茸の肥やし
茸小説です。PDF縦書きでお読みください。
「おっ父、おめえのとこの肥は、よく茸が生えるなあと、平作どんが言っておったぞ」
「そうか、こねえだ、ちょっくら内のを貸したんだ、ほら、平作どんの嫁が、一月さ、田舎けえってたろ」
「ああ、ハツさんじゃろ、ハツさんのおっ母が寝込んじまったから、しばらく、面倒さ看に行ってたな」
「それで、畑にまくのがが少ないって平作どんが言ってたから、内の少し使えやといったんだ、うちは、ほら、子どもがぎょうさんいるからな」
「そうだな、平作どんのところは子どもが一人だし、もう奉公にでとるな、夫婦二人じゃからな、そんで、畑に撒いたら、野菜もようなったが、たくさん食える茸が生えたんだとよ、それで、ほら、おらんとこにももらってきたぞ」
かかあのミツがザルを持ってきた。ザルの上には白くて大きな茸が八本ものっている。
「ほんに、でかい茸だな、だけんど、内の畑ではでてこなかったな」
「どしてだべな、今日は、この茸、焼いて食ってみべえ」
ということで、その夕飯は、茸を焼いて、味噌をつけて食べた。とても味のある、茸で、それこそほっぺたが落ちそうに旨かった。
「おっ父、この茸うめえな」
長男の三助がそう言ってから、「おらが道でしょんべんした後に、これと同じ茸が仰山生えとった、だけんど喰えるとは思わなかったから、ほっておいたら萎れちまった」
と続けた。
三助の上に四人の姉がいる。
おっ父の惣介は、百姓だがなかなか頭の回る男で、村の寄り合いでは、みなに頼りにされている。惣介が三助に「おめえ、いつも、厠でしょんべんしねえだろ」
「うん、外でしちまう」
「ちかごろ、厠でしたことねえか」
「あるよ、だけど、厠使ったのはだいぶめえじゃ」
「それじゃ、平作はその肥をもってったんじゃ、三助、おめえ、しょんべんはかならず、厠でしろよ」
なんだか分からなかったが、三助は頷いた。
次の次の日、惣介は厠から汲み取った自分のうちの肥を畑に撒いた。そうしたら、それはそれは立派な茸がにょきにょきと生えてきた。
「この茸、町さもってって、売ってみべえ」
平作は三助を連れて、町の朝市に、畑の野菜と一緒に茸をおいた。
「なんでえ、この時期に茸があるじゃねえか」
たまに、野菜を買ってくれる小者が覗き込んだ。
「んだ、たまたま、畑にでたんだ、うめえ茸だよ」
「うちの殿様が旨いもの好きでな、それも、その時期じゃねえ物を喰いたがる、こないだなんざ、桃が喰いたいとおっしゃる、まだ早いが、家来が探したところ、あったね、ずいぶん遠いところだよ、伊勢のほうにあったんだ、そこから取り寄せたんだがね、匂いは確かに桃だが、コリコリしているのはどうもいかんと、お気に召さなかった。それでもともかく全部召し上がったんだ」
「おらには、よう、わからんが、この茸もってったらどうじゃ」
「なんという茸だ」
惣介は名なんぞ知らんと言おうとしたが、そばで見ていた三助が「おらの茸じゃ」
といったので、「うんにゃ、三助茸っつうんだ」と小者に言った。
「三助茸か、あまり旨そうな名前じゃねえが、殿様喜ぶだろうよ、それじゃ、またな」
男は茸を抱えて帰っていった。
「すこしゃ、金になったな、三助、なん買ってやるべか」
三助はめったに喰えない、飴玉を一つ買ってもらった。それから、白い茸はよく売れた。話を聞きつけて厨房をあずかる者達が買いに来た。中には予約をする者まででてきた。三助は一生懸命水を飲んで小便をした。だが、おかげで、惣介家族の食事の質があがって、たまに米の飯も食えるようになった。
それから一年経ったある日、惣介の畑にいつもの白い茸に混じって赤く奇麗な茸が生えた。毒茸のようである。ほうって置けば萎れて肥料になるだろうと思って、白い茸だけとって、赤い茸はそのままにしておいた。ところが、その日の夕方畑を見回ると、赤い茸はすっかりなくなっていた。誰かが畑に入って、気を利かせて、引っこ抜いてくれたのかも知れねえ、と惣介は気にしなかった。
