連載 『芥川繭子という理由』 66~70

時枝 可奈

  1. 連載第66回。「繭子、ラストインタビュー」4
  2. 連載第67回。「繭子、最後のインタビュー」 5
  3. 連載第68回。「繭子、最後のインタビュー」 6
  4. 連載第69回。「繭子、最後のインタビュー」 7
  5. 連載第70回。「繭子、最後のインタビュー」 8

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。
自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、
こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。
既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第66回。「繭子、ラストインタビュー」4

2017年、3月某日。



2月の下旬、神波大成、伊澄翔太郎、池脇竜二の順番でラストインタビューの収録を行った。丸1日のスケジュールを独占し、この1年の総括としてバンドの事からプライベートを含む様々なお話を聞かせて頂く事が出来た。その中で、神波大成の一言を切っ掛けに事態は急転し、バンドに対するアプローチ及び個人的な原動力が芥川繭子に起因しているという、まるで予想駄にしなかった話へと発展した。
そして間を開けて3月、伊藤織江の帰省へ同行するというイレギュラーな空白期間を経て、芥川繭子へのラストインタビューとなる本日を迎えた。
もちろん今日だけではないが、この日を迎えにる当たってこの1年の膨大な資料映像と手記を何度も確認し直した。やはりいまだに、ドーンハンマーというバンドとメンバー個人の持つ人間性の奥行や魅力の天井が見えないと思い知らされる。当初長いと思われた1年という密着取材の期間は、今にして思えば全く短すぎて到底十分な時間とは言えなかった。
傍から見ればそれは単なる私の取材能力の低さであり、焦点がぶれているが故の情けない結果だとご指摘を受けるだろう。否定は出来ない。
この場で敢えて白状するならば、私の中にあった大枠としての物語のスタートはこうだ。
芥川繭子が不屈の精神で生きた10代の終わりにドーンハンマーと出会い、人生の目的と終着点を決めた事が全ての始まりであったと。
だが、事実は全く違っていた。
ここから先の話は、物語の聞き手として生きて来た雑誌編集者の私ですら、耳を塞ぎたくなるような心痛に幾度も見舞われたと断っておく。公にすべきではない話なのだとも、正直思う。
しかし最終的な決断をバンド側、バイラル4側へ一任しようと考えた時、私は彼らの言葉を思い出した。


「恥ずかしい事なんて一つもない」
「俺達はこうやって生きて来たんだ」
「これからも、そうやって生きていくよ」
「何も怖いもんなんてない」


『神波大成との対話、ラストインタビューの続き』
-- 10年前に考えていた事とは言っても、別に繭子の事ばかり考えていたわけではありませんよね?
「当たり前だろ(笑)」
-- バンドについてのお話ですか? それはどういった?
「もちろん今はそれだけじゃない言っていいと思うけど、今俺がこのバンドでベースを続けてるのは繭子と出会ったからだよ」
-- え?
「ん?」
-- それは大成さんご自身の、言うなれば個人的な思いというお話ですか?
「どうだろうね(笑)。言葉で確認し合ったりしないから断言は出来ないけど、きっと他人には気持ち悪がられるくらい根底にある部分の話って俺達は食い違った事がないから、きっと似たような事はあいつらも考えてると思うよ。俺はね」
-- それは信条とか、あえて角張った言い方ですが、思想においての話ですよね。バンドに対しての根源的な理由として繭子の名が挙がるというのは、この1年取材してきた私から見れば納得が出来ませんし、そもそも他のメンバーとそこまで共有出来るものなんですか?
「全く同じとは言わないけどね(笑)」
-- それでも。…ではお聞きしますが、繭子がいなければ、バンドを続けてはいかないと言う事ですか?
「いなければって、何、今?」
-- はい。
「やめるかやめないかって話ならやめないよ、音楽は好きだし、生活あるしね。でもアメリカには行かないかな。それこそ好きな事やって食ってくだけなら日本でいいし」
-- ええええ!
「そんなに驚く話か?」
-- 驚きますよ!え、どうなってるんですか?…ええ?
「混乱し過ぎだよ。10年前の話してんのに、何で今それを聞くんだよ(笑)。っはは、ちょっとじゃあ、ゆっくり話をしようか」
-- すみません、お願いします。
「どの程度まで繭子があんたに打ち明けてるか分からないから、自分の事だけを話そうとすると順を追って話さないといけないんだけど」
-- お時間の許す限り、お願いします。
「…ノイが死んだ時、14年前」
-- …はい。
「別に例えでもなんでもないけど、大切な人間を失う事の辛さの、そういうリアルな感触っていうのを初めて味わった気がするんだ」
-- リアルな感触。
「俺は父ちゃんが早くに死んでるから意外かもしれないけど、子供だった分、実感として、まだまだ理解しきるには幼かったのかなって思うんだよ。状況もちょっと複雑だったし。もちろん母ちゃんとか、その世代の人達のあの悲しみようははっきりと覚えてるから今はちゃんと理解してるけどね。だけど俺にとってはノイが、その最初だったんだよね」
-- なるほど。子供時代とは違って、誰かを大切に思う気持ちにも実態が伴ってきますものね。
「そういう感じだと思うね。それに織江の妹だからってだけじゃなくてさ。ずっと、なんだかんだで、一緒に生きられると信じてたから」
-- はい。
「底抜けにいい子だったんだよ。だからこそ、ちょっとそれまで想像してた感情や肉体的な痛みを超越した不幸だと思ったね。大袈裟かもしれないけど、こんなに悲しい事あんの?って」
-- (頷く)
「(沈黙)」
-- (待つ)
「あのー…ほんとごめんね、最後の最後でこんなね、あはは」
-- いえいえ、全く。謝ったりしないでください。
「バンドの密着取材だってっつって来てもらってんのに、最後には身内が死んで悲しかった話なんかしてさ。順を追って話をするにも、ちょっと遡り過ぎたかな(笑)。ホントごめんね」
-- いえ。
「だけど。…それでもどこかで分かって欲しいと思ってんだよね、アンタにはね」
-- はい。
「織江の横に、竜二の横に、俺達の側に、伊藤乃依っていう物凄く頑張って生きた子がいたんだって事を、ちゃんと分かっててほしい。覚えてて欲しいし、出来れば今回の取材であいつが一瞬でも蘇るなら嬉しいなっていうのも、ちょっとあって」
-- はい。
「あいつとバンドは全然関係ないけどさ、でも、俺達自身とは全然無関係ではないから」
-- なるほど、はい。僅かながら、出来得る限りの尽力は致します。
「ありがとう。…侍みたいな事言うね(笑)」
-- すみません(笑)。
「振り返ればきっともうそこらへんから、繋がってる気はするんだよ。自分という人間の弱さを考える時にさ、俺はいつもノイの事思い出すんだ。当時はまだ繭子と出会ってないんだけど、だけど無関係ではないよ、やっぱりね」
-- …はい。



『伊澄翔太郎との対話、ラストインタビューの続き』
-- 怖い言い方しないでくださいよ。
「あいつは、どんな風に話した?」
-- 大成さんですか? ええっと、今ここで私が口にして良いものかどうか。
「ああ、そういうもんかな。じゃ内容は良いよ。例えば、項目だけくれたら俺も同じように話すから」
-- 項目ですか。…ノイさんの事とかですかね。
「ノイか! ノイなぁ」
-- そこからかよ、とは仰らないんですね。
「…難しいなあ、言い方がな」
-- 以前翔太さん、仰ってましたよね。
「ん?」
-- 例えばあの日に戻って何か出来るとしたら全部やる。なんでもする、と。
「ああ。…いつ言ったんだっけ?」
-- 『END』の制作時です。
「あー、うん」
-- 全く、癒えない傷として今もあなたの胸にあるんだと痛感しました。
「そうだな。…傷っていう言い方はしっくりこないけど」
-- もしくは、穴。
「そう、そうな。穴だよなあ」
-- はい。
「だから、残される方が嫌だったんだよ。俺はそう思う」
-- はい。
「今もそうだしな。ノイが…可愛すぎた(笑)。人として、家族として、良い子過ぎたんだよ。出会った頃はまだ皆ガキだったし、一緒に育ってきたつもりでいたから」
-- はい。
「その『END』の時かな。竜二がさあ、どうやったって会えないから死なないだけで、会えるんなら死ぬって言う話をしたって聞いて」
-- はい、辛いお話でした。
「あはは。そう、それ聞いた時も危うく俺、織江の前で頷きそうになってさ。だから気持ちはすっごい分かるよ、竜二の」
-- …。
「本当に、もう会えないのは分かってるから死にはしないけど、会えるんならそりゃ死ぬよ」
-- 翔太郎さんはそれを仰ったらダメですって!
「あははは!いやいや、うん、分かってるよ。でもそういう出会いとかさ、家族とか、失った側の考え方の正しさとか。精神論的な事は何も分からないけど、でも俺達の心の本当はそこにあるんだよ。繭子はそういうの敏感だから気づいてたっぽいけど」
-- ええ、そうでしたね。
「けどそういうネガティブさを受け入れてしまった俺らと違って、織江がね。その倍、もう、その3倍、10倍、たくさん背伸びして、前を向いて、顔を真っすぐ上げて、全力で俺達を率いるわけだ。前に進むぞ、行くぞ、ついて来い!って」
-- …。
「そういうの見てたらやっぱ震えるよな。だからこいつを100倍幸せにしてやんなきゃノイも悲しむなって。まあ、それは神波先生が男を見せてくれたおかげで少しは実現出来たけど。まだまだやれる事があるはずだ、あいつの掴むべき幸せはこんなもんじゃないって。だからノイを失った悲しみはそれとして、今更ここへ来てまた織江泣かすような事すんじゃねえよ、バーン!のパンチ」
-- …え?
「会議室で竜二ひっくり返したのは、本当言うとそれが大きいな」
-- そうだったんですか!? 私、URGAさんの事を思ってとか、裏切られたと感じてとか、何かそのような事なのかと勘違いしていました。
「あー。あの人(URGA)には確かに誤解を与えたと思うからちゃんと説明はしといたよ。本人から色々聞かれたのもあるし」
-- そうでしたか。
「うん。だから、今更言葉や声にして出すと織江が悲しむから言うなよ馬鹿って思うし、織江の前で『分かるわー』なんて口が裂けても言えなかったけど、でももうあいつも気付いてるとは思うけどね。…やっぱりそうは言いながらもさ、竜二の気持ちは仕方ないって。…もうこればっかりは仕方ない。俺だって今誠が死んだら同じ事考えるだろうからな』
-- だから!
「(笑)」
仰け反って手を叩き笑ってはいるが、彼が本心からそう思っている事はもはや疑いようがなく、その時感じた私の恐怖は凄まじいものがあった。



『池脇竜二との対話、ラストインタビューの続き』
-- (カメラの撮影を)止めました。
「(深呼吸)」
-- …。
「(深呼吸)。…っしゃ!いいぞ、再開!」
-- え! 回すんですか?
「一応プロだからな。見せ方には拘らねえとな。プルプル震えてちゃ格好悪いしよ」
-- 全然震えてるようには見せませんが、分かりました。…さすが、NGのない男!
「泣いてんじゃねえか(笑)」
-- 泣いてません!
「あはは。でもある意味この話は、俺の中じゃあテメエのガキの頃の話なんかよりよっぽど重たいと思ってる所はあるな」
-- そうなんですね。

(再開)

「昔誠がよ、自分は死神なんじゃないかって言った事があって」
-- 誠さんですか? …死神?
「まあ、察してやってくれよ、そこは。今そこを詳しく話したいわけでもねえしよ」
-- はい。
「実際面と向かってあいつにそんな事言われたって、もちろん俺達は取り合わねえよ。そんな与太話には付き合わねえし、慰めるつもりもなかった。でもそれは『馬鹿言ってんじゃねえよ』って突き放すような感覚っていうよりかは、どちらかと言えば苦笑いに近いと言うかね」
-- …身に覚えがあると?
「いいねえ、話が早くて助かるよ」
-- すみません。
「謝んなよ。まあ、全然不思議系な話じゃなくてよ。ガキの頃から人の生き死には割と近くにあったから、そういう引っ張るような、引っ張られるような感覚が理解出来ちまうのは俺にも何となくあって」
-- はい。
「でもよく母ちゃんに叱られたのは、『お前みたいなもんにそんな大層な力なんてないから安心しな!』って」
-- 素敵なセリフですね。とても安心出来ます。
「あはは!だから誠にも同じセリフを一度言ってそれで終わり(笑)。ただ、自分が誰かの死を呼び寄せるとかそういうオカルトな力は信じてねえけど、確かにあるなって思ってるのはさ。ノイもカオリも、アキラも。いなくなる時大なり小なり、俺達の中にある何かを一緒に持って行ったなって思ってんだ」
-- なるほど。『END』。
「いやいや、あの詩の話じゃなくてさ。実際問題、喪失感ってよく言うけど、確実に俺の中の一部を持ってったなって思って」
-- 一部。
「それは間違いねえと思ってんだ。言うなれば寿命とか、あるいは未来とか可能性とかそういう類の物だと思うんだ。目には見えねえけど、ちゃんとある物っていうかさ。きっとあいつらが死んでなけりゃあ、俺達はもっと楽しかったはずだし、もっと色々やれたはずなんだ。ヨボヨボんなるまで長生きして、嫌われ老人になってもデスボイス出してえとか、それをあいつらに笑って欲しいとか。…4人でな。けどその可能性はもうないわけだ。この先永遠にない」
-- ああ…。
「そういう後ろ向きな、真っ暗い気持ちっていうかさ。持って行かれたまんま一生埋まらない部分にそういうねじくれた思いを、グシャっと突っ込んだ感覚があってな。それは俺らが子供の頃に味わった絶望とか諦めに似ていて、だけどそれがあったから色々と保っていられたっていうのもあるんだよ」
-- …。
「ああーあ、ああーあって、溜息ばっかりついて、どうせ俺達なんてなって諦める事で、もう永遠に来ない、死んでいった奴らとの未来から目を背けたんだ。でも、それでもさ、『俺達』って言える分、思えた分、俺は幸せだったんだと、気づいたんだよ。俺達はちゃんとノイと一緒に生きた。カオリに出会ってアキラは全力で生きた。そこに俺はいたんだなって」
-- はい。
「でもそれをさ、気付かせてくれたのが繭子だったんだよ」



『神波大成との対話、ラストインタビューの続き』
-- 意外だなと思うのは、やはり大成さんの場合誰を差し置いてでも織江さんの名前が最初に来るはずだと思っていました。
「バンドに対する原動力みたいなものの筆頭に?」
-- そうです。
「言いたい事は分かるけど、織江はもっともっと特別だよ。そんなのバンドやるやらないは全然関係ない」
-- あ。
「うん。一緒に生きる事がもう大前提だし、そういう約束を交わした人なんだからバンドは関係ないよ。関係ないって言っちゃうと、じゃあ今までの彼女の頑張りは何だってなるから言いすぎるのもよくないけどね(笑)」
-- いえいえ、私の聞き方がまずかったです。確かに、大成さんの仰る通りですね。
「問題はさ、繭子がいなければ、俺達はアキラが死んだ段階でバンドを辞めてたって話なんだ。一度は完全に音楽に対する興味を失ってたからね」
-- そうだったんですか。やはりアキラさんの死と深く関わっていたんですね。
「だからノイが死んで、カオリも死んで、続けざまにアキラを失うって分かった時に、もう俺全然我慢が出来なくてさ。自制が効かないというか、泣くわ喚くわ、暴れるわで毎日大変だったんだよ。格好悪い姿を一杯見せたし、アキラも見てて辛かったと思うよ。泣きたいのは俺の方だって絶対思ってたはずだし」
-- …。
「頼むから。頼むから行かないでくれ。お前だけは行かないでくれって。そんな不謹慎な事まで言ってたんじゃないかな、俺」
-- そうだったんですね。
「痛いんだって、膵臓癌って。モルヒネばんばん打って痛み散らして、それでも効かなくて麻酔薬で朦朧としてるあいつに取りついて、それでも楽にしてやりたいとはどうしても思えなかった。痛い事や苦しい事なんてガキの頃散々味わって来ただろ。今更ここで負けんなよ、行くんじゃないって。無茶な事ばっか言って銀一さんに首根っこ掴まれて。翔太郎がそれ見て食ってかかって大喧嘩して。…そういう毎日がずっと、寂しくて辛かったよ」
-- はい。
「俺の事忘れないでくれって言ったアキラが見る影もなくなって、ついに俺達の輪が壊れた日に、俺はもうベースを担ぐことはないなって直感したんだよ。格好付けた言い方してるけどさ、単純に嫌だったんだよな。今まで4人でやってたものを3人でやるとか、別の誰かをそこに加えるって事がさ」
-- はい。
「ガキの頃から知ってるマーとナベですら嫌だったからね、その時は。クロウバーをもう一度やる気にはなれなかったし、3人で今以上の音を出せるとも思わなかった。ああ、これでバンドは終わりだなって考えたら、俺がもうベースを弾く理由はないって」
-- (何度も頷く)
「でも何年か経って、ナベが俺に言ってくれた事があって。アキラが死んだ直後に、5人でバンドやろうよって言おうとしたんだって。でも俺らの顔見たら全然言える空気じゃなかったって。『僕ら2人がどれだけ煽ってもきっと乗っては来ないんだろうなっていう空気が、悔しいという嫉妬よりも、子供の頃から一緒に生きて来た今、それでも何も力になってやれないんだなって事がひたすら申し訳なかった』って、そこまで言われた。…情けないよなあ。そういうあいつらの優しさにも気づけないで、嫌だ嫌だと駄々こねるだけのちっぽけな奴だったんだから」
-- (何度も首を横に振る)



『伊澄翔太郎との対話、ラストインタビューの続き』
「ノイが死んでからほんの数年後なんだよ。闘病生活自体が物凄く長かったからどこかで俺らも覚悟はしてたけど、カオリが死んだ時の辛さって、悲しさとか怒りとか通り越して、そういうのひっくるめてグラっと世界が傾いたのを感じた」
-- どういう存在だったのでしょう、皆さんにとって。
「…きっと、不安定だった俺達の世界を、あの人が一人で支えてくれてたんだと思う」
-- …ごめんなさい。
「泣くよなあ(笑)。いやー、さすがに俺もちょっとやばいな。…大袈裟な言い方してるけどさ、でも本当それぐらいの存在だったんだよ。こっちへ引っ越して来て全然普通の生活に馴染めなくて、落ち着かなくて。高校行ってた頃からの付き会いなんだけど、言ってみれば自分達にとっては埒外の、完全に外の世界の人間って言うかな」
-- こちらへ来てから出会った、初めてのまともな大人の人だったんですね。
「おお、ありがとう。今自分で何言ってるか分かんなかったから助かった(笑)」
-- いえいえ、決してそんな事はありません。
「年は3つしか違わないし、カオリはカオリで全然まともではなかったけどな。でも織江とノイ以外で本当に初めてなんだよ、俺達が心開いたの。今にして思えばカオリが、所謂世間一般ってものにどれだけ馴染めてたかは分からないけど、少なくとも俺達よりはずっと上手く世の中を泳いでるように見えたんだ」
-- はい。
「確実にあったに違いない個人的な苦労や悩みなんかを全部真正面から受け止めて、両腕を広げて空を飛ぶようにさ、色んな感情を剥き出して生きてたよ。それを俺達は見てたんだ」
-- はい。
「すげえ泣くし、すげえ笑うし、すげえ怒ってた。あんだけ不機嫌な、世の中を斜に見るような冷たい目つきなくせに、それでもめちゃくちゃ魅力的だったんだ。あんな人は、他にはいない。格好良かったよ。すごく綺麗だった」
-- はい。
「そういう人だったから、頑固で不器用だった俺達の日常をなんとかしてやろうと、ずっと側にいて支えてくれてる存在だったんだよ。きっとカオリがいなければ、俺達全員まともな人間ではいられなかったと思う。今で言えば、繭子や誠にとっての織江だろうな」
-- …。
「カオリがいなくなるちょっと前、言ってたんだ。お前らちゃんと自分の為に生きるんだぞって」
-- …。
「格好いいだろ。そういうのをさ、決め台詞を言うなんて意識もなくサラッと本音で言ってのける人で、全く不自然さも嫌味もなかった。俺達に向かってさ、疲れ切った笑顔で言うわけだよ。『アタシがこの先どうなっちまおうと、頼むから何も背負わないでくれよ。お前らはただ、行きたいところへ行けるうちに、全力でそこへ行ってくれ』って。…俺一人で喋ってるけど?」
-- いやー、もう無理ですよー。
「あはは!悪い悪い、そういうつもりで言ってるわけじゃないんだけど、今なんか俺も溢れた(笑)。…ただ思うわけだよ。つくづく。…そう、つくづくさ、俺達は支えてもらいながら生きてんだよなって。ノイの頑張る姿にせよ、俺達代表善明アキラの最後まで強がった死に様とか、カオリが残してくれた一つ一つの言葉とか。それが今も全部自分達の支えになってるって」
-- はい。
「そういう毎日の中でさ、時たま、昔の繭子を思い出して奮い立つんだよ。俺は絶対に最後までこいつを見捨てないぞ。こいつを一人にはしないぞ。そうやって何か誓いのような物を自分に突き立てた瞬間を思い出して、エンジンを掛けるみたいに、キーを捻るみたいにして、ブルルンってやってるわけだよ」
-- 何故、そこで繭子が出て来るんでしょうか。
「繭子はなあ。うん。繭子はー…」
-- 繭子は。
「振り返れば自分がこれまでさ。たった一人で何かを成し遂げた事があったかって。自分一人だけで乗り切れたことが何か一つでもあったかよって。そう考えた時に、俺の目に映る繭子の、ドラムを叩いてる時の楽しそうな横顔は衝撃だったんだ。自分がほんとちっぽけに思えたな。なあ、時枝さん」
-- はい。
「あいつはあんたが思ってるよりもずっと凄いんだぞ。ほんっとに凄い。俺らは多分あいつと出会ってなかったら、もう音楽辞めちゃってたと思うもんな」



