Last Tears 1
この世界の始まりは火と氷のその2つの世界から始まったというらしい。火の世界のムスペルヘイムと氷の世界のニヴルヘイムのこの2つ。
そして今の世界は9つある。アースガルズ、ヴァナヘイム、ミズガルズ、ムスペルヘイム、ニヴルヘイム、アルフヘイム、スヴァルトアルフヘイム、ニダヴェリール、ヨトゥンヘイムに分かれている。そしてそれぞれの世界にはそれぞれの種族が住んでいる。
アースガルズにはアース神族が住み
ヴァナヘイムにはヴァン神族が住んで居る
ミズガルズは人が生活していて
ムスペルヘイムにはスルトが住み
ニヴルヘイムは氷の巨人が居る
アルフヘイムにはエルフがいる
スヴァルトアルフヘイムは黒いエルフが生活を
ニダヴェリールはドワーフと小人が一緒に暮らしてる
ヨトゥンヘイムには巨人が住む
それら全ては「世界樹ユグドラシル」によってそれぞれ分かれているのだ。必要なときは助け合い、いたわり合う。ソレは基本となっている。別にミズガルズにドワーフやエルフが居てもおかしくは無いし至極当然のことである。番(つがい)になることはないが違う種族が他の種族の世界に住むことは出来る。ソレが当たり前なのだ。
朝が訪れた。カーテンの僅かな隙間から火の光が燦燦(さんさん)と差し込み光が一人の少年の顔照らしていた。この日は雲一つない晴天でいつもより気持ちが良かった。
「……あれ……朝…?」
まだ寝惚けているのか少年は眠たそうに目をこすり大きな欠伸をし、目尻に涙を溜めていた。それに加え髪はボサボサしてだらしなく跳ね上がっていた。彼はミズガルズに一人で住む16歳の人間の少年だ。性格は優しく、話掛け易い。身長は167と高くは無いものの低くも無い、至って普通の高さで青みを帯びた短髪でやや痩せ型である。
少年は依然ベッドの上で呆然として窓の外を眺めていた。窓の外には小鳥が飛び町の人々が商店を開いたり農具を持って出かける様が良く見えた。
この少年の家は大きな大木の中をくり貫きソレを家にしたものであり、雨風にやられぬ様に特殊な加工を施したものだった。そのほかの家は木材を使った家やこの少年のように木をくり貫いて作った物ばかりだった。と言うよりはソレがこのミズガルズでは普通なのだ。他にもレンガ造りの家もあるが此処、ミズガルズの大半は木々を使った木造なのである。ソレもコレもこのミズガルドがユグドラシルの中で一番木々やそういった自然の恩恵を受けた土地だからだ。次は恐らく……いや、十中八九アルフヘイムであろう。それの理由ならエルフは自然の中で生きるものらしい。それなら何故このミズガルドの方が自然が多いのかは謎である。
少年はしばらく呆けていて時計を見ることを忘れていたのかふと掛け時計に目をやると時計の針は九時を指していたのだ。
「……? 九時? ……マズイ寝過ごした!」
すると少年は急いでベッドから飛びぬけカーテンを開けて、顔を洗い急いで服を着替えた。そしてその後適当に貴重品を鞄に詰め込み軽い朝食をとってドアを乱暴にこじ開け鍵を閉めて走りだした。走っている最中もずっと「マズイ、マズイ、マズイ」と連呼して焦っていた。走り続け髪が乱れたり服が着崩れしても気に留めずそのまま森の中に続く小さな道を全速力で駆けて行った。
「親方ぁ! 遅れてすみません!」
と少年はとある金工場にやってきた。その金工場は森の中にあり辺り一面が木々で囲まれているとても静かな場所なのだ。たまにエルフが数人程度この森にやってくることがある程綺麗な森なのである。この森は手入れ自体されていないものの鬱蒼としている訳でもなく程よい感じに木々が生えているのである。そして少年は金工場に着くなり直ぐに少年は作業服に着替えなおし少し焦り気味に出席を記入し急いで自分のロッカーに駆け寄って行った。親方の名前はダーウィン・バーテル。種族は人間で言うまでも無くこの仕事場の総監督みたいなものである。
―そう少年は此処で正規に働いているのである。
「おせぇぞローグ! 何してたぁ!」
少年―、ローグはせっせと荷物を片付け腰にポーチをつけて必要な道具を腰のポーチに詰め込みダーウィンの下に走って行った。ローグは走り続けて息が絶え絶えになっていたがそれでも休むことなくダーウィンのところに駆けて行った。息を整える間もなく遅刻の理由をダーウィンに説明し始めた。
「す、すんません!ちょっと寝坊しちゃって……」
「寝坊だぁ? このアホンダラ!」
と言ってダーウィンはローグの頭に拳骨をやった。無論ローグは「痛ぇぇ!」と悲鳴を上げ頭を抑えて工房の床をのた打ち回った。その度機械に頭や体のどこかを当ててはまた悲鳴を上げていた。
「んな面白いことやってねぇでとっとと仕事しろ!」
