注入された悪意
「輸血の時です」
「輸血の時ですか」
脳内で声がする、今日では、血液を循環するナノマシン、それは、それ医療の負担を和らげるため、あるいは介護問題や、社会保障の財政問題といった問題を未然に解決するために、人間の老化を抑える役割を果たしているが、その一方で、望まないものにとってはウイルスともいわれているし、昨今では、実際にウイルスといかないまでも余分な機能を持ったナノマシンまで出始める始末。
26歳、IT系プログラマの佐藤浩市は、彼の望まぬ輸血によって、彼の脳内に二人の新しい人格をは植え付けられてしまった。いくらナノマシンのせいだとはいえ、日常生活に負担がない限り取り除く事はしない。なぜなら、ナノマシンを取り除く、ナノマシン外科は保険が適用されず、高額な医療費負担を迫られるからだ、彼は輸血によって一命をとりとめ、しかし輸血によって新しい、自分と異なる人格を、体内に植え付けられてしまったのだ。
といっても、彼以外の人間には、彼の苦悩はわかりづらいだろう。説明しよう、彼が会社で、25回ビル、オフィスからみて窓際の一番右奥の席について、彼の癖毛を直すとき、彼は、まつげについたゴミをひろったが、このときにも二人の人格はこんな声をあげた。
「朝からだっさいね」
「まったくこれだから男って」
「キャッ」
と、佐藤の椅子の背もたれにぶつかり、資料を地面にぶちまけて、思わぬ声をあげたのは、背後を通った眼鏡美少女OLのサチヨである。サチヨは、社内の飲み会や、旅行、イベントなどに全く参加せず、そのせいでまるで他者の人間であるかのような特別な扱いを受けているが、決して男子受けが悪いわけではない、むしろもてもてである。おっちょこちょいで天然で、純粋な感じがして、彼女もまた頭の頂点のいわゆるアホ毛のような癖毛が目立ち、つねに何か、コーヒーやココアなどをデスクの上において、飲みもしないのに口元や顔を人から隠すようにして話す。人と目を合わせる事はまれであり、しかし仕事熱心であり、男性嫌いであり女性と仲もいいために、女性から嫌われているわけではない。
「すみませんすみませんすみません」
「そんなに謝らないでよ、こっちが困ってしまうでしょ」
佐藤がそういうと、彼女はまた恐縮するようにすみませんと続ける、ここまではいい、ニヒリスト佐藤でも彼女には束の間の癒しを感じるのだ。しかしここからが問題だった、佐藤は昨年、大事故によって都内のある大病院に入院したのだったが、その事故によって体に大きな裂傷を多い、血液が流れだし、彼が救急車に運ばれたときには彼には輸血が必要となった。ここからの説明は、脳内の人格にしてもらおう。
「あたし、あんな顔して、あんなにへこ頭をさげてるけど、部屋は汚いけど大酒のみなのよ」
「わたし、体だけは老いないナノマシン細胞を注入したの、だから、早死にするけど、決して肌は老いない、いつまでもさばをよむことができるのよ」
つまり彼は、彼女の血液を輸血され、彼女の体内のナノマシンを注入されたのだと、彼の血液中のナノマシンたちが会話をしている。それは大まかに分けて二つの人格で、彼女の中にも、その人格が潜んでいるというのだと、彼女らはいう。
「彼女、輸血が趣味なのよ、聞いてみるといいよ」
「そうそう、ついでにデートにさそってよ、ねえねえ、ね~え」
佐藤浩市は、思わぬ形で人間不信の人格を持ってしまったのだった。
注入された悪意