『池脇竜二との対話、ラストインタビューの続き』
「アキラが死んで一度は全部終わったんだ。…俺達はもうあの日の4人じゃなくなった。俺と大成が、当時はまだ何者でもなかった翔太郎を呼び出してよ、アキラが働いてたカオリん家の整備工場でがん首揃えた日。忘れもしねえ、世界に行くぞって宣言したあん時の4人はもういないんだって。それがどれだけ俺達にとって辛かったと思う」
-- …。
「4人じゃなくなっちまった今、バンドをやる意味も音楽を続ける意味もなくなったんだよ。アキラには申し訳ねえけど、お前のいない俺達はやっぱり駄目なんだよって何度弱音を吐いたか分からねえ」
-- …。
「周りを見渡せば確かに色んな約束があった。立って前に進まなくちゃいけねえ理由だってあったさ。だけど人は理屈じゃねんだよな。やるか、やらないかの選択にはよ、そこには気持ち一つしかねえもんよ。だから俺達は3人ともが、一度はやらない方を選んじまった。そこに芥川繭子という理由がなけりゃあ俺達は、きっとここにはいなかったんじゃねえかって。…そう思う」
-- あなた達3人にとって、芥川繭子という人間はどのような存在だったのでしょうか。
「…言葉には出来ねえな」
-- そうですか。以前あなたは、繭子を宝石であり宝物であると仰いました。
「それは今の話だろ」
-- なるほど。
「思いつかねえんだ。言葉で表現しようがないな」
-- …それは。
「まだアキラが死んじまう前。繭子が壮絶ないじめを受けていた頃のピークは、一人では立って歩く事もままならねえような状態だった事は、話したと思う」
-- はい。
「以前俺達が使ってたスタジオで、あの日俺達全員が見ちまったんだ。ドラムの側でうつ伏せに倒れ込んで、全身が痙攣するほどの痛みと麻痺の中立ち上がる事も出来ねえで、あいつは一人這いつくばったまま泣いてたんだ」
-- …そんな…。
「凄かったぜ。だけど、めそめそと涙を流して泣いてんじゃねえんだ。悔しかったんだろうよ。今までに聞いた事がねえような腹から搾り出した声でよ、長い長い絶叫だった。俺達は何も言えなかったけど、考えてる事は同じだったろうな。どうしてあいつがあんな目に合わなきゃなんねえんだ? ただドラムが好きでスタジオ通ってる、そこいらの女の子と何が違う? ただ周りの誰かと同じように、普通に学校通いたいだけじゃねえのかよって。煙草の灰や、汗や、唾やら泥やら色んなもので汚れたスタジオの地べたに倒れ込んで、テメエ一人じゃあどうにもなんねえ状態にまで追い詰められて、だけどそれでもあいつは負けなかったんだ。負けるもんかっつー、そういう叫び声を俺達は聞いたんだ」
-- …。
「そこにはもちろんアキラもいて、俺達4人は何があってもこいつの味方でいようと決めた。それは情や正義感よりも、尊敬だったように思う。こんなにスゲー奴をこのままにしとくわけにいくかよって。…何がスゲーってさ、それからアキラが死んで、完全にバランスの崩れた俺達3人のいないスタジオで、それでも繭子はたった一人でドラムを叩いてたって。アキラが叩いてた『FIRST』の曲をあいつなりにマスターして、涙を飛ばしながら笑顔で叩いてたそうだ」
-- …。
「その姿を見た織江から電話があってよ、何でもいいから今すぐスタジオに来いって怒鳴りつけられた。アキラが死んでから初めて俺達3人は前のスタジオを訪れて、あん時と同じように丸窓から中を覗き込んだんだ。そしたらあいつはすぐに俺達に気づいて駆け寄って来た。繭子どうしたと思う?」
-- …。
「俺達の前まで来て深々と頭を下げるんだ。そいで顔上げるなりボロボロ泣いて、バンドに入れて下さいって、そう言いやがったんだ」
-- …その。
「…おう、頑張れ(小声)」
-- その、当時皆さんとしては繭子の態度を見ていて予兆のような物は感じておられましたか?
「何も。少なくとも俺は何も感じちゃいなかった。というよりも、周りの反応や誰が何をどう思ってるかなんて事は考える余裕がなかった気がするよ」
-- はい。
「まだ、あいつが高校を卒業した直後だったと思う。それでなくとも俺達にとっちゃまだまだ子供だったし、そんな、そこまであいつが思い詰めて、今まさにテメエの人生を大きく方向転換しようとしてるなんて普通は想像もつかねえよ」
-- 例え冗談でも、バンドに入りたいとかドーンハンマーでドラム叩きたいなんて言葉を言ってこなかったわけですね。
「あいつがそれを冗談で言えるような人間かい?」
-- ありえませんね。言った瞬間自分で分かりました。
「だから、その瞬間は俺も大成達も呆然として」
-- はい。
「俺達にしてみりゃそもそも話をしに来たわけじゃねえからよ。織江に呼び出されて、繭子の様子を見に来ただけだから何のリアクションも出来ねえで、『え?』って」
-- その場で繭子の言葉を聞いて、それが冗談だと思えなかったとしても、そもそも彼女のそこまでの気持ちが理解出来なかったと。
「まだ色々と繋がらなかったね、こいついきなり何でそんな事言うんだ?って。だけどアキラが死んで、そういうタイミングで冗談言うような奴じゃねえし、ウソはないんだろうなってのは分かったんだよ。ボロボロ泣いてるしな。だけど翔太郎見ても大成見ても、織江だってそう。皆が皆、『何で?』って」
-- 怒ったりは、されなかったんですか?
「馬鹿にすんじゃねえよって? ああ、少し、大成はそれに近い物があったように感じたな。そもそもそれどころじゃねえよってのもあるし、うん」
-- 想像するだけで胸が苦しくなってきます。打ち明ける方も、打ち明けられる方も、きっとお辛かっただろうなと。
「あいつなりに、…必死に考えた言葉だったんだろうなってのは伝わったけどよ。じゃあ、明日からお前次のメンバーなって。そんな事思えるわけねえし、言えるわけがねえよな」
-- そうですね。…そう思います。
「あはは、まーた泣いた(笑)。とりあえずは今答えを出すわけにはいかねえし、そんな大事な事は今決めちまわねえでちゃんと親とも腹割って話して来いって」
-- あああ、実に竜二さんぽいな!
「バカにしてんのか(笑)」
-- 大好きです竜二さんのそういう所!
「してんじゃねえか」
-- 大好きですってば(笑)。
「だけど…、これは、…なんつーかなー」

連載第67回。「繭子、最後のインタビュー」 5

2017年、3月某日。



「転換点という言葉は上手くないかもしれないけど、あの時代を思い返す時に浮かんでくる場面はいつも決まっていて。大きいのはやっぱり練習見せて下さいって言いに行った時、もっと頼ってくれって言ってもらえた時、バンドに入れて下さいって頭下げた時だよね」
-- 繭子にとって、幸せな思い出だよね。
「私にとってはね(笑)、そうかもしれないけど」
-- なんで? 皆にとってもそうに決まってるじゃない。
「いやあ? 普通に嫌な思い出かもしれないよ」
-- そんなわけないじゃない!
「それは皆の優しさに甘えたいだけだよ。ボコボコの顔した暗い子供が練習見せろって、発声の変な女がいきなり押しかけてきたら普通は怖いと思うもん」
-- そんな事ないよ、分かってるでしょ? 本当は。
「今があるからね。こうやって話す事も出来るけど」
-- …。
「何一つ約束された未来なんてない中で、どうやって私はここへ来たんだっけなって思い返す事があるの。考えてみたら怖い事だよ。私はただ必死だっただけだし、皆に対して何か…、何も、対価というか、お返し出来るような物があるわけでも、そういう行為が出来るわけでもなかった。ただ必死にしがみ付こうとしただけだった。上手に躱す事だって、もちろん皆には出来たんだっていう当たり前の事を考えると、笑って、いい思い出だよねえなんて言えるわけないじゃない」
-- (言葉を、必死に探している)
「言い方はちょっとアレだと自分でも思うけどさ、でも、実際そうだよ。これは別に今になっていきなり思うようになった事じゃないしね。だからそんなどん底みたいな顔しないでよ(笑)」
-- いやいや、そんな、ごめんごめん。どうやって伝えようか今悩んでて。
「うん」
-- 先月、メンバー3人と時間を掛けて最後のインタビューを収録させてもらったんだけど、最後は皆繭子の話をしてくれたんだ。
「うん、聞いてるよ」
-- 皆、辛そうだったよ。
「…」
-- だけどその辛さは3人とも共通して言えるのは、彼ら自身が辛かったんじゃなくて、繭子に対して不甲斐ない人間だったと感じていた事に対して、昔の自分達への後悔だったよ。
「そんなわけないじゃない(笑)」
-- 皆を疑っちゃ駄目。
「疑ってないよ。トッキーの優しい拡大解釈だって思ってるだけ」
-- 繭子。
「うん。でもありがとう」
-- 皆、繭子の事大好きだよ。
「ありがとう」
-- 私も大好き。
「うん、ありがと」
-- おそらくは聞いていると私も思ってたけど、皆と色々話をして、私なりに色々想像を巡らせたよ。
「私の話ね?」
-- そう。繭子優しいから、私がどの程度知ってるか手探りしながら言葉を選んだりすると思って、前もって伝えておかないとフェアじゃないからね。だから今言った。
「そっか」
-- 皆、繭子の強さを褒め称えてた。感心して、尊敬してるって。
「(苦笑いを浮かべて大きく首を振る)」
-- ホントだよ?
「だから、言いたい事は分かるよ。だけど私は自分の努力や人から強さだと見られる何かを全部自分だけのものだと思った事はないし、それは誰がなんと言おうと揺るがないよ。私は何度も諦めかけたし、皆と出会ってなかったらきっと諦めて終わってたと思うから」
- …でも負けなかったでしょ?
「何に?」
-- いじめにも負けなかったし、生きる事を諦めたい気持ちにも、繭子は負けずに立ち向かったでしょ。
「死ななかった事を答えにしていいならそうかもしれない」
-- 絶対そうだよ、それが全てでしょ。
「でも気持ちが一度も折れなかったかって言うとそんな事はないし。それに、自分が強くあろうとする事に勝ち負けも正解もないでしょ。誰が凄いとか誰が正しいっていう他人の力が直接私に関係ないのと同じで、私は私なりに頑張ったかもしれないけど、それはやっぱり皆がいたからだし、努力という点に関して言えばあの人達抜きには語れないよ、何も。トッキーは私を優しいとか頑張ったって言ってくれるでしょ。でもそれはイコールあの3人、あの4人を凄いって褒めてくれるのと同じ事だと思ってるから」
-- う、ん。
「実際、私言われた事あるよ。お前は凄いな、大した奴だ、敵わないよお前にはって。でもね、私思うんだよ。本当に、私の方こそ皆の優しさには敵わないよって。だって彼らはいつも、相手の良い所やチャームポイントを言葉にするのと同時にさ、その相手の人生を褒め称えてるんだよね。そうやって、お前は大丈夫だよ、幸せだよって教えてくれるんだよね」
-- うん。
「自分達の事を多く語る人達じゃないのにさ、自分以外の人に対しては、…まあそれも多くはないかもしれないけど(笑)、でもきちんと褒めたり称賛する場面を私何度も見て来た。私自身は全然誉められたもんじゃないけど、皆にそうやって言ってもらえる事で自信がついた所も一杯あるし、皆の輪の中にいる事も含めて自分を好きになれた。私の人生は今確かに幸せだけど、その根っこには皆の笑顔がある。私自分の力は信じられないけど、皆の力だけは信じてるから」



話せば話す程、私が本当に伝えたい思いと繭子の心が少しずつ離れていく事に気が付いていた。しかし彼女の言葉を聞いているとどこにも思い違いや勘違いなど見当たらないし、人の心は本人だけの物であって、他人がとやかく口出しして良い物では最初からない。
私としてはそんな彼女にどこかでストップをかけて、違う、本当は皆繭子の事をこんな風に思っているよと伝えたかったのだ。だがその隙を彼女は与えてくれなかった。



しかしここからだ。括目せよ。『彼ら』が本当に凄いのはここからだ。



お疲れさまー。
涙を拭って顔を上げると、伊藤織江が大きなトレーを抱えてスタジオに入って来る姿が見えた。
お昼食べよー。
明るく静かにそう言って、彼女は私達にトレーを差し出す。
繭子が立ち上がってそれを受け取りに行く。慌てて私も立ち上がり、ほぼ同時に繭子と二人して伊藤の前に立った。
まだ続けるんでしょ? カレーで良ければ召し上がれ、と思って。
受け取ろうと差し出した私の両手が恥ずかしい程に震え、代わりに笑い声を上げて繭子が受け取ってくれた。
伊藤は笑う事をせず、私も一緒に食べてっていい?と言った。



