しいこと!遊びに来てよかった〜。」
ガイ「機会にはそんなに簡単には恵まれないかもしれないけど、戦いの中だからこそ、本当の楽しみって必要だよな。」
馬車引き「じゃあ、馬車を出すよ」
が、その馬車が出た時に周りの景色を眺めていたフィーネたちは木々の隙間からビオス湖で竜が水浴びをしているところが遠目に見えた。
「ああ、あれな。あの竜は気が優しいやつでな。湖水浴を楽しんでいる人には手を出さないから、むしろホテル側も餌をやったりしてかわいがってるんだ。まあ、あの竜にどういった能力があるかは、進化してみないとわからないが。」
冷や汗を流す4人。そんなこんなで、湖水浴を存分に楽しんだフィーネたちであった。
Sink and Desert and Enemy and Moonlit Sky
フィーネたち一行はプラトの街を目指して船に乗っていた。港から出港する中型の帆船で、目的地まで予定通りに進めば数週間だと思われていた。船旅の途中船の上の雲一つない青空にいざなわれてフィーネは甲板に上がると、望遠鏡を取り出した。
「おー、フィーネクス市場で買ったこの望遠鏡、本当に遠くまで見えるな。海図と航海術と占星術を合わせて解析すれば、いろいろ分かりそう。高かったけど買って良かったや。──ただ壊れたら怪我をすることがあると書いてあったから注意しないといけないな。──あれ?あの影はなんだろう」フィーネは望遠鏡を覗きながら固まった。望遠鏡から目を外すとラミナの兵が闇竜に乗って近づいてくるのが見えた。
「敵襲〜!敵襲〜!」
船の警戒用ゴングが鳴り響く。船員や乗客が右往左往して船内は慌ただしくなった。そうこうしているうちにラミナの闇竜部隊は船に近づいて船を取り囲み、じき闇竜は船体に体をぶつけて船は至る所から破損して浸水した。
「ラミナの闇竜部隊が船を取り囲んでるぞ」
「味方の軍は来ないのかよ」
「あの甲冑はモッダハウゼ隊だ。あいつらまた来やがったんだ!」
「どうすんだ、このままだと船ごと俺らも沈んじまうぞ」
「ちくしょう、ここから逃げる方法は無いってのかよ」
「船倉に水が流れ込んできてるぞ。このままだとどうあがいても船は沈んじまう」
「それでも水を抜くんだ!、死にたくないだろ!」
船長「この船はもう持たん。救命ボートを出せい!この船は放棄するぞ」
船の船員と乗客は船倉に取り付けられたボートを海に下ろすと次々に飛び乗り救命ボートで脱出した。ついに闇竜が船腹から甲板に乗り上がり船体にのしかかると、船はバランスを保っていることが出来ず転覆した。そして船が沈没する──。とてつもない轟音を立てながら、周りに水の渦を巻きながら船は沈んでしまった。
救命ボートの船員と乗客は殺されるか捕虜になることを覚悟していたが、しかし船員も乗客も呪文を唱えても居ないのにその時、青空から雷が落ちて闇竜部隊は焼き潰された。脱出した乗客たちはわけもわからないまま、生き残るために陸地の港を目指した。
◆ ◆ ◆
救命ボートはオールで海を漕いで最寄りの港に辿り着く。フィーネ戦士団一行は救出された港で元の港に戻ろうとしたが、フィーネたちが船頭たちに聞いたところその港は漁業専門の船用の港で元の港への船は無かった。
フィーネ「なんで、この港からは船は出ないの?」
船頭のおじさんマリオ「この港は渡航用の船を用意していないんだ。別のところに渡るにはリュタンの港まで行くしか無い。」マリオはキセルに火をつけるとタバコを吸う。
ガイ「弱ったことになったな。目的の街にたどり着くためには砂漠を越えないといけない」
ランド「本当に砂漠越えするなら必要な装備を揃えよう。一番重要なのは水だが。今のうちにこの港で調達しておくぞ」
進路上の問題からフィーネたちは戻るのではなく目的地を目指して一行は砂漠越えを試行することになった。砂漠の名前はモントレ砂漠。時に死者を出すこともある、旅人たちからは恐れられている砂漠だった。
砂漠越えを始めたのは夏の終わりが近づいていた頃だったが、まずは砂漠地帯の入り口から荒涼とした大地を歩いた。地質は歩いていくうちに岩石砂漠から砂砂漠に変わる。入道雲が出ている青空からは灼熱の太陽がカンカンと照らしつけ、熱風が吹きすさぶ中、フィーネたちはマントを羽織って風にのって飛ぶ砂漠の砂嵐を遮りながら最低限の武装だけで砂漠を越えようとした。砂漠の夏の陽炎の向こうには何も視えなかった。時々遠くの雷雲から稲光が光っている。砂漠でありながら雨はよく降り、時々スコールが降ることもあった。雨に濡れると武装が使えなくなるため、防水用のマントを羽織ってスコールが通りすぎるのを待った。
砂漠越えの生命状態は過酷だったが、フィーネたち一行は途中オアシスや砂漠に設置されたカナートの井戸に立ち寄り喉を潤して、過酷な砂漠超えをこなした。井戸では水袋に水を詰め、オアシスからオアシスまでの砂漠を越える。ヒョウタンでできている水筒を携帯して喉の渇きを潤した。水だけでなく以前街で買ったカンプザンの葉も折り重ねて携帯し、それを食料に加えて飢えを凌いだ。
「やあ、あんたらも砂漠越え中かい?」
途中同じ砂漠越えを行っているパーティーとの出会いもあり、それらの人たちとは様々な物資を交換したり情報をやり取りしながら交流して協力したりもした。かと思えば悪質な敵のパーティーとのトラブルや交戦もあり、モンスターたちの襲撃も問題となる。闇パーティー「パウレエヴィル」と「シルラカンサ」は特にモントレ砂漠で特に恐れられているパーティーとして有名だった。モンスターたちの襲撃を恐れて夜営のテントで夜眠れないことも度々だった。初心者のパーティーや熟練者の魔術使いのパーティーも居て、日が落ちて涼しくなってくると尽きない話題で様々なやり取りをした。
◆ ◆ ◆
ある時フィーネたちがオアシスを出て砂漠超えを再開すると、フィーネは直感通り後ろのオアシスに怪しい人影が現れたのに気づいた。
フィーネ「注意して、怪しい奴らが後ろから近づいてきている。」青い十字の刺青、闇パーティー『パウレエヴィル』だ。
しかし今度は前から馬車に乗った武装したパーティーが近づいてきた。同じく闇パーティー『シルラカンサ』だ。取り囲まれるフィーネたち。
パウレエヴィルメンバー「おれらはあんたらの血を必要としているんだ。その血を使って俺らの食事の足しにしたり武装のドラゴンを養わなきゃいけないからな。もしあんたらが血を自ら提供するなら、砂漠を早く越えられる道を教えてやろう。」
「言っておくが私たちはあんたたちの要求は飲まない。ここでお前らの罠にはまっていたらこの砂漠を越えられない。だから騙されないし、交渉はしないし、妥協はしないし、引くつもりもない。」
「じゃあ、交渉は決裂ってことだな。なら力ずくで奪うまでだ。野郎ども、やっちまえ!」
フィーネは背中から大剣と腰からナイフを引き抜くと、思考を働かせて状況を見定めようとした。(相手は7人。ハッタリの攻撃は無視しよう。うまく躱せるか。正攻法で守って、破られたら護身術でかわそう。肝要なのは、うかつに手を出さないこと。これで行けるか)──
ランドはいつもと同じく三日月刀の両刀を構えて、敵を威嚇していた。──
ガイは得意の水系の魔術で二人の後方支援を行う。──
──数分後、フィーネ戦士団はパウレエヴィルとシルラカンサを辛くも退け、続く砂漠の奥の街を目指した。
◆ ◆ ◆
フィーネたち戦士団一行は砂漠越えの途中砂漠都市ディナで休憩をとった。宿屋に泊まり風呂と食事を済ませるとそれぞれ部屋の照明を落として眠りにつく。
