祭祀の痕

祐喜代

  1. 「根来之御魂教団・集団変死事件概要」
  2. 「教団幹部・船岡毅一郎の手記より」
  3. 「手記による 折口ヒサの半生」
  4. 「根来神話」
  5. 「手記による 折口ヒサの半生・続き」
  6. 「手記による、二代目教団の諸事情」
  7. 「在野の宗教学者による事古主についての言及」
  8. 「事件の真相・そして事の顛末」

「根来之御魂教団・集団変死事件概要」

根来之御魂(ねごろのみたま)教団の荘厳な大神殿の中で事切れていた、老若男女合わせて三百人あまりの信者の遺体は、教団が一心に崇めていた神に完全に見放されたかのような惨状を、その聖域内で繰り広げていた。
 新聞やテレビの第一報は、この事件を米国で起こった人民寺院の集団自殺を彷彿させるような内容を世間に伝えたが、警察の捜査が進むにつれ、単なる集団自殺では割り切れない不可解な事実が徐々に明るみになり、やがて前代未聞の異様な事件として世間に認知されるようになった。
 事件は教団創設五十周年を記念した大祭の最中に起こり、この日奥多摩の教団総本部にある大神殿の外には、全国の支部から集まった大勢の信者たちの祈りが奔流のように轟き、神殿内部に籠もった教祖以下幹部、支部長たちの悲劇の瞬間は誰の目にも触れられていない。
 大祭終了予定の午後六時を過ぎても閉ざされたままの神殿の様子をいぶかしんだ教団の警備員たちが恭しく扉を開いた時には、果てしない苦痛と絶望を顔に貼り付けて倒れている指導者たちがそこにいた。
 思いも寄らない事態に直面した信者たちの祈りはたちまち悲鳴に変わり、日々の苦悩から逃れるために藁をも掴む思いで入信を希望した信者たちの多くが、その藁さえも失う事になった。
 人民寺院を例に取り、当初集団自殺と見て捜査を開始した警察は、神殿に転がる大量の遺体から何らかの毒物らしき痕跡を見出そうとしたが、意外な事にそれに該当するいかなる物的証拠も遺体から検出される事はなかった。当時神殿は完全に密閉され、外部の人間が侵入した形跡もない事から殺人事件の可能性は示唆されていない。
 末端の信者たちには神殿内部で行われていた神事の詳細は何一つ知らされておらず、一部の精神科医や脳機能学者たちの推測の域を出ない意見ではあるが、神事の祈りの儀式の際に生じた強い変成意識状態が、何かを機に良からぬ方向に招いた精神性のショック死ではないかという見方も出て来た。
 この事件の異様さを示す最も不可解な事実は、巨大な大社造の神殿中央に祀られた根来之御霊教団のご神体、その名称を「事古主命<ことふるぬしのみこと>」とする大鏡が、神事のいかなる不具合からか、内部から突き破られたかのように奇妙な穴を空けていた事だ。
 根来之御霊教団を創設した初代の教祖、折口ヒサには、祈祷による難病快癒や、全盲の絵筆で紙に描いた驚異的な的中率を誇る未来予言など、俄には信じ難い奇跡の目撃談が、信者を問わず数々存在したが、現在二代目となる教祖の折口貴巨(たかなお)には、その血を初代教祖ヒサから受け継いでも、ヒサほどの霊的能力を示す素養はあまり見られなかった。
 二代目教祖の本分は教団の発展と共に広くその教義を一般に伝え、年間行事として予定された形式的な神事を滞りなく忠実に行って維持する事にある。
 従って大祭の事件で大鏡に突如現出した奇妙な穴を、一部の熱狂的な信者たちは初代を失って久しく見られなかった奇跡の再来と捉え、二代目教祖のカリスマ性を一気に押し上げる事態にまでなったが、二代目教祖本人は事件直後から忽然とその姿を消している。
 大祭の神事で一体何があったのか?
 この掴み所のない事件を前に警察の捜査は難航を極め、真相の一切が空白の状態のまま漂うかのように思われたが、ある幹部の遺留品の中から、事件の一ヶ月前に書き記した手記が見つかった。捜査の進展の有力な手がかりになると期待されたその内容は、常軌を逸した教団の闇を浮き彫りにさせ、大鏡に穿たれた奇妙な穴に、何とも言い知れぬ禍々しい気配と戦慄を走らせた。

「教団幹部・船岡毅一郎の手記より」

私は人生の大半を教団に捧げてきた。それが大きな過ちだと気付いた時には、教団の闇は深刻な事態を迎えていた。後戻り出来ない徒労感と深い後悔の念だけがあるが、大祭が失敗に終わった時に備えて、ここに我が教団がたどり着いた不運の一部始終を記す。
 私は幼い時分に東京大空襲の業火で全ての身寄りを亡くし、煤と瓦礫の中をがむしゃらに這いずり回ってただ一人生き残った。
人生の再出発を計り、数寄屋橋界隈で氷販売をして生計を立てていたが、何の因果があってか重度の結核を患い、神奈川の川崎にある暗く湿った療養所に隔離された。
 初代教祖の折口ヒサと初めて出会ったのはその診療所で、彼女はただ無力の絶望感に打ちひしがれて死ぬだけの運命にあった私に、その類稀なる霊能力でもって一筋の希望の光りを当ててくれた。 
 医療が発展した今はまだしも、当時の結核は不治の病と言われて手の施しようがなかったが、折口ヒサが不思議な響きの祈りと共にかざした掌は、明日にもその身が危ぶまれる末期患者でさえ、たちまちのうちに快癒に向かわせた。私にもその有り難い救いの手は差し伸べられ、どん底の淵から生還を果たす事が出来た。
 敗戦の泥沼のような日本で奇跡を目の当たりにした私は、その時信心に目覚め、微力ながら何か彼女の手伝いは出来ないかと、各地の診療所を慰問して回る彼女の後を密かに追った。今になって思い返してみると、それは単に都合の良い言い訳で、私は恋に似た淡い感情をその時彼女に対して抱いていたのかもしれない。現に私たちはその後夫婦となってずっと教団を支えて来たのだから。
 どこに出向いても彼女の奉仕は本物だった。相手が誰であろうと一切の金銭的な施しは受けず、いつも同じ粗末な服を着て、食べる物も禄に口にせず、それでも慰問して回るにはそれなりの金は必要になるので、逗留先の繁華街などの辻に立っては、道行く人に女性にとって不名誉となる躰の関係を持ちかけて金の工面をしていた。
 彼女がどうしてそのような事までして人々を助けるのか?
 繁華街に立つ彼女の姿を見て不憫に思った私は、これまで声をかけられずにずっと見守るだけだったふがいなさを振り捨てて、屋台に飛び込み、飲めもしない酒を一杯煽ってから、客を待つ彼女の前に勇んで出たのだった。
「貴方をお待ちしておりましたよ」
 彼女を前にして委縮した私が言葉を紡ぐ前に、彼女が私にそう言った時の驚きを今でも鮮明に覚えている。それが彼女に備わった予知能力から出た言葉だと、その時知る由もなかった私は、自分が躰を求めて来た邪な人間だと思われてしまったと勘違いしてひどく取り乱し、事情を説明しようにも、何から話せばいいのかさっぱり見当がつかなかった。
「大丈夫。全てわかっておりますから、とりあえず私と一緒に、私が泊っている宿へ参りましょう」
 そう言って彼女は私の手を優しく取り、私はとにかく言われるままに彼女に付いていった。彼女は全くと言っていいほど目が見えなかったが、その足取りはしっかりしていて、繁華街の酔狂たちが危ういふらつきを見せながら縦横無尽に往来する中を、何の障害もないように宿へ向かった。
 そんな彼女の導きに黙って従っていると、不思議と宿に着く頃にはすっかり気持ちも落ち着いていた。
「申し遅れてすいません。私は以前神奈川の療養所で貴女に命を救われた船岡という者です。私は貴女の不思議な救いのお力を体験してから、ずっと貴女の事が気になって、恥ずかしながら何か自分に出来る事はないかと、貴女の事を追いかけて来てしまいました」
 安宿の狭い畳部屋に案内されると、私はすぐに頭を下げて自分の素性を明かし、邪な気持ちを持って彼女に近づいたのではない事を必死に弁明した。
「存じ上げております。よくぞ私を訪ねてくださいましたね。突然こんな事を言ったら貴方はさぞ驚かれるでしょうが、これは私に降りた神様のお導きによる結果なのですよ。貴方のご厚意は有り難くお受け致します。どうか私と共に迷える者、苦しみにある者たちを救いましょう」
 私の方から志願するまでもなく、彼女は何もかも見通していたようで、私たちは会って間もないうちに、すぐに意気投合した。
 それから私は彼女が如何にして超常的な能力を発揮するようになったかを、彼女の身の上話も交えて聞かされた。
 物が見えない瞳は澄み切って常に遠くを見つめ、私以上に困難と波乱を含んだ苦労話の途中、何故か彼女が時折無邪気に笑って見せる様がとても清らかで美しかった。私はその頃二十三、四くらいだったが、向かい合って眺めるその見た目の若さからして、彼女もてっきり自分と同じ年頃だと思っていたのだが、実際は二回りも年上だという事を聞かされて、私は改めてそのただならぬ神秘性に魂が打ち震えるような感動を覚えた。そして彼女の存在がこの荒廃した世の中の大いなる希望になる事を切に願った。