芥川繭子(M)×伊藤織江(O)。
美味しいカレーライスを戴きながら。

-- 織江さんも、お休みの所わざわざ?
O「うん。まあ、私の場合お休みとかあんまり関係ないしね。タイムカードがあるわけじゃないし、用事がなくても来るしね」
M「織江さんが動けば全部仕事になるっていうね(笑)」
O「え、それは何、お金が発生するってこと?」
M「分かんないです、翔太郎さんがそう言ってたんで」
O「なんだろうね、人の事馬鹿にしてんのかな」
M「あははは!それはないでしょうけど」
O「たまによく分からない事言うからなあ」
-- 翔太郎さんですか?
O「皆そういう所あるけどね、自分達だけ理解してて、相手には上手く伝わってないなんていう事がね」
-- へえ。確信犯でしょうか? 身内笑いに近いような。
O「ううん、笑いたいわけじゃなくて、そもそも伝える気がないんだろうね」
-- ああ、なるほど(笑)。
O「今日これって朝からやってるの?」
-- そうです。だからお昼だって聞いてびっくりしました。
M「ね、織江さん来るまでお腹が減った事にも気づかなかった」
O「疲れてない?」
M「大丈夫です」
-- 早めに切り上げますと言いたい所なんですが、気持ちとしてはまだ終われません。
M「こーわー(笑)」
O「…今日も泣いたね?」
-- 絶賛大放流中です。
O「ちゃんと日記に付けてるからね」
-- ええっ。
M「(笑)、ちょっとどうしよう、笑いすぎて食べれない」
O「2。3日前にね、庄内さんと実際に会って、お話したの」
-- え、そうなんですか?
O「元々相談事のあった所へ良いタイミングであちらから連絡があってね。あの人面白いのよ。時枝さんて出社した時はバッチリメイクで颯爽と取材に出かけるくせにさ、会社に戻って来たら毎日ドロドロに溶けてるんだって」
M「(カレー皿を落としそうになって慌ててテーブルに置き、爆笑)」
-- 嫌だー!なんでそんな事言うかなーあの人ー!?
O「それがもう毎回なんだって。去年後半はずっとウチ(ドーンハンマー)の密着に時間割いてるからもう、毎回なんだって。逆にそうなってくるとケロっとした顔で戻った時なんかは『あれ、今日は先方キャンセルになったか?』って思うんだって」
M「あははは!言うなー庄内さんも」
-- はー、もー、何だかなあ。
O「でね、『え、なんか盛ってます?』って言うとさ、なんて答えたと思う? 『あ、写真見せましょうかあ?』だって。ご馳走様ですって言って帰って来たよもう。何だよって」
(繭子、爆笑。時枝、苦笑)
O「まあでも、別にそれだけで帰って来たわけじゃないよ? うん、全然関係ない話だけど『ネムレ』と『ベスト』のサンプルをお渡ししてから実際に顔を会わせるのは昨日が初めてでさ」
-- ええ。
O「会うなりもう顔真っ赤で。今朝も聞きながら出勤しましたって、ちょっともう言い過ぎかもしれないけど、涙目なの」
-- はい、そういう人ですよ(笑)。
M「ドMのトッキーがちょっとSっ気出てる、お腹痛い(笑)」
O「(笑)、でも今思い出しても嬉しかったなあって。時枝さんを前にして言うのもどうかと思うけど、知り合って10年以上経つからさ。そういう人が今改めて泣きそうになるぐらい心震わせる音楽を作れてるっていう事が。…実はあの人も身内感覚に近いから、ちょっとぐらい採点にも甘さがあるにしたってさ、人間的な評価も込み込みかもしれなけど、それでも今尚現役で格好良いって言わせる物作ったんだなっていう事がさ。前回(『P.O.N.R』)の時もそうだったけどさ、うん、やっぱり嬉しいんだよね、マネージャーとしては」
-- はい。社長兼幼馴染としては。
O「はは、うん、そうね。それもあるかな」
-- 私も嬉しいです。
M「どっちの立場で言ってる?」
-- どっちも(笑)。でも庇うわけじゃないですけど、バンドの作品に関してはえこひいきで聞いたりしない人なんで、そこは信用できると思います。
O「…格好良いとはこういう事だと思いますって、言ってくれてさ」
-- はい。…どうぞ(未使用のハンカチを手渡す)。
O「あはは、ありがとう。持ってるよ」
-- ですよね。
O「自分で言っといてごめんね、全然泣くつもりなんてなかったのにな。タイミングもめちゃくちゃだ(笑)」
-- そのお気持ちは凄くよく分かります。ですが、織江さんの抱えている重圧は相当なものだろうなと思ってますから、あなたのその涙は当然だと思います。重圧という言葉は適切でないのかもしれませんが、何もないわけがありませんから。
O「(微笑んで頷く)」
M「(優しく伊藤の腕をさするものの、彼女の目にも涙が浮かぶ)」
O「アルバムのサンプルと一緒にね、時枝さんが回してくれたアイウィル(『I WILL I DIE』)のレコーディング風景が入ったDVDもお渡ししていて。まあ、中身はそれだけじゃないんだけども、その映像を見ながら、何度もアキラの事を思い出したって言ってた」
-- …そうでしたか。
O「『織江さん、私は今でもあの人達全員に対して感謝しきれない思いで一杯ではありますが、やはりどこかで嫉妬してる部分もあるわけなんです』って」
-- えええ?
O「うん。『自分を棚に上げるような言い方になりますが、映像を拝見しながら、何故だか分かりませんが泣きながら、頑張れ!って思ってしまっている自分がいました。本当に失礼な話かもしれませんけど、でもそうやって私やファンを惹き付けるあの人達の勇姿って、今でも言葉ではなかなか上手く表現出来ないんです。でもきっと、そこにあるのは絶対に音楽の力だなって思ってます。…アキラさんを失っても全くその力は衰えなかったですよね。個人的には頭上がんない人達ですけど、やはりずっと刺激を受け続けていますし、男としては嫉妬しますよね』って」
-- …何言ってるか全然分からないですね、すみません。
O「あはは、ホント辛口だね、庄内さんの事となると(笑)」
-- すみません、あー、恥ずかしいなあ。
O「私は、彼の言いたい事ちゃんと伝わったよ」
-- なら、良いんですけど。
O「普段ね」
-- …。
O「…大成を側で見ていて、本当に、言葉では何も言わないの」
M「(小さく何度も頷く)」
-- はい。
O「その、夫婦で会話がないとかじゃなくてね。大事な芯の部分って簡単に言葉で言っちゃいけないって思ってるような人だから。…それもなんて言うか、じゃあ行動で示すから黙って見てろみたいな、そういう背中で語るような男らしさのアピールもなくって。んー、上手く言えてないけど(笑)、人に何かを示すとか無言で語り掛けるとか、そういう相手の存在を想定した上での行動というものを私、見た事がなくて。自分に対する誠実さという物の塊と言えば、ちょっとは分かりやすいのかな。それが結局全部、周りに対する優しさになって還元されていく所があの人の凄さなんだけど」
-- はい。
O「聞けばね、絶対彼はそれを、好きな事をやりたいだけ、やりたいようにやって来ただけだって、言うとは思うけどね。でも少なくとも自分をすり減らすような生き方をして笑ってる彼から、甘えた言葉は一度だって聞いた事がない」
-- はい。
O「一緒に生活しててさえ、そうだからね。皆そこは似てる。例えば、バンドの練習量でもさ、誰かがこのくらいはやろうなって言い始めたわけではないの。アキラなんて最初口では決まった時間にやる練習すら嫌がってたしね。翔太郎も、彼は何でもすぐに出来ちゃうから本当は長時間やる意味はないのかもしれない。だけどいざ練習を始めて、ひたすら自分と戦うような皆の姿がそこにあるだけで、誰もが途中でやめようとは言わなくなったし、平気で10時間とか練習やり続けてもそれを嫌だと言わなくなった」
-- はい。
M「(頷く)」
O「翔太郎さ、昔はそこまで意識して鍛えてる所見た事なかったけど、繭子が入った後ぐらいから、体バッキバキに作り上げたでしょ?」
М「はい(笑)」
O「私それ知った時さ、もう嬉しくて嬉しくて、泣いちゃったんだ!」
M「…」
O「大成には笑われちゃったけどさ。うわあ、この人本気になった、本気で立ち上がったんだって思ったら、もちろん頼もしくて、有難くて。だけど本当は、心から嬉しかった」
М「(両手で顔を覆う)」
O「それは繭子が入って、その必要があるからこれだけの練習をしてるってわけじゃなくて、この子が入る前から彼らはそうなんだけど。更にその先を目指したと言うか。だけどそこに至るまでの彼らの思いは全然簡単なものではなかったし、単純に、やっぱり彼らは凄いよねーなんていう話じゃなくてさ。それでなくとも別に超人じゃないし、絶対疲れてるし、嫌気もさすだろうし。…それでも尚俺達はやる、もっと先へ行こうっていう。その、尚の部分がさ、彼らが人として格好良くいられる理由だと思うんだよ」
-- はい。
O「あー、何かこないだこんな話したばかりだね(笑)。アイウィルのレコーディングでさ、コーラス入れてる3人が溜息出る程格好良かったって話したじゃない? そういう彼らの人と成りを知ってるかどうかで、見え方が変わってくると思うって。だからあの映像がパッと外に出て、ネットで簡単に見られるとしてもさ、今ここにいる人達程の感動を味わえないって本気で思ってるの。だから世の中に出すべきじゃないって、私は言ってるんだけど」
-- 伝わり切らないという意味では、そうかもしれませんね。
O「うん、どうせならそんな中途半端な映像見られたくないんだよね。まあそれはそれとして、でも庄内さんはさ、やっぱりそこが理解できる人だと思うのよ。アキラの事を知っていて、彼なりの思いもあって、しばらく距離を置いて、いざようやく見た制作風景で、今もあれだけ叫んでる彼らを見たらさ、『頑張れ』って言いたくなる気持ちは、私分かるよ」
-- はい。…ありがとうございます。
O「こちらこそ(笑)」
M「メンバーにはその話?」
O「まだ大成にしか言ってないけど」
M「どんな風でした?」
O「大成? そうだなあ。…あー、繭子を思い出すって言ってたなあ」
M「え、私ですか?」
O「うん。私も、なんかそれも分かるよ」
M「ええ、なんで急に私が出て来るんですか。しかも思い出すって何ですか(笑)」
O「繭子もだから…。庄内さんが彼らを見て言葉に置き換えられない感動を受けて、頑張れって応援したくなるようにね、皆からもそう思われてたって事だよ」
M「あー、いやー、うーん。…あははは」
O「そこは別にそうだと思うよ。何も特別変わった話をしてるわけじゃないもの」
M「えー。…感動?(笑)」
O「悪いか!」
M「悪くないですよ(笑)。ちょっと自分ではよく分からないですけど」
O「この子はねえ、自分の凄さに気付いてないのよ。時枝さんからも一杯言ってやって」
M「えええ(笑)」
-- と、仰いますと。
O「あの3人ですら一度は心が折れたんだよ。その彼らを引っ張り上げたのがこの芥川繭子だからね。でもその事を本人が認めようとしないのよね。そう、気付いてないと言うか認めないっていうのがしっくり来るかな」
-- なるほど。とてもよく分かります。
M「何言ってんの(笑)」
-- それは、織江さんとしては何故だと思われますか?
O「何故だろうねえ。…尊敬して、愛してやまない彼らの絶望を知って、壊れた彼らを目の当たりして、それでも、挫けるギリギリ一歩手前みたいな所で踏ん張ってる彼らに、潰れて欲しくなかったっていうこの子の思いは当然、理解出来るけどね。凄かったもんね、アキラが死んだ時の皆ね」
M「(頷く)」
O「繭子としては、いつまでも格好良いままの彼らでいて欲しいという気持ちもあって、多分自分を踏み台にしても良いぐらいの覚悟を持って彼らを愛し続けているって、私にはそう見えるなぁ」
-- なるほど。
O「だから繭子にとっては自分の功績なんて目もくれないし、自分を認めて欲しいとか、凄いでしょーなんて顔は一切しないし、してこなかった。この子が絶対にモデル業に興味を示さない理由もそこらへんと関係してる気がするな」
-- いくら誠さんの誘いと言えども。
O「うん、繭子にとっては、何の意味もない仕事なんだろうね」
М「いやいや!」
O「もちろんモデルがどうこうじゃなくて、バンド以外は全てという意味でね。そこも相手が誠だからきつく突っぱねなかっただけで、本心としては微塵にもやる気は起きなかったんだと思う。私が勧めてみた時に、これは絶対に無理だって実感したもの」
-- そうなんですか?
〇「だってすごく申し訳なさそうな、悲しそうな顔をするんだよ。駄々をこねたりする子じゃないしね。何と言うか、心からすみませんっていう顔をして一ミリも可能性を感じさせないんだよ。ああ、これはもう駄目だ、って(笑)」
-- ほええー。
O「誠はだから、多分それも分かってたけどね」
-- それでも誘う事をやめなかったのは…。
O「このルックスですから」
M「ちょっともう(笑)」
O「ウソウソ。多分、あの子はあの子で、繭子と一緒にやりたい事が何かあったんだと思うよ」
M「(ぐっと涙を堪える表情で下を向く)」
-- ずっとお二人を見て来た織江さんだから言える事ですよね。私につけ入る隙は全くありません。
O「そういうものかもしれないね(繭子の背中に手をやる)」
M「(すぐに顔を上げて、微笑む)でも私、認めて欲しい願望ありますよ?」
O「どんな風に?」
M「え…、繭子がいて良かったーとか、普通に」
O「(ゆっくりと時枝に視線を送り、首を傾ける)…ね?」
-- はい。
M「ええええーっ(困惑)」
O「相変わらず天然だねえ。それは認めて欲しい願望とは言わないよ」
M「え、言いませんか!?」
O「言いません。繭子はじゃあ、ドーンハンマーが今世界で戦えるのは自分のおかげだと思ってる?」
M「思いません」
O「でも自分を認めて欲しいってそういう事だよ。バンドの中で確固たる地位を築いている事はもとより、もっと自分の才能と実力を正当に評価してくれって。影のバンマスは私だ!ぐらいの。そもそも繭子の言うような、あなたがいて良かったーなんて事は10年以上前からとっくに皆思ってる事だからね」
-- やった!ホームラン!大歓声です!
M「こら(笑)!」
O「あはは。でも、そうよ」
M「あいー(笑)」
-- はあっ、やっぱり凄いなー、織江さんは。
O「そうでしょ。伊達に社長名乗ってないでしょ」
-- 私が言いたくても言えなかった事を代わりに言ってもらった気がします。
O「うん。今すぐ吉田さんのポジション取れますって庄内さんに言われるもの」
-- あいつ(怒)。
O「こらっ(笑)」
M「ごちそう様でしたぁ(苦笑を浮かべたままカレー皿をトレーに戻す)」
O「おそまつ様でした」
-- ごちそう様でした、美味しかったです。あのー、今年に入ってから、何度かアキラさんのお話をお伺いする機会を得ました。皆さんそれぞれの思いを言葉にして頂きましたが、『その表現』だけではどうにも想像が追い付かず苦労していたのが、アキラさんがお亡くなりになった直後の、皆さんのご様子でした。
O「…」
M「表現って?」
-- 皆さんが一様に仰るのが、『壊れた』と。
M「…どっかでなんだろ、格好付けた言い回しする余裕残ってるじゃんって?」
-- いやいやいやいや、全然そんな、そういう意味で感じ取った事は一度もないよ。それはないない。ただこの一年で見て来た皆さんの、繭子も含めてそうだけど、突き抜けたフルスイングの本気を知っているだけに、そんな彼らが壊れてしまったという場面は、想像出来そうで、なかなか出来なかったんだ。
O「普段あれだけ強い人達がっていう意味?」
-- そうです。
M「それとこれとはまあ、ちょっと話が違うんじゃないかな(笑)」
-- そうなのかな。
M「私にしてみたら、私の尊敬する彼らの強さって、純粋な強さとはちょっと違うって思う事もあるからね」
-- 純粋な強さって何?
M「喧嘩もそうだし、精神的にも相当タフだと思うけど、私は見ていてそんなに人とかけ離れた感じもしないんだ」
-- へえ、意外。私が言うのもなんだけど、崇拝に近い思いを皆には抱いてると思ってた。
M「崇拝(笑)。近いけど、盲目だとは自分では思ってないよ。でも、え、意外ですか?」
O「ん? 分からない、何の話か。別に私も彼らを神だとは思ってないよ? どちらかと言うと」
M&O「アクマ(笑)」
-- あははは!
M「えっとー(笑)、私から見る皆の本当の凄さって、人より何かが勝ってる部分での強さよりも、絶対に負けない強さだと思ってるんです。じゃあなんで絶対に負けないかって言うと、どんなに大きなステージでも怯む事なく向き合えるだけの練習量が支えている基礎があるし、じゃあなんでそこまでやって来れたかって言うと、自分の為じゃなくて誰かのための戦いだからだなって、そういう風に見てます」
-- 戦いって?
M「自分に対してね、努力を惜しまなかったり、休む事に対して後ろめたさがあったりって言うのは、皆頑張ってるのに俺だけ休んでいられるかっていう思いがあるからだろうし。そういう意味での戦い。『BATTLES』」
-- なるほど(笑)。
M「でもそれはさっき織江さんが言ったみたいにさ、あの人達は超人じゃないからこそ凄い事なんだよね。お酒が超強いとか喧嘩が鬼のように強いとかはこの際今は置いといてね、割と平均的な40歳なんだと思うんだよ。でもそこを意志の力でさ、軽々と限界超えてく精神構造がえげつないんだよ、きっと」
O「もうちょっと綺麗に褒めて(笑)」
M「あはは」
-- うわー。
O「でも分かるよ、正しいと思う」
-- うわっちゃー、またやらかしたかも。
M「なんで?」
-- 私竜二さんにさ、特別製のエンジン積んでる人ですねって言っちゃった。
M「あはは、うん、違うと思うよそれは。今だけ見ればきっとそれは間違いじゃないかもしれないけど、竜二さんは努力で今の特別製エンジンを築き上げた人だから、初めから人とは違うエンジンを備えてるって言う見方をしてたんだとしたら、違うと思うな」
-- あああ、なんでそういう大事な所に気が付けないかなー私。
O「ははは」
-- 笑い事じゃないですよ。
M「まあでも、笑い事だよね」
-- あはは、やっちゃったなあ。
M「だから、意外とバンドを離れた時の皆は普通だし、普通に一般常識のある優しい男の人だと思う。そこはきっと皆が想像してる以上に自然体だと思う。その、何、あんまり普段気を張ってる人達じゃないから、泣いて笑っての基準ってそんなに世間と食い違う程狂ってないですよね?」
O「普通ー…とは思わないかなぁ」
M「んーと」
O「3人とも共通してさ、日常生活はどうでもいいと思ってる部分は大いにあるよ。音楽以外の事で熱中する事が今はもうほとんどないし、練習とか制作の場以外で感情の起伏を表に出さないっていう横顔だけ見ると、確かに見た目は他人とそう変わるもんじゃないかもしれないけどね」
M「はい」
O「でも見せないだけで、中身は全然普通ではないかなあ」
M「そうですか?」
O「そこらへんには歩いてないと思うよー? あんなの」
M「あはは!いや、うーんと、もちろん特別な3人ですよ。ですけど普段、特別冷徹とか、特別激しいとか、特別暗いとか、特別やんちゃとか、そういうのも今はもうないじゃないですか」
O「うん」
M「トッキーがさっき言った、壊れる姿を想像出来ないっていう話だけ考えると、音楽に対する姿勢は超ストイックだけど、そこを離れた時に受ける悲しみや喜びに対しての感受性は、そんなに人と違わないって思ってるんですけど…」
O「あー、うん、ごめん、うん、そうだね」
M「そうそうそうそう、何か大回りした言い方になっちゃいましたけど。だから大切な人を失った時の反応まで人並外れた強靭さを発揮する理由なんてないし、スタジオ内とかステージ上での彼らと、幼馴染4人組、あるいは織江さん達も入れた、えー、10人組?」
O「どこまで入れた(笑)」
-- (笑)。
M「織江さん、ノイさん、マーさん、ナベさん、テツさん、カオリさんの6人と、アキラさん含めた4人で10人です」
O「誠と繭子は?」
M「幼馴染ではないですもん(笑)」
O「んー」
M「まあそういう昔からの馴染みの中で笑って生きてきた皆とは、だから全然違う生き物だと私は思ってるよ」
-- なるほど。でもやっぱり、そうやって聞いた今でも、彼らが弱り切ってしまった姿は想像出来ないなあ。
O「したくないんだろうね(笑)」
-- そうかもしれません。
M「想像力が豊か過ぎてね、きっと実際の場面よりも酷い状況を思い浮かべちゃうんじゃないかな」
-- あるかもしれない。
M「でもきっと、トッキーが想像しているような姿ではないと思うよ。皆」
-- そうなのかな。
M「そう思いません?」
O「どうかなあ。時枝さんとしてはどんな風に考えてたの?」
-- 所謂そのー、手が付けられないような暴れっぷりとか、大号泣とか…。
M「ほら(笑)」
O「ホントだ、通じ合ってるねえ」
M「分かりやすい人なんで」
-- 違った? 違ったのは別に良いんだけど、逆にもっと辛いお姿は想像も出来ないよ。
M「そういう話は一切しなかったんだ?」
-- 全くしなかったわけじゃないんだけど、再現VTRを作りたいわじゃないからね。そこを細かく聞いてもきっと描写はしないと思ったんだ。ただ活字化しないのはそれで良いとして、自分の中で処理し切れない映像がモザイクの向こう側に残ってるというか。
M「ふーん」
-- まあ、聞いた所でどうせ私は大泣きして苦笑いされて終わるのが落ちかもしれないけどね。
M「意気地なしー」
O「あっはは!」
-- えええー!?
O「面白いね、あなた達は見てて飽きないよ。それじゃあ、後片付けして帰るから、ほどほどにね」
M「え、帰るんですか!?」
O「帰るよ。お昼持って来ただけだもん(笑)。まだまだかかるんでしょ? 私もこの後やる事あるから」
-- すみませんでした、わざわざ。
O「ううん、楽しかった。またね」
-- 終わったら連絡します。
O「よろしく。お疲れ様」
-- お疲れさまでした。
M「ご馳走様でした」


-- 救われたなあ。
「しみじみと本音が出たね」
-- うん。敵わないな。
「やっぱりなーって感じ、分かるでしょ?」
-- マイナーチェンジしないって話?うん、確かにそうだね。やっぱり凄いなって、そう思っちゃうね。
「ね。あんまり他人事みたいに言ってるとまた翔太郎さんに怒られちゃうけど(笑)」
-- 確かに。でも繭子もやっぱり分かってたんだね。
「…翔太郎さんの言葉を借りるなら、トッキーの上位互換だって」
-- 言い得て妙。
「なんだ!?」
-- 分かんないけど、使って見たかったんだ、今の言い回し。
「ふさけてんなー(笑)」
-- 私なんかとは何に置き換えても比較にならないけどね。相手の本音を引き出すだけじゃなくて、きちんと自分の心の中を言葉で伝える事が出来る素晴らしい人だと思う。しかも相手の気持ちを思いやった上で、決して優しい配慮を忘れない。素敵すぎるな。
「凄いタイミングで来るからさあ、トッキーが呼んだのかと思ったよ」
-- そんな気の利いた事が出来れば私も出世出来ただろうね。
「(笑)」
-- 例えばそのー、アキラがさんが亡くなって、その現実や辛さを感じて壊れてしまった時の皆をあえて簡潔に表現するとしたら、繭子ならなんて言う?
「あー…(考え込む)」
-- 一言じゃなくていいよ。
「…耐えてた、かな」
-- (ありふれた言葉のはずが、とても衝撃を受けた)
「何とか自分を保とうとしてぐっと堪えるんだけど、内側から溢れて来るんだよね。悲しみとか怒りとかそういう感情を抑え込もうと精一杯リキんで、そのリキむ力でずーっと震えてたんだ、皆」
-- ああ…(悲しい、と言いたくなる気持ちを飲み込む)。
「…だけどもその、あれだけの人達でも抑え込めないというかさ。そういう部分で、コントロール出来ない思いのせいで、時々意思の疎通が取れない日があったりとか」
-- …そうかあ。ちょっと、想像の全然上を行くなあ、やっぱり。
「目に見える激しさとか分かりやすさはなくてさ、周りがちょっとどう接して良いか分からなくなるような感じで、本人達が自分で言ってたの、『壊れてた』って」
-- ああ、うん。そうなると相応しい表現だとよく分かるね。
「うん。葬儀の時もね。3人並んで、喪主である和明おじさんの隣に立ってるの。だけどその姿は気丈とはまたちょっと違った雰囲気でさ」
-- うん。
「静かなんだけど、やっぱり普段の彼らとは全然違って。…誠さんとたまに思い返す事があると、辛かったねって、言って」
-- うん。
「翔太郎さんは自分の胸の辺りをずっと握ってた。瞬きが多くて、今にも何かを言いたそうな雰囲気なんだけど、きっと尋常じゃない力でそれを抑え込んでるんだろうなあっていうのが、顎とか首筋の震えとかで分かっちゃって。ああいう時に誰よりも頑張りたいのが誠さんなんだけど、そんな誠さんさえ…。本当に辛かったと思う。あの時の皆を思い返すとやっぱり」
-- うん。
「思いっきり泣いてくれた方が良かったって、誠さんも、織江さんもそれは言ってた。私もそう思う」
-- うん。
「だけどそれまでの間に皆一杯泣いて叫んで暴れてって、してるからだろうね。竜二さんが言ってたのはさ。もうそういう衝動に駆られて感情をぶちまけたって、アキラには届かないんだって思うと一瞬で気持ちが冷えるんだって」
-- うん。
「彼らが失ったものの大きさを思うと誰も慰める事は出来なかったし、ただ側で見てるしか出来なかったから。私は私で、私なりにめちゃくちゃ辛かったよ。…大丈夫?」
-- うん。ごめんね。よく分かったよ、ありがとう。繭子も大丈夫?
「…涙が出るのはもうしょうがないね。だけど大丈夫だよ」
-- うん。さっきさあ、繭子の思い出に強く残ってる場面は、皆にとっても良い記憶の筈だって話をしたじゃない?
「うん」
-- バンドに入れて下さいって頭を下げた時の事を、もう少し詳しく話してくれないかな。
「ああ、はいはい」
-- 3つ候補に挙がった場面の中で、私なりに胸が苦しくなるランキングを付けると、1番辛かっただろうなって思うのがバンドに入れて欲しいと伝えた時だと思うの。
「ランキング(笑)」
-- 別にふざけてなんかないよ。
「そうかねえ。ちなみにどういう順番なの?」
-- 私なりにだけどね、練習見せて下さいって声を掛けた日が一番苦しくない、ハッピーな日。それから次が、もっと頼れって皆に言われた日。これは心底嬉しい言葉ではあるけど、それまで色々な事に対して強がって、気を張って生きて来た繭子の心が一度は折れた日でもあるから、嬉しいと同時に苦しい気持ちもあっただろうなって。
「なるほど。いいぞ、そうか」
-- え、私誰の話してるの?
「あははは!うん、それで?」
-- やっぱり最も辛いのがさ、節目だし、ここからがスタートだっていう思いもあるし、絶対幸せな日だって思えるんだけど、繭子と皆の気持ちを考えた時に冷静ではいられないのが、バンド加入を訴えた時だと思うんだよね。
「うん」
-- そこに至るまでの経緯って、去年取材を始めた時に聞かせてもらったのがあるんだけど、あの時と今では状況が全然違うし、今だから言える事があるんじゃないかなって。
「言える事…。うーん、その、バックグラウンド云々は確かにあるんだけどさ、基本的にはあの時答えた話はウソじゃないんだよ、全く」
-- うん、ウソだとは思ってないけどね。
「うん。皆と一緒に大切な時期を過ごして、ここから離れたくないっていう思いがあったのは普通に今でもそうだしね。…うまく、違いを伝えられるか分からないけどさ。アキラさんが亡くなったタイミングなんだけど、アキラさんの代わりを務めたいですっていう、そういう意味合いともちょっと違うんだよ」
-- うーん、うん、うん。
「どちらかと言えば私の個人的な思いが勝ってて…、え、あはは!」



驚いて振り返ると、スタジオ入り口の扉の前で気を付けの姿勢を取り、関誠風にケーキの箱を突き出して持つ神波大成のおどけた姿があった。
なんとか話題を切り替えて自分なりの立て直しに成功したと思い込んでいたが、不意に現れた神波の少し照れた笑顔を見た瞬間、全く成功なんてしていないと思い知らされた。
何度となく見て来たであろう私の決壊する姿に神波は唖然とした顔となり、自分の持って来たケーキの箱を見て「これのせいか?」と言って、笑わせてくれた。

連載第68回。「繭子、最後のインタビュー」 6

2017年、3月。



七分袖の黒色カットソーと、同じく黒のスキニーパンツ。まるで繭子の普段着のような格好で現れたその男は、涙でろくな挨拶も出来ない時枝の頭に手を置いて、「お前、泣かすんじゃないよ」と繭子に言った。繭子は驚いた顔で目を丸くし、いやいや、あなたですから、と言って笑った。繭子の隣に腰を下ろした彼からは、伊藤織江と同じ匂いがした。