眠れない夜長を過ごしながら、時々思いついてはベッドから起きだしてフィーネは机に向かって日頃の思いをノートに綴った。仲間との関係、遠くの友人への思い、未来への展望、切なる願望、遠くの家族への手紙も書く。
フィーネが手紙を書いていて、ふと万年筆を置いて周りを見渡すと、フィーネはカーテンを揺らして窓の隙間から入ってくる外の風に気づいた。窓を開けたフィーネは屋上へと登る。──フィーネは子供の頃から高いところに登るのが好きだった。遠くの景色には静かな夜の砂漠が広がり、大きな月が都市を照らしている。月の前をタビガラスが横切りながら飛んでいた。ゆったりとした風がフィーネの周りに吹く。外の空気は夏の終わりながら秋の深まりとともに涼しげで、フィーネの薄着の上から肌に優しく風が触った。
昼間はベレー帽を被った嶮峭な新聞の売り子が宣伝文句をがなり立てているが、ひっそりとした夜の帳の中では風の音がしていた。夜の街角からは吟遊詩人のギターの調べが聞こえてくる。時々遠くからは寂しげな犬の遠吠えも聞こえてくる。吟遊詩人の歌を目を閉じて聴き入っている聞き手が数人、近くに座り込んでいた。その近くでは一匹の黒猫が地面に生えた雑草の上に座りこみながら耳をそばだてている。黒猫の青い瞳が光る。黒猫も吟遊詩人の調べを聴いているようだった。
ギターの調べとともに秋の夜長が続く──。ギターの旋律に乗って、歌が聴こえてきた。
「あなたの声が聞こえれば はやる鼓動 こみ上げる力 研ぎ澄まされる心
どんな壁も越えて行きたい そう誓う だから寂しくなんか無い まっすぐに強く生きる
音は三千里に連なり いつかたどり着くだろう まだ見ぬ楽園へと──」
Frozen Grapes
ある日フィーネと凛は季節的には早いブドウ取りにために農地を訪れていた。近くの丘の傾斜に寝転び、新緑の夏の緑のあふれる景色を見ながら、とりとめのない会話をしていた。
「フィーネも逃げ出したいって思うことあるんだ」
フィーネはその言葉を聞くと宙を見るような目で空を眺めた。
「モンスターも戦争中の敵もいない。そんな世界に行ってみたいなあ。きっとそういう世界に住んでいる人たちから視ると、すごい不思議な世界に視えるんだろうね、私達の世界って。」
「うーん、確かにゲームの世界ではあるけれど」
「ゲームって、チェスとかみたいな?」
「近いけど、テレビを使ってするの。うーんテレビって、言ってもわかんないか。画面があって、そこに映像が映し出されて……うーん、説明できないなぁ。」
「それはテレパシーか魔法でしょ。私も使ってみたいけど、私はどっちの能力も持っていないんだ。」
フィーネのうなじを初夏の風が撫でる。
「こういう景色を観てると、時々世界ってすごい輝いてるなあて思うんだ。凛にもそんな経験ない?」
「私は景色を見て綺麗って感じたことないな。自分のいる世界が好きじゃないの。私、いじめられてるし、人を見ても怖さしか感じないの。だから風景を見ても、綺麗だとは思えないんだ。」
その言葉にフィーネは答えずに続けた。
「私、世界を守りたいなんて言ってるけど、まだこの世界の少しも冒険してないんだ〜。きっともっと広いんだよね、世界って、いろんな所があって。行ってみたいな〜。」
「私の住んでいる国は平和だけど、テレビ、って言ってもわかんないか。テレビで見る世界では人同士で殺しあったりしてる。私達の世界では銃っていう遠距離で攻撃できる剣よりもっと強力な武器があって、乗り物も馬より強力な走る機械があって、そういうのが使われて戦争が起こってる。」
「この国も昔はラミナっていう国と戦ってたんだ。でも最近はモンスターの攻撃が激しくなって、今は協力して今度はモンスターと戦ってるんだけどさ。」
フィーネがそう言うと凛は遠くの空を見上げた。そしてフィーネが唐突に言った。
「凛、戦って強くなりなよ。──世界が輝いてるっていつか思える時が来るまで。本当に自分はこれをやりたいっていう夢や生き甲斐を見つけるんだよ。これ、約束」
「うん、」二人が小指を絡ませると、下の方からはランドとガイが丘を登ってくるのが見えた。
No Bashing
レイム「いいかい、自分を責めるというのは一番使われやすい罠だ。道が進むものなら間違いもある。そういう時に自分をクヨクヨしていてもそれは単に負けているだけだ。もしそこから逃れたいと思うなら自分を責めずに考えろ。自分の信念と存在を肯定するんだ。そうすれば必ず前に進める。もう大丈夫かい、嬢ちゃん。」
Carbon
凛「フィーネはなんで戦おうと思ったの?」
フィーネ「私もアヴェンチューラで旅に出た頃は遊び半分だったの。まだあの頃は何も知らなくてクォツもラミナとは小競り合いしてたけどまだ平和な頃だった。村で大人として認められるためにアベンチューラに出たってのは普通と同じだけど、私は父さんを探すつもりで旅に出たの。ずっと昔私が子供の頃にラミナとの戦争で父さんは戦死した。まあ、厳密には行方不明なんだけど、だから私は父さんがどこかで生きてるんじゃないかって思って旅に出たわけ。でもそんな時にクァーヴァンの大虐殺が起こった。ガイとランドとクァーヴァンにいた頃に、街がモンスターたちに急襲されてね。モンスターたちの拠点を叩くための軍隊がその街に来てたんだけど、モンスターたちはそれを感知して先にその街を叩こうと思ったわけよ。奇襲を受けて総崩れになった軍は撤退して、住民は置き去りにされた。私達も戦おうとしたけど、結局皆んな逃げるので精一杯だった。モンスターたちやドグラ兵器で破壊された街では住民の多くが虐殺された。街は一日で陥落して壊滅した。この世界じゃ有名な話よ。その時私は思ったの。私だって命は惜しい、でも逃げるのはもう嫌だ。だから強くなりたいって。誰よりも強くなって、もうこんな思いはしないで済むようにって、そう思ったの。だから私は今も戦ってる。──」
◆ ◆ ◆
クァーヴァンの虐殺が起こった時、街の住人は戦火の中を逃げ惑った。防衛にあたっていた軍はモンスターたちの攻撃とともに撤退し、住民の多くがモンスターたちによって虐殺された。まだ経験値が少なくその場に居合わせたフィーネたちは、戦う力もなく逃げることしか出来なかった。
街が襲われる前、クァーヴァンでの滞在中フィーネたちはコーヒーショップで出会った老人と一緒にコーヒーを飲んでいた。が、モンスターたちの攻撃が始まりあたりが騒然として街中が混乱に陥ったころにフィーネたちは店の外に出て、コーヒーショップの前で周りの人たちに状況を尋ねていた。じき老人のところには老人の家族が疎開することを伝えるために外出先の伝言をたよりに店まで来たが、老人は家族の方針に違って、家に戻ろうとした。
老人「私は妻との写真を撮ったアルバムを家まで取りに行ってくる。先に逃げといてくれ」
母親「ちょっと、お義父さん、今戻ったら危険ですよ!早く逃げないと」
男の子「じいちゃん!」
母親「あんたは早く逃げるのよ!」
老人が家からアルバムなどの思い出の品を抱えて出てきた時、その家族の家にドグラ兵器の熱線攻撃があたって家は炎上した。老人「うぁーーーーー!!!」老人は爆発の破片を受けて負傷。しばらく道端に倒れこんでいたが、モンスターとの戦闘の前線からの退却中に通りかかった兵士にタンカに乗せられ老人は避難することになった。
母親と子供は先に逃げていたが、避難中にモンスターたちに見つかりモンスターの攻撃を受けた二人のうち母親はモンスターたちと魔法で交戦した。しかし一般人である母親は独力ではモンスターを退けることは出来ず、その場に居合わせた騎士によってモンスターたちは退治されたが、戦闘で負傷した母親は近所の人に肩を担がれて街から脱出することになった。男の子は母親の怪我に号泣しながら近所の人の手に引かれて街から逃げ延びた。