「手記による 折口ヒサの半生」

折口ヒサの生まれは紀州の南端に位置する小さな港町で、古くにこの地方一帯の郡司を務めた豪族を先祖に持っていた。
そんな高貴な家柄の血を継いではいたが、ヒサは彼女の父親が正妻以外に囲っていた遊女上がりの女との間に生まれた子であったので、町で小さな居酒屋を営む母親の方に引き取られた。
 高貴な血と賤しい血が混じった不幸の結晶として、ヒサは生まれながらに全盲という運命を背負い、母親の描くヒサの将来には悲観的な予測しか立たなかった。
 そんな事情と慰み者として亘って来た独り身の偏屈さが災いして、常に放埒とした生活を余儀なくされていたヒサの母親は、口止め料として夫から毎月支払われた十分な養育費を、のめり込んだ客の男に騙されて平気で貢いだりする散々な状況の中でヒサを育てた。 
 母親は目が見えない事で何かと余所の子供よりも手の掛かる幼少のヒサに対して、親子の情愛を微塵も感じさせない苦渋な毎日を強いた。出来る範囲でヒサに家事や店の仕事を手伝わされるのだが、母親はヒサが何か失敗を犯せば些細な事でも過剰にあげつらい、「お前は望んで産んだ覚えのない子だ」とか、「この家の不幸は全部お前の身のために起こった事だ」などと罵り、ひどく酔って機嫌の悪い時には無抵抗で震えるヒサに暴力を振るった。生きていくのに最低限必要な衣食は与えられたが、まともな教育は受けさせてもらえず、近所の誰の目にもヒサの将来に明るい見通しが立つことはなかった。せいぜいが目の不自由な者たちの間に多かった三味線なんかの芸事で、家々の門口に立って施しを受けるしかない人生だろうと、気の毒がってはくれたが、それ以上にヒサに親身になってくれる者はなかった。
 近所の子供たちの遊びの輪に入れず、いつも一人で神社の境内に座って歌を歌っていたヒサは、ある日そこの神社の宮司に養子縁組みの話を持ちかけられた。宮司夫妻には子が産めない事情があり、ヒサの父親の高貴な家柄とも密な繋がりがあった事から、人知れずヒサの出生の内実も把握していて、以前から彼女を不憫に思っていたという。
 全盲の者が頼る糊口として芸事の道もあったが、宮司夫妻はこの地に根付く修験の道をヒサに歩ませ、霊媒による衆生救済の社会貢献がある事を彼女の人生に示そうとした。そして彼女の意志次第では行く行く当神社の後継として迎え入れるつもりでいたようだ。
 厄介者の面倒を見なくて済む理由からヒサの母親は当然、周囲の誰もこの養子縁組みに反対する者はなく、ヒサ自身も愛情深い穏健な宮司夫妻に引き取られる事を心から喜んだようだ。
 ヒサのそれからの毎日は宮司夫妻の手厚い養育の下、一人前の巫女となるべく、神様一辺倒の生活となった。宮司に付いて神前での朝夕の務めを一日も欠かさず、真っ暗な視界の中、境内の掃除も隅々まで徹底した。
 伊勢路を下り、幽玄に折り重なった霊山を縫って熊野に至った諸々の信仰が、海の彼方に浄土を求めて熊野灘に突き出たこの地は、古代より修験者たちの辺路として、海にも山にも多くの行場を持っている。
 ヒサに課せられた霊験を得るための修行は時に厳しく、一ヶ月に及ぶ断食行や大寒の身を切るような滝壺で長時間に亘る禊ぎの水行を行ったりもした。でもそれらは全てヒサの熱心な信仰から来る自発的な行動が成すもので、決して宮司が強制的に勧めているわけではなかった。
 宮司はそんなヒサの直向きな努力を感心しつつ、異常なまでにのめり込む彼女の気質が心身の健康に不調をもたらす事のないよう、注意深く見守った。
 そんなヒサの異能が開花するきっかけとなった出来事が身に起こったのは、彼女がちょうど成人を迎えた夏の事だった。ヒサの記憶では、その日は太平洋沖の深海で起こった海底火山の噴火の影響で、彼女がいた紀州最南端一帯でも小規模な地震が何度かあったという。
 奇岩を望む、人があまり立ち入らない海岸の洞穴に一人籠もり、ヒサが一心に宮司から聞き習った祝詞を秦上していると、突然鳩尾あたりにずっしりと重くて鈍い痛みのような感覚が生じ、それが徐々に体全体に膨れ上がって、自分が自分でなくなるような奇妙な状態に陥った。無意識に秦上している祝詞の声が自分の物とは明らかに違った、野太い獣じみた響きに変わり、その響きがふとヒサの頭の中ではっきりとした神の啓示に昇華した。
「吾は深淵の古宮(ふるいえ)にて臥せる事古主、夢見るままに待ちいたり。この世一列の建て直しをせんと、汝の身を吾の仮の社として貰い受けよう」
 得体の知れない何者かに感応したヒサは、自由の利かなくなった我が身の内部で確かにそう響き渡る冷厳な声を聞いたという。
 はじめヒサは自分が仕えている神社に何の縁もないその神の名を怪しみ恐れ、自分の身に降りかかった体験を、未熟な修行が災いして低級霊に取り込まれた狐憑きの類だと思ったようだ。鎮めようにも変調はしばらく止まず、精神に異常を来したように三日三晩うなされ続ける彼女の事態を重く見た宮司が、護摩を焚いて祈祷を行ったところ、再びヒサの腹の底から冷厳な声が鳴り響き、それが彼女の口をついて宮司にもその内容を明らかにした。
「吾は深淵の古宮にて臥せる事古主、夢見るままに待ちいたり。この者の身は吾が永き眠りから目覚め、遍くこの世を平定し治むるまでの仮の社として貰い受ける。吾が世の大元の神にして真の神であるから、汝らがその旨承知しせんとなれば、この家に必ずや災いをなす」
 宮司にしてもやはり縁の不明な神の名だったため、宮司はこれをまつろわぬ魑魅魍魎の悪しき顕現だとして、更なる呪法を展開してこの神の要求を退けようとした。ところが事態は改善に向かうどころか、謂われなき神の有言実行を恐ろしい形で神社の内外に示した。
 ヒサに続き、それまで幾日か繰り返し行われた長時間に及ぶ呪法の場に、何事もなく付き添っていた妻の方にも精神に異常を来したような兆候が現れ始め、野犬の遠吠えに似た唸り声や、釣り上げられて間もない活魚の悶えのように、白目を剥いて神前を跳ね回る不可解な行動を取るようになった。そんな中一発の強烈な雷鳴が至近距離で轟いたかと思うと、境内の樹齢八百年の神木に蛇の蜷局を巻いたような火の手が上がった。
 驚愕と無力感を隠せない宮司はこれまでに何度か鎮魂、調伏して来た魑魅魍魎のいずれにもこれほどまでの威力を見た事がなかったので、ヒサに取り憑いた正体不明の神が真に威厳を持った神である事を半ば認めるしかなかった。それがヒサのその後の人生に与える影響を考える余裕はなかったと思われ、苦渋の選択ではあったが、事古主の要求に従い、ヒサの身体を仮の社と定め、その御霊を彼女に降ろす帰神の法を施した。
 宮司の疲労が限界の色を見せ始めた時、ようやく事態は一応の終息を見たが、以後ヒサの日常は終わりのない荒行に挑むような波乱含みのものとなった。
「私はこれまでの苦労をちっとも苦労とは思いません。それが事古主の神様に従って大事業を成すための”お試し”だというなら、苦労どころか喜びさえ感じるほどですよ」
 ヒサを教祖に据えて教団を立ち上げた時、これまでの苦労を振り返って平然とそう言っていた彼女の言葉に嘘偽りの影はなかった。
 事古主。それは我が教団が崇める神の名で、記紀神話のいかなる箇所にもその名を見ない、教団独自の神だ。ヒサの奇跡の顕現はこの神の力を通して成されるもので、彼女は事古主こそが真に人が信ずるべき神で、この世に初めからいた大元の神だという。
 私が後にヒサの口述を元に編纂した「根来神話(ねごろしんわ)」は、天照大御神を頂点とする皇家神道の史観を不本意な形で欺く作り話として世間の嘲笑に晒されたが、たとえ世間がどうあってもヒサを通した事古主の奇跡が本物である以上、私の信仰は決して揺らぐことがなかった。だが今となってそれは神代の禍々しい真実を映した暗黒の物語として、私の本能が持つ恐怖の源泉の中で上書きされている。

「根来神話」

この世がまだ形の定まらない泥の海に漂っていた頃、その泥の海の根の底にある古宮(ふるいえ・神の座していた社)に「事古主命(ことふるぬしのみこと)」という一柱の神がおりました。そのお姿は八尋ある水母のようで、その身は蛇の鱗を纏っているようでありました。
 ある日事古主命が泥の海から顔をお出しになりますと、そこに何処から現れたものか、八尋ある羽を持つ二足の蜥蜴のような神が水面を漂っておりました。
その神曰く、
「吾は常世の国よりこの海にたどり着いた蓮蛇命(はすだのみこと)と申す者なり。汝は事古主命か? 吾と汝は元は常世の兄弟神。ついては共にこの泥の海を押し固め、たくさんの子を産み生やして治めていきたいと思うが、汝これを如何とする?」
 事古主命曰く、
「蓮蛇命よ、吾と汝が真の兄弟神ならば、その証となる物を示せ。それが叶うならば、吾は汝と共にこの泥の海を押し固め、たくさんの子を産み生やして治めよう」
 これを聞いた蓮蛇命は空に浮かぶ星の一つをその八尋の羽で覆い隠した。すると事古主命、ふいに怪しい眠りに誘われて、泥の海の根の底の古宮に沈んでしまわれました。
 そこで蓮蛇命がまた星を元に戻すと、事古主が再び泥の海から顔をお出しになりました。 蓮蛇命曰く、
「事古主よ、これが吾と汝が兄弟神である証なり。さぁ、共に泥の海を押し固め、子を産み生やして治めよう」
 こうして事古主命と蓮蛇命は二柱で泥の海を押し固めて形を成し、最初に大小いくつかの島を造り、その後に太陽を司る神と月を司る神を産んで、島に昼と夜とを分けました。その後に山、川、森を司る神が産まれ、その下に火、水、土、風を司る神を仕えさせました。
 こうして島が豊かで賑やかな眺めになり、たくさんの植物や動物たちの姿も島に見られるようになりました。
 そんなある日、事古主命曰く、
「蓮蛇命よ、吾と汝によく似たものをこの島々と海とに産み分けて治めさせようと思うが、如何に?」
 蓮蛇命曰く、
「事古主よ、それでは吾に似たものに島々を、汝に似たものに海を治めさせよう」
 事古主命曰く、
「いやいや蓮蛇命よ、吾と似たものに島々を、汝に似たものに海を治めさせよう」
 こうして二柱の兄弟神は島々と海のどちらに自分と似たものを住まわせるかで言い争いました。そしてとうとう争いは激しさを増して、二柱の神の力較べによる災いが島々を覆いました。
 争いを見かねた島の神々たちは、事古主と蓮蛇命の力較べの際に降ってきた曲津の垢をこねて、二柱とは似ていない人型を造り、これに島々を治めさせてはどうかと、荒ぶる兄弟神にお伺いを立てた。
これに事古主命曰く、
「これで兄弟の争いが治まるならば、吾はこの人型の祖となり、この人型のため一日に千五百の産屋を立てよう。そしてこの人型がいつか吾の姿に似るのを待とう」
 これに蓮蛇命曰く、
「汝がこの人型の祖となるならば、吾は常世に戻り、一日に千頭の人型を絞り殺そう。汝、海の底の根の古宮に戻り、これを末永く見守るがよい」
 蓮蛇命、再び兄弟の証である空の星を羽で覆い隠すと、事古主は怪しい眠りに誘われて海の根の底の古宮に鎮まりました。そして蓮蛇命も常世の国に戻られ、災い去って、ようやく島々と海が平定しました。
 これがこの世と人の起源であり、人の行いにだけ善悪の区別があるのは、兄弟神が争った時の垢で出来たからであります。