芥川繭子(M)×神波大成(T)。
美味しいケーキを戴きながら。

M「ありがとうございます」
T「お前どんだけコレ好きなんだよ」
-- 大成さん自ら、わざわざ?
T「店を指定したのは俺じゃないけどね。今さっき並んで買ってきた」
M「並んで!?」
-- 私、食べないです、無理です。
T「食えよ(笑)!」
-- いや、是非お二人で。
T「俺甘いもん食わないよ」
-- そうでしたっけ?
T「本当、どこにでも食いつくな(笑)。あー!疲れた(ソファにドサっと体を倒す)」
M「すみませんなんか、お休みの所わざわざ差し入れしてもらって。…御夫婦で」
T「織江に言いな。ここまでがあいつの描いた絵だから」
-- ふうーーわ。
T「そこはホエーじゃないの?」
-- (笑)。
M「やばい、とろける。大成さん、とろけます」
T「はいはい」
-- 少しお話しても大丈夫ですか?
T「俺? 俺が話すんの?」
-- ご無理でしたら…。
T「構わないよ、本気でちょっと、寝ちゃうかもしれないけど」
M「どうぞどうぞ、膝枕でも何でもします」
T「ちょっと休憩してるから、普通に続けてよ」
M「無視された(笑)」
T「…お前なんか、やっぱり変わったな」
M「(ビックリして食べる手を止める)」
T「変な意味じゃないよ。先月、先々月か、隣で話した時も思ったけど、良いな、今のお前な」
M「(見る間に顔が真っ赤になる)」
-- ええっと、私は席を外した方が?
T「…え、何?」
-- 何でもありません。
T「ムキミがさ」
M「あははは!」
T「それこそその時に、繭子が綺麗になったと思いませんかって言ったろ? そういう外見的な話は分かるようで本当は分からないんだけど、やっぱりこの10年でグーっと圧縮された筋肉みたいな人間になってたこいつが、フワーンと柔らかい子になったのは俺も思ってんだよね」
-- なるほど。もう、繭子の耳が尋常ではないくらい赤いですが。
T「だけど変わったって言っても繭子がもともとよく笑うこういう子だってのは知ってるからね、別に揶揄うつもりで言ってはないけど。でもこいつ意外と自覚しない奴だからちゃんと言っておいてやらないとさ、放っとくとまたグーっと縮こまるから」
-- ストレートですね(笑)。
М「圧縮された筋肉って、結構格好良いじゃないですか」
T「それは誠の受け売りだけどな」
M「まあた変な事吹き込む(笑)」
T「筋肉ってしなやかで柔らかい方が良いんですってお前いつもストレッチしながら言ってるだろ」
M「そうですけどね」
T「まあ、…本当言うとこれを言うまでが織江の描いた絵なんだけど」
M「(弾かれたように笑い声を上げる)」
-- もう正直すぎてめちゃくちゃですよ、なんでそんな事まで言っちゃうんですか(笑)!
T「約束した手前言うのは言うけどさ、でもやっぱ無理あるよ、俺がこいつにそういう事言うのは。なあ?」
M「うーん(困った顔で首を捻る)」
T「別に俺は、敢えて何を言わなくても良いと思ってるから。ずっと繭子の事側で見てて色々考えてる織江の気持ちも、ちゃんとこいつには伝わってると思うしさ。今更だよな?」
M「(苦笑したまま、何度も頷く)」
T「何をどうっていう表現の仕方は聞かないとそりゃ分からないけどさ、でも、具体的な内容よりもそこにいる、聞いてるってだけで俺なんかは、大事な事は伝わるんじゃないかなって、特にこいつらといるとそう思うからね」
M「はい、うん、そうだと思います」
-- なるほど。
T「ただ自分でも俺は言わなさすぎるのかなって思う時もあるからね。織江の言う事には逆らわないって決めてるから約束は守るけど、本来この役目は俺じゃないよ」
M「じゃあ誰ですか?」
T「誰って事もないけど、キャラで言えば翔太郎だろ。ただ問題は言うか言わないかの方であってさ、男と女の違いでもあるのかな? 言いたい事は言えば良いし、言いたくなければ言わなくて良いって俺は思ってるかな」
-- 誰が言うような、という事でもなく。
T「うん」
-- 伝わってないかもしれないって不安になる事はありませんか?
T「何が?」
-- えー、今で言うと、繭子に対する愛情とか感謝など。先程の『柔らかい繭子に戻って良かったと思っている』といったお気持ちなど。
T「良く分からない」
M「(笑)」
T「や、思ってるよ。ウソは言ってないよ。でもそれをあえて言葉で言うか言わないかって話だから。そこを不安に思うって何?」
-- ああ、そもそも伝えたいと思っていらっしゃらない?
T「そりゃそうだよ。え、俺がどう思ってるかだろ? それ別に伝えたいとか思う必要あるの?」
M「あははは! もー、またこれ全然食べれないよ(笑)」
-- いやーまー、必要とか言われちゃうとどうにも(笑)。
M「大成さんらしい」
T「ええ?」
-- まあどこかで暗黙の(了解のような)空気になってたんで丁度良かったです。繭子自身もよく分かってる所ではあると思いますが、彼女が抱いている皆さんへの感謝や思いと、皆さんが彼女に対して抱いてる思いが、綺麗に平行線なんですよね。
M「うわあ、帰りたーい(笑)」
T「(口元は笑っているものの、繭子を見やる目は真剣そのものだ)」
-- 私は今日その事にようやく気付いたんですが、織江さんはもっと以前からご理解されていたようで、先ほどお話して下さった時も、大成さんへの言伝も、そこを危惧されての事なのだと思います。
T「…それで?」
-- その事に対して、大成さんは特に何も問題はないと?
T「ないんじゃない?」
M「いえーい」
T「繭子うるさい」
M「はい」
T「時枝さんは何が問題だと思うの?」
-- トラブルという意味での問題ではありません。先月皆さんからお時間を拝借してお伺いしたお話を両腕に抱えて今日、彼女の前に座りました。
T「うん」
-- ですが、どのように広げて良いか分からないんです。
T「どういう意味?」
-- 皆さんのバンドに対する思いの根っこに、繭子がいるという事実です。
T「(繭子を見やる)」
M「(軽く見開いた目で、神波を見つめ返す)」
T「(時枝に向き直る)それで?」
-- 私は、この部分が平行線である事に納得がいきません。というか、理解が出来ません。
T「平行線って何のこと?」
M「トッキーもう良いよ。なんで大成さんがいる場でそんな話するの?」
T「待てよ、何だよ。まだ何の話か全然分からないぞ」
-- でも繭子言ったよね。私がこのバンドでドラム叩いてるのは偶然なんかじゃないって。たまたまでもないし運が良かったわけでもない。情けを掛けられたわけでも可愛かったからでもない。そこに強い思いがあるんなら、なんでそこを皆と共有しないの?
M「そんなの私が思ってるだけだもん。どうして皆に言わなきゃなんないの?」
-- でも気にはなるでしょ?
M「何が?」
-- 大成さん達がどんな思いでバンドを続けているか。大成さんだって、繭子がどんな思いでドラムを叩き続けているか、私はちゃんと知って欲しい。
M「…」
T「んー…」
-- 私は繭子の思いを支持します。今日、さっき聞いた話なので良い悪いの判断は冷静でない分出来ません。だけど気持ちだけで答えを出すんなら、彼女の意見を支持します。
T「(話が見えず混乱している表情)」
-- だけど繭子。それでも繭子はきちんと皆の気持ちを聞くべきだし、受け止めるべきだと思う。
M「え、何の話してるの?」
T「お、おう。それな」
-- 何故それを私が言わなくてはならないんですか? どうして気持ちを伝え合わないんですか? そんなにお互いを思い合っているのに。どうして伝え合って来なかったんですか。
M「(俯く)」
T「(苦笑い)」
-- …。
T「いやー」
-- すみません、ヒートアップしました。
T「構ないけど。…なんか、青春してんなぁー、お前ら」
-- へ?
M「(俯いたまま、徐々に肩を震わせる)」
T「っはは。とりあえず俺行くわ。俺がいてもこいつ話し辛いだろうし、俺別に話しに来たわけじゃないしな」
M「(笑うのをやめて顔を上げる)」
-- はあ(気の抜けた返事)。
T「様子見に来ただけだし。でもまあ、うーん。だから今更何か言わなきゃいけないとも思わないけど、敢えて格好付けるとするなら」
M「(神波を見つめる)」
T「するならね。時枝さんの言う平行線とか、じゃあその逆は交差線なのかとか、言葉の意味はよく分からないけど。…俺達はこうやって生きて来たんだよ。明日になればまたいつもの場所で待ってる。なあ繭子」
M「…はい」
T「俺達にそれ以外大事なものなんてないんだよ。じゃあ、ほどほどにな」



-- 織江さんと同じ言葉を残して帰ってったね。
「ほどほどにって? ああ、うん、よく言われる」
-- なんか、改めて存在感のある人だよね。ベタな感想言うようだけど。
「思うよ。それは私も毎日思うし、何でか全然慣れない」
-- 繭子でも!?
「うん。それが多分、皆特有の距離感なのかなって思う。一年通して色んな話したしプライベートな部分にもたくさん触れたと思うけど、それでもいざ本人目の前にすると今でも緊張しない?」
-- する!
「そうなの、凄いよね。私普段からお家での大成さんを見てるし、緊張なんてしなくて良い筈なんだけど、どっかで今も踏み込み切れない部分あるもん」
-- うん、見ててそれは分かった。大成さん自身は別にソファーでデーンとしてるんだけど、線の細いイメージと違って近くで見ると意外とパーツパーツが大きいし、スタイル良いし。
「ルックスの話なんかしてないよ(笑)」
-- そこも含めてよ、やっぱり、凄い。程よく圧があって、慌てふためいたりしない。言葉は他の皆に比べて少ないかもしれないけど、だからこそ、いざあの人が語る話は本当に適切だし、深い。
「ずーーーっと」
-- …。
「クロウバーが好きだったんだ」
-- うん。
「それはもうあの人達がデビューした時って言えば20年前になるから、子供の頃だよね。リアルタイムでデビューの時を知ってるわけじゃないから、物心ついた時にはもう竜二さんは歌ってて、大成さんは『アギオン』を書いてるわけじゃない。そういう人とさ、今一緒に音楽をやってるって、改めて考えると怖くなるもん」
-- 凄い事だよね。
「しかも家に上がり込んだりしてさ。だけど芸能人とかそういう感覚を抜きにしても本当に凄い人達だから、やっぱり横には立てないんだよね。彼ら自身も、横に来いとまでは思ってないと思うし、何ならどこに立ってても構わないとか、そういう事を言いそうな人達だし」
-- うん、言いそう。
「正直に言うとね。織江さんや誠さんと仲良くさせてもらってるから、多分本人達が思ってないような領域の事まで、私知ってたりするんだ。だけど、うん、トッキーが言うように、彼ら自身とはそこまで話をしてきたわけじゃないのは、認める」
-- うん。
「仲は良いよ。場の空気というか、許される範囲でならノリで冗談も言えるし、ある程度まではボケたり突っ込んだりも、出来るんだけどねえ」
-- 言いたい事はなんとなく分るよ。
「うん。あっ、翔太郎さんなんかは部屋にも上げてくれるし」
-- うんうん、そうだよね。
「そこはだけど意外だって思うかもしれないけど、二人になっても、あの人全然喋らないんだよね」
-- ええ、それは意外だね。
「うん。静かな空間自体は嫌じゃないから私的に全然苦痛ではないけど、確かに言葉はないの(笑)。だから、…これ言った事ないけど、正直なんで部屋にあげてくれるかもよく分からない」
-- あー!あはは!
「全然全然、嫌とかじゃないよ。物凄く嬉しい気持ちなんだけどね、でも理由は分かってない。だって言わないもん。話があるわけでもない、ご飯食べに行くわけでもないっていう時だって、来るかって言われたリもするし、行ったら行ったで、ギター弾くの見せてもらって、宅録して」
-- …手を出してくるわけじゃなし?
「それもねえ、ホントだからねえ、びっくりするよね。鏡見て、あっれー?って」
-- ウソ!あはは!ウソばっか!でもある程度覚悟はしてた?
「最初のうち何回かは腹くくってた(笑)」
--あははは!いや、でもそうかもしれないね、正直な話ね!
「業界の噂とか、そういう何とか営業みたいな類の話とは、全然違うけどね」
-- うんうん。誠さんいるのに、それでもやっぱり警戒はした?
「警戒はしてないかな。するぐらいなら行くなよって思うもん。うん、でも一人でも行くようになったのは何度か誠さんに誘ってもらった後だったし、慣れもあったかな。それにまあ、元々めちゃくちゃモテる人なのは私も知ってるしさ、私なんかが行った所で何も。誠さん以外の人見かけた事も何度かあるし」
-- 繭子が!?
「なんで? あるよ。それはまあ、知り合った当初の若い頃だけどね」
-- やっぱり美人さん?
「まあ、そうだね(笑)。でも向こうから来るだけなら今でも年に何人かはアプローチされてるけど、きっと多分だけど、翔太郎さんが自分で選んだのは誠さんだけじゃないかな」
-- ひゅー…。
「口笛吹けないの?」
-- 吹けるよ(笑)。でも面白いね。そんな人に部屋に呼ばれて、覚悟して行ってるのに喋りもしないし手も出してこないって。
「あはは、うん。いや、別にずっと無言じゃないよ? でも…翔太郎さんの事だから絶対理由はあると思ってた。怖くて聞けないし、バカだから想像もつかないけど。…だから警戒とかもないし、そうなったらそうなったで別に」
-- だから!
「(爆笑)」
-- あとで翔太郎さんに聞いてみよっか。
「来るの!?」
-- 知らない(笑)。
「何だよ!っはは。でもそういう軽い人じゃないって分かり出してからは、より信頼を置くようになってったからね」
-- そうだよね。話違うけど、URGAさんも翔太郎さんのミュージシャンとしての誠実さとか直向きさを絶賛してた。格好良いとかそういう事以前に、人として偽りのない方だと思う。そこの魅力って大事だよね。
「うん。あはは、自分の事を褒められてるみたいに嬉しい」
-- (笑)。
「だから今ようやくこうやって、他の皆を自分の一部分として感じられたりとか、思えたりするようになったけど、本当ごく最近まで、というかトッキーが来るまでは、ずっと遠い人達のままだったんだよ」
-- そうなんだ。
「遠いっていうのは言い過ぎかもしれないし、おそらくそれは私が勝手に距離を開けてるだけだと思うけどね。だけど埋めようがないなっていう風にも正直思っちゃってて」
-- その距離感はやっぱり、子供の頃から好きだったバンドのメンバーだったり、個人的な問題で助け貰った恩を感じてるからっていうのが理由?
「もちろんそれもある。っていうかほとんどがそうなんだけど、あとの残りはそれこそ、さっきも言ったけど、出会った時からもう皆の事を好きになってたから、いわゆる友達ではないんだよね。もちろん恋愛対象とも違って、人として大切な事を教えてくれた大人であったり、夢を掴み取る為には這ってても自分で前に進むしかないって、身を持って教えてくれるヒーローだったり。一緒に生きて来たって言っていいと思うんだけど、もちろんそうやって年を経た彼らは、あの頃よりも更に格好良いんだって思うから、もうどうしようもないくらい、この距離は埋まらないなぁ」
-- なるほど、よく分かるよ。でも私がここへ通うようになって、どういう部分で、繭子に変化があったのかな?
「どういう部分って?」
-- 私が来るまでと来た後では、皆との距離感が変わって来たんでしょ?
「あー、でも私は変わってないかなあ。考え方とか捉え方は、私はちょっと変えようがないんだけど、皆がね、時には難しい顔をしながらトッキーの質問に答えてるのを見てたり、あとで映像見せてもらったりして、これまで直接話をする機会は多くなかったかもしれないけど、やっぱり私が思ってた通りの人達だったなって、実感したというかさ」
-- うんうん、親近感が距離を縮めたんだね。
「かなあ。でまたトッキーをネタにして、面と向かって話す機会も確かに増えたしね(笑)」
-- ああ、うん、それは嬉しい。でも不思議な関係なんだね。お互いの事をここまで大切に思いながら、信頼も絆もありながら、でもそういうお互いの大切な部分は話をしてこなかったんだもんね。
「…それが何を指してるのかは分からないけど、自分としては不自然ではないかな」
-- そう?
「何でも話せる間柄とか関係って確かに素敵だけど、そもそも話さなくても不安にならない人達なんだよ。それに私としてはもちろん自分を下に置いて皆を見てるし、それが当たり前だと思うから、『何でも話して来いよ』なんて思わないからね。逆もそうだし」
-- あー(笑)。
「言っても織江さん達とは話してるしね」
-- そっかそっか。
「さっきあの人(伊藤)も言ってたけどさ、大成さんは普段普通に喋ってくれる人なんだよね。面白いし、ドキっとするぐらい鋭い事平然と言うし。でも本当に本当の大切な部分て言葉では言わない人っていうイメージは確かにあるんだ。だけどそのせいで余計に信頼してる所もあって。大丈夫だ、これでいい、この人が笑ってるんだから、間違ってない、みたいな(笑)」
-- 言葉にしない事で生まれる信頼もあるっていう事なんだね。
「うん、そこを確かめ合える関係ではあると思うよ、それは全員に言えるけど。そういう、性質っていう意味で言えば竜二さんが最も喋んないし」
-- 本音を出さないって言う意味で?
「そうそう。大成さんはある程度まで自分の思ってる事を教えてくれるんだけど、ある部分からは言わないの。でも竜二さんは基本面白い事だけ言ってたい人なの。難しい話をしたがらないし(笑)。答えようとはしてくれるんだけど、すっごい言葉を選んだりするし、合間合間に面白い事言おうとするし。なんかそういうの見ちゃうと、ね」
-- 分かるわー。考えてない人では決してないんだけどね、でもこの一年でどこまで本音を引き出せたかって考えると、やっぱり時間全然足りなかったなって思うもんね。
「いやー、でも凄いと思うよ、トッキーは本当に。竜二さんの方から色々話しかけてもらってたでしょ、本当に凄い事なんだから」
-- うん、心から感謝してる。その、仕事うんぬんは全部抜きにしても、私個人としてとても助けていただいた思いが強いから。
「そうだよねえ。うん」
-- 翔太郎さんは割とオープンだよね?
「いや(笑)、多分、オープンって言う意味では皆そうなのよ。聞けばちゃんと答えようとはしてくれるし、それこそ話題にしちゃいけないようなNGなんてないし。ただ聞けないんだよね。問題はそこなんだよだから。聞けないんだよ(笑)」
-- あははは!あー、そっか。そういう事なのか。
「うん。私は別に聞くのが仕事じゃないしさ、話をしなくても理解できたり行動出来るならそれでいいわけじゃない? 普段の会話から汲み取れる大事な事だってたくさんあるわけだし」
-- 確かに。
「そこだよね、きっとね。自然と皆が静かになっていく話やテーマなんかだと、同じように私も話を打ち切る方向にもって行っちゃうし」
-- うん、それはそういうものだよね、優しさがあれば自然とそうなるものだと思う。
「そう、だから自分としては不思議な関係だと思ってないしピンと来ない」
-- あー、うん。そうかもしれないね。
「そういう流れの話だと翔太郎さんが分かりやすいかもしれないよ、例えとして。あの人は本当にお喋りでも生きていけるんじゃないかって言うぐらい面白いし、頭良いしね。それでもなんとなく避けたい話題があった時は、気づかない内に別の着地点に話を誘導されたりするからね」
-- あった!そういう事何度もあった!
「うん。それでいてあの人全部その場で考えてるんだから恐れ入るよね。だけど、翔太郎さんみたいに楽しく話してくれる人でさえ、やっぱり、気持ちの全部を言葉で説明しようとはしないんだよね」
-- 具体的な事は、確かにそうだよね。
「うん。…だからなのかな?トッキーから見て、平行だっていう風に見えるのは」
-- 普段の皆を見ていて、距離感あるなあとか平行線だなあって思ってたわけじゃないよ。逆に物凄く仲が良いと思うし、家族だし、そう呼んで差し支えない絆も信頼関係もある。だからこそ余計に、自分達の根っこにある思いを、どうして伝え合って来なかったのかなって。
「うーん」
-- もう本当、そこだけ。
「それはもの凄く重要な事?」
-- どうだろ。…『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』。
「『だから分からない』。なるほどね(笑)」
-- からかかってないよ?
「もちろん」
-- さっきはごめんね。
「え? …ああ、いいよ。おかげでさー、大成さんの超格好良い言葉聞いてまた泣くはめになったけどさー」
-- (笑)、なら良かった。
「でも、どういう意味だったの? 皆の根っこに私がいるって」
-- (大きく息を吸い込む)それも、言うべきかどうか分からなくなってきた、大成さんの言葉を聞いちゃうと。言わなくていい事は言うなって釘を刺されたのかもしれないとも、思えるし。
「でも皆と話をした時に口止めはされてないんでしょ?」
-- まあね。
「さっき私が言ったことと関係があるんだね?」
-- ん?
「私を理由にして欲しくはないんだって」
-- ああ。…うん。
「私が皆の理由なの?」
-- 理由とは違うかな。理由はきっと、皆の中にそれぞれあって、その結果繭子を世界に連れて行くんだっていうのが、彼らの中にはあるんだよ。
「私を世界に連れて行く…」
-- 繭子がいたから、一度は諦めた音楽を続ける事が出来た。また音を出す事に喜びを見出す事が出来たって。
「どういう意味?」
-- アキラさんが亡くなった時、皆バンド辞めちゃう気だったって。
「うん」
-- それは知ってるんだ?
「大分後になって聞いた」
-- 当時、何故バンドを続けようと思ったかは知ってる?
「世界に行く為でしょ? その為に組んだバンドなんだし」
-- 世界に行く為だよ。繭子を世界に連れて行く為なんだよ。
「なんで私が出て来るの? 順番がおかしくない?」
-- 順番?
「まだ私バンドに入ってないんだよ? なんで3人がまた手を取り合う理由が私なのよ」
-- そこをだから、どうして今まで誰も言って来なかったのかなーって。どうして聞かなかったのかなって。
「それは、だって」
-- だって?
「私の方から土下座して、お願いして、入れてもらってるわけだから。たまたまでも冗談でもないけど、私がバンドにいる理由は私の我儘だよ」
-- 違うよ。
「?」
-- 違う。そんなんじゃない。繭子がバンドに入ったのは…。