次の日、白い茸にまた赤い茸がたくさん混じっていた。畑仕事を終えた惣介は、採った白い茸をもって畑から出ると、数匹の野良犬が走ってきた。
惣介が畑から出るのを待っていたようだ。畑に入った犬たちはこぞって、赤い茸を食っている。
「こりゃ、あっちにいけ」
気が付いた惣介は畑に戻って犬を追い払った。赤い茸は毒じゃない。惣介は何本か残っていた赤い茸を家に持って帰った。それを昼に焼いて食ってみた。それは旨い茸で、香りも良く、松茸より旨い茸だと思った。次の日にも赤い茸が生えたので、ミツや子ども達にも食わした。みな口々に旨い旨いと大変な喜びようである。
「三助、ここのところ、からだになにか変わったことがあったのじゃねえか」
なぜ赤い茸が生えるようになったのか不思議に思った惣介は三助に聞いた。
三助はなぜかもじもじしている。
「どうした、恥ずかしがることないべ」
三助は姉たちをちらっと見て、惣介に自分の股の間を指差した。
惣介は小さな声で三助に「立ったのか」と聞くと、三助が黙って頷いた。
「男はそうなるんじゃ、ほっときゃいいから、いじくるな」
また、三助はうなずいた。惣介は、きっと三助のからだの変化が、生やす茸を変えたたのだろうと思った。なかなか鋭い判断である。
赤い茸も朝市にもっていった。やっぱり、それに目をつけたのは、白い茸を最初に買った篠葉厳左衛門という偉い侍の屋敷の小者であった。
「あの白い茸は殿が喜んでいるということだぜ、みつけた俺も褒められちまったが、赤い茸でも食えるんか」
「へえ、そりゃ、もう、白い茸の何倍もうめえ茸で」
「そりゃあいい、また、俺が褒められる」
そう言うと、その小者は赤い茸を全部買っていった。
やっぱり銭が入った。三助に何を買ってやろうか考えた惣介は、下駄を買ってやった。惣介自身も持っていない。三助はがたいが大きく、まだ十二なのに足の大きさは惣介と同じほどだ。
三助は買ってもらった下駄をはいて、「背が高くなったようじゃ」と喜んだ。
「しょんべんが勢い良く出るじゃろう」
惣介が笑って言った。しょんべんをしやすいようにと思って買ったのだ。
それから、畑には赤い茸がたくさん出るようになったが、野良犬が集まってきた。
惣介ははたと考えた。畑に生えると犬どもに荒らされる、どこか安心なところに生やすようにする必要がある。だが、肥を家の近くにまくのは臭い。いやいや、三助のしょんべんだけでいいのだから、家の脇に小さな囲いを作って、そこに、三助がしょんべんをすりゃあいいんじゃないか。という具合で、なかなかうまく頭の中を整理して、そういう場所を作った。
「三助、これから、ここにしょんべんをしろよ」
ほんの一畳ほどのところにぺんぺん草が生えている。三助は下駄をはいて、その囲いの中に気持ちよくしょんべんをした。
しかし、赤い茸はでなかった。
「おかしいな」
三助が「ぺんぺん草じゃだめなんだべ、きちんと耕したいい土じゃなければだめなのじゃないか、父ちゃん」と言ったので、惣介は「そうかもしれんが、お前、道にしょんべんしたら生えたといっていたじゃねえか」と言い返すと、「あの道に馬の糞がたくさ落ちていた、栄養あんだべ」と子どものくせに、なかなかしっかりと答えた。
そこで、惣介はその囲みの中を耕し、馬の糞を混ぜた。
すると、やはり真っ赤な茸がにょきにょきと生えた。こうして、赤い茸は毎日採れるようになった。
惣介とミツは十二になったら、三助を奉公に出すつもりだったが、茸が採れなくなるのはこまる。そこで、どこか近くに通いで奉公ができないものか探すことにした。なかなか通いで勤めるところはその頃ありはしなかった。
朝市で惣介と三助が野菜と茸を売っていると、いつものように、篠葉の殿様のところの小者が来て、惣介に言った。
「上のもんに、どうやって赤い茸を作るのかきいて来いといわれたのだが、教えてくれないかね、そりゃ、教えちまったら、あんたらも困るだろう、それそうおうの金は払うそうだよ」