「手記による 折口ヒサの半生・続き」

ヒサと行動を共にするようになった私は、彼女が奉仕活動に専念出来るようにと、活動資金の工面や身の回りの世話をする事で、それを自分に与えられた本分だと思った。
 日に日に彼女の奇跡の評判が世間に知れ渡って来るようになると、こちらが場所を選んで出向かずとも、救いを求める哀れな人たちは自ずからヒサを探し求めて集まり出した。戦後当時の世相には、ヒサの他にも霊能力者を語った人種による救済の動きがあちこちで見られたが、その多くは割の良い稼ぎ口として捻り出された詐欺紛いの行為が多く、祟りや神罰、または前世のカルマなどを不幸の原因だと持ち出して脅しては、効果のない祈祷や民間療法に紐づいた施術で高額なお布施を要求したりしていた。もちろん真剣に救済に取り組む霊能者もいたが、その力はヒサには遠く及ばない未熟な形で世に示された。
 時にそんな連中が引き起こす事件や事故が飛び火して、我々の奉仕活動にも異端な能力者の奇跡に懐疑的な目を持つ世間から痛烈な批判を浴びせられたり、執拗な嫌がらせ行為による妨害を受けたりして順風ではなかった。
 教団に転機が訪れたのは、関東ではよく名の通った任侠の親分がとある事をきっかけに教団に加入してからだ。
その親分の娘が、余命幾ばくもない末期ガンを医者に宣告されて思い悩んだ時、知人を伝って紹介されたある霊媒の女が、不届きにもヒサの弟子筋に当たる者だと語り、「もし娘さんの命が助からなかったら腹を切ってみせる」と豪語して心霊治療なるものを親分の娘に施した事があった。
 ところが高額の謝礼を受け取ったにも関わらず何ら快復の兆候を見せないまま娘が亡くなってしまい、憤慨した任侠の親分が組員を動員し、血眼になってその霊媒探しを始める騒ぎになり、どこに行方を眩ましたか、その霊媒の女が見つからないとなると、組員たちがヒサの所へ殴り込んで来て、弟子の代わりに腹を切れとヒサに迫った。
 しかし常に事古主の意のままに従うヒサは、この事態に対しても肝の据わった落ち着きのある姿勢を見せ、事の顛末を端から承知しているとでもいった涼しい顔で、自ら親分の所へ出向いていった。
同行した私は恥ずかしながら周囲を取り巻く組員たちの威圧的な風貌に萎縮するばかりで、事の成り行きを黙って見ているしかなかった。
 ヒサにどういう算段があるのかまでは窺いしれなかったが、親分がいる組事務所に出向いたヒサは死に装束を纏った姿で親分の前に座した。
「親分さんのお怒りはごもっともでございます。弟子の不届きは全て私の責任でございます。ここへ来て四の五の申すつもりありません。弟子の不始末を、約束通り一刺しの誠意でお詫び致しましょう」
 私はヒサの血迷ったかのような一言に耳を疑った。いくら神に仕える者とはいえ、自分を利用して逃げた見ず知らずの人間に対して、何故そこまでしなければならないのか?
 ヒサの救いを待っている人は大勢いる。こんな事で果てる命であっていいはずがない。
 私は何かの間違いだと思いつつ、ヒサに「早まらないでくれっ」と懇願した。彼女の身を案じながら、何ら打開策が見い出せない自分が心底情けなく、ヒサに取り憑いた神の非情な性質をただただ呪うばかりだった。
「口出し無用ですよ、毅一郎さん。万事は事古主の意のままに」
 ヒサはそんな私を宥め賺すようにそう言うと、組員が用意した匕首を恭しく受け取り、背筋を颯爽と伸ばしたまま、強い意思表明としてそれを頭上に高く掲げた。
 数々の修羅場を潜って来たであろう親分の貫禄がどっしりと胡座を組んでヒサの行為を射るように見据えていた。その目には多少の驚きと共に、とくと見物だ、という好奇の色が滲んでいた。
 異様な沈黙が続き、周囲が固唾を飲んで見守る中、ヒサが匕首の鞘を抜いてその白刃を露わにした。ヒサはさしたる覚悟を必要とせず、呻き声一つも漏らさずに、周囲が固唾を飲んで見守る中、一息で匕首の白刃を脇腹に突き立てて、真横に払った。清廉潔白を証明する死に装束がみるみる赤く染まっていったが、ヒサの姿勢はまったく崩れる事がなかった。私と組員たちが上げた一瞬のどよめきの後に、再び異様な沈黙が訪れ、ヒサと対峙した親分の好奇の色が目を見開いて、それが震える畏怖の念に変わり膠着していた。
「親分さんの望み通り、腹は切らせていただきましたよ」
 軽い笑みを浮かべてそう言ってのけたヒサをその時親分がどう思ったのかは分からないが、深く頷いた後に、親分が「申し訳なかった」と一言ヒサに対するこれまでの非礼を詫びた。
 またしても事古主の奇跡。ヒサは死ななかった。血は流れ、死に装束が赤く染まり、誰の目にも明らかに深手を負ったはずのヒサが、痛みを感じる様子もなく平然とそこに座していた。
私の目に非情な神として映った事古主は、世の建て替えの大事業を成すまでヒサに不死の力まで授けたという事なのか? 
 この衝撃的な一件が私たちには大きな転機となり、後に事古主の策として、意図的にヒサの人生に用意されたものである事を感じさせた。
関東で一大勢力を誇る組の親分が、表面的には依然としてその不動のカリスマ性を組員たちに示していても、ヒサの前ではその虚勢をすっかり改め、一人の信者としてその信仰に帰依していた。そして組のシノギから出た潤沢な資産を、教団設立のために提供したいとヒサに提案し、それまで頑なに施しを拒否し続けてきたヒサが何故かそれを素直に了承した事で、我が教団は「根来御霊教団」として発展するべく気持ちを一新した。
 教団設立の構想は少なからずヒサにも私にもあったが、反社会勢力である組と繋がりを持つ事でヒサに対する世間の印象が悪くなる事を懸念した私は、ヒサの安易な心変わりの真意を彼女に尋ねてみた。
当然事古主の要求している事だとは承知していたが、ヒサの世話役として日々活動資金のやりくりに追われていた私は、ヒサと事古主の間に交わされる導きの意図が、自分にとって不透明なまま進行して行く事に、いつも不安を感じていた。そしてそれは同時に私が密かにヒサに対して寄せている想いへの不満でもあったのだ。
ヒサにとって私は、自分を慕って付いてきてくれる純粋な信者でしかなく、彼女の関心はいつでも事古主にだけに向かっていた。
「事古主の神さんは、私ら人間が自分の元へ帰ってきてくれる事を願っております。それが人類を救う正しい道だとして、それに従う私にお導きの力を授けてくれるわけです。人の世が常に混迷しているのは、事古主の神さんが兄弟神と仲違いされて、不完全な状態で人を創造してしまった事に端を発します。事古主の神さんへの回帰。それすなわち人が神人になるという事です。毅一郎さんが不安になるのはそこに人間としての“我”が入り込むからですよ。真の神さんが与えてくれた指針に何ぞ人間の詮索などはいりません。ただひたすら無心になってお仕えしていれば問題は全て解決してくれます」
 規模が拡大した教団の精神的支柱として、ヒサを教祖に、私と任侠の親分である安西の二人がそれを補佐する幹部として、教団の物質的支柱を担うことになった。とは言うものの教団を運営していく上で必要となるあらゆる能力において、安西と私とではその力量と手腕に差がありすぎた。
当時五十代に差し掛かっていた安西の脂の乗り方は、食糧不足に喘いでいた堅気の人間とは違う、いわば獰猛な野獣の肉を食らって肥えて来た者の威風を備えていて、対する私は教祖に飼われた安寧の中にあっても、常に迷い怯えている若い羊でしかなかった。
 安西がその才覚を存分に奮う事で私が教団にとって無用の存在になっていくのは明らかで、私は自分の存在意義について悩み苦しみ、何かと頼りになる安西を心底妬ましく思った。
 安西の手配で教団が初めに拠点としたのは、湯島にある歯科医院の二階だった。関東大震災と東京大空襲で大半が焼けた落ちた湯島界隈にあって、その煉瓦作りの医院は結界の如く存在した湯島天神下に位置したおかげでその被害を免れた。復興によって真新しい装いに変わっていく湯島の町並みの中に、昔の東京の繁栄を偲ばせる遺構でもあるかのように建つ医院は、教団が信仰する真の神の威厳とヒサの奇跡を象徴しているように見えた。実際安西がこの場所を選んだ時にそんな演出を含めた意図があったのかもしれない。
 三十人くらいは入れる座敷に、全盲のヒサが筆を取って書き記した「事古主命」の掛け軸を下げた神前を設けると、派手な看板も宣伝活動もしないうちから、ヒサの噂を聞きつけた相談者たちが大勢集まるようになった。
 本物の奇跡に感動し平伏した者たちがどんどん信者となり、その信者が連れてくる更なる相談者で教団の座敷は常に人で溢れかえり、建物の外にまで列をなす日が目立ってきた。
 安西の提案でヒサがこれまでに方針として来た無償での施しは教団設立時には、相談者の気持ちに従って提示される額分だけを受け取る方針に変わった。
 私は初めこれを安西が組の新たな資金源として画策したものだと思っていたが、以外にも安西は純粋に教団の資金繰りとしてヒサにこれを提案していた。安西は教団と教祖ヒサの印象を第一に考え、教団での活動に関してはあくまで安西個人の良心を根本に、組との活動とは無関係に行っていた。したがって組員たちを信者に抱え込むような事もしなかった。
誰の目にも威圧的な印象が拭えない強面の安西が、教団で過ごす時間の中で時折見せる屈託のない笑顔が、ヒサに対する信頼と忠誠の証のようにも見えて、私は更に自分の身の置き場がこの男の存在によって脅かされるのを感じた。そして何より私はヒサに対する自分と同じ想いを、安西の中にも芽生える事を何よりも一番恐れていた。安西は既に妻子ある身だが、極道が染み着いた男の飽くなき欲望、そしてそれ手に入れるため才覚と手段を選らばない度胸などを考えると、私は救いを求めて教団に集まった人たちの中で、自分だけが永遠に救われないような孤独の闇をいつしか抱えていた。
 教団に舞い込む相談の内容は主に病気に関する事だが、人が増えるにつれ、かさんだ借金による生活困窮や結婚の良縁を願う者、失踪者の行方や新規事業の見通しに助言が欲しいなどという声が聞こえてくるようになった。それがどれだけ難解で都合の良い相談事でもヒサは快く応じ、実際に解決まで導くのだが、さすがに全ての個人的な悩みをヒサ一人が救済するにはその数があまりに多過ぎた。