とダーウィンに喝を入れられてローグは立ち上がり「今日はツイてねぇ……」とダーウィンに聞こえないように愚痴をこぼした。それから直ぐに自分の持ち場に着きイスに座り懸命に仕事を始めた。この金工場は時計だったりそういった精密機器を主としたものを取り扱う。ローグはそういった類の扱い方は工場内でも軍を抜いていた。それから数十分後にローグはダーウィンに呼び出されて工場の隅に連れて行かれた。そしてそこでローグは更にツイてない事を聞かされたのだ。
「お前は今日遅れてきた分居残りで仕事だぞ」
ソレを聞いたローグは肩を落とし落胆した。がいつまでも肩を落としていては仕事も終わらないと踏ん切りをつけ、持ち場に戻りまた懸命に仕事に取り組んだ。取り組み始めてからのローグは人が変わったかのように効率よくせっせと働いていたのである。元々は真面目な性格なので何をしても効率が良いのだ。ダーウィンはソレを誰よりも知っているつもりだった。
通常の仕事が終りローグは遅れてきた分の残業をしていた。他の人たちは既に今日の仕事を終えて帰宅していたがローグは寝坊した為同じ時間に帰ることが出来なかったのである。寝坊をした自分の自業自得である。
「……はぁ。……ツイてねぇなぁ」
とため息交じりの捨て台詞を文字通り言い放ち黙々と作業を続行させていた。と、そこにダーウィンがすたすたと歩いてきたのが横目に見えた。無論ダーウィンといえおしゃべりをしていては帰る時間がどんどん遅くなる。朝此処に九時半に着いて今は夜の八時なのだ。頑張れば後三十分で帰れるのだ。故に話なんてしては居られない。しかしいくら働いているとはいえまだ16歳。ましてや人間なのだ。辛くないわけが無い。それでも生計を立てないといけないので愚痴をこぼしても働かないといけないのである。といっても貯金は少なからずあるわけで給料にして数か月分はある。そんなことを言ったところでローグの延長時間は短くなりはしない。ローグはダーウィンが近付いているのにも係わらずにため息を漏らした。するとダーウィンはローグの横に立った。無論ローグはため息のことを指摘される覚悟で居た。
「お前、今日はもうあがって良いぞ」
とダーウィンが珍しい事を口にした。ローグはてっきりため息のことを指摘されるのではないかとビクついていたので彼にとっては意外中の意外だったのだ。それにいつもならローグや他の奴らに「今日はお前は残ってやってけ!」など理不尽な事を言ったりはするがその逆は中々無いのである。まあその分の残業手当はいつも出してくれてるのだが。
「お、親方?」
「お前はいつも頑張りすぎなんだ。だから今日は上がれ。んで明日の仕事は休め。週に6回は仕事のしすぎだ」
まさかダーウィンがそんなこと思っているなんてローグには考えもつかなかったのだ。かといってダーウィンに優しさが無いとは思ってないが此処までのことを思っているとは予想がつかなかったのだ。それでもやっぱり意外な事だったのだ。
「良いんですか? 上がりますよ?」
とローグは遠慮気味に言った。
「おお、とっとと上がってしっかり休めアホンダラ。次遅刻したら怖ぇぞ?」
と言ってダーウィンは小さく笑っていた。
―ローグはその日の帰りにとある出来事に巻き込まれるなど思いもしなかった。
仕事の帰りのローグはふと思った。「新しく出来た道を行って見よう」と。この考えはこの辺りの地形を熟知している彼ならではの考えだったのだ。ただでさえこの辺りは入り組んでいてわかり辛いのだ。と言ってもローグにだって恐怖感はある。一度も行った事のない道に対しての恐怖感というよりはその道に対しての不安感だろう。加えてあたりは薄暗く不気味だったのだ。
「こんなことで怖がる俺じゃあねぇよな!」
そう言ってローグは少し躊躇(ためら)いながらも新しく出来た道を進むことにしたが、やはり少しの緊張と恐怖は感じていた。が、案外整備されていたのですんなりと進めそうな気がしてきたのだった。
「案外そうでもなかったな。しかもこの道家に直結かよ」
と安堵しながら進んでいくとローグは道端に何かを見つけた。暗くてあまり見えなかったが大体どんなものかは分かっていた。
「ローブか何かだな……」
とローグはソレを手にとって見たがやはりただの布切れだった。すると「まあ良いか」といってローグは布切れをもとの場所に戻し再び歩き出した。が―
ローグはまた何かあることに気がついた。ソレは暗くてもはっきりと分かった。手があり、足があった。どう見ても人だった。しかも大きさもローグより10センチ程小さいエルフの少女だった。
「だ、大丈夫……?」
ローグは恐る恐る声を掛けてみたが返事は無い。が、寝ているわけでもない。ローグは何故返事が無いのか気になり近くに寄ってみると、その少女は息が荒く顔も赤くなっていた。十中八九熱があるのだろう。そんなのを目の当たりにして放っておける奴は魔王か悪魔のドッチかだ。
「俺は悪魔でも魔王でもドッチでもないしな。幸い家も近いし……運んでいくか」
ローグは少女を背負うようにして家まで運んだ。
―コレが全ての始まりだった。
Last Tears 1
北欧神話を元に作ってみましたが、なかなか難しい・・・