真実による刑期

真実による刑期

 一歩進むと足元が揺らいだ。ホワンと揺れる。それは当たり前の事なのかもしれない。だって僕は鉄製で形造られたパイプの上を歩いているんだから。もしかするとある人たちは心配するだろう。落っこちたらどうするんだと。確かにそうだ。落っこちてしまうだろう。僕もそう思う。でも実際、落ちてもそれほどには心配はない。だって鉄製のパイプの下には数メートル先にパイプが乱雑に浮いている。また、その下にも鉄製のパイプが網を張るようにしてあるからだ。だから僕は今立っている此処から落っこちたとしても絶対的に鉄のパイプに腰とか頭をゴツゴツとぶつけた後に引っかかるんだ。上を見上げると同じような鉄のパイプたちが散らばり、シャープペンシルを連想させるように浮いている。その鉄のパイプには鳩や雀なんてものも羽休めはしていなかった。また、僕が立っている鉄製のパイプの下に降りようと思えばいつでも気軽にスルスルと降りられるが、この頭上で浮かんでいる鉄製のシャープペンシルのシャンデリアには上がれる術はなかった。誰かが落っこちてくるんではないか? と数回考えたがそんな事はまだ起きていない。そうしているうちに僕はお腹が空いた。
 お腹が空くのはきっちり、2回だ。何故か3回は空かない。まず1回目はこの途方もない鉄製のパイプの上を歩き、進んでいると僕の遠い頭上にある鉄製のパイプの下に薄い膜がかかり始め、シャンシャンと絵の具をかき混ぜるようにして星が散りばめられた『夜』がやってくる。豆電球の星ががうっすらとオレンジ色に光って空中の塵を照らす。その夜には雲もある日とない日がある。或る日は暗さに甘んじて姿を見せ、露を生み出し僕の額に雫を作る。僕はそれはあんまり好きじゃない。落ちた雫は鉄製のパイプの上で反射して眩しいからだ。それで今日は夜中の快晴だった豆電球の星の間から閃光がほとばしり、線と線がシャチを描いた。閃光から産まれたばかりのシャチはパシャパシャと跳ねた。それで夜の墨が舞い上がって辺り中に飛び散る。鉄製のパイプに付着した。それらはカァーンッ! カツゥーン! と、空気が割れた音を鳴らして白く輝いた。余りに眩しいもんだから僕はイラッとした。夜はなんて自己主張が強いんだ。イヤになる。と思った。そんなふうに考えているとお月様が目を覚ます。僕が立っている鉄製のパイプの足元から黄色い光を反射して満月が登場した。満月のお月様を見るなんてとても久しいと思った。最近はずっと三日月とか半分の月とかだったらかだ。僕は鉄製のパイプに腰を下ろしてリュックから釣竿を出してヒョイと投げた。ぽちゃんと音をたててお月様の中に針が沈んで行く。糸が垂れ下がる表面にはなだらかに波紋が広がって行き、途中、何処かで消えた。糸の先にある獲物を求める僕は、こう考えていた。どうして僕はこんな所に独りぼっちで居るのだろうか? 僕はごく普通の経営住宅に住む三人兄弟の末っ子で兄は最近結婚して家を出て行き、姉は学生浪人であり、母は水族館の清掃のパートをしていて、父は4tコンテナのゴミを収集する運転手をしていて、毎朝、7時には仕事に向かっていた。平日にも休日にも人がわんさかといる近所のデパートには学生のカップルや仲が良いのか悪いのか分からない夫婦が小さな子どもの手を引いて歩いていた。埋め立てを終えて新しくできた新興住宅地にはマラソンをするおじさんたちが居た。築年数が結構経った小学校の外壁にはクラックが入りその所為で庇の下には緑色のネットが掛かっていた。その校内からは幼い子どもらしい笑い声が聞こえた。ただ、そんな中でも僕は或る意味では独りぼっちだったのかも知れない。名前を知らない彼らたちは、空っぽの空洞に感じたからだ。青銅の鐘をイメージして欲しいと思う。そんな僕の趣味はマッチ棒を擦る事だった。マッチの頭をする感覚は、その何とも言えない虚無感を忘れさせてくれたからだ。マッチの光る火の形、それら全てを僕は何故か記憶できた。ゆらゆらと動く火の波はその虚無の空腹を満たしてくれた。
 或る一定は。
 夏の季節をもう一度だけ振り返りたくなる月の終わりに僕は刑を執行された。それは僕が望んで居た大人の居ない世界だった。もし誰かが居るとすれば子どもたちが静かに寝ている時に観る夢の世界の住人たちなのかもしれない。しかし、そうであるとすれば、子どもがこんな寂しい夢を見るんだろうか? 例えるなら、これは絶望の砂を集めて僅かな金子がチラリと或る夢なんだ。僕は此処に来てからと言うもの誰かの声はまだ聴いたことがない。白っぽい乾燥した空気の息吹から時たまに雑音が聞こえるくらいだ。少し前に数学の教師が言っていた。この刑は余りにも残酷過ぎるから無くすべきだと。そんな話をしている時、僕は椅子に座って窓から見える景色を眺めていた。入道雲が意味もなく堂々としていた事を思い出せる。その時はまさか自分が関わることになるとは微塵にも思っていなかった。もしも、彼らから残酷ですか? と、問われれば残酷かもしれない。でも僕は結構この状況を気に入っていたりする。
 夜はまだまだ深まる。さて、最果てにあるとても美しく、綺麗なタマムシは何色に光るんだろうか? 1回目の空腹がピークに達した時、月面のクレーターはニヤニヤと笑って釣竿の糸を引っ張り出した。もちろん、僕は慌てて引っ張り返した。竿は持って行かれなかったが頭上に浮かんでいるシャチがくしゃみをして、なりそこないの僕は掴み取ろうとしたが、駄目だった。

真実による刑期

真実による刑期

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-19

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