明日をも知れない難病患者に、ヒサのお目通りに適うのは半月先だなどとは言えないが、実際そういった状況になってしまっているのは確かで、今後の教団の課題となっていた。
 奇跡の力はヒサだけに与えられている。それが素質によるものなのか、過酷な修行の結果としてのものなのかという問いに関して、ヒサ自身にもよく分からない部分が多かったが、とにかく教団は、信者たち自らが奇跡を顕現し、自己救済を図れる手段を模索する必要に迫られていた。
 集会所での一日の救済活動が終わると、ヒサと安西と私、それに加えた信者数名らで、ほとんど寝ずの話し合いが連日持たれた。そして最優先で教義をもっと明確にする事が上げられ、同時に事古主という掴み所のない真の神の姿を何らかの形で具現化して祀る案が出た。
 教義の明確化に関しては、事古主の謂われをヒサを通して口述させる事から始まった。集会所の外の水場で禊ぎの行水をしてから白衣に着替え、深夜の神前にヒサと私だけで籠もった。ヒサは導きを求める際、こうして時折一人で神前に籠もり、独自の帰神法による精神統一で神との交感をしていた。初めて見るその姿は神々しく、口述筆記という理由ではあったが、久しぶりにヒサと二人きりで過ごすその場の時間にささやかながら幸福を感じたものだ。
 清流のせせらぎを聞いているような心地良さで祝詞を唱え続けるヒサの声がある時を境に感極まった様相を呈した。地鳴りのような呻きを何度か発し、澄み切った声に被さって、彼女とは全く別の人格が発しているような、重く低い厳かな声がたどたどしい言葉を紡いだ。
 ヒサに付いてこれまで何度も奇跡の瞬間を目の当たりにしてきたが、私は毎回その驚きに慣れる事がなかった。信仰は信仰としてすんなり受け入れている自分と、どこかでそれをあり得ない不条理だと目を瞑ろうとしている自分がいる。
 神の言葉を綴る文字が緊張で震えていた。
「吾は深淵なる古宮(ふるいえ)にて臥せる事古主(ことふるぬし)、夢見るままに待ちいたり」
 当時の私には自分が体験した不可視の現象を冷静に考察する余裕がなかった。ヒサが恍惚と語る事古主の存在に関しても、人が特殊な心理状態で見せる誇大妄想かもしれないというような疑いを挟んでもよさそうなものだが、私はその神が語る荒唐無稽な物語を、どこか曖昧な夢の記憶を辿るような意識で坦々と書き記していた。
 古来どの国の神話もその物語の構造はダイナミックもので、そこに論理的な整合性などはない。私はヒサの口述を「根来神話」として編纂し、この世が泥の海の状態の時からずっと存在し続けていた事古主(ことふるぬし)を善神、仲違いした兄弟神の蓮蛇命(はすだのみこと)を悪神と位置付けた善悪二元論を展開して、ヒサが言う「事古主への回帰」を救済の要とした。
 事古主だけを一心に崇め、ヒサがその代弁者となって下す導きに従うならば、それがすなわち善行となって、人間が本来あるべき正しい姿を取り戻し、悩み、苦しみ、煩いのない原初の世の至福を再び得る。この世の全ての不幸の種は事古主を拐かそうとした蓮蛇命の力の顕現によるものであり、世の建て直しは事古主を信奉する者たちが神人となって、事古主を根の底の眠りから覚ます事で成就される。
 このように教団の教義を明確にすれば、そこに特別な戒律や修行などは必要なく、信者一人一人が事古主の神前に手を合わせ、教祖の導きに従い、独自の判断で善行を積む事だけを目的にした教えとして信者たちに納得させる事が出来る。他の新興宗教団体に見る、信者獲得のための強制的な勧誘やお布施もないので、我が教団に対する世間の印象は概ね好意的なもので、幹部の安西が極道者であるという一点だけを除けば、教団の活動に支障をきたすような不具合は全く見当たらなかった。
そんな安西も教団が発展していくと共に、親分として自分の跡目を継がせる者を組の中に立て、全権をその者に委任して、自分は相談役という立場を取って少しずつ組から足抜けしていく様相を見せていた。相変わらず安西の存在が疎ましかった私は、彼を教団から追い出すきっかけになり得るものを常に探していただけに、その機会が日に日に失われつつある事にひどい焦りを感じた。皮肉を言うならば事古主への私の信心はいつも、教団の教義が悪神と示す蓮蛇命の思惑に絡め取られていたのかもしれない。
 事古主の姿の具現化は全盲のヒサが筆で表した図案を元に、京都の鏡師の巧みな手による大きな青銅鏡として、その姿を信者たちの前に披露した。
 ヒサが幻視する事古主の姿は、例えれば海月、もしくは蛸、烏賊などに近い無数の触腕を持った海洋生物の印象を持ち、頭頂部と思われる両端からは龍の鉤爪に似た物が突き出しているように見えるという。また背中から伸びた巨大な羽は、仏像の光背のように四方の彼方へ広がり、その形状しがたい全体像ゆえに、他のどの神仏にも増して神々しいものであるとヒサは語った。
 ヒサの図案に鏡師の豊かな想像力が加わって、その青銅の大鏡に施された意匠の芸術性には、神の御霊が宿る依代に相応しい荘厳な輝きがあった。それが神前に据えられた時の信者のたちの感動は初めてヒサの奇跡を目にした時のようなざわめきに満ちて、御利益を願う真摯な祈りが絶えず湯島天神下に響いた。
 教義と信仰の対象物の完成を機に、教団はこれまでの単なる宗教団体から、晴れて役所の審査を通った宗教法人として「根来之御霊教団」という正式な教団名での活動を始める事となった。各地から噂を聞いた物見高い参拝客も集会所を訪れるようになり、歯科医院の二階以外にも教団の集会所となる場所を都内に展開していった。
支部として候補になる建物の買い上げや借り上げなどを実質的に行ったのはやはり安西で、私は出る幕がない苦々しさを感じながら、その思いを教団の機関誌や宣伝ビラ制作に刷り込んだ。
 ヒサが教団に照らす光の陰が私なら、安西は紛れもなく陽だった。持ち前の面倒見の良さと頼りがいがヒサに次ぐ牽引力を生み出し、彼なくして教団の発展はないと教団の誰もが感じていた。安西のこれまでの功績と更なる活躍を期待する信者たちの間からは、彼をただの幹部から理事長として正式なポストに推薦する声もあり、そこには名ばかりの幹部で地味な事務作業ばかりを請け負う私との間に明確な差を付け、より良い組織作りのための体制を図る気運が見られた。
 各支部の支部長や有力な信者たちが密かに会合を開き、水面下で着々と新体制作りを押し進めていく様子を、私は教団の隅からただ黙って静観していた。安西と私の歴然とした差を前にして無駄な派閥争いを展開する事もなく、最早焦燥が諦念に変わりつつあった私は、最終的な事の次第をヒサの一存に委ねた。
 若い頃から神様一辺倒の生活をしていたヒサは、教団が抱えるそういった世俗的な煩雑事に疎いのか、あるいは無関心とも取れる態度で「それが神の意志であるならば」といつも成り行きに任せた決断を下す。自分の本分は事古主との交感によって神が理想とする事柄を信者たちに指し示す事であって、そこには神を主体とする一貫した姿勢だけがあり、私情を挟む余地が全くない無我の境地で物事を捉えているように私には見えた。もちろん教団の発展に安西が大きく貢献している事を認めてはいるが、それは安西を通した神の働きの一環として、安西個人に対する評価というよりも偉大なる神の業績を称えた感謝の意に他ならない。
 ヒサはそれぞれの立場に関係なく、幹部の私たちや末端の信者たちにも常に母親のように平等な愛でもって接した。自分が神に選ばれた特別な人間であるという驕りは微塵もなく、ただ自分を慕って付いて来てくれる人間に純粋な奉仕の気持ちで向き合っている。
 そんなヒサの偉大な庇護の中で一喜一憂している私の人間としての浅ましさが災いして、教団の麗しい信仰がもたらした幸福の覆いに邪な闇の浸入を許す亀裂を生じさせたのかもしれない。
「急にこんな話をしてもさぞ驚かれるでしょうが、私、昨晩夢枕に立った事古主の神さんとまぐわい、その子を身ごもりました。その子は人類本来の姿を持った真の神の子です。子はまもなく生まれます」
 ある日、ヒサに話があると呼ばれた私と安西はヒサの口からそんな衝撃的な告白を聞かされた。いつになく飄々と語られる事の重大さに私と安西も初めひどく困惑したが、ヒサからその子供の養育者として私と安西のどちらかを自分の夫として迎え入れたいという願い出があった時は、私がこれまで味わって来た辛酸の総決算を求められているようで、どんな手を使ってでも絶対後には退けない激しい闘争心が安西に対して初めて沸いた。
 教祖の世話係として常に側に仕えていた私が見る限り、神様一辺倒を貫くヒサに教団を含め、他所の男の影がちらついた事は一度もなかったが、それでも私はヒサと安西の間に密通があったのではと思い込み、養育者としてどちらが相応しいかまでを事古主の託宣に委ねようとするヒサをこの時ばかりは本気で呪った。
ヒサは安西に妻子があるなんて事も全く考慮に入れていないようで、むしろ二人の後ろめたい関係の打開策として、託宣を虫の良い口実に使い、晴れて安西と所帯を持つつもりではないかとさえ思った。それが事実であろうがなかろうが、闘争心と嫉妬で狂い立つ我が身の暴走を止めることは事古主の威厳を持ってしても不可能と思われた。
 この頃私とヒサと幹部数名は教団が新たな本部として構えた荻窪の集会所に住居を設けそこで寝泊まりしていたが、私は他の者が寝静まった深夜にヒサが毎日の日課として神前に籠もる機会を狙い、その神気高まる清浄な空間を、密かに募らせて埋没しかけていたヒサへの想いをおぞましい肉の欲望に変えて汚した。
初め戸惑いはしたものの不思議とヒサの抵抗を見ずに獣のようなまぐわいを終えると、私の中で歓喜に満ちた征服感が膨張し、その後すぐにそれが人類の希望の芽を摘んでしまった喪失感となって収縮した。そして後に残ったのは深い後悔だけだった。