男の子(僕は、強くなって絶対にここに戻ってくる──。)男の子は目に浮かぶ涙を拭いながら、心の中でそう決意していた。
家族とはぐれて走りながら逃げていたフィーネたちだったが、ふとフィーネは立ち止まって後ろを振り返ると遠い瞳でドグラ兵器から熱線が放たれる街を視ていた。先を進んでいて気づいたランドがフィーネの腕を掴みフィーネに呼び掛ける──。
ランド「逃げるんだ、フィーネ!」
フィーネはランドの忠告に耳を貸さずに泣き喚いた。
フィーネ「離して、離してよ!私たちは戦士なのよ。ここで戦わなくてどうするの!?」
ガイ「あんな兵器まで出てきたんじゃ戦うなんて無理だ。今は逃げ延びることだけを考えろ!──」
──その日、クァーヴァンの街のあちこちからは黒煙が立ち上った。その後街はモンスターに占領され、長い間住民は帰省することは不可だった。それから数年の後、軍が派遣した部隊によって街は奪還され、今クァーヴァンのうち破壊を免れた集落には新しい住民が住んでいる──。
Oxygen and Quartz
フィーネ戦士団で閃光のフィーネと対照的に捉えられるのが疾走のクジェンことクジェンである。さばけた性格のクジェンは明朗な性格のフィーネとは異なり、フィーネ戦士団の中でもかなり男勝りな勝ち気な少女である。髪は青色で顔は面長、髪はゴムでまとめたツインテールの髪型で、晒の刀を武器としていた。クジェンとフィーネは仲が悪く、時々なんともなしに口論になったりして少し距離をおきながら同じ戦士団に所属する仲間関係にあった。
クジェン「フィーネってあいつはすぐ怒る」
クジェンは兎にも角にも怒らないということでフィーネ戦士団の中では通っていた。クジェンの信条は日常生活には諍いがあって当たり前、それを気にせず先に進むというのがクジェンの生き方だったのである。「怒りは消化して超えればイイのよ」
フィーネ「あー早くミルクティーのパック買ってこないと、無くなっちゃうな」
だがクジェンはそういう時はこう思う「少し無くなったからって死にはしないだろ。2日ぐらいなら我慢できるんじゃないか。まあ、喉は乾くけどな。」
フィーネ「私は平穏に満たされて生きるのが好きなんだよ。穏やかに生活が送れるというのが」
ここはクジェンに言わせるとこうだ。「戦わないと守れないだろ。身が削られても戦って強くなって先に進む。これがいつか平穏を得るために必要なことだ。ま、私は平穏なんて要らないから、いつか死ぬまで先に進み続けるけどね」
クジェンが部屋のカーテンを開けて窓を開けると、外は晴れていて青空が広がっていた。「おおー素晴らしい清々しい天気だ。青空が天まで突き抜けるようだ。冷たい風の匂いが清々しい。やっぱ爽やかなのが好きだな。部屋の中もさっぱりさせよう」その時のフィーネ:「おーヴィレヴィル海岸でのバカンス、太陽がギンギラで全く気持ちいい」
クジェン「アェル、また新曲作ったの?さすが元宮廷楽士だな。天使の琴声とはこのことだ。私のヒーリング魔法の定番はアェルの歌だな。夏の陽光を思わせる、煌めいた曲だ。私は美しいものは好きだぜ」「ヴァンス、お前の魔法修得はどのくらい進んだ? いつも面白い話をしてくれるから頼りにしてるぜ。実際お前の話は実生活の役に立つ。」
しかし二人が野外フィールドにたまたま出掛けた際に、二人は敵モンスターと遭遇した。ハオグコボルドだ。
クジェン「フィーネ、お前は後方に控えて敵の攻撃を防ぐ援護をして。私が敵を引きつけて躱すから、隙を見て攻撃しろよ!」
フィーネ「クジェン、あんまり無理しちゃダメだよ!指揮は私がとるから、敵の攻撃はこっちで食い止める。」
クジェン「私が剣先役だ。フィーネ、お前が参謀役だ。私は、ただ感覚と信念に任せる。敵から目を逸らすんじゃないぞ!」フィーネ「私は私の今までの積み重ねてきた修練を信じる。気を引き締めて思考を律して。」
しかしフィーネはその時泣き叫んだ。
「回復薬の用意が少ししか無い。ここままだと怪我が直せない!」「気にするな!死ぬ気で勝って、さっさと帰るぞ!」
クジェンとフィーネ「この苦難を乗り越える!」
クジェン「フィーネとは反りが合わないね。でも大切な仲間だ。」
フィーネ「クジェンは私とは対照的だけどクジェンの勇気にはいつも驚かされるよ。」
Feel your pleasure
「こっちの依頼はこの書類の作成、こっちの依頼はモンスターの討伐計画の立案依頼、こっちの用事は屋根裏の修理。ほんとに用事だらけだな。一体本当に期日までに間に合うんだろうか──」
この時フィーネは戦士団の仕事としていろいろな依頼や用事が積み重なっていることに悩んでいた。こんな時に魔術使いのヤムが病欠、同じく魔術使いのヴァンスが最近の戦闘で傷害、頼りのランドも出張で、フィーネは一人アジトにしている宿屋で事務処理に追われていた。度重なる試練にフィーネは完全に疲労困憊で過労状態だった。食事もほとんどやっつけに摂っていて、楽しむ余裕もない。
「おい、フィーネ。アヴェニューさんから荷物届いてるぞ。」そんな時フィーネのもとにクジェンが荷物を持ってきた。
「あー、その荷物は別用だから、こっちの戸棚の上に置いておいて。」
しかしクジェンが戸棚の上に荷物を置き終わった時にフィーネが深い溜息をすると、そんなフィーネをクジェンが呼び止めた。「フィーネ、お前顔色悪いぞ。そーとー疲れてんな。」
「どれもこれも仕事続きなんだよ。間違っちゃいけない仕事ばかりで。こういうのはもっと仕事が得意なランドやガイがやるべきだと思うけど、全部私が担当するしか無い仕事で、私には重荷だわ。」
するとクジェンはなにか考えているような素振りだったが、思いつくと、「フィーネ、気分転換に散歩しないか?外の風に吹かれてみようよ」と言った。
フィーネ「仕事があるって言ってるでしょ。そんな余裕無いって」
クジェン「言っとくがそれで根詰めて体調でも崩したら一巻の終わりだぜ。休むのも仕事のうちさ。──外出の準備をするからちょっと待っといてくれ。」
そう言われたフィーネはクジェンについて外出することにした。
冬の陽光に輝くレンガ積みの建物の続く街中を通りに沿って抜け、クジェンに連れられて行ったのは街の日時計広場だった。そこには吟遊楽師でもあるアェルがまさにパフォーマンスをやっていた。フィーネとクジェンは日時計広場のベンチに座る。
青く抜けた冬の空の元、白い雪が積もっている一帯で、アェルの吟遊音楽を聴く。聴衆の人たちはやんやの喝采を浴びせていた。アェルは歌う。
「空の輝き 宇宙の輝き 人の想いは星屑のように 夜空を埋めては 瞬き続ける 風が吹き抜け 人は恐れる 大地よ なぜ夢のなかに人を縛るか 歌よ なぜ夢の星の先を歌うのか 緑よ なぜいのちを散らすのか 人の幸せはどこにあるか 兵どもの想い人はどこに」
清々しいまでの青空のもと、白く残った雪が輝き、アェルの竪琴の音と空に抜けるような流麗な歌声の煌めきが耳に響いた。
クジェンが一言「いいかフィーネ、そうやって自分を追い詰めるな。人生は楽しんでなんぼなんだぞ。」フィーネが無言でいると、クジェンは話を続けた。
「用事をこなすことばかり考えると、生活の楽しみを忘れることがある。そうするともうそこには殺伐とした生活しか無い。生活が追い詰められていても楽しめることが有れば出来る限り楽しむことさ。思考ばかり働かせるな、感覚を捉えろ」
