サバに読まれる

宇宙航海歴2001年。人間は朽ち果てた地球、環境が悪化した母星を旅立ち、移住可能な第二の母星を探し巨大な宇宙船に乗って広い宇宙空間へ旅にでた。乗務員のうち、そのほとんどが冷凍睡眠をしている人間だったが。働き続けるものもいた、それはもちろん、船のAIだったり、あるいは、特別な処置を施された人間だったり、アンドロイドだったりした。このうち特別な処置を施された人間というのは、常人の何倍、何十倍もの時を生きる事を許された人間の事だった。三人は艦橋。広い艦橋で、いくつも段状にならんだ机と椅子の上にあるモニターや、正面の特殊ガラスに映る宇宙の景色を見ながら、特別な任務を日々全うしていた。
「なあ、アルファ、退屈だなあ」
「そうだな、ベータ、本名で呼び合うのも嫌になる暗い退屈だ、退屈じゃないことがあったら、この呼び方をもとにもどそう。本当の名前で呼び合おう」
「そうだな、アルファ」
二人は艦橋にて、異常をしらせるエラーの音をまち、あるいはAIが自動運転機能によってトラブルを起こさないかを監視する役目があった。さらにあと一人、艦長と呼ばれる老人がいたが、いまはエンジンルームへ点検へ行っている所だった、
「なあアルファ、相談があるんだよ」
「なんだベータ」
相談というのは、彼等があまりにも長い時間、2000年ものときを生きて来た“老人”であることを冷凍睡眠をしている多くの人間に知られたくないという事だった。だからサバをよみ、自分たちもエラーが起きたとき、問題が起きていた時以外は寝ていたことにしないかというものだ。たしかにそれは、二人の熱い男の友情の約束という事になった、しかしあと300年もたったときアルファが魔が差したように、ベータに相談をもちかけた。それは悪魔的な考えだった。常識のゆがみは恐ろしく、長く閉鎖された空間にいると、いかな娯楽がそろっているともいえど、そのあまりに長い月日の中ではそのほとんどを簡単に消化しきってしまえた。アルファとベータは、艦長とは違い、艦橋のゆかにねそべって管をまく事もあったし、仕事はまじめにこなしたが、退屈にはあまり耐性がなかった。
「艦長、艦長だよ」
「艦長?」
アルファの考えとはこうだ。いつも口うるさい艦長。自分たちをしもべのように使う艦長。彼がいない時を見計らって、それはちょうど、人間の冷凍催眠室の見回りを二人がかりでしているときだったが、艦長だけは見た目が年老いている。だからこれを利用して、約束通り彼らは自分たちが長寿ではないことにして、艦長だけ、仕事中ドジを踏んで、老けた顔になってしまった、という事にしようという提案だった。艦長もまた特別な長寿の措置をほどこされたものだったが。艦長にだけ仕返しをしようとベータに持ち掛けたのだった。それはほんのいたずら心だったのだが……。
ついに宇宙船はある星をみつけ、冷凍睡眠をしていた乗組員、技能者集団だけをおこし、最適な環境へ整える準備をはじめた。惑星におりたち、宇宙船は基地の機能をはたし、生活環境を整え、星を整理しはじめた。それは地球とまったく瓜二つの惑星だった。惑星の開拓は順調に進み、10年もすると文明の原型ともいえるものが生まれた、彼等、艦長とアルファベータは、宇宙船の守り人として特別な地位と、わがままなふるまいを許され、まるで独裁者のようにわが物顔で星を動き回っていた。金にも食べるものにも苦労しなかったのだった。宇宙船の近くにある高い大地の上に、神殿がつくられ、それが彼等三人の住居で、彼等は本当に神のようにまつられ、神話までつくられていた。丁度そのころ、アルファとベータは約束通り、男同士の秘密をまもり、しかし二人は艦長のうわさだけを流したのだった。
「彼は、失敗によって、冷凍睡眠のスイッチを押し間違えたことがあり、だからあんなにふけているのだ」
と。しかし彼らはすぐにしっぺ返しをくらった。もう一つ噂が流れたのだ。
「設計上、そんな操作ミスはありえない、だとすれば艦長はこの星にたどり着くまでの数十年間、一人で艦内で働き詰めで、それでおいたのではないか」
と。確かに技術者や科学者にしてみればそんな事を突き止めるのはわけがない、二人は後悔し、やがて妙な噂を流すのをやめた、しかししっぺ返しはそれだけでは終わらなかった。
「どうも艦長はもっと長い間生きていたらしい、記録がのこっていて、それは何千年分にもわたる日記と、彼の部下たちの毎日のくらしぶりをしめしていたらしい、彼等は、永遠にも近い命をもち、宇宙船を監視する役目をもっていたのだという」
噂は波紋をひろげ、やがて、惑星を開拓していた従業員すべてにことはしれわたった、はずかしくなったベータとアルファは、100年ほど冷凍睡眠をする事にしたという。しかし二人が目覚めたころ、そこは楽園、まるで母星のような緑の惑星になっていて、エルフのような容姿をした美女たちが、彼らを起こし、こういったという。
「祖父や祖母にきいております、おちゃめな二人の神様、艦長様を悪く言って、自分の年齢のサバをよむなんて、サバを読もうとしたら、サバによまれてしまった、こんなことわざきいたことないって、あなたたちの話は今でも有名ですよ」
100年たてば皆忘れると思ったら大間違いだった。彼らはあまりにも長い時間を生きすぎたのだった。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-14

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