 託宣の結果、ヒサが身ごもった子供の養育者として選ばれたのは私だった。それが本当に託宣によるものか、それとも不覚にも私と肉体関係を持ったヒサの心情から来たものかは分からないが、私はここへ来てようやく、自分に付与された新しい役目を全うするべく、どんな困難も背負い込む覚悟を決める事が出来た。もちろん信者の中にはこの決定に異論を挟む者もいたが、ヒサの夫という立場を得た私は、安西と対等に渡り合える自信すらも手に入れたかのように、自分を擁護する信者たちを率いて、いつでも教団内での権力闘争に望む構えを示した。
 この頃の安西はすっかり極道から足を洗い、堅気の人間として教団の活動に従事していたが、私は何か事が起こる度に、彼の黒い過去の経歴を持ち出しては、それを判断材料の一つとして信者たちが考慮するよう、心理的な誘導を図り、安西を慕う信者と私を慕う信者の圧倒的な派閥間格差を拮抗させた。
 そんな中誕生した貴臣(たかなお)は事古主とヒサが織りなす最大の奇跡の顕現となるはずであったが、生まれて来た子に対する教団の反応は、聖母マリアが神の子イエスを出産した時のような祝福をもたらすものではなかった。
 それは生まれたばかりの貴臣が顕著に示す、乳幼児にあるまじき異質な形態による所が大きい。ある種の身体的障害ではあるのだが、その原因となる医学的根拠を求めた時に医師たちが見せた困惑は、合理的な思考を完全に放棄した不条理に支配されていた。
 小さな頭部に比例しない異様に大きく見開かれた両の眼、鰓としての機能を持って発達するかのように張り出した顎骨、そして決定的にその異質さを際立たせたのは、鱗状に硬くなった皮膚と母胎内での成長過程で取り払われるべき水掻きがその両手にそのまま備わっていた事だ。
 見た目の異形にさえ目を瞑れば五体満足、身体機能にも何ら不具合のない元気な男の子ではあるが、霊長類の我々とは似て非なる物だった。
 神に高貴な姿を想像してしまうのは人間の身勝手か? 
 私はこの異形の姿を持って生まれて来た貴巨に、我が子ながら愛情を感じる事はおろか、言い知れぬ恐怖と不吉な予感めいた感情を募らせた。その感情は、至上の喜びを持って異形の子を腕に抱いて愛でるヒサにも向かい、二人を拒むようにただ立ち尽くしていた。
「もっと近くでこの子を見てみなされ。事古主さんの面影がよく映えておりますでしょ」
 そう言ってヒサが腕に抱いた子を私の方に寄せて来た時、私は父親の身でありながら思わず我が子から後ずさった。私はその時ヒサが初めて感情を剥き出しにした瞬間を見た。それは私たちが出会って共に歩んできた人生においてたった一度だけだ。
「貴方の血が混ざらなかったら、この子はもっと尊いお姿でこの世に生まれるはずだったのにっ」
 突然声を荒げてそう言い放ったヒサの目には私に対する底知れない憎悪と憤怒が宿り、一切の私心を捨てたかのような観音の境地にも、一厘の鬼神が潜んでいる事を教えた。
 その非難は私の陵辱的な行為でヒサの貞操観念が乱された事から来るのではなく、神の壮大な計画の主軸を、私の浅ましい自尊心によってねじ曲げられた事によるのだろう。そんな母と子の慟哭が鋭い蔑みの一矢となって、怯えきった私の胸に深く突き刺さった。
 それから私とヒサは正式に夫婦として籍を入れたが、教祖と幹部という教団内での立場は変わらずしっかりと守った。
 ヒサと私の間にあった姦淫は絶対に外部に漏れてはならない二人だけの秘密として、今日までこの手記以外にその事実を誰にも告白しないで来た。それが故に対立する派閥の信者たちからは私が教祖の夫、貴巨の養育者として収まる事に疑問を投げかける声や、露骨なまでの憤りをぶつける者もいた。
自分にその資格がない事は誰よりも自分がよく知っている。それでもヒサが私が選び、貴巨に私の血が通っている以上、結果はどうあれ私には自分が引き寄せた運命を全うする義務があった。
 幸いだったのは、私がこの件に関して一番その反応を懸念していた安西だけが何も言わずにただ祝福の目で教団の新たな門出を見守ってくれた事だ。これを機会に手打ちというわけではないが、安西は教団、そして私たち親子の万全を期すため、今後も理事長として尽力する事を約束してくれた。
 愚かなのは私だけ。疑心暗鬼に駆られた私の懸念など一切不要だったのだ。真の信仰に目覚めていた安西にはそもそも私と対立する理由など何もなかったに違いない。もし安西が私の代わりに貴巨の養育者として選ばれていたら、我が教団の悲劇は食い止められたかもしれない。
 いくらか神の姿をその身に顕しているとはいえ、人の子とは著しく異なった容姿をしている貴巨を私は極力世間の目に晒すべきではないと思った。信心深い信者たちにさえ目を背けさせるところがある貴巨の姿が、世間一般の人々に与える印象を考えれば、神の子どころか悪魔として揶揄されても当然だ。大人になった貴巨個人にどんなに強い意志があろうと、二代目教祖としての道は生まれた時から確定したものであり、教団内の枠を離れての社会生活は認めたくても認められないのだ。いくら私が実父であろうと、私の教育方針など無いに等しく、これが教団の精神だとばかりに、あくまで教祖の養育者として、ヒサが歩んできた神様一辺倒な生活をそのまま幼い貴巨にも要求した。
 すやすやと眠る寝顔を早朝五時に無理やり起こし、自宅の風呂場で水垢離をさせ、神前にて母親のヒサと共にその日一日の教団の平和を祈願させる。
ヒサが貴巨に注ぐ期待の大きさは私の想像以上で、そこに課せられた精神修養は過酷を極めた。公の教育機関に通う事さえ許されない貴巨は、半ば教団本部に幽閉された形で一時の自由も与えられないまま、教員資格のある信者たちから交代で学習指導を受け、残りの時間は全て母親のヒサの下で霊的修行に費やされる。世間の子供が外の世界で一家団欒や友達と遊んで楽しそうな笑い声を発している時、貴巨はひたすら教団の祝詞を高らかに秦上していた。
 物心ついた時からそんな毎日を繰り返していた貴巨は、いつしか人間らしい感情の起伏を全く見せなくなった。起床時の辛そうだった表情も消え、真冬の水垢離も平然とこなすようになった変化は死をもいとわないストイックな行者の域に達し、見方によっては麻酔患者が苦痛に対して無反応でいるようでもあった。そんな子供らしさの欠如をヒサは教祖としての自覚が芽生えたと喜んでいたが、私にはそれが不憫であると同時に、魚や爬虫類に似た異形の姿が本来備えている冷血さを示し始めたような薄気味悪さを感じた。
そして一つの不満も漏らさない良く出来た息子の成長がどこか忌々しく、それを容認して疑わない母親のヒサにも次第に違和感を覚えるようになった。
 確かに私もヒサの神秘的な部分に惹かれて彼女を想うようになったのではあるが、私は神の使いとして毅然としている教祖ヒサよりも、世を儚んで薄汚れた繁華街の辻に立っていた献身的で人間臭いヒサを愛していたかった。
 母子ともに事古主への回帰に狂っている。私はその片棒を担ぎ、やがて自分も事古主に狂わされる時が来るのをあらがえぬ運命としていつしか静かに待っていた。
 貴巨が成人を迎えた時、教団の信者数は全国で三万人を越えた。教団の繁栄を世に知らしめるべく、募った寄付金で奥多摩の広大な土地を手に入れた我が教団は、そこに教団の総本部となる大神殿を建設した。
 その見た目から出雲大社の真似と揶揄される事もあるが、鉄筋を基礎にした石材の大神殿は、海の底深くに沈んでいる事古主の社”古宮(ふるいえ)”の具現化だ。ヒサの幻視による古宮は、複雑な曲面と曲線を持った、暗緑色の巨大な石柱群であるらしく、この世の建築物としてそれを完璧に再現する事は到底不可能な形状のものだったが、事古主の神々しい姿を具現化した大鏡は古宮に安置するのが相応しいとの託宣を得て、幹部連中と教団内の有識者による会議の結果、石の大社作りが最善案だという事でここに完成を見た。
 私たち一家は大神殿の敷地内に新たな住居を設けてそこに移り住み、大都会の喧噪を離れた奥多摩の山林に貴巨を幽閉し直す事で、二代目教祖の神格化をより一層深めたのだ。
 初めから自由など無い貴巨にとっては小さな鳥籠から大きな鳥籠に移る程度の気休めにしかならないのだろうが、これまでよりも世間の目に触れる危険性が少ない分、貴巨の外出に関しては私もヒサも特に警戒する必要はなかった。それでも貴巨は自分の置かれている立場をわきまえてか、自ら神殿の敷地内に留まり、外の世界には一切興味を持たなかった。
 大神殿は教団が最も神聖な祭祀場と位置付ける場所でもあったので、一般の参拝はおろか、幹部以下の信者たちにも特別な式典以外は開放を許していなかった。特に年に一度だけ行われる事古主復活の神示はヒサと貴巨の二人だけで内密に行われ、一昼夜閉め切った状態の神殿内には何人であろうと立ち入る事が出来ず、神示の詳細は二人の間で完全に秘匿されている。
 教団創設五十周年の節目に、貴巨がその秘匿を開示して、事古主復活の神示を他の信者たち参加で行う決意をしたのは、ヒサの意志に従ったものだ。
「貴巨、私らの教団が五十年を迎える星巡りが、奇しくも事古主の神さんがお目覚めになられる最大の機会だと、昨夜お声があった。私は一足お先に事古主の神さんを出迎えに古宮へ戻るが、あんたには事古主の神さんのお目覚めを手伝って、皆を誘導する大事なお役目があるから、抜かりのないよう心しておけよ」
 ヒサがそう言い残してこの世を去った時の事を私もはっきりと記憶している。
 数日前から床に臥していたヒサは、永遠に歳を取らない美しい少女のままの面影を急激に衰えさせ、貴臣同様の異形な姿になり果てていた。最後に私を看取るのは貴臣だけでいい、と母子二人きりで神殿に籠もり、その後貴臣だけが一人で神殿から出て来たが、貴巨の口からヒサがその後どこへ消えたかは何も聞かされていない。
 ヒサの死をこの目で確認したわけではないが、ヒサがもう二度と教団に戻らない事だけは、長年ヒサに連れ添って来た私の不穏な感情の動きが察していた。
 夥しい献花と遺体の無い空の棺を前に二代目教祖貴巨によるヒサの神前供養が執り行われ、初代教祖の逝去はその内実を伏せたまま、集まった信者たちの悲しみと共に神話となった。