『神波大成との対話、ラストインタビューの続き』
-- 繭子がバンドに入りたいですと頭を下げた時って、どのような印象を受けましたか?
「アキラにもなついてたからね。…混乱してんのかなって」
-- 現実的な話をしているとは思えなかったと。
「普通に考えておかしいだろ」
-- 確かに。それは今でも、第三者はそう見ますよね。
「そう。とりあえず竜二が止めて、持ち帰ってちゃんと自分が何言ってるか考えて来いみたいな話になって。だけど俺らとしては思う所もないわけではなくて」
-- 可能性としてですか?
「いやいや、バンドへの加入とかそんなんじゃなしにさ。そのー、繭子をこのままにはしておけないよなって。それは思ってたから」
-- それはどのような形で?
「一緒に何かをやるとかまでは考えてなかった。ただ音楽を続けてそれで食っていきたいなら手助けぐらいは惜しまないって」
-- なるほど。
「でもそれがいざ蓋開けてみりゃバンドに入れて下さい、だからね」
-- 確かに、ちょっと飛躍してますよね。
「だけど日を改めて話をした時に、もう額を地面にこすりつけて土下座するわけ。聞いた?」
-- はい。
「ビックリした」
-- それはそうですよね。
「未成年の女の子が全力で土下座だからね」
-- それはまあ、あのう。
「ごめんごめん(笑)。でも実を言うとさ、それまでの何日間かで俺らで話してて。…もうじゃあ、やっちまうかと」
-- え?
「え? いや、違う違う」
-- っはは。
「うん。あれは確かだからー、ああ、カオリの実家」
-- 自動車整備工場。
「そう。竜二と俺とで、翔太郎とアキラを呼びつけて話をした場所で。営業してる工場の裏に保管倉庫があってさ、もうカオリもアキラもいないあの場所に三人で行って、小汚い…あんまり綺麗ではない椅子に座ってデコ付き合わせて」
-- そんな事があったんですね。
「話をしようかって、言って集まったは良いけど誰も何にも言わなくて」
-- 翔太郎さんは煙草ばかり吸って。
「いや、それがその時ばかりは微動だにしないんだ」
-- 何故でしょう?
「色々考えてたんじゃない? あいつ、具体的な言葉や言い方は全部その場その時に考える主義だし。でも、人の3倍は考える奴だから」
-- なるほど。竜二さんはどのような?
「腹は決まってたと思う。…言い出せなかっただけで」
-- それは。
「なんにせよ、簡単な話ではなかった。やっぱり」
-- 揉めましたか?
「いや?…何かこう、それが前向きな話し合いにしろ違うにしろ、声に出して、言葉にすると事が動き始めるんだろうなっていうのが分かってたから。俺も、翔太郎も、何も言えなかったな」
-- あー…。
「いや、これだからもう10年以上前の話だからね? それでそんな泣く?」
-- これはでも、凄いお話だなあと思うんですよね。
「そう?」
-- アキラさんが亡くなって、バンドに対する思いは一度途切れた。だけどそこに、折れない心を持った芥川繭子が加わろうとしている。言葉にすればそうなんですけど、本当言えば、あなた方がそうしなくちゃいけない理由なんてどこにもないわけですから。
「…あはは」
-- 面白かったですか?
「いや。竜二もそう言ってたなーって思い出した」
-- そうなんですか?
「うん。…繭子は良い子だし、あいつがどれだけ頑張ってるかって事も、辛い状況を乗り超えて心からの笑顔を見せるようになった経緯も俺達ちゃんと知ってるから、出来るだけの事はしてやりたいんだよね。…ああ、当時ね。だけどその事と俺達がバンドマンである理由はイコールではなかったし、アキラを失った当初は音楽で食ってく意味はもうなくなってたって。うん、そう思ってたからね、皆」
-- はい。ましてや音楽を続ける続けないそれ以前に、4人だったあなた方の絆の輪の中に誰か他人を混ぜるという事は、本来あり得ない話のわけで。
「そうだね。『義務も、使命も、理由も本当はなんにもねえ』。うん、竜二は確かにそんなような事を言ってたな。だけどあいつがそう言い始めた時に、俺の腹は決まったようなもんなんだよね。多分だけど、翔太郎もそうだったと思うよ」
-- はい。
「繭子を何とかしてやりたい。男が一度は決めた事だもんね。最初に考えてたようには行かないからって、投げ出せないよな」
-- いや、でも。
「分かるよ、分かってる(笑)。そんな格好良い事が本当は言いたいわけじゃなくて、見栄や体裁で決めるような話じゃない事も、ちゃんと分かってたよ。だけどもう一度動き始めるにはさ、外から見れば単なる格好付けに過ぎなくても、小さくても偽りのない理由が欲しかったんだよ」
-- (内臓が震えるのを感じた。沈黙を挟む)…はい。
「どのくらいそうやって座ってたかも覚えてないんだけど、最後はやっぱり竜二がね。理由なんかねえけど、でも俺はやっぱりやりてえよって」
-- (どうしようもないくらい、涙が止まらなくなる)
「っはは、どうしようかなー。でも止めない方がいいんだよな? …そいでー、それ聞いた翔太郎が黙ったまま立ち上がって、煙草に火をつけて。決まりだなーと思って俺も立ち上がって。その時はだから、二人とも何も言わずに帰ったよ。後ろの方で竜二が『よっしゃあ!』って叫んでたからね。もう、それで十分だった」
-- (思わず何かを呟いたようだが、自分でも何を言っているか聞き取れないし、思い出せない)
「あはは!もー、なんだよ(笑)。大丈夫か?」
-- はい、すみません。
「でもさ、帰って織江にその話したらめちゃくちゃ怒ってたけどね。何大事な事そんな簡単に決めてるの?って」
-- (頷く)
「最初は織江も反対してたしね。勢いで決めるには繭子はまだ若いし、感情的になるのは分かるけど、今見えてる世界だけじゃない、もっと色んな形の幸せだって一杯あるのに、みたいな、なんかそうやって言ってた気がする」
-- はい、織江さんらしいですね。
「うん。そこをちゃんと理解させて考えてやるべき俺達が、何を一緒になって勢いで事を決めてるんだって」
-- はー、やはり手厳しいですね。
「間違ってないからね、ぐうの音も出ないんだけど。まあでも、そこだけかな。唯一俺が織江の言葉に逆らったのって」
-- なんと仰られたんですか?
「いや、別に言い返したわけじゃないよ。でも、今こうなってるから(笑)」
-- ああ。考え直すという事をされなかったわけですもんね。
「うん。しかも後日、いざ繭子と顔合わせてみれば大号泣の大土下座。…そんな言葉はないか」
-- 大土下座という言葉はありませんね(笑)。


『伊澄翔太郎との対話、ラストインタビューの続き』
-- 凄いと言うのがこの場合どんな意味を持つのか正しい理解が出来るわけではありませんが、たったこの一年を見て来ただけでも、私なりに彼女の凄さは感じ取っていました。
「うん、そうなんだろうな」
-- ただその凄さは彼女の内面というよりも、あなた方三人の背中に食らい付ける事の凄さだったり、音楽的才能であったり、人間的な努力であったりします。そういうステージ上やそこに帰属するバンドマンとしての意味とは違った、翔太郎さんだから言える彼女の凄さというものを、教えていただけませんか?
「…」
-- (待つ。ここへ来て、遠い目をする伊澄の顔を見ているだけで、何故だか分からないが涙が込み上げて仕方がない。ぐっとそれを堪えながら、彼の言葉を待つ)
「一年前にさ」
-- はい。
「インタビューしてくれた時に、俺から見た、ドラムを叩く繭子の姿はネーミング出来ないんだって言ったのを覚えてる?」
-- 覚えています。懐かしいですね(涙を拭う)! …興味深いです、是非言葉にしていただきたいですと返事して、『楽してないで引き出してくれよ』と叱られました。
「あははっ」
-- ドラムを叩いてる時の繭子は、普段とは全然違うんだとも仰っていました。
「今でもそれは思ってるよ。あの時はまだあんたは俺達の事を何も知らなかったわけだし、言いようがなかったんだよな」
-- はい(笑)。
「多分あいつはどういう人が見たって凄いんだと思うよ。全然音楽に興味のない人だって、ずっと好きでいてくれるファンの人だって、実際に生であいつがドラム叩いてるトコみたら、思いっきり仰け反ると思う」
-- そうですね、私もそうでした。
「だけどそれって俺にしてみれば、女なのにとか、天才なんだろうなとか、努力とか、才能とか、そういう呼び方では片づけられないんだよ。気持ちとしてそこは絶対に反発するというか。そんなんじゃねえよボケが、くらいに思うもんな」
-- 怒りが感じられますね(笑)。
「知らなかったあんたにはもちろん言わなかったけど」
-- はい(笑)。
「…俺達はずっと4人だったから生きてこられたんだ」
-- …はい。
「一人だったらとっくに死んでた」
-- (頷く)
「4人で生きてたからこそ、例えばガキの頃街でどんなにえぐい喧嘩になったって、何も怖くなかったんだよ。側にあいつらがいなくたってそれは同じ。怖くなかった。だけどさ」
-- はい。
「3人になった時。…すげー怖かったんだ俺」
-- (俯く)
「ガキの頃からずっと4人で、一人欠けるなんて事は想像出来なかった。一緒にいなくたって俺の中では4人だったから、この先自分達がどういう生き方をするにせよ、3人になるなんて事は想像出来なかったんだ。だけどいざそうなってみた時、自分の体が思うように動かなくて、生まれて初めて、死ぬより怖い事があるんだって知った」
-- (頷く)
「大袈裟かもしれない。…例え死んだってアキラの存在は俺達の中から消えない。それなら4人でいる事と同じじゃないかって。前向きにそう思おうとしたんだ。だけど違うんだ。あいつには現実に墓があって、年を食わないあいつの写真しかなくて、何度聞いても同じにしか聞こえないドラムの音源があって、記憶の中のあいつはいつも同じ笑顔なんだ」
-- (頷く)
「一人になったわけじゃない。竜二や大成だけじゃない。織江もいる、誠もいる、マーも、ナベも、テツもいるし、後輩なら他にもいる。ファンの人達から励ましの言葉をたくさんもらった。レコード会社、カオリの実家の(アキラさんの)バイト仲間、うちの親連中、色んな所から声が聞こえて来た。だから何度も俺は、一人じゃない、まだやれる、まだやらなきゃいけないって、自分を奮い立たせようとしたんだ」
-- (頷く)
「ただ。ずっと自分の頭から拭いされなかったのは、『なんで音楽をやらなきゃいけないんだ?』って」
-- (俯いて、返事も、頷く事もできない)
「今ここで頑張る意味って何だろうなって。きっと竜二も大成も、その答えを持ってなかったように思う。4人で生きて来たからこそ、この4人で世界へ行く意味があったし、この4人だからこそ、仲間を道連れにする事をためらわずに済んだんだ。それを3人で背負うには、正直荷が重いよな。人としての、何か大事なバランスが崩れたのもあるし、音楽的な意味でも、アキラの才能は必要不可欠だと思ってたから」
-- 音楽的な才能で言えばアキラさんが最も優れていたと仰ってましたね。
「(笑)、無理して喋んなくていいぞ」
-- いえ。
「ドラムという楽器と、アキラという人間の、言わば魅力みたいなものが上手くシンクロしてたんだよな。でかい音でドカドカやりながらも、感情の乗ったリズムで背中を叩いてくれるような。時には笑い声に聞こえたり、疾走するような叫び声に聞こえたり。そういう生きた人間の声にも似たドラムって、それがアキラだからそういう風に叩けたのか、一緒に生きて来た関係だからそう聞こえたのか、今となっては分からないんだけど」
-- はい。
「そういう存在を失って初めて、自分達の中で崩れ去るものを感じて初めて、ずっと一人で耐えて来た繭子の輝きに目を奪われた」
-- …はい。
「うん。いくら俺達の過去が無茶苦茶だったとはいえ、一人で耐え抜いたわけでも一人で何かを成し得たわけでもないっていうのが、アキラと繭子二人に教えられた気がしたんだ。…知ってるかな、俺達が通わなくなった前のスタジオで、あいつ一人でアキラの譜面叩いてたって」
-- はい、お伺いしてます。
「織江に呼ばれて見に行ったんだけど。…一見笑顔で楽しそうに叩いてんだ。体も良くなって、全力でドラムを叩ける事が嬉しくて仕方がないような。でも実際はあいつなりにアキラの死を悲しんでたし、カオリの死に目にも会ってるから。全く幸せな精神状態ではなかった筈なんだよ。でもそういうあいつが涙飛ばしながら叩いてる姿を見た時に、『私はここにいます』って、なんかそんな風に言ってるんじゃないかって思ったんだ。きっと、アキラの譜面を叩いてたからなんだろうし、健気な子だってのは知ってるからな。良いように解釈しちまったんだだろうけど。…うん」
-- 『私はここにいます』。
「『ここにいます』とか『気付いてください』とか。私が…。私は…。そうな、微妙なニュアンスの違いなんだけど、俺としては『私は』だと思ったな。だけどそういう、言葉でアピールするわけじゃないんだよ。そういう姿に見えたというだけでさ。でもそれって確かめようがないし、もっと言えば、俺の中では『こいつ本当にすげえな』って、そういう気持ちの方が勝ってたんだよな、その時は」
-- (何度も頷く)
「なんでここまで、こんなに逃げずに頑張れるんだろうって、素直に感動したし尊敬してる。俺には真似できないし出来なかった事だからな。あいつは凄いんだよ。絶対に逃げないし退かない。例えば色んな偶然が重なってたまたまそういう状況になっただけなんだとしても、それは絶対あいつが続けて来た努力やそこに至るまでの勇気が運んできた結果だから」
-- はい。
「そういうあいつを見てさ、今でも俺は同じように感じるし。…じゃあさ、そういう目で繭子を見た時に、ドラム叩いてるあいつをあんたならなんて言葉で表現する?」
-- …出来ません。
「そうだろ? なんか…言えないよな」
-- はい。
「あいつは凄い奴だと思う」
-- はい。
(沈黙)
-- …程なくして、彼女からバンドへ加入したいという意志を告げられますね。当時から彼女に一目置いていた翔太郎さんは、繭子の言葉を聞いてどのように思われましたか?
「面白い奴だなーって」
-- …素敵な人ですねえ、翔太郎さんはやっぱり。
「あははは!なんだよその間抜けな反応は!」
-- いやー…はいー。
「怒る事も出来たけどな、実際、ちょっと馬鹿にされてんのかなとも思ったし。でもなんであれ、やっぱこいつ只者じゃないなって」
-- もう今だから言えますが、大成さんにお伺いしたのですが、竜二さん含め3人でその後改めて相談されたんですよね。
「あー…。でも、俺は単純にさ、竜二に従う気でいたんだ」
-- そうなんですか!?
「個人的な思いは、うん、言うつもりもなかった。俺はあいつらに誘われてバンドに入ったんだし、やるやらないは、あいつらの気持ち次第だなって。音楽自体をやめたい気持ちもあったわけだし、いくら繭子が頭を下げた所で俺が出しゃばって意見を通す理由にはなんねえよ」
-- そこで翔太郎さんがイの一番にやろうと仰っていたら、何かが変わるとは思わなかったんですか?
「だから変えたくなかったんだよ、うん、…変えたくなかった。別にすぐにじゃなくていいから、心からの思いで、やるやらないの答えを出す方が良いって思ってたから、どちらかに転びやすいような切っ掛けを与えたり与えられたりする事が嫌だったんだよ」
-- やはり、深いですね。
「(苦笑)。でも竜二がやっぱり責任感の強い男だから、ちゃんと自分から自分の思いを話してくれたしな。あいつがやりたいって言うなら、やらない理由はない」
-- 嬉しかったですか?…それでこそだと、お思いになられましたか?
「あはは、あー、どうかな。それでもどっかで、重たい決断だった事は間違いないしな」
-- …ああ、そうですね、浮かれて良い話ではなかったです。ごめんなさい。
「ただそこも含めての言葉だってのは俺も大成も分かってたからさ。その時は嬉しいも悲しいもなかった。ただ、『よし』ってスイッチが入ったのは感じた。その時入ったスイッチの『オン』が今でも続いてんだよ。ずーっと」

連載第69回。「繭子、最後のインタビュー」 7

2017年、3月。



『池脇竜二、ラストインタビューの続き。独白』

「一度しか言わねえ。ごまかしはなしだ。だからあんたも聞き返したり、質問したりは最後までなしで頼む。否定する言葉はひとつも聞きたくない。この話をあんたにした所で何かが変わるもんじゃねえし、何ならそうなって欲しくないとも思う。だから、失礼な言い方になると承知の上で言うが感想もいらない。ただ聞いてて欲しい。


繭子を除いた俺達に共通して言えんのは、ガキの頃からずっと逃げ通しだった事だ。
あの街での毎日を生き抜いた事は、俺達にとっては幾らかの自信に繋がったと思うし、絆や思い出って話になればそりゃ、強いものを持ってるだろうとも思う。
だけどボロボロになるまで転がされてた当時はただの子供でしかなかったし、父ちゃんや母ちゃんに守ってもらわずに、ここまで生きて来られたとは思わねえ。俺達はずっと逃げてた。
暴力、犯罪、貧乏、空腹、年齢、不安と恐怖。色んな物を経験した事には違いねえが、じゃあ、そういったもんを全部克服して来たのかって自分を振り返れば、いやいや、そうじゃない、全部逃げて来たじゃねえかって、今でもそう思う。もしかしたら逃げずに戦っていたら俺達は死んでたかもしれない。だからそれが、運が良いと言っていいことなのか、見えねえ所で戦ってくれた父ちゃんや母ちゃんのおかげなのか。その両方だとしても、なんにせよ逃げずにここまで来れたとは思わねえし、今がある事を思えば間違ってたとも思わねえ。ましてやこういう話になると…。
繭子だけじゃねえけど。例えばあいつみたいに悲惨ないじめを受けた奴や、今現在そういう目にあってる奴に対して逃げずに戦う事の是非ってもんを語ったって、そんな無責任で危ない話はねえし、良いか悪いかはそもそも俺にだって分からない。だから本当はこういう話を外に向かってしたくはないし、今後は二度としねえと思う。


衝撃だったのは間違いねえよ。たった一人で自分に降りかかる全てのものと戦うあいつの姿や、…やっぱり笑顔だよな。
同じように暴力に負け続けた俺達の目で見ても、あいつの置かれた状況は普通じゃないと思った。学校生活の中でのそういう暗い部分に関しては、俺達の時代とは違うというのもあるし、状況も違うから何とも言い難い気持ちもある。俺達は結局4人ともが高校生活を全うしなかった人間だから偉そうな事を言うつもりもねえ。ただ本能みたいなものが、繭子の場合、これは駄目だ、この状況は普通じゃねえって、それは…。誰が見たってそうだったと思うよ。
そりゃあたまには良い事だってあったかもしれねえよな。…だけどそれがまたコエーんだ! 辛い毎日の中で突然やってくる幸せな事程怖いもんはねえぜ。俺達はそうだった。いつそれがひっくり返るんだって怯えてばっかだった。繭子も、きっとそうだったんじゃねえかな。
それによ、そういう良い事も悪い事も全部自分一人で受け止めるってことは、それ相応にエネルギーがいる。それでもあいつは笑ってんだぜ。狂ってるとかじゃねえけど、もちろん平気だったわけじゃねえと思う。
もうさ、…何度も言って、馬鹿なんじゃねえかってテメエでも思うけどよ、それでもあいつは俺達の前で笑ってたからね。ああ、強えってこういう奴だなって。逃げない奴ってすげえんだなって、俺はそう思った。良い悪いじゃねよ。うん、良い悪いじゃねえ。俺達がずっと逃げ続けて来たもんだから、あいつの凄さが分かるというかな。
あいつは五体満足に動かねえ体を引きずってでもドラムセットに座ろうとした。叩けねえけど、叩こうとした。倒れ込んでも、それでも叫び声を上げた。アキラが死んで、途方にくれる俺達を笑うこともせず、あいつは一人でドラムを叩いてた。


俺はノイを思い出した。あいつは死んだけど、体の弱さや辛い現実に負けたわけではなかったから。いつも笑顔で、俺達を応援してくれてた。それにカオリは、自分が死ぬって分かった時、ひたすら自分の夢を追えって、行きたい所へ行けって。そう言ってくれた。そいでアキラは、世界を獲れと、俺達に言ったんだ。その、アキラはもういない。俺達が音楽をやり続けなきゃいけない理由なんて、ない。悲しい事に耐え続ける必要なんて、どこにもない。
だけど思っちまったんだ。逃げたくねえよなあ、…もう逃げたくねえなって。
本当は、生きてさえいればどこに行ったっていいと思うし、どこにだって幸せはあるって事は俺も分かってんだ。だけど、繭子はテコでも動かねえしよ。逆を言えばどこに行ったって辛い事はある。なら自分が好きなここで頑張るんだ、居たい場所に居て何が悪いって。ここから絶対に逃げねえっていうあいつの笑顔を見てると、俺は一体何をやって来たんだって思ったよ。もうここから逃げるのはやめよう、ここであいつの力になってやろうって、そう思ったんだ。だけどいきなり繭子が頭を下げてきて、バンドに入りたいと言い出した。
最初は上手く整理出来なくて、想像してた未来の斜め上を行った感じがした。確かに逃げたくない気持ちはあった、でもそれってこういう事だったか?って。大事な事を今すぐ決めるもんじゃない、ちゃんと親とも話して来い。ここに来ればいつだって俺達には会えるからって、それらしい事言って帰らせて。けどその夜、もうテメエでテメエの言った言葉に嫌気がさしてた。また、俺は逃げようとしてるじゃねえかって思ったんだ。何で駄目なんだよ、繭子がドラムを叩いて、俺達とバンドやる事が、何で駄目なんだよ。そもそも俺はバンドやる理由がねえって思ってんだろ。じゃあ断る正当な理由もハナっからねーじゃねえかって。やって駄目ならそれだけの話だ。逃げねえと決めた俺が一度も試す事をしねえで「やらねえ」って何だよ。気取って大人ぶった説教タレてる本音はただ、ビビってるだけじゃねえかって。


面白いのがよ。そういう時ふと顔を上げるとちゃんと側に翔太郎と大成がいるんだよな。だけどそれと同時に、そこにずっといたはずのアキラはいねえんだなあって。いる人間よりいない人間を見つけちまう。いやいや、でもこいつらがいるじゃねえか。でも、やっぱアキラはもういねえんだって、その繰り返し。どうやったってそう思っちまうんだ。
繭子の事をあいつらと相談しようかってなった時も、なっかなか言葉が出てこなかった。やめたやめた、もう解散だって、そういう事は確かに誰も言ってねえんだけど。だけどそこは目を見れば分かる。誰も自分達のやってきた音楽を振り返ろうとしなかった。まだたった一枚アルバムを出しただけだ。やりたい曲もたくさんある。セカンドアルバムの構想だって固まってた。だけどそういう事を全く思い出せなかった。そういう状態のままバンドを動かすって事は、俺には簡単な話じゃなかったんだ。
それは言ってみれば俺にとって、人を、巻き込むって事だ。
それは繭子の人生だけじゃない。翔太郎や、大成。俺達の為に仕事を辞めてまでついて来てくれた織江。マーやナベやテツの人生まで巻き込むって事だ。空いた穴にちょこんと繭子を落とし込んで形を整えたらそれで完了ってわけにはいかない。そう思ったら、何をどう言えばいいのか。俺は本当はどうしたいんだろうって。
ただずーっと、椅子に座って。ガキの頃さ、織江のクラスで固まって他の奴らをじっと観察して頃みたいに、頬寄せあってじゃねけどよ、雁首揃えてこうして座ってりゃあ、黙ってても言いたい事伝わんじゃねえかなって変な期待した。なはは、いい年したおっさんが気持ち悪いけど。だけど、言葉にするのはよ、簡単じゃなかったな。


色々考えてたんじゃねえかな、まとまりのない事をぐるぐると。
大成とは、本当に色々あったけど、色々あったからこそ、クロウバーをやれたんだと思ってる。大成がいなければ、クロウバーもドーンハンマーもなかった。良い曲書くしなあ。今の俺があるのはこいつのおかげだろうな。ガキの頃面と向かって殴り合った時、俺腹ん中では白旗上げてた。こいつはやっぱりすげえなって。ああ、それは今でもそう思ってる所あるなあって。
翔太郎は、やっぱすげえギター上手いしなあ。ずっと首を縦に振んなかったこいつを説得出来た時は、そりゃ興奮したもんだよ。こいつが他所のバンドに行ってたらと思うとゾっとする。俺と肩を並べて喧嘩ばっかりしてたくせに、それでもいつだって俺を本気で殴り飛ばす事が出来るのはこの男だけだった。今ここでそういう野郎を手放すのはやっぱり勿体ねえなぁって。
そいでもってあのアキラだよ。いっつも無茶苦茶やってカオリと織江に心配かけてたくせによ、あいつの音楽的な才能ってのは、一切愚痴なんて零した事のないあのナベが泣いて悔しがる程だった。どうあがいたってあんな風には叩けないって、悔しそうにしてたなあ。


