異世界でニートは英雄になる
第〇話 悪夢と死
平和はいずれ、終わりを迎える。平穏の国と呼ばれていたこの国も、警報のサイレンが鳴り響き、国中は混乱の渦である。やがて攻撃を受け、周りは火の海と化す。
そんな中、とある五人組は一人の少女を守るため、必死に戦っていた。
「く――っ! 力の差が違いすぎる!」
彼らは命を懸けて戦った。
「負けるもんか! こいつなんかに!」
運命に逆らう為、必死に。
「ウチ達でこの国を、――を守るのよ!」
だが――
「ハァハァ……くそ! 何でこんな事に……」
彼女らは死んでいった。たった一人の男によって。残されたのは、様々な死地を潜り抜け生きてきた男。そんな彼も、限界が来ていた。
「くそがっ!」
彼は男に向かって走り、自身の剣を振る。だが、どの攻撃も躱されてしまい、終しまいには左腕を失う羽目になった。
それでも彼は必死に剣を振る。血の海となった彼女達の屍を走り抜ける。大切なものを守るため。
だが、そんな思いは虚しく散る事となる。
「ぐはぁっ!」
片腕しかない単調な攻撃を躱され、右脚を斬り落とされる。彼は自分の足が身体と離れていくのを見ると、思い切り脇腹を蹴られ、木に衝突する。その時、背中からゴキッという変な音と、とてつもない激痛が走った。その瞬間、背中の感覚が一気になくなる。
彼は地に伏せ、目の前に現れた男を見上げようとする。だが、いくら頑張っても腰より上を見上げることが出来ない。
――完全に背骨を持っていかれた……
彼の身体はもうボロボロだった。顔は痣だらけで背骨は完全に折れ、左腕と右脚を失った。
それでも、後ろにいる彼女を守ろうと必死に動こうとする。だが、身体は言う事を聞かず、びくともしない。
――やばい……意識が……
意識が遠のいていく中、彼女の声が聞こえた。
「――ガ! ――イガ!!」
「あ……がっ……」
――来るな! 来てはダメだ!!
声もまともに出ない。あまつさえ、耳も遠くなっていく。視界も霞む。だが、これだけはハッキリと見えた。男が彼の剣を手に持ち、その剣の刃を近づいてくる彼女に向けた。
――止めろ! 止めてくれ!!
「さらばだ。ドルメサ王国国王」
その瞬間、スパンッとした音が鳴り、力を振り絞ってそちらを見る。すると、彼に近寄ってきた彼女の首と身体が、完全に斬り離されていた。
――何で……何でこうなるんだよ……!
少しずつ意識が飛んでいく中、彼はそれを見る事しか出来なかった。
そして首を切った男はその頭を持って彼の下へとやってくる。
「なん……でだよ……」
声も全く出せず、涙しか出てこない。彼は身体と切り離された彼女の首を見る。
「見ろ。貴様達が必死に守ろうとした、国王――女王の首だ」
そう言って彼女の頭を見せつける。彼が好きな、綺麗な青い瞳には光が失われている。
「実に無様な姿よ。女王一人救う事が出来ないとは。貴様は今まで、夢を見て事前に解決したかもしれんが、圧倒的な力の前では、夢を――運命を変える事なんて出来ないんだよ」
男は彼を蔑んだ目で見る。
「どうやら、貴様の中にいたこいつの兄も、完全に息を引き取ったみたいだな」
男は彼女の首を投げ捨て、先程斬首に使われた彼の剣を、今度は彼自身の首に刃を向ける。
「女王を斬った貴様の剣で、女王と同じ場所に逝かせてやろう。その方が、貴様も嬉しいだろう?」
彼は死ぬ間際まで、彼女と彼の仲間達、今までの出来事を思いだしていた。
そして彼は再び一筋の涙を流す。
「さらばだ。英雄よ」
――ごめんな、俺はお前を、お前達を救う事が出来なかった。初めて愛した君を、護れなかった。あいつと約束したのに、また守れなかった。そんな俺でも、もし天国に行く事が出来るなら、お前達が許してくれるなら、もう一度……
彼はそう思いながら、目を閉じた。
――君と同じ所で、みんなで笑って、あの頃みたいな生活を、続け……たいな……
刹那、彼の首が宙を舞った。
ヤマト・タイガ。一六歳という若さで国の英雄である彼が、この世を去った瞬間だった。
第一話 異世界転移と誘拐
――イガ……助けて……
そう言われた瞬間、彼は思い切り身体を起こす。寝間着を確認すると、汗でぐっしょりと濡れていた。今は一〇月下旬。暑くないのに、汗が止まらない。
「なんだったんだよ……あの夢」
頭を押さえながら先程の夢を思いだし、小さく呟く。時間を確認すると、深夜二時を回っていた。
「今まで悪夢なんて見たことのない俺が初めて見ることになるなんてな……」
彼が言う悪夢。それは目の前で自分と同年代位の女の子が何者かに首をはねられる夢だった。
――だけど何だろう。あの夢、夢って言うよりかなり現実味があった気がするけど……