「手記による、二代目教団の諸事情」

ヒサの死がマスコミを通じて世間に発表されると、その後継として教団を背負う貴巨(たかなお)にも必然的に世間の注目が集まるようになった。奥多摩の神殿に閉じこもって全くその姿を見せようとしない二代目教祖への世間の反応は好奇に満ちていて、母親ヒサの美貌を受け継いだ美男であるとか、母親同様の全盲が災いして、白目の醜態にコンプレックスを抱えている、など様々な憶測が飛び交った。 
 いずれの憶測も事実からはほど遠い印象のものだったが、その事実確認に躍起になった記者たちが連日のように教団本部へ押し掛けて取材を申し込むので、教団はその対応に追われて一時騒然としたものだ。そんな事もあり、これから教団を率いて行かなければならない人間の姿を世間から隠し続ける事に限界を感じた私は、安西と幹部連中だけを集めた会議で公の場に教祖が姿を現す時の代理、つまり影武者となる者を教団の人間から立てる案を検討する事にした。
 貴巨の異形が一般の人や末端の信者に与える衝撃は計り知れない。多くは教団を離れ、これまで教団が享受して来た神の恩恵は悪魔の所業の賜として、世間からカルトの汚名を着せられることになるだろう。教団の存続さえも危ぶまれるこの事態を打破出来るのは表向きの代理教祖を立てる事以外にないと思われた。
 安西は会議の場で、教祖不在で代理の案を検討する事に不服を示した。教団の行く末を決める事柄は全て神の意志、それはすなわち教祖の意志決定によってなされなければならないものだと主張し、貴巨を蔑ろにして密かに動こうとした私の行為を咎めたのだ。安西の忠誠心は初代教祖のヒサだけでなく二代目教祖の貴臣に対しても絶対的なもので、代理教祖の件に関しては教祖の一存次第だ、と言い切って一人席を立った。
 その時の私は貴臣の父親、そして二代目教祖の養育者という立場で思い上がっていたのかもしれない。ヒサには及ばないにしても貴巨にも神の奇跡を顕現する力は付与されている。それゆえに教祖なのだ。
 教団の真柱が仮物であっていいはずがないのだ。ヒサを失った空しさからか、私はその事をすっかり忘れていた。
 私はお勤めを終えた貴巨と二人だけで神殿に籠もり、教団の今後について、二代目教祖が考える本音の意向を真正面から受け止める事にした。
「私の姿が世間的にすごく醜い物である事は自覚しております。たやすくは受け入れてもらえないでしょうね。それでもこれが事古主様が人間に望む真の人の姿であるなら、私には世に自分の姿を示して、多くの人を事古主様の安らぎの下に導く使命とします。いずれ機会を設けて、私は堂々とこの姿を世間に公表するでしょう」
 私はこの二代目教祖の決意を安西以下幹部たちにも伝え、なるべく早急に二代目教祖を公の場に登場させる手筈を整える事にした。
 安西の機転と人徳を利かして考案した二代目教祖お披露目式は、教団が日頃から懇意にしていた政治家や大手企業の社長、マスコミ関係者などを招いて、奥多摩の教団総本部にて盛大に行われた。
 二代目教祖貴巨が初めて教団の外に顔を出すのだ。少しでも見た目の印象を良くするため、私たちは貴巨が着る神官の衣装や立ち居振る舞いの指導などに細心の注意を払って式に臨んだ。
 神殿の正面口の庭を式場に、錚々たる顔ぶれの列席者たちが興味深げに控える中、神殿内での祈りを終えた貴巨が整然とした歩みで公衆の面前に初めて姿を現した。
 私にとっても教団にとっても緊張の瞬間だった。マスコミのカメラが一斉に貴巨へ向かったが、そのシャッター音が響いたのはほんの僅かで、すぐに誰もが目の前に現れた異形の教祖に対して唖然とした表情を浮かべていた。 列席者の中にはひどく怯えて狼狽する者やあからさまな不快感を示す者もいたが、混乱する式場内において渦中の貴巨だけが一人毅然とした態度で佇んでいた。
「皆様が私の姿に驚かれるのは無理のない事です。根来之御魂教団初代教祖折口ヒサに代わり、二代目教祖となる私、折口貴巨は生まれながらにしてこのような姿でございます。
 御覧のとおり、人の常識からは大きく外れた異形でありますから、集まって頂いた方の目には見るに耐えない醜悪なものとして映っている事でしょう。ですが私の話をよく聞いて頂きたい。この人から遠ざかった私の姿こそ、我が教団が崇める事古主への回帰の証。すなわち人間が神人として本来持つはずだった神の似姿なのです。事古主の子として未来永劫にその加護を約束されています。事古主を崇め、一心に回帰を望む者は皆等しく私同様の姿を取って、神と共に世の建て直しを進め、やがて一切の苦しみがない至福の世界へと至るのです。
 信者の皆様、そしていつも教団を応援してくださっている皆様、何も恐れる事はありません。私のこの醜い姿が尊いものである事を信じ、共に神の道を付いて来る者は必ず救われます。
 ……とは申しましても、私のこの姿に恐れを抱き、懐疑的な気持ちを持つ人がいる事も当然認めなくてはいけません。だからこれを機に教団の信仰から去る者が出たとしても私はそれを咎めません。私は二代目教祖として、初代教祖の偉業に恥じぬよう、今後どのような困難が待ち受けても、それに屈せず邁進する所存でございます。今私は事古主様に自身の信仰を試されているのです」
 皆がその奇形な顔立ちに注目する中、貴巨は神殿からそんな一同の好奇と畏怖の視線を跳ね返すように見渡して、一切の感情を表に示す事なく、二代目教祖としての決意と信念を粛々と語った。
私はその静かに響く演説にかつてヒサが見せた孤高の姿を重ね、ひたすら神に仕えて精進する事を余儀なくされた二人の間にある、親子の情を越えた強い絆みたいなものを確かに感じた。そして貴巨が血の通っている我が子であるという事実を忘れ、私はこのお披露目式を機に養育者としての役目を自ら解き、晴れて教祖と信者の関係になる事で、私は残りの人生も引き続き教団と運命を共にするつもりでいた。
 その後マスコミが世間に流布した二代目教祖の実像は、案の定、怪奇な印象を主体にした見せ物小屋の宣伝文句のような言葉ばかりで語られ、教団の内外に大きな波紋をもたらした。
 全国の支部で末端信者たちの脱退が相次ぎ、信仰に熱心だった信者たちの間にも他の教団に鞍替えする動きなどが見られた。
教団が拠点を置く地域の住民たちは、以前まで無関心か寛容な態度で接していた教団の活動に、悪魔崇拝を想像した不名誉な疑惑を抱くようになり、信者たちに向けられる視線や言葉には批判や監視の含みが明確に見て取れるようになった。
 その結果我が教団は全盛期の半分の信者を失い、活動の規模もそれに合わせて縮小の一途を辿った。世間の信用が失墜した事を理由に、懇意にしていた有力者たちの後ろ盾も減り、教団は社会から孤立したような状態で、残った信者たちの厚い信仰だけを支えにしてその活動を細々と維持させた。
 既存の宗教が示す神、またはそれに仕える聖者たちの姿は、いずれも溌溂とした老若男女の貴く美しい姿として、当然のようにその宗教芸術の中に描かれる。実像はどうあれ、既存の宗教が神秘的なものを美化し続けて来た慣習の効力は絶大で、いつの世も世間は神秘の対象であれば美しいものだという思い込みを潜在的に持っている。反対に生理的な不快感を与えるような醜い姿は悪の顕現として神に裁かれる非情な運命を背負わされて来た。それゆえに異形の神である事古主とその顕現である貴巨がどんなに貴い存在であるとしても、その主張は闇雲に世間をかき乱すだけで、教団が理想とする事古主への回帰は常軌を逸した集団の戯言して、教団の枠を越えて浸透する事はなかった。

「在野の宗教学者による事古主についての言及」

そんなある日、在野の宗教学者だと名乗るどこか風変わりな男が教団本部を訪ねて来た事があった。
訪問のきっかけはやはり新聞や雑誌に掲載された貴巨の異形と教団の教義に関する興味であるらしく、男は事前にアポも取らず、直接教祖に会って話を伺いたい、と半ば強引に面会を申し込んで来た。
 事務員が急な来客には対応しかねる、とやんわりとした姿勢で面会を断ろうとしても、男は会ってくれるまで何時間でも待つと居座り続け、仕方なく事務員からその連絡を受けた私が、教祖に代わってその男の応対に当たった。
 世間の偏見を少しでも払拭したい思いから、面倒な来客といえど相手の素性も良く知らずに邪険な扱いは出来ないと思い、私は男を応接室に案内して、男が教団を訪れた目的を探った。
 見てくれを気にする暇もないほど宗教学にのめり込んできたのか、着古した地味な背広に山高帽を乗せた初老の宗教学者は、病的なまでに青白く痩せこけた髭面を突き出し、ソファに腰を落ち着けていられないほど興奮した様子で「教祖はいつ来るのか?」と一刻も早く教祖との面会を待ち望んでいる様子だった。
 その礼儀を欠いた言動や落ち着きのない態度には、何かを強烈に盲信している者が示す危うさのようなものがあり、私は男が教団に何らかの危害を加えるつもりで来た変質的な人物である可能性も考慮して男を十分に警戒しながら、努めて平静を装って応対した。
 男ははじめ、幹部である私が取り次いでも教祖直々でなくては話にならない、と不満を漏らしていたが、私が先代教祖の頃から教団に関わっている古株だと知ると、いくらか態度を和らげて、持参した鞄から教団が発行している機関誌と、ファイルに入った幾つかの書類、それから随分使い古した大学ノートを取り出し、我が教団が崇める事古主について、その男が長年独自に研究して来たという未知の神々(男が”旧支配者”と呼ぶ)との比較を一方的に捲し立てた。
 我が教団が崇める事古主は、その名にあてがわれた漢字の印象などから、一見すると記紀神話に登場する神名のようにも思えるが、これはヒサが自分に舞い降りた神を、記紀神話に倣った形で当てはめたもので、実際は”事古”(ことふる)という語感に近い想念をヒサが受け取ったものに過ぎない。
 在野の宗教学者の男は、その”ことふる”に似た響きを持つ神の名が世界の各地にも存在すると、無造作に並べた書類の中からそれに該当する事例を幾つか示した。
 南太平洋ポナペ諸島、アメリカ・マサチューセッツ州、南米ペルー、オーストラリア、アラスカ北部。これらの地域にクトゥルフ、あるいはク・リトル・リトルという呼び名の神を崇めている土着の信仰やカルト集団が存在し、互いに場所を隔てた地域にも関わらず、同一と思われる神話構造や儀式内容を共有していた。しかしその多くが異形の偶像を配した祭壇に人身御供を捧げるといった残忍な行為を伴うものであったり、陰鬱とした夜の暗い森や廃墟になった教会の地下などが祭祀場として選ばれ、人目を忍んで秘密裏に行われているのが常だった。
 邪教と言ってもいい彼らの目的は、クトゥルフ神の復活にあり、かつて太古の地球の支配権を取り戻したクトゥルフ神による新たな時代の到来だという。
 在野の宗教学者はどうもそれを問題視しているようで、このクトゥルフという特殊な神の持つ神格、または性質は人類が崇める対象として相応しいものではないと強く主張した。
 人間が微生物に何の情も持たないのと同様に、クトゥルフ神は人類にとって無慈悲な存在であり、その禍々しい姿が誇る超越的な力は人類に恩恵を与えるどころか、計り知れない脅威をもたらすものになるという。
「アンタらは、人類の幸福のためだとか言って何の気なしに信仰しとるようですがね、私に言わせればクトゥルフに誑かされて、その復活の手助けをさせられとるにすぎんのですよ。これが行き着く先はこの世の地獄……」
 男は根来御魂教団の事古主もクトゥルフ神だと睨んでいたようで、教団が秘儀としている「事古主復活の儀」について教祖の口から直にその詳細を聞きたいと切に願っていた。
 私は男が語るクトゥルフ研究に少なからず興味を覚えたが、あくまでこの在野の宗教学者独自の解釈に過ぎないとして、この時は到底受け入れる事が出来ないと、教祖との面会をきっぱりと断った。
 男はその事にひどく腹を立て、貴巨の示す異形を揶揄したものか、「アンタら教祖の醜い顔、あれはクトゥルフの眷属である”深きものども”が示す顔だ。ルルイエに沈んで眠る太古の悪の体現だっ。手遅れにならんうちに復活の儀をやめさせねばならん。そのうち必ず犠牲者が出る事になるぞ」と騒ぎ立てた。そして男が「教祖を出せっ」となお居座り続けようとするので、私はこれ以上騒ぐと警察へ通報する、と男に警告した。男はそれで渋々手を引いたが、去り際にもし万が一クトゥルフが復活するような事態になったらと、私にある物を託した。
 それは「セラエノ断章」と呼ばれる古文書のようなもののコピーで、そこにはクトゥルフに対抗する唯一の手段となり得る知識が記されていた。
 私はこの事を貴巨の異形を表沙汰にした弊害の一つとして、その時はさして重く受け止めなかったが、後日、教団内で起こった奇妙な出来事がきっかけで、私は男の話が真に迫って来るような恐怖を認めざるを得なくなった。