…初めてドーンハンマーとしての布陣で音を出した時、俺は心底痺れたねえ!あの翔太郎が、あの大成が、あのアキラが、この俺の味方なんだぜ!って思ったら、嬉しくて仕方なかったんだ! こんなに頼もしい奴らは悪いけど他にいねえよってな!
やっぱり俺は、どこまでもこいつらと行きてえっていう思いは、アキラを失ってもなお消えなかった。


『アキラは笑うかな。あいつの代わりに繭子を座らせて、それで世界へ行こうなんて。なんのつまんねえ冗談だって、笑うかな。もう本当は、どこを探したって理由なんてねえ。使命感もねえし、義務も、責任もなんもありゃしねえ。だけど俺は、やっぱりまだやりてえ。もういっぺん、お前らとやりてえ』


翔太郎も大成も、黙って立ち上がってそのままどっか行っちまいやがったけどよ。伊達に30年一緒に生きてねえよな。ちゃんとあいつらの声は聞こえたよ。もう絶対後には引けねえぞ。やるからには必ず世界獲るからなって。嬉しかったなあー。…よっしゃああって。叫んだのを今でも覚えてる。


…やっぱり繭子のおかげなんだと思う。
テメエにどういう言い訳をしたとしても、俺は胸張って『お前の為だよ』なんて言えねえもんな。俺は、俺があいつらとバンドをやり続ける為の理由を繭子に押し付けた。絶対に繭子を世界に連れて行く。その為に俺達はもう一度自分に火を付けようと決めた。俺はハナから、テメエが世界の人気者になる事に興味なんてなかった。それは今でもない。バラバラになるはずだった俺達を繋ぎとめてくれた繭子を、逃げずに戦い続けた繭子を世界に届ける為に俺達は、もう一度格好付けようと決めたんだ。
…矛盾してると思うかい?俺には至ってシンプルな話だけどな。俺はあいつらともう一度バンドをやりたかった。そしてそのバンドを武器に繭子を世界に連れて行こうと決めた。これは繭子の為にって話じゃない。俺達がそうしたいんだ。
最初に、繭子を世界に連れて行こうぜって言い出したのは翔太郎だ。だけど言葉にしなかっただけで、俺も大成も同じ事を思ってた。翔太郎がそれを口にして俺達の顔を見た時、アキラが死んで以来初めて心から笑いが込み上げて来たのを覚えてるよ。そこに俺達3人は全てを賭けようか、こんなに面白い話は他にねえよな!って。
…例え今がどうであれ、始まりの話はこうだよ』



(中断)



彼の言葉を上手く伝える自信が私にはなかった。
いつも通り、持参したビデオの映像を芥川繭子に見て貰う事で橋渡しをすることは出来た。
しかし本当は私が間に入らなくても、お互いの気持ちなどとっくに理解している関係だと思っていた。それだけに、ここへ来て彼女に池脇の独白を見せる事はある種独特な背徳感を私に芽生えさせた。
もちろん池脇本人に了承を得ている。しかしこの映像を見て繭子が冷静でいられない事もまた私には分かっていたから、それでも彼の言葉を聞かせる事に全くの抵抗感がなかったとは言えない。
手洗いを借りて私がスタジオに戻って来ると、繭子は自分のドラムセットに座って、両手でビデオカメラを握り締めてていた。物凄い顔だった。怒ってるいわけではない。涙を流してはいるが、悲しんではいない。ただ、喜びの感情が全てというわけでもない。とても複雑で、とても強い気持ちで、彼女の表情は張りつめていた。私が戻って来た事に気が付いてようやく小さなモニターから視線を外す事が出来た。そんな風に、彼女の動きからは感じ取れた。涙を拭い無言で私にビデオカメラを手渡すと、「トイレ」と小さく告げて繭子はスタジオを出た。
不意に、時枝の携帯が鳴る。見ると伊藤織江のご実家からであり、電話の相手は彼女の父・伊藤恭平氏からだった。後日御本人からの了承を得た上で、この時の会話を収録させていただく。


-- お疲れ様です、時枝です。
『伊藤です、お仕事中いきなりの電話で申し訳ない』
-- とんでもないです、先日は突然お邪魔しましてすみませんでした。大変お世話になりました。
『こちらこそ、とても有意義な時間を過ごす事が出来て嬉しかったです。また是非いらして下さい。家内共々お待ちしてますので』
-- ありがとうございます。お言葉に甘えて、必ずお伺いさせていただきます。
『時枝さんも、皆の後を追って渡米されると聞きましたもので』
-- はい、時期は少しずれると思いますが、そのように考えています。
『いくつになっても皆の事は心配だからね。時枝さんのような人が付いててくれると思うと頼もしい反面、日本からいなくなると思うと、私達としてはやはり寂しいなあという気持ちもあるわけなんです。そんな時枝さんだからこそ、ちょっと耳に入れてあげると嬉しいんじゃないかと、そう思う話がありましてね』
-- 勿体ないお言葉です。ありがとうございます。お話というのは、どのような…?
『昨日、こちらへショウちゃんとマコちゃんが顔を出してくれたんだよ』
-- 翔太郎さんと誠さんですか!そうなんですか!
『京都へ来たのは三日程前らしいんだがね、帰りにこちらへ寄ってくれて、一泊して今朝早くそちらへ戻ったんだ。今はもう東京だろうね』
-- そうだったんですか!恭平さんも、冴さんにも、さぞかし嬉しいお客様でしたね!
『そうだねえ。特にマコちゃんなんかは体の事があってから、ずっと心配だったから』
-- …はい。
『…大丈夫かい?』
-- はい、大丈夫ですよ。
『うん、それがあってね、何だかんだ、ショウちゃんとゆっくり話をするのも久し振りだったからねえ。何年振りだろうというぐらい、差し向かいで二人でお酒を酌み交わしてね、最後は酔いつぶれて寝ちゃったんだけど、楽しい夜だったんだよ、昨晩は』
-- いいですねー!私もお酒が強かったら、一度はそんな体験してみたいです!
『昔銀一さんと同じように…銀一さんて分かるかい?』
-- はい、翔太郎さんのお父様ですね。
『そう。彼とも飲んだ事があるんだけどね。昨日ショウちゃんが私の前に座った時、びっくりするぐらい二人が似てたもんでねえ。思わず声が出たよ』
-- はい。確かに、私も初対面の時びっくりしました。
『やっぱりそうだろう? お酒に関しちゃ銀一さんも相当なんだが、ショウちゃんは相変わらず底なしだったよ。私も弱い方ではないんだけどね、年のせいかなあ。そういう事にしておこうか』
-- あはは、大成さんともお飲みになられたんですか?
『タイショウが来るのはこれからなんだよ。今から楽しみなんだけどね、だけどそれが過ぎてしまうとしばらく皆とはお別れだと思うと、しんみりしてしまうよね。…これも、年のせいかなあ』
-- では私も、私自身が皆さんを追いかける前にお伺いする事にしますね。
『ああー、嬉しいね。楽しみが一つ増えた』
-- ありがとうございます。そう仰っていただけるだけで胸が一杯です。
『本当だよ』
-- ありがとうございます。翔太郎さんとはどのようなお話をされたんですか?
『ああ、うん。それは本人から聞く方が面白いんじゃないかな? とりあえずは、二人が来てくれた事を、あなたの耳に入れておきたかっただけだから』
-- ありがとうございます、思い出して頂けただけで光栄です。
『いやいや、じゃあ、お仕事頑張ってね』
-- はい、恭平さん達も、お体にはお気をつけて。
『ありがとう。待ってるからね』
-- 必ず。
『ではね』



(再開)



-- 順番としては、竜二さんへのインタビューが最後になってるから代表して彼の言葉を聞いてもらったんだけど、大成さんの(映像)も翔太郎さんのもあるよ。見る?
「あー。…うん、でもその前にさ」
-- うん?
「悪いんだけど、ちょっとだけ別の話題挟んでもいい?」
-- 全然全然、うん、構わないよ。
「ありがと」
-- (カメラをセットし直す)
「このカメラでさ。…同じカメラかどうか分からないけど、たくさん撮影してきたじゃない?」
-- うん。一応は会社の備品だけど私専用で家にも持ち帰ってるから、ずっと同じコレで録ってたよ、調子が悪い時もあったけどね。
「うんうん、全く反応しない時あったよね(笑)」
-- 焦ったもん、絶叫したよ。
「してたしてた」
-- 大成さんと誠さんが直してくれたのよね、『落ち着け、うるさい』って言われながら(笑)。
「格好良かったね」
-- 本当にね。
「そうやっていつでもカメラと一緒に側にいてくれたトッキーだけどさ、一度だけこちらから撮影を辞退させてもらった日の事覚えてる?」
-- 繭子の誕生日?
「そう」
-- いや、前も言ったけど私その日はさすがに予定組んでなかったよ。繭子だけじゃなくて全員の誕生日は外したもん。
「お盆とかクリスマスとか、行事の日は全部ね。律儀な奴だなーって皆感心してた」
-- 律儀かどうか分からないけど(笑)。
「ん、でもさ、織江さんなんかは、絶対時枝さんは撮影したいと思ってるだろうから、前もってお断りしておいた方がいいよね? 期待させちゃ悪いよね?ってずっと気にしてて」
-- えええー!もー、頭が下がるー。
「ね。で実際話の通りはスムーズでさ、全然平気です、もちろんわきまえてますーみたいな二つ返事だったって私も聞いてるんだけどね」
-- うん。
「実は織江さんがビデオ回しててくれたの」
-- え…何を?
「…あ、そうかそうか。その話が先だった(笑)。そもそも何で私の誕生日に取材を断ったかって言うとさ、私も直前に知ったんだけど、当日にうちの両親を呼んで、ここで皆がお祝いしてくれたんだよ」
-- へー!素敵!
「そうそう、嬉しかったよー。そこはやっぱりうちの両親なんて普通の一般人だしさ、お祝い事とは言えそこは誰にも気兼ねなく過ごして欲しいっていう配慮を、皆がしてくれて」
-- 当然だよね。
「ありがとう。今更トッキーの前で『身内だけで』っていう言葉は使いたくないけどね」
-- 何言ってんのよ。当たり前の事だと思うよ。
「うん」
-- 皆の気持ちは物凄く分かるよ。きっと私は事前に聞いてたとしても、やっぱり辞退したと思う。
「URGAさんのここでのライブもそうだったもんね。だからきっと、トッキーはそう言うだろうってメンバーも言ってた」
-- うん(笑)…え、その時の様子を撮影してたって事なの? それご両親は知ってるの? その、撮られてたって。
「もちろん。あんまりよく理解してなかったけどね(笑)。なんでそれを私らに聞くんですか?ぐらいのポカーンとした感じだったし」
-- あはは!なんかほのぼのしてて好き。
「いやー? なんか恥ずかしかったなあ」
-- ええ? そんな事ないよ。
「うん。でね、その映像を今日トッキーに見てもらおうと思って」
-- え、今!?
「時間大丈夫?」
-- 私は平気だけど、良いの?
「良いよ。私もずっとどこかで、トッキー呼べば良かったなあって思ってたし」
-- もー(超照)

繭子が立ち上がってPA室に向かい、彼らが以前より練習風景撮影用に使っていたビデオカメラを持って戻って来た。

「だらだら流すと長いから見て欲しい所までは飛ばすね」
-- 誕生日パーティーみたいな事だったの?
「えーっと、そうなんだけど、実はね、一日限定でクロウバーを結成してくれたんだ」
-- ウソ!?
「今まで一度だってそんな事してくんなかったのにさー、ここへ来て急にそんな素敵な事するもんだから。きっとこれもトッキーが来てくれた影響なんだろうなあって思ったら、ちゃんとあなたにも見て欲しくて」
-- はあ? 私は全然関係ないよ(笑)。でも以前繭子も、遊びならそういう事もあると思うって言ってたじゃない。実現しちゃったわけだ!
「え?言ってた?」
-- うん。
「覚えてないな(笑)。でもなんていうかさ、本当、身に余るというか、ずっと緊張してフワフワして、どうしていいか分からなかったよ」
-- 側には親御さんもいるわけだしね。
「そうだよー、変な汗一杯かいたもん」
-- でも嬉しかったんじゃない? 相当。私だってその映像を見て普通にしていられる自信ないよ。心臓がバクバクしてきた!
「あはは、うん。もう、凄っごかったよ!」
-- もちろん、マーさんがギター弾いて、ナベさんがドラム叩いたわけでしょ? それは凄いねえ。身内だからあり得る話だけど、昔からのファンにしてみたら地団太踏むよね。
「ねえ。申し訳ないもん」
-- いや、別に繭子のせいじゃないから。
「それにさあ、いつ練習してたのよってびっくりしたし。メンバーだけじゃなくて、マーさんもナベさんも忙しいんだよ。今度の事があって、日本でやるべき事がまだまだ残ってるし、こっちへ残る事になったナベさんなんか、本当はコレ所じゃなかったはずだし」
-- 一時的とは言えURGAさんチームだもんね、春から。
「笑っちゃうよね、どういう巡り合わせなのよ?って」
-- ねえ。…翔太郎さんは?
「…まあ、じゃあ、見ようか」
-- うわ!やばい!本当に震えて来た!
「あはは…」



2016年、12月12日。『バイラル4スタジオ』内、練習スタジオにて。
(映像早送り、そして停止)
カメラはスタジオの奥側から、入り口方向へ向かって立つ伊藤織江の目線のようだ。
画面右の壁側から順に、繭子のご両親、画面手前のカメラに近い位置に立つ伊澄の背中、楽器セット前に立つ繭子が映し出されてる。
楽器セットにいるのは、ボーカルの池脇。ベースの神波。本来伊澄が立っている筈のギターポジション(池脇の左横)には、円椅子に腰かける真壁の姿がある。これまで描写はして来なかったが、個人的には真壁がギターを担いでいる姿を見るのは珍しい事ではない。レコーディングの際、SEとして伊澄と話をしながら色んなパターンの音を一緒に出しているからだ。しかしこの時程緊張した面持ちの彼を見た事はない。
そこへ、スネアドラムを抱えた渡辺がスタジオ入りして来る。応接セットはこの時移動させられており、彼らの前に立って所在なさげにキョロキョロしながら口元を両手で覆っていた繭子の目線がそちらへ向かい、ピタリと動きが止まった。
渡辺の顔にカメラが寄る。普段優しい微笑みを絶やさない彼ですらその表情は硬く、かなり緊張した様子だ。繭子は渡辺が何をしようとしているか一瞬理解出来なかったようだが、悟った瞬間弾かれたように彼に駆け寄る。


『え、いや、良いです良いです、使って下さい!』
『あはは、いやいや』


どうやら渡辺は繭子が普段使用しているドラムセットに座る事を遠慮し、彼が所有しているスネア等に機材交換をしようとしているらしかった。その事は池脇らも知らなかったらしく、カメラに向かい困ったような顔で笑いかけ、首を振って見せる。
渡辺は言う。


『久しぶりの事だからさ、僕もちょっと自分の昔の相棒引っ張り出してメンテしてたらどうしてもこいつでやりたくなって。段取り悪くて申し訳ないけど』
『いや、えー、でも、全然、はい、あのー』
『うん、平気平気。じゃあ、時間もあれだしスネアだけ交換していい? あとでちゃんと戻す所までやるから』
『はい、そんなのは、あのー、はい、すみません』
『なはは、これは僕のわがままだから、繭子はそんな顔しないで』


キリリと男らしい顔立ちの渡辺はいつも自分を僕と呼び、柔らかな物腰を誰に対しても崩さない。それは10歳以上年の離れた繭子相手でも変わらないし、私に対してもそうだ。そんな彼が今、口調こそ優しいものの緊張感からとても険しい表情を浮かべている。その事が、繭子にも、その場にいなかった私にも熱い物を込み上げさせた。


足の悪い真壁は何度も片足で上半身を持ち上げては座りなおし、しっくり来るポジションを探してる。普段彼は車椅子で作業をする事が多く、座布団を何枚も敷いて座高を上げ、背もたれに深く体を倒してギターを弾いている。今のように背もたれのない状態でギターを担いで弾く事は、もしかしたら彼にとっては久し振りなのかもしれない。マイクスタンドを調節しながら、俯き加減に何度も目線をやっている池脇の気遣いが見て取れる。聞き取れない程の声で神波が何かを良い、真壁の側にしゃがみ込む。椅子の高さを調節するハンドルの締めが甘いらしく、慌てた様子で締め直す。真壁は特に何も言わないが、顔を上げた池脇が笑っているのを見て、込み上げた熱いものが流れ出そうになった。


渡辺が楽器セットにスタンバイして軽くリハが始まると、ちょっとした音の鳴りに繭子のご両親はびっくりした様子で後ずさる。
伊藤が繭子の名を呼んで、右手で何かを指示する。
繭子は思い出したように上着のポケットから耳栓を出して両親に手渡した。
お母様はほっとした受け取ったが、お父様は何故かそれを固辞した。
伊澄がその様子を見ていて、嬉しそうに振り返ってカメラに笑いかける。
伊藤は小さな声で、『大丈夫かなあ』と心配そうだ。
やがて池脇がマイクを通して話し始める。

『お待たせしました、クロウバーです』

繭子の拍手。それを見たご両親の拍手。
ドンドンドンドン、タカタタン!
渡辺の鳴らすバスドラとスネアの音が、ドーンハンマーと全然違う事に笑い声が起きる。

『どういう笑いだよ』
頬を染めて言う渡辺はそれでもどこか嬉しそうで、どことなく池脇と同じ匂いがする人だと改めて思う。

『いいぞー、ナベー!』と伊澄が声援を送る。
渡辺はスティックを掲げてそれに応える。

池脇が言葉を繋ぐ。
『えー、本当は2時間でも3時間でも、今日という素晴らしい日を迎えた繭子の為に歌い続けられたら最高ですが、いかんせんブランクを抱えた問題児ニ名を緊急カムバックさせての演奏となりますので、そんなに長くはやれません』

『言い訳すんなー!』と伊澄。
『あいつなんなんだよ!』神波が伊澄を指さして笑い、真壁達は苦笑しながら首を横に振る。

池脇は繭子の両親の方を見やりながら、
『変な奴が紛れ込んでいますが、どうぞお気になさらずに。ああ見えて無害です』

伊藤が強めの声で『翔太郎』と呼び、彼を少しだけ下がらせた。
繭子は手を叩いてずっと笑っている。

『とりあえず、この二人の緊張をほぐす意味でも一発派手にやります。じゃあ(振り返って確認し、頷く)、「TAKING ALL THE FLAG」』

例えるならば迫り来る行進の足音のようだ。ガガガガガ、ガガガガガと粒の揃ったギターカッティングが印象的なメロディは爆音でこそないが、ベース、ドラムと並奏する強烈な一体感に圧倒される。繭子はその音を全身に浴びながら天井を仰ぎ見、祈るように両手を顔の前で合わせた。一夜限りのクロウバー復活ライブが始まった。
彼女の後方で、繭子のお母様が隣のお父様の手を引いて、何事が問いかけるような顔をされた。お父様は小さく首を振って、すぐにクロウバーに視線を戻した。

伊澄は真剣な顔で、真壁と渡辺の演奏を見ている。
彼の目には二人の演奏はどのように映ったのだろうか。

『なーつーかーしー』
伊藤が無意識にそう言う。
「TAKING ALL THE FLAG」は言わば彼らのメジャーデビュー曲である。

一曲目の演奏が終わり、繭子、ご両親、伊澄の惜しみない拍手。
続いて池脇のMC。

『ありがとうございます。えー、繭子。誕生日おめでとう』
『ありがとうございます!』
『父ちゃんと母ちゃんにも礼言ったか?』
『はい?』
『誕生日っつーのは産んで貰った事を感謝する日らしいぞ』
『そうなんですか?』
『なんか、そうらしいぞ(笑)』
『(上半身だけ振り返り)ありがとう』
『会釈ってお前』
繭子のペコリと下げた会釈に、ご両親も会釈で返す。
(一同、笑)

『繭子の父ちゃん、母ちゃん、今日は急に無理言ってすいませんでした』
滅相もないという顔で手と首を横に振るご両親。池脇は笑って続ける。
『今日と言う日が特別だとは、実はそんなに思ってません。30歳になるからどうとかも思ってません』
『29です!』と繭子。
『あはは! まあまあ、と言うより、本当言えば誕生日じゃなくたって良いんです。こうして顔を会わせることが出来て、これまで一緒に生きて来た繭子のおかげで俺達はなんとかここまで来れたんですって、そういう気持ちを伝える事が出来るんなら、いつだって構いませんでした。ちょっと、遅すぎた気もします』

すでに繭子のお母さまの目に光る物がある。
お父様はしっかりと池脇を見つめ、一言も聞き漏らすまいと聞き入っているように見えた。

『もっと言えば、こちらから出向くべきでした。でもこいつ足悪いんで(真壁に左手を向ける)』
『言い訳すんなー!』と伊澄。
『俺なんも言ってないからな!』と真壁。
『全然無害じゃねえな、摘まみ出せあいつ(笑)』と池脇。
(一同、笑)
『…なので今日は、繭子がずっと好きでいてくれたクロウバーというバンドでもって、感謝の気持ちを伝えようと思います。誕生日プレゼントと呼ぶにはだいぶオッサン臭いですが、受け取ってもらえると嬉しいです。そして、繭子の父ちゃんと母ちゃんにも、感謝を伝えたいです』

池脇がそう言い終わると、渡辺が立ち上がり、真壁もギターを杖替わりにして立ち上がった。池脇がギターのストラップを肩から外して左手で握る。神波も同じくベースを右手で握って立っている。

『今日まで、ありがとうございました』

池脇が言った瞬間、繭子は両手で顔を覆って彼らに背を向けた。
池脇ら4人が一斉に頭を下げ、離れた場所に立つ伊澄も、同じくご両親に向かって頭を下げていた。繭子のお母様が深々と頭を下げ、お父様は必死に涙を拭って、それから頭を下げた。

頭を上げて池脇が続ける。
『そして、これから俺達はアメリカへ渡り、なおも、繭子の力を借り続けなければいけません。大切な娘さんを、俺達のわがままで連れて行く事をどうかお許し下さい。そして出来れば、これからも応援よろしくお願いします。…それでは次の曲行きます。「BLUE EARTH BAT」』

