か細い腕
昨日夜の事を想いだす、いったいどうして、どれだけ酒を飲んだのか。か細い腕、どうしてかそれに心当たりがある。台所で洗ったばかりのコップから水をいっぱいつぎのみほして、血中のアルコール濃度を下げようと試みた。腕時計は午前5時を示している。水は体内を循環する。しかしそれで気分の悪さは収まるのだろうか。時間感覚を失ったのはいつだったろう、もっとずっと前の気がする。焦りが消えると同時に、目の前にあるもの、つかめそうでつかめないものへの距離と、成果を残せない事実が停滞した意識の中で今の自分に重くのしかかる。そうだ、昨日は祭りにいったのだ、久しぶりにいったのだ、昔いやなことがあったから、それから随分と長い事祭りにはいってなかったのだが、ひさしぶりに顔をだしたのだ、同級生やら、地元の面々が顔をそろえて、なかには屋台をやっている親戚もいた、活気にみちていてみなはきはきとしている。しかしいつだろう、あのか細い腕をひいたのは、あれはいったいだれだったろう。遠い記憶、今も重くのしかかる記憶、そして僕しかしらない僕の傷跡、あの祭りには、地元の祭りには、あの日亡くした恋人がいる、病弱な彼女の願いを聞き届け、症状を悪化させたのは自分だ、なのに誰も僕を責めなかった、だからこそ、今も恐怖と重圧が僕を責め続ける。だからこそ、あんなに酒を飲んだのか。夢もうなされた。昨日見た誰もがまるで自分を責めているような感覚におちいって、目の前がぐらぐらする。もう一度寝床に入る。畳のへやに敷かれただけの敷布団の上に、タオルケット一枚でくるまった。縁側の客間にて、ごろ寝をする、こんなことは、ここに、実家に住んでいたころもあまりなかった。なぜ地元へ戻ってきてしまったのだろう、なぜ祭りへいったのだろう、その後どうしてこんなに酒をのんだのだろう。思い出せない、あのか細い腕がいったい誰だったのか、いや、思い出していた。あの腕は、彼女の……彼女の友人の腕、僕を励まそうとしてつれだしてくれた友人の腕。しかし僕は彼女の事をあまりしらない、地元で一番、知らないくらいだ。ただひとつ思い出せるのは、昨日の夜浴衣姿の彼女は、あの時の僕の彼女のように……僕からはぐれて、僕の浴衣の袖をひいて、記憶の中、二人は同じことをいったのだ。
「ねえ、どうして迷っていたの」
屋台の途切れた公園の階段の手前で、わるびれるでもなく、はぐれたと思った、とか、おいてかないで、でもなく、ただただ意地悪そうに、そういった。
か細い腕