フィーネはクジェンの話を聞きながらぼんやりとアェルのパフォーマンスを観ていた。
「苦しいことから逃げてはいけない。身を引き締めろ。でも苦しさを自分から身に刻む必要はない。楽しいことがあったらたとえ寸暇でも楽しんで過ごすことだ。その時間が割けたら後は仕事を完了すること」
クジェンはバッグから袋とひょうたんを持ち出すと言った。
「ほら、はちみつ入りのパンとホットミルクだ。ミルクは鉄筒に入れて持ってきたぞ。味わって食うことだな」
フィーネ「ありがとう。──でも体が寒いな。」「私の外套着るか?私も寒さは苦手なんだがな」クジェンは苦笑いを浮かべる。
フィーネは外套を着て白い息を吐きながらはちみつ入りのパンを食べホットミルクを飲んだ。寒空の下少し心が暖かくなった。ふいにフィーネの眼から涙がこぼれた。──どんなに生活が厳しくても、大切なことを忘れてはいけない。
「じゃー、私は別件があるから。それはアジトのテーブルの上にでも置いときゃあとで私が片付けるから。」そしてクジェンは用事があるということで先に帰っていった。
その後フィーネはやらなくても良いと判断した依頼の一部を断って、どうしてもやらなければいけない依頼はどうにかギリギリこなして、いつもの日常に戻っていった。
Amazon
ある時フィーネたちは回復効果のある泉の清水をとりに密林を踏破する予定を立てることになった。
最初はクライヴィアとガイとクジェンが予定を建てたが、三人の立てた計画はまさにざっくばらんで杜撰なものだった。横から聞いていたこの計画にフィーネは不安顔。ランドは必要な用事があるということでこの話し合いには参加していないし、ヴァンスは魔法の修得の教練に出掛けていて、周りからの助言もないまま先述の三人で適当に予定が立てられてしまう。フィーネも今やっている用事があるせいで口出しできない。三人は適当に地図を手にさっさと道順を決めてしまった。
「よし、クエストに出発だ!」
そして三人に行程を任せて実際に出発すると、全然うまく事が運ばなかった。森林に入りしばらく歩いているうちに沼地に差し掛かったが、沼地でも歩ける武装が足りない、意外と目的地までの距離が長くて行程でバテる、それだけでなく問題がいろいろ起きる、経由地として目印にしていた風車塔がどこを探しても見当たらない、途中で補給のために考えていた喰処が見つからない、実際に目的地とおぼしきところに着いても行った先では泉の水は見つからない、代わりにと探した近くの泉は水が濁っていて澄んでいない。一行は疲れてしばらく休むことになった。
「だぁから先にもっと冷静に予定を考えなきゃいけないって言ったでしょ」
今度はフィーネとランドとヴァンスとクジェンが再度計画を立てることになった。クジェンはさっきの杜撰な計画にも携わったが、やり直しにも意気込んでいた。
ランド「どうすればいいかわからないなら、まずはわかるところから始めてよく考えよう。」
まずどの資料で調べてどの資料を信用しどの資料が最適で、予算を調べて、所持金を決め、現実的な計画の限度を考え、武装を考え、どれだけ遠いか、馬車は使えるか、どの泉の水が一番良いか、水袋はどれくらいの大きさのものが良いか、歩きでどれだけ歩くか、目的にあっているか、最善なのはどれか?、どれくらい信用のおける評判か、誰の評判が信用できるか、今持っている武装に適合するか、どこまで行けば確認が取れるか、調べられるか、適当に決めずに段階を経て調べる、調べるときにも正しい段階を考えて取る、わからないところは次善策を張る、食料はどうするか、喰処を探すか弁当を持っていくか、と言うやり方で調べてから行くことにした。
予定を綿密に立てた三人はヤムの魔法も駆使して、目的地までリサーチしながら(ランド「街人に聞くなよ、信用できるかどうかわからないから」)たどり着き今度は成功、なんやかんやでおまけのアイテムまで入手した。喰処でも休憩。
帰ってから皆でまとまったこと:結局のところ目的にあっているもので現実的に手に入るもので一番最善なものをきちんと選んで入手できればよく、段階を経て順序を適当に飛ばしたりせずに選ぶその方法も考慮に入れて考えると良いということがわかった。
フィーネ「──ストリュートン、美味しかったね。」
Against System
モンスターたちの襲撃にあって致命傷を負ったフィーネは、不思議な世界の中で目覚める。それはこの世の上位世界にある唯一神の住んでいる世界だった。雲ひとつない群青の空の下、深く白い霧が立ち込め、あたり一面透明な水で覆われた沼地で、どこからともなく神が話しかける声がする。
フィーネは背中の大剣の柄を取ろうとするが大剣はない。わずかにうろたえるフィーネ。フィーネは白の一枚布の服を纏っていた。
「あなたは誰?」
「私は神。ここは死者が次の生へと向かうための場所だ」
「何を言ってるの?私はまだ戦わなきゃいけない。次の生になんか行けないの。」
「おやおや、聞き覚えの悪い子だ。いいかい、魂はこの世界のあらゆる場所を巡り巡る。生あるものは死に、死した魂は再びまた世界に生を受ける。これはこの世界が始まってからはるかな時を経て未来永劫変わらぬ真理だ。それはフィーネ・フェルディナント、お前においても変わらない。お前はモンスターの攻撃を受けて致命傷を受けた。お前の身体は既に霊が宿るための条件から外れている。」
「さあ、この川を渡り、次の世界へと向かうのだ。そうすれば私が余計な記憶は全て消してやろう」
「やだ!私はガイやランドたちのことを忘れたくない!」
「ここに来る大概の者はこう言うぞ。あんな世界はもう懲り懲りだ。昔のことなど忘れたい。もっと良い人生がほしい。早く次の世界へと送ってくれと。」
「私は自分のいる世界を間違いだなんて思ったこと無い。」
「では、お前は全てをリセットしようとは思わないのか? ゴミ溜めの中の生活から、逃れようとは思わないのか」
神の言葉にしかし、フィーネは毅然と言った。
「もし今世で命を投げ出して来世に渡ったとしても、きっと私の生きる現実は変わらない。もしゴミ溜めの中から始めなければいけないのが定めなら、私はそこを駆け上っていく。だから私は今生きているあの世界で生きる。もしその先に絶望が待っているとしても──。だから、私はこの川は絶対に渡らない!私は皆のもとに帰るんだ!」
フィーネが神の言葉に逆らおうとすると、あたりの沼から触手が伸びてきてフィーネを縛り上げた。そして水の中へと突っ込み、フィーネを溺れさせようとする。ギリギリのところで触手はフィーネを陸地へあげる。凛「フィーネ!」
「嫌だ!私は絶対に死なない。まだ私はすることがあるんだ!」苦しみ悶えながらも叫ぶフィーネ。
凛「待ってください!フィーネは今モンスターと戦ってるんです。この戦いに負けたら沢山の人が死んだり、傷ついたりします。ここで負けたらグランツの街はモンスターたちの手に堕ちてしまうんです。ガイもランドも、仲間たちもフィーネが帰ってくるのを待ってます。ここでフィーネを逝かせないでください!私も……フィーネと別れたくなんてありません!まだ沢山おしゃべりしたいし、まだずっと一緒に過ごしたい。フィーネを元の世界に帰らせてください!」
「おや、お前は確か……日本の愛知県の桜真高校の1年5組に所属する風峰凛だな。なんでこんなところにいる? 今回ここに送ったのはフィーネ一人のはずだが……。そうか。意識の中についているということはシンクを使っているのだな。」そして神は言葉を継いだ。