そこから、クロウバー屈指のアップテンポナンバーが3曲続く。
「BLUE EARTH BAT」
「アンダー・ザ・アスファルト」
「UNHOLY FOUR」

そしてジャパメタ界最強バラードの呼び声高い「裂帛」へと雪崩込み、興奮と涙でスタジオの空気がグシャグシャになった所へ、この日一番のハイライトが訪れる。

池脇のMC。
『えー。どういうわけか、これからやる曲を、繭子は一番好きだと言ってくれます』

『うおおああ、うあ!うわあっ!』
言葉にならない繭子の叫び。
普段なら皆の明るい笑い声が反響する場面で、今は誰一人笑う事が出来ないようだった。

池脇のMC。
『この曲は俺が10代の頃に作ったものです。最初は、言ってみればとてもプロが作ったとは呼べないような拙い曲だったのを、俺自身どうしても捨てきれずにデビュー後もずっと温めていたこの歌を、後に、今も横でベースを弾いているこの神波大成に新たな曲を付けてもらいい、出来上がった曲です。相手が誰であれ、物がなんであれ、いつであれ、どこであれ、ああー、良いなあ、好きってのはこういう事だよなあって、今でもそんな若い気持ちを俺に思い出させてくれる一曲です。もし、知ってる人がいたら、一緒に歌ってください」

繭子の泣き声が聞こえる。

『「アギオン」』

両手の拳をぎゅっと握り締めて、繭子が爆音と共に絶叫する。
伊澄が両腕を頭上高く上げて吠える。

池脇が歌い始めた瞬間だった。
繭子のお母様が突然バンザイのように両手を突き挙げた。
お父様が前に進み出て、振り上げた腕を握り拳に変えて、叫んだ。

異変に気付いた繭子が振り返り、両親を見て涙を流す。
後にお父様とお母様は語って下さった。
この歌だ。
あの頃娘が毎日、泣き叫ぶようにして歌っていたのはこの歌だった。
娘を支え、そしていつしか自分達をも支えてくれていたのが、この一曲だったのだと。

カメラを持つ伊藤の手がブルブルと震える。
3人を見つめる伊澄は堪え切れずにしゃがみ込み、彼は既にクロウバーの演奏を見ていなかった。

池脇の笑顔。
神波の険しい顔。
真壁の泣き顔。
渡辺の必死な赤ら顔。

曲が終わった瞬間、クロウバーの面子全員が後ろを向いた。
繭子とご両親は向い合い、抱き合っていた。

伊澄がゆっくりと立ち上がる。
重たそうに両腕を持ち上げ、背中の筋肉を伸ばす。
鼻をすすり、伊藤が声を掛ける。
『やれんのぉ? こんな状態で』
伊澄は少しだけ振り返り、何も言わずにPA室に向かった。

伊澄が自分のギターを手にして戻って来る。
気が付いた繭子が両手で口元を覆い、目を見開いて、カメラを持つ伊藤を振り返る。

池脇のMC。
『えー。一応さっきのがラストナンバーでした。んで今からやる一曲が、まー、アンコールっつーかなんつーか』

伊澄が真壁の横に立ち、左手を耳に添えて繭子の方へ向ける。
『翔太郎ー!』
繭子が黄色い声援を送る。
繭子のお母様も明るい笑顔で手を叩く。

『今のがアンコールか?』と池脇。
『いいとこ全部持ってくな』と神波。

いつから持っていたのか、繭子が上着のポケットから伊澄の煙草とライターを取り出して一本銜えた。ご両親が驚いた顔で一歩後ろへ下がる。繭子は構わず煙草に火を点け息を吸い込んだ。そしてその煙草を伊澄の元へ持って行き、彼に銜えさせた。
唖然とする一同。
『は?』と伊藤。
誰よりも面食らう伊澄。
周りから白い目で見られ、流石の伊澄も煙草を唇から外すと、無言でご両親に頭を下げた。
(一同、笑)

池脇が叫ぶ。
『っしゃああ!』
各楽器が昂る感情を示すかのように、様々な音を鳴らす。

『この一曲はもう来年の今日しかやんねえから歌いたい奴はワンコーラスで覚えろ行くぞ!「STAR LINER」!』

早口で捲し立てる池脇の絶叫。
繭子の為だけに作られた、5人編成でのクロウバー、最新曲である。
伊澄が加わる事で、音の厚みはもとより疾走感と構成の難易度が飛躍的に上がる。
しかしそれでもデスラッシュではないクロウバー印のハードロックが溜まらなく格好良い。
あのURGAをして「世界に行けるよ」と言わしめた、池脇の桁外れな声量と歌唱力が存分に発揮されている。
何より繭子が楽しそうだ。嬉しそうだ。
今しがた両親と抱き合って泣いた事など忘れて、ただの女の子に戻ってしまったかのようにはしゃいでいる。

なるほど、これほど最高の誕生日プレゼントは他にない。



(映像、停止)



-- ちょっと。…ちょっとさ。
「うん」
-- ずるいわ!
「あははは!」
-- 繭子ずるい、これはずるいよ!ちょっともう一回見て良い?
「ほとんど泣いてたもんね、私もだけど」
-- いやー、これは凄いよ!
「いつ練習してたのよって。もう私最初そればっか気になっちゃってさ(笑)。マーさんもナベさんも、なんでそんなに弾けるの?叩けるの?って。後で聞いたら、忙しい合間縫ってわざわざ他所のスタジオ借りて練習したんだって。休みの日に顔合わすなんて絶対しないって豪語してた人達だよ? もー、何だよこれー!って(笑)」
-- 格好いいねえ、やる事なす事。さすがだなー、さすがだわ。
「腹立つくらい格好良い。身内ながら本気でそう思うよ」
-- でも、本当に貴重だよね。私実際に動いてるクロウバーを見たのはこれが初めてかもしれない。まあその、PVとかは抜きにしてね。そういう意味でも…。
「うん、私もそうだよ。ご家族でUP-BEATのコンサート見に行ってた織江さんちとは違って、こっちハードロックだもんね。うちはああいうとぼけた二人だし、子供の頃は無理してライブ見に行くっていう発想にもなんなかったからね」
-- 好きで聞いてた頃は、中学生とか高校生とか?
「中学からかな。高校入って一年の内にはメンバーと出会ってるんだけど、その時点でもうドーンハンマーだったし」
-- あはは、改めて聞くと出会いの奇跡って凄いよね。それに彼らの人生半分が音楽だっていうキャリアにも今更ながらちょっと身震いする。言ってもまだ41歳じゃない。どれだけ濃いんだよと(笑)。
「ねえ。その頃からこの時(誕生日パーティー)みたいな歌と演奏でステージ立ってたんだって思うと、目がハートになっちゃうもん」
-- あはは!
「一発目デビュー曲だよ? 私、生で聞ける日が来るなんて思ってなかったよ」
-- 『すべての旗を取る』だからね。シンプルだけど彼ららしい、デビューにふさわしい曲だと思うけど、まあ、今はもうやらないよね(笑)。
「でもさー、コーラスがさ、マーさんとナベさんに変わっただけで一瞬でクロウバーに戻るのって凄くない?」
-- 思ったー!思った、やっぱそうかー!
「あはは、当時はそういう事意識して聞いてなかったけどさ、それでも死ぬほど聞いてきたから全体の音をひと塊で覚えちゃってるんだね。竜二さんの歌唱法がそもそも今と全然違うんだけど、マーさんとナベーさんが今回クロウバーカラーを取り戻す鍵になってると思った」
-- ねえ、そう思う。それでも私この一年、毎日毎日ドーンハンマーの練習を見てるからさ、実際今クロウバーの曲を聞いてもそんなに凄いとかって思えないのかなーって思ってた時あったけどさ、やっぱり格好良かった。
「当たり前でしょー!(笑)」
-- いやでも、見るまでは分かんないじゃない。音源の出来だけ比べちゃうと、『過去と現在』なわけだから。
「そりゃー、そうだけど」
-- でもやっぱり、さすがに二十歳そこそこでメジャーデビュー勝ち取るだけの実力あったわ。マーさんもナベさんも上手いんだね!
「あははは!なんか変な方向で感動し始めた」
-- 今聞いてもドラムとかギターのアレンジに拘り感じるしさ、テクニカルな事も昔から取り入れてるんだよね。速さや重さはそりゃ比べるべきじゃないけどさ、やっぱり大成さんの曲が良いのと、アレンジ力がそこいらのバンドとは才能が違う。
「ナベさん上手いでしょ」
-- うん、ちょっとびっくりした。
「マーさんは今でもレコーディングで普通に弾く人だから、昔の曲はさすがに驚いたけど、今聞くだけならひょっとすると前より上手いかもしれないでしょ。でもナベさんは全然叩いてないもんね。機会がないし。でも自分がドラマーだからさ、音源聞いて再現してみると分かるもん。凄いんだよナベさんて」
-- そうなんだね、繭子でもそう思うんだ?
「私が裏打ち好きなのはナベさんの影響もあるよ。もちろんそこに速さを加える過程でナベさんらしさってちょと薄れちゃうんだけど、好みとしての影響は確実にあるもん」
-- 気持ち良いドラム叩く人だよね。
「そう。グイグイ前に突進していくアキラさんとはタイプが違ってね」
-- 繭子は良いとこどりだ。
「本当そうよ。…自分で言うなー、だよね(笑)」
-- (笑)、前後しちゃうけどさ、竜二さんのMCがあって、皆が繭子のご両親に向かって頭を下げたじゃない?
「うーーーん(笑)。あんなのは私、直視できないから」
-- ね(笑)。でも、…今日繭子言ってたけどさ、良い人に出会うと身構えちゃうとか、ちゃんとしなきゃいけないって思うんだっていう彼らの人間性がずばり出てたね。気を使ってるとかじゃなくてさ、振り幅が極端だよね。誰よりも喧嘩っ早いクセに誰よりもきちんとしてるっていう。
「うん。うん。そう。そこ、それ」
-- あはは。私もあれは泣いちゃうよ。心の温度をダイレクトに感じるもんね。ステージに立ってない翔太郎さんまでもが同じ方向向いて頭下げてるのとか、ぐっと来たな。それだけ皆、繭子とご家族に感謝してるし、愛情を感じてるって事だよね。
「ありがたい事だよね。こんな小娘にね。…だから30前が自分で言うな(笑)」
-- あはは! あー、『裂帛』も泣けたなあ。あの曲は凄いよなあ。今ドーンハンマーってバラードやらないからさ、ひょっとしたらこの先も『裂帛』を超えるパワーバラードって出て来ないかもしれないね。
「URGAさんのカバー聞いた?」
-- まだ。
「凄いよ、ちょっとシャレにならないよ」
-- 竜二さんがコーラスで参加してるんだよね?
「そ。他の曲聞いてないけど、(収録曲の)リストだけ見たら絶対他の全部食うなって思って。曲順大事ですねって本人に言ったらさ、目を細めて小声で『こんなのさあ、最後にしかもってこれないよね』って笑うの。もう、超ー可愛いんだ!」
-- あははは!それ見たかったな、想像つくけど(笑)。でも繭子にとってみたら、やっぱり『アギオン』良かったねえ。今思い出してみて、どう?
「ただの名曲じゃないっていう事があるから、うん。気持ちが入っちゃって。あの歌の歌詞とか未だにアレだし(ちゃんと理解をしていない)、同じアルバムの他の曲とどう違うんだとか、そういう細かい部分では何も言えないけど物凄く大切な事だけは確か。…私、竜二さんが初恋の人だから」
-- あはは!ついに言った!
「もー、本当格好良いよね、あの人。何なのよ!」
-- うん、同感だね。
「竜二さんの器の大きさや男気という優しさで、今またあの『アギオン』が輝いたのは超嬉しい事だった。だからそういう意味でも嬉しかったの」
-- と言うと?
「自分を支えてくれた曲だっていう思い入れがあるじゃない。シンプルに、良い曲だなーっていうのもあるよ、格好良いな、熱いなって。でも私にとってはそれ以上に『大事な曲』っていうか。ちょっとどこかで『私の曲』ぐらいに思ってる部分もあるからさ、今またこうやって竜二さん達本人の手で輝いた事に格別の喜びがあるんだ」
-- なるほど!それは聞いてみないと分からない事だね!ただ単に、好きな曲を聞けて良かったっていう感想を超えちゃってるんだもんね。
「うん。何万回聞いたか分からないけどね。やっぱりスッゴイ曲だった。ほんと、大成さんにも感謝しなきゃだね。さっきの竜二さんじゃないけどさ、本当にいい曲だと思う」
-- びっくりしたのは、お母様とお父様まで両腕振り上げて叫んでらしたように見えて。
「あー、うん。あの曲だけは、どうやら二人も完全に覚えてたらしくて。というより私が歌い過ぎてたからね、家でもどこでも(笑)。楽しい時も、辛い時も、大声で『アギオン』を歌って乗り越えて来たから。私と当時どういう話をしたのかはあんまり覚えてない人達だけど、あの曲だけは覚えてたって。彼らなりに、感謝があったみたい」
-- ああ、そういう事だったんだねえ。だからその、繭子が当時さ、あんまり良い印象をご両親に抱いてなかったじゃない? だけどあの姿を見た時に、私はきっと、彼らなりにたくさんの迷いや葛藤や苦しみをを抱えて毎日を過ごしておられただろうなって思ったし、爆発したように腕を振り上げた二人の瞬間を見れて良かったなって思ったよ。10年以上前だけど、きっと昨日の事のように思い出せたんじゃないかな。
「…うん」
-- 竜二さんが歌い始めた瞬間だったもんね。それまで割と笑顔多めで繭子を見ながら歌ってた彼らが、三人の姿を直視出来ないようだった。その時の繭子達の姿が何を意味しているのか皆ちゃんと分かってたし、私あそこまで翔太郎さんが無防備に泣いてる姿を…まあ後姿とは言えね、晒してる所は見た事ないもん。
「…うん。ありがとう」
-- ううん、ごめん、知ったような事言って。
「(首を振る)」
-- …しかも、新曲まで作って…。


「…もおお」
更に大粒の涙を零しながら、繭子がソファーの背もたれに体を倒した。
そんな気はしていた。そのタイミングがいつなのかは分からなかったが、恐らくお見えになるだろうと確信していた。


「泣いてるか泣いてないか、賭けをしようよって話になったんだけどね。二人とも泣いてるに賭けちゃって勝負にならなかったよ。まさか繭子まで泣いてるとは思わなかったけどね。さあ、来てやったぞー。…嬉しいだろ?」
わざとらしく抑揚をつけてそう言うと、向かい合って座る繭子と時枝の丁度真ん中にメーカーズマークのボトルをドンと置き、関誠が両手を腰に置いた。
「差し入れです」
何をやっても絵になる人だなと、開いた口が塞がらない。そんな阿保面を下げる私に吹きだして笑う彼女自身が『差し入れ』に見えた。
「翔太郎さんも?」
隣に腰かけた関誠に繭子が尋ねると、彼女はニッコリと微笑んで頷く。
「なんか階段のトコで電話入って、今外で喋ってるよ。あ、来た」


「あはは。はい、…はい。いえいえ、そうでもないっすよ。…はい。…はい、是非。ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお伝え下さい。はい、はい。あははは!はい、失礼します、あいー」


今日という日まで一度も見た事がないんじゃないかと思うくらい、優しい笑顔で電話を終えた伊澄翔太郎は、何食わぬ顔で関誠の隣に腰を下ろした。
お疲れ様です、と鼻をすすりながら繭子が会釈すると、伊澄は少しだけ驚いた顔をして私を見、そして繭子にこう返事した。
「痩せた?」
繭子は頬を膨らませて反対側に顔を背けると、一拍置いて、大声で笑った。

