交換条件
ある門番警備の男、ヨロの前に、ランタンの精があらわれた。それは男の抱えているランタンで、祖父から受け継いだ古いものだった、埃をかぶり、汚れてはいるが、それなりに手入れはして、大切に扱ってきたものだ。そこから今日、もくもくとけむりがたち、
「毎日街の入口の番をしているかわりに、お前の願い一つかなえてやろう」
という。男は随分黙り込んで考えたが、退屈な村の長閑な生活にあきあきしていて、かといって王都へ行って厳しい生活をする気概もなかった、王都にいって願いでも叶えてもらおうか?しかし不安もあるのだ。男は、ランタンの精に願いをかなえてもらう事にした、王都へ行けば手に入るものの一つでも手に入れば、その気持ちがわかる、前に進むか、後ろに進むか、自分の気持ちが変わるかもしれない。男はランタンの精に命じた。
「ならば若く美しく、王都に似合うような女をくれ、しかし彼女は、特別でなくてはいけない、俺を決して飽きさせないような」
「いいだろう、しかし注意をすることだ、これは単なる願いをかなえる機会ではない、交換条件なのだ」
ランタンの精の言葉に男は驚いて聞き返した、着ていた肩から布をかぶったような衣装の腰ひもをしめて、掻いてものを考えた。
「そんな話は親父も祖父も王都の商人もいわなかった、お前はまったく、本当にランタンの精なのか」
「俺は願いをかなえるだろう、だが、俺のかなえた願いが、お前の気に入るものかどうかは、俺がすべて管理できるものではない」
あたりに稲妻のような明るい光が差し込んだかと思うと、ランタンの精は消え、その男、門番のヨロの望んだ、一目ぼれをするような、美しい女があらわれた。彼は息をのんだ。
「交換条件なんてわけはないだろう、こんなに美しい女は世界に二人としていない、村のみんなに自慢できるぞ」
ヨロは女と暮らし始めたが、すぐにランタンの精がいった言葉が理解できた。女はとにかくわがままだった。家の事はほとんど夫にやらせて、日ごろ化粧をしたり本を読んでいて自分と話すこともほとんどなかった。
「家の食事はまずい、着るものも、やることも退屈で、景色にも飽きる、少し一人にさせてください」
女はわがままだったが、ヨロ以外の人間には、決してその本性をみせず、礼儀正しい人だった。
それからというもの、ヨロは村の門番をする夕方から夜明け前までの間、ある限られた時間の間、もう一人いる向いの柱の門番が驚くような、奇怪な行動をとるようになった。それは、ヨロがいる右側の門の柱のそばにある大きな岩、門番にとっては、休憩ができるちょうどいい腰掛になるので、いつも左右の門どちらかをきめるとき奪い合いになるのだが、その椅子に一度もすわらず、頭を打ち付けるようになったのだ、そして男が頭をうつと、岩と男の間で火花がちるほど、すさまじい衝撃だった、片方の門番がわけを尋ねると。
「おれは、都にいくかどうか迷っているんだ、放っておいてくれ!!」
門番たちはせっかく若く美しい奥さんがいても、旦那がああでは子供もできまいとひそひそと哀れな噂を流したものだった。あいもかわらず、ランタンあのランタンのまま、ヨロがそんな奇妙な事になっても、ランタンの精は現れず、何の説明も説得もしないのだった。
そんなある日のこと、それはちょうど、女があらわれてから50日ほどたとうかという頃だったが、門の前で警備をしつづけ、仕事がおわる夜明け前の事、馬の蹄の足音と、ヨーヨーと掛け声をかけるはきはきとした男の声がする、
「誰だ!!」
ヨロが声をかけると、影の向うの男はいった。
「私は今、王都へ帰る途中の王国軍の騎士だ、少し辺境の地へ視察へ出ていたところ、長居をしすぎて、あげく道をまよってしまった、今晩、どこかの宿にとめてもらえないか」
「困ったな、宿などないし」
男はまよったが、その男を自分の家に泊めることにした。
「人助けをすれば、きっといいことでもあるだろう」
「ささ、こちらへ、騎士殿」
「おお、すまない」
騎士を家に案内すると、騎士は玄関口で、固まったように動かなくなった。
(なんと美しい)
ヨロはにやにやとしてその様子を見ていた。