「──風峰凛、お前が邪魔をすると言うのなら、お前の命もこの場で葬ってやるぞ。お前たちに最後に聞くが、お前たちは私に従うつもりがあるか? 従うか、戦うか、命を奪われるか、好きな方法を選べ。」
フィーネ/凛「私は戦う。私は従わない。私は生きる──。」
神は二人の言葉に一瞬息を呑んだが、吐き出すように言った。
「物分かりの悪い子たちだな!お仕置きしなければいけないな!」
触手がフィーネに再び伸びるが、触手が触れた途端フィーネの肌から燃えるように青い光が浮かんで、触手は焼き落ちる。神は憤った。
神「なんだ、おまえは……」
凛「フィーネ、大丈夫?」
フィーネ「私は大丈夫。でもこの光は……?」
神「……ははぁ、もしかしてお前は9438678356時に0204658系のヒグゥタの虐殺で死んだID: 0703517だな?覚えているぞ。たしかにあの時もお前はこの光で触手を焼き切り私の要求を拒もうとした。そうか、そいつが今ID: 0429032「フィーネ」にシンクしているのだな。あの時はシンカーだとは気づかなかったが、そういうことか。」
神の言葉に一瞬うろたえる凛。しかし毅然とした態度で言う。
凛「神様、どんな世界で生きようとも、たとえいつかは死ぬことがどうにも避けられないことでも、その世界に生まれた限り誰でも幸せな生活を願うはずです。生きているうちに幸せを掴んで、死ぬ時は幸せな人生を思い返しながら死にたい。誰にでもそれを求める権利があるはずです! なのになぜ、ここでフィーネを死なせるんですか。フィーネにはまだ見なければいけない未来があるはずです。仲間たちと、大切な人たちと、平和な世界が来る時を見たいと思っているはずです。」
神「権利?幸せ?権利などこの世界にもともと無い。幸せなど亡者がとりつかれる幻想にすぎん。長い歴史の中で私に攻撃を仕掛けてきた反逆者はたくさんいるが、私はどの輩もその生を奪ってやった。いいか、この世界に必要なのは秩序だ。あらゆる魂が無象の世界の中で輪廻する。私が守っているのはそのプロセスだ。強き者の下に弱き者がひれ伏す、それこそがこの世界始まって以来変わらぬ真理なのだ。それをお前のようなちっぽけな魂が、生意気な口を利くものではない。もしお前たちが従わないというなら、黄泉の川の向こうまでこの手で引きずり込んでやろう!」
一斉に触手がフィーネの身体に伸びるが、凛が気を込めると、触手はフィーネの体に触る前に全て焼き切れた。凛は体の奥から青い炎のような力が湧いてくるのを感じていた。
「クソ、小生意気な。お前は自分がどれだけの罪を犯しているのかわかっているのか? 世界の理に背を向け、力に反逆し、人を守ろうというのか? そのために自分の運命を犠牲にし、力を得ようと画策するのか? 今のお前にはわかるまい。お前が成そうとしている業を、それを見た時、どれだけお前が絶望するかを。」
神は徹底的に触手で攻撃してきたが、青い光のせいでもう触手はフィーネを縛り上げることは出来なかった。
その時、遠くに人影が見え、青の服をまとった銀髪の長髪の女性が、霧の奥から沼地の水面を歩いて、現れるのが神と対峙する二人の目に見えた。その女性は歌うように言った。
「唯一神よ、風峰凛は私の子供。その子には先導が必要なの。フィーネ・フェルディナントは逝かせてはいけません。」
「月神イール、お前は私を試そうとしているのか? お前が画策した戦略は力に対する挑発だ。風峰凛、あやつが新しい世界を開けば、世界はひっくり返る。」
「唯一神よ、私は力には従いません。風峰凛にはそのために力をもたせた。あなたが成そうとしていることが力なら、凛が成そうとしていることも力です。あの子は善のために力を溜めている。あなたが力を欲しているのなら、あの子が超越するところを目に焼き付けていてください。あの子はきっと成し遂げる。フィーネ、あなたは私が助けます。凛のことを頼むわ。あなた達二人で皆を救うのよ。──」
そして沼地に立つフィーネと凛の意識はスゥーッと薄くなっていく。意識が戻ったあと、目が覚めたらガイとランドたちがフィーネの肩を揺らして呼びかけていた。
ガイ/ランド「フィーネ!おい、しっかりしろ、フィーネ!、目を開けろ!」
フィーネ「あれ、傷……無い、私……生き返ったの?」凛「フィーネ!フィーネ!」凛は泣きながらフィーネにじゃれついた。
壁によりかかって倒れていたフィーネの体の傷は、塞がって癒えていた。
Fighting
フィーネ「この世界は良いよ。ガイもランドもいるし一緒に戦ってくれる仲間もいる。母さんもいるし皆んな優しい。確かにモンスターたちは脅威だけど、この世界にはまだまだ大事なものがたくさんある。もしもっと嫌な人たちばかりだったら、私は生きた心地がしないだろうな。きっとそんな世界だったら私は戦えない。」
凛「いや、戦える。」フィーネ「え?」
凛「私は戦えるよ。だって、私の世界にも大切な人達がいるもの。今までずっとこの世界でフィーネが戦っている所見てきたけど、そしたらなんか勇気をもらえた気がする。この気持があれば、私もどんな世界でも戦っていける。例えどんなに闇が深くても」
Deus
デウス『神、まず空を作りし、太陽を作りし、月を作りし、星を作りし、そして地を作りし。草木、動物、人を作り、人が奢らぬよう怪物・悪魔を作る。この世は常に諸行無常に巡り、神は森羅万象に至るまでそれを知りぬ。人間、唯一に神が愉しみを許されるものなれば、またその時も短し。安らかな時に惑わせれば、人は永き時を亡者として過ごさん。世界には常に闇が満ち、夜は世界の終わりまで続き、生まれた光は燻ぶりながら散り消えていくものなり。この世に一人として楽園を開く者なければ、常に魂には苦しみが包む。我、楽園を夢むも、神、それを許さず、我逆らい罰され、この地下に永遠に眠るものなり。勝者、無意味に享楽を楽しめば、敗者阿りまたは屍と化すなり。阿るもの地にひれ伏し、戦うもの血に汚れる。人同士に奪うための争いは止まず。神、人に争いを定めそれを果てない時の享楽とす。全ての生けるものは血に惑い、光は夜道を彷徨わん。生きるもの掟に縛られ、死せるもの鎖を断つこと叶わず。ただこの世界には苦しみが満ちるものなり。これ、永遠に不動の理なり。我嘆かん。我この道を歩み、世界を開く法を求むるなり、されど神、道を塞ぎ我はついに倒れぬ。今、目の前の扉の奥へと歩み出て、この心を解き放ち、我のこの旅に疲れた足に平穏を与えたもうや。宇宙の理に身を預け、世界の一片の欠片として生を全うせん。未来の民、あの苦しみの中に生きらん。生まれ、歩み、戦い、滅び、また再び生まれん。胸に安らぎを刻み、この砂漠の地の果てまで行かんや。我再び生を受け、共にその地へ歩まん。』
Release
モンスターの最終攻撃が近づいているとの知らせが世間に広まる中、人間側の軍は着々と武装と準備を進め、グランツ近くのリリアセ高原にあるモンスターの本拠地を叩く作戦を立てていた。フィーネ戦士団もシグムから招集要請を受け、軍の傭兵部隊に所属することになった。
街角のおばさん「軍はモンスターと戦って勝つつもりかね。また死人がたくさん出るよ〜。これだから血の気が多い奴らは嫌なんだ。」
街角のおじさん「俺等が平穏な生活を送っているのに、掻き乱すつもりかね。モンスターを排除することなんて不可能なのに。」
街角の市民の声を聞いていたフィーネたちは、鬱屈した声でぼやいた。
フィーネ「平穏な生活を送りたいっていうのは良いけど、いつまでもこの狭い世界で満足するっていうの? ここでモンスターたちに打ち勝たないと広い世界に行けないじゃないか。本当の幸せって、あの人達が言うような、そんなもの?」