「事件の真相・そして事の顛末」

事件の発端となったのは満月の深夜を選んで執り行われる事古主復活の儀の翌日に、信者の一人が教団から忽然と姿を消した出来事からだ。
 行方が分からなくなった信者は都内の支部に在籍する末端信者の青年で、家族から連絡を受けた本部職員の話によると、「教祖に会いに本部を行くと言って家を出たきり戻ってないという。
 日々の悩み、煩いを直に聞いて欲しいと、教祖との面会を望む信者は多く、本部の方でも出来る限りの対応をしてはいたが、信者といえど、教祖との面会には本部への申請が必要で、教祖の日程が空いている時間に限り面会が許されている状況だった。
 行方不明となった青年からその申請がなかった事や、当時本部の方に直接青年が訪問した形跡もない事などを踏まえ、教団は青年が教祖との面会を口実に失踪した疑いを持ち、すぐに警察に捜索願いを出したが、失踪後の青年の足跡を教える情報は何一つ入って来なかった。
 教団が世間から排斥された状態にある事が信者たちの信仰を揺らがせ、その気の迷いが青年を失踪に向かわせた要因だと考えていた私は、青年が忽然と姿を消した一月後、またも事古主復活の儀と日を重ねたタイミングで消息を絶った信者がもう一人出た事でその考えがあっさりと否定された。
この信者も先に失踪した青年同様、「教祖に会いに行く」という言葉を残したきり姿を消したので、不確かではあるがそこに何らかの事件性を感じた私は、警察にも二人が何らかの犯罪に巻き込まれた可能性がある事を示唆して動いてもらう事にした。
信者たちには教団に対して悪意を持つ者たちによる妨害活動もあり得ると警戒を促し、私個人も二人の失踪事件を密かに探った。
 二人が在籍していた支部を訪ね、信者たちに失踪以前の二人に何か変わった行動はなかったか、聞いて回った結果、二人の意外な共通点が浮かび上がって来た。それは幹部の安西が二人が失踪前する前に支部を訪ねていて、二人と何か人目を忍ぶように話を交わしていたという事実で、内容までは掴めなかったが、安西と話を交わした後の二人が妙に嬉々とした興奮状態を示していたという。
この些細な情報がすぐに失踪事件と結び付くわけではないが、私は一つの手かがりになるような気がして、安西にその事実を確認した。安西は二人が在籍する支部に用事があって出かけた事は認めたが、二人と話を交わした事については覚えがないと言った。たまたま顔を合わせて挨拶程度の話はしたかもしれないと、安西は私が微かに不審の目を向けても平然とした態度を崩さなかった。
 それでも懸念していた三人目の失踪者がまた事古主復活の儀の際に出た時は、安西の動きを見張らせていた本部の信者の証言で、教祖しか立ち入る事のない神殿に、安西が人目を忍んで出入りしている姿が確認された。
 教祖しか立ち入る事が出来ない教団の深奥部に安西が入り込んでいる事実は教団にとって由々しき事態だった。
 事古主復活の儀は、ヒサ亡き後も教祖貴巨が教団の威信にかけてたった一人神殿に籠もり続けられる神聖なもののはず。
 私の知らない間に何か良からぬ事が進行しているような気がした。人間が真の神に回帰して永遠の幸福を得るためになさねばならない祭祀の場に、なぜ安西が関わっているのか? そしてそれを黙認している貴巨の意図は何なのか? 
私はその時一刻も早くその疑念を取り払いたかったが、なぜか二人に直接その事を問うのだけは躊躇われた。
 クトゥルフ。事古主にその異質な神の名が重なり、以前在野の宗教学者が言い放った忠告が頭を掠めた。
 クトゥルフ神の復活を願う儀式には常に血生臭い生け贄が用意され、その内容は悪魔的に陰惨なものであると、確か在野の宗教学者は言っていたのではなかったか?  
 自分たちの崇める神の思惑が邪なものでない事を祈りつつ、私は努めて普段通りの教団生活を送りながら、事古主復活の儀が近づくと、細心の注意を払って、安西と貴巨の動向を見張った。
 安西が練馬の支部に向けて自家用車を走らせたのは復活の儀の四日前だった。本部の事務員には「ちょっと所用で出かけてくる」とだけ告げたらしく、行き先も帰りの時間も分からないという。それと同様の事は先月も先々月にもあった。
私はあらかじめ都内の各支部の支部長に、安西が支部を訪ねる事があったら連絡するように伝えてあったので、安西が外出した数時間後に練馬の支部から報告を受け、タクシーを呼んですぐにそちらへ向かった。
 私は到着するとすぐ練馬の支部長に安西の所在を確認し、支部の入口が見える位置にタクシーを止めて張り込み、安西が出て来るのを待った。安西が普段幹部としての用事で来るなら教団の公用車を使うはずだし、各支部にはそのために設けた専用の駐車場がある。練馬の支部の駐車場に安西の自家用車はなく、その様子から安西が出来るだけ人目を避けて動こうとしているのが分かった。
 こそこそ動き回るのは安西の性分に合わない気もするが、それが貴巨の指令であれば、教祖に絶対の忠誠心でもって有無を言わず遂行するだろう。私が知りたいのはその目的だけだ。
 練馬の支部から出て来た安西をタクシーで追跡すると、安西はそこからどこへも寄らずに教団本部へ戻った。練馬の支部長に安西が支部を訪れた理由は何だったのかを尋ねると、はっきりとした名目はなく、ただなんとなく様子を見に来た感じで、二、三人の末端信者に声をかけてしばらく話してから支部を後にしたようだった。声をかけられた信者たちにも事情を聞きたいところだが、彼らから安西に私が探りを入れているような事が知られるとまずいので、ひとまず支部長に彼らの監視を任せ、事古主復活の儀で彼らが安西と接触する瞬間を捉えようと思った。
 事古主復活の儀当日。練馬の支部長より、安西に声をかけられた信者の一人が「教団本部へ出かける」と言って外出したとの連絡を受けた。私の方は本部で安西の動きを追っていた。その日安西は全く外出する様子を見せず、本部が閉門する時刻まで事務所に詰めて公務に終始していた。その間、私が見ていた限りでは、貴巨と二人きりになる場面や外部とこっそり連絡を取るような動きもなかった。
 事古主復活の儀が行わるのは深夜だ。閉門後の本部には私と安西を含む幹部たちと宿直の事務員が何人か残るくらいで、それぞれの公務は遅くても夜の九時を回る頃には全て終了する。
 神殿の鍵は朝晩の勤めがある教祖が直接管理しているので、参拝時間以外に自由に出入りが出来るのは教祖だけだ。深夜に教祖以外の人間が神殿に出入りしているとなれば、それは教祖が何らかの理由で招き入れているとしか考えられなかった。
 私は安西が自家用車に乗って帰宅するのを見届けてから本部敷地内の邸宅に戻った。
 先に公務を終えて戻っている貴巨の履き物が玄関に整然と揃えてあった。事古主復活の儀がある日の教祖は、夕方には一人邸宅に戻り、神殿に籠もる深夜の時間まで自室で仮眠を取る。何も変わった様子はないが、この平常を装った空間が、満月の度に一番側にいるはずの私の目を欺いて来たのだと思うと、どこか違和感があるような気もした。
 貴巨が神殿に入るのは私が完全に眠りについた後だ。私の眠りを妨げない配慮からか、貴巨はいつも物音一つ立てずに、気付くとそっと邸宅を出て行たので、その正確な時間は分からない。復活の儀は夜通し行われ、私が次ぎに貴巨と会うのは日付が変わった朝のお勤めの時だ。
 教祖と安西が私を欺いたように、私も二人を欺いて真相を知らなければいけない。普段どおり就寝時間には自分の部屋の明かりを消したが、暗闇にしっかりと目を凝らして、貴巨の繊細な振る舞いを捉えるため、部屋のドアの側に身を潜めてその機会をじっと待った。
 長い時間邸宅は静まり返っていて、ドアの隙間から廊下の明かりだけが漏れていた。それをぼんやり眺めながら眠気を堪えていると、ふと音もなく私の部屋の前を影が過ぎった。貴巨が部屋を出たのかもしれないと思い、耳を澄まして微かに聞こえる物音を追った。
 物音が消え、再び邸宅内が静まり返った時に私も部屋を出た。なるべく物音を立てないように玄関に向かうと、案の定貴巨の履き物がなかった。真っ直ぐ神殿に向かったかどうかは分からないが、とりあえず神殿の裏手に回って様子を窺うことにした。玉砂利を敷いた広い境内は月明かりで周囲がよく見えた。安西とふいにはち合わせる危険を避けるため、神殿までのわずかな距離を、闇が落ちた建物の陰や庭木の陰に沿って慎重に移動した。
 神殿の入口は正面の重厚な扉だけで、他に入れる箇所はない。神殿内から貴巨が厳かに祝詞を上げる声が忍び洩れていた。貴巨以外誰か他に人がいる気配はなかった。教祖以外の人影が神殿の中に入った情報が確かであれば、とりあえずここで身を潜めて待つしかない。安西か何者かが正面から神殿に入る動かぬ証拠さえ確認出来れば、あとは教祖を交えてその事情を聞くまでだ。
 探偵の真似事のような行動を取って来たからだろうか? ここへ来て何故か教団を裏切っているような背徳的な気持ちになった。幹部であり、教祖の養育者でもあったのに、貴巨は私より安西を信用している。誰よりも長年教団に連れ添って来た私を邪魔者扱いしてまで遂行しなければならない儀式とは一体何なのだ? 猜疑心と好奇心が綯い交ぜになってひどく落ち着かなかったが、そこにどんなおぞましい秘密が隠されていようと、最後まで決して目を背けずに見届ける覚悟だけはあった。
 神殿の外に張り込んでからどれくらい時間が経っただろうか? 遠くに車のヘッドライトがちらっと見え、本部付近の路上まで来ると静かに止まった。しばらくしてから月明かりの境内に二つの人影が入って来て、足早にこちらへ向かって来るのがはっきりと確認出来た。
 一人はやはり安西で、もう一人は練馬の支部で声をかけられた信者だろうか? まだ若い青年だった。
 私は安西が神殿の正面扉に手をかけ、中にいる教祖にノックで合図を送ったのを見届けてから、それまで潜んでいた物陰を出て二人の前に姿を現した。
「二人ともこんな所で何をしているのです?」
 私がふいにそう声を発すると、驚いたのは意外にも安西だけだった。私の方を振り返った安西は不意を打たれて呆然とした表情を浮かべていたが、青年の方は全くの無反応で、まるで夢遊病者のように虚ろな顔をしたまま突っ立っていた。
「どうしてここに?」
