楽をした人
本日もギルドでは重々しい空気が流れている。何人もギルドの束縛を逃れる事は出来ない。労働者は皆洗脳電気棒の100個ついた超安楽装置を頭につけられて、それは、ひとつのワイヤーのような線で、全ての労働者をつなげている。彼らは毎朝それをつなぎ、巨大な運動体となって、ギルドのために働く。しかし、彼等にはほんの少しの自由がある。ギルドに歯向かうか、歯向かわず従うかを選ぶことができる、そのかわり頭に付けた超安楽装置。このヘルメット型の装置が、歯向かったものへ罰の判断を下す。労働者が歯向かえば、その罪の程度に応じて、電流や、その効果が決まるのだ。
例えばレベルが1ならば単なる電流による刺激、痛み。レベル2では自分を自分で制御する事ができず、脳に流れる電流によって勝手に意に反する動きを強いられる、電流によって体を動かされ、筋肉を制御され労働を強いられるのだ。レベル3では記憶喪失(軽~重度度合いあり)といった具合だ。ギルドの目的は、地中から脱出する事だ。
そもそもこのギルドのなりたちや歴史自体がばからしいもので、彼等の先祖は皆罪人だ、罪人はその子孫まで地中深くに住むことをしいられた。彼らは、資格がないのに宇宙船に乗ってこの星を脱出しようとした。だから地中深くほられた穴の奥底に埋められた。
その穴は、ある過疎地域の一角にもうけられ、1キロ近くある穴で空調設備がなければ人は焼け死んでしまうほどの地下熱をもっている。
皆罪人の末裔だったが、彼らの中でその牢獄から脱出しようとした優秀な人間たちがおり、当初から独善的に支配体制を持っていたが、それは日を追うごとに強制的な支配の色を帯びていき、建築中の高い塔の最上部にギルド作戦司令部のテントをたて、常にほかの罪人を労働者として使い、地上へ脱出する計画をたて、地下世界を支配した、それがギルドのなりたちだった。歯向かうものは、歯向かうすべもなく罪を犯すまえに電流によって自分を制御されてしまう、まさに地獄の労働だ。労働者たちは同じ人間、それも同じ罪人の末裔にそんな労働を強いられるのだからたまったものではない。
その中で、一番偉い人間は俗に懲罰の王と呼ばれていた。彼は白い仮面をつけて、何時もムチを手放さず、司令部の優秀な部下たちにも、ときにムチをふるった。幾度ともなく歯向かうための秘密組織がつくられたが、そういうものには必ず情報が筒抜けになるようにしかけ、初めからスパイが混じっているものだった。だから皆諦めて、今や歯向かうものはいないように思えた。しかしある時から、今日にいたるまで、ひそかに奴隷たちの間で暗号がつくられ、着々と報復の準備が続けられていた。それは、とても功名な——罰を使った暗号だった——
今日も働きづめで、もう12時間もたっただろうか、そのころ、ある奴隷の一人が、今、唐突に鉄製の斧をもった、それは歯が特別なしかけで、チェーンソーのようにぐるぐるとまわり、固い岩や、時に鉄さえも切り裂くほどの威力を持っていた。それもギルド司令部の科学者たちの創造物、しかし今は、奴隷たちの目は、ギルドたちのよって計画されたひとつの塔、労働者たちの最大の仕事である、地上へのらせん階段の、その崩落運動へと興味と目的が注がれていた。一人、覚悟した人間が、とある人間―—暗号ではジャムと呼ばれていた男、屈強な男のすぐよこにでて、まるで見本をみせるように、塔の底のあたりを、チェーンソーの歯をたてて、少し削った―—すると、男もまた、マネをするように、同じ動きをした―—しかし男には、ほとんど意識がないように見えた。そうなのだ、とても重い罪をおかした彼は、記憶も失い、彼の自由を奪うにふさわしい重さを持っていた。そして彼を動かすのは、彼の筋肉を操る、頭につけられた超安楽装置のみ、それを知っている奴隷労働者たちは、彼をこの一大運動の主役に祭り上げていたのだった。
次の人間、その次の人間も同じように彼に見本をみせた。かわるがわる、まるで螺旋階段の形にそうように、罪を犯して、次の人間に代る、それはとても統率された動きで、奴隷同士の超安楽装置をつなぐ糸は、彼等の結束と一緒で、とても強靭な絆のようで、一種絵画のような芸術性を持っているようだった。——彼等はすでに、長い間奴隷同士による秘密の暗号会話によって、超安楽装置の秘密は突き止めていた、それは、超安楽装置が行うレベル2の電流による筋肉制御、本人の意思と無関係に彼の筋肉を動かすそれは、必ず右隣の人間の動きを模倣するものなのだ、——それは暗号の会話によって突き止めた一つの事実だった。奴隷労働者の間では、今も暗号の会話が使われている。件の暗号会話の仕組みとは……仕組みは簡単だ、レベル1の単に電流が流れるだけの罰を使い。それをモールス信号に見立てて、後方の一人の知的な人間と、前方の一人の知的な人間が会話をかわす。そのころにはギルドの中で歯向かうものはほとんどいなかったし、そもそもが、信号役をもうけて、不調があればその連絡方法も取り決めていた。
「どうするんだ、倒れるぞ、下敷きになるぞ」
奴隷の中にも慌てるものもおいた、司令部はすでにしたの騒動に気がついていたが、はるか上空に位置する司令部から、実際に降りてくるには一日やそこらでは追い付かない、彼等の武力は、奴隷たちにつけられた電気を発する装置と、ほかには少数の監視役の精鋭のみ。しかしその精鋭たちもこれだけの、何百、何千ともいえる奴隷に歯が立つわけもなかった。かの男は、いまだに右にかわるがわる現れる奴隷の胴さをまねて、塔に斧のツメをたて、ぐらぐらと全体をゆらした、もはや水平のその断面は、ちょうど塔の半分は軽く超えていた。中には、その動きによって超安楽装置からレベルの高い罰を受けたものもいた、だがほかの奴隷たちは、みな彼のために、かわるがわる彼の横で斧をふるい、彼に見本をみせて、彼を動かし、罰をうけた。彼の斧はいよいよ、あと少しで、螺旋階段の塔を崩す、ぐらぐらとゆれている段階にきた。そこへきて上空から、マイクをつたい、地底スピーカーをつたわり奴隷たちに、司令部の何者かの声がする、その声は震えていた。その声は、なさけないおびえたような声で断末魔の叫びをあげた。
「じ……地震か、奴隷ども私たちをまもれ!!!!」
言い終わるか言い終わらないかの間に塔は倒れ、すごい音を立てた。
《どどどど》
切られた塔は、その断面から上がぱっくりと、大きく傾き、重さに耐えきれず、真ん中あたりで折れて、折れた塔の上部が、地中奥底におちた。音はすさまじく、埃もすさまじいものだった。奴隷たちの中にもその運動の犠牲者はでたが、全ての音やほこりがやんだころ、静かな歓声がきこえ、それは徐々に大きくなっていった、しばらくすると、みな一様に歓喜につつまれ、翌日から、新しい臨時の支配体制が整った。その新しい地下王国には、一つの宗教が生まれた。それはあの記憶を失い、塔を倒した男を祭る宗教で、男はその時以外の記憶を持たないものの、信者にかこわれ、不自由なく、幸せな生涯を送ったという。
楽をした人