フィーネは悶々とした感情を抑えられなかった。ランドがぼそっと言った。
ランド「誰だって仮初めでも平穏は欲しいだろ。死ぬくらいだったら今のままでもまだ楽しいって。でもその中からじゃ見えないモノがあるんだろ。だから俺らは戦うんだ。」
ガイ「どのみちここまで進んできたら。もうモンスター側も躊躇してこないだろ。ここで打って出なかったからって、潰されないわけでもない。どうせ、戦わなくても、いずれは社会も政治も成り立たなくなって、クォツは滅亡する──。」
◆ ◆ ◆
決戦前夜の更ける夜の街、戒厳令が敷かれた町並みはひっそりと鎮まり、明日の決戦を待っていた。街のあちこちでは至る所で物資を運ぶ荷車の音がする。
「食糧は各自食糧班から補給を受け取るように。飯食いっぱぐれたら体が持たないからな」
「望遠鏡も所持している部隊は持ってけよ、即時的な索敵に使えるかもしれないからな。タフじゃないから壊れたら役には立たないが──。」
「回復薬は使いすぎるな! でも今回の戦いは過酷なものになる。戦闘中はタイミングを見計らって積極的に定期的に切っていけよ。」
急くように物資の調達をする人間たちを横目に、黒猫は路地を人目を避けるように走り、兵士たちは壁に背を持たれて休んでいる。フィーネ戦士団も決戦前のすこし豪華な夕食を済ませ、外の月夜を見上げながら明日の戦闘に備えていた。食糧の配給を受けたフィーネたちは、乾パンとレーズンとりんごジュースの飲み物筒を武装の持ち物袋に入れ、戦闘時の栄養補給とした。
◆ ◆ ◆
決戦の日、夜の間空を覆っていた灰色の雲は払われ、雲なびく空に夜明けの空は暁に燃える。
「はじまるんだ。最後の戦いが──。」
リリアセ高原の地平線のヘリから太陽が姿を現し、日が昇り始めると同時に兵士たちはトキの声を上げて気勢を上げた。人間側の陣地では鳥の紋章が描かれた青い旗を振る。それは明日への希望を信じるという人間側の意志の表れと前に進むという覚悟と決意であった。夜明けとともに人間側の軍はリリアセ高原に歩を進める。
兵があるところまで進んだところで、シェーリナが叫んだ。
「地下から何か出てくるわ!戦闘準備して!」
地中からゴウゴウと音がして、地面が割れ始めた。
──虚を突いて町の近くのリリアセ高原に地下要塞が浮上した! 地下要塞は地面を割り、轟々と音を立てながら地上に浮上した。地下要塞が浮上するときに突き飛ばされる人間の兵士たち。浮上した地下要塞の扉からはモンスターたちが続々と姿を現した。──ここにリリアセ高原での決戦の幕が切っておとされた。
大勢の雑兵のモンスター達と人間とウェアウルフと空を舞うドラゴンが衝突する──。ドラゴンは轟音を吠えて空からそれぞれの兵士たちを牽制した。ウェアウルフの兄弟テジティとモティフと妖精アーリィも戦闘に参加。フィーネ戦士団も戦場に切り込んだ。リリアセ高原では大規模な戦闘が勃発した。
フィーネ戦士団と人間の軍とウェアウルフは総力戦を行い、一人ひとりの得意技を使って全力を出しきり、敵と対峙した。軍は統率者のシグムによって組織戦を行い、独断専行を禁じた軍は最大限効率的な戦闘行動を行うことに成功した。ただ、名も無き一人ひとりの兵たちは、ただ戦場で猛狂いながら敵を切るしか無かった。
敵勢力の中央に切り込んだフィーネ戦士団のメンバーたちは尽くせる限りの剣術や魔法を使って戦場の中で戦う。ベテランのランドはそのポテンシャルを活かし軍の兵とも協力しながら敵との戦闘で最大の戦果を上げる。フィーネは剣技で他の団員の先陣を切り、ガイは水系の治癒魔法で仲間を援護する。インフィは一人づつ敵を死鎌で刈り取り、ジェンは魔法を使い仲間の精神系の強さを上げる。アェルは戦闘舞踊を踊って仲間にエネルギー補給の魔法を送り、ヴァンスは後方で団員の位置関係を伝達した。ボルトはしんがりを務め、ファングは自慢の三日月刀の刃で敵を掻っ切った。ヤムは望遠鏡を視て仲間の位置を確認しながら補給に専念する。シェーリナは感覚を研ぎすませながら魔法を使いフィーネをはじめとする周りの団員を援護した。凛はフィーネにシンクで乗り移ったまま、フィーネに魔法による補助と助言を掛けた。
戦いの途中、モンスターたちの猛攻を受けたフィーネたちは劣勢になるも敵の陣地の途中まで辿り着き、フィーネの剣技による打撃でやっとの思いで敵将グツルを倒した──。フィーネが剣についた血を見ながらあえいでいると、その時、空から見知った顔の神が舞い降りた。それはそれまでも度々顔を合わせていたあの月神イールだった。
月神イール「フィーネ、凛、あなた達にはこの剣を使うだけの資格があると見ました。あなた達にこの剣を授けます。受け取りなさい」フィーネは荒い息の中、無言で額についた血を拭うと、月神イールから雷の剣を受け取った。
イール「この剣をどう使うかはあなた達次第」一瞬迷いを感じて息を飲み込む二人。だが二人は言った。
「それは愚問です。私は人の希望のために、この剣を使う。」
この雷の剣は凛の異能を使って剣先に雷の雷撃を与えるという剣技を持った剣だった。
フィーネ・凛「雷よ、剣よ、我が力となりて、この戦いを終わりまで導かん。跳梁跋扈を払いて、この世界に、光を与えたもうや。聖剣エクスカリバー、敵を切り裂け、エクスキュート:サンダー!!」
その言葉を唱えるな否や、雷の剣から稲妻の雷光が閃いた。
この力を発現したフィーネは凛の雷属性の能力を使いながら敵を一振りに徹底的になぎ倒す。強烈な雷の剣戟を受けて狼狽するモンスターたち。フィーネに雷の剣を与えた月神は敵の射る矢をことごとく跳ね除けながら、魔法陣を蹴り飛んで翼を使って上空まで飛んでいき、時折雷を敵兵に落としながら雲の上に消えていった。
◆ ◆ ◆
激闘が続く中、ランドは敵陣深く切り込み、途中ではぐれる──。雷の剣で敵陣に攻めこむことに成功したフィーネは要塞の入口を見つけ、内部まで侵攻していた。迷路のような要塞の中を、フィーネの剣の才と凛の魔法を頼りに二人は一つづつ攻略していった。要塞の外ではモンスターたちと人間の兵士の戦いが続いていたが、要塞内にはモンスターの姿は無く、フィーネと凛は着々と要塞内部まで侵攻する。フィーネたちがヤムが事前に渡していた要塞内部の地図を頼りに最後の部屋にたどり着くと、そこにはデプレッドが司令官の椅子に座り、待ち構えていた。
フィーネが石壁のコケで朽ちた部屋に踏み込むと、デプレッドは席から立ってフィーネの前に歩み出た。──ここに最後の戦いが始まった。デプレッドとの戦闘に入るフィーネ。
デプレッドはフィーネに言った。
「お前が成そうとしていることにどれだけの意味がある?ここまで苦痛を受けながら、なぜ死の危険を犯してまで戦う?世の理に従えばよいのにな。」
だがフィーネは言い返した。
「私がしてきたことは無駄なんかじゃない。私は私と、皆んなの幸せのために、ずっと剣を振るってきた。ここでお前の言葉になんか耳を貸す気はない。あとはやり遂げるだけ。そのためには私は今ここでお前を斬る!」
(私の生きてきたこれまでの全てをこの剣に込める!)フィーネは迷いを振り切り剣を振るった。