「お兄さん、ちょっと訳があって、難しいんじゃ」
「そこをなんとななんねえかね、俺が怒られちまう」
惣介は、長い間茸を買ってくれた小者にも恩義を感じていた。
「それじゃ、言うが、あんたの上の人にはいいが、それ以外には言わんで欲しいのだがね」
「約束しようじゃないか、上のもんにその話を伝えるよ」
「実はな、ここにいる俺の息子のしょんべんが、その茸の肥やしになるようなのじゃ、こいつがしょんべんをしたところに、赤い茸が生える」
その頃は、もう白い茸は生えなくて、赤い茸だけになっていた。
小者はそのあと、惣介の住まいの場所を聞くと、茸を持って帰っていった。
それから間もなくのことである。その小者がこざっぱりとした侍姿の若者を連れて惣介の家にやって来た。
その若者は惣介とミツに言った。
「どうであろう、三助をわが殿の屋敷に奉公させぬか」
三助が武家屋敷に奉公するなどということは、考えもしなかったことである。惣介もミツもすぐには返答ができなかった。
「まかないどころで、下働きをしてはもらえぬか、それに、三助のしょうべんのことだが、それには、茸の代として、それなりのものを月々わたすが、いかがだろう」
惣介とミツはびっくりして「それは、もう、よろしくおねげえいたしやす」と床に頭を擦り付けた。
「あの茸は珍しいものじゃ、殿は至極喜ばれての、しかも、滋養がありそうじゃと薬師も申しておった」
そういって、支度金を置き、侍と小者は帰っていった。
「えらいことになったな、ミツ」
「よいことづくめじゃな、あんた」
「三助、お前は親孝行者じゃ、それに、お屋敷でしっかり働けば旨いものも食わしてもらえるし、奇麗な着物も着ることができる、よかったな」
三助ももういろいろわかる年頃になっていた。喜んで奉公にでた。
屋敷は町の外れの城の近くにあった。ということは、三助の家から町の朝市の通りまで、歩いて四半時、今でいう三十分ほど、それから歩くこと同じほどだから、家から片時かかる。奉公先としてはずいぶん近いところと言ってよいだろう。
迎えに来た小者、名前を九太といったが、九太はお屋敷の何でも屋で、使い走りから、屋敷の養生、手の足りないところへ手伝いに出る、よく働く男だった。三助より小さい時に、それこそ山奥の村から奉公に出され、今では屋敷になくてはならない人間になっている。
「三助、じっと我慢して働けよ、とってもいお屋敷だから、お前は良かったな、それに、お前用の、厠が用意してある。俺が建てたんだ」
「へい」
こうして、三助は屋敷に入った。賄いどころの広い土間には、竈が三つもあり、料理をする台も三台おかれていた。そこを取り仕切っていたのは、春という、でっぷり太った女中で、おっとりもしていたが、細かいところに目の行く、采配がよく出来る女だった。
「三助、まずは水汲み、台拭きを覚えなさいよ、慣れたら、飯の炊き方を教えてやろう」
毎日白い米の飯を炊くなど、三助には驚くことばかりであった。
「春さん、三助の小便の厠は外に作ってあるからね、他の連中には使わないようにいっときなよ」
「あいよ、話は聞いてるから、大丈夫だ、三助、小便は遠慮なく、外の厠に行くようにな」
「はい」
九太につれられ、三助が賄いどころの裏戸からそとにでると、小さな畑が作られていた。土が耕されており、いつ野菜が植えられてもよいようになっている。
「どうだ、俺が用意したんだ、これからはお前が土をならし、うまくやるんだぜ」
九太が三助にその畑の脇の小屋を指で示した。新しく建てたもののようだ。「これも俺が作った、入ってみろ」
三助が中に入ると、畑仕事の道具が整然と置いてあり、畑に面した角に大きな壷が埋められていた。壷には蓋がしてある。
「その壷に小便をしろよ、それを畑にまいて、茸を育てろ、お殿様も喜ばれる。お前のお陰で、俺の給金もあがったんだ」
「はい」
こうして、三助は賄いどころの手伝いをしながら、茸を採ることになった。