「それを聞きたいのは私の方ですよ、安西さん。事古主復活の儀は教祖以外の人間が立ち入ってはならないはず。それなのに何故あなたたちの姿が神殿にあるのですか?」
 私の質問に対して安西はひどく動揺しながら、返答のしようがない様子で口を噤んだ。
「君は練馬の支部の信者ではないのか? 安西さんに呼ばれてここに来たのか?」
 私は青年の方にも詰め寄り、ここへ来た訳を尋ねたが、青年はぼんやりと遠くを見つめたまま、意識があるのかないのかまるで応答がなかった。その瞬間私は青年が自分の意志とは関係なくここに連れて来られたのではないかと訝った。私は催眠の類をテレビのステージでしか見たことがないが、青年の示している症状はまさにそんな感じに見えた。
 沈黙を保つ二人を前に張り詰めた緊張感で膠着していると、神殿内の祝詞が止み、正面の扉が重く静かに開いた。
「神聖な儀式の夜に無用な騒ぎですね」
 重要な祭祀の時にだけ見せる正装姿の貴巨がそう言いながら表に出て来た。外の騒ぎを宥め賺すように微かに笑みを浮かべてはいるが、生まれ持っての異形がその顔を無表情に近い印象として映す。疾しい思いを秘めた様子や意を決したような素振りは微塵もなく、その人間味の無い冷静さには、これから打ち明けられる教団の深奥を、有無を言わさず強要する魔力があるようにさえ思えた。
「隠し立てするつもりはありませんでした。しかし私たち教団が目指す理想は常人の理解を遙かに越えたところにあります。事古主の復活は世界の在り方を大きく変えるのです。まだ事古主の足音が遠い今の段階では、この儀式に未熟な信者を介入させては教団に取って大きな不利益になりますので」
 未熟な信者。貴巨がそう言って初めて私に対する不信を露わにした。母親のヒサも交え、家族三人で同じ屋根の下で暮らした年月が私にとって驕りになっていたという事だろうか?
 貴巨は私が最愛の者に産ませた子だが、それを認めているのはどうやら私だけだ。無理とは分かっていたが、心のどこかに貴巨とは常に親子の情で繋がっていたい願望があった。私のその想いは神にひたすら忠実であろうとするヒサにも貴巨にも余計なものでしかなかったのだ。貴巨にとって無心で神に仕える事が出来ない者は皆、未熟な信者なのだ。
「中にお入りください」
 貴巨が私たちを神殿の中に招いた。祭壇に灯る蝋燭の炎で薄明るい神殿内は、しんと静まり返った広大な空間に、昼に感じる清浄さとは違った、神域への侵入を簡単には許さない厳格な雰囲気を漂わせていた。
 祭壇の中央で事古主の具現化である大鏡の御神体が蝋燭の灯りを受けてゆらゆらと光り、立ちこめる香の匂いに混じって、微かに海辺にいるような匂いを感じた。
 先に進み出た貴巨が神前に座して身を整えると、そこから少し離れた位置に安西と青年が座った。教祖に全てを委ねたのか、安西はすっかり落ち着きを取り戻し、青年の方はただ二人に合わせて機械的に動いている感じだった。
「儀式を続けます。毅一郎さんもお座りください。これから信じられない出来事が起こると思いますが、全て神示による幸福の兆しとして了承して頂きたい」
 貴巨の声に威厳が籠もった。深呼吸が繰り返され、大和言葉の持つ響きとは違った聞き慣れない祝詞、おそらくこの復活の儀特有の祭祀文が読み上げられた。
 どことなく未開社会の原始的な儀式を思わせる不明確な言葉と抑揚で発せられるその短い祭祀文の意味は、それを唱える教祖自身にしか理解出来ないものと思われたが、何度か耳にするうちにその中に一つだけ私にも理解出来る言葉が含まれている事に気付いた。
 クトゥルフ。あの在野の宗教学者が語った神の名だった。私の聞き間違いでなければ我が教団の神、事古主はやはりクトゥルフと同じ神であったのだ。
 復活させてはならないと警告された神の名を貴巨が唱える度、神殿内にひたひたと禍々しい気配が這い寄って来るような圧迫感を覚えた。海辺のような臭いもよりきつくなっている気がした。
 それが儀式により生み出された変成意識状態から来るものなのかは分からないが、神殿に響き渡る貴巨の声に混じって、大風が吹き荒れる唸りとも、獣の遠吠えとも取れる奇妙な音が聞こえ出した。
「あぁあぁあぁ、アアアァァァッ」
 音に反応したのか、ずっと黙って座っていた青年が突然そう叫んで立ち上がった。祭壇の大鏡を見つめながら、それまで虚ろだった表情が苦悶に歪んだり、歓喜に満ちたりと、複雑にころころと変化した。明らかに異常な事態にも関わらず、貴巨と安西は微動だにせず、平然とそのまま儀式を続行していた。
 私は言いしれぬ恐怖に襲われ、この事態を無理に理解しようとしたためか、頭が正気を保てず混乱した。
 神殿に変化をもたらしているものが青年が見つめる御神体の大鏡である事に気付いた時には、既にその巨大な振動音が始まっていた。音だけは激しく鳴り響くが、奇妙な事に神殿内はまったく揺れていない。
「毅一郎さん、聞こえますか? お目覚めになった事古主の足音が? しかしまだ復活するには力が足りないようなんです。私たちがもっと信仰を示さないと事古主はこの世に出られない」
 正面を向いて姿勢を正したまま貴巨がそう言った。貴巨の言葉に呼応するように振動音が一層激しく響く。
 アアァ、アアァ、と奇妙な呻き声を上げながら、感極まった青年が大鏡に引き寄せられるようにゆっくりと近づいていく。それまで気付かなかったが、側でまじまじと見る青年の顔がいつの間にか貴巨と同じ異形に変わっていた。
「この青年は熱心な信仰が成就して事古主に選ばれた名誉ある信者です。真の神人が示す姿で、これから一足先に事古主と母が待つ古宮に向かいます。そして事古主が完全に復活する日まで、その側でお仕えするのです」
 大鏡の前に立って自分の姿を映す青年の顔が鏡越しで至福の笑みを浮かべているのが見えた。その口元が微かに動き、何かを頻りに呟いている。その声は届かないが、私にははっきりそれが「クトゥルフ」と言っているように聞こえた。
「最初に古宮に行ったのは母です。母は死んではいません。夢見る事古主と一緒に我が教団が一致団結して、皆が神人になるのを待っています。教団五十周年の大祭の日にそれを成就させるのが私の役目です。準備は着々と進んでいます。誰にも邪魔はさせません」
 大鏡の中の青年が一瞬ぐにゃりと歪んで見えた。それは錯覚ではなく、鏡面が水を湛えたように波打って、そこに映ったものを歪めていたのだ。ずっと鳴り響いている奇妙な振動音が大鏡の中からのものだと気付いたのはその時だ。
「あぁぁぁああぁ、ああああっつつ」
 異常な興奮を示した青年が感極まって叫び声を上げた時に、信じられない光景が目の前で起こった。鏡面の波がバシャバシャと一際大きくうねったかと思うと、そこから突然巨大な触手のようなものがぬらりと飛び出して来て、叫ぶ青年の体をからめ取った。ほとんど一瞬の出来事で、触手は青年を掴むと、再び鏡の中に戻って行った。青年の叫び声は鏡面の中でも続き、奇妙な振動音と共にしだいに遠ざかっていった。
 神殿内に静寂が戻ると、私は自分が目にした事実に唖然としたまま、この異常な事態で平静を保つ貴巨の言葉を縋るように待った。
「しかと見ましたね。あれが事古主です。事古主復活の法を使って、御神体である大鏡を事古主のいる深淵な世界とこちら側の世界を繋ぐ境界にしたのです。来るべき星巡りの好機に我々の信仰が満ちれば、事古主はこの大鏡の境界より完全なお姿でお出でくださいます。そしてこの荒廃した世界を建て直し、真の神人となった我々を未来永劫に幸福な世界へと導くのです」
 そう語る貴巨の言葉は確信に満ちて力強かった。安西はそれを全て受け入れているといった風に、教祖の後ろで微動だにせず静かに控えていた。
 失踪した信者たちの行方は分かった。しかしこれが本当に正しいかどうかの判断は、混乱し続ける私には付けられそうになかった。 貴巨の確信が盲信でない保証がどこにあるというのか? 在野の宗教学者が言うように私たちは首尾良く邪悪な神の思惑に操られているのではないのか? 
 少なくても青年信者の精神状態はまともではなかったし、大鏡から現れた触手が放っていた荒々しい印象は、この世に幸福をもたらす者が纏っている神性ではない気がした。
 壊れた理性の中にわずかに残った私の良心が来るべき大祭の行方が人類の悪夢になる事を予感させ、鳴り止まない警鐘となって苛んだ。
 そして私は頭の片隅に置いてあった「セラエノ断章」の事をふと思い出し、それからしばらく自室に閉じ籠もって、そこに書かれている内容を全て頭に詰め込んだ。
 セラエノ断章が私に伝授したものはクトゥルフと力が拮抗している神を召還する古代の知識だった。
クトゥルフと力が拮抗する神?
驚いたのは私は慣れ親しんだ我が教団の神話の中でその神の名をすでに知っていた事だ。
 在野の宗教学者が私に託したクトゥルフへの対抗策は、いわば毒を持って毒を制す、非常に危険な諸刃の剣となり得るものだったが、教団が陥っている事態に対して、愚かな人間が出来る術はもう他にないと思われた。
 数日間耐え難い苦悩を味わった末に、私はセラエノ断章に基づいた自分の計画を遂行するため、一人孤独にその準備を進め、来たるべき大祭の行方を天に任せた。たとえ長年寄り添ってきた教団を裏切るような結果になったとしても、この手記が見つかる時には私はもうこの世に存在していないだろう。ハスターを召還した者が払わなければならない代償は大きく、私にもそれが待っている。私の皮膚はすでに鱗状になり、やがて手足の骨も失われていく。自室の鏡に映った私の姿は、もうこの世のものではないのだ。
 クトゥルフに仕える貴巨のように、私もその身にハスターの異形を体現していた。皮肉だが、こんな姿になって初めて私は貴巨を自分の息子として受け入れられる気がした。父親の威厳を持って息子の暴走を食い止める。私はそれに相応しい姿を手に入れたのだ。

 船岡毅一郎の手記はそこで終わっている。

祭祀の痕

祭祀の痕

新興宗教で発生した集団変死事件。遺書として教祖の半生と教団の変遷を綴った教団幹部の手記が、事件の手掛かりとなる教団の神とその神の真実を顕わにする、和製クトゥルー神話。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

Public Domain