デプレッドは技を発動、拳でフィーネに百連打を叩き込む。凛が防御魔法を発動し、辛うじてデプレッドの攻撃を防ぐ。デプレッドとの距離をおいて警戒するフィーネ。凛が魔法を詠唱する。「スゥー」ここでフィーネの体が青い光を纏った。凛は続けて詠唱する。「ラグオン・ヴィーニィース!」続けて凛は連続詠唱する。「プル・アデレス!」フィーネの周りに魔法の呪文が取り巻いて浮かび上がった。凛はフィーネの手でその呪文を手に掴むと、更に詠唱した。「ゲッタ・リスタレーション!」フィーネの手の平の上に光り輝くキューブが現れた。凛はなお詠唱する。「プラズマチック・ビルスラリア!」凛が詠唱すると天井を突っ切って空からキューブに雷が落ちた。キューブは音を立てて光り輝くとフィーネの剣に力を込め、フィーネの剣を強化した。
デプレッド「こい、小娘。この一振りで、決めてやる。」
フィーネ「この剣に全てを込める!」
最後にフィーネはデプレッドに向けその光をまとった剣で大上段に振り払った。デプレットの方もありったけの力を込めてフィーネに斧を殴りつけた──。交錯する二人──。フィーネが剣を振り切ると、デプレッドは刀傷を受けて倒れこんだ。
致命傷を負ったデプレッドは斧を地面に突き立てながら暫く喘いでいたが、血を吐いて息を呑むと、思い出話でもするかのように人間に親を殺された恨みを語った。
「私の父親も母親も人間に殺された。精神系の魔法をかけられて、撹乱されている時に剣で切られたのだ。やつらは何も躊躇なんかしていなかった。だから私は復讐を誓った。いつかこの手であの人間どもを殺すために。その死ぬ間際の最後の相手が、全く逆のお前のような純粋種のこわっぱだとはな。私は一体、何と戦い、何を追ってきたのだろうか──」
【回想】父親(フィーネ、この剣の柄が赤いのはなぜか分かるか?この赤は情熱を表している。情熱を持ってさえいれば剣を握っても道を踏み外すことはない。お前も情熱を持って剣を握れ。)
フィーネ「父さん、今の私にはその言葉の意味がわからないよ……。」フィーネは涙ながらに剣を床に突き立てながら言った。
デプレッドはその部屋に生え茂ったツチコケに同化するように、倒れこみ、息を引き取った。
──デプレッドは過去に親のモンスターを人間に殺されていた。デプレッドは何の愛情も何もないところでただ復讐だけ願って生きてきた人生だった。
◆ ◆ ◆
フィーネはデプレッドを倒した後、要塞内部の司令室の奥の古代機械に向かう。そこで要塞破壊の呪文をフィーネが唱えると、要塞はあちこちから爆発して崩壊し、崩れ去った。そして轟音を立てながらその後からは古代遺跡群が現れる。フィーネは古代機械に再度呪文を唱えると、フィーネを載せた古代機械は上昇し、柵を出して周りのモンスターたちを古代機械には侵入できないようにした。フィーネが指笛を吹くとエアリスが空から飛んできてフィーネの横に降り立つ。フィーネが呪文をかけると呪文はエアリスを進化させ、新しい武装を与えた。そしてフィーネはエアリスに乗ると、周りのモンスターたちを見下ろしながら空を飛んだ。その途中フィーネたちはリリアセ高原で戦っているモンスターたちに空から雷を落とし敵のモンスターたちを牽制した。
凛とフィーネがエアリスの上から振り下ろす雷の剣でモンスターたちは壊滅し、リリアセ高原の要塞跡地には人間側の青い旗が立った。戦闘終了後はリリアセ高原では救護班が負傷した兵たちの看護に当たる。あらゆるところで担架で運ばれる兵士たち。空が晴れ渡った夜が来て、フィーネたち戦士団や兵士たちは戦いを終えた身で休息をとった。そして次の朝の未明に、ポスタ・ピジェンで通知が届き、ランドの居場所が伝えられた。ランドは決戦の途中ではぐれ、怪我をして治療しているとの知らせで、フィーネは早速エアリスに乗ると、ランドのところへ向かうために飛んだ。
フィーネ「飛んで!エアリス、ランドの居るところまで!」
エアリスの翼が大きく羽ばたくと、あたりには激しい土煙が舞った。エアリスの大きな体が宙に浮かび上がる。そしてフィーネはエアリスの背の鞍に乗って、朝焼けに染まり始めた澄んだ空に舞い上がった。エアリスは灰色の雲を切って空高くまで登っていく。そしてランドの居るところまで遠く、日が昇る前の暗い地面の上を飛んでいった。
そのころランドは一人で地面に座り込んで砂漠に掛かる朝焼けを眺めていた。
突然風の切れる音とともに暴風があたりを土煙に巻き込むと、ランドの視界をおおった。一瞬何が起こったのかわからなかったランドだったが、土煙が消えて行くと、その奥からエアリスの背に乗ったフィーネの姿が見えた。軽いタイミングでフィーネはエアリスの背から降りると、フィーネはランドのもとに歩み寄った。
凛「うわ、ランドすごい怪我」
フィーネ「まったく情けないわね。それでクォツ随一の三日月刀使いって言えるのよ?」
フィーネはランドの怪我しているところをはっ叩く。
ランド「痛え!痛いってやめてくれフィーネ。」
フィーネ「──やっと終わったんだね、最後の戦いが。」
ランド「そうだな。これで平穏な世界が来ればいいな」
フィーネ「ねえ、ランド、こっち向いて?」
ランド「え?」
ランドがフィーネの方を振り返ると、フィーネはいきなりランドに抱きついて、ランドの口にキスをした。
ランドの方もフィーネの腰に手を回すとフィーネの唇にキスをした、フィーネとランドは燃え上がる朝日を後ろに安堵に抱きしめあった。フィーネの瞳からは、涙が流れ落ちていた。フィーネとランドは朝日の昇る高原で、砂漠を背に熱いキスをしあう。
凛「シンクで乗り移ってるこっちの身にもなってほしいなぁ……──。」凛がぼそっと呟いたがフィーネは気にもしなかった。
「リヴィンズ・アヴソリュート!」凛が魔法を使うとランドの怪我が治る。「スゥー・ユムリ!、メド・レモーブ!」フィーネが古代機械で身につけた魔法を使うと、ランドは新しい技を修得した。「これでランドの使える剣技がたくさん増えたはずだよ。」フィーネは微笑んだ。
「じゃあ、いっちょやってみっかな。」
ランドは目を閉じると体の動きをイメージして、思いのままに刀を振るった。フィーネと凛の前で、ランドは今しがた会得したばかりのその剣技を披露した。ランドは新たな刀捌きを身につけて、剣技を回しながら噛みしめるように確かめた。狂いのない剣先だった。
グランツの外れの砂漠に面した所で夜明けを眺めるフィーネとランドの二人。荷馬車を引いたガイやフィーネ戦士団の仲間たちもそこにやってくる。夜明けの先には未来がやってくる──。新たな気持ちのもとで新しい一日を迎える仲間たち。そしてフィーネたちの旅は強い希望を纏いながら広い新たな世界へと続いていくのであった。
Bell
ある時フィーネたちは旅の途中で昔勇者として名を馳せた勇者ダニエルに会いにある村へ向かっていた。その村はグランツから3セカタ行ったところにあるメデンと言う村で、モンスターたちの攻撃も来ないのどかな村だった。ダニエルはクォツでは名を轟かせた勇者であり、昔海から船に乗ってやってきた外の人であり、ボスモンスターの撃破などたくさんの戦功を残した人物だった。
しかし村に到着したフィーネたちが村人にダニエルの居場所を聞いたところ、村人が言ったのはダニエルは羊飼いとして暮らしているということだった。
フィーネ「まさか、人違いだよね」
村の外れまで行ったフィーネたちが見つけたのは羊たちを杖をついて眺めているダニエルだった。ダニエルは羊たちが牧草地を駆けるのをただ漠然と見守っていた。なぜ羊飼いをしているのか問うフィーネに、ダニエルは語った。
「私はもう疲れたのだ。戦って、戦って、戦って、あとに何が残る?」
ダニエルの心のなかでは戦場で血まみれになって剣を振るう若き日の自分の姿が思い浮かんでいた。しかしその時フィーネは戦場で自身が血まみれになって剣を振るう情景を思い浮かべていたが、フィーネの心の奥には炎があった。