三助たちが寝るところも、賄いどころに近いところにあって、三助を含めて男の奉公人が五人いた。みな良くしてくれ、三助は安心して布団に入ったが、布団の上で寝るなどということは初めてのこと、あまりにもふかふかして寝付けなかったことを覚えている。
九太は通いで、そこに住んでいなかった。春が教えてくれたのだが、九太はもう子どももいるということである。年も二十二だということだったが、ずーっと若く見える。しっかりと働くと、通いで奉公もできるということであった。
賄いどころは春さんを入れて四人の女子が働いていた。皆百姓の娘で奉公に出されてきた者たちばかりだ。だが、春さんの教えがよいこともあり、皆上手に料理をこなした。どの娘も一通りのことは出来るようだが、担当が決まっており、菜の担当、魚の担当、米の担当、それに飯炊きであった。春さんは酒を担当していたが、三助と一緒に、必要とするところにいって手伝った。洗物や、料理の後片付けは三助がほとんどした。
茸は最初は数個しか採れなかったが、しばらくすると畑一面に生えるようになってきた。春さんは、赤い茸のいろいろな料理を考え、皆に作らせた。余ったものは干すか、塩漬けにして保存をし、宴会などが模様されるときには重宝した。
奉公を始めて三年も経ったころには篠葉家の赤い茸は城でも有名になった。篠葉の殿様はたびたび、採り立ての立派な赤い茸を城に献上した。
城の殿が「旨い茸よの、松茸より良い香りで、良い味じゃ、なんと言う茸か」と尋ねられ、「三助茸にございます」と篠葉の殿が答えると、「つまらん名前じゃのう、どうじゃ、遊味茸だ」と城の殿がおっしゃり、篠葉の殿葉は平伏して「ありがたきしあわせ」と答えたのである。城の殿様は味香遊乃進といい、篠葉厳左衛門の上をいく食道楽、その城は遊味城と人々に呼ばれていた。城の名前をいただいたのであるから、平伏したのは当たり前のことである。
それから、遊味茸は、世間にも知られるようにはなったが、人々の口には入らなかった。あるとき、篠葉家の三助の小屋に泥棒が入り、三助の小水を少しではあるが盗まれた。きっと、どこからか、遊味茸の秘密を知ったのであろう。これも、密かに語られたことであるが、大店の隠居が三人、密かに、赤い茸を焼いて食べていたということである。
城の殿様は、遊味茸と名付けた折に、篠葉に一升樽を送った。茸のお礼といったところであろう。
樽が届いた日、稲葉の屋敷では宴会が模様された。九太を始め総動員で、賄いどころを手伝い、さまざまな遊味茸の料理が整えられた。その夕は賄いどころの奉公人までもが、遊味茸を食べ、配られた酒を呑んだ。
「よかったな、三助、お前のお陰で、殿も名を上げた」
九太が三助に酒を進めた。十五になる三助はそれまで、酒というものを口にしたことがなかった。親爺も飲んでいるのを見たことがなかった。ただ、春がいつも用意している酒が、どのような味がするものか一度口にしてみたかったのも本当のところである。匂いはとても誘惑的である。
「はじめてだけんど」
と言いながら、勧められるままに三助は酒を呑んだ。
「うめえです」
三助の顔が赤くなったが、酔った様子はない。
「おめえ、強いじゃねえか」
三助はだいぶ呑んだ。
春が酒を注いでくれた。
「三助、そんなに飲めるなら、残った酒を取っといてやろうね」
三助は嬉しそうに頷いて、庭の厠に行った。酒と言うのはしょんべんが近くなることを知った。
上の人たちに出した酒が残ることはままあった。賄いどころの女たちは飲まない。春は少し飲むが、たくさんは飲めない。
「俺にもたのまあ」
九太も頼み込む。
「いいよ、殿様たちが飲んだときに顔出しな、壷に入れとくから、わけなよ」
「あいよ、今日はいい宴会だったね」