連載第70回。「繭子、最後のインタビュー」 8

2017年、3月。



芥川繭子(M)×伊澄翔太郎(S)×関誠(SM)。
例のお酒を戴きながら。

-- お疲れ様です。差し入れ、頂きました。
S「悪いな、芸のない二人で」
SM「(顔を伏せて笑う)」
-- いえいえ(笑)、何気に翔太郎さんの方からメーカーズマーク頂くのは、私は今回が初めてです。
M「私もそうだよ」
S「差し入れでこれ持ってくるのは俺も初めてだけどな。ただ」
SM「意外性が全くないってね、さっきも二人で」
-- なるほど。肉まんか、このお酒か。
M「いつもだけどさ、肉まんよりお酒より、二人がこうやって来てくれる事が差し入れになってるんだよ」
SM「分かってるよ?」
M「(爆笑)」
-- 病院どうでした?
SM「(指で輪っかを作る。OKのサイン)。…当てようか、誕生日の話してたね?」
M「ふぇ!?」
-- どうして分かったんですか!?
SM「だってこれ置いてたらそれか、昔の練習風景しかないじゃん」
二人の突然の来訪に舞い上がっていたが、テーブルに置かれたバイラル所有のビデオカメラを指さし、誠が話の焦点を繭子に戻してくれたおかげで、ようやく落ち着きを取り戻す事が出来た。
-- 大当たりです。クロウバーでのライブシーンだけを見ていたのですが、当日、誠さんとテツさんもいらっしゃってたんですか?
SM「ライブの後じゃないかな、参加したの。テツさんもいたよ、もちろん」
S「(ライブは)そんなに長い事やってないからな」
М「一時間ぐらいですかね?」
S「かな」
SM「来る時下でワゴンから一杯荷物運び上げてるの見て、軽そうなの適当に持って上がって来たらそこの所(恐らく、スタジオ外の階段付近を指さし)で『やめて!』って、大袈裟な顔されて(笑)」
S「テツ?」
SM「うん。『絶対やめてね』って言われて。なんか深刻な誤解でもされてるのかなって」
-- あはは、でもテツさんの気持ちは分かりますよ。
М「ただ単に翔太郎さんの手前とかじゃなくて?」
SМ「どういう意味? なんで手伝わせてんだとか、言うって?」
M「言わないか」
SM「言わないでしょ」
-- やっぱりでも遠慮はあると思いますよ。テツさんだって大分年上ですけど『マコちゃん』て呼んでいらっしゃいますよね。翔太郎さんの手前というより、翔太郎さんの大事な人という認識はあるでしょうから。
SM「あー、それはあるかもしれないね」
S「(顔を伏せる)」
M「誠さん、こう見えて翔太郎さん以外を呼び捨てにする事ないもんね」
SM「当たり前でしょ! 今でもたまに翔太郎さんって呼んじゃう時あるのに(笑)」
M「ウソ!?」
SM「あるある」
M「そうなんですか? どういう時ですか?」
S「(顔を上げない)」
SM「嫌-やーそー(笑)」
M「こういう話で翔太郎さんが乗って来たらそれはそれでちょっと怖いよね」
S「(俯いたまま笑う)」
-- なるほど、このままだと翔太郎さんが俯きっ放しになるので話題を変えます。あのー、復活版クロウバーで演奏された例の新曲って、音源化する予定はありませんか?
(一同、笑)
M「ほんと、根っからだね」
-- いや、別に編集者として聞いたわけじゃないよ。普通に、また聞きたいでしょ?
M「うん、聞きたいけどね」
-- 竜二さんなんて言ってた? 早口で捲くし立ててるから分からなかったんだけど、来年の今頃なんとかなんとかー、スターナー!みたいな。
M「雑(笑)!」
-- ごめん(笑)。
S「この一曲はもう来年の今日しかやんねえから歌いたい奴はワンコーラスで覚えろ行くぞ、って。曲は『STARLINER』」
-- すみません、ありがとうございます。『STARLINER』、いい響きですね。ドーンハンマーにはない語感な気がします。でも多分そのような事だろうなとは思いましたが、やはりもう聞けないんですね、来年まではね。
M「恐れ多くて要求出来ないけどね、来年だっていつだって。あの曲って、誰が作曲したんですか?」
-- 聞いてなかったんだね(笑)。
S「大成」
M「…へえー」
-- はー、やっぱ凄い曲書く人だなあ。
SM「…え、いいかな。(繭子を指さしながら)翔太郎、この顔はバレてるよ?」
M「うはは!(顔を背ける)」
S「そうか」
-- え、という事は翔太郎さんなんですか?
S「うん」
-- 何で一回ウソ付くんですか。
S「うん」
SM「今日って何時からやってんの?」
-- え? ああ、朝からです。
SM「ずっと!?」
-- すみません、休憩挟みながらですけど、まあ、ずっと。
SM「もう3時回ってるけど?」
-- すみません。
SM「何時までやるの?」
-- 時間は、決めてません。
SM「今で何割?」
-- ええー、…2。
M「ええ!?」
-- ウソ、7割くらいはもう、うん。
M「あ、でも思ったよりか」
-- ごめんね、長いよね、さすがに。お昼に織江さんが昼食を用意して下さったんです。その時点でもう午前中一杯使ってるのに、まだここへ来て終わらないって、相当酷い編集者ですよね。
M「でも覚悟はしてたよ」
S「何をそんなに喋る事があるんだ? またアレか、恋愛小話か」
SM「あははは!」
-- 小話(笑)。
S「好きだもんなあ、その手の話」
-- いや、だから好きじゃないです(笑)。ただ皆さんとお話していて出て来る愛情の小話って、所謂恋愛モノとは全然違うじゃないですか。
S「…俺に聞いてんの?」
SM「まあまあまあ、ね。言わんとしてる事は分かるよ」
-- ですよね? 私もこう見えて音楽雑誌編集者の端くれなものですから、そもそも音楽記事に恋愛要素を織り込むのが苦手なんです。これまで取材対象のそういった部分を全く掘り下げてこなかったですし、自分としては恋愛の話をあえて攻めていくやり方って、実はよく分かってないんですよ。
SM「あー…その話は全然信用できない。ウソくさい」
M「(手を叩いて笑う)」
-- 本当です!逆に今、じゃあ恋愛の話しようぜっていうノリになっても、私の方からどう話題を振って良いか、聞き出して良いのか分からないですもん。
M「ナチュラルボーンキラーってトッキーみたいな人の事言うんだろうね」
S「っは!良いねえ」
SM「それもう私立場ないじゃん(笑)。無意識に色々引っ張り出されてさ、身を削った話を無意味にさらけ出したって事だよね。 私あの後(※)家帰ってめちゃくちゃ恥ずかしかったんだから、思い出して!」
(※ 2月に収録した伊澄のラストインタビューの後、関誠も合流して色々お話をお伺いした時の事を指している)
S「お前のは自爆って言うんだよ」
(一同、笑)
-- ですから、話をお伺いはしますがそのまま記事になんかしませんって(笑)。女性週刊誌じゃないんですから。
SM「まー、そうだけど(笑)」
M「…あ、でも私あの話好きなんですよ、翔太郎さんの」
S「おい!」
SM「これ。これはこの子の常套手段だから」
-- 以前、大成さんも繭子のこのやり口にお困りでした(笑)。
M「ダメですか?」
SM「ダメ」
M「翔太郎さんに聞いてるの」
S「俺の話か?」
M「はい」
SM「俺だけの話か?」
M「いいえ」
S「じゃあマズイだろ。あと誰出てくんだよ」
M「(関誠を指さす)」
SM「わー、ダメ、もうダメ。ダメ(笑)」
-- でももしかしたら既にお二人から聞いてる話かもしれませんよ?
SM「あー。…ちなみに何?」
M「(誠に耳打ちする)」
SM「…え?」
M「(顔を離す)」
SM「それは何の話? 実際には私出て来ないんじゃない?」
M「いや、だからね」
SM「だぁ(繭子を引き寄せて耳打ちさせる)」
S「(首を横に振りながら苦笑。やがて私を見、冗談っぽく睨みを効かす)」
-- (すみません、という顔で会釈)
SM「…え、分かんない。それは誰に聞いたの」
M「翔太郎さん」
S「俺? 俺からお前に言ったって?」
M「聞いたんですけどね、私の方から」
SM「(眉間に皺を寄せて考え込む表情)」
-- あー、写真撮りたいー。
SM「(鼻で笑う)」
M「なんでこれ言って誠さんが分からないの? だから仕事初日の帰りだって」
S「おいおい、頼むから俺らがいなくなった後にしてくれよ。な」
-- わお、了承得ちゃいましたよ(笑)。そのお話はでも、また後でお伺いするとして、もし、翔太郎さんが今日お見えになったら聞いておきたいと思っていた事があるんです。
S「ん?」
М「えーっ」
SМ「(繭子を見やる)」
-- 織江さんが動くとお金が発生するって、どういう意味ですか?
S「はあ?」
一同、笑。
SM「何それ、初めて聞いた」
M「そんな事言ってないよ(笑)」
-- 違った?
M「翔太郎さん前に言ってたじゃないですか。織江さんが動くと全部仕事になるから笑えるって」
SM「あー(笑)」
-- そうでした。
S「仕事?…ああー、何だよ金って。だからあれだろ、あいつこの業界で割と顔広いらしくてさ、しょっちゅうどこどこの誰々さんと会食ーっつって出かけてくわけ。まあ俺らはそういうの、よく分からない奴と飯食うだけでも嫌だから営業的な動きは全部織江に任せたんだよ。でも放っておいたらその後全部仕事に繋げてくるんだよあいつ」
SM「言い方(笑)!」
S「や、それが多分正解なんだけどさ、あいつ本当そういう所凄いんだよ。なんか、却ってこっちが気を使うくらい仕事取って来るから。タイアップとか、テレビのコーナーで短いフレーズだけ起用したいとか、そういうのは俺らが知らない間に決まってて。なんなら知らない間に終わってたりするからな」
-- 素晴らしいですね! マネージャーの鑑!
S「で竜二がさ、いつか聞いた事あんだよ。お前さ、飯食う相手と仕事の話しかしないのか? 誰と食ってるか知らないけど、相手気を悪くしないのか?って。したらあいつ何て答えたと思う? 『なんて事言うのよ、私食事の席でこちらから仕事の話をした事は一度もないよ。疑うんなら見においで』って」
M「格好良いー」
-- ふわーあ!そういう話だったんですか!
S「何だと思ったんだよ」
-- また何か独特なからかい方したのかなと思って(笑)。
S「なんだそれ」
SM「そういう意味でも織江さんて働きすぎなんだよね。人を惹き付ける事に関しては彼女こそ正真正銘のナチュラルボーンキラーだからね。男も女もまとめて殺す」
-- 言い方!
(一同、笑)
-- あ、もう一つ良いですか?
S「何だよ」
M「うわ(両手で顔を覆う)」
SM「なに、なに(子供みたいな顔で繭子の手をどかそうとする)」
-- 翔太郎さんが繭子を部屋に呼ぶ理由って、何ですか?
SM「(動きが止まる)」
M「知ーらないっ」
-- ええ(笑)。
S「あー。真面目な話か?」
-- もちろん。
S「…まあ」
SM「それはでも、本人の前で話をするのはちょっと嫌かな」
-- え?
M「(驚いた表情)」
SM「いや、本人ていうのはこっちね(伊澄の腕に触れる)。もちろん私はその理由というか思いを聞いた事があるし、この人が繭子を部屋に上げてる事も知ってる。繭子だって、偉そうな言い方だけど私公認だって事を分かってて。要はその、理由の部分だけだよね?」
M「え、うん」
SM「それはだから、この話こそ本人の前でするべきじゃないし、本人の口から言わせる事じゃないと思うから。私の勝手な言い分だけど、翔太郎には言わせない」
S「(苦笑)」
M「そうなんだ、何、何だろ、やだやだ、怖い」
-- ドキドキしてきたね。後悔してる、今。
S「大袈裟だって」
SM「ダメ」
S「ダメなんだってさ」
SM「いや、私は怒ってはないよ。逆に今になってそこ踏み込んで平気かなって思う。どういう話の流れで今この話題になったのか分かんないけど、ダメージ受けるのはそっちだよ?」
S「(目を丸くして誠を見る)」
M「こえー…」
-- 話題、変えましょう(笑)! さっきチラっと、もしかしてそうかなって思ったんですけど、翔太郎さん先程のお電話って恭平さんじゃありませんか?
S「怖っ!お前何なんだよさっきから!」
-- あはは! 実は私の方にも先程電話があったんです。
M「そうなの? 私がトイレ行ってる時?」
-- はい。
SM「私も今ゾワっとした。ファン心理ここに極まれりとかそういうオカルトかと思った」
S「な」
-- な、じゃありませんよ(笑)。恭平さんの方からわざわざお電話いただいて、ショウちゃんとマコちゃんが来てくれたんだよーうって。
S「そんな軽いノリの人じゃねえよ(笑)」
-- でも、とても嬉しそうでしたよ。
S「今日誠の検査が入ってなかったら、もうちょっと長居するつもりだったんだけどな。こいつ忘れてやんの」
SM「向こう(京都)でさ、慌てて病院に電話入れて、いつでした?って確認取ったら『明日の朝ですねー』って。慌てて新幹線のチケット取って。今日の件だってごめんって断ったの、そのすぐ後だからね」
-- あはは、そうですね。でも、うん、良かったです。そうやって忘れてしまえる程順調なんですね、お体。
SM「おかげさまで、ありがとう」
S「何か言ってたか?」
-- いえ、具体的な話は本人に聞く方が面白いからって。
S「別に面白い話なんてしてないぞ。酒飲んでただけだし」
SM「おじさん強いもんねー。いっつも、今日は負けない、朝まで飲むんだって張り切ってね。竜二さんと翔太郎前にすると、それっばかり」
S「あの人ずるいんだよ。昔から泣き上戸でな、そっからがまた異常に強いんだよ。しかも面倒臭い泣き方じゃなくてぐっと堪える男泣きだからこっちまでウルっと来てさ。俺まで変に(酔いが)回るんだよ、あの状態に入られると」
-- 気が付いたら寝てしまってたと仰ってましたよ。
S「でも2時ぐらいまでは恭平さんも起きて飲んでたぞ」
SM「ウソォ!?」
M「何時からなの?」
SM「夕ご飯頂いてからだから、7時半とか?」
M「ふわー!」
-- 普通じゃないですね、どんな体してるんですか。
SM「昨日も泣いてらした?」
S「ふふ、うん。織江の事をねー、あんまりねー、凄い奴だって、褒めないでやって欲しいんだよねーって」
M「あはは」
SM「似てるわぁ(笑)」
-- それは、どういう?
S「いや、俺もよく分かってないけど。多分だけど、俺ら無意識にあっこの親に会うと背筋が伸びるんだよな。子供の時から知ってるから別に怖いとかじゃないけど、心から尊敬できるというか。それは何だろうな、人柄だけを見て言ってるんじゃなくてな。俺達だから分かる織江やノイの凄さとか、あいつらへの感謝の後ろに立ってんのがあの人達だって、そう思ってるからなんだろうな」
SM「うん、そうだね」
S「だから会って一発目は絶対共通して皆、『織江さんにはいつもお世話になってます』って言うもんな」
SM「必ず言ってるよね。もう何十年の付き合いなんだよって、私達は傍で見てて思うんだけど。でも翔太郎だけじゃなくて竜二さんも大成さんも、他の皆も絶対言うしね」
S「うん。そういう部分も含めてだと思うけどな。アメリカ連れてく事とか、織江の手助けなくして俺達の過去も未来もありえなかったっていう話をすると、そんなに褒めないでやってねーって。…お前涙腺どうなってんだよっ(笑)」
M「っは! 翔太郎さんの話に集中してて全然気づかなかった!(笑)」
-- すみません。
S「きっと、そうやってあいつの尽力を称えたり有難がったりするとさ、そういうのが回り回って織江本人の耳に入った時に、きっとあいつはさらにアクセル踏み込む奴だから、あんまり頑張り過ぎないようにって。そこを心配してんじゃないかな」
SM「なるほど。ああー、そうだよねえ」
S「だからずるいんだよ。普段そんな喋らないくせに酒入った途端『責任を感じやすいタイプでねー。だけどあいつは真面目かもしれないけど、いたって平凡な娘だからー』って泣きながら言うからさ。このペースはまずいぞ!って」
M「あははは!あー、私も会いたいなあ」
S「繭子の事も心配してたぞ」
M「はい、ちゃんとご挨拶に行きます」
SM「じゃあー、そろそろ行く…めっちゃ泣いてる(笑)」
-- 織江さん。
SM「名前呼んだ(笑)」
S「お前もいちいちイジんな。また根掘り葉掘りやられんぞ」
SM「もう掘られる所ないんじゃないかなー」
S「お前は、まだまだある」
SM「…っは(笑)」
M「もう行っちゃうの?」
SM「え? 行くよ。差し入れに来ただけなのにまーた喋り過ぎたよ」
M「一杯も飲んでないのに(笑)」
SM「私はやめてるし、翔太郎も車だからね。ゆっくりやってよ」
M「ありがとう。すみません、気を使っていただいて」
S「適当に飲め。残ったら回収に来るから」
M「絶対残します(笑)」
-- すみません、ありがとうございました。
S「あいよ(立ち上がる)」
SM「(座ったまま)ごめん。先行ってて、すぐに行くから」
S「…」
SM「ごめんなさい」

伊澄は呆れたように笑って首を振ると、何も言わずにスタジオを出て行った。

SM「待たせるわけにはいかないから、短めに言うね」
-- えっ、はい。
SM「どうして翔太郎が繭子を部屋に誘うのか」
M「…」
-- はい。
SM「(スタジオ入り口を振り返り、やがて向き直る)」
M「(不安そうな顔)」
SM「もう、結構前の話になるんだけど。別に俺じゃなくたって構わないんだけどなって、言ってたよ。『あいつはきっと、寂しい時や精神的に参った時に誰かを頼ろうとしないだろうし、そういう発想がないと思う。友達がいないってのはウソじゃないと思うし、織江や誠と話をすることで解消できる程のストレスならいいけど、俺達の中で生きてるあいつはきっと普通の女の子とは違った種類の疲労を感じてる気がするんだ。だからそういう部分で例え誰かに頼りたいと思ったとしても、織江の事を考えて大成には行かない。憧れが強すぎて竜二には絶対に行けない』って。だから翔太郎は、自分から声を掛けるようにしようと思ったんだって。誤解されたって構わないし、あいつが嫌ならそれも構わないけど、繭子は馬鹿じゃないからって、あの人笑ってた。よく覚えてるのがさ、『なあ、誠。俺達は一人では生きてこれなかったよな。だから繭子にも自分の居場所は一つじゃないって、頼って良い人間がここにもいるぞって事を分かってて欲しいんだ。あいつも早くに親元を離れて絶対に心細いはずだから。自分で選んだ道なんだからっていう理由で、俺はそれを見ない振りは出来ない』って言ってたの。私、翔太郎がそういう人だって知ってるから全然嫌じゃなかった、それは本当に今でもそう。私自身、そういうあの人が側にいたからここまでこれたんだって分かってるから。私が、何も言えずにただ頷いて見せるとさ、超格好良い笑顔で言うのよ。『お前とはそうやって生きて来たもんな。だから俺はこれからもそうやって生きて行くよ。お前なら分かるだろ? 繭子にも、教えてやろうなあ』って。…じゃあ、頑張ってね」


しばらくは繭子も時枝も言葉を発する事が出来ず、伊澄と誠の去ったスタジオ内は怖いくらいに静まり返った。繭子は後に、この時考えていた事を私に打ち明けてくれた。


『私がこの10年で声を掛けられた数えきれない回数だけ、その時間だけ、自分は翔太郎さんに見守られてたんだなって思い知った。誰よりも長く練習に付き合ってくれた人だもんね。体調含め、精神的な疲労や、孤独、不安。それら自分が抱えてた、でも人として当たり前の、成長に必要だったストレスは全部、見えない端っこの部分をあの人は黙って一緒に抱えてくれてたっていう事なんだよね。翔太郎さんの言った言葉の通りでさ、私、過剰というか、…あまり上手に(物事を)処理をしない人間なんだと思う。色んな事全部抱えて、日にち薬みたいに時間の経過で消えて行くか、より強固な形になる事で結果を確認するか、みたいなややこしい乗り越え方しか出来なくて。そういうの、他人に理解されてるなんて考えた事一度もなかったなぁ。翔太郎さんからも、分かりやすい言葉なんてなかったし。だけど文字通り、黙って支えてくれてたんだよね。そしてそれを私は無自覚なまま喜んでた。私は本当に馬鹿で、とことん甘かった。彼らにとっての幸福の条件でありたいなんて、とてもじゃないけど口にして良い願望じゃなかったよ。まあでもやっぱり、私はやっぱり、皆があってこその私だなって、そこは改めてそう思った。心にね、また一つ大きな火が灯ったよ』。



「ずっと誠さんがそうだと思ってた」
-- …そっか。
「今でもそうだと思ってる。私としては、織江さんと誠さんが精神安定剤で、甘えたい時に甘えさせてくれる大好きなお姉ちゃんで」
-- うん。
「でも今思えばそれって、私がずっと大人になってからの認識なんだろうね」
-- うん。
「…私、ちょっと覚えてないぐらいの回数、翔太郎さんの部屋に行ってる。ギター弾いてもらって、ご飯食べて、レコーディングして遊んで、お酒飲んで作曲してるの横で見て、歌わせてもらって、バンドの話をたくさんして、一人だけ仮眠取らせてもらったり」
-- うん。
「私…、音楽を通して…、翔太郎さんを通して…」
-- うん。
「…あはは、もう、言葉にならないな。凄いなぁ、あの人」
-- 私も、繭子からさっき話を聞いて、翔太郎さんの事だからちゃんと理由があるんだろうなって、同じように思ってたけど、いざ聞いてみたら想像の遥か上だった(笑)。理由としてはさ、割と分かりやすくて筋の通った誠実なものだと思うんだけど。でも、…普通は出来ない事だよね。性別と年齢の違いを考えた時に、表現の仕方とか、接し方とか、時間とか、何だろう、もう、聞いていて本当に震えが止まらなくなったよ。
「うん。…でも私は、すっごい嬉しい」
-- そうだね。うん、そうだね。私、考え過ぎかな。翔太郎さんもそうだけど、それと同じぐらい誠さんの凄さや優しさに、畏怖の念というか、恐れおののくというか。
「はい?(笑)」
-- 先月、今日の繭子程じゃないけど割と長く誠さんともお話が出来て。その時も思ったんだけど、相当頭が良くて相当翔太郎さん思いだからさ。
「そうだよ?」
-- 『STARLINER』を作曲したのが大成さんだって一度ウソ付いた時に、翔太郎さんの返事を待たずに話題を変えた事とか、繭子を部屋に呼ぶ理由だって翔太郎さん本人の口からは言わせない事にも思いやりを感じた。だってね、翔太郎さんが自分でそれを言ってしまったら、もう部屋には呼べなくなるよね? だけど誠さんの立場だったら普通、それを遮る真似はしなくていい筈だし、翔太郎さんがいなくなった後に適当なウソだって付けた。
「あはは、うん、そうだね」
-- 考え過ぎかな?
「ううん。誠さんはそういう人だと思うよ」
-- だよね。凄い二人だなあと思って。
「さっき私が好きだって言った話なんだけどね」
-- うん。
「誠さんてもともとモデルをやりたかったわけじゃないんだって」
-- え!?
「もともとはね、高校出てすぐスタイリストを目指して、モデル事務所に応募したんだって。でもスタイリストにはちゃんとそういう会社があるんだけど、当時誠さんはそれを知らずに、聞いた事のあるモデル事務所に片っ端からアポを取って面接受けたんだって」
-- うんうん。
「なんでスタイリスト?って聞いたら、バイラルに入ってドーンハンマー専属のスタイリストをやりたかったんだって。でも見よう見真似で始めて、不格好なスタイリングで彼らに迷惑かける訳にはいかないから勉強したいって。音楽的な事に興味ないくせに、そういう所が誠さんらしいでしょ?」
-- うん(笑)。
「そしたら面接受けてくれたモデル事務所の部長さんだかに、会社は学校ではない、勉強するために入りたいなんて理由で通せるようは門を掲げてはいない。だから、あなたはモデルをやって表の世界に行きなさいって言われたんだって」
-- へー!スカウトだ、凄い!
「でも、嫌ですって返事したって」
-- あははは!豪傑!
「普通そこまで正論言われて、嫌ですは言えないよねえ。でも、うん、嫌ですって答えて。そういう事に興味ないんですっ言ったんだって、モデル事務所の偉いさんに向かって(笑)。でも向こうが上手だったのはね、その部長さん、誠さんの気持ちをちゃんと見抜いていて。誰かの為にその道を目指すと言うなら、あなた自身が同じ表の世界に立って物事を対等に見れる人間にならなきゃダメだって。その為の勉強は自分でやるべきだし、絶対にモデルの経験はあなたにとって糧になる、そしてそれは必ずあなたの大切な人達へ還元されるって」
-- それがプラチナムの今の社長さん?
「中央未来の編集長さん」
-- 『ROYAL』の!? すっごいな!良い出会いだったんだねえ。
「ねえ。それでさ、ここからなんだけど、私が好きな話って」
-- そうなの!?
「今のとこ翔太郎さん出て来てないじゃん」
-- 確かに。
「私前に聞いた事があって。翔太郎さんが思い出す時、一番強く心に描ける誠さんの姿ってどういう感じなんですか?って」
-- ほほう。興味深いね。でもそれ返事くれた?
「え? うん」
-- やっぱ繭子は特別だな。
「はあ? そんなんじゃないけどね。でも、うん、私が酔ってたせいかもしれないね。大真面目な顔で聞くと絶対はぐらかす人だし。でね、私としては出会った頃の誠さんの姿が出て来るんだろうなって思ってたのね」
-- 私もそう思った。
「でも違って。…誠さんが、モデル事務所に籍を置いて初めて仕事を貰った日は、翔太郎さんの部屋から出勤して行ったんだって。早起きして、普段より気合入れてメイクして。色々不幸が重なって辛い時期だったけど、晴れがましい日でもあるから、翔太郎さんも冗談言わずに黙ってその様子を後ろから眺めてたって」
-- ああ、もうそれだけで泣きそうだ!
「あはは。…朝ね、いつにも増して緊張した顔でメイクしてる誠さんを鏡越しにこっそりと見て、翔太郎さん、自分も頑張らなきゃいけないって思ったんだって」
-- (号泣)
「笑顔で行ってきますを言う誠さんに手を振って、翔太郎さんはその後スタジオで一日練習。それこそ夜までミッチリやって。これ今話してるの翔太郎さんの記憶だからね。私はそれを聞いて想像するだけだったんだけど、物凄く細かいトコまで覚えてる人だから」
-- (何度も頷き返すも、言葉が出ない)
「その夜は、雨が降ってたんだって。当時翔太郎さんが住んでた部屋は駅まで歩いて10分もない場所だったから、今みたいに車じゃなくてずっと電車移動だったんだけど、その日も当然スタジオの帰りには電車を利用してて。駅に降り立ったら急に雨脚が強まってらしくて。部屋は近いんだけど別に急いで帰る理由もないから、一人でホームに座って煙草吸ってたんだって。その内ひと気がなくなって、だんだん雨脚も弱くなってきたからそろそろ帰るかなーっていうタイミングで、最終電車がホームに入って来たの。何人かの乗客が下りて、電車が走り去った後に、反対側のホームに立ってる誠さんを見つけたって。…聞いてる?」
-- (頷く)
「…誠さんは自分と反対側のホームに翔太郎さんが座ってるなんて知らないし、夜だし雨も降ってるから全然気づかなかったんだって。翔太郎さんさ、朝、自分の部屋から仕事に向かって、夜、最終電車で帰って来た誠さんの疲れ切った横顔を見た瞬間に、目が離せなくなったって言ってた」
-- …。
「疲れてるはずだよね。もともと目指していたわけじゃないモデルという大変な仕事、勝手の分からない初日、朝出てって最終電車で帰って来たんだもの。疲れ切ってて当然だよ」
-- うん。
「翔太郎さんが言うにはさ。絶対にあいつは気付くからそれまでじっと見ててやろうって、そう思って見詰めてたんだって。そしたら不意にニコって笑って、誠さんがこっちを向いたって。気付いてたのかーって、翔太郎さんが驚いてたらさ、誠さんが右手を挙げて、『ただいま』って。声は聞こえなかったけど、そう言った彼女に返事しようと口を開いた途端、涙が溢れそうになって、慌てて下を向いたって。当時、アキラさんは闘病中で、ずっと3人での練習が続いてた。誰もがそれぞれ、ちょっとずつおかしくなってる時代だった。今そこに見えてる誠さんの笑顔も心からの物じゃない事は分かってる。だけど、心が折れそうだった日々の中で見た誠さんの笑顔は、燃えている命のようだったって、翔太郎さんは教えてくれた。それはきっと良い意味で、きっと良い言葉なんだと思う。その時見た誠さんの笑顔が翔太郎さんの中では一番強く残ってるんだって考えると、絶対にそう。…私も、誠さんが高校生の時から知ってるでしょ。あの人がどういう人か知ってるでしょ。だから私、この話大好きなんだ」

連載 『芥川繭子という理由』 66~70

連載第71回~ https://slib.net/85786

連載 『芥川繭子という理由』 66~70

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。 これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。 例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。 彼らのすべてが、ここにあります。

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