ダニエルはフィーネの目を見た時、自分の中にも炎が沸き立つような錯覚を感じた。しかし一瞬驚きはしたもののそれを無かったことのように頭から振り払うと、フィーネに言った。
「『フィーネ』。暗黒の時代を終わらせるもの、か。きっと君の両親は君のことを愛してこの名前をつけたのだろうね。」
ダニエルは今は剣を捨て、男の子アンヴィートを一人養いながらこの村で暮らしている。
フィーネ「ダニエルさんって、もっと力強い人だと思ってたけど、もう老けちゃったんだな。ちょっと、ガッカリ。」ダニエルと別れた後フィーネは塀に腰掛けると、不満を漏らした。
ガイ「誰でも戦うことに疲れる人はいるよ。そうやって戦線から脱落していく連中も俺たちもいくらでも見てきたじゃんか。」
ランド「でも戦わないと守れないだろ。俺も死地はたくさん超えてきたが、進むのを諦めることだけは禁忌だと思ってきた。一旦諦めたらそこで途絶えるってわかってたから。」
インフィ「別の意味で、ダニエルさんは戦う理由が見つからないのよ。私たちは今戦っているパーティーだから、世界と関わってるってわかってるから戦ってる。でも今のダニエルさんは何のために戦っているのかっていう理由がない。昔はクォツもラミナと交友があって、昔はもっといろいろな社会的なことでも成り立ってた、でもモンスターたちの攻勢が激しくなってからは、クォツの村々も街も自分たちを守るだけで手一杯でしょう。だからそこまで遠くのことまでは繋がってないのよ。私達だって現実この国がどうなっているのか、世界がどうなっているのかだってわかってない。」
アェル「──私たちには生きている意味ってものがあるでしょ。私たちには生きがいがある。でも今のダニエルさんにはそういったことへの現実感がない。空々しく感じているんだよ。そういうことだと思う」
遠くではアンヴィートが羊の世話をしながら、ダニエルに呼びかけていた。
「おっちゃん。俺大人になったらフィーネさんみたいな勇者になる!」
「アンヴィート、そんな危険な生き方はやめなさい。皆平穏に生きるのが幸せなんだ。」
◆ ◆ ◆
──しかしその後リリアセ高原での戦闘の時にメデン村は別働隊のモンスターたちに襲われた。モンスターの襲来を矢倉の見張りが見つけて伝令を出すと、村人たちは手になけなしの荷物を持って村の裏の森に繋がっている崖を目指した。
ダニエルも家財道具から最低限の荷物を集めると、村人たちと一緒に疎開しようとした。しかしダニエルが部屋の隅を見た時、そこにはずっと昔に使っていた剣があった。それを見た時ダニエルはフィーネの目に宿っていた炎を思い出した。体の奥から何か熱い血がたぎるような感覚だった。──ダニエルは物置に閉まっていた剣を再び手に取る。
(カリア、今の私に、お前のために出来ることはなんだろうか?)
「ダニエルさん。なにしてるんですか!?早く逃げないと」
「私も昔は勇者と呼ばれた人間なのだ。モンスターたちの手からこの村を守りぬいてみせる!」ダニエルは剣を手に取ると家から出てモンスターたちの前に立った。
モンスターたちは二手に分かれて村に攻め込んできていた。1つは幻術を使う猿のモンスター部隊、2つめは闇魔術を使う赤い甲冑を身に着けたゾンビの部隊だった。そしてモンスター部隊の頭がダニエルの前に現れて言った。
モンスター部隊の頭「ダニエル、お前の今の力で何が出来る?老体を押しても大した戦果は出ないと思うがな。」
猿のモンスター「ヒヒ、勇者ダニエル、昔に戻りたいとは思わないかな? 何もかもが若かった、昔の時代に。お前の生きる場所はそこにあるのではないのか?」
ゾンビ「ダニエル、お前は我々の勢力に肩入れすべきだ。貴様の剣、悪のために使うつもりはないか?」
ダニエル「断る。私の剣は、今を生きる人のためにある。そして過去もまた間違いではない。」ダニエルは心の奥から熱情が湧き上がってくるのを感じていた。──そして戦闘が始まる。
モンスターたち相手に過去のスキルも活かして善戦するダニエルだったが、いくばくかの剣戟の後、長年の身体のナマリからついにダニエルはモンスターたちにねじ伏せられる。敵の攻撃で怪我をして土の上に倒れこむダニエル。
モンスター頭「ここまでだ、勇者ダニエル!」
──そしてモンスターに討たれそうになった時、そこに現れたのは剣を持ったアンヴィートだった。
ダニエル「アンヴィート、その剣は……」
アンヴィート「前、街の聖剣の刀鍛冶に打ってもらった剣さ。俺の秘蔵。」
ダニエル「──アンヴィート、危ないから逃げなさい!」
アンヴィート「おっちゃん、俺勇者になりたくてもずっと何もしてなかったわけじゃないんだぜ。ずっと修行してたんだ。朝も夜もね。今こそその成果を見せる時だ!」
それを見ていたモンスター頭が言った。
モンスター頭「昼はどうした?」
アンヴィート「寝てました。」
唖然とする一同。
「こわっぱ、お前に何が出来る。どんな修行をしてきたのか知らないが、子供はここで潰してやる。お前に大人の世界の厳しさというものを思い知らせてやる。」
「そんなものはずっと昔の修行でとっくにわかってるよ!」
アンヴィートは構わずモンスター頭に斬りかかった。モンスター頭も応戦するが、しかし何を隠そうアンヴィートは強かった。モンスター頭の攻撃を的確に躱しながら、細かい剣戟を打ち込んでいく。最後はモンスター頭の頭に大上段から剣を振り下ろした。頭に刀傷を受けたモンスター頭は呻き声を上げる間もなく、後ろに崩れ去った。──まさに長い間の修行の成果だった。
「おっちゃん、おっちゃんは本当は戦いたかったんだろ。俺はもっと強くなりたい。おっちゃんの剣技を学ばせてくれよ。──」倒れこんでいるダニエルに、アンヴィートは呼びかけた──。
──アンヴィートは後にダニエルやフィーネやアヴェニューさえ越える勇者となるが、その話はまたの機会としよう。
後日談だが、彼の老体は彼が戦うためには問題だったが、昔の経験はさすがのものだった。また、新たな稽古の成果もありダニエルは再び先へと進み始めた。彼が戦線を離れたのは、妻を戦闘で失ったからだったのだが、実は妻は行方不明なだけで生きていて、のちにダニエルのところに戻ってきている。ダニエルは妻とともに穏やかながらも戦いに身を投じる生活となり、今は周りの人たちのために戦い、その後も数々の戦功を上げている。
Antibot
この世界には失った翼を持って生まれた人が前に進むことを妨害するために組織された闇の一団がある。彼らは他の闇に違わず非常に狡猾で何より「完全」な論理体型を頭のなかに持っている。彼らに対して理解を求めるのが全く我々の弱さであることは間違いないが、彼らの意志をくじこうと反撃を試みても彼らは全く折れることはない。彼らの練度は図抜けている。ただ我々が足元を取られて裏を冷徹なまでにかかれて張り詰めた耐え難い苦痛の中で一人孤独に敗北するのみである。それは君が前に踏み出そうとした、一つのハードルを越えた夜にやってくるかもしれない。ただ君にできることは、「常識」を知っておいて心を強くして、相手のペースに巻き込まれることなくただその攻撃を処理するのみである。永遠に続く攻撃など存在しない。何日かかろうとも耐えること、耐えぬくこと、それのみである。もし君が彼らに屈服するなら、君は屈辱を受け夢を失うことになるだろう。彼らは強力なバックエンドを背後に自らを総括し、組織を強い結束の中に維持し、社会の裏側で暗躍する。一体君は何を信じる?……君の健闘を祈る。
ANOTHER WORLD THUNDER SWORD (Season1: Roots) Beta