日が明けて、三助はいつものように、生えていた赤い茸を収穫すると、自分の尿を畑にまいた。酒があんなに旨いものとは思っていなかった。親爺はきっと飲みたいけど、買えなくて飲めないのだろう。そういえば、ここに勤めた次の年の暮れには、里に帰るのを許されて戻ったとき、一番上の姉ちゃんが嫁に行くといっていた。おいらが、奉公に出て、月々の茸の手当をもらっているのでいけるようになったと、母ちゃんが言っていた。あれから二年、その間忙しくて帰る暇もなかった。きっと、他の姉ちゃんも嫁に行っているんじゃないだろうか。今度帰るときには、酒を持って帰ってやろう。給金はもらってないが、残り酒でもいいだろう。そう思いながら毎日の仕事に励んだ。
次の日である。朝早くに畑を見た三助はびっくりした。青い大きな茸が畑からにょきにょきと生えていた。なにかしっぺいをしちまったか、と三助は青くなって、青い茸を引き抜くと、生のままちょっとかじってみた。辛くも、渋くもなく、ほんのりと甘く、旨い。舌もしびれないし、喰えそうである。香りはなんだか不思議ないい匂いである。今まで嗅いだことがない匂いだ。
三助は青い茸を刈り取ると、その後にまた肥をまいた。
籠に入れた青い大きな茸を、賄いの準備をはじめた春さんのところに持っていった。
「あれ、真っ青な茸が採れたんだ」
春さんはびっくりして、一つ摘み上げた。「いい匂いじゃ、奥方様が持っている、よその国からきたという化粧水の匂いだね、一度、嗅いだことがあるね」
「齧ってみたところ旨そうなので、焼いて食ってみます」
「大丈夫かね、最も、あの真っ赤な毒のような茸も美味しい茸だから、三助の作ったものなら、大丈夫だろうね、ほら、今、静が竈に火を起した、火かき棒にさして、焼いてみるといい」
静は三助より後に入ってきた、やはり百姓の娘だが、何といっても働き者で気立てがいいので、皆から好かれている。
「三助さん、その茸を焼くなら、おらがやってやるだ」
火かき棒をもってきて、自分から茸を差して、燃えてない薪の上に置いた。ほど良く経った時、「もういいべ」と取り出すと、火かき棒から外して、焼茸を三助のところにもってきた。三助は青い大きな茸を裂くと、口に入れた。なんもいえない甘い汁が口の中を満たした。
「うめえ、春さん食ってみないですか」
裂いた青い茸を春にわたすと、春も口の中にいれて、「おや、美味しいね、果物だね、お女中達が大喜びだ」と顔をほころばした。
残りを「食ってくれ」と静にわたすと、静も嬉しそうに食べた。静の日に焼けた顔に満面の笑みが浮かんだ「なんて美味いんじゃろ」
その時、静の顔が意外と美形なのに三助は気がついた。
「三助、今日、菓子をだす時に、焼き茸を殿様に出すから、静と用意をしておくれ」と春に言われ、その準備をした。
篠葉の殿様は奥方様やお子様達と、朝四ツと昼七ツには必ず珍しい菓子をつまんだ。
早速、青い茸は水菓子として、殿たちの前に出された。
一口食べると、殿は「おお、焼きたての茸じゃ、甘くて水が滴りおる、焼いた水菓子とはこれは旨い、ほれ、お前達も食べなさい」
殿は奥方や子ども達に早く食べるように促した。
「これは、やはり三助の茸か」
「はい、今日新たに生えたものと聞いております」
薬味どころの侍が説明すると、「また、城に献上して、名前をつけてもらおう」と、殿はいたく気に入った。
「恐れながら、申しあげます、三助とやらが申すには、今日、急に生えたということで、明日はわからないとのことでございます」
「そうか、何とか青い茸を生やすように申せ、うまく行った暁には、望みのものをとらす」
「そう申し伝えます」
その話が賄いどころに伝わると、春も、賄いどころの奉公人も、それに九太、みんなで青い茸を作る算段をした。
九太が「ともかく、明日になったらどうなるか待つのがいいだろう」
と言うことで、次の朝を待った。ところが、青い茸は生えてこず、赤い茸しかなかった。
どうしてだろう、とみんなで考えて七日の日がたった、ある日、
「おめえ、青い茸を生やしたしょんべんはいつのだったかな」
と、九太が呟いた。
「あれは、殿様が皆にごちそうを振舞われた時だったな」
「それじゃ、あの樽の酒がお城から届いた日じゃないか」
