帽子のない黒猫の怪
ついこの前身の回りで起きた事。長時間の仕事が終わり帰宅の途につく。その途中、自宅近くの駅前の街路樹の影に子供ほどの小ささの何かを見た。街燈の下で、明るい駅から出たばかりの目ははっきりと輪郭を捉える事ができず。それをしばらく見つめていたが、やがて瞳が暗さに慣れると、それは黒猫だという事がわかった。
「お兄さん、僕の帽子を知りませんか」
喋った。はっきりと、しかも野太い男性の声だ。帽子?猫が探し物をするのだろうか。
「あなたは今はやりの擬人化的な何かですか?SNSボットですか?あるいはスマホゲームのキャンペーンですか」
くろねこは虚ろな目をしてうつむき、ため息交じりにもう一度空をみあげ、視線を下ろし再び私の位置に目を合わせた。
「お兄さん、お兄さんは覚えてないだろうけど、私は帽子をかぶった猫です、あなたが子どもの頃につくった物語の主人公ではありませんか。長靴をはいた猫のオマージュ・パロディですよ」
「ああ!!」
そうだ、彼はたしかにそうだった、そういう生き物だ、妙に納得して手を叩くと、彼の姿は消えていた。さっきまでたしかに、街燈と向かい合っている街路樹のそば、すぐ下に、自分の死角のあたりから、顔をだしてこちらをのぞいていたはずだが……しかしふと思い出したのだ。
「最近つかれてたなあ、じいちゃんは去年亡くなってしまったし」
そういえば、おじいちゃんが童話をつくって僕によく聞かせてたっけ、そうだ。あの猫だって小さいころ、おじいちゃんの影響で書いたのだった。僕は初めてその童話をつくったとき、おじいちゃんに見せたのだ、そうだ今も覚えている、そして背筋に熱いような、鳥肌が立つような感じがして、右手の拳と左の手のひらを合わせた。
「企画のアイデアに煮詰まっていたが、思い出したことがある。あの猫は英雄だ、あの猫は、長靴をはいてもいないし、頭もよくない、その代わり失敗を取り返す天才だったんだ」
落ち着いた僕はそのまま帰路へついた。
帽子のない黒猫の怪