(いくら王都の騎士ともいえど、こんな絶世の美女は見たことがないと思える、少しわがままがすぎるが、やはり私は幸せ者か)
そんな事を考え、ランタンの精のやつがいっていた交換条件というやつも、わるいことじゃないな、と、騎士を自分と同じく居間に布団をしき、そこで眠るように催促した。妻はいつも仕切られた左の、向こうの扉の奥のほうでねむっている。本を読み妻を寝かしつけ、とこへ着いたのだが、まだ夜が明けきらぬうちに何か物音がしてきがついた、男が顔を起こすと、例の騎士が、甲冑をぬいで、右手に剣をもって、自分の左肩のあたりに、いま振り下ろそうとしているところだった。騎士はそれに気づいて、そのままゆっくりと、力をぬいた手で、あきらめたように武器を腰当たりに構えなおした。ヨロは、家の木の板がミシミシいう音に気づかなければ、死んでいただろう。
「なっ、なっ、なっなにを!!血迷ったか!!」
「その女、その女が欲しくてたまらんのだ、俺はあんなに美しい女はみたことがない」
騎士の目は充血して、まるで野犬のそれのようだった、ヨロは奥の部屋で寝ている女を起こさぬように自分を身代わりにして、玄関の戸をあけ、そっと外へ、まるで野犬のように自分をつけ狙う、さっきとはまるで別人のような騎士をおびきよせたのだった。
「あの女は、俺の女房だ!!俺が、親族の友人のそのまた友人の紹介によって……」
「女には、名前もないじゃないか、あれは、普通の女ではないな!?」
「……」
ヨロは、家をでるとき、うちの中、玄関口のすぐ傍にたてかけた、門番の仕事に使っている長槍をかかえてきた。しかしそれでいったい騎士にどうやって太刀打ちできるか、できるならば距離ってい間隔にたもちたい、まだ夜が明ける前、明かりといえば、男のもつランタンの明かりくらいのもの。二人は距離をとったまま右回りによろよろと姿勢をかえ、武器の持ちてを慎重にさぐりつつ、決闘の姿勢に入った。
「えいや!!」
さすが戦場の騎士とみえて、ヨロが距離を取ろうとしているのをすぐに察知したか、おとこの胴めがけてできるだけ距離をつめようとしてくる。ヨロは切っ先をそらされ、長槍の中心あたりで対処をするほかなかった。ヨロはそれでも何度か持ち直し、切っ先を思い切り横にふって騎士の胴を斬ろうとしたが、なかなか簡単に命中せず、ついには動きの素早い騎士がヨロをおいつめ、どうやら、二人は例の、村の入口の門付近にいたようだった。あたりはまだ薄暗く、門の前だとさらにうっそうとした木々に阻まれ、周りの様子が見えない、何度かの打ち合いの果てに、ヨロは、騎士にくみつかれ、首をつかまれていたので、もうだめだ、と覚悟した、それをさとってか、騎士はぐいぐいとヨロをおして、いつのまにかいつもの右の柱の大きな岩にくみついたまま彼をたたきつけヨロはそのままそこに座ったような格好になった。
「お前はあの女には似合わない」
そういわれると、言い返したくなるもので、ヨロは小さくこううなった。
「おれはあの女とここで暮らすときめた」
「しねえええ!!」
暗闇から最後の雄たけびが聞える、もうだめだ、とおもったとき、ヨロはひらめいた。右手にはまだ長槍がある何を思ったか男はそれを短くにぎり、石にうちつけた。
「ガンッ!!」
一瞬、暗闇に閃光が走ったかと思うと、ヨロの長槍が、騎士の男の腹をつらぬいていた。そしてどういうことか、騎士はそのまま、砂のようになって消えてしまった。男はその石が火打石となるような固い石だとしっていた、仕事仲間には暗闇でわからなかったが、男はいつも、自分の頭をうちつけていたのではなく右手にもった、その槍の切っ先をぶつけて、わざと火花をちらして、きをまぎらわしていたのだった。
「おやおや、覚悟はできたのか」
ふらふらと疲れ果てたからだで、石のそばでよこたわると、ぼやける意識の中で、ランタンから精の声がきこえた。それから数時間後、自分を取り囲む大勢の声と、朝日の眩しい光にめをさますと、揺り起こすものがいた。それは男の妻だった、妻は涙を流し、男の生還を喜んだ。それから妻は人が変わったように、男にやさしくなり、男は妻にアナベルという名前をつけて、二人は仲良く暮らしたという。
交換条件