春さんが気がつくと、三助は「そうだ、初めて酒を飲んだんだ」
「それじゃ、三助、今日も酒を飲んでごらん、とっといてやるから」
ということで、夕方、奉公人の簡素な食事が終わると、春さんが、残りの酒を三助にわたし、三助はそれを飲んだ。寝る前に外の厠にいって小便をして、布団にもぐりこんだ。朝、それを畑にまいた。すると次の日、畑では見事な青い茸が生えていた。
「酒を飲むと、青い茸が生えるんだね、上の人に伝えておくよ」
それが、篠葉の殿に伝わり、賄いどころの者たち皆お褒めの言葉をいただき、お金もいただいた。
三助には、望むものは何か聞かれ、通い奉公を願い出た。そうすれば、夜でも朝早くでも、親のところに顔を出すことができる。
「望むようにしてやるように」と言う、殿の改めてのお言葉に、いつか、通い奉公人となりたい旨をつたえた。
「いつでも三助には酒を飲ますように」とのお言葉もあり、三助は酒を飲みたいときにいつでも飲むことが出来るようになった。
三助は酒をもらって、里帰りをして、父親と母親に今までの出来事を伝えた。それは両親とも喜び、酒は神棚に供えられた。姉たちは近燐の百姓の家に嫁いでいた。
「お前のお陰でみんなを嫁にやれた、おらたちは楽させてもらっているしありがたいことよ、なぜおめえのしょんべんが茸を生やすのかね」
「わかんねえよ、でも、考えてもしょうがないべえ、天からいただいたもんだ」
「ありがたいものをいただいたものだの」
母親のミツも涙ぐんだ。
「父ちゃん酒飲んだことないべ」
「うんだ」
「早く飲んでみれや」
「死ぬとき飲むだ」
「それじゃ、味がわかんねえ、今日おらと飲むべえ」
夕方、嫁に行った三人の姉も集まって、久しぶりの家族の集まりになった。
「酒って旨いものじゃのう、お前は、好きなときに飲めるんじゃな」
「ああ、また持ってくるよ、後一、二年で、通い奉公にしてもらえるんじゃ」
「どこかに家をかりるんか」
「そのつもりだ、そうすりゃ、いつでも帰ってこれるしな」
「三助、嫁さんもらえ」
姉たちは声をそろえて言ったが「考えとく」とだけ三助は答えた。
その晩、三助は実家に泊まった。
朝、両親に「明日さ、青い茸生えるから、食ってみろうまいから」と家の脇にしょんべんをして、三助はお屋敷に戻った。
三助は殿が青い茸を欲される時には、前もって酒を飲み、青い茸を収穫した。
篠葉の殿は青い茸を城に献上し、またしても、大いに喜ばれ、特に奥方様は、これは美容にも良さそうなということで、非常に気に入られたということであった。
やはり、遊味の殿が青い茸に名前をつけた。
「美実果茸じゃ」。これも、味香の殿の奥方様の名前、美果様からとったものであり、篠葉の家から城の殿が名づけた遊味茸と美実果茸の二つの極上とされる茸が生まれたのである。それを期に、殿は篠葉家の紋を、紋章上絵師にいいつけ、三つ柏から三つ茸にしたのである。
青い茸が採れるようになり三年が経っった。三助は、通い奉公人になることをお願いした。それがかなえられることになった。給金も出してもらえるようになった。ただ、小便は壷にして、屋敷に持ってくるという条件であった。
三助は、九太に相談し、九太の長屋の空いている部屋を借りた。
「どうだい、そろそろ、嫁をとったら」と九太は姉たちと同じようなことを言った。三助はただ頷いただけである。しかし、三助は心積もりがあった。あの静を嫁にしたいと思うようになっていたのである。
春になり、三助は長屋に越した。静も連れてである。大げさな嫁取りの祝い事などできはしないが、それでも、賄いどころで働いているみんなが祝ってくれ、ささやかだが、長屋で真似事をした。九太のかみさんも気のよい人で、二人して、三助夫婦を助けてくれた。
さて、その後に、不思議なことが起きた。初夜は何事もなかったのであるが、次の日からである。三助と静が睦み合ったあくる朝、静の足の間に黒い茸が落ちていた。
三助と静が黒い茸を手に取ると、なんとも不思議な匂いが漂ってくる。