悪夢を見た彼、大和大雅はそう思いながら、汗でびしょびしょになった身体を洗うべく、お風呂場へと向かった。寝間着を洗濯機へ放り込み、風呂場に入る。
タイガは母と父の三人で暮らしており、父はごく普通のサラリーマンで母は専業主婦である。
「ゲームのやりすぎか、疲れていたのかな……」
シャワーを浴びながら、タイガはふと考える。
タイガは現在一六歳。本来なら高校一年生だが、彼は高校に行っていない。中学は常に主席で、どの高校も行けるほどの頭脳を持っていた。だが、彼はある日を切欠に引きこもるようになったのだ。
「汗をかいたせいか、喉が渇いたな……」
風呂から上がったタイガは、中学の頃のジャージを身に纏い、渇いた喉を潤すべく、冷蔵庫のあるリビングへと向かった。
だが――
「……何もねぇじゃん」
肝心な冷蔵庫の中は水しか入っていなかった。
「水っていう気分じゃねぇしな。しょうがない、買いに行くか」
そう言うとタイガは、部屋から財布と一応携帯を持って何ヶ月ぶりになるか分からない外にでる。
「行ってきまー……は?」
だが、タイガを待っていたのは普通の街ではなかった。
「ここ、何処だ……?」
目の前に広がるのは、中世ヨーロッパのような街並み。人間は勿論、獣までも服を着て二足歩行をしている光景で、車は走っておらず、代わりに走っているのは馬車ならぬ竜車だった。
「暫く家を出ない間にこんなに変わっちまったのか」
んなあほな……とタイガは心の中で自分の発言に突っ込んだ。
「やっぱ疲れてんだな、俺。今日は水飲んでさっさと寝よ」
そう言って踵を返したタイガだが、動きが止まってしまった。
――あ、あれ……? 俺の家どこ行った……?
そこにはあるはずのタイガの家が、無くなっていたのだ。
タイガは混乱していた。玄関を開けたら中世ヨーロッパのような場所に辿り着き、人間どころか獣までもが服を着て歩いている。そして何より、彼の家があった場所は空き地に。
そんなタイガだが、冷静に考え、こう思った。
「俺、もしかして帰れない感じ?」
暫くして、タイガは街を散策し始めた。タイガが歩いている場所は恐らく商店街だろう。様々な人が、ゴミの様に溢れ返っていた。
――凄い人だかりだ。日本で言うと都心とか、そこら辺か? 色んな物売ってるし、ここの人達は生活には困らなさそうだな。
タイガはそう思いながら歩いていると、ある事に気が付いた。
――待て。よく聞くと、ここの人達の話している言葉が分かるぞ? 俺の予想だと、ここはよくある『異世界』だろう。普通異世界なら、言葉が通じないとか、字が書けないとか、字が読めないとかあるだろうが、ここの人達の言葉がはっきりと分かる。
「すみません」
その時、タイガに声を掛けてきた少女がいた。
「ここに行きたいんですが、どうやって行くか分かりますか?」
タイガは渡された地図を見る。この時もタイガは一つ気付いた。
――字が読める、だと? 明らかに日本語じゃないのに、どうして読める……。ここの世界観は一体どうなってるんだ……?
「あの……」
ジッと地図を見たまま固まってしまったタイガを不思議に思ったのか、少女は声を掛ける。
「あ、ごめん。俺もここに来たばかりだから分からないんだ。力になれなくてごめんな?」
「ううん! ありがとう!」
少女はニコッと笑いながら、そう言ってタイガの下を離れた。
「言葉も通じる、か。ここまでなら何とかやって行けそうだが、ケータイは圏外。お金も使えないだろうし、文字も実際書けるかどうかわからない。そして何より、俺に対する周りの目が痛い……」
タイガが困っていたのは、他の人がタイガ自身に送る視線だった。
タイガが通り過ぎると、皆必ず振り返るのだ。すれ違えば振り向かれ、すれ違えば振り向かれの連続で、タイガの精神状態は参っていた。
「確かに中学のジャージってのも悪いかもしれないけど……ってか、そもそもここに来るつもりねぇし!」
一人でぶつぶつ呟きながら歩いていると、広場みたいな場所に着いた。タイガはそこで少し休憩しようと、近くのベンチに座る。
――一六になって、いきなりホームレスか……。まずは家に帰る方法を探さねぇとな。久々に外に出て歩いたせいか、脚パンパンだし……明日筋肉痛だな……
ベンチの背もたれに思いっきり寄り掛かり、青空を見上げながら思った。
「取り敢えず、今日は野宿か。腹減ったな~って、ん?」
タイガが身体を起こした時、一つの光景が目に入った。
それは――
「あれって……」
水色の髪をした少女が、何者かに裏路地に引っ張られている瞬間だった――。
異世界でニートは英雄になる