「どうだ、喰ってみるか」
三助と静は黒い茸を焼いて食ってみた。旨いが、白い茸、遊味茸、美実果茸ほど旨味はなかった。しかし、食べられないことはない。二人は味噌汁にいれ、朝げにした。
次の日も黒い茸が静の足の間にあった。だんだん判ってきたのは、二人が睦みあった日の翌日に黒い茸は落ちていた。そうして、毎日朝に二人はその茸を食べた。それから一月経って驚いた。静の顔が白くなり、雪のようになった。三助は眉が太くなり、手足が太くなり、頑丈なからだになった。
三助は気がついていた。しょんべんばかりじゃない、おらの陽物から出るものは茸を生やす肥やしになるだ。それは正しかった。しかも、その黒い茸はからだによく働くようである。
賄いどころでは、なぜ、静の色が白くなったか、三助のからだが男らしくなったか、噂になった。それを聞きつけた上役が三助を呼び出した。
「お主たちはずい分からだが良くなったし、おまえのかかあは色が白くうつくしくなりおった、なぜだ」
そこで、三助は黒い茸のことを話した、ただ、どこで採れるかは言わなかった。
「小便ではないのか」
「いえ、違います、これは我家のぬかみその壷でしか取れませぬ、しかもいつ生える変わらないものでござます」
「どうじゃ、その黒い茸というのを、殿に見せる気はないか」
「はい、よろこんで生えたら差し上げます」
その日、二人は睦み合い、次の日、静の足の間から黒い茸が落ちた。三助はそれを屋敷に持って行った。
黒い茸は殿の前にだされ、薬師がそれを調べた。
「名前のない、珍しい茸でございます。薬の効果は強く、からだによく働くと思われます、女子は色が白くなり、乳が良く出て、男はからだが強くなり、赤子に食べさせればはやり病などにかからなくなるものと存じます」
殿はこれはすごい茸だと、三助夫婦を呼ぶように申し付けた。
三助夫婦は始めて、殿の前に出され、平伏したままで、どうしたらいいかわからなかった。
「面を上げい、三助、今までも大した働き、礼を申すぞ」
顔を上げた静の面を見てまた驚いた。色が白く、こんな奇麗な女が賄い部屋にいたのかと驚いた。
「殿に申し上げます、静は色の黒い女子でしたが茸を食したことにより、このように色が白くふくよかになりました、三助ももとはひょろりとしておりましたのが、ごらんのように力強い男になったのでございます」
「すごいものだ、どうじゃ、その黒い茸が生えるぬかみその壷をゆずってくれまいか」
三助は困ったと思ったが、「申し訳ございません、あの壷を他に持っていって試したのですが、黒い茸は生えませんでした、わしらの部屋でなければだめなようです、ですが、生えた黒い茸は、お殿様に皆さしあげます、それでいかがでしょうか」
「そうか、それは致し方ない、ただでとはいわぬ、黒い茸は高値で買おうぞ」
「ありがとうございます、お殿様にしか、さしあげませぬ」
「たのむぞ」
ということで、三助は静と毎夜睦み合い、出来た茸を屋敷に持っていった。
そんなある日、睦みあったのに、黒い茸はでてこなかった。
「おまえさん、子どもができたのではないか」
「それは嬉しいの、だが、殿様になんといおうか」
「うーん、しかたがないじゃないの、ぬかみそが腐っちまったとでも言ったらいいんじゃない」
ということで、お屋敷にはその通りに伝え、ぬかみそが元通りになったらまた生えると言った。そのころ、篠葉の殿様は黒い茸を食し、すでに筋肉りゅうりゅうになり、相撲を取れば屋敷で一番強くなっていた。奥方様は色が白くきれいになられ、とりあえずは満足していたところであったので、ぬかみその件は戻ったら、黒い茸をまたよこすようにということで解決した。
十月ほどすると、静は玉のような双子の男の子を産んだ。これには三助も大喜びであった。
それから、また、黒い茸を殿に献上することが出来るようになったが、子どもにも食べさせた。二人の子どもも丈夫に育っていったのである。
一つ、付け足す話がある。静が子どもを宿していた十ヶ月の間のことである。三助は青い茸を作るために、よく酒を飲んだ。酒は賄いどころの春がいくらでもくれたので、毎日のように飲んだ。ただ、一人で飲んでいてもつまらない。九太と一緒によく飲んだ。九太も酒は好きで強かった。
しかし、毎日飲んでいると、話題が尽きてしまう。そこで、黒い茸の話になったことがある。
「三助、黒い茸は小便じゃないというが、ぬかみそから茸など生えねえだろう」
殿はだませても、下々のもののほうがぬかみそについては詳しい。
三助は頷いた。
「ぬかみそが腐ったから、生えねえと、殿様に言ったらしいが、そんなことあるめえ、ちょうど、お静さんが子どもを宿したころじゃねえか、なにかあるな」
九太は勘がいい。
「おそらく、殿様から口止めされているんだろう、誰にもいわねえから、教えてくれよ」
そうまで言われると、恩人の九太に嘘をつくことは三助にはできなかった。酒の勢いもある。
「じつはなあ」ときりだして、あの結果、静から生まれたんだということを話した。
「そりゃあ、不思議だ、しょんべんだけじゃねえんだな、おまえのからだはどうなっているんだ」
「殿様にも言っていねえ、そのままだ、ぬかみその壷から出ると思っていらっしゃるんだ」
「そうか、だが、賄いどころの連中は不思議だと言っておったぞ、春さんなんか全く信じていないがな、ただ、詮索はしないほうがいいと思っているよ」
「春さんには頭が下がる」
「いい、女中さんだよ、ところでな、これはお静さんにはないしょだがな、どうだい、女買ってみねえかい、もしかすると、黒い茸がでるかもしれねえ」
「そんなことできねえよ」
「それじゃ、せんずりこいてみねえ」
三助はちょっと間をおいて「やってみたが、黒い茸はできねえ」
「そうか、そいじゃ、やっぱり、女を買ってみようぜ、俺も一緒に、旅にでたことにしてよ」
それが何度も何度も誘われているうちに、その気になった三助は静に、安産祈願をしに、九太と一泊で神社まいりをしてくるとある神社の名前をあげ、静は喜んで旅支度をしてくれた。
そこで遊郭にはいり、それなりの相方をみつけて、一晩床をともにしたのだが、あくる日、その遊女から黒い茸はでなかった。
「おう、どうだった」
「黒い茸はでなかった」
「きちんとやったのだろうな」
「ああ、俺が最初にしょんべんをして、白い茸が生えたときのことを思い出したよ、ぺんぺん草だけの畑じゃだめだったよ、肥沃な土じゃないと生えないんだ」
「お静さんのじゃなければだめなんだな」
九太は「ごちそうさん」と言って大笑いした。
篠葉の殿様は黒い茸を「黒壷茸」と名付け、三つの茸の紋章が仕上がったと、至極喜び、三助一家と、それを手助けした九太をはじめ、賄いどころの者たちを、手厚くもてなしたということである。
三助は、それからさらに五人の子どもに恵まれ、大きな家に住む身分になった。二人とも長生きをし、三助は九十八で急死するまで、元気に畑を耕していたということである。その前の日も好きな酒を、静の手料理で楽しみ、その小便を畑にまいたのである。
家に入る前に、急に小便のしたくなった三助は、庭隅の椿の木の根元に小便をした。その次の日の朝、布団の中で息を引き取っていた。畑には白、赤、青の茸がにょきにょきと生えていたということである。
孫の一人、二助が、椿の下に黄色い茸が生えているのに気がついて、引き抜くと母親のところにもっていった。
「奇麗な黄色い茸ね、おじいちゃんの枕元においてあげなさい」
その孫は、黄色い茸を白い布が被された三助の枕元に置いた。
ただ、置く前に、二助は黄色い茸をちょっとかじった。甘くて美味しかった。もっと食べたかったのだが、おじいちゃんにあげた。
そして、時がたち、ただ一人、二助は三助の残した家に一人で住んでいた。年にすると、二百は越しているだろう、死なないのである。二助は椿の下で採った黄色い茸が不老長寿の茸だったということに気がついていた。三助の死ぬ直前の小便が肥となって生えた茸である。
茸の肥やし